リリカルビルドファイターズ   作:凍結する人

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漢二人、決戦!(Ⅱ)

 カタパルトから飛び出した量産型νガンダムType-A's。そのツインアイからの視界を映していたモニタが、突然ピンク色に染まった。エラーではない。νガンダムの放つ大出力ビームが、量産型νを狙撃しただけのことだった。フィールドの真ん中に生成されたまま仁王立ちしているνと、出撃したばかりの量産型νA'sの距離は大きく離れている。しかし、放たれたビームはほとんど減衰すること無く、クロノとその愛機を襲った。

 

――これはね、νガンダムのビームなんだ。音圧が凄いし、ほら、あそこでレズンが援護の艦隊か、って言ってるよね? つまり敵からは戦艦並みのビームに見えるってことなんだよ。

 

 クロノの脳裏に、ふとそんな言葉がよぎった。あの時は画面越しに横から見たが、正面から見ると尚更よく分かる。なるほどこれは戦艦並だ。一機のMSが撃つには強すぎるビームだ。

 しかし、こんなものがあるのは分かりきっていた。クロノだって、作業の合間にもう何回、逆襲のシャアを見たか覚えていない。敵もガンダムが好きならば、当然原作を脳裏に焼き付かせているはずなのだから、アニメを見ることが敵を知ることになる。

 だから、量産型νA'sは機体を大きくローリングさせて、先制の狙撃を回避出来た。そして、背部スラスターの出力を上げ、星の光が瞬く宙域を疾駆する。その姿を他所から見れば、まるで黒い流星、のようにも見えて、白く佇むνガンダムと対にも見えるだろう。

 νも更に二発、三発と撃ち続けたが、一度種の割れた手品は尚更通用せず、全てがあっさりと回避されていた。

 

「へぇ……」

「どないや? 家のクロノくんは」

「凄いじゃない。あれだけ出力の高いじゃじゃ馬を飼いならすだなんて」

「いくらじゃじゃ馬言うても、自分で作ったものやしね」

 

 一連の手際を見て、感心したように呟くのがアリサ、これあるかな、と満足気に頷いたのがはやてだ。二人とも、何年も前からガンプラとガンプラバトルに熱を上げてきた少女である。νガンダムの大出力が確かな出来に裏付けられているのも、機体のピーキーさを物ともせずに操るクロノの操縦技術やガンプラへの習熟度の高さも、手に取るように理解できていた。

 

「早い!」

「うわぁ、すっごーい……」

「お兄ちゃん!」

 

 彼女たちとは僅かに年季の差があるものの、すずか、なのは、フェイトにもその凄さは理解できる。特にフェイトなど、自分と同じくらい高機動の戦闘スタイルを取っている兄の姿を見て、胸が高鳴る程の嬉しさに浸っていた。

 

 その内に白と黒、互いの距離はロングレンジからミドルレンジにまで近づいた。ここまで来ると量産型νも敵を有効射程に捉えているようで、更に接近しながらライフルを構え、一気に四発連射した。それは通常のビームとは違い、紫色が凝り固まったような色をしている。とは言え出力的には通常と変わりないのだから、自分の弾の色を分かりやすくするための処置だろう。

 一発目、νは微動だにせず、ビームも大きくそれた。

 二発目、今度はもう少し近く、要塞の表面に弾着し、岩肌を焦がす。

 そして三発目、ついにνが動いた。その移動先を狙い撃った四発目をも纏めて回避し、返す刀でライフルを三連射。

 そのどれもが寸分狂いなく量産型νA'sのシルエットに吸い込まれていくが、再びスラスターと四肢を動かして今度は真横へ回避。

 そのまま両者、中距離での射撃戦へと移行して、円を描くような機動を取りながら間合いを維持しつつライフルの撃ち合いになった。

 

「よし……来い、そのままだ」

 

 クロノとしてはまずこれで、第一目標は達成。といった所だろう。大火力と高機動、どちらかを選べば高機動と言えるType-A'sの本質を活かすには、何はなくとも広い宙域で相手のマニューバを圧倒するしかない。

 とはいえ、肝心の機動性がνガンダムを上回っていなければ、この勝負だって段々押し負けていき、敗色濃厚となるだろう。

 しかし、Type-A'sの強化された機動性は、νのそれに優っているようにも見えた。

 何故なら、互いにもう十数発ほどビームを撃ち合っているが、量産型νにはかすり傷一つ無く。対してνガンダムにもダメージは無いが、そのシールドは所々焼け焦げているからだ。つまり、クロノはホワイトデビルのνに、有効なダメージを与えられている、ということになる。

 初戦の防戦一方な展開と比較すれば、これは大きな成長と言えるだろう。

 

「男子三日会わざれば」

「刮目して見よ、だな」

 

 クロノの直ぐ側で固唾を呑んでいるユーノとザフィーラの言葉の通り、初戦からこの再戦の間は三日間。アマチュアがプロフェッショナルに成長するには余りにも短い期間だが、それでも、少年がガンプラファイターになるには十分な時間だった。

 

「やるな……だが!」

 

 漢二人の賛辞に続き、ホワイトデビルからの言葉も、彼の成長を認めている。しかしそれはあくまでも余裕に満ち、自らの勝利を疑っていない、上からの賞賛だった。

 νガンダムの背中のラックから、ニュー・ハイパー・バズーカが外され、ライフルとは逆の左腕に抱えられる。それはかつて、一年戦争でガンダムが持っていたハイパー・バズーカの正統進化。そこから撃ち出された弾丸は、弾速こそビームより遥かに遅いものの、破壊力は大きい。そう判断したクロノは、機体を傾けて避けようとしたが。

 

「……くっ!?」

 

 量産型νA'sの遥か前で、弾頭は炸裂。それ自体は何の破壊力も持たなかったが、しかしその後に、大量のベアリング弾がばら撒かれる。散弾だ。

 これにはクロノも意表を突かれた。ニュー・ハイパー・バズーカの弾倉は、例えばガンダムMk-Ⅱのバズーカのようにカートリッジ式ではなく固定式である。それに散弾を詰め込んでいる、というのは、バズーカの破壊力というメリットを考えれば、少々大胆に過ぎる。

 だが、そうこう考え続ける暇はない。確かに散弾の破壊力は低いが、それでもダメージは蓄積するし、シールドを持たないのがType-A'sなのだから、出来るだけ被弾は抑えなければならない。

 クロノはやむを得ずコンソールを大きく動かし、間合いを維持する円軌道から外れて散弾を回避した。しかしバズーカの弾頭がまた、続けて三発。どれも広範囲に散らばる散弾式だ。

 量産型νはそのどれもを紙一重で回避したが、しかし機動は乱れていて、そこにホワイトデビルの付け入る隙が生まれてしまう。

 

「ふっ……」

 

 νガンダムの指が不自然に折りたたまれ、そこから飛び出してきたのは小さな実体弾、ではなく、そこから膨らんで機体と同じ大きさになるダミーバルーンだ。

 量産型νの視界が、丸みを帯びた人型の風船に塞がれてしまう。もしかしたら、低威力の機雷だって仕掛けられているかもしれない。クロノとしては勿論纏わりつくバルーンから離れたかったが、その為には最大限に加速する必要がある。

 しかし、先程の散弾を回避する為に、出力増強のためのブーストゲージをほぼ使いきってしまっていた。再び加速するためには、しばらく時間を置かなければならない。

 

「ちぃっ……!」

 

 止むを得ず、クロノはバルカンでバルーンを迎撃する。案の定機雷が仕込まれていたようで、爆風が起き、モニターもレーダーも一瞬使い物にならなくなってしまう。

 その隙を見逃す、ホワイトデビルではなかった。

 爆風もまだ晴れない内に、最大出力までチャージしたビームライフルが放たれる。遠距離でも全く減衰しない程の威力を持ったそれは、真っ直ぐにクロノの量産型νへと向かって、直撃することはもはや疑いなかった。

 

「クロノくんっ!」

 

 なのはの悲痛な叫び。あれほど大威力のビームをまともに受けてしまっては、いくらカスタムされたガンプラでもひとたまりもない。自らも砲撃型のなのはだから、その脅威を誰よりも深く理解できて、だからこそ叫んだのだろう。5日間のクロノの頑張りがこの程度で終わってしまうのかと思って、悲しい気持ちになったのかもしれない。

 

 しかし。ビームはただ爆風を押し退けただけで、更なる大爆風を引き起こさない。

 何故だ、間違いなく直撃したはずだ。その場にいる誰もがそう考え、驚きながらもバトルシステムへ目を見張っていた――はやてと、ユーノ、そしてザフィーラ以外は。

 

「あれは……!」

 

 最初に気づいたのはやはりアリサである。続いてすずかにフェイトも気付き、胸を撫で下ろす。

 

「アリサちゃん、どういうこと!?」

「よく見なさい……量産型νの右腕よ」

 

 とっくに撃破されている、と疑わなかったなのはだけが遅れたが。肘を曲げて掲げられている量産型νA'sの右腕、そこに括りつけられている発振器を見てはっと気付き、破顔した。

 

「あれって……Iフィールド・ハンド!」

 

 それは、量産型νガンダムが設計され、νガンダムが活躍した時代よりも遥か後。

 UC0133年、『機動戦士クロスボーン・ガンダム』で描かれた木星帝国と宇宙海賊クロスボーンバンガードとの戦いの最中、設計された特殊兵装。

 XM-X3クロスボーン・ガンダムX3の両腕に搭載されている、小型のIフィールド発生装置だった。

 

「……ほう……」

「分かったか! これでビームは通じない! そして!」

 

 反撃のビームライフル。一直線に伸びる光条はやはり容易く躱されたが、これで再び、互角の射撃戦となる。

 いや、むしろこの状況はクロノに有利だ。ビームライフルの全力射撃が防がれるということは、それより威力の小さい連射など通じるはずがなく。従って攻撃は、散弾のバズーカのみに絞られてしまう。これではいくら当てようとも、致命傷には至らない。

 対するクロノは、直撃さえすれば有効なビームライフルが使える。この現状に、ギャラリーの少女たちは揃って沸き立った。

 

「やった、クロノくん! そのまま行っちゃえ!」

「お兄ちゃん、頑張れ!」

 

 なのはもフェイトも握った手を挙げて精一杯に応援する。一方、すずかは彼女たちより冷静に、クロノの戦術を分析して、感嘆した。

 

「シールドを持たない代わりに、これで防御を補うつもりだったんだ……最初の狙撃を回避したのは、この間合に近づいて、ビームの打ち合いにもつれ込ませるまで気付かせないための……」

「ええ。しっかし、よく取り付けたもんだわ」

 

 そして、驚きそして喜びながらも、アリサは更にその欠点まで考察する。

 

「確かにX1フルクロスみたいな、発振器だけ外部に移植できるっていう前例はあるんだけど……まさか大型MSに取り付けるだなんて」

「どういうこと?」

「結構無茶な改造かなって。もしかするとあれ、デメリットだらけなんじゃない?」

 

 アリサが指摘した通り、このIフィールドハンドには無理やり取り付けた反動として多くのデメリットもあった。

 まず、発振器の効果範囲だ。本来小型MS向けの装備なのだから、量産型νの大きなサイズを全てフォローできるはずはない。だからこそ、あの時右腕をビームに向けて掲げたのだ。

 

「それにこの発振器、よく見ると……ほら」

「ホントだ、これ、片腕にしか取り付けられてない!」

 

 すずかの言葉に、なのはもフェイトも顔色を一転させて硬直する。

 アリサと付き合って数多くのガンダム作品を見て、そして読んできた二人には、その事実がどれだけ重大な欠陥なのかすぐに理解できた。

 

「じ、じゃあ、冷却時間が……」

「120秒丸々使えないってこと……だよね」

「せやなぁ、確かにその通りや」

 

 青ざめながら聞く二人の言葉を肯定したのは、はやてだった。

 ここでいう冷却時間とは、ビームに対して完全無敵になれるIフィールドハンドの、唯一にして最大の欠点である。フィールド展開時間は105秒で、それを過ぎれば120秒間、強制冷却のため使用不能になってしまうのだ。

 これを補うために、クロスボーンX3はIフィールドハンドを両手に装備していた。それでも両側合わせて210秒の効果時間、その合間に15秒の使用不能時間が生じてしまう。だが、そこへ行くとクロノの量産型νA'sは片腕だけであり。105秒間の後に120秒の無防備が生じる。

 これでは無責任を通り越してもはや無茶であり、更には無謀と言わざるを得ないではないか。

 フェイトははやてを、まるで親の敵のような目で責めた。

 

「はやて……!」

「く、クロノくんが自分で決めたことやさかい、私は関係あらへんて」

「で、でも、でも……!」

 

 無茶な改造をどうして止めなかったの、という憤りがあるのだろう。それを抑えるはやての理屈は確かに正しいものだが、それでも抑えられないのが家族としての気持ちというものである。

 

「そこまでにしときなさい、フェイト。元々無茶しなきゃ勝てない相手よ、あのνガンダムは」

 

 窘めるアリサの一言。

 それは、クロノとホワイトデビルに元々ある実力の差を、簡潔かつ端的に表していた。

 並みのガンプラファイターなら、Iフィールドに意表を突かれた時の一撃で撃破されるか、そうでなくてもダメージを負うだろう。しかし、ホワイトデビルは慌てず騒がず冷静にビームを回避。そして今も、散弾バズーカをうまく使い、Iフィールドの効果時間内に勝負を決めようとするクロノの射線を反らしていた。

 そう、防いでいるのではなく、反らしている。そこが、ホワイトデビルの練達の表れだった。

 クロノが狙いを付けようとするタイミングを狙い、散弾を放つ。するとクロノとしては、どうしても回避せざるを得ない。ビームは防げても実弾は防げないIフィールド発振器は脆く、ほんの少しのダメージで壊れてしまう。

 一つ一つ考えればごく簡単な事だが、それを行うには相手の射撃タイミングを読み、弾数に限りあるバズーカを、正確に、一発の無駄もなく放たなければならない。

 それをやれるホワイトデビルは、大尉とどちらが上か。アリサは評価の物差しを最大まで伸ばさなければ、彼の実力を計れなかった。

 

「……そろそろ、か」

 

 スピーカーからそんな音声が聞こえたのと同時に、量産型νA'sの右腕で唸りをあげていた発振器が力を失い、冷却の白煙が上がる。すずかやアリサが冷静な思考から弾きだした真実を、ホワイトデビルは戦いながら、牽制という集中力の要る作業を行いながら見抜いていた。

 

(読まれていたか!)

 

 ビームはもう効かない、というハッタリを言っていたクロノだが、これではその意味もない。

 ならば、次にヤツが打ってくる手は。想像したクロノの頬に、一筋の冷や汗が流れる。

 

「こうも早く、こいつを使うことになるとはな……!」

 

 スピーカー越しの声に力が入る。それに応じて、νガンダムのコクピット付近で光が舞った。

 何の光。ガンダムについて、そしてνガンダムについて何も知らない人間が見れば、それこそ意味の無い光だが。知っている人間は思わず身を震わせてしまう。

 この光すら出せてしまうほどの作り込みが出来るなんて、半端じゃない――。

 

「だが、ここからだ。そしてここまでだ、若きファイターよ」

 

 νガンダムの背中には、以前の戦いと一つ違う所がある。バックパックの左側、サーベルラックとは逆の方向にくっついている、白くて分厚い板状のパーツ。放熱板のように見え無くもないが、普通に考えればどう考えてもデッドウェイトに見える。

 しかし、その板は端の方から順番に切り離され、それぞれが意思を持ち、宙へと解き放たれるように動き出した。やがて、5つにわかれた板の全てがコの字型に折れ曲がり、平行に面した板の合間でメガ粒子の光が充填される。

 これぞ、νガンダムの必殺兵器。初代ガンダムから、Mk-Ⅱ、Z、ZZと時代を経て、ついに実装された遠隔操作のサイコミュ兵器。

 ミノフスキー粒子による誘導兵器の無効化という枠から解き放たれ、変幻自在に相手を叩くその武器の名は。

 

 

「行け! フィン・ファンネル!」

 

 


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