IS〜インフィニット・ストラトス〜 【異世界に飛んだ赤い孤狼】 作:ダラダラ@ジュデッカ
IS学園第三アリーナ内―――。本来始動している筈のシールドエネルギーは解除され、非常時に下されるはずの隔壁もなし。
客席とアリーナに完全に隔てるものがない今、中央に君臨するように佇む一機のIS。右腕の砲口を観客席へと向け、いつでも攻撃できる態勢を取っているというのもまた、気を抜けない証拠。
間違えて動けば、確実に人質に等しい観客席にいる生徒達が一瞬にして火の海に包まれる――。
それだけは避けなくてはならない一夏は、ゴーレムを睨みながらも一歩も動く事が出来ず、悔しげに歯を噛みしめる事しか出来なかった。
それに比べ、鈴音はやけに落ち着いた様子でその場に立っていた。それと同時に、いつでも動けるような体勢をとりながら、冷静に状況を分析する。
何かきっかけさえあれば、いつでも飛び出していけるのだが、そのきっかけというのが中々見つからないでいたのだが。
『くそっ……』
『人質まで取られるなんて、予想外だったわね。これで完全にこっちの手を封じた……か。
まったく、面倒ね』
『感心してる場合じゃないだろうが、鈴』
『そんなことぐらい分かってるわよ。でも、アンタみたいに熱くなるよりマシでしょうが』
プライベート・チャネルにて会話をする二人。
今にも飛び出していきそうな一夏を鈴音が諌めている。流石は代表候補生であり、素人のように熱くなることはない。
だが、手が出ないという点では一夏と同じ。大勢の――方法も大胆かつ計画的だ――人質がとられている中、迂闊に動けば彼女達が危険にさらされる。
更に、例え戦闘行為に入ったとしても、自分たちが無人機からの攻撃を避ければ“後ろ”に被害が及ぶのは考えなくてもわかる事柄だ。
自分たちがよければいい、などという考えなどはこの場合通用しない。
弾というものは何処かに当たるまで消えはしないのだから。もしその流れ弾が後方の客席に直撃すれば、結果は見えている。
では、無人機の攻撃をすべて受け止めるか? 何を馬鹿な。それだけ被弾して、果たして無事で済むはずがない。ましてや相手は無人機だ。無人機に慈悲という概念など存在しない。
『それに、城ヶ崎先生からも待機命令が出てるしね。向こうがどうにか対策を練ってくれているといいんだけど』
『……千冬姉達が動いているって事か?』
『とりあえず、人質の件は先生たちに任せるしかないわ。ただ―――その行動も見られている可能性が高いでしょうけど』
『見られている?』
『ええ、そうよ。このアリーナの観客席にいるか、それとも別の場所で呑気に映像でも眺めているか……どっちかしらね。後者の場合は、やりにくいったらありゃしないけど』
アリーナ内を見渡しながら、鈴音は眉を寄せる。
恐らく、いや、間違いなく状況を監視している人物がいると鈴音は考えている。先の声明の言葉通り、中央に鎮座しているISは人間が乗っている気配というものは感じない。
ハイパーセンサーにも探らせたが、IS自体に熱源はあるものの、生体反応というものは感知できなかった。信じられない話ではあるのだが、このISは完全自立型AIを搭載している無人機という事になる。
それに、仮に人間が乗っているにしても、このIS単体では“中身”までは知ることは出来ない。
ISは優秀ではあるが、決して万能ではないのだ。それに、自立型AIという点も大きい。命令のみに従う兵器といっても過言ではない。
ならば、だ。他に監視者という者がいると見て間違いないだろう。それが客席にいるか、監視モニターでも眺めているのかは皆目見当がつかないのだが。
『それにしても、全く動かないな。こいつらの目的ってなんなんだ?』
『分からないわ。でも、いきなりの襲撃に人質をとる点を見ても碌な事じゃないでしょうね』
『だろうな。くそっ、人質さえなければ……』
拳に力を込め、険しい表情を見せる一夏。
しかし、今は動く時期ではない。鈴音も憤りを隠せない一夏を察してか、首を振って動くなという事を示す。
それがまた、憤りの原因になる。――状況は最悪だという事は言われなくても分かっているが、やるせない。
(千冬姉………まだなのかよ。くそっ……)
今現在、まさに動いているであろう千冬の事を思う一夏。
果たして間に合うか。それとも、一夏の我慢の限界が先か―――時間との勝負になる。
■
ところ変わって、IS学園第五アリーナ。
援軍として現れたキョウスケ、セシリア、そして箒がツィーネとゴーレムと対峙し、両側共に動いた。
まず、先手を取ったのはセシリアであり、挨拶代わりにスターライトの砲弾をツィーネに放つ。
【「ほう、手早い動きだね」】
「これくらいは当たり前ですわ!」
口元を微かに動かして笑むツィーネは、対して驚いた様子はない。寧ろ、歓迎しているかのような口ぶりであった。
果たして、それは行動にも表れている。砲撃が放たれた瞬間、即座に右側に移動することによってあっさりと回避する。
しかし、セシリアは続いて二発目を放ち、更に追撃した。
正確にツィーネ目掛けて向かっていく砲弾であったが、ツィーネはにやりと笑うと、左手に炎を纏わせ、まるで砲弾を振り払うかのようにして自分の手に当てると、スターライトの砲撃を消してしまう。
この行動にセシリアは絶句し、一体何が起こったのか理解できない、といった表情に変わった。
「あれは……?」
「なっ……なんですの、今のは!?」
【「エネルギー系統の武装は、無意味だ。せめて実弾ならば話は違っただろうけどね」】
「くっ……!」
余裕の表れなのか、愉快そうに笑うツィーネにセシリアは歯噛みする。
何をしかたといえば、腕に紫色の炎を纏わせることによってセシリアのスターライトの砲弾を対消滅させたという事になる。
エネルギーとエネルギーがぶつかりあえば、残るものは何もなくなる。それを応用した戦法であり、更に砲弾を消したことからもツィーネの方が能力的に高いという事に繋がる。
そのことがセシリアのプライドを傷つけるが、続けて砲撃を行う前にツィーネに迫る影が一つ。
「ほう、ならば実弾ならばいいのだな?」
【「ん?」】
突如として接近してきたのは、やはりというべきか、キョウスケだった。
まずは挨拶とばかりにヒートダガーで斬りつけるが、ツィーネは素早く背中を反る事によって避け、先ほど同様に左腕に紫色の炎を纏わせるや、キョウスケに向かって拳を作り、殴りかかる。
(ちっ、反応速度が思った以上に速いか……!)
【「まずは……これだ」】
「………!」
ガツンと、鈍い音を鳴らしてキョウスケの脇腹を殴ったツィーネ。
直撃したことに対してツィーネは口元を吊り上げるが、突如としてその腕が掴まれる。
ツィーネは即座にキョウスケの方を見たが、キョウスケは表情を変える事などせず、淡々と言葉を述べていった。
「ぬるいな……。この程度の攻撃で、俺を落とせるとでも?」
【「ほう……見た目通り、なかなか頑丈だ」】
「それだけが取り柄でな!」
力任せにツィーネを投げ飛ばすキョウスケ。
ツィーネは背中に搭載されている漆黒の翼を展開させて空中で姿勢を取り戻すが、その瞬間にISの警告音が鳴り響く。
「油断はしない事だな!」
【「そうか、君もいたのか」】
ほうと感心したように唸るツィーネ。その後方にはキョウスケに気を取られている間に箒がツィーネへと迫り、打鉄装備の実体剣の刃が至近距離で向けられる。
さすがに先のように至近距離からの刃を止める事は難しい。更に、向けている相手が他でもない箒だ。
そう判断したのか、ツィーネは閃光が自らを襲う前に急上昇することによって刃を回避する。
その直後だった。ツィーネはにやりと気味悪く笑んだかと思うと、自分の周りに円のようなものを発生させる
「な、なんだ!?」
【「ミラージュ・ライトニング」】
『幻影の雷』。その名を示すかのように、ツィーネが手を振りかざした。
その瞬間、何処からともなく雷が発生したかと思うと、それはキョウスケ達の周囲へと散りばめられるように落ちて行く。
四本の雷が同時に発生し、それは瞬時にキョウスケ達を襲う。いきなりの雷に、驚くのは当然の事だった。
「雷!? そ、そんな!?」
【「余所見をしている暇なんてないよ」】
「―――!」
まさにその通りだった。
驚きと動揺を隠せないセシリアにツィーネは迫る。その隙を狙って、急速度で近づいてきているのはゴーレムの姿。敵はなにもツィーネ一人ではなく、この無人機もまた控えていたのだ。
警告音を聴いて、ようやくゴーレムの方を振り向くセシリアであったが、動揺が自身の中を駆け巡っており、思うように体が動かない。
ゴーレムが間近に迫っているにも関わらず、自身が考えているような回避行動を取る事が出来なかったのだ。
「しまっ―――」
「させるか!」
直撃か、といったところで別の方向から箒が飛びだし、それは見事にゴーレムに体当たりする事によってゴーレムをセシリアの軌道上から逸らす。
箒の体当たりを受けたゴーレムはバランスを崩し、セシリアからの直撃コースを紙一重で逸れる。その間にセシリアはようやく稼働し、その場から離脱する。
「た、助かりましたわ、篠ノ之さん」
「無様にやられるよりは幾分かマシだ。だが、埒が明かないのも事実だな」
「では、どうする気ですの?」
「……あの気味の悪い蝙蝠はお前達に任せる。私は、あのデカブツを叩くさ」
「本気ですの?」
セシリアが、横目で箒を見た。
専用機でもなく、無断で拝借した打鉄。おまけに敵の正体は全く未知数の新型ISという存在であり、箒は其処までISを扱った事はない。
例え、開発者の妹とはいえ、それは無謀な事だ。
しかし、あの無人機よりもツィーネの方が何倍も脅威に違いない。今はキョウスケが踏ん張っているが、奴こそ接近戦だけでは抑えきれない。
「―――無様な負け方は、承知しませんわよ?」
「…………当然だ」
今は、任せるしかない。そう思い、セシリアは箒から離れる。
箒は、その姿を見送ることはなかった。ただ、打鉄の実体剣をギュッと握りしめ、無人機に視線を移す。
そして、彼女は勢いよく飛び出していく。
「はぁぁぁぁぁぁ!!!」
箒は実体剣を構えながら咆哮を上げ、ゴーレムに対して突貫していく。
こいつは私がやるしかない―——。ああ、正直にいえば不安で仕方がない。逃げ出したい気持ちである。
だが、逃げてどうする。臆してどうする。あの二人に出来て、箒に出来ない訳がないと。
一方のゴーレムとしては、自分に攻撃を放った相手の索敵に行っていたが、すぐにゴーレムに攻撃を仕掛けてきた箒に目標を定める。
箒のその手には実体剣が握られているのみ。ゴーレムが自身に接近してきた事を察すると、実体剣を握る手に力を込めた。
(流石に意地を張り過ぎたか……? だが、私は……!)
「覚悟っ!」
【―――!】
箒の握った実体剣が、ゴーレム目掛けて襲い掛かる。
だが、ゴーレムも二度も素直に直撃するほど間抜けではない。
その程度の攻撃などと言わんばかりにその巨大な腕を振るう事で実体剣を薙ぎ払い、お返しとばかりに腕のビーム砲を浴びせてきた。
「ぐぅ……! それが、どうした!」
【―――!?】
ビーム砲の直撃を、あろう事か真正面から喰らう箒。逃げもせず、顔を顰めながらも踏ん張る。
それを見たゴーレムが更に出力を強めようとした矢先、箒は両手で握った実体剣を振り上げ、歯を食いしばりながらも力いっぱい振り下ろした。
「こんのおっ!」
【―――!?】
シールドエネルギーを半分以上減らされながらも、箒は渾身の一撃をゴーレムへと叩き込む。
結果として、実体剣の重い一撃が脳天から直撃した形となったゴーレムであったが機体に致命傷を与えることは出来なかったようで、多少ふらつきながらも箒を蹴飛ばし、後ろに下がる。
「はぁ……はぁ……。はっ、無茶を……するものではないな……」
普通ならば吹っ飛ばされてもおかしくない攻撃を、箒は踏ん張る事によって無理やり制したのだ。足はゴーレム以上にふらついており、眩暈さえする。
だが、箒はどういう訳か笑みさえ見せていた。未だに剣を持つ力を緩めず、足にも自然と力が入る。
大丈夫、まだいけると―――何処からか込み上げてくる気持ちに、箒は逆らわずに従った。
「来い……! 次で、仕留めてやるぞ……!」
箒の声がゴーレムの耳に届いたのか、ゴーレムは巨大な腕をブンブンと回し、駒のように回転しながら箒へと迫る。
セツコにも見せた、無人機ならではの攻撃。有人機ならば絶対に出来てないような攻撃ではあるが、箒はまたしてもその場から動かず、ふうと一回息を吐いた。
(速い回転での接近―――。確かに速いが、付け入る隙は……!)
箒がそう考えた瞬間、ゴーレムの腕からビーム砲の連射が襲い掛かる。
ただ回転して接近してくるものかと読み間違いをしていた箒は、この攻撃に目を見開くが――逆に、踏ん切りがついたかのようにバーニアを噴かして突撃を仕掛ける。
血迷ったか? いや、違う。箒の目はまだ死んでおらず、低い姿勢を維持しながらゴーレムに近付く。砲撃を物ともせず、臆する事もない。ただ、一直線に突き進んだ。
そして、遂にゴーレムのすぐ傍まで近づき、剣を突き入れるかのように真っ直ぐに伸ばす。が、それがゴーレムの中心部に届くことはなく、逆に剣が吹き飛ぶ結果となってしまった。
【―――――】
察したか、ゴーレムは動きを止めて箒に対して砲口を向ける。淡い光が腕に集まるのが見え、箒は息を吞む。
ああ、やはり見栄を張ったところで所詮はこんな実力なのか。あれだけ豪語しておきながら、この様とは。
―――無理もない。量産機である筈の打鉄にも相当な無茶を掛けた。武器を失った今、もはや箒に成す術はない。
――――所詮、私は…………。
その時である。
別の方向からレーザー弾が飛んできたかと思うと、それは見事にゴーレムの腕に直撃する。
それによって箒に向けられた筈のビームは横の方に向けられ、箒の真横を通り過ぎる。いきなりの事態に箒は動けなかったが、代わりに通常回線で声が飛んできた。
「篠ノ之さん、何を突っ立っていますの!?」
「お、お前……。どうしてこっちに……?」
「そんな事はどうでもいいですわ! ともかく、これを!」
通信を開いてきたのはセシリアであり、驚く箒を余所に片手に何かを呼び出したかと思うと、それを箒に向けて力いっぱい投げつける。
箒はセシリアから投げられた物を受け取ると、それに視線を移した。
「ナイフ―――? ……!」
セシリアから受け取ったのは、彼女の武装の一つであるショートナイフ【インターセプター】。
痛む体など関係ない。一瞬とはいえ怯んだゴーレムに、箒は持てる力を最大限に発揮し、飛びかかった。
目指す先は先ほど自分がダメージを与えて内部がむき出しになっている頭部付近。固い装甲に唯一開いた弱点とも言うべき場所に、箒は渾身の力を持ってインターセプターを突き刺した。
「これで、とどめだぁ!」
【――――――――!!!】
深く、深く突き刺さる。悲鳴に近い荒い声のようなものを出し、ゴーレムは箒を引きはがそうと暴れまくった。
しかし、箒は離れようとしないだころか更に深くインターセプターを突き刺そうと力を込めて奥へとねじ込んでいく。内部からオイルが大量に噴出し、次第にゴーレムの動きが緩やかになっていく。
びしっ、びしっという何かが壊れたような電子音が箒の耳に届いたかと思うと、やがてゴーレムはその場に立ち尽くし、ゆっくりと倒れ込む。
「はぁ……はぁ……。やった……のか?」
念の為にハイパーセンサーで機体の確認をすると、ゴーレムが完全に機能停止状態に陥っている事が確認できた。
どうやら再起動の心配もなさそうで、箒はへなへなと力が抜けたように座り込み、改めて自分の体を見た。
―――随分と、ボロボロな姿になってしまったものだ、と箒は自身の姿を見ながら苦笑した。こういう姿こそ、無様な姿なのだと―――。
「……私が、一番無様じゃないか……」
ゴーレムとの戦いも、結局はセシリアの助けがなければどうしようもなかった。これが、今の実力なのだと――箒は身を持って痛感する。
「こんな事じゃ……こんな事では……」
■
【「遅いな。その程度で、捉えられるとでも?」】
「ちっ……!」
圧倒的速度で行動するツィーネに対し、キョウスケにしては珍しく翻弄されていた。
相手はまさに不気味の一言。数か月前に初めて出会った時はこのような状態ではなったが、今はそれをも凌駕するほどの実力と気を持ち合わせていた。
一体、彼女に何があったのか。それを知る術などない。いや――知ったところで意味はない。
今は、どうやってこいつを抑えるか。それだけに尽きた。
(セシリアの援護もあるが……こいつには無意味か。やはり、実弾系でなければダメージが与えにくいというのが現状だな……)
あの後、セシリアも再び戦闘に参加しているのだが、如何せん現状の主装備がスターライトによる援護射撃のみだ。
その砲弾は悉く回避され、更に直撃コースに入っても腕部に光らせた紫色の炎によって防がれてしまう。
だからといって、接近戦を挑もうにもキョウスケにとっては少々やりづらくなる。――つまりは邪魔な訳だ。
つくづく、セシリアにとっては不運な事であろう。せめて、スターライトに実弾系統が装備されていればと思うが、ないものを求めても仕方がない。
少しでも注意を向けられるだけ十分であるが――それが果たして効果的になるか、といわれれば話は別だが。
【「考え事かい? 考えたところで無意味だけどね!」】
「……っ!」
接近してくるツィーネに対し、キョウスケは左手を向けることによってマシンキャノンを連続発射する。
だが、その軌道を読んで回避するという事は造作でもなく、機体をうねらせる様にして稼働させ、攻撃が当たることはなかった。
それについてはたいして期待していなかったので、別に構わない。
しかし、次の手は取らせないと回避行動に徹しているツィーネに突貫を仕掛け、ステークを彼女にぶつけるかのように素早く右腕を突き出す。
しかし、それが直撃することはなく、ぎりぎりのところで見事に回避された。
まるで狙ったかのような回避の仕方にキョウスケは眉を寄せたが、すぐにツィーネが蹴りつけてきたために腕をクロスすることによって蹴りを防ぐ。
(この距離ならば、クレイモアが有効か)
現状の状況下を顧みた上での判断し、キョウスケはアルトアイゼンの両肩部のハッチを開放。其処から大量のクレイモア弾を射出する。
ほぼ零距離のこの位置では、そう簡単に防げるものではない。
“貰った”。キョウスケは微かに確信した。
が、しかし。ツィーネは自機の周りに再び円を発生させると――先ほどと同じように雷を落とした。
その場所とは、ベアリング弾のほぼ中央部。これにはキョウスケといえど驚くしかなく、対するツィーネの判断力の高さを改めて顧みる結果となる。
「何……?」
【「無意味だと言ったはずだ」】
雷とクレイモアがぶつかり、その場で誘爆を起こす。
何本かの雷によって誘爆していったクレイモア。何発かは誘爆することなくそれを抜けてツィーネの方に迫ったのだが、それらは全て直撃コースではない。
ベアリング弾は無情にも後方にそれていき、後方で小規模の爆発を起こして散る。外れたことにちっと舌打ちを打つが、今度はツィーネがキョウスケに対して仕掛けてくる。
【「突っ立っている暇なんてあるのかい?」】
「くっ……!」
ツィーネがエネルギーを纏わせた右腕でキョウスケの左腕を殴りつけると、殴った腕に更にエネルギーを放出する事で小規模程度だが、爆発を起こす。
それが危険だとキョウスケは判断したために即座に後退したのだが、ちらと左腕を見た瞬間、頑丈に作られている筈の三連マシンキャノンがほぼ半壊している事に気付く。
エネルギーをぶつけ爆発を起こし、マシンキャノンを破壊したといえば説明がつくだろうか。
特筆すべきはその威力であり、いくら頑丈な武装といえども、いとも簡単に破壊してしまうという事に、キョウスケは内心で冷や汗をかいた。
「なかなかやる……」
【「さて、とどめを刺そうか」】
「させませんわっ!」
ギュンと音を立て、セシリアのスターライトの砲弾がツィーネの頬を掠る。
ツィーネはわざと掠らせたのだが、その程度造作でもない。だが、キョウスケの離脱時間を作る上では重要な時間であった。
「すまん、セシリア」
「これくらいは構わないですわ。それにしても……どう攻めますの?」
「さて、どうするか……。あの魔術的な攻撃が厄介な相手だ。それさえなければ此方が優勢になるのだがな」
普通のISならば考える事すら出来ない攻撃を次々と放ってくるツィーネ。
紫色の炎? 雷? 果たして、どんな原理で発生させているのだろうか。エネルギー系統の事はまだ判断できるかもしれないが、それでも不可思議な事が多すぎる。
誰があんな恐ろしいISを開発したのだろうか。是非とも開発経路を見せてもらいたいところだ、とキョウスケは冗談ごとのように思う。
が、今は洒落にならない事態だ。接近戦もこれ以上ないくらいの反応速度を見せており、なにより行動が手早い。
おまけにあのダメージだ。マシンキャノンがお釈迦になる攻撃を受け続ければ、ひとたまりもない。
しかし、あの攻撃は更にエネルギーを込める事で実現した方法だ。幾分かのタイムラグというものも存在するはずであり。セシリアと協力すれば、あるいは。
(だが、どうする……? こちらの手は完全に読まれている。何故だろうな、こいつ相手にはすべてを見透かされているような―——なんだ、これは?)
妙な気配というのは、キョウスケもセシリアも感じていた。
まるで事前に仕掛ける攻撃を先読みしているかのような、絶妙なタイミングでの回避。
勿論それをやってのけるだけの反応速度も馬鹿には出来ないが、それ以上にこの事柄が脳裏に浮かぶ。
しかし、それは妙だ。ほぼ初対面の相手の武装や攻撃方法、性格などを早々に読めるはずがない。
全ての事柄を調査済みでそれをすべて頭に叩き込んでいるとしても、知識と実践では話にすらならない。
では、目の前のこいつはなんだ? まさに化け物といっても過言ではない行動を取り、キョウスケ達を翻弄している。
とてもではないが、正攻法で攻めるのは難しいだろう。と、其処まで考えたところでキョウスケの脳裏にある考えが過る。
(それで行ってみるか……)
微かにキョウスケの口元が吊り上る。それを察したのか、今度はセシリアがプライベート・チャネルにてキョウスケと回線を開いた。
『響介さん、何か方法が思いつきましたの?』
『あまりいい手とは言えんが……。セシリア、俺について来れる自信はあるか?』
『……それは、響介さんとの連携という意味で捉えた方が宜しいですか?』
『そうだ』
つまり、セシリアとキョウスケが呼吸を合わせろということ。
キョウスケに何か考えがあるのだろう。それしか勝機がないのならば――セシリアはゆっくりと首を縦に動かすことで了承の意をキョウスケに伝えた。
『一気に仕掛ける。行くぞ、セシリア』
『分かりましたわ!』
言うや、二人は同時に機体を動かしてツィーネに迫る。
先に彼女の方にたどり着いたのは、当然というべきかキョウスケだ。今度は接近と同時にヒートダガーを突きつける。
【「無駄な事を…。二人で来たところで、所詮は……」】
しかし、ツィーネは軽々と回避した上でキョウスケの腕を掴み、振り払うように投げる。
その直後、今度はセシリアがBT兵器を稼働させ、ツィーネに波状攻撃を仕掛ける。
だが、その程度の行動などツィーネにとって、まるで意味を成さない。
いとも簡単に避けてみせると、あのエネルギーを纏わせた腕でセシリアを殴らんとする。
「やらせん!」
【「……ほう」】
だが、そうはさせないとキョウスケが再び迫り、ツィーネの腕を蹴り上げる。それなりの衝撃がツィーネを襲ったはずだが、彼女はまるで痛みなどないかのように無表情だった。
それが不気味さに拍車をかけるが、一瞬でも出来た隙をセシリアは見逃さない。先ほど収納したスターライトを再び呼び出すと、零距離のこの場所で砲弾を放つ。
「貰いましたわ!」
【「フフッ、それはいい手だ」】
ツィーネの呟きと共に、ボンと爆発を起こしてスターライトの砲弾が今度こそ直撃した。
「やりましたわ!」
【「……喜んでいる暇なんてないよ。残念だけど、一発は一発だ」】
「―――!?」
瞬間、凄まじいスピードでツィーネがセシリア目掛けて飛び出してくる。
あまりにも速いそのスピードに、本来なら射撃専門のセシリアが対処できるはずがない。先ほどは外したエネルギーを纏わせた腕でセシリアを容赦なく殴り、弾き飛ばす。
「きゃあああ!!」
【「何度やっても無駄な事だ。君たちの攻撃など、通用はしない」】
「……フフッ、果たして本当にそうでしょうか?」
【「うん?」】
「油断は禁物だ!」
突如、キョウスケがツィーネの背後を取る。
右腕には必殺のリボルビング・ステーク。これで決めるとばかりに右肘を折りたたみ、すぐにでも撃ち込めるような体勢を整えている。
しかし、ツィーネはやれやれとやや呆れたような表情になり――呟く。
【「なるほど、彼女は囮で君が本命か。だが、それは浅知恵というものだ。あまり使いたくはない……いや、一回限定で出力も“僕には程遠い”が、君たちを無力化するには最適か」】
「何を言っている、貴様……!」
【「エンブラス・ジ・インフェルノ。獄炎の抱擁、受けてみるがいい」】
刹那、ツィーネの周囲にどす黒い暗闇の光が収束する。
その光景にキョウスケ、セシリアの二者は目を見張るが。ツィーネは止まらない。
そのままその黒い光を周囲にまき散らし、向かってきていたバーストレールガンの弾丸を消し飛ばせ、更にはキョウスケ達に襲い掛かる。
「ぐうっ!?」
「な、なんですの、この炎は!? あ、熱い…」
【「フン…。所詮、紛い物か。“この機体”で使うにはこの程度の出力が限度、ということか。
まあ、今はいい。まだこの世界に完全に現れる事が出来ない“僕”にとっては、君たちを無力化出来るだけでも十分な効果だよ」】
やや不服のような言い方ではあったが、キョウスケ達が被ったダメージは大きい。
まるで自身の体が焼けつけるかのような感触が襲い、これ以上ないほどの寒気が襲ってくる。
もはや、なんと表現したらいいのか分からないほどの感じが彼らを襲い、いともたやすく二人をなぎ倒したことに変わりはない。
「な、何をした……?」
【「答える義理はないよ、虚ろなる放浪者。いや、今の君に何を言っても無駄か」】
「どういう意味だ、それは……!」
【「言ったはずだ。答える義理はないとね」】
まるで意味が分からない言葉を並べ始めたツィーネにキョウスケは食って掛かるのだが、相手にすらされない状況に苛立ちを隠せない。
一泡吹かせようと機体を動かそうとするも、先の攻撃の影響もあって思うように稼働しない。
悔しげにツィーネを睨むキョウスケであったが、ツィーネはそれを無視するかのように構わずに歩みを進め、キョウスケ達との交戦以前に片を付けたセツコに近づく。
【「さて、邪魔者はもういない。今から君の目の前で、彼らを一人一人殺して回ろうじゃないか。
これ以上ないほどの悲鳴が君の耳を過り、君は更に絶望する。悲しみに包まれるだろう」】
「………せ……ない」
【「ん?」】
「許せない……! ツィーネ・エスピオ……貴方だけは、私の手で……倒す!」
瞬間だった。セツコはバルゴラのバーニアを噴かしてツィーネに接近し、ガナリー・カーバーを起動させるとその先端から実体剣であるジャック・カーバーを出現させた。
許せなかった。キョウスケ達を痛みつけ、あまつさえ殺すだと? そんな事はさせない。させるものかと。
刺し違えてもいい。それは、この場に来る前から覚悟していた事だ。人に迷惑がかからないのならば、自分が犠牲になればいい。そう―――いつだって、“セツコ自身は一人だから”―――。
【「愚かだよ、君は。黙ってみていればいいものを」】
「誰にも……迷惑はかけたくはないから! はぁぁぁぁ!!!」
【「はぁ……。無駄な足掻きを、するな」】
完全に、ツィーネは冷めた表情だった。
突如として右手に漆黒に染められたエネルギーで出来た槍を出現させる。長さはざっと五メートルはあるであろうか。その槍をツィーネは軽々と振るい、セツコに狙いに定めるや薙ぎ払ってみせた。
「きゃあ!」
【「君には失望だよ、セツコ・オハラ。其処まで強情だったとは……私(僕)としては、弱弱しい君の方が都合は良かったんだけどね」】
倒れたセツコを踏みつけ、相変わらず冷めた表情を見せながら言葉を繰り出すツィーネ。
更に、ツィーネは先ほど呼び出した槍をセツコの首元に突きつける。そして、一言――口を開いた。
【「そろそろ飽きてきたころだ。じっくりと行きたかったけど……仕方がない。まだ他にも“君はいる”。死ね―――」】
「あ、ああ―――」
これ以上ない、冷徹な言葉がセツコに突き刺さる。
彼女の瞳に映るのは、槍を振りかざすツィーネの姿。そうか、私は死ぬのだ―――と、そう思った。
そうだ、これでいい。自分が死ぬことによって、キョウスケ達が助かるのなら。
自分さえいなければ、それで終わるのだ。所詮、小原節子という人間はその程度だという事。
両親の仇も満足にとる事の出来ない、哀れな人形――。そう、それこそが—――。
「………それは甘い考えだ、小原」
「え……?」
【「……ほう」】
ガキンと、ツィーネが突き出した槍を受け止めたのは、他でもないキョウスケだ。
右腕に残ったリボルビング・ステークにて槍を受け止めていた。エンブラス・ジ・インフェルノのダメージは未だに蓄積しており、その余波というべき痛みも当然のように襲ってきている。
それにも関わらず、キョウスケはセツコを助ける為に動いたのだ。ただ、それだけの為に自身が犠牲になる必要など――ないというのに。
「南部さん、どうして……?」
「当然の事をしているまでだ」
「でも、私のせいで……。私がいるから、皆に迷惑をかけてしまうんです! 私なんて、私なんて、所詮は――!」
「それこそが甘い考えだ、小原。世の中にいらない人間などいない。それに、お前は一人じゃない。―――俺達がいる」
「え……?」
その言葉に、セツコの言葉が止まった。
「その……通りですわ、小原さん!」
セシリアも痛む体を堪えてセツコの方へと向かい、倒れ込んでいるセツコの方へと向かう。
それを見たキョウスケは、やや呆然としていたツィーネをステークにて押し切る形で押し出し、ツィーネを後方へとやった。
「み、みなさん………」
「そういう事だ、小原」
「南部……さん」
「……自分だけ犠牲になろうとは思うな。もっと、周りを――俺達を頼れ」
「はい……!」
目頭に涙を貯め、ゆっくりと頷くセツコ。その表情はもはや晴れやかで、何かから解かれたような―――今までに見せたことがない表情を、キョウスケに見せているのだった。
一方、後ろに飛ばされる形で後退を余儀なくされたツィーネは、ちっと舌打ちする。
が、その内心ではこの状況を誰よりも喜んでいたのが――他でもない、彼女自身であったのだ。
(フ、フフフ……。そうだ、それでいい。下準備は済んだ。“今回は”上出来だ。もう、此処に用はない)
フッと口元を吊り上げ、ツィーネはそのような事を考えた。
用はないとはどのような意味なのか。下準備とは、一体何なのか。それは彼女のみが知る事であり、現状では知る由もない。
今の状態ならば、ツィーネはキョウスケ達を仕留める事など造作でもないだろう。しかし、今は時機ではない。そう――まだ、彼らを“殺す時期”ではないのだ。
【「フフフフ……いい友情だ。見ていて反吐が出るほどのね」】
「もう逃がさんぞ……ツィーネ・エスピオ。今度こそ貴様を……倒す」
【「こちらとしてもまだ勝負を興じたいところだけど、そろそろお客さんが来る時間だからね。君たちは、かの者―――監視者の相手をしているといい」】
「監視者、だと…?」
【「そう、監視者だ。特に虚ろなる放浪者……君とは因果のあるものだ。もっとも、今の君ではどうしようもないと思うけどね」】
「何……?」
【「フフッ、噂をすればもう来たようだ。精々、頑張る事だね」】
言うなり、ツィーネは背中の翼を展開したかと思うと、すっと飛び上がるなり急スピードでアリーナ上空へと飛翔していく。
今日にいたっては、アリーナの整備の為にシールドエネルギーで出来た障壁は展開されていない。そういった意味でも学園に侵入するのもたやすい事であり、また脱出することも造作ではない。
特に、ツィーネのような高機動型ISにとっては都合のいい事この上ないのだ。
【「今回はこれにて退こう。だが、セツコ・オハラ……君の命は必ず刈り取る。その日を待っているといい」】
「…………」
ツィーネが離脱していく姿を、セツコはただ黙ってみていた。
今、ツィーネを追ったところで意味がないという事は百も承知だ。それに、彼女のISは早く、もうすでにIS学園の空域内からロストしてしまっている事からも、その点はハッキリしていた。
と、その時。セシリアの声がアリーナ内に響き渡る。
「な、なんですの、あの光……?」
セシリアが示す方向に、皆が目を向ける。
其処には、赤いような。それともそれより濃い深紅のような色で円が形成されており、その上には箒が倒した筈のゴーレムの姿があった。
あの無人機に何か細工でも施しているのか? とキョウスケは思ったが――次の光景に、キョウスケだけではなく、他の三人も目を見張ることになる。
「なっ――?」
その言葉を呟いたのは、一体誰であったか――。いや、そんな事など気にしていられないほど、目の前の光景は異形だった。
突如として、ゴーレムは円の中に吸い込まれるようにして落ちて行ったのだ。その姿はまるで、底なし沼の中に沈んでいく物体のように。
ズルズルとゴーレムが沈んでいったかと思えば―――次の瞬間、その円の中から何かが這い出るようにして上ってくる。
円から這い出た“それ”は、巨大な黄色い爪を地面に突き刺し、ぬっと出現する。
形としては先ほど吸い込まれていったゴーレムであったが――その全身という全身に、まるで骨のようなものがむき出しになっていた。
更に、センサーレンズがあった頭部はまるで骸骨が頭にかじりついた様な格好になっており、益々グロテスクな形をとっていることが分かる。
右腕は先の黄色い爪になり、もはやゴーレムとは別の物体――それも、あの無人機より更に危険な物体となり、蘇ったという方がいいのだろうか。
「化け物……」
セシリアが呟く。
そう、まさにそいつは―――正真正銘の“化け物”であったのだった。
「さて、始まったか」
第五アリーナのほぼ真上に陣取っているのは、キョウスケ達に助言を与えた蒼い髪の人物――――零だった。
かなりの高さにも関わらず、高さに恐れた姿は全く見られない。それどころか下の方を覗き込みながら、地面の方から出てきた化け物を確認してニヤリと笑む。
「さて、お前はどう動く? ――――俺の知っている通りに動くか? それとも、俺が知らない動きを見せるのか? どうなんだよ、キョウスケ・ナンブ!」
笑みを浮かべたまま、キョウスケに向けて声を荒げる零。だが、その楽しそうな笑顔とは裏腹に、やはり殺気に満ちた目付きは変わらない。
一体何を考えているのか――――それは、この男しか分からない事であった。