IS〜インフィニット・ストラトス〜 【異世界に飛んだ赤い孤狼】 作:ダラダラ@ジュデッカ
轟音。
自分の目の前で、巨大な機体が激しく炎を上げながらどんどんと高度を落とし、海面へと向かって一直線に墜落してゆく。
それを、その光景を、何も出来ずに――成す術などまるでないかのように、女性が上空で一人立ち尽くし、呆然となっている姿があった。
その女性の体を覆っているのは、灰色を基調とした装甲を全身に散らばせたIS『暮桜』。ところが、その暮桜の装甲は所々が損傷しており、実際のところ限界ギリギリのダメージを被っていた。
だが、そんなことなど搭乗者の女性は気にならないほど、眼前で起こっている光景に対して何も考える事が、そして動く事すら出来なかった。
相変わらず、目の前で爆発を起こしながら墜落してゆく機体――見るからに飛行機のようだが――を見続け、体が硬直したように微動だにしない。
目を限界まで見開き、空中で立ち尽くす女性。何も考えられなかった女性であったが、ポツリと一言、零れるように――そして、微かな声で言葉を漏らした。
「きょう……すけ………」
呟いた瞬間、女性の瞳から一滴の雫が流れるように滴り落ちる。
その雫はゆっくりとした速度で女性の頬を伝い、やがて落ちていく。一つの水滴となった雫は、下方に存在する海へと落ち、同化した。
「フフ……。私の目的は達しました。では、失礼いたします」
誰かが女性に向かってそういってきたが、女性はその言葉すら耳に入らなかった。
女性の目の前で起こっている事が信じられなかったからだ。受け入れることが出来なかったからだ。
何故、彼が巻き込まれる事になったのか。何故、彼が死ななければならないのか。
自分を支えると―――約束してくれたはずなのに。守ってやると、彼の前で宣言したはずなのに―――。
「響……介……。きょうすけ……きょうすけぇ!」
「その絶望と怒り……そして、悲しみ。どうかお忘れなきよう。フフフ……」
深い緑色の髪を持った女性が立ち尽くす女性に対して囁くように言い放つと、背中のブースターを最大出力で噴かして何処かへと飛び去っていく。
呆然と、そして大粒の涙を流しながら燃え盛る機体に対して、手を伸ばす女性をあざ笑いながら―――。
「…………ッ!」
屋上にて、夕日を眺めていた千冬は、思い出したくもない記憶が脳裏に浮かんだ事をまるで嫌悪するかのように頭を振った。
思い出したくもない――だが、忘れてはならない出来事。
――無論、忘れる事など不可能であるのだが。
(響介……)
頭の中で、彼の事を思い出す。
ギャンブル好きな奴であったが、初めて――初めて、弟意外に自分をさらけ出せた人物。
だが、その彼が消されてしまった。誰にか? あの、緑色の髪の女に。
「あれだけ大口をたたいた割には、私は無力だった……。お前は、私を恨んでいるか? 響介……」
左の掌の上に乗っていた銀色の指輪を眺め、『彼』の事を思い出しながら千冬は自嘲気味に笑った。
それは、弟の一夏にさえ見せたことのないものであり、彼女のファンが見れば印象がガラリと変わってしまうほどのものに等しい。
しかし、千冬は気にはしない。したところで意味はないからだ。
所詮、世界最強の称号こそあるとはいえ、千冬も一人の人間である。人間なのだから、色々な表情があっても不思議ではないのだ。
世間の評判など、彼女自身としては知ったことではない。それに、今だけは――この瞬間だけは、本当の自分をさらけ出したかったのだ。
風が静かに吹き付け、千冬の髪が微かに揺れる。それが収まった時、後方に誰かの気配を感じたのだが、千冬は気付いていてもすぐには振り返らない。
何故か? それは、後方にいる人物が誰なのかを直感的に感じたからである。
「やっぱりそれだけは持っていたのか、千冬姉は」
「…………一夏か」
聞きなれた声―――織斑一夏の声を聴き、千冬は先ほどまでの柔らかな表情を一変させると、今度こそ一夏の方を振り向く。
対する一夏は、ただ真っ直ぐに千冬を見つめていた。ただ、その表情は真剣そのものであったが、内心では千冬の事を案じていたのだが。
――もっとも、今の千冬が一夏の心を読めるかどうかは別として、だが。
「やっぱり、忘れられないんだろ……。千冬姉は、響介さんの事」
「……忘れるものか。あんな……お前以上の愚か者の事など、な」
指輪を握りしめ、千冬は腕組みをしながら柵に背中を預け、一夏から視線を逸らして校庭の方を見やる。
だが、一夏には千冬が寂しげに語っているのが、よくわかった。弟だからこそ、姉の態度の変化もすぐにわかる。
そんな千冬の表情や心境を見ているからこそ、一夏はキョウスケに対して怒りが込み上げてくるのだ。
何故、千冬や一夏の事を知らないといったのか。
『響介』にとっても、千冬の存在を忘れる事など出来るはずがない―――と信じているからこそ、込み上げてくる。
「俺が…………」
「ん?」
「俺が絶対、思い出させてやるから……絶対に!」
「……………フッ」
千冬はただ乾いた笑みを浮かべ、目を閉じながらも寄り掛かっていた柵から身を離すと、ゆっくりと歩み始める。
一夏は抑えきれない怒りを力拳へと変えながら千冬を見ていたのだが、千冬は一夏の隣辺りで立ち止まると、一夏の方を軽く見て、囁く。
「一夏、一つ言っておく」
「……なんだよ」
「あいつは……死んだ。“私が愛した南部響介”はもう死んだんだよ……一夏」
寂しげに、そして『彼』の事を思い出すかのように空を見上げる千冬。
しかし、一夏は奥歯を噛みしめると同時に千冬の前まで移動し、若干声を荒げながら彼女に対して発言する。
「そんなの……千冬姉の勝手な思い込みじゃないか! 確かに年齢的に今更高校生なんて…って感じはするけど、希望が消えた訳じゃない! 千冬姉だってそう思っているんじゃないのか!?」
「……くどいぞ、一夏」
「ちょ、千冬姉!」
声を荒げる一夏を余所に、今度の千冬は冷たく言い放った。それと同時に再び歩き始め、校舎の中へと入っていく。
一夏は去っていく千冬を追いかけるが、それを遮るように扉がバンと音を立てて閉められてしまう。
「千冬姉……」
すぐに追いかければ間に合うものの、一夏はそれ以上千冬を追いかける事が出来なかった。
予想以上に傷が深く、そして千冬自身としても深入りしてほしくない出来事だという事を象徴しているようで―――それ以上は足を進めることが出来なかった。
「くそっ……」
閉められた扉を一夏はドンと一つ大きく叩く。
千冬の役に立てない自分自身が――悔しかった。
■
キョウスケとセツコの部屋――部屋番号は1037室。
セシリアとの決闘を翌日に控えたセツコは、今日もキョウスケとアイビスと共に訓練に勤しんだのだが、やはりセツコの動きを見ていると、訓練マニュアルにならって動くのが癖にもなっているように感じられた。
長年そのような戦闘スタイルだったため、今更なことであるが、セシリアのような実力がある者との勝負では、マニュアル通りの戦い方ではまず歯が立たない。
だが、身に染み込んでいる戦い方を短時間で変えていくというのは無理としか言いようがなく、キョウスケ自身も指摘されたところで同じなために無理に迫ることはなかったのだが。
「いよいよ明日か……」
「はい……。私はあまり、自信はないですけど……」
視線を軽く下に向け、言葉通りの態度を見せるセツコ。
こうも後ろ向きでは、キョウスケとしてもやりにくい。
気合の入ったセツコというのもまたギャップがあってやりにくいのだが、此処までくると重症レベルで果たして済ませてよいものかと疑ってしまう。
(……マニュアル以前の問題か)
戦い方を変える、というよりも意識を変えることもまた大事なのかもしれない。
更にセツコは元来から優しい性格であり、あまり他人に対して積極的になれない性格が災いしてか、どうしても攻撃を仕掛ける時に遠慮をしてしまう事が多々ある。
事実、前の模擬戦においても実体弾であるストレイターレットもキョウスケの急所から外していたのだ。
狙って外した、という訳ではない。無意識に銃身をやや下げ、急所を逸らしたという方が正しいかもしれなかった。
優しいのはいい事ではある。だが、戦場においては情けなど掛ければやられるのは自分自身だ。それを十分に分かっているからこそ、キョウスケとしてはそのように思ってしまう。
(分かっている……か)
そう、分かっている。
だからこそ、キョウスケは勝負ごとにおいて遠慮という事はしない。相手の為にもならなければ、自分の為にもならないという事をよく知っているからだ。
本気で相手にぶつかっていくことに意義がある。こう思っているからか、なかなか手は抜けなかった。
それが例え――セツコのような人物であったとしても、同じだ。
(それに……セシリアも小原の様子を見れば怒り出すかもしれないな……)
セシリアの性格を顧みれば、それは予想できる出来事に違いない。
ただ、怒られたところでセツコは謝るしかない。いや、出来ない。それが、それこそが、小原節子という人間なのだから。
「…………」
「あの……どうしました?」
黙りこくっているキョウスケに、セツコは恐る恐る声を掛けた。
不安がらせてしまったか、と内心で悟るものの、キョウスケは別に「なんでもない」と片手を上げながら彼女に答える。
「そ、そうですか……」
セツコはホッと胸を撫で下ろし、そのままキョウスケから視線を外した。
すると、セツコは少し考えた後で自身のISであるバルゴラのデータを引き出し、それを見ながら機体のチェックをし始めた。
「バルゴラに問題はないか?」
「えっと……大丈夫です」
キョウスケの問いに、セツコは首をコクンと縦に動かす事によって、肯定の意を示す。
そのまましばらくバルゴラのデータを色々と見ていたようだが、やがてそれをしまうと大きく息を吐いた。
「溜息ばかりしていては幸せが逃げるというぞ、小原」
「でも……その、緊張してしまって……」
「……そうか。まあ、そうだろうな」
苦笑を浮かべながらも胸を押さえ、再び嘆息するセツコ。
緊張――なるほど、確かにそれはあるかもしれない。勝てる勝てない以前に、相手に迷惑をかけたらどうしようか、うまくやれるのだろうか――などと彼女は考えているに違いない。
ただ、今のセツコの技量でセシリアに傷を負わせるのは中々難しい事ではないか、とキョウスケは内心で思う。
少なくとも、今の意識では――彼女はこの先もずっと前には進めない。
だからなのだろうか。ふと気づけば、キョウスケはセツコに対して声を掛けていた。
「小原」
「……はい?」
急にキョウスケがセツコを呼んだので、彼女はキョウスケの方をゆっくりと向いた。
もっとも、一体何の用でセツコを呼んだのか分からなかったため、小首を傾げながらであったが。
「俺が口出しする事ではないが……もう少し、自分に自信を持て。今のお前は、とてもじゃないが見ていられん」
「で、ですが……」
「自分に臆するな、小原。自分の事ぐらい、信じてやれるようになれ」
「南部さん…………」
その言葉が、セツコの胸に突き刺さるように響く。
『自信を持て』――これこそ、セツコが今もっとも必要な事であろう。
それが分かっているからこそ、実行できない自分が悔しい。もどかしい。ベッドのシーツを軽く握りしめ、下唇を軽く噛みしめた。
(自信……。でも、私は……)
だが、どうしても負の感情というものがセツコの中にどんどんと込み上げてくる。
変われるはずがない。所詮、自分はそんな人間なのだからと、勝手に自分の中で決めつけて。殻を作って。
それがいつしか自然になっており、変えようとも中々変えられなくなっている自分がいた。それは、今もそうだった。
だが、セツコは再びキョウスケの方を向き、軽く笑みを浮かべながら一言だけこういった。
「ありがとう……ございます。南部さん」
「構わん。明日の決闘……頑張れよ」
「はい……」
それだけ言うと、キョウスケはベッドへと転がる。
柄でもない事を言った気がするが、こうでもしなければセツコは変わらない。いや、言ったところで彼女が変わるかどうかも分からないのだが。
だが、何もしないよりは遥かにマシだ。誰も手を差し伸べないのなら、自分が差し伸べればいい――。
(お節介、か)
自分の行動に、キョウスケは内心で笑ってしまう。
だが、後悔はしていない。ともかく今日はもう寝ようと、キョウスケは瞼を閉じるのだった―――。
■
翌日の放課後。セシリアが指定した決闘の日である。
場所はこれも彼女が指定した通り、第三アリーナ。比較的に標準なアリーナであり、日本の首都東京にある超大型アリーナと設計も同様にしてあるという場所だ。
というのも、出来るだけ実戦により近い形での勝負を経験させたいという狙いもあり、このような設計になったという。ちなみにその東京アリーナの方では、今年の夏に世界中のIS稼働者たちが集まり、オールスターに似たようなとり行いをするという話があるが――それはまた、後にする。
そして、この第三アリーナのBピットに、キョウスケと付き添いで箒、そしてセツコはいた。現在、セツコのバルゴラを稼働させて前日出来なかった細かな場所の最終チェックを行っている。
「機体面に問題はないか、小原」
「はい、大丈夫です。ガナリー・カーバーも正常に稼働します」
「そうか」
腕組みをしながらセツコを見ていたキョウスケ。彼女からの返事を聴くと、ただ一言だけそう返した。
返事をしたセツコは、ふうと大きく息を吐く。心を少しばかり落ち着け、ガナリー・カーバーを握っている右手に若干であるが力を込めた。
ハイパーセンサーも問題なく動いており、すでにアリーナ中央で待機しているセシリアの情報も掴んでいる。
ただ、それを見るたびに益々緊張してしまい、また大きく息を吐いて落ち着かせるという行動を取ったのだが。
「そう緊張するな。お前の実力を出せば、善戦できるだろう」
「は、はい。頑張ります。すぅ……はぁ……」
もう一度大きく息を吐き出すと、セツコはピット・ゲートへと機体を進める。
機体をピット・ゲートへと進めたところで、セツコはもう一度キョウスケの方を見る。キョウスケもそれに応えるように首を微かに縦に動かした。
「……行きます」
セツコがバルゴラを微かに傾けたところで、機体はふわりと浮かび上がって前進する。
前進したところで正面ゲートが開き、明るい視界が開けてくる。セツコはその場所に対して飛び出すように背中のバーニアを噴かし、アリーナの広場へと出ていった。
「……大丈夫なのか、彼女は」
キョウスケの傍にいたのは篠ノ之箒。彼女もまた、セツコとセシリアの発言を聞いているため、様子を見に来たという。
「さあな。ともかく、俺達は見守る事しか出来ん。どういう結果になろうと、帰ってきた時に小原を出迎えてやればいい」
「……優しいな、お前は」
「そうか?」
「ああ…………そうだよ」
箒の答え方は、何処か遠くを見ているようだった。
彼女が一体何を思っているのかは分からない。ただ、その声が昔を思い出しているようにキョウスケには聞こえたのだった。
(さて、小原は何処までやれるか……)
セツコのバルゴラと、セシリアのブルー・ティアーズを見ながら、キョウスケは自然とそう思うのだった。
■
場所はアリーナ内。
其処には、対戦相手であるセシリア・オルコットがスタンバイをしており、愛銃である『スターライトMk-Ⅲ』を片手にしながら、セツコが来るのを待っていた様子であった。
セツコがピットから出てくるのを確認すると、彼女もブルー・ティアーズを動かしてセツコへと機体を動かす。
向かい合ったところで、セシリアはスターライトを構えながらも、セツコに対して口を開いた。
「少し遅かったですわね、小原さん」
「えっと……その、機体の調整で少し手間取って……」
「―――まあ、いいですわ。それより小原さん、勝負を始める前にこれだけは言っておきますわ」
「………?」
セシリアの言葉に、セツコは首を傾げる。
一体、何を言い出すのか全く予想できなかったために仕方がないのであるが、セシリアは構わずにセツコに対して指を刺すと、こういい始める。
「わたくしが貴方に勝ちましたら、わたくしと貴方で部屋を変わっていただきますわ!」
「…………え?」
突如として言われた言葉に、流石のセツコもポカンとする。
部屋を変わる? 全く、この少女は何を言っているのか、と言わんばかりの状態。しかし、セシリアの舌は止まる事を知らない。
「前にも言いましたが、やっぱり長いお付き合いであるわたくしの方が、響介さんと相部屋になった方がいいと思います。
べ、別にやましい事をするという訳ではありませんわ。その…響介さんの寝顔を見てみたい、そしてもう少し響介さんと一緒にいたいというわたくしの………オホン」
頬を上気させ、いやいやと頭を振るセシリア。
言葉の中にうっかり本音のようなものが出てきたが、それ以上はさすがにまずいと感じたのか、セシリアは咳払いをして話を区切った。
もっとも、セツコとしては全て耳に入ったものの、頭の中では困惑している状況なのだが。
「と、ともかく! わたくしが勝った場合、部屋を交換していただきますので、そのつもりでいてくださいな!」
「えっと……わ、分かりました……」
何故か承諾してしまうセツコ。
といっても、話が唐突過ぎて、実際のところこう答えるしか方法がなかったのだが。
「まあ、話はこのぐらいにして……早速始めますわよ、小原さん!」
「……はい」
先ほどまでの態度から一変し、キッと表情を引き締めるセシリア。
セツコもそれを感じ、ガナリー・カーバーをセシリアに向かって構えた。
その間だけ、二人の間には短い時間だったとはいえ、かなり長い時間が経っているように感じられた。動けず、動かず。
初手をどう打つか、その後は、決めは――そのような事を考えている時間のようにも感じられる、長くも短いその間。
そして――試合開始を告げるブザーが鳴ると同時に、まず動いたのはセシリアであった。
「初めに、左足をいただきますわ!」
「……っ!」
開始直後、セシリアは左目を射撃モードに移行し、手早くスターライトを構えてセツコに向けてエネルギー弾を発射。宣言通りにセツコの左足に向けてビーム砲を放つ。
しかし、セツコも代表候補生の訓練を適当に受けてきたわけではない。最初の一発を飛翔することによって開始し、ガナリー・カーバーのセーフティを解除し、セシリアに向ける。
「は、反撃を……」
「遅いですわね!」
だが、射撃に関してはセシリアの方が早かった。
セシリアは素早く右側に動くと、左目にてセツコをロックオンしながらスターライトの銃弾を再び放つ。
動きが早い、とセツコは内心で驚くが、飛んでくるビーム砲を紙一重で回避し、反撃とばかりにこちらもストレイターレットをセシリアに向かって発射する。
しかし、その弾丸は無情にもセシリアの後方へと飛んでいく。撃ってもセシリアに当たることはなく、次々に回避されていく。
「そんな射撃、わたくしには届きませんわよ!」
「狙いが……定められない……?」
円を描くように飛びまわりながらも的確に銃弾を発射しているセシリアに対し、セツコのストレイターレットはセシリアに掠る様子もない。
おまけに攻撃をどうにか回避しながら反撃することは難しい。どうにか狙いを定めようにも目標がこうも動き回っていては、それどころではなかった。
「ともかく、距離を……」
四方から迫りくる射撃は非常に厄介だ。
セツコは、それから逃れるように降下。対するセシリアは降下していくセツコに対して、追撃とばかりに銃弾を放つ。
しかし、距離が離れれば少しではあるが、回避しやすくなるのも事実。
小刻みに機体を動かし、本当に紙一重ではあるものの、セツコはセシリアの射撃を回避しながら地へと降り立ってセシリアと距離を取る。
「ならば……いきなさい、ブルー・ティアーズ!」
周囲を飛んでいたビット達に指示を送り、セツコに向かわせると同時にセシリア自身も少々降下する。
その間にもビット達は訓練された動きであっという間にセツコの周りを取り囲む。
セツコはそのビット達の包囲から逃れるように飛翔するが、キョウスケと共に大倉研究所にいた頃よりBT兵器の扱い方が上達しているのか、速度を上げてセツコを追撃し、遂には包囲する。
(偏向射撃(フレキシブル)が出来れば、このような事にはならないのですが……ともかく、今は勝つことが大事ですわ。小原さんには悪いですが、これで……)
「閉幕(フィナーレ)ですわ!」
セツコを追い詰めたビット達に再び指示を送る。
ビット達はセツコに対して砲口を開き、淡い青色の光が発行したかと思えば――それは一直線にセツコに向かって飛んでいく。
「直撃だけは…させないっ!」
まずは直線から放ってきたレーザー砲に対し、セツコはガナリー・カーバーを盾にすることによって防御する。攻防一体となった武器の為、そう簡単に貫通させることは難しいのだ。
だが、四方を取り囲んだビット達は絶え間なく攻撃を行う。キョウスケのアルトアイゼンのように重装甲な訳でもないセツコのバルゴラは、一発当たるごとにかなりのダメージを被ることになる。
「ううっ!!」
打開策はないものか、と考えているうちにビットのビーム砲を一発貰ってしまう。
右腕に受けたそれは、展開されていた装甲を一瞬のうちに吹き飛ばせるほどの威力。更にシールドエネルギーも減っていき、セツコは苦い表情を浮かべた。
(このままじゃ……)
やられてしまう。セツコの脳裏にそのことが思い浮かんだ。
だが、やられたところで所詮はこんなものだ。代表候補生に選ばれたとはいえ、それはセツコの本意ではない。
この勝負に負けたところで、セツコは失うものはなにもない。せいぜい、セシリアと部屋を入れ替わる程度である。
それならば――いや、その程度ならば、それにセシリアもそれを望んでいるのならば、別に構わないのではないか。そう、セツコは一瞬だけ思った。
(でも………)
でも――それは、違うと思うセツコもまたいた。
なぜこのような考えが出たか。それは、こんなどうしようもない自分に、言葉を掛け、手を差し伸べてくれた人がいたからだった。
今まで一人だった――。孤独で、話をするような友など一人もいなかった。
だが、それでも。それでも、あの人は――そんなセツコに声を掛けてくれた。
ルームメイトだからか? 友人がいきなり喧嘩を吹っかけたからか? そんな理由でも構わない。それでも、セツコは嬉しかったのだから。
その人が――彼が、この戦況を見守っている。その人に自分の諦めるような姿など……見せたくはない。見せたくもない。
そして、昨晩彼に言われた事を――セツコは、もう一度思い出す。
『自分に自信を持て、小原』
(自信……。……っ!)
その時、セツコの表情が若干強張る。
すると、セツコはガナリー・カーバーを軽く天へと掲げるや――其処から高出力のビーム・サイズを発生させた。
「な……? エネルギー兵器ですって!?」
「バルゴラ……。私に、力を貸して……」
ガナリー・カーバーを握りながら、セツコは呟く。
その言葉に呼応するかのようにガナリー・カーバーから出現したビーム・サイズ――通称『バーレイ・サイズ』が輝きを放つ。
「ですが、それも近接戦闘用武装の一つですわ! まだ、わたくしには届きません!」
ガナリー・カーバーから発生したバーレイ・サイズを見てやや驚いたセシリアであったが、再びビット達に指示を送ってセツコを襲わせる。
だが、セツコは先ほどとは違って怖いぐらいに落ち着いており――動いたかと思えば、一機のビットに狙いを定める。
「なっ、正面から!?」
「はぁぁぁぁ!!!」
先ほどとは違う行動を取ってきたセツコに、セシリアは一瞬だけ判断が遅れてしまう。
その間、セツコはガナリー・カーバーを軽々と一回転させると、バーレイ・サイズを振り上げるようにして、狙いを絞ったビットを一機、真っ二つに斬り裂く。
小規模の爆発と共にビットが爆発四散し、セシリアは眉を寄せた。まさか、そう出てくるとは、と思ったが、それと同時にセシリアも面白くなってきたと口元を吊り上げる。
「面白くなってきましたわ! ですが、勝つのはわたくしですわよ!」
「私も……負けません。私も少しだけ……自分に自信が持てましたから……!」
その目は、信念が籠っているような目でもあった。
それが出来たのは、自分でも出来ると教えてもらったから。背中を押されたからである。
だからこそ、諦める訳にはいかない。自分でもやれるという姿を―――見せたいのだ。『彼に』。
(私でも出来る……。そうですよね、南部さん……!)
ピットの中で観戦している筈のキョウスケの事を思い出し、セツコは再び表情を引き締める。
その時、ガナリー・カーバーの中央部が微かに輝きを放ったのだが、それを確認できたものは現時点ではいなかった―――。