リリカルビルドファイターズ   作:凍結する人

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休みの午前中をまるっと費やして書きました。


漢二人、決戦!(Ⅰ)

 クロノ・ハラオウン執務官の休暇が始まってから5日間。その最後の夜、海鳴市民会館の照明は消えること無く灯っていた。この日は通常夜間使用の予定が入らない日だったのだが、とある会社と団体、それから一人の少女の根回しによって、一ヶ月も前から使用予約が取られていた。

 そこで行われるのは老人会でも講演会でもない。男同士が魂を弾けさせる、熱い勝負。六角形のフィールド上でプラモとプラモがぶつかり合う、ガンプラバトルだ。

 

「……ヤジマ商事のプロジェクトとはいえ、よくもここまで」

「当然! 折角のガンプラバトルやさかい、何事にも本気でかからな!」

 

 ライトアップされた館内。計七個ものバトルシステムを連結させた巨大なフィールド。そして壁のそこかしこには垂れ幕まで用意されている。

 そこに書いてあることと言えば、『頑張れ真面目な執務官』だの『量産型νも伊達じゃない』だの。フザケているのかまじめに応援しているのかよくわからない標語ばかりだった。余りに絶妙すぎるので怒るに怒れないし、先に笑いが出て来てしまう。

 

「それだけやない! さらにぃ~……黒の応援団! カァムヒアァッ!」

 

 はやてが芝居がかった呼び声と同時に指をぱちんと鳴らせば、会館の入り口からチアガール姿にボンボンを持った少女たちが一斉に躍り出た。

 

 一番、顔をとても赤くしながらも、一生懸命に笑顔を作るフェイト・T・ハラオウン。

 二番、何故かとてつもなくノリノリな高町なのは。多分本気で応援してくれているんだろう。

 三番、こちらもお祭り騒ぎな雰囲気に合わせてはしゃいでいるアルフ。

 四番、はやてと同じくらいニヤついた顔で此方をからかうアリサ・バニングス。後で〆たい。

 最後に五番、困ったような笑顔で、皆の三歩後ろから付き添う月村すずか。

 

 彼女ら全員が黒と青で整えたチア服を着こみ、それぞれ込める想いは違えど一斉に、

 

「フレー! フレー! クロノく~ん!」

 

 なんて大声を上げてくるものだから、クロノとしてはもう頭を抱える他にはやることがない――

 

「……出ろ、ユーノ」

 

 訳でもないようだった。

 やり返すようにクロノがパチンと指を鳴らせば、何処からともなくユーノが現れ出る。その両手で持っている鍋の中身は。

 

「はい、激熱おでん一丁上がり」

 

「ちょ、ま、あかぁん! みんなストップ、ストップ! 私の舌が死ぬ!」

 

 と、まぁこんな感じの茶番はいつしか終わり。

 試合前の腹ごしらえがてら、集まった皆でおでん(ちなみに激熱というのはハッタリである)をつつきつつ、次に行われたのはクロノへのインタビューだった。

 小学3年生と言っても女の子。あの堅物なクロノがガンプラを始める、なんてセンセーショナルな話には皆興味津々なのであり、だからはやてのおちゃらけた計画にわざわざ参加したりもするのだ。

 

「それにしても、あのクロノさんがガンプラを始めるなんて」

「意外だったかい、アリサ?」

「いえ、その年なのにどうしてガンプラにハマってないのかって。逆にそこが不思議でした」

「なに……?」

「大体今まで生きてきて一回もガンプラ触ったことがないなんて、確実に人生損してますから!」

「あ、アリサちゃん! 言い過ぎ言い過ぎ」

 

 年上相手に敬語を使いながらも、アリサの指摘は遠慮がない。すずかが止めても構わず、いかにガンプラが素晴らしい物か熱弁を振るおうとしていた。

 彼女は魔法のことやクロノの職業も知っているのだが、それでもやはり、彼女の中での14歳男性はガンプラにハマって当然どころか、そうでない人間など信じられない、という認識なのだ。

 流石、なのはとすずかにガンプラを教えて、海鳴少女のガンプラ好き、その源流の一つとなった少女は違うな、とクロノは妙に感心した。ちなみに、もう一つの源流はおでんのトラウマを抉られ未だ頭を抱えている関西少女だ。

 

「はは……縁がなかったからね。でも、ここまで来てやっと気付いたよ。ガンプラって、凄い楽しい物なんだな」

「妹が熱中するわけだ……ですよね!」

「そういうことになる」

 

 すずかの言葉にちら、と自分の妹を見れば、恥ずかしそうに目線を下げながら、嬉しそうにはにかんでいた。その手を取って、彼女の喜びを理解するのは高町なのはだ。

 

「フェイトちゃん、良かったね! これでたくさん、クロノくんと一緒に遊べるね!」

「う、うん……嬉しいよ、なのは」

 

 フェイトの喜ぶ様を堪能してから、なのははクロノの方へ振り向いて、自分もフェイトと同じくらいに華やぐにこやかさを見せた。

 

「クロノくん、私もクロノくんと、これからガンプラバトルいっぱいやりたいな。いいよね?」

「ああ、いいとも」

 

 こういう純真な笑顔を見つめると、一年前の自分なんかは度々赤面していたな、と言う甘酸っぱい思い出がクロノにはあった。

 しかし、この一年間で彼女の眩しいほどの明るさにも慣れたらしく、クロノはあくまで「年上のお兄さん」を崩さずに落ち着いて接することができていた。これも成長なのだろう。

 

「で、クロノくんのガンプラって……量産型νガンダムだよね! 見せて貰ってもいい?」

「あ、私も見たいです。はやてちゃんから聞いたんですけど、ついさっき完成したんですっけ」

「そうそう、ねえ、見せてくださいよ!」

 

 そして、なのはらのような可憐な女の子に、このような興味津々、キラキラ光る瞳に望まれたら、なんだか断れる気がしないのが今までのクロノだったが。

 

「それなんだがな……試合が始まるまでは内緒、だ」

「えぇぇー!」

 

 こうして断ることも出来、不満気ななのはがぷくー、と頬を膨らませて文句を言うのにも、今ではすっかり耐えられるのだ。

 最もこの後、なにかウズウズしているフェイトにまでおねだり戦線に参戦させられたらどうなるかは分からないが。というか、まず間違いなく負けてしまうだろう。

 

「何や何や、クロノくんのけちんぼぅ」

「君は手伝ってたじゃないか!?」

「クロノ、うまい! 君いいツッコミ役になれるよ!」

「……ユーノ、それは褒めているのか? それとも僕にはやてと同レベルになって欲しいのか?」

「その言い草、酷すぎやあらへん!?」

 

 漫才じみた遣り取りで笑いが巻き起こり、クロノはどうにか追及をそらすことが出来た。

 

「クロノ執務官」

 

 そんな、穏やかさに溢れる少年少女達のやりとりに、割って入る狼が一匹。アリサとはやてが目を輝かせ、その青い毛並みに密着するのにも構わず、クロノに告げる。

 

「どうやら、向こうの用意ができたようです。シグナムから、ヤジマ商事の職員が、いつでもバトル可能と言っていた、と」

 

 恐らく、遠隔操作で操っている側の人物やそのサポートスタッフのことばを、シグナムの念話経由で伝え聞いているのだろう。クロノは鍋に残った茹卵を飲み込むと、

 

「分かった、すぐに行こう」

 

 と言って、5日前より少し大きめになったバッグを肩に背負い、バトルシステムのある会館中央へ向かった。その横にユーノもくっついていく。

 

「頑張ってクロノくんー!」

「お兄ちゃん、頑張って!」

「私が手伝ったんや、負けたら承知せぇへんで!」

 

 なのは、はやて、フェイトが口々に応援し、アリサやすずかも手を振ってくれた。有難いことだと、クロノも笑って手を振り応じた。

 少女たちのいる場所からバトルシステムまでの距離はごく短い、十数歩も歩けばGPベースをセットできる距離。しかし、彼女たちはその短い道のりを、まるでリング入り前の花道のように感じているらしく、歩みゆく男の背中に追い縋ったりはしなかった。

 そう、これは正真正銘、漢の戦い。ガンプラバトルの楽しさは男女ともに変わらないが、男同士だからこそ感じられる、ピリピリとした雰囲気が辺りを覆っている。それを、誰もが感じていた。

 

「で、クロノ……勝ち目はあるのかい?」

 

 ユーノの言葉は単純な問いかけだが、聞いただけで分かる無形の信頼で溢れていた。彼も5日間、ガンプラ選びや初めての戦闘だけでなく、クロノの特訓と、ガンプラ製作にもほぼつきっきりでだった。だから、分かるのかもしれない。

 

「当然だ。僕は勝つ」

 

 クロノの心に負ける気なんてさらさらなく、それどころか自分の勝利を確信していることが。

 『ホワイトデビル』の脅威を間近で感じ、更には自分の機体を両断されたユーノの視点から見れば。この一言は無謀という程ではないにしろ、やはり言い過ぎの部類に入っているだろう。

 プラフスキーで精製された機体からでも分かる製作技術と、クロノを完全に翻弄した操作技術、そしてこちらの戦略を完全に読んできた頭脳。どれを取っても、ずぶの素人の5日間の努力だけでは、敵うわけがない。

 そう、努力だけでは敵わない。では、後はどうすればいい?

 その答えは、クロノがこれから取り出すガンプラに詰まっているはずだ。

 

「……改めて、見せてもらうよ。クロノの頑張りと……知恵と戦術、そして想いを」

 

 ユーノの一言に、クロノはこくん、としっかり頷いて。

 

 そして、バッグの中から自分の5日間の結晶ともいうべきガンプラを取り出した。

 

「……これが」

 

 後ろで見つめていた少女たちは、その姿を見た途端、揃って静まり返った。

 

「クロノくんの……ガンプラ」

 

 今までクロノの使ってきた量産型νガンダムは、設定画と同じく青を基調にしたカラーであったが。取り出されたガンプラの胴体は、クロノのBJの色に近い黒色に染まり、更に四肢は、僅かに紫がかったコバルトブルーで塗装されていた。携行しているビームライフルも青の二色ではなく、一律の灰色に塗り替えられている。

 無論、変わったのはカラーリングだけではない。基本的なスタイルこそ変わっていないものの、細部に目を凝らせばその様は大きく変化していた。例えば、腕部にあったスプレーガンは取り外されてその代わりに何やら見慣れぬ兵装がくっついているし、腰部には鈴なりのように連なる六角形のパーツや、折りたたまれたカッターらしきパーツがマウントされていた。

 更に、少女ばかりのギャラリーの耳目を一際集めるのは、その背中にある大型のブースター・ユニットらしき立体物だった。インコムコンテナを廃したバックパックの左右には、小さな翼部を併せ持つフレキシブル・スラスター。そして、中央下部から大きく突き出ている大きく細長い四角柱はプロペラント・タンクのようにも見えるが、それにしてもかなり巨大である。

 

「クロノさん、随分思い切ったわね……」

 

 アリサの一言こそが、この場にいる人間全員が抱く感想だった。

 そもそも、ガンプラを初めてたった5日の人間が、自機のオリジナル改造に取り組むこと自体一種の賭けというべきなのだ。その辺りは八神はやてと騎士たち、それからユーノの全面的な協力によりどうにか辻褄を合わせたようだが、それにしても、両手両足に新たな武装を追加しては重量が増し、量産型νガンダムという優秀な機体が持つ高度なバランスが損なわれてしまう。

 特に、背中に追加された2つのスラスターがなんとも危なっかしい。確かに推力向上は著しいだろうが、言い直せばそれは、操作性をかなり極端にさせるピーキーなカスタマイズでもある。初心者に勧めるべきチューニングではないし、やるべきことでもない。

 

「それに……シールドを外すなんて、大胆すぎるよ」

 

 自らの戦闘スタイルのことを忘却の彼方へ追いやったフェイトの独白も、皆が総じて思う所ではあった。しかし、なのはが言い返す。

 

「あんなに武装を追加したんだし、そうでもしないと、重量バランスを保てなかったんだよ」

「でも! シールド無しで敵の攻撃を支えきろうだなんて」

 

 フェイトに代わってそう言ったすずかの意見は正しい。モビルスーツの戦闘において敵の攻撃を凌ぐための防御は何より重要だ。だから、宇宙世紀のモビルスーツの大半は、何らかのシールドを装備している。重装甲で耐え忍ぶか、徹底的な軽量化により避け続けるという選択肢もあるが、しかしクロノのガンプラはそのどれにも当てはまらないバランス型だ。

 ならばシールドは必須であるはずなのに、どうして。

 

「当たらなければどうということはない。もしそうなら、自信過剰もいいところだけど……」

 

 口で辛い論評を出しながら、アリサはクロノを見つめ。その気迫に満ちた様子を確認した後、不敵な表情をしていたはやての方を向いて、問い詰めた。

 

「そうじゃないんでしょ、協力者さん?」

 

 昨日の夕方、クロノが八神家に息せき切って持ってきた山積みのガンプラ。そこから共にカスタムパーツを選別し、この日も日中まるまる製作を手伝ったはやては訳知り顔で答えた。

 

「まぁ、せやな。そこは見てのお楽しみ……やけど」

 

 そういうことなら、アリサも無理に問い詰めはしない。実のところウキウキしているのだ。僅かな日数であれほどカスタムされたガンプラを考案し、このバトルに間に合わせてきた、クロノ・ハラオウンという一端のガンプラファイターに。それは、彼女の親戚であるバニング大尉が若いガンプラファイターに向けるそれと、同じ物であったかもしれない。アリサはクロノより年下であるが、ガンプラバトルにおいては立派な先輩なのだ。

 

『Pleese set your GP base』

 

 システムメッセージに応じ、クロノは自らのGPベースを取り出す。その手先は、まるでいつもカード型のデバイスを取り出して戦闘態勢に移る時のようだった。

 嵌めこまれたベースに映しだされた機体形式は、ハイグレード、プラス、スクラッチ。既存のパーツだけでなく、八神家にあったジャンクパーツやプラ版を組み合わせていることの証明だ。

 

『Beginning Plavsky Particle dispersal』

 

 六角形が組み合わされた大型のバトルシステム、その中央からプラフスキー粒子が一気に広がり、バトルスペースと操縦用のスペースを構築する。その感覚を確かめるように、クロノは黄色い球体を握り、いくらか動かした。その手は接着剤と塗料で肌荒れしていて、所々に傷跡もあり、しかも長時間の練習によるテーピングまである。ギャラリーの少女たちも、クロノの泥臭い努力を見て取ったようで、思わず息を呑んでいた。

 

『Field 1, Space』

宇宙(そら)か……」

 

 バトルフィールドは宇宙。しかもただ何もない宙域が広がるだけでなく、その中央にはMSが内部で活動可能なほど大きい宇宙要塞が存在している。隕石を繰り抜いた形のそれは、宇宙世紀における地球連邦宇宙軍の要衝「ルナツー」を模しているようだった。

 

『Please set your GUNPLA』

 

 クロノは自分の愛機を手に持ち――瞬間、その姿を見つめる。

 

 これでいいのか、という迷いはもう消えていた。これでいい。僕も、僕のガンプラも、この短い休暇の中ではこれが精一杯。後は目の前にいる――要塞の真上で堂々と腕を組んで仁王立ちしている、憎いくらいにかっこいいνガンダムへ、『ホワイトデビル』へぶつけるだけだ。

 

「待っていたぞ」

 

 クロノがガンプラをセットした時、スピーカーから聞こえる声。それは最初からはっきりと聞こえている。男の声だ。

 分かっていた。初心者の戦いに堂々と割り込みをして、勝手に挑戦状を叩きつけていくような馬鹿げたことは、男にしか出来ない。

 それをまともに受け取り、こうしてリベンジに挑むのだって。

 漢の他には、一体誰が出来るのだろう。

 

「ええ、僕も待っていました……貴方を倒せるこの時を。貴方を超えるこの時を」

「ほう……」

 

 だからクロノは答える。

 コンソールを握り、それを通じて自分の量産型νに命を吹き込みながら。

 

 

「僕は貴方に勝ちたい……いえ、勝ってみせる! この『量産型νガンダム・Type-A's』で!」

 

 A's。その二文字の単語に秘められているのは、エースという言葉。

 相手でなく、自分こそがエース、つまり上であるという、確固たる宣言。

 ガンプラバトルを行うクロノの瞳に宿っている、子供らしく我儘で分を弁えていない、しかし誇りと熱に満ちた、永遠に消えない青春の炎。

 

「……良いだろう、来い」

 

 そして、大胆な挑戦を受け止めて放たれるのは、大いなる巌のような漢の叫び。その迫力と、威容から分かる。このガンプラバトルでは、クロノではなく彼こそが、本物のエースなのだろう。

 しかし、ならばクロノはエースに挑む。そして、エースになってやる。

 

「私と私のνガンダムが、伊達でないことを見せてやる!」

 

 狭くない市民会館に大きく轟くその叫びはクロノの身体を震わせたが、心はそれでも震え一つなく、これから始まる漢の決闘、ガンプラバトルへ燃えていた。

 

「クロノ・ハラオウン! 量産型νガンダム・Type-A's! 出る!」

 

 

 熱戦の火蓋が、今ここに、切って落とされる。

 

 




若者よ、今こそ旅立ち、踏み出せ遥か戦場へ。
次回もお楽しみに。

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