IS〜インフィニット・ストラトス〜 【異世界に飛んだ赤い孤狼】   作:ダラダラ@ジュデッカ

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第十九話 代理

 今現在、織斑千冬は頭を抱えていた。

 頭を抱えるしかない。こればかりは本当に。

それこそ、千冬自体が予測していなかった事態が目の前で起こっていたのだから。

 

「えっと……織斑先生?」

 

「……山田先生、貴方はこの事を知っていたのですか?」

 

「い、いえ! こればかりは私も全く知らなかったんですよ! 信じてください~」

 

 ブンブンと懸命に手を振り、否定する真耶。

 その様子からして真耶は本当に今回の件について知らないのだろう。

 そのことに対しても頭を抱えるしかない。全く、一体何がどうなったやら。

 

「何故、こうなった……?」

 

 千冬がモニターに視線を移すと、其処に映っているのは何故か白式を展開状態にした織斑一夏の姿だった。

 千冬が頭を抱えたのも無理はない。てっきりキョウスケが出てくると思えば、出てきたのはどういう訳か弟である筈の一夏だったのだ。

これは、実は彼女たちだけではなく、会場のほとんどが目を点にしたのだが。

 

「それにしても南部君は何処に行ったのでしょう……? とても試合前に理由もなく交代するような人には見えませんでしたが……」

 

「知るか」

 

 吐き捨てるように、そしてやけに苛立ちを見せる千冬であったが、その後は何かを考えるかのように黙り込んだ。

 怒りと不安が彼女の中で交わっていく。いきなり試合を投げるかのように一夏を代役にしたキョウスケに対する怒りと、理由も言わずにどこかに行ったキョウスケに対する不安。

 何かキョウスケに起こったのか? 千冬たちにも言えないような事態が、彼に襲い掛かったのだろうか?

 自然と手に込める力を強めた矢先、隣の方で事態を見守っていた城ヶ崎葵がまるで嘲笑するかのような声で千冬に声を掛けた。

 

「単に逃げ出しただけじゃありませんか、織斑先生?」

 

「なんだと……!?」

 

 千冬の鋭い視線が葵に飛ぶ。が、葵は微笑を浮かべながらこうも言った。

 

「負けるのが怖くて逃げだした、ということですよ、織斑先生。

 まあ、私の二組はちょうど専用機持ちが代表になりましたし、恐れをなしたとしか言いようがありませんが」

 

「南部は! あいつは……そんな奴じゃない!」

 

「どうでしょうか。男というのはいざとなれば逃げるような卑怯者ばかりですからね。彼もその一人だったという事でしょうが」

 

「…………っ」

 

 無意識に、千冬の奥歯に力が籠る。

 城ヶ崎の言い方もそうだが、キョウスケを馬鹿にするのがどうにも許せななかった。

 それはすなわち、千冬がキョウスケの事を割り切っているつもりでも、本心ではそうではない事を意味している。

 だが、千冬は気が付かない。それを、無理やり抑え込んでいる状態なのだから。

 

「しかし、相手が織斑先生の弟さんですか。フッ、これはもらいましたね」

 

「……あいつは馬鹿者だが、ここ一番という時は強い。それが例え代理であろうともな」

 

「随分な自信ですがそれは無理な話でしょうに。所詮はISに乗れて騒がれているだけの素人。実力派である代表候補生にはとてもではありませんが適わないでしょう」

 

「……………」

 

 もはや、それは挑発に近かった。だからこそ、千冬はもはや城ヶ崎と話す事をやめ、あえて口を閉ざす。

 それに、これ以上言い合ったところで醜い言い争いにあるのは必然だと千冬は気付いたのだろう。今は一夏の試合に集中したいというのが本音か。

 

(しかし……どこに行った、南部? 一体、何を考えている……?)

 

 モニターを見ながらも、千冬の頭を過るのはそれに尽きたのだった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迎えた第四試合。凰鈴音は、ピットから自分の見知った相手が出てきた瞬間――驚きが半分、そしてこれは面白いと思ったのが半分だった。

 鈴音にとって、キョウスケという存在は眼中にはない。ただ、どうせなら戦うのが織斑一夏ならばいいのに―――と、心の中で思っていたのは事実。

 それが今、現実となった。勢いよく一夏がピットから出てきた瞬間、アリーナ会場は困惑したようにどよめいた。

 だが、鈴音だけは違う。彼女は口元を薄く吊り上げ、会場内に自分の音声を拾われないように一夏に対してプライベート・チャネルで回線を開く。

 

『一体どういう風の吹き回しなのよ、一夏?』

 

「……俺だって何があったのか分からないんだよ」

 

 鈴音の音声を拾った一夏であったが、まだ彼はISにおけるプライベート・チャネルの開き方が分からない―――いや、初めての相手との回線の開き方が分からないといった方がいいか―――ため、必然的にオープン・チャネルで聞き、少しばかり怪訝な顔を浮かべた。

 一夏自身、何故この場に自分が立っているのか、首を傾げるような思いだった。だが、それと同時に先ほどのキョウスケとの会話を頭の中で思い返す。

 

 

 

「実はだな、クラス対抗戦の代表の件だが……急用が出来た。すまないが、俺に代わってお前が出てほしい」

 

「…………はぁ?」

 

 キョウスケの口から放たれた言葉は一夏が驚き、そして呆れたような声を出すのも頷ける。

 だが、キョウスケは至って真面目であり、何処か焦っているようにも一夏には聞こえた。だが、そんなキョウスケに一夏は自嘲気味に笑うと、彼に問う。

 

「いきなり何を言ってるんだよ、南部。冗談はやめてくれ」

 

「本気だ。それに、他に頼める奴がいなかったのもある」

 

「小原さんやオルコット……さんにも頼めない事なのか?」

 

「そうだ」

 

 それはそうだ、と一夏も思う。

 しかし、これはまた唐突だ。一体、この男に何があったのか――疑問に思う。

 だが、どうにもキョウスケからは理由など聴くな、と言わんばかりの雰囲気を前面に押し出しており、とてもではないが聞くに聞けない。

 理由はなんなのか、一体彼が何をするつもりなのかは分からない。だが、一夏は一つ溜息を吐くと仕方がなさそうに返答する。

 

「まぁ――いいけどよ。だけど、そのかわりに一つ聞きたい」

 

「なんだ?」

 

 何があったのかは分からない。けど、聞くことに臆することはない。ただ――これだけは聞きたいだけだから。

 そう思った矢先、不思議と自分の口から言葉は漏れているのだった。

 

「勝負から逃げる訳じゃ、ないよな?」

 

「確かに、傍から見ればそうなるだろうな」

 

 そう、キョウスケは呟く。

 一夏が問いたかったのは、それにつきる。対抗戦に出る分は別にいい。だが、それを辞退するキョウスケの考えを聴きたかったのだ。

 果たして、それは逃げなのか。それとも対抗戦以上に――大事な事なのかを。

 

「だが、それはない。ただ……用事が出来ただけだ。大事な、用事が」

 

 

 其処まで思い返したところで、一夏は頭を振る。

 今この場において、キョウスケの話は置いておいた方がいいと判断した結果だ。目の前の出来事に対して集中する。今はただ、それだけだ。

 一夏がゆっくりと地上に降り立つと、それと同時に自分の武器である雪片弐型を展開し、構える。

 

『早速やる気満々のようね、一夏。そっちの方が面白いけどさ!』

 

 鈴音はやや嬉しそうに笑うと、彼女のIS【甲龍(シェンロン)】の武装の一つである双天牙月を二本呼び出し、それを連結させた。

 まるでバトンを振り回すように軽々と双天牙月を振り回すと、鈴音も一夏同様に構える。

 両肩部にある非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)のセーフティも外したのか、ガチャリという何かが開く音が一夏の耳に届く。

 

『手加減なんてしないから、そのつもりでいてよね』

 

「当然だ。だけど、俺も負けられない――」

 

『それでは両者、試合開始』

 

 会話が終わった瞬間の試合開始の合図。開始と共に、両者は一斉に飛び出す。

 雪片弐型の刃と双天牙月の刃が激しい音を立ててぶつかり合い、両者の間に火花が散る。

 初撃を受け止めたことに鈴音は内心で感心するが、それくらいでなくてはと今度は後ろの刃で一夏に斬りかかった。

 

「ぐっ!」

 

 鋭い刃を受け止めた分、その重い衝撃が一夏を襲う。

それはまるで、キョウスケと戦ったあの時のようで――つい先日の勝負を思い出してしまう。

 

「ふうん、二撃目も止めるなんてやるじゃない。でもさ――!」

 

「なに……!?」

 

 言うや、肩のアーマーがスライドして砲口が開く。

レーザーでも出てくるのかと思い、一夏は咄嗟の判断で後退する。だが――その考えは鈴音にとって甘いものでしかなかった。

 

「距離を取ったところで無駄よ! 受けなさい!」

 

「なっ、がぁっ!」

 

 刹那、一夏は甲龍から放たれた“見えない何か”に殴り飛ばされたような感覚が襲い、文字通り吹き飛ばされる。

 一体何が起こったのか、と考えたが、すぐにISの警告信号がうるさく鳴り響く。

 はっとして鈴音を視線で捕えたが、鈴音はにやりと笑みを浮かべるや、再び先ほどの見えない何かを再び彼にぶつける。

 

「がぁ!!」

 

 追い打ちを掛けられるようにぶつけられ、一夏の全身に痛みが走り、地に打ち付けられた

 しかし、これはまた本当に厄介な武装だ。これならば、まだレーザーによる波状攻撃の方が幾分か読みやすい。だが、攻撃が見えないとなると恐ろしい事は極まりなかった。

 この武装の制式名称は、『龍砲』。砲身も砲弾も見えないそれは、俗にいう衝撃砲と呼ばれている武装であった。

 衝撃砲とは、空間自体に圧力をかけて砲身を生成し、その衝撃を砲弾として撃ちだすというもの。しかし、それが分かったところでどうしようもないのだが。

 

「もう一撃!」

 

「さ……せるかぁ!」

 

 畳み掛けるように龍砲を撃ちだす鈴音だったが、一夏は痛む体に鞭打つかのようにスラスターを噴かし、どうにか事なきを得る。

 ただ、一夏が今まで転がっていた場所は弾き飛ばされるように吹き飛び、改めてその威力を思い知らされる。

 

「へえ、よくよけたわね」

 

「そう何度も何度も当たっていられるよ……」

 

 歯を食いしばりながら、一夏は余裕そうに構えている鈴音に顔を顰めながら返した。

 強がって見せるものの、先ほど受けたダメージは相当堪えている。絶対防御が展開されているとはいえ、ずきずきと痛みが全身を襲い、一夏は若干顔を顰める。

 だが、反撃しなければどうにもならないのも事実。しかし、飛び出していったところで返り討ちにあうのは必然だ。

 

(なにか、手は……)

 

 雪片弐型――自分の唯一の武装であり、必殺の一撃を叩き込むのに十分なそれを握りしめながら、一夏は一時的に思考の渦に入る。

 一撃で決めるには、やはり距離を詰めてから全力で“零落白夜”――これは、白式の単一使用能力であり、自分のシールドエネルギーを犠牲にするかわりに相手に対象のエネルギーをすべて消滅させるというもの――を撃ち込むしかない。

 もっとも、これを使っての訓練はまだ行った事がない。今までは篠ノ之に頼み込み、ひたすら剣道の訓練を行っていたようなものだ。

 だが――それは逆に、一夏にとって使えるものかもしれなかった。今までの経験を、この場で出す。

 と、その時。一夏の頭にとある考えが思い浮かんだ。中々危険な代物だが―――勝つためには、それしかない。

 そして、一夏は何を思ったのか――雪片弐型を持ち上げると、それをあろうことか鈴音に向かって投擲する。

 

「でぇい!」

 

「なっ……? あんた、馬鹿じゃないの!?」

 

 投擲してきた雪片弐型を軽々と避けると、鈴音は意図のわからぬ行動を取ってきた一夏に対して声を浴びせる。

 だが、一夏は投擲すると同時に鈴音に対して突撃を仕掛けていた。

 これに鈴音は不意を付かれた形となったが、返り討ちにしてやろうと双天牙月を一夏に対して振るう。

 

「させるかよ!」

 

「……っ!」

 

 鈴音が双天牙月を振るおうとした瞬間、一夏の手が鈴音に届く。力を精一杯振り絞って、その左腕を一夏の右腕で抑えると、一夏は間を入れないように思いっきり鈴音の脳天に向かって頭突きを行う。

 

「つぅ~~~」

 

「や、やったわねぇ!!」

 

 互いの頭になんともいえない痛みが襲うが、いち早く動いたのは鈴音だった。

 両肩部に浮遊させたアーマーの砲身を一夏に向けるが、一夏は鈴音から離れることはなかった。 

 その一夏の行動に鈴音が内心で苛立ち、どうにかして振り張ろうとするが、一夏は鈴音にしがみ付いたままで離れようとはしない。

 

「この、変態! さっさと離れなさいよ!」

 

「うっせ! これも戦略の一つなんだよ!」

 

「なにが戦略よ! さっさとどきなさいよ、変態!」

 

「離すもんかよ!」

 

「うぅ……」

 

 一夏を取っ払おうと容赦なく蹴りつける鈴音だったが、一夏は死んでも鈴音を離さないとばかりにしがみ付く。

 個人的には嬉しい事に違いなかったが、今は試合中。おまけに此処まで距離を詰められれば龍砲を撃とうにも難しいというのがあった。

 ほぼ至近距離。一夏を撃てば、彼を剥がすことは出来ようにも自分まで被害を受けてしまうというのが頭にあった。

引きはがしたところで龍砲の連続発射というのが願望だが、実際はそう甘くはない。

 おまけに先ほど一夏が苦し紛れにやったかのような頭突きによって、今でも頭が微かに痛む。戦闘時は冷静になれる鈴音であったが、相手が一夏ではそうもいかなくなっていた。

 と、鈴音が手こずっているのを見ると、一夏は時期が来たと思い――白式のバーニアスラスターを最大出力で噴かす。

 

「なっ―――!」

 

「おおおっ!!」

 

 最大加速ではないが、かなりの速さで鈴音が押される。

 これには鈴音自身が一番驚いたが、驚いている矢先にアリーナのフェンスに到達し、激しい轟音と共に押し付けられた。

 

「っ~~! い、一夏、あんたねぇ!」

「とどめだ、鈴!」

 

「!?」

 

 刹那、鈴音はハッとして顔を上げた。

 すると、一夏の右手には先ほど投擲したはずの雪片弐型をフェンスから引き抜き、その刃先は最初と違って刃全体から溢れんばかりの光を放つ。

 

「まさか、最初からこれを狙って―――!」

 

「そのまさかさ」

 

 ようやく、一夏がニッと笑った。

 だが、それは不敵な笑い。そして、勝負を確信した時の笑み――。

 

 

 

 

「なるほど、最初からそれを狙っていた訳か。大胆な博打に出たな、一夏は」

 

「博打……ですか?」

 

「そうだ。鳳の武装があの青龍刀と衝撃砲以外に存在すれば、あいつは瞬く間に返り討ちだっただろう。

 だが、結果はあれだ。最初から、あいつは鳳の不意をつきフェンスに押し付けたところで最初に投げていた雪片を回収。

 そのまま単一能力である零落白夜を使い、とどめをさすといったところだろう」

 

 真耶の問いに、千冬はやや安堵したような表情を浮かべる。

 そう、一夏は最初からどうやれば鈴音の不意を突き、零式白夜を当てる事が出来るかを考えていたのだ。

 ただ、単純に攻めたところで今の一夏の腕では返り討ちにされることは手に取るようにわかる。

 かといって、鈴音の攻撃全てを回避するという神業めいたことも、現状の一夏の腕では出来るはずもない。

 だからこそ、こうした奇策をとるしかない。最初に雪片弐型を投擲し、丸腰になったのもそのため。ただ、それは千冬の言う通りに博打以外の何物でもなかったのだが。

 知らず知らずのうちに、“響介”の博打好きという点が一夏にも移っているのではないか、と千冬はその戦法を見た時に瞬時に思ったのと同時に頭が痛くなりそうだったが。

 

「まったく、出鱈目(でたらめ)な戦法をとりますね、貴方の弟さんは」

 

「素人でもやろうと思えば出来るんですよ、城ヶ崎先生。まあ、やり方が雑なのは認めますが」

 

「…………ちっ」

 

 今度は葵が奥歯をギリッと強く噛みしめる。

 恨めし気な視線を千冬に浴びせるが、千冬は至って涼しい顔をしながら、葵を無視する。

 もはや、勝負は決した。エネルギー数値も、鈴音のシールドエネルギーを削る分は存在している。

 

「勝負、あったな―――」

 

 そう、千冬が呟いた瞬間だった。

 ドゴォォォン、という轟音が鳴ると同時に、千冬たちが待機しているピット内も同様に激しく揺れる。

 

「きゃ!」

 

「っ……。なんだ?」

 

 一体何が起きたか、といったような表情で千冬はモニターを見やる。

 すると、アリーナ内を映し出しているモニター上からはもくもくと白い煙が上がっている。そのおかげで現状の状態を確認する事が出来ず、千冬は歯噛みした。

 

「すぐに別のモニターに切り替えろ!」

 

「は、はい!」

 

 そのモニターが使い物にならないと判断すると、千冬は真耶を怒鳴りつけるようにして指示する。

 一方、先ほどの衝撃で尻餅をついていた真耶であったが、千冬からの指示を聞いて立ち上がると、小型端末を呼び出してモニターを切り替える。

 すると、モニターは別の画面に切り替わるが、原因と思われる白い煙の正体は分からないままだった。

 

「ちっ……状況は分からず、か。会場内の熱源は?」

 

「あ、はい。えっと……生体反応は二だけ……。でも、これは……識別、不明。ですが、形状からして……あ、IS!?」

 

「なんだと!?」

 

 真耶の報告に、千冬は声を上げた。

 熱源がない未確認IS――。ISがアリーナ外部のシールドをぶち破ってきただけでも驚きだが、更に生体反応がないという。

 千冬は眉を潜め、さっさと状況を確認したいのだが―――煙は未だに晴れない。

 

「ですが、非常事態に変わりはないようですね。山田先生、ただちに状況の確認を」

 

「は、はい!」

 

 と、言葉を発したのは城ヶ崎葵その人であった。

 先ほどの恨めし気な表情は何処かへと飛んで行ったのか、今ではそのような事は微塵にも感じられない。

 それどころか、手慣れているかのように酷く冷静であった。

 

「……っ。城ヶ崎先生、遮断シールドがレベル4で設定中。更に、全ての扉が厳重にロックされています!」

 

「なるほど、出る事も入ることも適わない状況を作り出しましたか。

 では、三年及び教師陣の半分を使ってシステムのクラックを。

 残る戦闘教員は全員ISを装備。装備はレベルⅡで充分です。クラックが成功しだい突入を開始。侵入者の排除を」

 

「待て、城ヶ崎。アリーナ内にはまだ避難できていない生徒達が大勢いる。巻き込むつもりか?」

 

「今は侵入者の撃退が最優先です。それに、クラックが成功すれば生徒達も同様に外へと避難するでしょう。――ただし、避難誘導までは出来ませんが」

 

「なんだと……! 生徒たちはパニック状態だ。避難誘導もなしに、落ち着いて逃げられるものか!」

 

「……誘導を行おうにも、現場が混乱していては話になりませんからね。まあ、やっても無駄だといった方がいいのかもしれませんが」

 

「貴様……!」

 

「くどいですよ、織斑先生。それに、緊急時における指揮の全権は私が担っています。

 いうなれば、セキュリティの責任を預かっている筈の織斑先生に私は異を唱えたいところではありますが」

 

「くっ―――!」

 

 そう――現在、IS学園においての緊急時の実質的な戦闘指揮というものは、元軍人である城ヶ崎葵が担当している。

 というのも、これは千冬自身がその役職を拒否したという経緯もがある。理由は――彼女がISに搭乗する事が“出来ない”からだ。

 

「ですから、現状は私の判断通りに動いてもらいます。といっても、貴方に出来る事はないですがね、“IS適正ランクD”の織斑先生」

 

「…………」

 

 何も、千冬は返す事が出来なかった。

 通常、ISランクというものはC~Sというのが常識である。しかし、ランクDというのは実質的に適応外――ランク外といっても過言ではないものだ。

 今の千冬は、其処まで落ち込んでいるという事。葵にしてみれば、過去はどうあれ今の千冬に権限を与える必要など見当たらないのも事実だった。

 

「城ヶ崎先生、それは言い過ぎです!」

 

「事実を述べたまでです。それよりも山田先生、各員への通達は完了したのですか?」

 

「一応は……。後はクラック次第、です……」

 

「そうですか。ああ、それから。今現在試合中であった二人は下がらせるように。いても作戦の支障になりますので」

 

 と、葵が其処まで言った瞬間――今までアリーナを映し出していたモニター画面が突如消える。

 それに気づいた葵と千冬、真耶はモニターに目を向ける。そして、葵が眉を潜めた途端、其処から何者かの声が流れ出る。

 

『IS学園の皆様、初めまして。我々は混沌(カオス)。まずは、試合中にいきなり乱入した非礼を詫びたい』

 

「混沌(カオス)……だと!」

 

 その名称を聴いた途端、千冬は拳を握り、これ以上ないほどの怒りの形相を露わにする。

 今まで見たこともない千冬の形相に真耶は多少怯えるが、葵は対して気にも留めず画面を見つめるのみ。

 

『今回、我々がこの場所に乱入したのは、とある目的の為。それが済み次第、我々はこの場所より速やかに撤収いたしましょう。

 ですが―――もしも、我々の邪魔及び妨害をするのでしたら……アリーナに送り込んだ無人機が皆様方の命を容赦なく奪いますので、そのおつもりで』

 

 すると、再び会場内のモニターが復活する。其処には先ほどの白い煙が消え、その正体が明らかになっていた。

 中央に居座るように存在している物体――あれこそが混沌(カオス)の言っていた無人機の類だろう。

 しかし、姿はまさにIS。“人が乗ることによって稼働する筈の兵器”が、其処に居座っていたのだ。

 

「驚きましたね……。まさか、無人機を作り出せるほどの技術力があるとは」

 

『お褒めいただき、感謝の極みでございます。それからもう一度いいますが……くれぐれも、我々の邪魔立てはしないでいただきたい。

 アリーナ内にいる観客――いえ、生徒さんたちの命は此方が握っていますので』

 

「無駄です。アリーナ内と客席の間にはISと同じシールドエネルギーで守られています。

 滅多な事をしない限り、中央からの攻撃は無意味に等しいですので」

 

『―――ですから、その障壁を取り払いたいと思っております。まあ、ご覧ください』

 

「何……? ――!」

 

 刹那、観客席とアリーナを隔てていたシールドエネルギーが上から次第になくなっていく。

 完全に隔てているものはなくなり、いつでも生徒達を狙い撃てるような格好になったのと同義だ。

 事実、得体のしれないISの右腕部の砲口は客席に向けられており、いつでも撃てるかのような格好を取っていた。

 

「システムにも容易に介入できるという事ですか、貴方達は…」

 

『無論です。我々のハッカーは優秀ですからね。

ですが、これでお分かり頂けたかと。大勢の人質は此方の手の中にあります。抵抗するようでしたら――その全てを焼き尽くしますが』

 

「…………ふぅ。分かりました、条件はなんでしょうか」

 

「じょ、城ヶ崎先生!?」

 

「黙っていなさい、山田先生。流石にこれは分が悪すぎますので」

 

 叫ぶ真耶を制し、城ヶ崎はモニターに向けて声を発する。

 すると、画面上の向こうで声を発している人物は微かに笑う。そして、こういった。

 

『“今回の”我々の望みは一つだけ。ただ、それが適うまで大人しくしていただければいいという事です』

 

「その望みとは?」

 

『そこまで答える必要はありません。

 貴方達は黙って其処にいればいいだけ――。もっとも、生徒一人の命が犠牲になりますが。大人数と一人。天秤に乗せたところで、答えは自ずと出ているでしょう』

 

「…………なるほど、分かりました。では、抵抗しなければいいのですね?」

 

『そうです。話が分かる方で助かります。では、もうしばらくお待ちを。成功の暁には、すぐに“あれ”を退かせますので』

 

 そういって、モニターからの声は途絶える。

 至って冷静な表情を見せていた葵であったが、通信が終わると同時に嘆息。と、それと同時に千冬が葵に近付き、彼女の胸倉を掴んで見せる。

 

「どういうつもりだ、城ヶ崎!」

 

「私は当然の判断をしたまでです。もっとも、この状況下では動くに動けないのは明白でしょう?」

 

「貴様は――!」

 

「私に怒りをぶつけたところで、結果は変わりませんよ。見る所、憤りを隠せないようですが……ああ、そういえば。確か、恋人を殺されたのでしたね。混沌(カオス)によって」

 

「――――っ」

 

 もはや我慢の限界と葵を殴り飛ばす勢いであった千冬だったが――その拳はあえなく止められた。

 千冬は振り返ったが、其処にいたのは山田真耶であり、普段からは想像もできないような真顔になって千冬を見ており、こう口にする。

 

「今は仲間割れをしている場合ではありませんよ、織斑先生。

 どうにかしてこの状況を打破する対策を練った方がいいと思います」

 

「………分かっている」

 

 真耶の手を振り払うと、千冬はやけに苛立ったようにその場を離れる。

 千冬に掴まれた場所を整える葵は、歩いていく千冬の後姿を見ながらチッと舌打ちした。

 この二人が相容れない、そして犬猿の仲というものなのが、真耶にははっきりと見て取れた。

 

「ともかく、山田先生。今現在クラック中の生徒たちは撤収を。ただし、突入隊は残しておくように」

 

「……分かりました」

 

 葵の指示に、真耶は内心で千冬同様の気持ちを持っていながらも――素直に従うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園第五アリーナ――。

 この場所は、今現在整備中である。いや、その予定だったのだが――先ほどの緊急事態を受け、作業を行っていた整備士たちは全員避難。

 その中の一人が羨ましそうに第二アリーナの方を見ていたという情報があったが、それはまたの機会に。

 と、余談はさておき。あちこちに部品や器具が転がっている通路を、一人の少女がゆっくりとした足取りで通る。

 不気味なほどの静けさを保ったこの場において、少女はただ歩き続けていた。決意を秘めたその瞳で正面を見ながら、ゆっくり、ゆっくりと歩き続ける。

 その少女は、小原節子。その出来事は、つい先日の一つの手紙から始まった。

 

『クラス対抗戦当日、一人で第五アリーナへ来るように。君の両親を殺した犯人が、其処で君を待っている――』

 

 セツコあてに送り届けられた手紙には、このような事が書かれていた。

 これを見た時、セツコの手は震えた。そして、どうにかしなければと――そう思った。

 誰かを巻き込むわけにはいかない。これはセツコ自身の問題なのだから。

 だからこそ、キョウスケを拒絶した。話をすれば、間違いなく手伝うといってくるから。いや――それと同時に怖い、という事があったのかもしれない。

 もう、誰も失いたくない。迷惑を掛けたくはない。だからこそ、約束通り一人で来た。

 後悔は――なくはない。最後に、キョウスケに言ったあの言葉。

 あれだけが心残りだったか。いや、それだけではない。アイビスやセシリア、一年一組の皆の事も頭の中にある。

 

(でも……だからこそ、これ以上の迷惑は掛けられないから……)

 

 視界が晴れる。たどり着いた先は、第五アリーナの会場内。

 中央には派手に露出させているような衣装をまとった女と、一体の得体のしれない物体が鎮座しており、セツコが姿を現すと、女の方がセツコを見やる。

 

「ようやく来たか……。随分と遅かったじゃないか」

 

「それについてはお詫びします。それで――貴方が、私の両親を殺した犯人―――ですか?」

 

 その問いに、女――ツィーネは笑みを浮かべた。そして、改めてセツコの方を見やると――彼女に返答してやる。

 

「そうさ。この私――混沌(カオス)の№Ⅴ、ツィーネ・エスピオがあんたの両親を殺した犯人だよ。久しぶりだね、小娘」

 

「…………っ」

 

 ツィーネの返答に、セツコは下唇を噛みしめるのだった―――。

 

 


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