IS〜インフィニット・ストラトス〜 【異世界に飛んだ赤い孤狼】   作:ダラダラ@ジュデッカ

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第一話 記憶喪失

 目が覚めた時、彼の目に最初に飛び込んできたのは、白く輝く蛍光灯だった。

 身体を動かそうとすると、どうしたことか自分の体がひどく痛む。が、それを我慢するかのように無理やり起き上がって軽く辺りを見渡すと、其処には医療器具が散乱していおり、その中心で寝かされていたようだった。

 

 腕の辺りがキリキリと痛むと思い目をやると、なんと点滴まで打たれている始末だ。更に今更気付いたが、全身は顔以外の殆どを包帯で巻かれている状態で、かなりの怪我を負ったことが伺える。まるでミイラだな、と思わず苦笑した。

 さて、自身が何故こんな状況になっているのかを思い出そうとする――が、一体何をしてこうなったのかが、冗談ではなく本気で把握できなかった。

 事の一件を思い出そうにも、頭の中に靄がかかったような感じが過ぎ、たまらず頭を押さえる。腕を動かしただけでも痛みが全身を駆け巡るが、それをどうこう言っている場合ではなかった。

 

(一体何が起こった…? 此処はどこだ? 何故……俺はこんな怪我をしている?)

 

 考えれば考えるほど、分からないことだらけだった。

 しかし、一番肝心な事は―――。

 

(俺は……誰だ?)

 

 傍から見れば、口を軽く開きながらポカンと呆けるかもしれない。もしくは唖然とするかもしれないような発言。

 しかし、いくら頭の中で考えようにも、全く思い浮かばない。出てこないというのが事実だった。自分自身がこんな状態な事に対して内心で驚き、信じられないと頭をおさえながら思う。

 だが、そんな事をしたとて当然この程度の事で自分が何者であるかなどを思い出せるはずがない。ただ、あまりにも唐突の事に頭が混乱したため、そんな言動を取った。

 普通の人間ならば、この時どういう反応をするのだろうか? 叫ぶか? 嘆くか? ……いや、そんなものは関係ない。

 

 とりあえず、今は自身が置かれている現状を確認したい。それだけだった。

 

 そう思った矢先、近くにあった白いカーテンの向こう側に人一人分の影が出来たかと思えば、何の断りもなしにその影だった人物が中に入ってくる。

 その人物―――男だ―――は入ってくるなり俺の事を物珍しそうな表情をしながら見て、近付いてくるなり、口を開く。

 

「目が覚めたかい? ご機嫌いかが?」

 

「………」

 

「おや、いまいち反応が薄いねぇ? 此処は笑うところだよ、多分」

 

「…………」

 

 冷静になろうとしていたところ、突如現れた白衣を着用した男――やや長身で肥えてもいないが、髪の手入れをしていないのか髪がボサボサなのが印象か――の第一声がこれだ。

 当然、彼としては返す言葉もない。いや――返すのも少々馬鹿らしく思えた。

 そう感じ、彼はただその白衣の男を疑いの目を向けるような感じで見続けることしか出来ない。すると、男は俺の視線に気づいたのか、小首を傾げる。

 

「あれ~? ノーリアクションはきついね~。ちょっとは反応してくれてもいいんじゃないかな?」

 

「いえ……呆気にとられていたもので」

 

 彼の言葉に、素直にそう返す。

 いや、もっとましな言葉が浮かばなかったというのが本音であろうか。

 それこそ、慌てることなく冷静でいられている事も不思議なのだが、今はいい。

 

「呆気にとられていた? そうか、そうだよね。それも当然か。ははっ」

 

 その言葉に、白衣の男は急に納得したかのように笑い始める男。

 この男の言動を今まで見ているが、益々意味が分からなくなる。笑う要素もなければ、なぜこうも笑っているのかも理解できない。

 ただ、これがこの男のペースなのだろう。本音を言えば、少々絡みにくいと感じる。

 

「まあ、前置きはこれくらいにして。初めまして、キョウスケ・ナンブ君――いや、君は日本人のようだから南部響介君といったほうがいいかな?」

 

「……南部、響介…ですか」

 

「そ。……って、え? リアクションが薄いけど、まさか君……自分の名前が分からなかったりするの?」

 

「………恥ずかしながら。自分でも何が起こったのか理解できませんが……」

 

「ほっほ~……。へぇ、なるほど。まさかまさかの記憶喪失ってやつかな? こいつはちょいと面倒になったね」

 

 やや驚いた反応を見せた白衣の男に対し、微かに視線を逸らしながら頷く。そして、男の反応からしてみて、記憶を失う前からの知り合いという線は消えた。

 今時、自分の名前を知らないとは可笑しいにも程がある。いや、この男が言ったように、本当に『記憶喪失』というやつなのかもしれない。

 

 全く実感が沸かないのだが……実際にはこういうものなのだろうか?

 

「記憶なし、か~。当然君の過去の記憶もないってやつだよね?」

 

「……そうです」

 

「フフフ~。こりゃ益々面白くなってきたぞ~」

 

 やや諦めたように男の方を見ながらつぶやくと、男は不敵に笑みを浮かべてきた。それがどうにも、人の不幸をせせら笑っているようにしか思えない。

 やはり、この男相手だとやりにくい。おまけに何をし出すか分かったものではないのも確かだ。

 さっさとこの空間から逃げ出したいのも事実だが、怪我をしているために迂闊に動くのは出来ない。容態も分からないまま、外に飛び出すのは自殺行為だ。彼自身も命は当然惜しい。

 すると、男はポンと手を叩いたかと思えば、先ほどの不敵な笑みをやめ、少しだけ真面目な表情へと戻す。

 

「ま、冗談はさておき。君の症状は記憶喪失……の可能性大だね。もしかしたら脳に大規模なショックが加えられたのかも」

 

「大規模なショック? それは一体……?」

 

「おっと、原因はあくまで過程だからね。それに僕は君の身に何かが起こったのかも分からなければ、原因を究明する気もないから。それだけは覚えておいてね」

 

 言い分が滅茶苦茶ではないか……と呆れたが、男は基本的に他者に対してこのような言葉を掛ける事が殆どなのだろう。今までの会話から、そう結論付ける。

しかし、男の言う大規模なショック—――。それは一理あるやもしれない。

 それが原因ならば、恐らくはこの怪我を負った時であろう。今となっては分からないが、その時は相当切羽詰まっていたに違いない。

 

 おまけに生死の危機に瀕する何か―――。そのように考えるのが妥当であろうか。

 

「………」

 

「原因は君がどうにかして思い出すしかないね。君の身に起こったことは、君しか知らないし。時間が経過したり、何かのショックを機に思い出すこともあるようだしね。……ま、今の君に思い出して貰っても僕としては少し困るのだけれど」

 

「……と、いうと?」

 

「ん? フフ、そうだね……。全ては君の怪我が治ってから、という事にしておこうか。ちなみに五日間は絶対安静らしいよ。その後は一応フリーだけど、少しの間は此処にいてもらうからね。宜しい?」

 

 といっても、このような現状だ。一体何処に行けというのだろうか。

 そう思いながらも、やや諦めたようなに下を向きながら答えた。

 

「……行くあてもありませんし、俺はそれで構いません」

 

「今の言葉は本当だね? それじゃあ、契約成立だ。ゆっくりしていってね!」

 

 そういって、白衣の男は来た時と同じようにカーテンの向こう側へと去って行く。その様子は、新しい玩具が増えて上機嫌になった子どものようにも見えた。

 一体何を企んでいるのだろうか。嫌な予感が脳裏を過るが、それを考えたところで答えが出てくるものではない。

 彼がいなくなった瞬間、軽く息を吐いて体をベッドに預けた。

 少し話しただけで疲れたのだろうか。それとも今までの出来事が体に負荷が掛かっているかは定かではないが、どっと疲れが押し寄せてくるようだった。

 その中でも更に脳裏に過るのは――あの白衣の男の言葉。

 

「……食えん男だ。何を考えているのかも読みにくい」

 

 そういった人物は、ある意味苦手な方だ。面白い、ともいえるが、奴に関しては別の印象が強い。

 考えを探らせず、意味深な事を言ったかと思えばまるで嵐のように消えていく。

 しかし――記憶喪失か。それならば、今までの記憶がないのも割とドライに納得できる。無論、そんな事実など信じたくはないのだが。

 

(いや……あの男のせいで、妙に冷静になれたのも事実か…)

 

 本来ならば、必死に何かを思い出そうと頭を抱えていたに違いない。

 しかし、あのような男が出現した以上――何かを考えようとすると、どうしてもあの男の事が思い浮かぶ。

 奴の顔などではなく、その言葉一つ一つの意味の方だが。

 

(思い出して貰っては少し困る? ……奴にとって、何か不都合な事でもあるのか?)

 

 彼の言葉の真意が分からない。何を考えて、奴はあんな発言をしたのか。

 ―――まあ、今はいい。今は奴の言う通り、体を休めることが一番なのかもしれない。

 

 

 考えるのはそれからでもいい。そう思い、彼―――キョウスケ・ナンブは瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い室内の中――先の白衣の男、大倉利通が研究員に近づきながら其処に映し出されているモニターを自分の目で眺める。

 モニターに映し出されているのは、自分がこれまで見たこともない赤い機体。中央部分こそ空洞ができたように何もないが、そんな事は対して気にならない。何故ならば、この場所には人が直接乗り込むコックピット部分だからだ。

 

 では、何が気になるのか? それは勿論、機体――――どうやら、ISのようである――――の性能を見てみたいという事。

 

 そんな大倉の接近に、モニターと向かい合っていた職員はキーボードを叩いて様々な数字や図面が描かれたデータを表示していく。

 

「これが彼の持っていたISの解析結果?」

 

「間違いありません。調査の結果、機体的にはアメリカの“ゲシュペンスト”をベースにしたカスタム機のようです。この機体にはそれに近いパーツが組み込まれています」

 

「ゲシュペンスト? あの汎用性と有用性に富んだって噂のアメリカの制式量産機の事? でも、ゲシュのカスタム機って“彼女”の機体が最後発だし、それ以降は開発が中断されたんじゃなかったっけ?」

 

「そうなんですが……どこを調べても、同じ結果です。間違いなく、この機体はゲシュペンストをベースにした機体かと」

 

「ふーん……。随分と不思議な事もあるもんだ。って事は、この機体にはアメリカが関わっている可能性が強いって事だね」

 

 職員から調査結果を聞き、大倉は顎に手をやり考える。

 アメリカで開発された量産型IS、ゲシュペンスト。従来までのISの全ての技術を結集し、『IS統合整備計画』と名付けられた開発プランの元に出来たのが本機であり、約二年前に行われた開発計画だ。

 フランスのラファール・リヴァイヴと同じく最後発の第二世代型ISではあるが、その性能は現在主流となりつつある主力世代の第三世代型ISにも劣らないほどの性能を持つ。

 まずは、豊富な後付武装。どのような状況下でも換装次第で適応でき、何よりリヴァイヴよりも拡張領域(バススロット)を大幅に拡大させたというのがゲシュペンストの大きな強み。

 その分、基本装備があまりないというのも特徴か。あるのは左腕に搭載されてある近接格闘用のプラズマステークのみ。後はすべて後付であるため、自分の好きな武装を組み込めるという代物。

 機動性も第三世代型に負けておらず、まさしく自分好みの特色に染める事が出来る。

 

 が、計画で完成したのはたったの七機。理由としては、コストが高すぎるという点が上げられているが、真実はどうか。

 そのうち一つはゲシュペンストの上をいくというコンセプトの元、カスタム機となり、現在もアメリカ軍にて現役で活用されているという。

 なので、ゲシュペンストはこの世に七機しかないという機種。それも大正義というべきアメリカ様がお作りになり、更に計画自体もほぼ終了しているようなもの。

 

 ゲシュペンストはその全てがアメリカの第七艦隊に配備されており――そのうちの一つが流れたとはどうにも考えにくい。

 

「何処かの国がコピった場合もあり得るけどね」

 

「……考えられないことではないですね。統合整備計画は各国の技術者が集まっていますし、それを基に開発した場合もあるかと。日本も似たような事をしましたしね。しかし――どうも、この機体はゲシュペンストにしては偏り過ぎだと思うのですが…」

 

「確かに、ゲシュのコンセプトとは全く真逆だね。スペックを見る限りでは、防御型かと思ったけど、その本性は一点突破型の機体だ。機動性の面を大型スラスターで強引に解決している点から見ても明らかだよ。

 おまけに装甲も異常なまでにあるから、ある程度の反撃は覚悟の上。ただ残念なのが、これが全身装甲(フルスキン)じゃない事だね。それだったら、防御と攻撃を一体とした……それこそ、従来のISの常識をぶち破る機体になっていたのに。実に惜しいね」

 

 不敵に笑みを浮かべながら、感想を述べる男――大倉利通。

 確かに機体的には偏り過ぎた性能かもしれないが、実際のところ大倉にとっては其方の方が面白い。

 偏り過ぎたコンセプト―――中々最高である。この機体を開発した開発者には是非とも賛美を贈りたい、と彼の内心では思っていた。

 しかし、疑問もある。これを、何故あの男―――キョウスケが持っていたのか、という点。

 

「まさか、動かせるのかな? 彼が、このISを」

 

「不可能でしょう。これまで幾多の男がISに乗り込みましたが、全く動きもしませんでした。博士こそ同じだったでしょうに」

 

「だよね~」

 

 大倉の疑問の言葉に、職員は即座に答えた。

 男がISを起動できる? それこそまさに夢物語。今まで誰一人として出来なかった事を――こんな何処から現れたのかも分からないような人物に、起動できるはずがない。職員の考えはそれだった。

 

 だが、大倉は相変わらず顎に手をやりながらも、目を細めると同時に職員に対して呟くように言ってやった。

 

「……確かにそうだね。でもね、この世に不可能なんて言葉はないのだよ、君」

 

「は?」

 

 大倉の呟きに、堪らず職員が彼の方を見やる。

 すると、其処にはやけに面白そうな大倉の顔があり――その職員はその顔を見ただけで溜息を吐いてしまった。

 

「ん? 何かな、その溜息?」

 

 

「……また良からぬことを考えている、というのがバレバレですよ…」

 

「あ、ばれた? でもいいじゃない。こういうイレギュラーがいるのは付き物だからね、この世の中は」

 

「……そうですね。博士の言う通りです」

 

 やや呆れながらも職員は大倉の言葉に賛同するが、大倉は既にその職員から離れ、別の人物に話しかけている。

 やけに生き生きとした表情を見せている彼を見るのは久しぶりでもあり、またよからぬ事を考えている証拠でもあった。

 

「……何をする気やら」

 

 そんな大倉の姿を見て、職員は再び溜息を漏らした。

 

 

 


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