レヴィ、初めてのガンプラ
「シュテるんシュテるん、買ってきたよ!」
玄関を開けるなり、靴を無造作に脱ぎ捨ててリビングへと駆け寄る少女、レヴィ・ザ・スラッシャー。
キッチンで野菜炒めに奮闘しているディアーチェが、行儀が悪いぞとたしなめてもその耳には入らない。
何故なら、今のレヴィの頭には、走る自分と、自分が持つ紙箱とその中身こそが全てで、他のものなど存在しないようだったからである。
「どうしたのですか、レヴィ?」
リビングの机に向かい、猫のように興味深く見つめるユーリと共に自らのガンプラ――ガンダムヴァサーゴ・チェストブレイク――を調整していたシュテル。
彼女が、ドタドタと駆け寄る音と元気ハツラツな声に、何事かと振り向けば。
自慢げな顔をしたレヴィが、両手にガンプラの箱を持っていた。
「ああ、ついにレヴィも買ったのですね、ガンプラ」
「うんうん! ほら、見てみて! 凄いカッコイイ機体だよ!」
パッケージの扉絵に描かれていたのは、額に六角形の砲塔を備えたガンダムタイプ。
大出力と複雑な変形合体機構を合わせ持つ、決めポーズの似合うモビルスーツ。
その名も、ZZガンダム。宇宙世紀ガンダムの中でも異色作と評価されている『機動戦士ガンダムZZ』の主人公機だ。
「なるほど、ZZガンダム。大火力が特徴の大型MS……確か、エゥーゴの『ZZ計画』によって生み出されたフラッグシップ機で、ガンダムチームのリーダー格でもありましたね」
「リーダー!? やっぱりそうだよね! こんなにビームがあって、合体できるんだし!」
「ですが、貴方の魔導のスタイルは、高機動の一撃離脱。ZZとはミスマッチな気もしますが」
シュテルの言うように、ZZガンダムはどちらかというと、圧倒的な大火力とMA級の重装甲で攻めるタイプである。作品中では、確かに機動性の面でも他の機体に劣ることはなかった。
しかし、それはあくまで、パイロットのジュドー・アーシタのNT能力と高い技術に裏付けされた物である。恐竜的に進化した大型MS特有のピーキーな操縦性に、戦闘においては繊細な機動を苦手とするレヴィがついていけるかは疑問であった。
その設定を、レヴィは知らなかった。そもそも、ガンダムZZは数十年前に放映されていたアニメである。ガンプラバトルの影響で再放送が盛んだとはいえ、海鳴市、そして地球に来てからまだ1年も経っていないレヴィが知らないのも当然だ。
「そんなの、関係ないよ! だってかっこいいんだし」
だが、機体の運用や設計思想などは些細なことだ。
レヴィにとって、ガンプラとはただただかっこいいものだった。カッコイイのが揃っている中から、一番凄そうで、強そうで、カッコイイ物を選ぶと、それがたまたまZZだったのである。
実際、ZZにはそういう子供の感性を、強く惹きつける物があった。頭部の必殺武器ハイ・メガ・キャノン。大剣ハイパービームサーベルに、複雑な変形合体機構。ガンダムというブランドにしては明快で、分かりやすい魅力に溢れていた。
「ですが……」
「いいじゃん、これはシュテるんのじゃないんだし! 僕のガンプラなんだからね!」
お節介で手を伸ばしたシュテルから、レヴィはささっと離れた。胸元には、ガンプラの箱を抱きしめながら。初めて自分で買ったガンプラを、他人の手に触れさせたくないという、子供らしい独占欲であった。
シュテルはやれやれ、と心の中で苦笑する。自分がかっこいいと思ったものを、自分だけの手で組み上げてやりたい。そう思うだけ、ガンプラに対する情熱、想いが強いということだ。それは、ガンプラを共に楽しむ者としては、歓迎すべきことである。
少なくとも、ガンプラを只の消耗品として考えるかつての自分と比べれば、遥かにいい。と、心の中で自嘲もする。
しかし、レヴィがガンプラを作るのは、これが始めてだ。だから、レヴィの側で最低限のアドバイスくらいはしたいのだ。
「分かりました。ですけど、せめて、作り方を教えるくらいはさせてください」
「そんなのいいよ。シュテるんの側で色々見せてもらったしね!」
確かにレヴィは、ガンプラを作るシュテルの姿をよく見ていた。ある時は邪魔にならないよう遠のいても、手を出したくてウズウズしながら。またある時は、隣に座って手伝いながら。
その時に見た、シュテルの真剣な顔。そして、プラスチックのパーツを弄り、組み上げる楽しさを体感したこと。それらも、レヴィがガンプラを作ろうとした理由の一つだ。
「別に、手を出そうという訳ではありませんよ?」
「本当に? 未完成のパーツがあったりしても、勝手に組んだりしない?」
訝しげに疑うレヴィ。自分を信用していない目線に、シュテルは当然、そんなことはない、と断言したかったが。
冷静に考えてみると、手を出さないで教えられるかどうか、今ひとつ自信が持てなかった。
何しろシュテルにとって、モノ作りというのは楽しく、熱中できるし、拘りたくもなるものである。レヴィが一つの部分に集中している途中で、放置されている残りの部品を目の前に、放っておくことが出来るかどうか。
その辺り、我慢できないだろうということまで、レヴィはよく観察していたのである。
「理」のマテリアルは、他人だけでなく自らをも客観視し、正当な情報を主君に、そして同胞に伝えなければならない。自らのプライドと若干の間戦って、シュテルは素直に首を横へ振ることにした。
「でしょー? だから、自分で組むんだ。大丈夫だよ、僕のZZは、絶対にかっこ良くしてやるんだから!」
自信満々に平らな胸を張っているレヴィを見て、その不器用さといい加減さを知っているせいで、かえって不安になってしまうシュテルであったが。こう言い切られてしまっては、もはや取り付く島もない。
レヴィは強情で意地っ張りだ。勿論それは、まっすぐ一本気で、力強い心の裏返しではあるが。今のシュテルにとっては、どうにもいじらしく思えてしまう。
「……分かりました。では、私の工具を自由に使っていいですよ。ニッパーだけだと何かとやりにくいでしょうし」
「ホント!? やったぁ、ありがとシュテるん!」
だからせめて、これくらいのことはしてあげたい。今日予定していた作業は、殆ど諦めることになるけれど。ガンプラを始めてから色々と買い込んできた道具なら、少しぐらいはレヴィの助けになるだろうから。
そんな優しさは、今度こそ受け取ってもらえた。レヴィは大喜びで、早速自分の部屋に走ろうとした。
だが、その肩をがしっと掴んで引き止める少女が一人。
「レヴィ……まさか、うぬは我の料理より、ガンプラとやらを作る方を優先するというのか?」
怒りと嫉妬をないまぜにした様な表情をした、ディアーチェだった。紫天一家の母である彼女に抑えられては、ガンプラを作るも作らないも無い。
しかし、何故こんなに高圧的な態度を取っているのだろう。その理由は、テーブルについて今か今かと料理を待ちわびているユーリの存在だ。
家族として、揃って卓につかない限り、頂きますということは許されない。そして、お腹を空かせて待っているユーリをこれ以上待たせたくない。
以上の理由で、ディアーチェはいつまでも喋り合っている二人にかなり怒っていた。
という訳で、ガンプラの話題に沸き立つ二人も、大人しく席につき。まずは、ちょっと塩味濃い目のポトフを平らげることにした。
夕食が終わると、レヴィは駆け足で二階の自分の部屋へと飛び込んで、完全に鍵を閉め、誰にも邪魔されない環境を作り上げた。勿論、シュテル所有の道具も一緒だ。
そのせいで手持ち無沙汰になったシュテルは、何をすること無く、ヴァサーゴを弄ってポーズを取らせたりしながら夜半の自由時間を過ごしていた。
同じくソファに座るユーリは、ちょっとだけうとうとしながら本を読んでいる。お陰で、何時もは賑やかなリビングも、今は静まり返っていた。
ぺらり、ぺらり、とページを捲る音と、時折細かいパーツが落ちるのを拾う物音だけがリビングに響く。戸から聞こえる微かなシャワーの音は、浴室に入っているディアーチェのものだろう。
不意に、シュテルは頭上を見上げた。この天井の上で、今レヴィはガンプラを作っている。
どういう風に作っているのだろうか。素組みで済ませるのか、それともスミ入れやつや消しを施すのか、塗装にもチャレンジしているのか。
道具を使うのはいいが、怪我などしたらどうしよう。レヴィは頑丈だけれど不器用だから、デザインナイフ辺りは使わせない方が良かっただろうか。
そういう取り留めのない不安と心配に囚われながら、ずっと真上を見つめていると、不思議に思ったユーリが問いかけてきた。
「シュテル。レヴィが心配なんですか?」
「ユーリ」
いつもはぽわぽわしていてのんびり屋のユーリだが、シュテルの不安を即座に察する辺りは、流石に紫天の盟主であった。
自分の気持を問われ、シュテルはあやふやとしていた心情を何とか言葉に纏めて、ユーリに話した。
「そういう訳でも、無いのですが。ただ、気になるのです」
「気になる?」
「ええ。レヴィの今持っている技量で完成したガンプラに、レヴィ自身が満足し得るかどうか」
実のところ、シュテルが一番不安に思っていたのがそれである。いくら匠の技巧を間近で見ていたからといって、その人の腕が上がることはない。
何事も実践あるのみ、という風に、ガンプラ作りだって実際に組み立ててみないと技量は上がらないのだ。
シュテルの場合、前々からモノ作りや工作の心得があったことと、世界大会ファイナリストの手ほどきを受けられたのが良かったのか、最初からガンプラバトルに耐え得る程のガンプラを作ることが出来た。
しかし、レヴィの初ガンプラは――きっと、失敗するだろう。何処かでパーツを折ってしまうのか、それとも、塗装をミスしてしまうのか。残酷な予想だったが、「力」のマテリアルの不器用さでは、十中八九何処かでつまずくだろうと考えざるを得ないのが「理」のマテリアルの性だった。
「今思うと、あんなに興味津々だったのだから、少しくらい簡単なのから始めさせた方が良かったかもしれません。SDガンダムなど、色々選択肢はありました」
他のプラモデル、例えば戦車や戦艦のスケールモデルに比べれば、確かにガンプラは簡単で、とっつきやすい。しかし、初心者が模型誌の見本のように整ったものを作れるほど、簡単でもない。
気持ちを逸らせず、何か簡単な物を紹介するべきだった、と少しだけ後悔するように顔を俯かせたシュテルだが。
「別に、失敗してもいいんじゃないですか?」
ユーリは何食わぬ顔で、優しく告げた。
その言葉に、シュテルは驚いた。どうせガンプラを作るのなら、失敗したより、成功した方が断然良いのではないか、と問うた。
しかし、幼い盟主もこの言葉を、何か根拠があって語った訳では無い。只思いついて、それが当然のように思えたので、口に出しただけだった。一生懸命に考え、何とか理由を探そうとするも、どうしても思い浮かばない。
すると、ユーリの頭にぽふっ、と手が乗っかって、その豊かな金髪を撫で始めた。風呂上がりのディアーチェである。
「ユーリは良い事を申すな」
そう言いながら優しく頭を撫でるディアーチェに、ユーリは少し恥ずかしげながらも、うっとりとした顔で喜んでいる。
しかし、ますますわけが分からないのはシュテルである。盟主だけでなく、王までもが、「理」に反する事を言うとは。
「王よ。一体どういうことですか」
「分からぬか? 成功するかしないかなど、些細なことでしか無いのだ。重要なのは、レヴィが、何かに打ち込むことぞ」
ディアーチェは、レヴィが一意専心の姿勢で、何かに取り組む事を評価していた。
レヴィは、マテリアルズの中でも一番子供らしい人格を持っている。だから、身の回りにある何事にも興味を示すが、それ故に飽きっぽい性分でもあるのだ。
別に、それが悪いという訳ではない。子供らしくて結構であるし、その好奇心を生かして、様々なことにチャレンジすることは、多様な経験に繋がるのであるから。
しかし、何か一つの物事に、長い間、徹底して熱中することも大切だ。根気と集中力は、今のレヴィに足りないものであるし、それを補えば、一つ大きく成長することが出来るだろう。
そのきっかけとして、ガンプラ作りに打ち込むことが重要なのだ。その結果は、さほどの問題ではない。
例え、長い時間かけて生まれたものが、失敗作だとしても。その過程には、必ず得るべきものがある。
王というよりは教育者、むしろ保護者としてレヴィを見ているディアーチェならではの意見だった。
「なるほど……」
「我ながらな、たががおもちゃに期待しすぎているとは思うが。しかしながら、うぬが変わった事も、ガンプラとやらのおかげなのだろう?」
「変わった……の、ですか?」
「ええ、変わりましたよ。そうですよね、ディアーチェ」
「うむ」
そのことを、別に隠していたわけでもないが。イオリ模型店の一件と、自分が流した涙について、ディアーチェにもユーリにも、話してはいないはずだった。何故かというと、それは――シュテルにも、女の子らしい羞恥があるのだ。
しかし、この二人は、いつの間にか、臣下の心中の変化を感じ取り、察していたのだ。
「我には簡単に分かるわ。うぬの目に、剣呑な光が無くなったのだ。最初は、うぬまで平和のぬるま湯に浸かったのかと思うたが……それとは少し違うようだな」
「はい……自分で言うのもなんですが、少し、心に余裕が出来たような感じです。戦いを、遊びとして『本気』で楽しめる程度に」
その場で言葉を紡ぎながら、変化を纏めるためにシュテルが発した台詞はこうだった。
戦いを、遊びとして楽しむ。自らの存在意義であり、常に全力を尽くさねばならないマテリアルとして生み出されたシュテルが、このようなことを口走ってしまう。
ディアーチェは、ガンプラという四文字の言葉に、不思議な魔力めいた物を見た。人の意識を、心のありようを変革する、何かがあるのかもしれないと感じていた。
「うぬが変わったように、レヴィももしかすると、良い方向に成長するやも知れぬ……くだらん考えだが、何故か、そう信じてしまうのだ」
「ディアーチェ……ええ、そういうことが起きるって……素敵ですね」
「王よ、私も、そう思いますよ」
紫天の書に集いし、盟主も王も理も。今、一人きりで机に向かって頑張っている小さな青髪の女の子を、誰よりも大切に思って、その背伸びした挑戦を、応援していた。
明くる日の朝。
何時もより少しだけ早起きしたシュテルは、すぐさま自分の部屋を出て、レヴィの部屋へと赴いた。実のところ、昨日の夜は、寝付けない程気になっていたのである。
部屋の近くまで行くと、同じように部屋へ入ろうとするユーリがいた。シュテルの視点で早起きであるということは、のんびり屋の彼女にとっては相当早い目覚めであろうに。寝ぼけ眼をこすって、それでも中が気になるようであった。
いざ、二人はロックの解除されているドアを開き、部屋へと入る。その主を起こさぬように、抜き足差し足を忘れずに。
机に臥せっているレヴィの背中には、暖かそうな紫色の毛布が掛けられている。誰が掛けてあげたのかは自明の利なので、二人は顔を見合わせてクスクス笑った。
きっと、夜更かししてまで、完成して倒れる所を見計らったのだろう。本人に指摘しても、必死に首を振って否定するだろうが。
そして、その横に立っているガンプラ、HGUCのZZガンダムは。
お世辞にも、良い出来とは言えない。所々にゲート跡が残っていたり、ヤスリで削りすぎて白くなった部分もある。
大好きな水色を前面に押し出した塗装は、そこかしこがはみ出ているし、せっかくのスミ入れも滲んでしまっている。
また、一回の塗装では満足できなかったのか、何度も重ねて塗装していて、そのせいでかえって塗料が滲んでしまっている部分もあった。
さらに、角が僅かに欠けていたり、ポーズが何処か不格好だったり。シュテルの作ったヴァサーゴと比較すれば、他にも数多くの欠点が見つかるだろう。
それでも、ちゃんと完成していた。ガンプラとして、立派に完成していた。
「これが、レヴィのガンプラ……」
「立派でしたよ。凄くて、強くて、かっこいい、ガンプラです」
シュテルが言った褒め言葉は、今は自らの腕を枕にして寝ているレヴィにとって、最高の褒め言葉だった。
だが今は、長い夜更かしと、集中したことでの疲れを癒やさねばならないだろう。二人はまた微笑みながら、ゆっくりと部屋を出て行った。
レヴィちゃん編、こんな感じになりました。もう少し続く予定です。