リリカルビルドファイターズ   作:凍結する人

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ガンプラって、楽しいんだよ

 

 

「ガンプラにも色々な種類があってね。主にスケールで分けられているんだ。144分の1のHGとか、100分の1のMGとか」

「スケール……ですか。ということは、モデルになったものがあるということですか? 見たところ、100分の1がこれでは、原寸大は相当な大きさになると思いますが」

「あ、それはね、えーと……って君、もしかして……ガンダムって何か、知らないの?」

「存じませんね。名前を聞いたことくらいはありますが、どういうものかというのは、全く」

「えええっ! 知らないの!?」

 

 その言葉を聞いた途端、セイは飛び上がって驚いた。

 ガンプラを知って、それを作ろうとする人間が、その元であるガンダムを全然知らないというのはちょっと考えられなかったからだ。

 

「じゃあ、どうしてガンプラを始めようと思ったの!?」

「街頭のモニタで、ガンプラバトルの映像を見たからです」

「ガンプラバトル……? じゃあ、シュテルはガンプラバトルをしたいから、ガンプラを始めることにしたのかい?」

「そうですね。勿論、一度プラスチックモデルというものを組み立てたいということもありますが……本質はそちらでしょう。私は、ガンプラで戦いたいのです」

「へぇ……君が、ガンプラバトルを」

 

 セイには、その答えはかなり意外だった。何しろ、このくらいの年頃の女の子がガンプラを始めるのは、可愛いプラモデルを作りたいからという、チナという前例があったからだ。

 しかもこのシュテルという女の子には、一見するとチナのように物静かで、大人しい雰囲気が感じられる。そんな娘が、戦いたい、などと言うのだから、セイは呆気にとられる気分さえ覚えた。

 すると、シュテルはそんなセイの心情を見透かすような目で問いかけた。

 

「意外ですか? 女が戦うのが」

「え、あ、別に、そんなことないよ。女の人にだって、ファイターはいるし。でも、君くらいの女の子がガンプラを始めるのって、普通は可愛いガンプラを作るのがきっかけだから」

「そうでしょうね……ですが、私は戦いたいのです。戦うためのガンプラを、自らの手で作りあげたいのです」

「……もしかして、女性だって男と同じように戦えると証明したい、とかじゃないよね?」

「いえ、そういう訳では有りませんが」

 

 マニアなら聞き逃さないフレーズを、聞き知らぬ顔での返答だった。それで、ああこの子は本当にガンダムを知らないんだな、と、セイは判断した。

 だからセイは、ガンプラを作る上で知らなければならない、ガンダムについての最低限の知識だけを、教えることにした。

 

 まず、ガンダムというのは全高18mの巨大ロボットであること。その中に人が乗って操作すること。ガンダムというのは細かく言えば、モビルスーツというロボットの種類の一つで、他にもモビルアーマー、戦艦、モビルドールやモビルファイターなど、沢山の機体が存在するということ。

 

「巨大ロボット……そんなものを作る技術が存在したんですね。レヴィに言ったら喜びそうです」

「いや、違うって! 今言ったのはアニメのお話で、ガンプラはそのアニメを元に作られたプラモデルなんだ」

「そうなのですか……現物があったら、私も見てみたかったのですが……」

「お、落ち込まないで! 大きさだけなら、お台場あたりに一分の一スケールがあるから!」

 

 他にも、ガンダムマニアとしては、各作品の解説だったり、ミノフスキー粒子や核融合エンジンなどの細かい設定を話したくもあったが。

 流石に今、それらを語り通してしまうと日が暮れてしまう。これだけ有望なお客さんを案内しておいて、ガンダム談義だけで返してしまうのは、ガンダム好きとしてはごく当たり前の行為だが、模型店の店員としては失格だ。

 ガンダム好きが高じて、と言うよりこじらせて、ついつい長く語ってしまうセイにも、それくらいの計算は出来た。今だけは、であるが。

 

「ありがとうございます。思えば私は、ガンプラが何なのか、についても、良く知らなかったようですね。無知を恥じる心境です」

「そんなことないよ。ガンプラは自由なものだから、君が思うままのガンプラを作ってくれていいんだよ」

「はい……何か、少し自信が湧いてきました」

 

 セイの心を知ってか知らずか、シュテルはますます、ガンプラに対する意欲と熱を上げていった。

 しかし、いくら気合だけがあっても、まずは作るガンプラがなければどうしようもない。二人は改めて、イオリ模型店の品揃えの中から、シュテル好みのガンプラを探し出すことにした。

 

「まず、ガンプラバトルをしたいなら、基本的に144分の1のHGか、スーパーデフォルメのBB戦士だね。この二つが一番種類あるし」

「なるほど……一方は高頭身で、もう一方はデフォルメされているのですか」

「どちらもバトルシステム内では標準的なサイズだけど……どちらが戦闘向けかと言われると、ほんの少しだけ、HGの方がいいかもしれない」

「映像でも、活躍していたのは高頭身の機体が多く見えましたからね」

 

 一言にHG、ハイグレードと言っても、それだけでガンダムの全作品を過不足無く網羅している。価格も1000~2000円程度で、大きさからコレクションしやすいHGは、ガンプラの中でも主軸と言っても良く、だからこそ大会での使用率も高いのだ。

 勿論、その他のスケールのガンプラを使ってバトルをしてもいい。しかし、大会で上位に入賞しているガンプラビルダーやファイターが使っているのは何故か揃ってHGだし、セイ自身が作り、世界大会に出場できたスタービルドストライクや、ビルドMk-2はHGであった。

 

「どう選ぶのか、っていうと、これはやっぱり、第一印象が大切だと思うよ。パッケージの絵とか見本を見て、なんでもいいから、自分にぴったりだと思えるものを選んでいくんだ」

「要はインスピレーション、閃きこそが大事なのですね……」

 

 ガンダムを全く知らない初心者にとっては、機体の性能がどうの、開発経歴がどうのというより、まずはデザインこそが選ぶための指標になってくるのだ。

 早速、シュテルは積み上げられた箱の中からガンプラを探し始めた。時に屈み、時に踏み台を使って隅々まで調べ、ピンときたガンプラの箱を抜き取っていく動作は、見知らぬ場所に連れて行かれて辺りを探索する、好奇心旺盛な猫のようにも見えた。

 セイの隣には、次々と箱が積み上げられていく。その数が10個ほどになった所で、その中から更に気に入ったものを選び、初めてのガンプラを決めることにした。

 しかし、何の気無しに、当たり前のように出たシュテルの質問が、セイのガンダム好きな心に火を付けてしまった。

 

「では……このガンプラは、どういうものなのでしょうか?」

 

 シュテルが箱を両手に持って、セイの前に差し出しながら尋ねた時。

 コップに注がれた水が、限界を超えて溢れてしまうように。正しく堰を切ったような勢いで、セイは話し始めた。

 

「それはね! 『機動戦士ガンダムUC』に登場したMSで、シナンジュっていうんだ! 地球連邦宇宙軍再編計画『UC計画』の一環としてアナハイムが作ったんだけど、ネオ・ジオン残党の『袖付き』に強奪、というより譲渡されて、そのリーダー、フル・フロンタル専用の搭乗機として、主人公機のユニコーンガンダムと戦うライバル機さ! 型式番号MSN-06S、これの前半分はニュータイプ専用であることを意味していて、後ろ半分はかつてのシャア専用ザクの型式番号と同じ! 内部にはサイコフレームが搭載されていて、パイロットの思考を機体の挙動にダイレクトに反映させる「インテンション・オートマチック・システム」を搭載しているから、反応速度と動作精度はピカイチなんだ! 武装はビームライフル、ビームサーベルとビームアックス、バズーカにグレネードランチャー、おまけにバルカンと標準的だけど、フル・フロンタルの高い操縦技術と、通常の三倍とも言われる高機動、何よりその赤い塗装からパイロット共々『シャアの再来』と言われて恐れられているんだよ! ちなみに、元々は白い塗装でシナンジュ・スタインって呼ばれていて、ユニコーンガンダムとは兄弟機だったんだけど……」

 

 ここまで一気に語った所で、セイはようやくやばい、と感づいた。

 ガンプラを始めようと、一歩勇気を踏み出した女の子を案内するにおいて、避けるべきはこういう『ガンダム好きの長語り』だ。その情報量の多さと、気味が悪いほどの熱さに、大抵の女の子は耐性が無く、ドン引きしてしまうか、ガンプラに対し苦手意識を持ってしまう。

 悪い癖が出てしまった、と後悔するも、時すでに遅し。シュテルはセイの言葉を受け取り、じいっとこちらを睨んで動かない。これは絶対に引かれてしまったな、とセイは決め付け、落ち込んだ。

 

 しかし、シュテルは所謂「普通の女の子」ではなかった。むしろ、かなり風変わりな女の子だった。

 

「……なるほど。乗り手の実力が素直に現れるタイプの機体のようですね。じゃじゃ馬のようですが、なかなか面白い機体です。遠近のバランスがとれているのもいいでしょう。しかし、高機動で避ける、というのは性に合いませんし、できればもう少し火力のある機体を扱いたいものです。まぁその辺りはカスタムでどうとでも出来ますから、取り敢えず、キープでお願いします」

「え?」

 

 シュテルは何も驚かず、クールな顔と口調でそう言ってのけて、HGUCシナンジュの箱を床から買い物カゴへ入れてのけた。

なんと、彼女はセイの長台詞を全て理解し、自分なりに解釈して、シナンジュの機体特性――高機動と高いポテンシャル――を把握して、取捨選択を行っていたのだ。

 

「え、ええと……こんなに喋っちゃって、迷惑……じゃなかった?」

「いえ? 何を仰っているんですか。私はこのシナンジュについて聞いて、貴方はそれに熱意と詳密さで答えてくれました。迷惑どころか、むしろ有り難いと思いますが」

 

 「理」のマテリアルであるシュテルにとって、情報を取得し、分析するのは本業であるから、これくらいのことはごく当たり前のことだったし、何より自分の手となり、足となって操る愛機を見積もるのだ。できるだけの情報を入手し、考慮して、一番いい機体を選別するのは当然であった。

 一方セイは、目の前の女性の平然とした態度に、完全に圧倒されていた。ガンダムについてこれほど熱く語って、まともに対応してくれた女性は、自分に好意を持ってくれている学級委員長のコウサカ・チナと、かつて自分のガンプラに細工するため模型店を訪れた、ガンプラアイドルのキララ、もといミホシさんだけだ。他の女性客に語ろうとしても、ドン引きされるのがお決まりだった。

 受け取り方こそ彼女たち二人とは全く別のベクトルだが、ともかくシュテルという女の子には、変に気を使ったり、手加減をする必要は無いらしい。

 そうと決まれば、もはやセイを止める何物も存在しなかった。シュテルもシュテルで、その熱いトークを止めること無くただ相槌を打つのみなのだから、これはもはや、ある種の結界が構成されているようなものだ。

 

「では、この機体はどうでしょう」

「ガンダムレオパルドデストロイだね! 『機動新世紀ガンダムX』に登場した機体で、第七次宇宙戦争で、旧地球連邦軍の決戦兵器だった『ガンダム』の内の1機、ガンダムレオパルドを、フリーデンのメカニック、キッド・サルサミルのアイデアで現地改修した機体なんだ! 元のガンダムレオパルドも重装甲重武装の機体なんだけれど、デストロイはさらに武装を積み込んだり、ツインビームシリンダーのように、今までの武器をさらにもう一つ搭載したりして、正に全身が武器庫! さらに! Gファルコンと合体することによって、大気圏内でも飛行できるほどの推力を有し、正に死角無し! 型式番号GT-9600-D、分類は重火器格納型MS! パイロットはロアビィ・ロイ。フリーデン専属のモビルスーツ乗りさ! 元はフリーランスだったんだけれど、いろいろあって専属になった、主人公ガロード・ランの戦友なんだ!」

「遠距離型の重武装、なるほど、大火力は魅力ですね。先ほどのシナンジュとは正反対とも言えます。ただし、格闘戦武器がナイフ一本なのは心細いですね……次に行きましょう」

「じゃあ、この機体だね。これは……ZMT-S28S、ゲンガオゾかぁ! シュテル、良いセンスしてるよ! 『Vガンダム』のザンスカール帝国の試作機で、主人公に立ち塞がった強敵MSだ! このゲンガオゾの全高は17m! 初代ガンダムは18mだからそれよりは小さいんだけれど、当時のMSはどれも15m級の小型MSだったから、その中ではかなりの大型MSなんだ! 武装も特徴的で、ビームメイスは伸縮自在、背中のマルチプルビームランチャーは、背中のバックエンジンユニットにあって、これを分離させて遠隔操作しながら砲撃することも可能なんだ! パイロットはファラ・グリフォン。ザンスカールの強化人間で、鈴の形をしたサイコミュ増幅器を付けた、物語後半の強大な敵パイロット!」

「レヴィが特撮で言う幹部級、というものですね。遠近両用のトリッキーな機体は、扱うのに難儀しそうですが……使いこなせれば、隙のない理想的な戦いが出来ることでしょう。猫目というのも気に入りました」

 シュテルは次々とガンプラを手に取り、セイの解説を聞いて、あるものは棚に戻し、またある物は買い物カゴへと入れていく。また、シュテルの方から何か注文をして、セイがそれに答えて差し出していくこともあった。

 

「ところで……何か、炎を使った武装を持つガンプラは無いのでしょうか」

「炎……あぁ、火炎放射とかだと……やっぱりドラゴンガンダムや、シェンロンガンダムがおすすめかな? 両方共中国がモチーフになった機体で、どちらかというと格闘戦向けなんだけど、腕が竜の首のように伸びていくから、中距離戦だってこなせるんだ! 他には、そうだなぁ……ドートレスのバリエーション、ハイモビリティのファイヤーワラビーなら、火炎放射器を装備しているし……他にも変わりどころなら、『MSIGLOO2 重力戦線』の陸戦強襲型ガンタンクもあるね! 最もこれは対歩兵、対戦車用の武装だから、MS相手のガンプラバトルには役に立たないかもしれないなぁ。その分シェンロンガンダムの火炎放射は、それだけでMSを撃破してた記憶があるし、ドラゴンガンダムのドラゴンファイヤーも、どこかのゲームだとフェイロンフラッグより攻撃力が上だったりするから、相当の威力はあるんじゃないかな?」

「……分かりました。しかしこの二機……格闘戦が主体であるなら、私には少し扱いにくそうです。これなら、自分で武装を追加する方がやりやすいでしょう」

 

 ああでもないこうでもない、と二人の話し合いは更に加速していく。シュテルの注文に答えてセイがさらにガンプラを持っていき、いつの間にか二人の周りには、選ばれなかったガンプラの箱が山積みになっていた。

 シュテルはガンプラを選ぶのに、まるで車でも選ぶかのように細かく注文をつけていく。武装の一つ一つから、変形機能、特殊装備に至るまで。その「本気」さが、ガンダム好きでガンプラビルダーのセイには何より心地よく、だから自分も「本気」でガンプラを紹介し続けた。

 そして。

 

 

「ふむ……色々と考えましたが、これにしましょう……NRX-0013-CB、ガンダムヴァサーゴ・チェストブレイク」

 

 

 シュテルが選んだのは、暗い赤に染められたガンダム。作品内で「ゲテモノ」とまで言われたその外見は、悪魔を思わせる攻撃的なデザインだ。女の子の好むようなガンダムでは無かったが、それでも、「ザ・デストラクター」、つまり殲滅者を名乗るシュテルにとっては、逆に親しみさえ覚えてしまうほど、良いデザインに思えていた。

 

「『ガンダムX』のフロスト兄弟が乗っていた機体、ガンダムヴァサーゴの強化発展機かぁ……確かにいい機体だと思うけど、でも、どうして?」

「まずひとつ、トリプルメガソニック砲の大火力。そして、接近戦にも対応できるストライククローとビームサーベルの存在。クローを自在に動かせば、オールレンジ、でしょうか、多方面からの攻撃も可能であること。そして、マイクロウェーブ受信用のリフレクターの存在です」

「でも、サテライトランチャーは、兄弟機のガンダムアシュタロン・ハーミットクラブがないと……」

「大出力の使い道は、別に砲撃だけではないでしょう? 私なりに、使い方を考えてみますよ。それが、ガンプラ作りの、醍醐味の一つ、なのでしょうから」

 

 シュテルの言う通りだ、とセイは感心した。

 機体の設定をきっちり調べて、アニメや漫画準拠の機体を仕上げたり、あるいはIF設定を組み込んだマニア心くすぐる機体を創作したりするのも、勿論楽しみの一つだが。自らのセンスを全開にしたオリジナルガンプラを組み上げたり、はたまたこれがガンプラか、と言うべき度肝を抜くような機体を作ったりと、無限の選択肢の中から、「自分だけのガンプラ」を作ることこそ、ガンプラ作りの一番楽しい所なのだから。

 

「ふふ……それでこそ、ガンプラビルダーだね! 作る機体を選んで、これで、君も立派な、ガンプラビルダーの仲間入りだよ!」

「これからも、ご指導よろしくお願いしますね、先輩」

 

 微笑んでガンプラの箱を抱きしめるシュテルに可愛く「先輩」と言われ、セイは思わず照れて、もじもじしながら頭をかいた。

 

「あはは、先輩だなんて、照れちゃうなぁ、はは……」

 

 そんな二人の間の距離は、端から見ると、初対面のそれには到底見えず。どちらかと言うと、親しいパートナーのようにも見えてしまう。

 

――だからこそ、デジャビュを感じさせるような光景を、引き起こさざるを得なかった。

 

 つまり、イオリ模型店の外で、仲睦まじく見える二人の様子を、嫉妬全開の目で見つめる少女がいたのだ。

 

 

「イオリくん……あんな小さな女の子と仲良くして……もしかして、本当はあんな、小さい女の子が好きなのかな……」

「いや、流石にそれはねーだろ……」

 

 

 コウサカ・チナ、そしておまけのレイジ。

 立ち入り難い雰囲気の店内へ入るに入れず、入り口で立ち往生を食らっていた二人にセイが気づくのは、積み上げた未採用のガンプラを片付けて、すっかり会計を終えた後だった。

 


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