真剣でKUKIに恋しなさい!   作:chemi

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16話『恋』

 

 征士郎は移動教室のため、彦一らと廊下を歩いていた。傍には李と清楚の姿もある。

 この4人、揃いも揃って美形、しかも、同じ学校であるにも関わらず、服装が全員違うので、共に行動しているととても目立つ存在であった。と言っても、清楚は学園指定の制服のため、その原因は周りの3人である。

 清楚は、周りから飛んでくる視線が気になるようだった。他の3人は慣れであろう、特別気にする様子もない。

 その彦一と清楚だが、2人は征士郎を介して知り合い、読書という共通の趣味もあったため、1日という短時間でも、ある程度うち解けていた。さらに、彦一にとって、清楚と項羽が共存しているという事象は珍しいらしく、よく気にかけているのである。それはもちろん、観察対象としてのようだが。

 自然と空けられる廊下の真ん中を進む4人。そこへ少し力の籠もった声が響いてくる。

 

「ひかえい、ひかえい、ひかえおろう!」

 

 女の少し高い声。

 

「紋様のおなーりー!」

 

 そして、男の低い声。

 4人とは反対方向から、これまた廊下の真ん中を通る3人組がいた。城中を歩く殿の道をつくる家来が如く、小杉と準が声を張り上げていた。殿とは、もちろん紋白のことである。

 征士郎は、紋白が転校初日に1年S組を掌握したと聞いていたため、あの2人がそのような態度をとっていても不思議はなかった。

 

(小杉はいつも通り、裏で寝首をかいてやる、くらいは思ってそうだな)

 

 しかし、寝首をかこうとすれば、九鬼の双璧を乗り越える必要があるのだ。考えるだけなら容易いが、実行に移すとなれば、小杉では不可能と言わざるを得ない。もしかすると、考えただけでも、あらかじめ釘を刺されかねない。それだけクラウディオの読心術は、生半可ではないからだ。

そして、紋白には人を惹きつけてやまない魅力がある。そんな彼女と間近で接していれば、あるいは本当の忠誠を誓う日が来るかもしれない。

 それはそれで面白い。征士郎はそう思っている。小杉の能力は、S組を掌握できるほど高く、向上心もありすぎるくらいである。性格にクセがあったとしても、その資質は十分従者になるための条件を満たしていた。

年の近い従者というのも、貴重な存在である。特に、紋白は、家族に迷惑をかけるような行動を極端に嫌う。いや、恐れていると言っていい。それは、比較的マシではあるが、征士郎に対しても同様である。

だからこそ、年の近い従者ができ、その者にだけでも、気を遣わずに接することができれば、と征士郎は考えている。

 

(できることなら、この学園に通う間に、そういう人物に巡り合えればよいのだが……)

 

こればかりは、征士郎が誰か人を立てて、といったような方法で行うことはできない。紋白自身が気に入り、この者ならばと自然に思える人物を見出す。まさに、運を天に任せるほかない。

歯がゆいと思う一方、大丈夫だと自信をもっている自分もいた。不思議な感覚ではあるが、これが馬鹿にできないものであるのは、征士郎も身を持って知っている。

それが誰であるのかはわからない。しかし、紋白を今以上に笑顔にできる人物がいるならば、とても嬉しい反面妬けもする。加えて、楽しみでもあった。

一つわかっているのは、その人物は準ではないということだろうか。これは断言できた。

 

「兄上!」

 

 紋白の兄センサーが発動したのか、その家来たちよりも早く征士郎の姿に気づき、たたっと駆け寄って来る。征士郎がそんなことを考えているなど知らない彼女は、ただただ笑顔を向けてくる。

ここが本部であれば、紋白はそのまま抱きついたであろう。いや、一瞬その行動に入ろうとして、ここがどこで、誰が見ているのか思い出したようだ。征士郎の目の前で、何とか踏みとどまっていた。

 

「早速、配下がつくとは、さすが俺の妹だ」

 

 征士郎はポンと紋白の頭に手をのせる。彼女の笑顔がより一層輝いた。

 

「フハハッ! 我としても嬉しい限りです」

 

 その光景を和やかに見守る一行の中に、異質な視線を向ける者が一人。

 

(あぁー士郎先輩が羨ましいぜ。俺も紋様をなでなでーってやりてぇなぁ。愛のこもった声で、兄上―とか呼ばれてみてー。それだけで、俺なら天に昇れる気がするぜ。しかも、さっき絶対抱きつこうとしてたよ紋様。俺には動きを見ただけでわかる。人目があるから我慢したんだろうなぁ……そういう所も一々キュンとくるぜ。お兄ちゃん大好きーってか、うおおお萌えるぜ。士郎先輩と一日でいい、体を入れ替えてもらいてぇ。そして、一緒に風呂入って、洗いっこする……ハッ!」

 

 途中から駄々漏れになっていた準は、そこでようやく自身の危機を察知した。彼を取り囲むのはヒューム、クラウディオ、李の3人。紋白の姿は遥か先方、先ほどまであんなに近くにいたというのに。

 空気が重く、息をするのもしんどく感じるのは気のせいであろうか。

 李が静かに口を開く。

 

「紋様の安全のためにも、ここは治療を施した方がよろしいかと」

 

 李の手には、準の見たこともない器具が握られている。それは先端が細く、耳の穴からでも入りそうであった。

それを見てしまった準は、治療とはなんなのか、と問いただしたいが、答えを聞くのが怖い。希望があるとすれば、李はギャグを言うので、これが冗談の類かもしれないということ。その彼女は真顔ではあったが、彼は希望を捨てない。

 それを止めたのは、意外なことにヒュームであった。

 

「手を加えるのは簡単だが、そこに副作用がでんとも限らん。征士郎様も紋様もそれをお望みではない。ここはやはり、物理による――」

 

 止めたのではなく、代案が提示されただけであった。後半を聞く限り、物騒な未来しか思い描くことができない。確かに副作用はないかもしれないが、そのとき、体は通常の機能を残しているのか甚だ疑問である。

 準は言葉を発することなく、最後の良心であろうクラウディオを見る。

 

「まぁまぁ李もヒュームも落ち着きなさい。彼はただ妄想に耽っていただけではありませんか。現実には起きえないと彼自身わかっていますよ。ただ紋様のお耳に入れるわけには参りませんので、隔離させていただきました」

 

 もし、先の準の独り言が、紋白の耳に届いていたならば、赤面は免れぬであっただろう。それはそれで、このロリコンは歓喜しただろうが。

 とにかく、何かされるわけではないとわかった準は、ほっと息をついた。

そして、目の前には、愛しい紋白がいた。どうやら、先ほどの場所から戻されたらしい。ほんの一瞬の出来事であった。

 

(いや、先のことはただの錯覚やもしれん)

 

 幻である。周りを見渡しても、ヒュームの姿もなく、クラウディオの姿もないのだ。李は清楚と会話をしており、手に持っているのは筆記用具とノートのみ。あの名状しがたい器具もない。

 紋白の転入に喜びすぎて、昨夜眠れなかったのが祟った。疲れているのかもしれない。そう結論づけた準が、征士郎へと声をかけようとした。

そのときに見えてしまった、いやもしかしたら、見せつけられたのか。李の袖からのぞくそれは、不吉な予感しか感じさせない。気づいているのは、準一人だけ。

 そんな準に、征士郎の方から声をかけられる。

 

「準、紋のことよろしく頼んだぞ」

「お任せください、お義兄さん!」

 

 準は、自身の失態に気付いた。勢いにのって答えてしまったのだ。

 

「お兄さん? お前に兄と呼ばれる筋合いはないな。そうだろう?」

 

 征士郎からの何気ない確認。しかし、準の本能が、これでもかと警鐘を鳴らしていた。ここで答えを間違えれば、自身の中の何かが消されてしまうと。

 準の背後に人は立っていなかったはず。にもかかわらず、気を抜けば吹き飛ばされそうな威圧感を感じた。そして、肩に置かれた手と声によって、その正体を知る。

 

「征士郎様からの問いかけだ。さっさと答えんか、赤子」

「井上様がなんとお答えになるのか、興味深いものがありますね」

 

 ヒューム、そしてクラウディオもいたらしい。逃げられないことは、既にわかっている。

 準はそっと瞳を閉じ、これまでの半生を思い出していた。家族同然の冬馬、小雪。もう弁当を作ってやることも叶わないかもしれない。髪を剃らせてやることも、紙芝居に対する感想を述べてやることもできないかもしれない。

 

(それでも、俺は俺の信じる道をいく!)

 

 心の中で、冬馬――若に謝罪する。右腕として、生涯尽くすと決めていたのだ。だが、ここで自身を偽ってしまえば、それは自分ではなくなってしまう。ロリコンでない自分など、一体何の価値があるのだろうかと。ここで偽って、果たして若の隣に堂々と立つことができるのか。否――。

 準は、真っ直ぐと征士郎を見た。言葉の一つ一つを噛みしめるように口にする。

 

「俺は紋様に忠誠を誓っています。それ以上に、一人の少女として紋様に……恋してしまったんです。付き合うことはできないと分かっています! だからどうか! どうか……一度でいいので、紋様とお風呂に入らせて下さい! お義兄さん!」

 

 悔いはない。準は清々しい気持ちであった。汚い世界だと思っていた。しかし、目の前に広がるのは、それを掻き消すほどに色鮮やかな美しい光景である。その中心には紋白がいる。

 準は、手を出さず、最後まで聞いてくれた従者たちにも感謝していた。

 

井上準は確かにここに存在したのだ。その存在を曲げることなく。

 

征士郎は、声を上げて笑う。

 

「最後まで自分を貫くか。よく言った! だが、お前のセリフは色々危ないと知れ! 今回は、その気概に免じて、極道レベルでの仕置きで許してやる!」

「サー! ありがとうございますッ!」

 

 ちなみに、紋白の耳は、李の両手によって塞がれていた。紋白は突然のことながら、李の顔を見つめ、首をかしげるが、彼女が行うのなら必要なのだろうと判断した。李はそんな可愛い主に笑顔を返すのみ。

 そして、彦一と清楚は、こんな何気ない一幕でさえ、騒がしくなることに苦笑し、小杉は準のロリコンの酷さに身を震わせていた。偶然通りかかった男子生徒は、自分を貫く準に心打たれる部分があったらしい、生きて戻れとエールを送る。一方、女子生徒は絶対零度の視線を送っていた。

 準の悲鳴が木霊する。彼の存在を知っている者はこう思うだろう。

 

 ロリコンが何かやらかした――。

 

 こうして、川神学園の昼休みが過ぎていく。

 

 

 ◇

 

 

 放課後。一際気合の入った掛け声が、グラウンドから響いていた。義経の決闘に対する野次馬たちの騒々しさを掻き消すほどの音量である。

 征士郎は、その方面へと足を向けた。彼の傍に、李の姿はない。専属だからといって、何も四六時中一緒というわけではなかった。当然、自由な時間もある。護衛はクラウディオに引き継がれていた。

征士郎の視界には、1ヶ月後に地区大会を控えた野球部の練習風景が、広がっている。今年の期待は、とてつもなく大きい。

それを証明するかのように、野球部のグラウンドのすぐ側に通る歩道には、見物人がチラホラいるのである。腕を組み、練習を食い入るように見つめ、まるで監督のような雰囲気を出している。そして、時折、共に見物に来ていた者と会話を交わす。その顔は明るく、大会が待ち遠しいといった様子であった。

 彼らも昔は高校球児だったのかもしれない。あるいは、川神学園の卒業生か。とにかく、彼らの夢は、必死で練習に取り組む部員達に、託されているに違いなかった。

 学園の敷地内にも、見慣れない外部の人間が数人いる。これらは全て野球関係者であった。1年生でありながら、去年の大会で旋風を巻き起こした世代が、今年、主力となって夏の舞台にやってくるのだから、チェックしないわけにはいかないのだろう。

 彼らの身元は、学園側が調べているが、同時に九鬼も動いていた。万が一が起こってからでは遅いからである。これを期に、警備態勢も一新され、監視カメラ等の導入も行われていた。

 征士郎は、帰りの挨拶を述べながら通り過ぎる生徒達に、声を返していく。そんな中で目についたのは、茶髪のポニーテール。

 

「一子か、珍しいな。野球部の練習を見ているなんて」

 

 川神一子(かわかみ・かずこ)。上の外見に合わせて、くりっとした瞳に、感情豊かな彼女は、ワンコの通称で皆から愛されている。姉の力となるため、日夜、鍛錬に励んでおり、そのひたむきな努力と天真爛漫な笑顔に、英雄は惚れてしまったらしい。

 その一子がびくりと肩を動かした。そして、声をかけてきたのが誰なのか分かり、少しほっとした様子である。

 

「あ、士郎先輩……じゃなかったわ、会長。押忍ッ!」

 

 体育会系の挨拶をかます一子に、征士郎は、士郎先輩で構わない、と笑みをこぼす。彼にこのような挨拶をするのは、学園広しと言えど、彼女くらいなのである。それが、妙に雰囲気とマッチしていて、可愛らしい。

 

「で、練習を見ているなんて珍しいな」

 

 そこで、一子は妙な間をとる。視線は右上で、明らかに何か言い訳を考えている。

 

「義経の決闘を見ていたんです!」

「嘘だろう?」

 

 間髪いれずに、征士郎は聞き返した。彼が確信を持っていると、一子も悟ったらしい。咄嗟に体を90度折り曲げた。

 

「嘘つきました、すいません!」

「うむ、素直に謝ったから許してやろう」

「ありがとうございます!」

 

 百代を通して、一子と知り合って以来、征士郎も彼女の真っ直ぐな性格を気に入っていた。

 そして、征士郎は再度、同じ質問を聞き直した。

 一子はむむっと唸る。片思いされている身としては、その者の兄に話すという行為に戸惑いがあった。本当なら、すぐその場を離れるつもりであったが、他人の懸命な姿を見るのも、一子は嫌いでなく、むしろ、それに元気をもらえるくらいであった。

 甲子園に出て優勝する。以前、英雄からそう聞かされたことがある。

 一子が日課のように続けるランニング。そのとき、偶然、トレーニングに励む英雄と出くわしたことがあった。猛烈なアタックを受け始めて、間もなくの頃の話である。

 一子は、どう対応しようか迷ってしまった。英雄のことは嫌いではないが、押しの強さがどうにも合わない。沈黙は気まずい空気を作り、夕日が照らし出す河原というシチュエーションも、何の効果も発揮しなかった。

 

『すまなかった』

 

その空気を打ち破ったのは、英雄の謝罪であった。

話を聞くに、どうやら英雄は、一子とうまく関係を築くにはどうすれば良いか、と兄に相談したらしい。

 兄である征士郎も、それに快く応じてくれ、話は英雄がどういうアプローチをかけているのかというものへ移る。最初は頷きながら聞いていた征士郎だが、押しの一手をひたすら繰り返す弟に、さすがに声を大きくせざるをえなかった。

 征士郎は、英雄と一子のことは耳にしていたし、2人が会話をしているところも見たことがある。そして、傍から見ると、明らかに、一子が英雄のテンションについていけていないのだ。

 

『英雄……正直言って、お前怖がられてるぞ』

 

 英雄にとって、これほど衝撃を受けた言葉もなかったであろう。彼は、恋を成就させたいという思いがあったにせよ、友好をより深めるために話しかけていたのに、まさかその行為自体が、逆効果をもたらしていたという事実。

 しかし、英雄はお返しにもらった手紙の内容の一部に、気持ちは嬉しいと書かれていると抗弁する。それもバッサリと切り捨てるのは、兄弟だからこそ行えることだった。

 落ち込む英雄を前に、征士郎も放置しておく気は更々ない。弟の恋路である、できれば成就してほしいと願っていた。それ故に、現実をしっかりと認識させておかなければならないと思ったのだ。

 と言っても、征士郎自身、そういう経験がないため、的確なアドバイスなどできるわけもなく、英雄から聞いた話を客観的に判断し、やんわりとアドバイスする程度であった。

 話は、英雄と一子の所に戻る。

 

『我は舞い上がっておりました。一子殿が、我をどう見ているかなど気付かず……』

 

 だから、と英雄は言葉を続ける。もう一度、ここからやり直させてほしいと。

 

『一子殿……我は貴方のひたむきな努力を尊敬している。道は違えど、我も勝負の世界に身を置いている。頂きを目指す者同士です。故に、我の……友となってはくれまいか?』

 

 いきなり恋人というのが無理ならば、友達から始めようというのである。

 一子は、恋人などは考えもよらないが、友達になりたいと言われれば、断る理由もない。彼女も英雄の練習に打ち込む姿を度々見ることがあり、その姿勢、態度は尊敬できると思っていたのだ。

 よろしく、と手を差し伸べる一子。英雄にとっては、忘れることのできない光景だった。

 それからは、一子は手紙を送られることもなくなり、あの気圧されるようなテンションも鳴りを潜め、代わりに少しだけ会話をする機会が増える。約1年前の話。

 一子は、ピッチャーマウンドで投球モーションに入った英雄を見る。

 

「英雄君、1ヶ月後には地区大会だって聞いてたから、一応様子を見ておこうかなって」

 

 九鬼は英雄が入学した時点で、2人となっていたため、一子は友人となったときに、まぎらわしいからと、英雄を君付けで呼ぶようになっていた。

 バッターのフルスイングは空を切り、ボールはミットへと吸い込まれていく。征士郎が見る限りでも、英雄の調子は良さそうであった。

 そうか。征士郎は短く相槌をうった。次のバッターがボックスに入り、バットを構える。

野球部員の掛け声に、他の部活の活気溢れる騒がしさ、これでブラスバンドの演奏でも聞こえれば、絵に描いたような青春の1ページである。

 

「今年は、甲子園行けるかしら?」

 

 一子がぽつりとつぶやいた。甲子園は夏こそが、その集大成をぶつける舞台と言える。

 

「どうだろうな」

 

 征士郎の声が、一子の耳に届いたのだろう。彼女はムッとした表情を作っていた。ここは行けると断言するところではないかと、突き刺すような視線を送って来る。

 だが、征士郎の言葉もそこで終わりではなかった。

 

「優勝するんじゃないか? 俺の弟は、やると言ったらやる漢だからな」

 

 兄のためにも。一子は、いつか、英雄からそんな台詞を聞いたことを思い出した。将来の話をしていたときである。

 一子は姉の補佐をするために、川神院師範代へ。

英雄はより多くの民を笑顔にしていくために、メジャーへ。その過程で自身を救ってくれた兄に、感謝を示したいのだと語ったのだった。

 一方は姉に、一方は兄に。なんだか似ているわ、と笑った一子に、英雄が惚れ直したのは内緒である。

 一子はそれに笑顔で頷くと、両手を胸の前で握りしめる。

 

「よーし! 私も頑張るわッ! それじゃあ、士郎先輩お先です!」

「気を付けてな」

 

 押忍、とまた気合の入った言葉を残して、一子は校門のほうへと走って行った。

 

「一子様は見ているだけで、こちらが元気になりますね」

 

 征士郎の傍には、いつの間にか、クラウディオが控えていた。彼が帰るのを察したのだろう。

 

「ああ。恋か……俺もいつかできるだろうか」

「できるできないではなく、気がついたら、してしまっているのではないでしょうか?」

「そういうものか?」

 

 征士郎が歩きだしてしばらく、背後より声がかかる。彼がそれに振り向くと、そこには李がいた。

 

「どうした、李? 何か俺に用事でもあったか?」

「いえ、私も帰るところなので、ご一緒してもよろしいでしょうか?」

 

 李は、てっきり百代たちと過ごしてくると思っていたのだ。自由時間である。好きな場所に、好きな人と、好きなことを、それらを選ぶ権利は全て彼女にあった。

 そして、帰るべき場所は同じである。

 

「当たり前だ。では帰ろうか」

 

 はい、と李が答え、歩き出した征士郎に並ぶため、小走りで近づいた。

 そんな主従を瞳に映す老執事、彼は一体何を思っているのか。ただ、その表情はいつも以上に優しげであった。

 

 

 




一子と会話してたら、なんか青春やってる雰囲気が凄い。気のせい?

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