リリカルビルドファイターズ   作:凍結する人

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漢二人、決意

「……来るぞ! 飛べ!」

 

 相手の射撃を予感してそう告げたクロノの背筋には、嫌に冷たい感覚が走っていた。目の前で威容を誇るνガンダムを見た瞬間から感じていたうろたえが、射撃への鋭敏な反応という形になって現れ出たのだ。ユーノの耳朶に響いたその声の切迫は、いつも聞く任務中のクロノのそれと同じだから、すぐさまケルディムを後方へ飛行させ、大きく距離を取った。

 二人の回避行動の正しさは、直後に発射されたビームライフルの弾速、太さ、そして余りにも威圧的な音によって証明された。通常のビームライフルに、メガ粒子を纏めて一本の線として放つという喩えを適用させるならば。今νガンダムの放ったそれは、一本の線を何本も束ねて発射しているように見えるほど、大きくそして強い。

 

「なんて力……!」

 

 ユーノは言葉に出して戦慄したが、クロノも無言のまま、唇を噛み締め冷汗を流していた。近くを通り抜けられるだけで、機体を若干だが煽る程のビームだ。もし当たっていたら、半身が溶けて蒸発していただろう。

 改めて、ライフルを構えたνガンダムを見る。今まで出て来たハイモックとは機体自体がまるで違うのだが、細やかなモールド、繊細な塗装、そして、整ったプロポーションは今までクロノが見たどのガンプラよりも高い完成度を誇っている。

 バトルシステムが計測するのはガンプラの元になった機体そのものだけではない。機体の完成度や塗装の有無、独自の改造まで戦力の計算に入れるのだ。だからこそ、あれほど出力の高いビームライフルを撃てたという訳だ。

 

「だが……!」

 

 そんな、圧倒的な相手を前にして、クロノはむしろより闘志を刺激されたというように険しい顔をして、ユーノと通信を繋いだ。

 

「ユーノ、手を出すな。ここは僕がやる」

「無茶だよクロノ! それに、今のダメージレベルはBなんだ! もしやられでもしたら、折角作った君のガンプラが……!」

 

 ユーノは必死に止めてくる。その理由も、クロノには痛いほどよく分かっていた。本来このバトルシステムのダメージレベルはCに固定されており、つまりいくら機体が傷ついても爆発しても、ガンプラ本体には何らダメージが適用されない。しかし、システムへの介入でダメージレベルがBになったということは。軽度の損傷ならいざしらず、致命的なダメージを負えばガンプラにもかなりのダメージを負わせてしまうのである。

 友人を折角ガンプラに誘ったのだから、その初めての成果を壊して欲しくない、きっと、そう思っているのだ。クロノが一年前に出会い、なにかとやっかみあったりからかいあったりしていた金髪の少年は、なんとも優しい。そんな優しいやつだから、いきなり出会ったなのはにも信用されて、ジュエルシード集めやらなんやらに協力してもらえたのだろう。

 しかし。その気遣いは有難いが、それとこれとは話が別だ。クロノはあえてユーノの方向を向かず、今はただだんまりを決め込んでいる敵機から目を離さずに言った。

 

「システムに此方側から介入出来ない以上、僕らは逃げられない。フィールド外まで撤退した所で……あいつがそれを許すと思うか?」

「……思わない」

「だろう? だったらここでやるしか無いじゃないか」

 

 クロノはそれだけしか言葉に出さなかったが。実のところ、この勝負に乗るもう一つ大きな理由もあった。

 相手が、νガンダムだということである。アムロ・レイが最後に乗ったガンダムであり、連邦軍のMS技術の集大成と、サイコフレームという最新技術が織り交ざったその機体は、第二次ネオ・ジオン抗争において、八面六臂の活躍を見せた。そして、地球に落着するアクシズすら押し返し、世界に人の心という奇跡を見せてのけたのだ。

 そして、クロノが今操っている機体は、量産型ν。νガンダムの、量産型。量産型に対して、オリジナルで挑まれる。それは、あの機体を影から操っている存在に、所詮お前は量産型なんだ、と面と向かって言われるようにクロノには感じられた。

 なんとも、腹立たしいではないか、それは?

 

「僕が相手している間に、君のケルディムは撤退すればいいさ」

 

 そういう内心の激情をおくびにも出さず、ユーノを逆に気遣ってやる言い方。感情の振れ幅が深いから、クロノはかえって冷静に、そういう配慮をしている。

 

「そんなこと出来ないよ。君がやられた後に、悠々と狙い撃ってやる」

 

 そして、ユーノも撤退せずに踏みとどまる以上、戦いたいという願望の強さはクロノと同じくらいにあるのかもしれなかった。

 あくまで抗戦の姿勢を崩さない二機に、νガンダムはライフルとバズーカを一旦マウントし、開いた右腕を伸ばし。

 二人に手の甲を向けてくいくい、と手首を動かした。

 

『……マトメテ、カカッテコイ』

「なに?」

『フタリ、ドウジデイイ』

 

 カチン。

 二人、モニター越しに、互いを見合う。クロノの熟練したマルチタスクが二人一組で行える戦術を一瞬で取捨選択し、ユーノに念話で告げる。対するユーノも、それに応じて自機と僚機の状況に基づき、どれが可能でどれが不可能かを更に絞り込む。

 それぞれに幾つかの瞬間が過ぎた後。

 量産型νとケルディムはライフルを構え、返答代わりのビームをνへ打ち込んだ。

 

「舐めるな!」

「僕らだって!」

『……フフ、イイダロウ』

 

 悠々と回避するνだが、その程度は当たり前のことだ。

 二人の機体が明確な戦闘態勢へと移る。クロノが地面から飛び、前衛としてνに直接立ちふさがる。ケルディムは後衛として森の中へ退避し、陣取った。

 クロノは量産型νにライフルを両手で構えさせ、更に背中のバックパックにあるハッチを開き、そこから4つの丸い物体を射出した。量産型νガンダムの特徴的な装備の一つ、インコムである。準サイコミュ制御によりミノフスキー粒子下の戦闘状況でも誘導攻撃として活用可能なそれは、ファンネル程ではないにしろかなり自由度の高い動きが可能で、オールドタイプのパイロットにもオールレンジ攻撃を可能にさせる優秀な兵器だ。

 最も、ファンネルと演出的な違いが薄い、という理由でアニメーションで使われた例はさほど多くない。しかし今クロノの量産型νは、手持ちのインコム全機を一気に展開して、仁王立ちのまま微動だにしないνへと一斉に発射した。

 

『ホウ……!』

 

 ライフルも合わせて、迫る5つのビーム。無論νガンダムは全弾を安々と潜り抜け、逆に飛び上がって量産型νへ近づき、ビームライフルを撃ちまくって応戦してくる。しかしクロノにとって、そのくらいの技量は承知の上だ。なにせ自分から二人同時に挑んでくるのだから、それなりの腕前が無ければただの馬鹿というべきだろう。

 

『イイ、シャゲキダ……シカシ!』

 

 その技量の証明として、スピーカーの雑音に溢れた音声が唸る通り、クロノの射撃はその全弾が回避されている。それも、何一つかすることなく、装甲にちょっとの傷さえ与えられず。

 

「くぅ!」

 

 逆に、νガンダムが撃ち放つ反撃のビームは、そのほとんどが同じく避けられているものの、十発の内一発の割合で、クロノのシールドににかすり傷を作っていた。今のところは全てがシールドで受け止められているものの、この射撃戦が長らく続くとすれば、いずれシールドは破られ、今度は機体の急所に直撃弾を食らってしまうだろう。

 だが、クロノに取ってはそれでいい。むしろ、それくらいの状況こそが彼の望む所だった。

 射撃戦が無駄だと判断され、下手に距離を近づけさせられたり、または一旦体勢を立て直す為に距離を離されたら、クロノの戦術は水泡に帰すのだから。

 

『ドウシタ? ソノテイドカ? チカヅコウトセヌ、オクビョウモノ』

「なに。まだまだこれからさ!」

 

 敵の挑発にも乗ることなく、ひたすら、この中距離射撃戦の間合いを保ち続ける。その間にも、二人の戦う空間は段々と移動しつつあるからだ。

 

(……計算通りだな。これならいけるか)

 

 今のところダメージは自分の方が不利だというのに、クロノはなぜそう考えるのか。その理由は、量産型νガンダムの手数にあった。

 何故かこのνガンダムはフィン・ファンネルを携行していない。今までの高圧的な言い回しからすれば、手加減のつもりなのか。いや、もしかすると、地上ではファンネルが使えないという設定を、律儀に守っているだけなのかもしれない。、

 ともかく、今のνガンダムが使える射撃武器はライフルと、そしてバルカン、バズーカのみだ。その内のバズーカは、取り回しという点で近、中距離戦には不利なのか、背中にマウントしたままである。

 つまり、クロノ側はライフルにバルカン、インコム四基。νガンダム側はライフルとバルカンのみ。だから、手数においてはクロノの方が圧倒的に有利であった。

 それが何を意味するのかというと。

 クロノがνガンダムに回避行動を強要し続けられ、そしてオールレンジ攻撃の利点として、νガンダムの回避場所を自由自在に操ることが出来るのだ。

 その状況は、将棋で終盤、相手を詰めていく方法にも例えられるだろう。相手がどう逃げるかを予想して、先手先手を打ちその選択肢を潰していく。となると相手は悪手しか打てず、自分から詰みの状況に逃げこんでしまうことになる。

 今クロノが行っているのは、νガンダムを手ずから追い込み、詰みの状況を作り出すという戦術だった。

 

「くぅっ……!」

 

 だから、一旦地上に降りてビームを滅多打ちし、クロスレンジの格闘戦に持ち込もうとするνガンダムから必死に逃げる「そぶり」までやってのける。最も相手の圧力がかなり強いため、そぶり半分、本気で逃げているのが半分だが。

 

『サッキマデノ、イセイハドウシタノカネ?』

「……ちぃぃ!」

 

 そのまま、片手にサーベルを手にして追いかけてくるν。必死にインコムで迎撃するも、その勢いは収まることはない。ブゥン、と振られたサーベルが、量産型νの肩口にかすった。

 いつの間にか、クロノ側が追われる形にまで移行してしまった。流石にやるな、と冷や汗をかきながら、クロノはコンソールを動かし続ける。本当はもっと余裕を持って敵をおびき寄せるはずだったが、今や間一髪を連続させてかわし続けるのが精一杯だった。

 しかし、作戦自体は破綻してはいない。むしろ、向こうの移動対象が自分に固定されたことで、誘導するのが楽になったくらいだ。

 その時が来るまで、試合開始から三分から四分ほどだったろうか。必死に回避し続け、敵の目を離さないように攻撃もするクロノにとっては、濃密だが、あっという間に過ぎた時間だった。

 

(……そろそろだな。ユーノ!)

(分かってる。いつでもいいよ!)

 

 モニターを通じたアイコンタクトと念話。両方で互いの意思を確認し、策を発動する時を伺う。

 そして、猛烈な追撃にたまらずスラスターを全開にして飛び上がり、逃げ出そうとしたクロノを逃すまいとνガンダムも飛び上がった、その刹那。

 

「今だ!」

 

 二人の声が重なりあい、そして、νガンダムの真下から何本ものビームの光条が立ち上った。

 飛んでいる二つのνの真下にあるのは、大きな森。そう、ケルディムの伏せていた場所である。

 クロノのある種無謀な攻めも、それによる手痛い反撃や恐ろしい追撃を甘んじて受けたのも、全てはこのため。二人で挟み撃ちし、確実に仕留めるための布石であった。

 

『……!』

 

 これには流石のνガンダムも面食らったのか、おののいたように後退する。しかし、その程度で逃しては、折角クロノが身体を張って敵を追い込んだ意味が無い。

 

「逃さない! 行け、シールドビット!」

 

 ビームの弾幕を放つため、ケルディムの近くに遊弋していたシールドビットは、先ほどの戦闘で盾になったのを除いて計7つ。その全てが瞬時に移動し、νガンダムの退路を断つよう回り込んでビームを撃つ。それに呼応し、量産型νも振り返ったνの背中へ単発のライフルを撃ち続ける。

 

『コンナモノ……アタルカ!』

 

 回避は極めて難しい、ビームの包囲網。だが、νはその全てを見切り、最小の動きで回避した。その動きは正に、伝説として語られる白い流星であり、敵にとっては死を呼ぶ白い悪魔である、と呼ぶに相応しかった。ホワイトデビル、と自信満々に名乗るのも頷ける。しかし、その動きだって、クロノの想定の範囲内に過ぎなかった。

 要は、νガンダムを空中以外の場所へ逃さなければそれでいい。

 

『……!!』

 

 突如、νガンダムのバーニアから白煙が噴出される。浮力と推力を同時に失ったνは、そのまま無防備に落下していく。

 そう。いくら華麗に回避しようとも、その場は空中。高い完成度による高性能のお陰で長時間滞空してはいられるが、本来空中戦用のMSでないνに取って、空中戦はあくまでアウェーだ。

 難度の高く、精密な操作が要される回避を繰り返し行っていれば、スラスターはあっという間にオーバーヒートしてしまう。高い技量に、機体の限界がついていけなくなる。

 そしてその瞬間、機体は完全に無防備だ。

 

「やれ、ユーノ!」

「……狙い撃つ!」

 

 ケルディムが放った、スナイパーライフルの鋭い射撃はνガンダムの腹部を容易く貫通し。

 鮮やかな爆風が空中で花火のように瞬き、そして散った。

 

「……やった、か」

「うん、これで終わりだよ、クロノ……良かったぁ」

 

 自らも酷使したバーニアを焼き付かせて、クロノの量産型νが降り立ったのはユーノのケルディムの隣である。そのまま、互いの機体の拳を合わせ、勝利を祝った。

 

「案外、大したことなかったな……」

「まあね、ちょっと拍子抜けするくらいだけど」

 

 謎めいた登場を演出し、圧倒的な実力を見せた割には、いささか呆気無い退場だろう。しかし、2対1、それも現役の執務官が構築した作戦による、完璧な誘引と殲滅だ。どんなに腕が良かろうと、ガンプラの質が高かろうと、その作戦を見抜けなかった時点であのνガンダムに勝利は無かった。

 それが、二対一における、一機の方の限界であるのだから。

 

(……そう、完璧な作戦だ。でも)

 

 だが、クロノの心には何処かもやもやとした、霞のようなものが残る。

 もしあのまま、戦っていれば。自分のガンプラと操縦技術の全てを尽くして、あのνガンダムと一対一で戦いを繰り広げていれば。

 間違いなくクロノは負けるだろう。数分間の戦闘で、彼の量産型νはシールドを損耗し、インコムは残り二基。ライフルの残弾も尽きて、バーニアはしばらく使えない程焼きついているし、しかも左腕のマニューバに異常が発生していた。

 外見は無事だが、中身は満身創痍である。あれ以上タイマンでの戦闘を続ければ、あっさり撃墜されてしまっていたに違いない。

 

(でも、僕は……そうされたかったのかも、しれない)

 

 確かに、こうした作戦で相手に勝つのもガンプラバトルの醍醐味の一つだ。知略を尽くして、敵をトラップに誘い出して撃破する。それは確かに巧緻な楽しさに満ちているだろうし、強敵を小兵打ち倒すカタルシスに替わるものはない、という見方もできる。

 でも、そういう勝負は、クロノがいつもやっていることなのだ。

 小規模のテロリストに対して油断せずに殲滅を行うのも、艦隊同士の模擬戦で同程度の戦力と手の内を知った同士の真剣勝負を行うのも、大規模なロストロギア相手に援軍到着まで必死の遅滞戦術を行うのも。全てがクロノにとっては仕事の範疇であり、日常そのものだった。

 だから、ガンプラバトルという趣味には、そんなものは求めていない。

 

(……本当は、あいつの誘いなんか振り切って、一対一で戦いたかった)

 

 この状況でこそ、異変を打開するためにも作戦を立てて敵を打ち倒したのだが。クロノが本来求めているのは求めているのは熱い勝負。ただ勝つ為ではなくて、MSを自分の思うがままに動かし、その技量と完成度を極限まで比べあう勝負。

 そう、あの時プラモショップで見た、ザクとジムの稚拙だが燃える戦いのように。真っ向からぶつかり合うことこそ、クロノ・ハラオウンという少年が望むガンプラバトルではなかったのか?

 

「……」

「クロノ?」

 

 機体ダメージを反映して黄色く光る操作スペース内。そんな、どことなく空虚な気持ちの置き場を心中に求め、クロノは黙りこむ。その心情を慮ろうとしたユーノは、目の前のコンソールとバトルシステムから目を離し、ただクロノだけを見た。

 そこだけを見てしまった。だから。

 

「……え?」

『……ヤルヨウニナッタ……シカシ、マダマダダナ』

 

 撃破したはずのνがまだ生きていることに気付いたのは、操作系統から手を離され、無防備になったケルディムがビームの刃で真っ二つにされた後だった。

 

「そんな……!」

 

 GNドライブごと真っ二つにされたケルディムが爆発し、赤色の爆風と翠色の粒子光が舞い散る。そして当然、生き残っていたνガンダムの次の標的は、側にいるクロノと、量産型νだ。

 ユーノは叫ぶ。これほどの化け物じみた相手に、クロノはきっと敵わないから。

 

「クロノ! 逃げるんだ!」

「……っ!」

 

 クロノは慌てて丸いコンソールを握り直しながら、脳裏で激しく思考を巡らせる。

 あの挟撃から、ホワイトデビルは生き残っていた。しかし、どうして?その疑問は、νガンダムの武装を脳内でズラリと思い返した瞬間に氷解した。

 ダミーバルーンだ。

 敵の索敵を妨害する事を目的とした補助兵装で、本来は遠距離からの視認で敵の目をくらまし、兵装を無駄撃ちさせるためのものである。それを近くから誤認させたのならば、恐らくかなり精巧なダミーを搭載しているのだろう。しかし、もしそうなら、あの爆発は何によって起こったのか。

 答えは明白であった。今のνガンダムは、背中にハイパーバズーカを背負っていない。つまり、弾頭が満載されたバズーカを取り外してダミーとともに放り投げ、わざと派手に爆発させることでクロノたちを欺いた。恐らく、空中でのオーバーヒートも演技だったのだろう。あえて完全な隙を作ったように見せて、相手を油断させていたのだ。

 クロノは今度こそ完全に言葉を失った。一見完全に作用したはずの作戦が、すんでの所で読まれていて。そして今、勝利と敗北を分ける紙一重が、呆気無く引き裂かれていく。

 目の前にいる敵は、なんだ。クロノは今までそれを、なのはか、それともはやて辺りが騙っているものだろうと思っていた。しかし、いくら彼女らがガンプラバトルに才能ある身とは言え、こんな芸当が出来るかといえばどうしてもそういうイメージが浮かばない。

 あるいはシグナムか、それとも。いや違う。では、もしかすると……

 

『オチロ!』

 

 クロノが何かを考えていられるのはそれまでだった。

 νはそのままサーベルを両手に構え、じりじりと距離を詰めていく。バーニアを焼きつかせた量産型νは逃げられない。後ろを向いて逃げたところで、その隙を突かれて一瞬で撃破されるだろう。

 クロノは残弾ゼロのライフルを投げつけた。苦し紛れの行為はあっさり切り払われるが、その隙に残りのインコムを全て展開し、両腕のビームスプレーガンを構えて、どうにか敵の体勢を崩すため、弾幕を貼ろうとした。

 しかし、クロノがトリガーを引く前にνが右手の指から何かを発射する。それは左右に展開していたインコム二基に直撃し、その射撃と行動を封じてしまった。

 

「くそっ!」

 

 劇中終盤で、シャアの乗る脱出ポッドの動きを封じたトリモチランチャーである。急いでインコムを武装スロットから放棄し、スプレーガンのみで弾幕を貼ろうとしたものの。その瞬間にはνはもう、目の前まで迫っていた。

 

(やられる!)

 

 と覚悟した瞬間、クロノの感覚は逆に研ぎ澄まされ、周囲の時間が妙に遅く流れているように感じられた。だから、予め握っておいたビームサーベルをすんでの所で展開し、近づく凶刃を切り払うことが出来た。

 二つのビーム刃はそのまま僅かに鍔迫り合い、そして互いに反発して切り払われた。

 

「まだだ!」

『ホウ、イマスコシダケ、タノシメソウダ……!』

 

 量産型νは両手持ちしたサーベルを脇に構え、対するνも横に構える。

 森の中に訪れる、暫しの静寂。プラフスキーの起こす風が、二つのガンプラを撫でた。

 そして、先に動き出したのはクロノと、量産型ν。

 常識で考えれば、先に動いた方の負け。そういう戦いだったが。

 クロノの心は、身体は。動き出すことをごく自然に選択していた。

 

「はあああああああっ!」

 

 自分のガンプラと、それを操る自分自身への想い。

 その全てを込めて気合とともに振りかざされた一撃の、その行方は。

 

『……ッ!!』

 

 ホワイトデビルとνに、あっさり切り払われ、逆に両手を切り落とされる結果に終わった。

 そして、流れるようにνのサーベルが、量産型νの腹部、コクピットへ突き刺さる。

 

 爆発は起きなかった。最小出力に抑えられたサーベルで、MSの急所であるコクピットのみを焼き切らせ、動力である核融合炉に誘爆させなかったのだ。

 

 量産型νが力を失い、地面に倒れ伏せる。

 

 それをただ見下ろし、見つめる、νのツインアイ。

 

 

『Battle Ended』

 

 

 システムが戦闘不能を判定し、プラフスキー粒子が結合を解除する。激闘が繰り広げられた森林地帯は、まるでそれが泡沫の夢であったかのように消え行き、そして、プラフスキー粒子で構築されているνガンダムも、現れた時の逆回しで、はっきりとした像を失っていく。

 だがクロノには、それが完全に消え行く前に、いくつか伝えたいことがあった。

 

「……どうも、ありがとうございました」

「クロノ……」

 

 ユーノの目に映るクロノの顔は、敗者のそれにはとても見えない。むしろ勝者のそれより明るく、晴れやかである。いきなり割り込まれて、二人一緒にかかってこいとも言われ。こちらが立てた策を見破られ、その果てに一方的な敗北を喫してしまったというのに。

 

「僕に、こんなに熱い戦いをさせてくれて」

『……』

「はっきり分かったような気がします。僕のやりたいことが」

 

 クロノの目は、粒子に分解して空気に混じり、散っていくνと。

 多分、その後ろにいるだろう、ホワイトデビルをしっかと見つめていた。

 

「僕は、貴方に勝ちたい。今度は正々堂々と、一対一で、貴方を上回って、そして勝つ」

『……デキルカ?』

「出来るかじゃない。やるんです。僕は。僕と僕の量産型νが、貴方と、貴方のνに勝ってみせる」

 

 そう。いくら初心者だからって、いくら量産型だからって。

 エースに、そしてオリジナルに、負けるしか無いという道理は無いはずだ。

 

『……ふ、ふふ、ふふふ』

 

 不意に、ノイズまみれでないクリアな声が響いた。それは、嘲りの笑いではない。何かを喜び、そして祝っているような、暖かい笑いだった。

 

『楽しみにしている』

 

 その言葉を最後に、νガンダムは完全に消え、スピーカーの電源も消えてしまった。古ぼけたゲームセンターに、再び静寂が訪れる。クロノとユーノ、そして、ダメージを反映してボロボロになったケルディムと、量産型νがそこにあるだけだ。

 介入によるダメージレベルの上昇。しかし、クロノはそれをむしろ有り難く思っていた。直して戦えばそれでいい。そうしなければ、νには勝てないのだから。

 ユーノも、同じ気持ちを抱いているらしい。サーベルの傷跡がはっきり残るケルディムを握り、そしてクロノに目を向ける。

 

「付き合うよ。クロノ。元はといえば僕が原因だしさ」

 

 後ろの一言は余計だ、とクロノは笑った。どうせただの傍観者でも、手伝ってくれるくせに。ユーノはそういう、お人好しな人間だから。

 

「あぁ、頼む。勝つぞ、あいつに」

「うん、勝とう。あいつに」

 

 休暇は既に二日目。残り三日、クロノの予定ははっきりと埋まっていた。


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