真剣でKUKIに恋しなさい!   作:chemi

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九鬼もキャラが多くなってきていいね!


1話『九鬼家』

 

 九鬼極東本部のある一室で、2人の男が向かい合って座っている。

 部屋の片隅には何かのガラクタが積み上げられており、その隣にはボードに貼り付けられた設計図が数枚。それらをよく見ると、卵型、人型、さらに腕の部分のみを拡大したものが載っており、端々に走り書きが残されている。そして、一際大きな棚には辞典ほどの厚みがあるファイルがずらっと並んでいた。

 デスクの上の紙に何かを書きつけているメガネの男は、シャツの上に白衣、髪型はあまり頓着していないのかボサボサである。その風貌から研究者のように見えた。しかし、気難しそうな雰囲気を感じさせないのは、彼の温和な顔のおかげであろう。

 その一方で、もう一人の男――というよりも青年は、かなり目を引く容貌だった。

 それは青みがかった短い銀髪や切れ長の瞳、時々前髪で見え隠れしている額の傷もそうであるが、それよりも真っ先に目につくのが彼の左腕であった。上半身はタンクトップ一枚のため、両腕とも肩までむき出しになっている。だからこそ異様さが際立っていた。

 夕日が部屋全体を真っ赤に染める中、彼の左腕はその光を反射して鈍く輝いている。日の光を反射する人間の腕など存在するはずがない。肩の部分から指先に至るまで、全てが金属で構成されている――義手であった。

 青年は右手で拳をつくると、左手首の下あたりを軽く叩く。

 響く音は、肌がぶつかり合ったときのような柔らかいものではなく、ひどく冷たい金属音だった。

 青年が口元を緩める。その仕上がりがお気に召しているようだ。

 メガネの男が動かしていたペンを止め、青年に声をかける。

 

「他に気になるところなどはないでしょうか?」

「ああ、海経を含め技術部門の連中には、感謝せねばならないな」

 

 メガネの男――津軽海経(つがる・うみのり)は、持っているペンの頭でカリカリと頭を掻く。

 

「征士郎様から頂いたデータは、私達の研究にも大いに役に立っています。感謝を表したいのは私達の方ですよ。これでクッキーもさらなる改良が加えられるでしょう」

 

 クッキーとは海経が開発し、完成させた自律式のロボットを指す。その機能は多岐にわたり、会話を交わすことはもちろん、洗濯や掃除などもこなすことができ、さらに変形することで戦闘をこなしたり、飛行が可能になったりする。まさに万能型ロボと言って良い。

 海経はこのクッキーを心のそこから愛しており、実の娘のように可愛がっている。いや、実際に彼の腕が生み出されたのだから、娘といっても過言ではないのだろう。

 

「相変わらず、海経の頭の中は娘の事でいっぱいなのだな」

 

 青年――九鬼征士郎(くき・せいしろう)は、カラカラと笑った。

 九鬼征士郎――名の通り、世界に名を轟かす九鬼家に生まれついた長男である。上に姉、下に弟と妹をもち、自身は現在川神学園の生徒であり、この春より最高学年へと進級したばかり。クラスは選ばれた者のみが所属するSクラス。他にA~Fクラスがあり、これは成績順に振り分けられるのだが、彼の成績は学年2位のため当然の結果であった。

 ちなみに学年トップは最上姫子(もがみ・ひめこ)という女生徒であり、毎回征士郎とトップ争いを繰り広げ、その争いが賭けの対象となるほどである。

 征士郎がさらに言葉を続ける。

 

「娘の事で夢中になるのは良いが、不摂生を続けて体を壊すことがないようにな」

「気をつけようとは思っているのですが、どうもこの事になると、歯止めがきかないようでして……」

 

 海経は、この後早速データの分析に入るつもりだったようで、自分がデスクに突っ伏している姿が容易に想像できたらしい。アハハと乾いた笑みをつくった。

 

「あとで、従者から差し入れを持って来させよう」

「そ、そんな! わざわざそこまでして頂くようなことはありません。これは私が好きでやっていること。征士郎様が気になさる必要などありませんよ」

「俺に新たな腕を授けてくれたのは、海経……お前ではないか。改良に改良を重ね、戦闘を行えるほどの強度、そして武器ともなった」

 

 征士郎は、右手と機械仕掛けの左手で同時に握りこぶしを作った。小指から折り曲げ、次いで薬指、中指、人差し指と順々に曲げて行くが、左手は滑らかな動きであり右手に遅れることもない。

 そのシンプルな外見の裏には様々なギミックが仕込まれている。戦闘で使う場合も想定してあり、その威力は強力無比である。

 さらに、と征士郎は続ける。そこには既にメタリックな左腕は存在しない。

 

「変形させれば人の腕となんら遜色がない。初めて見た者がこれを機械だと見抜くことはできないだろう。自身の研究で忙しい最中、ここまで仕上げくれたのだ。むしろ、それくらいさせろ」

 

 そこで、チラリと時間を確認した征士郎は、「邪魔をしたな」と一言放ち、手早く衣服を身につけると席を立つ。同時に海経も立ちあがった。ドアまで見送るつもりなのであろう。

 

「御好意ありがたく頂いておきます。また何かありましたらすぐにご連絡ください」

「そうさせてもうおう。ではな」

 

 海経は背を向けて歩いていく征士郎に一礼し、2人は別れた。

 

 

 ◇

 

 

 征士郎は、極東本部の中を自室に戻るため歩いていく。

 極東本部は広い。さらに征士郎は研究所の方まで足を伸ばしていたため、移動だけでもそれなりに時間を要した。すれ違う研究員たちが彼へと会釈して通り過ぎて行く。彼もここを訪れるのが常となっているので、顔馴染みのものも多いのだ。

 黒のスラックスに、アイロンの行き届いた白のシャツ。その上に手触りが良さそうな黒のベスト、その胸元には金細工のブローチがあしらっている。ネクタイはしていない。

 磨き上げられたエナメルのシューズが、カツカツと小気味良く音を奏でる。

 すると前から見知ったというか、久しぶりに見る顔ぶれが集まっていた。

 無造作に伸ばした銀髪、その銀髪から見える複数の髪留め、一際大きな額のバツ印、鋭い眼光。さらに遠くからでも目立つ赤のジャケットを着たその男は、両脇に2人の老執事を従えている。肩で風を切るように歩いており、すれ違う従者たちはその顔を見るなり、慌てて頭を下げていたりする。

 そんな彼らに対して、男は「おう!」やら「そんなにびびんな」やら、気軽に声をかけていた。そして、征士郎の姿を見つけると一際笑みを大きくする。

 

「局! ……かと思ったら、征士郎じゃねえか」

「父さん、今はまだ中東にいるんじゃなかったの?」

 

 九鬼帝。世界最高とも呼ばれる企業へと成長させた風雲児であり、征士郎の父親でもある。

 

「おーい、久々の父親の言葉をスルーかよ」

「いや、帰って来る度、それ言われても反応のしようがないから」

「そんぐらいお前は局に似てんだよ。家に帰ってきたなーって思えるわ」

 

 帝は腕を組んで、うんうんと一人で頷いた。

 帝が言った「局」とは、征士郎の母親であり帝の妻の名である。老いを感じさせず、今でも健康的な美しさを保っている女性で、女従者たちは彼女のようになりたいと憧れを抱いているものも多い。

 その者たちから見ても、征士郎の母親似の事に同意らしく、彼もこれを素直に喜んでいた。

 

「それは母さんに言ってやるべきでは?」

「もちろん局に会ったら言う。あと中東にいたのは1週間前までだ。その後、北欧に飛んでカナダって感じだな」

 

 息子であっても父親の捕捉は困難らしい。まさに神出鬼没。

 

「じゃあ母さんは父さんが帰って来ること知らないの?」

 

 帝は「サプライズだ!」などとの口にしていたが、後ろで控えていた2人の執事の内の一人が口を挟む。

 

「帝様のお帰りは、既に私の方から局様にご連絡させていただきました。夕食は局様自ら腕を振るうと伝言を預かっております」

 

 彼の名はクラウディオ・ネエロ。整えられた白髪に磨かれたメガネ、きっちりと着こなされた燕尾服。誰が見ても執事であると断言できそうな姿である。

 クラウディオの言葉に、征士郎はほっと息をつく。

 

「そうか。父に代わって礼を言うぞ、クラウディオ」

「いえいえ、簡単な事でございます」

 

 これは、クラウディオの口癖であった。加えて、彼は本当にあらゆることを簡単にやってのけてしまうので、完璧執事とも呼ばれている。

 帝は既に、局の手料理が食べられるとあって浮かれ気味である。クラウディオが連絡を入れることも分かっていたのか、それとも入れなければ入れないで、局の驚き喜ぶ顔が見られると楽しみにしていたのか。

 征士郎はもう一人の従者へと目を向けた。

 

「ヒュームは……紋の護衛はいいのか?」

 

 ヒューム・ヘルシング。1000人からなる九鬼従者部隊において、番外とも呼べる零の位に立つ男である。その戦闘力は最強と言ってよい実力を誇っており、現在、彼に勝てる人間は存在しないと噂されているほどだった。

 百獣の王とでも言えそうな見た目は、金髪に睨みで人が殺せそうな金色の瞳、鍛え抜かれた体に加え、体から溢れ出ている威圧感が半端ではない。

 クラウディオも序列3位だけあり鍛え上げられているが、ヒュームと並ぶとどうしても印象が薄れてしまう。もっとも、主である帝に勝るとも劣らない存在感は、どうなのだろうかと疑問が湧かないでもなかった。

 ヒュームとクラウディオは九鬼の双璧とも呼ばれる2人である。従者の多くが必要以上に緊張したのは、何も帝がいたからだけではないのかもしれない。

 そのヒュームが口を開く。

 

「現在、紋様は自室にて勉学の最中です。外に護衛2人、加えて、この九鬼内部でなら瞬時に向かうことができます。私も本来であれば紋様のお近くにいるつもりでしたが、帝様が戻られたとあれば放っておくわけにも参りません。そして何より――」

 

 言葉を続けようとしたところで、征士郎の背後から嬉しそうな声が響いた。

 

「兄上ー!」

 

 振り向いた征士郎に、たたたっと駆け寄って来る美少女。その容貌は未だ幼さを残している。そして、両手を広げた征士郎の元へ、彼女は飛び込んできた。

 

「紋! 勉強は終わったのか?」

「はい! 今しがた! 父上も帰って来られるとのことでしたので、一刻も早くお会いしたく張り切ってしまいました」

 

 九鬼紋白(くき・もんしろ)。九鬼家に名を連ね、征士郎含め上の3人が愛してやまない妹である。

 長く伸びた銀髪は天使の輪ができるほど美しく、兄妹の中でも一際大きな瞳が愛らしさに拍車をかけている。しかし、その裏には彼女特有の悩みもあり、自身でつけた額のバツ印がその証でもあった。

 袴姿の凛々しいものも、征士郎に抱きつき笑顔を見せるそれは、兄に甘える妹でしかない。彼に一番懐いているのは、単純に多くの時間を過ごしてきたからであろう。

 

「天使と見間違うほどの愛らしさだ」

「フッハハ。我も日々成長していますゆえ!」

 

 たまらず帝が声をあげる。

 

「紋! その待ちに待った父親が今ここにいるぞ!」

 

 帝もばっと手を広げた。

 

「おお! 父上、おかえりなさいませ!」

 

 紋白は聡い娘である。帝へとお帰りのハグを行った。戸惑いなくスキンシップを行えるようになったのは、征士郎の存在も少なからず影響があった。

 その様子を見る征士郎は少し思い悩む。

 

(母さんとのことをなんとかしてやりたい)

 

 局と紋白の仲は表面上うまくいっているが、親子とは言い難い。それは紋白が妾腹であるからだった。

 征士郎たちと、いくら好いた男とはいえ他の女との間にできた娘を同じように可愛がるというのは、やはり難しいのだろう。局と言えど、感情で整理のつかない部分があってもおかしくない。彼女もまた一人の人間であるからだ。

 そこにクラウディオが声をかけてくる。

 

「大丈夫ですよ。少しずつではありますが、お二方の距離は縮まりつつあります。このままゆっくりと時間をかけて参りましょう」

「人の心を読まないでほしいな。しかし……そうだな、焦っても仕方がないか」

「私達もできる限りサポートをしていきますゆえ」

「よろしく頼む」

「お任せください、征士郎様」

 

 クラウディオは一礼すると、また後ろへと下がった。

 ちょうどそのタイミングで、帝と会話していた紋白から話しかけられる。

 

「兄上! 見てください! 父上が我にプレゼントを!」

 

 その手に握られていたのは、手のひらサイズの細長いもの。しかし、それには巧みな彫刻がなされており色合いも豊かである。

 帝がそれの説明をする。

 

「トーテムポールの置物だ。いやぁちょっと色々見て回ってたらよ。なんか、これすげぇ良い感じに思えたから思わず買っちまった。できれば実寸大が良かったが、さすがに家には置けねえだろ」

「そのうち、紋白の部屋が父さんの土産でいっぱいになりそうで心配だな。まぁ部屋を大きくすることなど造作もないが」

 

 かく言う征士郎も、紋白が寂しくないようにと彼女の身長と変わらないほどのぬいぐるみ(ペンギン)をプレゼントしていたりする。

 姉がこの場にいれば、ツッコミの一つでも入ったかもしれないが生憎この場にいない。

 紋白が嬉しそうに声をあげる。

 

「我の部屋であればまだまだ容量がありますから、大丈夫です! 父上、ありがとうございます!」

 

 その一言に喜んだ帝は、紋白を抱えあげる。

 

「高いですぞ、父上! 世界が違って見えます! フハハハー」

 

 紋白の快活な笑い声が廊下に響き、和やかな空気が辺り一帯を包み込んだ。彼女の笑顔は、周りをも笑顔にするという不思議な魅力を持っていた。

 

 




A-3もよかった!
ただ、久信さんの駄目人間ぶりを再確認してしまった。
ストックも少しあります。

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