リリカルビルドファイターズ   作:凍結する人

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リハビリがてらのこの作品、割と好き勝手に書きました。
原作のキャラは尊重しているつもりですが、何処かでレールが脱線しているやもしれません。
その辺りだけご了承ください。


闘争の果てに見つけたもの

『Please set your GP base』

 

 ガンプラバトルのバトルシステムは、六角形の直方体で構成されている。

 イオリ模型店のガンプラバトルスペースは、もともと直方体が一つだけの小さなスペースだった。しかし世界大会出場を機に拡大し、今では4つの直方体が並んでいる。

 その右端に立つのは、今年の世界大会出場者であり、天才的な才能をもつガンプラファイター、レイジ。

 対して左端に立つのは、ガンダムを知らずガンプラを知らず、今日初めてそれらに触れ、機体を仕上げたばかりの少女、シュテル。

 

 横で観戦しているセイにもチナにも、勝敗は明らかであるように見えた。

 しかしもう一人、ラルさんだけは、この勝負がその勝敗に関わらず、『荒れる』だろう、と予想していた。

 

『Beginning plavsky particle dispersal.』

 

 バトルシステムの両端に、GPベースがセットされる。すると、プラフスキー粒子が溢れだし、周囲に展開する。

『プラスチックを動かす特性を持つ粒子』。おおよそファンタジーチックなその粒子がガンプラを動かし、まるでアニメのような戦いを可能にするのだ。

 

『field 1, space』

 

 4つの六角形の上で、漆黒の宇宙が展開される。柱のごとく立ち上ったプラフスキー粒子に映しだされるのは、地球と太陽、そして月。

 

『Please set your GUNPLA』

 

 赤と白。二つのガンプラが同時にGPベースへセットされる。途端にその周りをプラフスキーの光が包み込み、簡易的なカタパルトが出来上がった。

 シュテルが黄色く光る球体を握り細かく動かすと、カタパルトの中のヴァサーゴ・CBの腕が動き、手首が周り、首が左右に振られた。どうやら、ちゃんと動作しているようだ。

 レイジは球体に掛ける指をワキワキと動かし、準備万端、もう待ちきれないといった模様だ。

 

「レイジ、ビルドガンダムMk-Ⅱ! 出るぜ!」

「シュテル・ザ・デストラクター。ガンダムヴァサーゴ・チェストブレイク。参ります」

 

 カタパルトがせり動き、互いの機体が猛烈な勢いでバトルフィールドへ押し出される。プラ不スキー粒子は宇宙空間の無重力すら再現し、物言わぬプラスチックの人型は宙に浮いていた。

 

「全力勝負だ、先手は寄越さねぇ!」

 

 Mk-Ⅱの初動が早かったのは、レイジの経験がなせる技だった。ビルドブースターMk-Ⅱ直結の、ビームライフルMk-Ⅱを両手に構え、まずは2斉射。

 緑色のビームが宙域を真っ直ぐ走り、ヴァサーゴの四肢を狙ったが、そのどれもが、紙一重でかわされてしまった。

 ヴァサーゴはバーニアを噴かすと、両腕の固定武装、クロービーム砲を連射しながらMk-Ⅱの懐へ迫ろうとする。紺色の6枚のウィングを開き、鋭いストライククローを見せて迫るその姿は、さながら獲物に襲いかかる猛禽だ。

 

「そうやすやすと近づけさせるかってんだよ!」

 

 しかし、目の前にいるのは無抵抗の鴨ではなく、更に凶暴な肉食獣なのである。

 ブースター本体直結のライフルは、威力も速射性も高い。瞬く間に蛍光色の弾幕がヴァサーゴへと襲いかかり、その勢いに推されて猛禽の進路が曲がる。

 しかも、只の盲撃ちではない。もしそうなら、多少の被害を物ともせずに前進できる。

 ビームの一つ一つが、コクピットのある胸部、センサーの塊である頭部を狙っているし、それをかろうじて避けても、今度は腕部、脚部に当たるように撃っているのだ。

 その気質によって格闘戦を得意とするレイジだが、射撃の命中率も高く、狙い撃ちも得意なのだ。

 精密射撃の連続。

 神業を持つ人間、それこそ世界大会に出るようなレベルのファイターでも無ければ、素直に押されて後退するしか避ける方法はなかった。

 しかし、後退という選択肢を選べる事自体が、シュテルの技巧を如実に表すのだ。

 

「ラルさん……!」

「うむ、あの弾幕を避けきるとはな」

 

 そう、バトル初心者の反射速度と思考速度なら、後退する前に直撃を食らってしまう。運良くかわせても、機体の節々にビームのかすり傷がつく。今の弾幕は、それ程に容赦無いものだ。

 しかしシュテルは、後退しながら冷静に一つ一つそれらを捌いて、機体に傷ひとつ付けなかった。

 初心者らしくない動きと思考。ラルとセイを驚かせるには、それで十分だった。

 

「なるほど。ですが、射撃向けの機体というのはこちらも同じ。では、こちらの番です」

 

 シュテルはそう宣言すると、肩に折りたたまれた細いアームを伸ばし、両腕を広く展開した。そして、アームを折り曲げて角度をつけながら、クロ―ビームを連射し始めた。

 これは、ヴァサーゴの機体性質を活かした戦い方だ。伸びる両腕を自在に動かし、正面だけでなく左右上下、あらぬ方向からもビームを発射する。

 まるでジオングやノイエ・ジールの有線オールレンジのように、四方八方からビームを撃つことが出来るという寸法だ。

 しかし、この程度のトリッキーさなどで、怖気付くレイジではない。機体を微かに制動させて避けながら、負けじとビームを放つ。

 回避しながらもその狙いは正確で、シュテルはそれを回避しなければならなかった、右へ左へと機体を動かしながら、彼女は心の中で舌を打つ。

 

(まぁ、そうやすやすとこちらの思惑には乗ってくださらないのでしょうが)

 

 クロービーム砲の弾幕で敵を誘導し、腹部の必殺武器、トリプルメガソニック砲の火線へと誘いこむ。

 シュテルの立てた戦略の内、最も安定していて確実なプランが崩壊した瞬間だった。

 とはいえ、勿論それだけで勝てると思ってはいない。相手は世界大会の出場者で、その中でもとびきりの腕っこきであるというのは、先輩から散々聞かされた。

 しかし。 それでも、勝ち目はある。

 この場で行われているのが、戦いや闘争であるかぎり。

 自分たち――マテリアルに勝る人間はそうそういないのだから。

 その自信を確立させているのは「理」のマテリアルが持つ、戦いに特化された灰色の頭脳。

 確かに自分は、機体の質においても、操縦の技量にしても負けている。青い粒子と、黒い宇宙の向こうで、ぎらつく笑いを浮かべながら機体を動かす男には、どれも。

 

(しかし、それがどうした、というのです)

 

 戦いの趨勢を決めるのは、知恵と戦術。こと戦闘において、マテリアルとして構築された能力は、目の前の敵に決して負けていないはずだ。

 現に、まだ序盤ではあるが、ほぼ対等といっていい流れで試合を進められている。機体の具合は手に取るように分かるし、相手の機体の特性も掴みかけている。

 

 そして、この試合。自分には「切り札」があるのだから――。

 

 

 

 

 

「シュテルちゃん、すごい……初めてでこんなに……」

「出会った時のレイジみたいだ……ニュータイプじゃないけど、やっぱり特別なタイプっているんだ」

 

 試合が始まって5分ほど。戦況は未だ一進一退で、どちらも致命的なダメージは負っていない。

 ただし、シュテルのヴァサーゴには細かい傷が少しずつ出来ているが、レイジのMk-Ⅱは無傷だ。

 それでも、レイジの動きにここまで食いついてきているシュテルは、もはや只者ではないと言っていいだろう。

 セイとチナはすっかり感心しながら、食い入るようにバトルを見つめていた。その両手が無意識に握られているのは、ご愛嬌といった所か。

 

 一方ラルさんは、二人に比べてかなり強張った表情で、シュテルのヴァサーゴに注目していた。

 ムダのない動きで立ち回り、レイジのMk-Ⅱにどうにか相対しているその姿は見事なものだ。見事だが。それでもレイジには敵わない。

 確かにこのまま戦えば、少なくとも後15分程度は持ちこたえられるだろう。だが言い換えれば、15分持ちこたえられるだけ、である。

 その辺りで、致命的な一撃がヴァサーゴに加えられるだろう。現にレイジは、少しずつシュテルの機動を読み、かすり傷を増やさせているのだから。

 後はジリ貧どころか、一方的な展開になる。一度牙に掛かった獲物を見逃すレイジではない。ヴァサーゴのボディは無残に切り裂かれ、組み立てられてまだ一時間も経っていないというのに、哀れ残骸と成り果ててしまうだろう。

 それの物悲しさを語ろうとも、今更その良し悪しを語るラルさんではない。ガンプラバトルに望むというのは、つまりそういうこと。自分のガンプラを死神に差し出し、自らの技量でもって、その鎌から救い出すような行為とも言えるのだ。

 しかし、目の前の少女の瞳はなんだ。

 自分が端正込めて仕上げた「はじめてのガンプラ」が傷つき、いずれ倒れ伏すのは予測しているはずだ。いや、確信していると考えていい。

 それでも、少女は眉一つ動かすこと無く、汗も滲ませず。ただ淡々とコンソールを動かし、機械的なまでの冷徹さを剥き出しにして戦っているではないか。

 

(やはり、あの少女は純粋な戦士だ。……勝利をこそ、最大の目的にする人種だ)

 

 ラルさんはその眼力でシュテルの、いや、「理」のマテリアルの本質を、知らず知らずのうちに見抜いていた。

 追い求めるのは、強者との戦いと勝利、只此れのみ。そのためならば、何を差し出そうとも構わない。

 

(そんな彼女が戦っている。それは、それはガンプラバトルではない……!)

 

 それは、自らの血肉を生贄に、相手の命を奪い取る、闘争だ。血みどろになってまで勝利を掴む、闘争だ。

 ラルさんは、コンソールを操るシュテルの背後に、おどろおどろしく浮かび上がる影を幻視した。

 二本の角を生やし、赤い目を光らせ、その見えざる手を目の前の戦場へと広げる。

 シュテルの中にある、勝利への執念、飽くなき強さへの渇望。本来バトルに求められるはずのそれが、今は何故か暗く、底知れぬものに感じられた。

 

「そろそろ、ですか」

 

 そんなラルさんの不安をよそに、シュテルは一旦射撃戦を止め、Mk-Ⅱの射程外へと退避した。

 今まではレイジ相手に一歩も引くこと無く、むしろ好戦的に迫ってきていたのに、その流れを断ち切っての行動である。

 段々と動きが読まれてきている事を危惧し、これ以上損傷を受けたら「逆転」困難になる、と考えての行動だった。

 

「どうした、いまさら怖気づいたんじゃねえだろうな!?」

「もうすぐ分かりますよ」

「けっ、ガキの癖に上品ぶりやがって!」

 

 レイジが挑発がてらその真意を計るが、シュテルは軽く微笑みながら否定する。

 その態度にカチンと来たのか、レイジはビルドブースターで強化された推力を全開にして、ヴァサーゴへと向かっていった。

 ほぼ直線的な軌道は、ビームの迎撃を当てるのにそう苦労しないはずだった。しかし、ヴァサーゴは何もしてこない。先ほどまでとは打って変わって消極的だが、逃げて離れることもしない。

 その立ち回りが、レイジにはまるでおちょくられているように見えてしまう。傲慢に、上から見下されているようにも感じてしまう。

 

「ざっけんじゃねえっ! 俺の方が上なんだよっ!」

 

 自分の方が経験も、技量も優っているはずなのに。あのガキはまるで子供の相手をするようにのんきな動きばかりしている。

 それが何より苛立たしくて、レイジはビームサーベルを抜いて一気に接近し、トドメを刺そうとした。

 

 その時である。

 

「かかりましたね、マイクロウェーブ照射」

 

 ヴァサーゴのウィングが、後ろから光を受け取って、眩く白く光った。光の発振源は、背後に大きく見える月面だ。

 

「まさか、サテライトシステム!?」

「イオリくん、サテライトシステムって?」

「第7次宇宙戦争で、旧地球連邦軍が開発したマイクロウェーブ照射装置。莫大なエネルギーをMSに与えて、超高出力のビーム砲を放つんだけど……どうして!? ヴァサーゴだけじゃあ駄目なのに」

「どういうこと?」

「あの機体には、確かにマイクロウェーブ受信用のリフレクターがあるけど……本体のランチャーは、ガンダムアシュタロン・ハーミットクラブって機体に搭載されているんだ。二人一組じゃないと、意味が無いのに……」

 

 セイの疑問は、その後に行われた格闘戦で氷解した。

 

「何をするのか知らねえが……だったら、何もさせずにぶった切る!」

 

 ブースターによる加速と、完成度の高いMk-Ⅱが持つ出力の相乗効果で叩き込まれる斬撃は、並のガンプラが耐え切れるものではない。例え同じビームサーベルで切り払おうとしても、そのサーベルごと押し込まれて叩き割られるはずだったが。

 一薙。たったの一薙で、mk-Ⅱのサーベルは受け止められ、切り払われ、本体もその勢いで吹き飛ばされた。

 レイジは驚愕した。ガンプラのパワーは、その完成度に比例する。だとすれば、今操縦しているビルドガンダムMk-Ⅱの方が、素組みに毛の生えた程度のヴァサーゴCBよりもパワーはあるはず。

 それが、切り払われた。まるで、赤子の手をひねるように。

 

「てんめぇ! 何しやがった!」

「簡単な事です。自分一人の力で勝てないなら、よそから引っ張り出してくればいい」

 

 セイは大きく目を見開き、同じく感づいたラルさんと顔を合わせて驚いた。

 

「そうか、サテライトシステムのエネルギーを!」

「ビーム砲の出力源として使うのではなく……本体の出力強化に使ったのか!」

 

 そう、これこそ、シュテルが隠していた「切り札」。サテライトシステムにより、オーバーロードじみた出力をもたらす戦法だった。

 ヴァサーゴのツインアイ、頭と胸に存在する4つの瞳は、いまや眩しいばかりに煌めいている。それは、コロニーを一つ破壊できるほどの出力が、機体内部に渦巻いていることを表していた。

 接近するMk-Ⅱに向かって、右腕のクロービーム砲が放たれる。しかしそれは、今までのとは違い、銃口の両隣に展開していたストライククローをその余波で溶かしてしまう程の威力を持っていた。

 太く強烈なビームがMK-Ⅱに迫る。かすっただけでもタダではすまない。レイジは回避を決断し、愛機を右へと走らせるが――そこには、既に広がっていたヴァサーゴの左腕があった。

 

「捕まえました」

 

 クローがMk-Ⅱの腕を捉える。そして、ヴァサーゴの胸のハッチが開き、腹部が伸長して、三門のメガ粒子砲が現れる。

 必殺武器、トリプルメガソニック砲。通常チャージを必要とするはずの、赤い業火のようなビームが、殆どノーチャージで放たれた。

 

「終わりです」

「こんなもんでぇ!」

 

 絶体絶命に見えたMk-Ⅱだが、レイジの気迫のこもった叫びと共に、気合一閃。

 ビームサーベルを伸ばし、手首をひねらせヴァサーゴのアームを切断。全速力で離脱し、間一髪でビームから逃れた。

 しかし、余りにも急な機動だったので、今まで整っていた隙のない体勢が、ほんの少しだけ崩れてしまう。

 その機を逃すシュテルではなかった。

 握った球体を両方共前に倒し、頭から突っ込むように体当たりをさせる。ちょうど、Mk-Ⅱの腹に頭突きをかますように当たり、その体は更に仰け反って、レイジが必死に操作しても身動きが取れない状況だ。

 ヴァサーゴの残った右腕が、Mk-Ⅱの白い足を絡めとり。これで二機は完全に密着し、身動きが取れなくなってしまった。

 

「いかん……!、これでは、Mk-Ⅱは完全な無防備になってしまう!」

 

 いくらレイジに超絶的なテクニックがあろうとも、ゼロ距離からのビームをかわすのは至難の業だ。

 さらに足を絡め取られてしまい、身動きすることは出来ない。

 必殺の構え。シュテルはほくそ笑んだ。

 魔導戦闘で例えれば、相手にバインドをつけて、砲撃で狙い撃ちするようなものだ。

 しかし。

 

「でも、ヴァサーゴだって、マイクロウェーブのエネルギーには……!」

 

 セイが叫んだ通りに、本来即座に放たれるはずのエネルギーを、機体内に溜め込んだままのヴァサーゴにも、かなりのダメージが蓄積していた。

 限界以上のビームを放ったクロービーム砲は焼き切れ、火花を放っている。トリプルメガソニック砲も3つの砲門の内2つが駄目になって、背中のバーニアもオーバーヒート寸前だ。

 さっきまでその威容を誇っていたヴァサーゴは、ともすればエネルギーに耐え切れず、空中分解してしまいそうなほど、満身創痍になってしまっていた。

 その痛々しい姿に、セイは思わず握っていない方の手を強く、硬く握り締めた。

 

(こんなのはおかしい、こんなのは、ガンプラファイトじゃない!)

 

 セイの心の中で、悲痛な叫びが響き渡る。

 確かにガンプラファイトは、ガンプラを戦わせるものであり、その結果完成したガンプラが傷つき、あるいはバラバラに分解されてしまうことだってある。

 しかし、これは間違っている。自分のガンプラを自身の手で痛めつけ、徹底して無慈悲に勝利を狙うなんて。

 セイはようやく気づいた。シュテルが求めていたのは、ガンプラを作ることでも、ガンプラファイトでもない。ガンプラを使って戦う、ただそれだけのことだったのだ。

 そこに、ガンプラに対する思いも、ガンダムに対する思いも介在し得ない。

 セイのガンプラ談義を真摯に聞いたのも、数あるガンプラの中からヴァサーゴCBを選んだのも、丁寧にガンプラを作り上げたのも。全ては勝利への布石でしか無かったのだ。

 セイがシュテルに感じた「本気」。それは、ガンプラビルダーやファイターとしてのものではなく、闘争に向けての「本気」だった。

 

 そんな、何処か裏切られたような気持ちと、溢れんばかりの憤りを、言葉にしてシュテルにぶつけようとした寸前。

 

「シュテルちゃん、もうやめて!」

 

 瞳に涙を浮かべて叫んだのは、隣にいたチナだった。

 かつて、ベアッガイⅢの製作とバトルを通して、ガンプラの楽しさ、奥深さを学んだチナも、シュテルの捨て身の戦法と、勝利だけを追い求める姿勢に違和感を感じ、その思いを爆発させたのだ。

 

「こんなになってまで、勝とうとするなんて……ガンプラが可哀想じゃない!」

「可哀想? ……確かに、傷つく機体には哀れさを感じますが、それだけのことです」

「それだけ……!?」

「ええ、闘争は勝つか負けるか。そのために自らを犠牲にすることの、何がいけないというのです?」

 

 チナには、シュテルの言っていることが全く理解出来なかった。

 何故なら、二人は同じ女性であったが、一人は極普通の現代人、そしてもう一人は、古代に生み出された戦うための存在、マテリアルなのだ。

 勝負という物事においての、思考回路が全く違うのだ。

 しかし、ガンプラバトルを何度も体験してきたセイや、ラルさんは、その考え方を理解することが出来た――そして、そんなのは違う、とはっきり否定することも出来た。

 

「駄目だよシュテル! これはガンプラバトルだ! こんなのは、こんなのは……! ガンプラを道具としてしか使わない、只の喧嘩じゃないか!」

「えぇ、これは喧嘩とも言えますね。そして、私はそれを楽しんでいます……久しぶりです、これ程楽しく、愉悦に溢れた時間は」

「なんで……っ!」

 

 シュテルはモニターから目を離すこと無く、同時にセイの悲しみに溢れた顔を見た。

 そして、ああ、この人は自分で作ったガンプラが壊れるのを見たくないのだな、と誤解した。

 まさか、赤の他人であるシュテル自身が作ったガンプラの悲劇的な姿に、悲しんでいるとは考えられなかったからだ。

 だからシュテルは、コンソールを握ったまま小さく頭を下げた。

 

「申し訳ありません。貴方の機体を壊します。そして、私はこの試合に勝ち、更なる高みへと向かいます」

 

 その言葉はとても無慈悲だけれど、同時にとても真摯で純粋で。

 的外れでも、とても「本気」なその一言に、セイは感情を爆発させた。

 

「どうしてっ! そんなに人のガンプラを思いやれる君が、どうして……どうして自分を……自分のガンプラを、思いやれないんだよ!!」

 

 セイがいくら叫ぼうとも、シュテルの手は止まらず、コンソールを動かしていく。

 トリプルメガソニック砲、最後の一門。それが、密着したMK-Ⅱを溶かすために発射された。

 

「レイジっ!」

「レイジくん!」

 

 そのビームは、Mk-Ⅱの胴体を溶かし、真っ二つに分断するのに十分な威力だった――のだが。

 ビームの発射される直前、Mk-Ⅱを固定していたアームが、あらぬ方向からのビームに寸断され、またも間一髪、撃破の回避に成功していた。

 

「何っ!?」

 

 シュテルが驚き、Mk-Ⅱを見ると……背中のブースターが分離している。

 そう、シュテルがセイの言葉に気を取られた一瞬。レイジはその一瞬で、ブースターを切り離し、操作系統を変更して、ビームライフルを撃ったのだ。

 ビルドガンダムMk-Ⅱの性能を熟知し、共に戦ってきたレイジだからこそ可能な、ギリギリの神業だった。

 

「しまった……! ですが、戦闘機だけなら……!」

 

 MSより動きが直線的な戦闘機なら、もう一度捕まえて、ビームを撃てばそれでお終いだ。

 もし捕まえられなくても、エネルギーの詰まったヴァサーゴを自爆させれば構うことはない。

 そう考えたシュテルは、傷ついた機体に鞭打って、今一度接近しようとしたが。

 

「そうは問屋が卸さねぇっつの!」

「っ!? 散弾!?」

 

 分離して操縦系統が移ったはずのMk-Ⅱが、背中に備え付けられていたハイパー・バズーカを構え、散弾のバズーカ砲を食らわせた。

 本来なら装甲で止められるはずの細かい弾も、ボロボロになったヴァサーゴには致命傷になりかねなかった。各部で小爆発が起こり、シュテルのコンソールに赤い〈CAUTION〉の文字が踊る。このままでは持たないと判断し、即座に自爆モードを選ぶものの。

 

「んなこと、させるか!」

 

 Mk-Ⅱとブースターは再び合体し、今度はヴァサーゴの頭を鷲掴みにする。そして、右手でヴァサーゴの展開された腹部を、マニピュレーターで思い切り殴った。

 それがきっかけとなったのか、限界寸前だったヴァサーゴの、背中のリフレクターがひび割れ、そのまま粉々に砕け散った。

 マイクロウェーブから受け取ったエネルギーを貯めこみ、本体に供給していたリフレクターが壊れれば、もはやヴァサーゴの出力はゼロに近い。

 そして、操作系統は停止し、もはや自爆のために割けるエネルギーすら確保できなくなっていた。

 

「不覚……! 私の負け、ですか」

 

 こうなった以上、もはや逆転の手段など存在しない。シュテルはあっさりとコンソールから手を離し、降伏を宣言した。

 やるだけのことはやった。相手にかすり傷しか付けられなかった悔しさこそ残ってはいたが、それでも全力を尽くすことは出来た。 穏やかな顔で、久方ぶりの闘争の余韻に浸るシュテル。

 しかし。

 

 

「おいおい……まだ終わっちゃいねえぜ?」

 

 

 いつものギラつく笑いではなく、嗜虐的な嘲りを含めた笑いを浮かべ、レイジはシュテルに告げる。

 そして、何を思ったか、既に機能を停止したはずのヴァサーゴを掴み、力を入れてその腰を捻り、解体した。

 

「なっ……レイジ! 何やってんだよ!」

「うるさいぞ、セイ。あいつは試合を放棄した。となれば、残ったこいつは好きにしていいってことだよな!」

 

 ガンプラに対し敬意を持っているはずのレイジが、突如行った、無抵抗のガンプラの解体という残虐な行為。

 驚いたセイはレイジの元に駆け寄り訴えるが、しかし聞く耳を持たず、レイジはヴァサーゴを好き勝手に弄び続ける。

 

「レイジ! お前まで、らしくないよ!」

「どうもこうもあるか! あいつが……止めないのが悪いんだぜ!」

 

 笑いながらも、胸の奥底から絞り出すようなその声を聞いて。セイは、はっとして気づいた。

 本当はレイジも、心の奥に強い苦さを感じているのだと。

 そして、レイジが何を思って、こんな非道を行っているのかも、はっきりと分かった。

 闘争のみに心を奪われ、「ガンプラバトル」の本質を知らないシュテルに、何かを気づかせるためにやっているのだ。

 ラルさんには、それが何か、はっきりと分かっているようだ。レイジに駆け寄ろうとするチナを右手で差し止め、そのままにしておくんだ、と告げている。

 

「………」

「どうした! 何じっと見てやがんだよ! ついさっき、自分の手で自爆させようとしたガンプラだろうが!」

 

 シュテルは、目の前でバラバラにされようとしているヴァサーゴを、ただ見つめていた。何を言い出すこと無く、手を出すことなく。しかし、その場から去ることもせずに、瞳を向けていた。

 敗者に勝者を止める権利はない。好きなようにさせてやればいい。壊れても、また新しいのを買って作ればどうということはない。

 一度の敗北に、一度の欠損に、何を拘る必要があろうか。

 砕け得ぬ闇は永遠である。故に、自分も永遠だ。簡単に壊れて、いなくなるものなど放っておけばいい。自分は未だ生きているのだから。

 「理」のマテリアルの頭脳はそう決めつけるものの、それでもシュテルは動かない。いや、動けない。

 彼女の中の、心が、そうさせるのだ。熱く燃えたぎる心が、これではいけない、と訴えるのだ。

 

「そんな未練がましい目をするんじゃねえよ! てめーは戦いに来たんだろう!? そしたら、何を失ったって、そうなる覚悟は決めてきたんだろうが!」

 

 そうだ、覚悟は決めてきていた。

 自分のガンプラが失われようとも、世界大会の出場者と戦えれば、それは闘争を続ける上で、貴重な授業料になると計算出来ていた。

 けどこれは。これは重すぎる。深刻すぎる。

 たかがおもちゃを、たかがガンプラを、バラバラにされてしまうのが――ここまで残酷に、思えるなんて。

 

 自分がランナーから切り取って、丁寧にゲートを処理した左腕が、胴体から外される。

 自分が丁寧に墨入れをした両足も、腰からもぎ取られ、関節を外されて放置されている。

 自分が作った、はじめての、はじめてのガンプラが。木っ端微塵に砕かれようとしている。

 

「…………」

 

 目から何か、熱いものが流れ出ている。それは涙だ。

 馬鹿な。王が失われたわけでもないのに、盟主が、同胞が、失われたわけでもないのに。どうして、涙なんて流せるんだろう。

 そう考えて初めて、シュテルは気づいた。

 ガンプラというただのおもちゃが、自分が手をかけて作り、共に戦ったことで、いつの間にか大切なモノになっていたことを。そして、自分が何か大切なモノを失うのは、これが初めてであったということを。

 

 今までシュテルの側にいたのは、その誰もが「紫天の書」に関連する存在である。

 彼らは戦い敗れ、消えることはあるが、それで永遠に失われることはない。無限連環機構「エグザミア」の能力によって、何度でも復活し現れる。つまり、シュテルが彼らを失うことはない。シュテル自身も、消えることがない。

 そのせいでシュテルの、大切なものに対する感覚は薄れていたのだ。だって、消えてもいつか現れるし、それまで自分も死ぬことはないのだから。わざわざ拘る必要が無かったのだ。

 勿論、王や盟主をかばうこともあるし、同胞が危機に陥れば助けもする。しかしそれは、ただ消えている間の時間が勿体無いからだ。どうせいれるなら、出来るだけ平和に、一緒にいたいからというだけだ。

 

 だから、今目の前で見ているように、大切なモノを二度と取り戻せないまま、無残に壊されることなんて、考えもしなかった。

 

「……やめて、ください」

 

 震えながら、感情の波に苛まれてシュテルが発したのはか細い声だが、レイジの耳には確かに聞こえていた。

 しかし、敢えて無視する。それが本心だと、まだ確信できていないからだ。

 

「ん? 聞こえねぇな」

「っ……」

 

 そして、Mk-Ⅱのマニピュレーターがヴァサーゴの頭を握り、力を入れて潰そうとしたその時。

 

 

「やめてくださいっ! 大切なモノを、無くすのなんて……! わ……私は……嫌だ……!」

 

 

 バトルスペースに響く声。

 無口で無表情なシュテルが、感情を剥き出しにして叫ぶその声に。

 セイもチナもラルさんも、ただ鎮まり返っていたが。

 

「へっ。ようやくガキらしくなってきたじゃねえか」

『Battle Ended』

 

 レイジが何食わぬ顔でそう告げると同時に、プラ不スキー粒子が雲散霧消し、バトルが終了した。

 すぐさま、自分のガンプラに向かって駆け寄るシュテル。しかし、その姿を一目見た途端、意外な光景が彼女の目を見開かせた。

 確かに、ヴァサーゴは無残に、バラバラになっていた。ただし、すぐに元の状態へ戻せる範囲内で。

 関節は接続部を傷つけないように外されていて、外装にもダメージは殆ど見られない。

 無論、無理やり出力を上げた時の損傷は残っているが、それだって少し手を加えれば直せる程の傷だ。

 つまり、シュテルが心配していたように、ヴァサーゴは壊れていないのだ。二度と元に戻れないような物では無かったのだ。

 

「手加減、して下さったのですか……? 私のガンプラを、傷つけないように」

「何言ってんだよ。手加減なんざするはずないだろ、ガンプラバトルに」

 

 それは嘘じゃないか、とセイは心の中で突っ込んだ。

 ビームサーベルも使わず、わざわざマニピュレーターを使って、丁寧に部品を抜き取っていた癖に。

 

「しかし、壊れるのも無くすのも嫌だなんて、たがが遊びにマジになっちまってよ。まぁ、闘争だのなんだの言ってるより、ソッチの方がよほどガキらしくて可愛いぜ」

「なっ……!」

 

 唐突なからかいにきょとんとするシュテルだが、何故か、馬鹿にされたとは思えない。

 むしろ、ぶっきらぼうながら、優しさを感じさせる一言だった。

 

「そう、こいつはガンプラバトル。おもちゃを戦わせる、単なる遊びだ。命がけの戦いなんかじゃない。只の、遊びだ。ガンプラが壊れたって、直したり、新しいのを作ればいい。その程度のお遊びさ。でもな。こいつはとあるおっさんからの受け売りなんだが、『遊びだからこそ、本気になれる』らしい」

 

 シュテルは気づいた。この人は、最初から分かっていたのだ。

 私がガンプラバトルを遊びでなく、闘争の手段として捉えていたことを。

 それは、ガンプラバトルの楽しみ方としては、少々ズレているものだった。

 だから、初心者であるシュテルの挑戦を受けてくれて。その無茶で乱暴な戦法を受け止め、完膚なきまでに叩きのめしてくれて。

 おまけに、ヴァサーゴをいたぶる振りまでして、自分の手がけたガンプラが、大切なモノであることに気づかせてくれた。

 そして、意図的にではないだろうが、シュテルの心に眠っていた、大切なモノを失う悲しみの気持ちまで目覚めさせてくれたのだ。

 自身の発言をレイジに引用された、とあるおっさん――ことラルさんが、ゆっくりと進み出て話しかけた。

 

「シュテル君。今回のバトルは、君にとって大きな糧となっただろう。戦いとは単に勝ち負けではない。こういう戦いもあるのだと言うことを忘れるな」

「こういう、戦い……」

 

 血に飢えた兵士としてガンプラバトルに望んだ少女が、自らの間違いを正さぬまま、歪んだ道を選んでしまわないか。ラルさんは試合を見ながら、心の奥で不安に思っていた。

 しかし、どうやら杞憂だったようだ。というより、自身が手を出すまでもないらしい。バトルの中で、レイジ君が目指すべき、正しい道を示してくれた。

 それに、セイやチナもいる。先達として彼らが差し伸べる手をシュテルが掴むなら。その進む道はきっと正しいはずだ。

 

「さて、一つ聞いておこう。これから君はガンプラを、そしてガンプラバトルを続けるかね? それとも、辞めるのかね?」

 

 それを承知で、ラルさんは敢えてシュテルに問いかける。ガンプラバトルは遊びであるのだから、別に辞めても構わない、と選択させる。遊びというのは、別に他人に強制されて続けるものではないのだから。

 そして、シュテルは考えた。確かにこれは、自分の望む闘争ではないのだろう。命のやりとりでもないし、ガンプラが壊れても、いくらだって作り直せる。

 しかし、レイジと戦い合った時に感じた、血沸き肉踊る楽しさ。ビームが交錯し、プラスチックが弾け飛ぶ舞台での戦闘で感じた気持ちは、偽りではなかった。例えそれが遊びだとしても、間違いなく本気になれていた。

 また、ガンプラ作り自体についても。今、シュテルは自分の作ったガンプラに、確かな愛着を感じていた。さっきまでのように心を鈍らせて、道具として扱うのではなく。共に戦う、相棒として直してあげたかった。

 だから、はっきりと宣言する。

 

「決まっているじゃないですか」

 

 涙を腕で拭い、晴れやかな笑顔でシュテルは答えた。

 

 

「こんなに面白くて、本気になれる遊びと、大切に思える物を、手放すはずがありません。続けましょう、ガンプラ」

 

 

「シュテル!」

 

 対戦が終わってからというものの、涙を流して震えていたシュテルが気が気でなかったセイは、その言葉に感動した。

 間違い、戸惑い、迷っていた少女は、これでようやく、ガンプラという長い道のりのスタートラインに立ったのである。そう決断してくれたことが、セイには何よりも嬉しかった。

 

「先輩、そしてチナにも、ご迷惑をお掛けしました」

「そんなことないわよ。私、ちょっと感動しちゃった」

「シュテル、これからも何か聞きたいことがあったら、何でも聞いていいからね!」

「はい、頼りにしています。あと、レイジ」

「ん、なんだよ」

「また、勝負してください。ガンプラバトルの強者である貴方を負かすのが、私の目標になりましたから」

「いいぜ、ただし! ……今度も俺が勝つけどな!」

 

 夕暮れの中、シュテルは模型店の自動ドアをくぐる。

 両手で持っている紙袋の中には、HGの箱と工具一式、そしてセイに分けてもらった、改造用パーツの数々。

 イオリ模型店、この日唯一の売上だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえり、シュテるん!」

「おぉ、待っておったぞシュテルよ。さぁ、早速で悪いが夕飯の支度を……?」

 

 今日も元気な紫天一家。

 珍しく一人で遠出してきたシュテルが帰ってきて、早速出迎えにやってきたレヴィとディアーチェだが。

 

「……ねぇシュテるん、何かいいことでもあったの?」

「機嫌が良いな、一体何があったのだ?」

 

 二人が見たのは、いつもの無表情ではなく、まるで憑き物の落ちたように、さっぱりとしている満足気な顔。

 驚いた二人は、その理由を問いただそうとするが、暖簾に腕押し。詳しいことは何も教えてくれない。

 ただ、業を煮やした二人と、そしてユーリにも、一言だけを伝えていった。

 

 

「とても良い『遊び』を見つけたのです。今度、王たちにも紹介しますよ」

 




以上です。
テキストで約55kbと短い作品でしたが、お楽しみ頂けたのなら幸いであります。

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