リリカルビルドファイターズ   作:凍結する人

6 / 21
オリジナルキャラ出します。ご注意ください。


『失敗』じゃない

 ガンプラバトル。PPSE社が世に送り出しヤジマ商事が引き継いだ、ロマンに溢れ、少年の心をくすぐり、子供から大人まで熱くなれる遊び。それは、今や日本だけでなく、世界中に展開し、年に一度の世界大会まで行われる程ポピュラーな文化になった。

 だから、海鳴市にも多数のガンプラバトルスペースが存在する。市街地から場末のおもちゃ屋まで、その規模も需要もそれぞれだ。

 そして、特に賑わっているのは駅前の三箇所である。一つ、大型ショッピングモールのゲームコーナー。一つ、最近流行りのジオン系ガンダムバー『月の階段』。

 そして三つの中でも一番人気なのは、数階建ての大きなゲームセンターの一角にある、ガンプラバトル専門のスペース。小規模の販売スペースがあり、作業用のテーブルも用意されているこの場所は、主に中高生から社会人で賑い、それ故に腕利きも多数集まる。熱狂し、時たま野次や罵声も飛び交う、お子様お断りのバトルスペースだ。

 しかし、ガンプラバトルの腕前に、年齢は関係ない。世界大会アメリカ代表、ニルス・ニールセンは弱冠13歳であるし、日本代表の中でもイオリ・セイ、レイジ、ヤサカ・マオは彼と同年代の少年であるのだから。

 そして、今日のバトルスペースで、大きな番狂わせを見せているのは、一際小さな乱入者。

 

「くっ、早い!」

「甘い甘いあまぁい!」

 

 正六角形を7つ、円形に組み合わせたバトルシステム。その上に再現された宇宙空間で、二体のガンプラがしのぎを削っていた。

 その一体、GAT-X103APヴェルデバスターは、持ち前の大火力を四方八方へと撒き散らすも、高速で動き回る相手の機体を全く捉えられていない。砲撃機として、多数の火器が放つその火線は美しく宙域を彩るが、実際はただ単に、弾薬とエネルギーを浪費しているだけだ。

 ウェルデバスターを駆る男性ファイターは、このバトルスペース常連の大学生。勝率もそこそこあり、少しは名の知れたファイターでだ。しかし、今はまるで相手の手球に取られている。放つビームも実弾も、先程から動き回る機体に傷ひとつ付けられない。歯がゆさを隠し切れない男は、それでも必死に狙いを定めることしか出来なかった。

 

――なぜだ、どうして当てられない。相手は、あんなに小さな子供だというのに!

 

 不意に、バッタのごとく動いていた敵機体が立ち止まる。男はその機を逃さず狙いを付けて、全火力を叩き込もうとするが。

 直後見せられた光景に、唖然として、それから一気に頭へ血を上らせた。

 

「やーいやーい、悔しかったらこっちに来て、一発でも当ててみなさいよ!」

 

 ざわつくスペース内でも、よく通る高く甘めの声。そして、ガンプラの臀部を見せ、叩いてみせる、MSのお尻ペンペンという、極大級の挑発行為。

 この煽りに怒らぬファイターがいるとしたら、それは高度に精神を統一し、明鏡止水の心を持つ者くらいしか存在しないだろう。

 勿論、男はそれほどの精神力を持ち合わせていなければ、熟練しているファイターでもない。

 

「あのアマぁ、ぶっ殺してやる!」

 

 自分よりもずっと年下の女の子に使うべき台詞ではなかった。しかし、ここまで馬鹿にされて、もはや言葉を選べるはずはない。

 全速力で遠のいていく機体に、砲撃機の鈍重な機動で必死に追いついていく。その間、有効射程を保ったままビームを放って牽制できるのは、男の巧みな腕前の成せる技であった。

 しかし、その頭は怒り心頭で、もはや完璧に対戦相手のペースに乗せられてしまっていた。

 男が誘い出されたのは、暗礁宙域。プラフスキー粒子が凝固して、艦船の残骸やMSの成れの果てを演出している空間だ。

 周りから見れば、罠だというのは丸わかりだったのだが、男の絶賛沸騰中な思考回路はそれとは異なる結論を出したらしい。

 

「へ、へへへっ、こんな所に引き篭もりやがって。臆病者目、やっぱり俺が怖いのか? 当然だな」

 

 血走った目で辺りを索敵しつつ、またぞろ八方にビームを撃ちまくる。まるで、ちょろちょろ逃げまわる鼠を無理やり追い詰めるように。

 しかし、追い詰められているのは自分自身であることに、男は気づけなかった。

 

「何せ俺は、元私立聖祥大附属高等学校模型部の――!?」

 

 突然のアラート。反射的に機体を振り向かせた男が見たのは。

 

「そういう時は、身を隠すのよ! 先輩さん!」

 

 さっきまで暗礁の一つに身を隠していた機体――ジム・カスタム高機動型が、ビームライフルとジム・ライフルを構えていた姿だった。

 そして、まずビームライフルの引き金が引かれる。PS装甲を持つヴェルデバスターは実弾を弾けるが、ビームには耐えられない。装甲をあっけなく貫いた大穴に、ダメ押しでジム・ライフルから実弾の雨が注がれる。その損傷に耐え切れず、身体を真っ二つに分断され、そして爆発。

 残ったのは、白地に赤と黄色の塗装が印象的なジム。その機体には傷ひとつ無い、完璧な勝利だった。

 

『Battle Ended』

「そんな馬鹿な……」

 

 残酷な機械音声とともに、真っ二つになったガンプラを見て崩れ落ちる男。一方、圧倒的な勝利に勝ち誇る女の子は、無傷のガンプラを手に取りながら、集まったギャラリーに掲げて見せてアピール。その後、近くからハラハラしながら見守っていた友人二人に、どうだ、と言わんばかりの顔で勝ち誇った。

 

「ふっふーん、すずか、レヴィ、見た!? これで三人抜き!」

「アリサちゃん、凄い!」

「かっこいい……」

 

 綺麗なブロンドを揺らしながら、ガンプラを持つのとは逆の腕で勝利のVサインを作るのは、アリサ・バニングス。隣で喜ぶ二人は、月村すずかと、そしてレヴィ・ザ・スラッシャーだった。

 アリサは、幼い頃からガンプラバトルにのめり込んでいた。友達であるすずかも、多少の心得がある。そこで、最近ガンプラを始めたというレヴィを連れて、ガンプラバトルはいかような物か、ということを教えるため、市内一番のガンプラバトルスペースへと殴りこみに来たのだ。

 レヴィは、アリサのジム・カスタムが見せた活躍に、すっかり目を奪われてしまっていた。何より、年上の高校生や大学生を相手に、一歩も引かずに続けるその態度を、かっこいいと感じていた。

 

「でも、アリサちゃんはやっぱり凄いね。これも、いとこのおじさんのお陰なんだっけ」

「そうよ。ガンプラバトルをやるって言った時から、それはもう厳しくシゴかれてきたんだから……」

 

 その強さの理由は、ガンプラバトルの教師にあった。アリサがガンプラを始める、と知った彼女の父は、自分の弟にそのコーチを依頼した。

 周りから「大尉」と呼ばれる39歳の男は、幼いアリサにファイターとして、そしてビルダーとしても英才的で、鬼のような指導を行った。

 そのお陰で、アリサは齢9つにして、このような場所でも見劣りすることのない、むしろ傑出している程の強さを手に入れたのだ。

 

「やっぱりすげぇぜ、バニングス家のご令嬢……」

「強いしガンプラの出来はいいし、しかも……可愛いもんなぁ」

「噂じゃあの『大尉』とも親交があるようだぜ」

「マジかよ、あのラルさんと!? つえー訳だわ」

「ちげぇよ、大尉は大尉でも連邦の方の……」

 

 ざわつく観衆。次は誰が行く、という話題が起きても、誰も挑んでみようとはしない。あれだけ圧倒的な試合を見せつけられた後では、当然だった。

 むふー、と自慢気に胸を張るアリサ。この街で一番大きなバトルスペースを、まるで独占したような気分である。自分よりずっと年上の男たちが怖気づく中で、勝者として堂々と佇む。小学生にとって、正に夢の様な光景だった。

 どうせ彼らが挑んでこないなら、今度は一回だけ、自分たちの仲間内でバトルしてみるのもいいだろう。そう思い立って、アリサはレヴィの手を取った。

 

「ねぇ、レヴィ! 折角だから、ここでバトルを初体験してみない?」

「え、ええぇっ!? 僕が!?」

 

 ただただアリサの無双じみたバトルに魅入るレヴィにとって、その言葉は寝耳に水であった。しかし、相手がぽかんとして驚くのにも構わず、アリサは誘い続ける。

 

「これだけ広いスペースで対戦できるなんて、滅多にないことよ! それに、私も手加減してあげるから、ほら、素組みでノーマルのジム・カスタムだって用意したし」

「え、ええと……」

 

 バトルしたいという、気持ちはあった。アリサとなら楽しく戦えるだろうし、大きいバトルスペースで、自分のガンプラをおもいっきり動かすのは、とてもとても楽しそうだ。

 けれど。

 レヴィは、肩から下げたバッグに入っている、自分のZZを取り出そうとして――その手を強ばらせた。

 周りの人達が持っているガンプラ。それは、どれも大なり小なり手がかかっているものだ。ガンプラバトルでは、ガンプラの完成度が能力に比例する。だから、この地に集う強者達は、必然的にガンプラビルドの腕前も高いということだった。

 そんな中で、レヴィのZZは周りからどう見えるだろう。只の素組みならまだ良い。しかし、手に握ったそれは、ゲート跡がチクチク手に刺さり、指紋の跡も深く入っているのだ。

 

「ご、ごめん! 僕のはまだ、未完成なんだ……」

 

 レヴィは、とっさに嘘を付いた。何時も竹を割ったように正直な彼女が、友人に向かって、おおよそ付くはずもない、嘘だった。

 だから、アリサにもすずかにも、疑うこと無くあっさり信じて貰えた。その代わり、バッグに入れた手の中で、レヴィのガンプラが物言わぬまま出番を待っていたことを、察して貰えなかった。

 

「そうなんだ……残念。でも、いつか必ずバトルしなさいよね!」

「レヴィちゃんが完成させたの、私にも見せてほしいな」

 

 二人は、屈託なく笑って許し、友人として応援してくれている。それが、何よりもレヴィの罪悪感を刺激した。

 しかしそれと同時に、二人が自分のガンプラを見た時、どう思い、どういう言葉を掛けるのか想像してしまう。すると、この店でバトルを見ていた時から、心の中に小さいながらも存在していたモヤモヤが、一気に膨れ上がって破裂しそうになるのだ。

 

「う、うん……えと、ごめん、僕、トイレ行ってくる!」

 

 幼いレヴィの心には、激しすぎる程の羞恥と、罪悪の渦巻き。耐え切れなくなってその場から一旦逃げ出してしまうのも、仕方のないことだった。

 精一杯の笑顔で塗り隠した、只事でない感情の発露。もし、シュテルかディアーチェ、ユーリがここにいれば、その心の奥底を理解してくれたかもしれない。しかし二人は、レヴィの言葉に嘘はないと納得してしまっていた。

 無理もないだろう。それだけ、二人に見せた笑顔は明るかったのだ。いつもの太陽みたいな明るさはなく、蛍光灯のように薄っぺらいものであったが。

 だから、二人は走って行く後ろ姿に、少しだけひっかかる物を感じながら、ついにレヴィを止めることが出来なかったのだ。

 

「はぁ、ちょっと期待してたんだけど、未完成なら仕方ないわね。それじゃ、すずか。久しぶりに二人でやっちゃう?」

「いいけど……アリサちゃん、油断しないようにね? 私のリグ・シャッコー、前より強くなってるんだから」

「上等!」

 

 ともかく気を取り直して、二人がそれぞれのガンプラとGPベースを取り出し、久しぶりに友達兼ライバルとして戦おうとした時。

 

 いつの間にか、筐体の向こう側に誰かが進み出ていた。その容姿は、均整の取れたスタイルに甘めのマスク。人気アイドルプロダクションのジュニアグループにいてもいいくらいの美男子だ。

 屈強な取り巻きを後ろに引っさげて、少女たちに圧倒されていた観衆の中から堂々と進み出てきた美男子は、柔らかい物腰と口調で、向こう側にいるアリサたちに話しかけた。

 

「やぁ、君たち。見せてもらったよ、良いガンプラじゃないか」

「あら、褒めてくれてありがとう。ね、そこに立ってるってことは、私とバトルするの?」

 

 アリサは好戦的な瞳で男に向き合う。男も、不敵な笑いを浮かべて、アリサと見つめ合った。二人の間に、見えない火花が飛び散っている。

 

「うん……気に入ったよ、君のガンプラ。だから、挑戦させてもらおう」

 

 男が右手に持ったのは、GAT-X131カラミティガンダム。『機動戦士ガンダムSEED』に登場した、後期GAT-Xシリーズの内、砲撃戦を得意とする機体だ。

 しかし、只のカラミティではない。脚部や腕部が他のガンプラと挿げ替え――ミキシングされているし、バックパックや腰部、そして両手には多種多様な武装が携行されている。さらに、背面の巨大な翼と、プロペラントタンク。恐らく、飛行可能な機体なのだろう。

 塗装やプロポーションなど、機体そのもののクオリティも、先ほどのウェルデバスターよりも洗練されている。今まで戦ってきた相手の中でも、かなり手強そうな敵だった。

 

 だが、敵が強ければ強いほど燃えるというのが、ガンプラファイターに共通する性根なのである。無論、アリサもそうだった。

 

「そっちも、中々強そうなガンプラね。楽しめそうじゃない」

「恐悦至極だね、お嬢さん。じゃあ行こうか」

「ええ、やりましょ、ガンプラバトル!」

 

 バトルシステムに向かい合う二人、それぞれ只者ではない。そうと感じたギャラリーのテンションは、否が応でも盛り上がっていく。

 少女ファイターを応援する声があれば、全くの新参者である男に期待の声をかける女性もいた。街一番のガンプラバトル場、そこでしか感じられない声援と野次を浴びて、アリサは肌がピリ付く程に興奮していた。対する男も、己の中のアドレナリンを滾らせているのか、不敵な笑いを更に深めて、ポーカー・フェイスで隠そうともしない。

 GPベースとガンプラがセットされて、プラフスキー粒子が展開された。戦場は、荒野。宇宙戦向けのジム・カスタム高機動型にとっては不利な戦場だが、それでもブースターを限界まで吹かせば、長時間の滞空は可能だ。向こうも鈍重な機体を無理やり飛ばしているのだろうから、条件は対等である。

 

『Battle Start』

「アリサちゃん、頑張って!」

「OK! アリサ・バニングス、ジム・カスタム高機動型、行くわよ!」

「……ホンダ・ヒサヒデ、カラミティ・ラーズグリーズで出る」

 

 白熱した試合になりそうだ。この場にいる誰もが、そう予想していた。

 

 

 

 

 

「……うぅ、うあぁぁ」

 

 女子トイレの個室。誰も見ていない閉ざされた場所で、初めて自分のガンプラを取り出して。レヴィは、目から大粒の涙をこぼした。

 

 世界一のガンプラ、そのはずだった。強くて凄くてかっこいい、最高のガンプラ! それが、このZZガンダム――だと思っていた。

 でも、本当はそうでなかった。自分よりも強そうで、綺麗で、かっこよく出来ていて。レヴィのZZよりもずっと『成功』しているガンプラが、ここには沢山あった。

 レヴィは今一度、自分が徹夜してまで作ったZZを見返す。それは、紛れも無い『失敗』作であった。

 角は片方が折れてしまって、直そうとしても小さいパーツが見つからなかった。胸元には、ヤスリがけの跡が丸見えになっている。

 動かしてみたら、ゲートの跡が干渉して、ちょっと力を入れなければ関節が動いてくれない。

 塗装もところどころ濁っていて、それが嫌で更に塗り直したら、益々ヘンテコな色に変わってしまっていた。

 更に股関節の部分は、組み立てる途中で折れてしまい、瞬間接着剤でなんとか直してある。

 お陰で足の付け根がズレてしまい、結果、右足より左足のほうが微妙に長くなってしまっている有り様だ。

 

(僕の、バカバカバカっ!)

 

 どうしてこれを、失敗作だなんて気づかなかったんだろう。えぐえぐしゃくりあげながら、自分を責める。

 自分の部屋で、空想の敵を相手に大立ち回りをさせている時に、どうして気づけなかったんだろう。

 いや、気づいていて、無意識に無視していたのかもしれない。

 そして、本当は、ここに来るずっと前から気づいていたのかもしれない。自分のガンプラが、歯抜けで、情けなくて、人に見せられる物ではないということに。

 

(だったら僕は、なんて考え無しの、大馬鹿なんだろう)

 

 そう、心の中で気づいていたなら、自分の部屋にだけ閉じ込めておけば、こいつは僕にとって、世界一のガンプラであり続けたはずなのに。

 例えどんな素晴らしい作例を見ても、実際にその目で見なければ、幾らでも理由を付けられる。言い訳できる。自分に嘘を付くことが出来る。

 でも、アリサのジムがかっこよく戦っているのを、この目で見てしまったら。そして、アリサや他のファイター達に、このガンプラを見せてしまったら。

 もう嘘は付けない。自分のガンプラのありのままを、相手にさらけ出してしまうのだから。

 そして、その後に何と言われるか。

 アリサもすずかも優しいから、レヴィのことを気遣ってくれるかもしれない。一生懸命に作ったんだろう、凄い、と褒めてくれるかもしれない。でも、その心の中では。そして周りの人達全員にも、完成度の低い『失敗』作のガンプラだ、と思われてしまうだろう。

 

(そんなの、僕はイヤだ……)

 

 認めたくないのだ。自分のガンプラが『失敗』であることを。皆が持ち寄る他のガンプラと違って、一銭の値打ちもなく、只『成功』の下積みとして捨てられるだけの『失敗』であることを。

 

(あんなに頑張ったのに、あんなに、あんなに……でも、駄目だった、失敗だった、なんて……)

 

 こんなことなら、シュテルに手伝ってもらえばよかった。そうじゃなくても、もっと色々なことを教えてもらうべきだった。

 レヴィの心の中には後悔が走るが、いくら悔やんでも、目の前のガンプラが脱皮して、蝶のように美しくなることはない。

 みにくいアヒルの子は成長して白鳥に変わるが、ガンプラは成長しない。『失敗』はずっと『失敗』の形のまま残ってしまう。

 幼い心に重すぎるほどの、ネガティブな気持ち。

 それが臨界点に達したその時、レヴィはガンプラを持つ手を振り上げて、手の中の『失敗』を床へ叩きつけようとして――ついに手を降ろせなかった。

 

(……できないよっ! ZZを壊すなんて……もっとイヤだ!〉

 

 いくら悔やもうとも、いくら荒れようとも――自分の最初のガンプラを壊すことは、絶対に出来ない。

 震える手で、レヴィはZZを見る。そのツインアイは、何故か泣いているようにも見えた。それは、果たして捨てようとした持ち主への悲しみか、自分を情けないガンプラにしてしまったことへの怒りなのか。

 どちらにしても、自分が悪いのだ。レヴィは、微かに震える声で、ごめんよ、と呟き、ZZをバッグへ収めた。

 そして、涙をふき、トイレットペーパーで鼻をかむ。そして個室から出て、赤くなった目を元に戻そうと、洗面所で何度も、何度も顔をすすいだ。

 アリサと、すずかには悪いことをするが。レヴィは、ZZを二度と外へは出さないことにしようと決めた。外へ持ちだしたら、また劣等感に苛まれてしまうからだ。

 

 

 

 

 

 荒くなった息を整えて、乱れた脈も元に戻った。泣いてたことなんて、二人には見せられない。

 そんな空元気を無理やり引き出して、レヴィは走った。そして、ガンプラバトルのスペースへと舞い戻り、今頃更に連勝を重ねているだろうアリサに笑顔で話しかけようとした。

 しかし。

 

「ごめーん、ちょっと時間かかっちゃって……!?」

 

 レヴィがトイレで、己の未熟と不甲斐なさに泣きじゃくっていた10分間。その10分の内に、場の雰囲気はすっかり様変わりしていた。

 どよめく観衆。その誰もが、呆然とした顔つきで、目の前の光景に驚愕している。

 アリサは、顔を俯かせ、静かに肩を震わせていた。すずかはおろおろしながらも、アリサの肩に手を掛けて、必死に慰めている。

 これだけ見れば、いくら鈍感なレヴィにだって、アリサが新たな対戦相手に敵わず、負けたのだと理解できた。

 

「アリサちゃん、と言ったかな。こっちの勝ちだ」

 

 バトルシステムの上、プラフスキーで作られた荒野では、カラミティの発射したネットに、ジム・カスタムが囚われていた。リード線を利用して作られ、電磁ネットワイヤーとして設定された武器が、ジム・カスタムの身体に絡みつき、電撃によって操縦不能になってしまった。そこを、更なる拘束具によって、雁字搦めに捉えられてしまったのである。

 これでは、アリサのジム・カスタムは全く抵抗できない。その事実を認めたくないアリサは、先程までコンソールをがちゃがちゃと動かしていたのだが、レヴィが戻ってくる直前でついに諦め、白旗を上げたのだ。

 

「私の負けね……まさか、こんな簡単にやられるなんて」

「いやいや、君は善戦したよ。何しろ、ここまでやられたのは久しぶりだ」

 

 自嘲気味に呟くアリサだが、ホンダと自称した男は変わらぬ笑顔で褒め称える。その証拠に、ホンダのカラミティも無傷というわけではなく、片翼と、片腕を叩き切られていた。

 しかし、負けは負けである。しかも、全力を尽くして倒されるのではなく、機体を捕縛されての降伏だ。レヴィは、落ち込むアリサに一体どう話しかければいいのか分からなかった。

 

『Battle Ended』

 

 プラフスキー粒子が雲散霧消し、リード線に捕まったまま、ジム・カスタムは動かないガンプラへと戻った。

 その無様な姿を見て更に落ち込むアリサだが、そう悔やんでばかりもいられない。負けは負けだ。だが、それで全てが終わったわけではない。次はこの教訓を生かして、もっと強いジム・カスタムと一緒に、必ずリベンジを果たしてやろう。

 そう決意し、バトルシステムに転がる愛機を回収しようとして――何故か、その手を横から押し止められた。

 ホンダの取り巻きの内一人が、アリサの手を押さえつけたのだ。

 

「え、ちょ、ちょっと……!」

 

 予想外の邪魔が入り、戸惑っている内に、ホンダは自らのカラミティと、アリサのジム・カスタムまでもをその手に取ってしまう。そして、絡まったリード線をほどき、しげしげと見回した後で、残酷な笑みとともにこう告げた。

 

 

「なるほど、やっぱり良いガンプラだ――僕が目をつけただけはある。じゃ、これは貰って行くよ」

 

 

 




こんな感じになりました
後一二本続きます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。