リリカルビルドファイターズ   作:凍結する人

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ディアーチェ編です(大嘘)


漢たちのガンプラ
漢二人、出会う


 まだ空にうっすらと月が残る、午前六時。ちょうどその時が、クロノ・ハラオウンの習慣づけられた起床時間である。

 何しろ幼い頃から「海」、すなわち本局次元航行艦隊を目指し、現在は花型の執務官を勤めているのだから、次元航行艦内の生活における時間のシビアさは、骨の髄まで身についている。

 同じく艦隊勤務の母親、リンディ・ハラオウンも同類のようで、寝ぐせを直して顔を洗いリビングへと入ったら、彼女によって既に朝食の準備が出来ていた。

 二人以外の家族はもう少し後に起きてくるので、テーブルに乗っているのは二人前のみ。白米が一膳、味噌汁にベーコン入りスクランブルエッグと小さめのサラダ。いかにも和洋折衷といったところだ。

 両者座って向かい合い、日本風に手を合わせて、いただきます。クロノがまず最初に口に入れたスクランブルエッグは、予想通り砂糖がいっぱいのダダ甘であった。

 これが所謂「おふくろの味」なのだと思うと、別に悲しい訳ではないのだが、なんとも言えない心もとなさを感じてしまう。しかしながらアースラの食堂で食べるスクランブルエッグを、最近何か物足りなく感じてしまうのもクロノなのだ。

 果たして、自分の舌は砂糖という麻薬に中毒されてしまったのか。それとも、環境への適応能力が磨かれたのか。

 悩ましい二者択一を抱えながら忙しく食器を動かすクロノに、リンディが笑いながら声をかけた。

 

「クロノ、そんなに急がなくてもいいのよ? 今日はお休みなんだから」

 

 そうなのだ。はっと気づいて、クロノは手を止めた。

 管理局員にも福利厚生は確かにあって、局員の中でもエリートかつ激務の執務官でも、年に二回、5日ほど長い休暇を取ることが出来る。

 今日は、その一日目なのだ。だから、アースラの執務官室で寝泊まりするのではなく、自宅のベッドでぐっすり、10時間も安眠出来たのだ。

 クロノ・ハラオウンという少年は、ワーカーホリック、言い換えると仕事人間だというイメージが有る。歳に似つかわしくない冷静さと沈黙、人当たりのきつさからくるものだが、当の本人にしてみればそうでもない。

 毎日仕事ばかりというのは辟易するし、常人並にストレスも疲労も貯まる。それを一掃できる休暇というのは、クロノにとっても勿論歓迎すべき行事なのだ。

 しかしながら。

 

「所で、お休みの間、何か予定とかあるのかしら?」

「……特に」

「え?」

 

 意外そうな顔を見せる母親に、ため息をつく息子。

 そう。肉体と精神を休める休暇は喜ばしいのだが、只休むだけならそう時間をかける必要もない。長くても一日あれば十分だ。

 問題は、5日という長い休暇の間を、何に費やして過ごすのか。なまじ幼い頃から社会という大海に乗り出し、遊びだのなんだの考える暇も無く過ごしてきたクロノには、それがどうしても分からないのだ。

 

「な、何もないの……? ほら、エイミィと一緒に何処かに出かけたりとか」

「エイミィは研修中でしょう? 管制関係の」

 

 その一言に、リンディは全く表情を変えずにこっそりと苦虫を噛み潰した。

 執務官補佐を勤めながらも、自らに適正のある航行管制の道を進むのに余念の無いエイミィの行動は、一局員として賞賛すべきものだったが。

 何もこの、奥手だけれどむっつりな息子が長期休暇という絶好のタイミングなのに、と嘆きたくなるのも無理ないことだった。

 自分の息子と可愛い部下との、初々しい恋愛模様を砂糖と緑茶片手に眺めるのが、既に妙齢を少しはみ出している未亡人にとっての楽しみの一つだったというのに。

 我ながら、なんという迂闊。こうなることは分かりきっていたのだから、ちょっとおせっかいして休暇を遅らせておけばよかった、等とちょっとだけ後悔した後に、ふと、母親として恐ろしいまでの不安が襲ってきた。

 もしかして、この青春真っ盛りの14歳男子は、長い休暇中、ずっとこの家でのんべんだらりと過ごすのだろうか?

 それはいけない。そんな非活動的な一日の過ごし方など、提督として上司として、何より母親として許せない。そう思ったリンディは、慌てて質問を続けた。

 

「じ、じゃあ、5日間も一体どうするの……?」

「僕も悩んでる。なのはたちには学校があるし、ヴォルケンリッターも各々忙しいだろうから……そうだ、この機会に、マテリアルズと紫天の書関連の資料を纏めるとか」

「クロノ? 休暇中にまで仕事のことは考えないの」

 

 ある意味もっとタチの悪い結論が出て来たので、リンディはやんわりと、しかしきっぱりとそれを否定した。

 休暇は休暇、仕事は仕事、ときっちり分けるのが大人のスタイル。無理に仕事をしようなんて、それはナンセンスなのだ。

 

「……」

 

 しかし、そうなると途端にクロノは袋小路へと追いやられてしまう。

 何せ、一般家庭の少年が学生として過ごす時代を、まるまる次元航行艦の中で職務に邁進しているのだ。休暇に楽しむような趣味とか娯楽のようなものなんて、考えたことがない。

 黙って残りの朝食を平らげにかかる不精の息子に、苦笑と呆れを7:3で混ぜたような顔でリンディは畳み掛けた。

 

「それと、休みの間家でゴロゴロするのもいけないわよ? クロノもまだ男の子なんだから、外に出て、お日様の下で動いてらっしゃい」

「いや、そんなアバウトな……」

「いいから。今日は日が沈むまで、家に帰っちゃいけないわよ?」

 

 その押し付けられるような忠告は、短いけれど、クロノにとって実に久しぶりの、母からのお説教だった。

 

 

 

 

 

 と、言われたのがざっと4時間前。

 リンディの言いつけ通り家を出て、海鳴の市街に足を運んだクロノだったが、特段すべきことも、やりたいこともなく。

 本屋で興味もない小説や大判のムック本を立ち読みしたり、デパートを適当にぶらついたりと、どうにも甲斐のない、ただただ時間を潰すだけであった。

 やがてそれにも飽きたのか、ただぶらぶらと、左右にビルの並び立つ大通りを歩いていれば。時折、カラオケやゲームセンターに向かう、自分と同じくらいの年頃の少年少女たちが見受けられる。

 ああいうことを、例えば士官学校の同期生等とやったことはあっただろうか、とクロノは回想し始めた。

 無いことは無いのだ。節目節目の休みにはミッドチルダの市街地へ何人か連れ立ったことはあるし、卒業なんかを祝いに皆で飲み食いしたこともある。

 しかし、自ら主体的にそういう楽しみというか娯楽を追い求めたことがあるかといえば、全くない、と答えるしかない。

 そういう場で、いつも自分はエイミィと一緒だった。歳が幼いから、まだ早すぎると周りから思われたのか。クロノの前には、常にエイミィというフィルターがかかっていた。

 羽目を外しすぎた友人の醜態を前に、幾度エイミィに目を塞がれただろうか。それは、子どもの情操教育としては正しかったのだろうと、客観的に見れば首を縦に振れる。

 でも、いざそれらを楽しめる、いや、楽しむべき年代に至って、こうして責務ある職を手に入れてしまい、とっくに楽しめる立場を通り越してしまった。ついでにその精神構造も、大人のように成らざるを得なくなってしまった。

 

 要するに、クロノ・ハラオウンは枯れてしまっていたのだ。

 目指すものに向かって邁進しすぎたせいで、その中途にある、何か大事なものを通り越してしまっていたのだ。

 後悔するような事ではない。ここまで急いできたお陰で、この地球には沢山の友人が生まれたし、父母に連なる因縁も、さっぱりと解く事が出来た。子供の時に立ち返って、急ぐか急がないか決めるとしても、絶対に前者を選びたい。価値のある生き方だった。

 しかし。こうして街の喧騒にいまいち溶け込めず、ただぶらぶらとフラつき歩いている自分を思えば。寂寥という二文字を、頭に浮かべたくなってしまうのだ。

 

 ふぅ、と溜息をつくと、街並みの喧騒から、何やら聞き覚えのある音が聞こえてきた。

 と言っても、友人と談笑する時の声だったり、執務室で缶詰めになって書類を書く時のタイプ音だったりする訳ではない。

 むしろ、もっと別の場所、そう、例えば模擬戦場だとか、結界の中で聞くような砲撃音だったり、剣戟だったり、爆発だったり……。

 

「!?」

 

 ストップだ。クロノは驚いて、音のする方向へと駆けた。どうしてそんな洒落にならない乾いた音が、なんだってこんな平和な市街地から聞こえてくるんだ。

 ポケットの中から、S2Uのカード状の待機形態を取り出して、握りしめる手には少し力が入る。管理局員たるもの、ベルカ騎士並の常在戦場、という程ではないにしろ、いついかなる時でも危険に立ち向かう覚悟と用意こそが肝要なのだ。

 人混みの波から隙間を器用に見つけてすり抜けて、見えてきたのは少し大きなホビーショップ。外からも良く見えるように、大きなガラス窓が付けられているスペースから、その音は聞こえてくる。中に入って確かめるのもまだるっこしく、クロノはその大きな窓に近づき、食い入るように中の情景を見つめた。

 

「ん……?」

 

 クロノの想像は全くの的外れだった。

 六角形で直方体の筐体の両端に、クロノと同じ背丈で、恐らくは年下だろう少年二人が、展開されているコンソールをガシガシと動かしていた。

 そして、六角形の上には、ミニチュアのような市街地があって、良く見るとその合間には、機械的な人型が走り、時折ビームやらミサイルやらを撃っていた。どうやら、二人の少年はコンソールでその人型を動かしているようだ。

 クロノや他の人間からすれば小さな玩具みたいな人型は、しかしミニチュアの市街地のスケールからすればまるで巨人のようにも思える。

 この何やら妙ちきりんな遊戯の名前を、クロノは聞き知っていた。

 

(なるほど。これが、ガンプラバトル、というやつか)

 

 クロノは町中で魔法が飛び交うのではなかった、と胸を撫で下ろすと同時に、ちょっとだけでも過敏に警戒してしまった自分を恥じるように苦笑する。

 プラスチック製の、架空の兵器を模したモデルを作り、それを操って戦う遊び。その根本には、プラフスキー粒子という未知の物質。その独自性は、他の次元世界ではお目にかかれない。

 そして、この遊びは確か、自分の妹のフェイト・テスタロッサ・ハラオウンと、その同級生の間で流行っていたっけ、と思い出した。

 週に一度は新しいガンプラを買って、その製作に励む姿を見たことは何度もある。その完成品がフェイトの部屋で、なのはたちとの写真やバルディッシュと同列の棚に並んでいるのだから、恐らく彼女の中でも結構上位に位置しているものなのだろう。

 

 それに、プラフスキー粒子の源であるアリスタと時空管理局、そしてフェイトの間には、ちょっとしたハプニングと、奇跡的な出会いもあったりするのだ――それを語ると長くなるので、この場では省略するが。

 

(しかし、なんだかんだ言って、実物を見るのは初めてだな)

 

 焦っていた先程とは違い、ちょっと落ち着いて、今度は店内の観戦スペースからじっくりとバトルを眺める。

 片方の機体は、緑色でいかにも悪役然とした単眼を持つ機体。マシンガンを持ちながら周囲を警戒している。

 するともう片方の、白色に胸の赤が映える機体が、ゴーグル状の頭部から機関銃を発射しつつ、背中のランドセルからビームの刃を抜いた。それに対応して緑色の巨人も腰から斧を引き抜いて、二つの刃物がつばぜり合った。

 そのまま、二機は接近戦を続けていくのだが。片方が隙を見せてももう片方がそれに対応できず、かえって無防備になってしまった所を追い込まれても、何故か止めを刺されずまた巻き返してしまう。

 一見すると実力伯仲、拮抗した試合に見えて、周りの観衆はやれそこだ、それいけ、負けるな、だの盛り上がっているのだが。

 クロノは、魔導師として遠近両用、フェイトとどうにか互角に戦える程度には接近戦にも長けているのだ。

 彼の目から見ていると、どうにも煮え切らないというか、ここはこう攻めるべきだろうというか、もっと動け、というか。

 素人同士だし、本人たちが物凄く楽しい顔をしているのだから問題無いのだが、見ていてやはり自分ならこうする、と口や手を出したくなってしまうのだ。

 悪い癖なのだろう、とは思うし、ガンプラバトルにおいては盲も同然じゃないか、と自分で自分に突っ込みたくもなる。

 

 しかし、こうして機体が戦っているのを見ていると、なぜだかクロノも自分の手を動かしたくなってくるのだ。

 シグナムやフェイト、シュテルたちみたいに、戦うのが好きという訳ではない。

 でも、誰かが戦っていて、楽しんでいて、ただじっと見ていることにむず痒さを感じるくらいには、戦いという物を近くに感じているのかもしれない。

 

 そして、ロボットが戦う光景を見て、只かっこいい、と感じる心。

 

 原始的な、子供っぽい、だけど、限りなく純粋な、男の子らしさ。

 

 それが、まだほんのちょっぴりだけ、クロノの心の中に残っていて、彼の目と足を、ガンプラの販売スペースへと向かわせたのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 頭の中で、ちらと財布の中身を確認する。問題ない。執務官になってからとっくにお小遣い制は卒業しているし、給料もそれなりにあって、地球の紙幣もある程度持ち合わせがある。軍資金については全く問題ない。

 作り方はフェイトに教わればいい。いつも年長者として振る舞っているが、たまには自分から教えを請うのも悪くない。血の繋がっていない家族として、兄妹として、今までよりもっと距離を近づけさせられるだろうから。

 とにかく、思わぬ奇貨であったが、この5日間の予定は決まった。それだけでも喜ばしいことだ。

 

 クロノにしては珍しく、ほんの少しだけ頬を緩ませて、さてこの中から何を選ぼうか、と臨んだその時。

 

「な、ななな……」

 

 不躾にもクロノを指さし、その姿を見た驚きに、慄然として固まる少年が一人。

 その少年の顔を見た途端、クロノも驚愕に固まって、顔を引き攣らせた。

 

 どうしてお前がここにいる。お前みたいな哺乳小動物は、こんな所じゃなくて、もっと薄暗い、本の穴蔵にでも閉じこもっているんじゃなかったのか。

 どうして君がここにいる。君みたいなカタブツは、例え休みの日でも執務室で何やら資料を請求して、こっちを困らせるんじゃないのか。

 

 二人は互いに、荒野の決闘の如く、神経を逆立てて睨み合った。敵対している訳でも、特段仲が悪い訳でも無いが、同じ男性同士、こうしてばったり会うと、何故か最初は喧嘩腰を向けたくなったり、皮肉を言いたくなったりしてしまうのだ。

 

「ど、どうしてこんな所にいるんだい……クロノ・ハラオウン執務官殿」

「それはこっちの台詞だ、ユーノ・スクライア司書殿」

 

 

 


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