真剣でKUKIに恋しなさい!   作:chemi

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21話『未来』

 

 夕日に照らされる河原で一人の女が舞っていた。引き立て役は屈強な男たち。その中を女は時に華麗に時に荒々しく舞い続ける。片手を振るうごとに一人。片足を進めるごとに一人。男達は次々と地へ沈んでいく。

 女――百代の舞いは最後の一人が倒れるまで止らない。

 その男達はクローン組に挑むため、世界中から川神を訪れていた武闘家たちであった。しかしその人数が多いため全てを相手しているときりがない。そこで事前に武神である百代が認めた者のみに挑戦権を与えるとともに、百代に対しての生贄――もとい戦闘衝動緩和のための相手をしてもらっているのだった。

 その百代の動きにはほんの小さな違いがあった。それは先日の項羽との一件が関係している。たった一度の攻防。お遊びに近い一撃であったが、それが百代の慢心を取り払ったのだった。加えて直感が百代に訴えかけていた。待ち望んでいた相手だと。

 項羽との私闘は学園から禁止されているが、対決の場は用意してやると征士郎から言質をとっている。

 

『項羽はようやく歩き出した幼子にすぎない。そして幼子は成長する。お前の全てを受け止められる存在にな』

 

 項羽を幼子と言い切り、より高みへと上り詰めると断じたのだ。そしてその言葉を保証したのはヒュームである。

 全てを受け止められる存在。百代は笑わずにはいられなかった。それはあり得ないという嘲笑ではなく、心の底から湧き出る歓喜であった。その影響からルーチンワークのようになっていた鍛錬にも今一度身をいれるようになっていた。

 橋の上から見物していた燕がたまらず声をあげる。

 

「あそこにいるのはモモちゃんじゃなく、MOMOYO(覚醒モード)だ。契約期間を定めなくて本当に助かったよん……」

 

 燕は欄干に腕をつき小さくため息をはく。未だ倒すための糸口は見つかっていない。しかし、これより先時間をかければかけるほど困難になっていくのではないかと考えてしまう。人はちょっとした切っ掛けで変わるというが、何も今変わらなくてもとさすがの燕も愚痴りたくなった

 その燕の後ろに一台の車が止まった。そこから降りてきたのは征士郎と静初。

 

「燕じゃないか。こんなところで百代の見物か?」

「まぁね……征士郎君は今帰り? 先に教室出ていってたからとっくに帰ってると思ってた」

「学長と今後のことでちょっとな」

「征士郎君って本当に高校生? 理事長と今後のこと話すって明らかにおかしく感じるのは私だけ?」

 

 前に通っていた高校でも、生徒会長が校長と話している場面すら見た事がないのだ。

 

「細かいことは気にするな。これも皆が楽しめるために必要なのだ」

「生徒会長さんは大変だねー。私もなんかお手伝いしようか?」

「それは有難い申し出だが何か欲しいものでもあるのか?」

「まるで私が御褒美目当てで言いだしたみたいに聞こえるね」

「大抵の物はいけるぞ。クルーザーか? それとも島か?」

「それは既に御褒美とかそういうレベルじゃないよね!? 一体私はなんのお手伝いをさせられるの!? 怖いよ! 逆に怖くなってきた!」

「冗談だ。なら身近にあるもので……静初のギャグを毎日10個聞ける権利はどうだ?」

「後ろで李さんが嬉しそうに私を見てきてる。とりあえずそれが御褒美にあたるかどうか聞いてから判断したいね」

 

 静初は一歩前へ進み出て咳払いを一つした。

 

「多馬川にはよく人が集まる……だってここはたまリバー。李静初です」

「これが御褒美?」

「最近ステイシー……静初の同僚の反応が冷たいらしくてな。新しい聞き手を募集中だそうだ」

「李さんの期待のこもった視線が痛い。そして、どう反応していいかわかんないよ。征士郎君パス!」

「静初、今回は縁がなかったらしい」

「うう……というか私達一体なんの話してるの?」

 

 燕は落ち込む静初の姿に胸を痛めながら呻いた。

 

「燕のその気持ちだけ受け取っておく。ありがとう」

 

 征士郎はそんな燕にカラカラ笑いながら礼を言った。

 

 

 ◇

 

 

 2人が立ち直ったところで征士郎が口火を切る。

 

「それで燕は百代の見物してどうしたんだ?」

「いやーどうやったらモモちゃん倒せるかなって考えてたんだよね」

 

 軽い調子で答える燕。契約については紋白と結んでいるため征士郎にも話してはいないが、燕も武闘家の端くれであるからこの考え自体おかしなことではない。

 

「ほう……やはり燕も武闘家なのだな。百代を倒すか……それはまた難しい問題だ」

「でしょでしょ。それに私ってか弱いスワローちゃんじゃない?」

「か弱いというのは形容詞一つで、弱弱しいの意味を指す。あの『か弱い』のことで合ってるか?」

「合ってるよ」

 

 一瞬の間ができた。

 

「うむ。続けろ」

「うん。そんな私が武神に勝つ方法を探るなら、どんな小さな事でも見逃すわけにはいかないからね。こういう見物できる場は利用しようかなって」

「無敗の女か……少し燕のことがわかった気がするよ」

 

 燕は征士郎の言葉にふふっと軽い笑いで応えた。そのときちょうど百代の方も戦いが終わったようである。百代が地に伏せった挑戦者に対して礼を述べていた。そこへ近寄って行くのはその場を取り仕切っていた桐山である。

 

「百代は確かに強いが、清楚に燕、義経そして由紀江には特に期待している」

「征士郎君に期待されるなんて光栄だね」

「父である久信の実力も確認させてもらった。申し分ないものだ。そこでだ……宇宙開発部門で進んでいるプロジェクトに加わってもらおうかと思っている。正式な通達は後日行うつもりだが……そこで得られる情報は平蜘蛛の改良にも役立つのではないか?」

 

 燕は征士郎の瞳を見てもしやと考える。そしてそれは正解であった。

 

「九鬼がスポンサーとなったのだ。俺が知る事ができないわけがないだろう? 加えて宇宙は俺の受け持つところでもあり、そこで何が行われているのか知っておく必要があるのだ。発想がでかくて中々気に入ったぞ。だが、あれは必殺と言える反面欠点も多い」

「それは使ってる私が一番よくわかってる」

「しかし、その欠点を克服できるとしたら?」

 

 燕は言葉に詰まる。

 

「詳細を伝えることはできんが、宇宙という空間は人類など塵芥だと思えるほど広大無辺であり過酷な場所だ。しかしだからこそ、そこに挑むことで俺達の技術をさらに進歩する。将来、その場で久信やその他腕のたつ技術屋の力が必要となるだろう」

「私のことはテストケースとしてデータをとりたい?」

「燕は適正が群を抜いているそうだ。その見返りとして……」

「それらの技術提供。私の力として扱っていいんだね?」

「ああ。まぁそれを受け入れるときは燕も九鬼の一員となってもらう必要があるがな」

「考えさせてもらうよ。悪い話ではなさそうだし」

「久信からも軽く話は聞けるかもしれんが、職務上言えないこともあるだろう。もし興味があるなら、ジーノ・ハノタ・ノネの論文を見てみろ。英語は読めるか?」

「まぁそれなりに。ジーノって……確かパワードスーツの更なる進化を提唱していた人だったような。おとんがそれを知って凄い興奮していたのを覚えてる」

「その通りだ。稀代の天才科学者にして世界一の変人。今は九鬼の宇宙開発部門で働いている」

 

 その際彼女が提示してきた条件は、金ではなく彼女の関係者全てに安全な場所を提供することだった。この条件は大袈裟に思えるかもしれないが、帝はそれをあっさりと承諾した。つまり、それだけの価値があるという証明でもあった。関係者は全員で3人と少数だったのも関係があったのかもしれない。

 

「……思い出した!」

 

 燕はそのときの記憶をたぐり寄せ思わず叫んだ。宇宙活動におけるパワードスーツ。武器の量子化。エネルギー増幅装置。自己進化を行う意識あるコア。久信の言っていた単語である。その他にも技術転用するには半世紀はかかるとされるものまであったが、そこまで詳しくは覚えていなかった。

 しかし重要なところは思いだせた。燕は思いをめぐらす。パワードスーツからの転用で武器の強化ができれば。そして武器の量子化で平蜘蛛を僅かなタイムラグで展開可能となれば。最終決戦兵器にエネルギー増幅が可能となれば。挙句の果てには自己進化を行うコアを埋め込まれた武器となれば、一体どうなるのか。

 征士郎は慢心のなくなった百代を倒すことは難しい問題だと言ったが、決して不可能だとは言わなかった。そして燕に期待しているとも。

 松永燕が扱うのは機械の力。燕自身も実力者であるが、彼女が扱う機械そのものがレベルアップすれば掛け算された力はどれほどのものとなるか。それは武神の領域へと踏み込めるものなのか。

 燕の背筋をぞくりとした感覚が走り抜ける。

 

「ごめん……今、すっっっごいワクワクしてる自分がいるんだけど」

「未来が待ち遠しいだろう。久信の件もそうだが、燕にしても早めに返事がもらえると助かる」

「ずるいよ……こんな話聞いちゃったら後に退けないってわかってたはず」

「そう思ったから話をしたのだ」

 

 征士郎はうーっと唸る燕に意地の悪い笑みを返した。その日の夜、彼の携帯に燕から着信があった。

 

 

 □

 

 

 次の日の放課後、大和は一人仲吉でパフェを食べていた。先ほどまで学園外の知り合いの一人とお茶をしていたのだが、急用が入ったらしく慌てて出ていってしまったのである。大和は仕方がないのでパフェをつつきつつ、片手で携帯を弄り続けていた。

 そこへ見覚えのある顔がやってくる。

 

「んはっ! 大和ではないか? お前が一人とは珍しいな。大抵は女の一人や二人連れているのに」

「せ……覇王様!?」

「おう! 覇王様だぞ! 好きなだけ敬え!」

 

 そして項羽は一人ではなかった。その後ろから征士郎と静初が入って来る。

 

「会長まで!? なんか意外な組み合わせですね……」

「こいつは今日俺の財布だ! なんでも好きな物を食わせてくれるという! 日頃の行いを悔い改めようというその心意気を汲んで、こうして付き合ってやっているのだ」

 

 大和は胸を張って高笑いをする項羽から征士郎のほうへと視線を向ける。

 

「清楚の言葉はスルーでいい。ところで直江、同席しても構わんか?」

「え……あ、はい。どうぞどうぞ」

 

 大和は携帯を急いで閉じると鞄を寄せ、3人が座れるスペースをつくった。その隣に項羽はどっかりと座り、征士郎と静初は対面の席へついた。

 清楚はメニューを見るなりオススメ商品を上から5つ注文する。どうやらここの支払いが征士郎持ちというのは本当らしい。「早く頼む」と店員を急かす項羽の一声に静初が注意をいれる。

 注文を終えた征士郎が大和へ声をかける。

 

「直江、とりあえずSクラス入りおめでとう」

 

 先日Sクラスに欠員が一人でたため臨時の選抜試験が行われていた。その際妨害などもあったが見事大和がその座を射止め、明日からクラスを入れ替わることになっている。

 

「ありがとうございます」

「それから……紋のことでも色々相談にのってくれているらいしな。その件も礼を言っておく。紋は嬉しそうにお前のことを話していたぞ」

「いえ、俺は後輩が困っているのを見捨てておけなかっただけです。でも紋様が喜んでくれたのなら俺も頑張った甲斐がありました」

「困っているからと人材紹介までやる奴もいないだろう。人が集まるのは俺としても喜ばしいことだ。聞けば面白い人材が集まっているとも聞く。中々大変であろう?」

「その分、遣り甲斐があります」

 

 大和は紋白と関わることで自身をより高めていくことに楽しさを覚え始めていた。そして彼女に仕えることにも。

 そこで3つ目の商品に手をつけようとしていた項羽が口を開く。

 

「大和はあれか……ロリコンというやつか?」

「なんでそうなるんですか!? 俺はただ紋様の喜ぶ顔が好きなだけですよ!」

「ほれ……その台詞からもそこはかとなくロリコン臭が」

「しねぇよ! なに勝手に新しいキャラ付けしようとしてるんですか!」

 

 大和が言葉を荒げたのも目の前にいる征士郎の存在故である。

 その征士郎によってロリコンが公開処刑されたのも記憶に新しい。それは思いだすだけでも冷や汗ものである。

 

「図星をつかれたからといって焦るな。人にはそれぞれ業というものがあるとクラウディオからも習っている。俺は大和がロリコンでも受け入れてやるぞ。んはっ! 器のでかい王であろう!」

「だからなんでロリコンという前提で話を進めるんですか! 覇王様は俺になんか恨みでもあるんっすか! 黙ってパフェ食べといて下さい!」

「おい、大和! 覇王に命令するとは無礼だぞ!」

「アンタも大概無礼だよ!!」

 

 その言い方に項羽は言い返そうとしたが、

 

「お前達静かにしろ」

 

 と征士郎の一言が遮った。それは特別大きな声で言われたわけでもないが、店内の全員に聞こえたかと思うほど冷え切った声だった。

 店は水を打ったように静まり返る。征士郎が息を吐き出すとともに空気が和らいだ。

 

「客は俺達だけではない。元気がいいのは結構だが、それ以上騒ぐのならば外でやれ。いいな?」

「す……すいません」

「征士郎の癖に俺に指図す……いやなんでもない。店員よ、悪かったな」

 

 静初はこういう状況にも慣れているのか、ここは自分が空気を良くしなければと温めておいたギャグを放つ。

 

「あのソーダ、うまそーだ」

「静初やりたいことはわかるが……」

「ダメ……だったでしょうか?」

「また清楚からどこが面白いのかと小一時間問い詰められても平気なのか?」

 

 征士郎はこの話をステイシーから聞き、項羽はそのときのことを思い出したのか身を乗り出す。

 

「もうあんな真似はせんわ! だから李もう泣くなよ!?」

「っ!? 泣いてません! 清楚、征士郎様の前で変な事言わないで下さい」

 

 そのとき征士郎の携帯が震えだした。そして彼はメールを確認するなり席を立つ。それに合わせて静初が会計をしにレジへ向かった。アタフタしていたにも関わらず、こういうところはさすが専属と言えた。

 

「直江、悪いが先に帰らせてもらう。清楚はそれを味わってからにすればいい。あまり遅くなってマープルに怒られんようにな」

「はい。お気をつけて」

「俺を子供扱いするな! 覇王だぞ! 偉いんだぞ!」

 

 征士郎のあとに従っていた静初だが、その場に立ち止まると大和を見つめる。

 

「九鬼は面白いですよ」

 

 そう一言伝えた静初はまた征士郎を追っていく。その言葉は確かに大和の心に刻み込まれていた。

 ちなみに大和達が帰る際、仲吉の店員からお代は既にもらっていることが伝えられ、それに加えて手土産を渡される。これは店で騒いだ迷惑料と大和が住んでいる寮生に振舞うために用意された土産であった。それは当然清楚側の分もあり、土産の量からいってクローン組の3人ともう1人分あった。その1人分を自分の物と考えた項羽とマープルへの土産だとツッコんだ清楚がいたとかいなかったとか。

 そして車に戻った征士郎であるが、静初と二人きりになるなり、

 

「私は泣いてませんから」

 

 と念を押されるのだった。

 最後にその手土産だが一番喜んだのはクリスであり、マープルは項羽が土産を買ってきたことに驚きながらも嬉しそうだったらしい。

 


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