陽の光が真上に来る少し前のことだ。
地上の勇者・アバンとその弟子・ヒュンケルと旅をすることになった魔界の呪怨王・ブラッドは太陽の輝きを受け白く浮かび上がるそれを見つけた。
「おお、あれが人間の町か!」
山脈と深い森に囲われるように作られた白い建物。
その中でも一際目を引くのは中央に佇む白亜の城であろう。
それこそがこのラインリバー大陸一の王国、ロモスの王城であった。
「アバン、ヒュンケル! あれは城か!?」
「……」
「ええ、ロモス王国の王城です。この国の王はとても温和な人物で、町もそれを表すように平和で豊かなところですよ」
「ほう。ただでさえ豊かな地上で尚豊かとは羨ましい……!」
アバンの解説にブラッドは感嘆の声をあげた。勢いよく振り乱される赤い髪がヒュンケルに襲い掛かっているが本人は気づいていないようだ。
というのもブラッドが現在、怪しさの塊であるフードを脱いでいた為である。
フードが必要でなくなったのは単にアバンが変身魔法(モシャス)を応用して魔族の証である耳を隠してくれたからだ。
変身魔法だが、通常このような使い方をする者は少ない。また、実際にできる者も少ない。
全身ではなく身体の一部だけ変化させるというアバンの器用さに、ブラッドは感心するばかりだった。
「もうすぐロモス王国の城下町です。今日は宿でゆっくり寝られますよ~」
「ほう、宿屋。それも楽しみだが是非とも町を見て回りたいな!」
「……俺はさっさと宿に行きたいです。人間の町なんか興味ありませんし」
興味を隠さないブラッドと、仏頂面を隠そうともしないヒュンケル。
実に対照的な両者にアバンは苦笑を浮かべる。
いかにも不機嫌です、と全身で主張している弟子の目線に合わせるように腰を落とすと、アバンは優しく声をかけた。
「ヒュンケル。貴方も町は初めてでしょう? 息抜きに思い切り遊びませんか?」
「遊びなんか興味ありません」
「遊び。人間の遊びとはなんだ? 賭博か?」
「ブラッドはちょーっと落ち着いてくださいね〜。あと、賭博はありません」
「なん……だと……」
アバンの言葉にブラッドは目を見開いた。心底から衝撃を受けたとでも言いたげな表情に、アバンは疑問符を浮かべる。
しかし次の瞬間、ブラッドはアバンの肩を掴み、前後に揺さぶった。
「賭博が存在しないというのか!? 地上……恐ろしい場所だ……」
「いや賭博の概念自体はありますから! 表だってやる人は少ないものなんです。強いて言うなら武芸大会の時とか、ぐらいですかね」
激しく揺さぶられながらも律儀に答えるアバン。その言葉に納得したようにブラッドは手を離した。
「何だ驚かせるな。うんうん、賭け事はやるよな。俺は一度も勝ったためしがないが!」
「それもどうなんだ」
ヒュンケルの冷静なツッコミが放たれる。
少年のじと目にブラッドは罰が悪そうに頬を掻くと、咳払いをした。
「とにかく、町だ町だ! 人間の娯楽がどれほどのものか知らんが楽しませてもらうぞ!」
「そうですねえ……平和的なものだと手品や大道芸、時期によりますが劇もあります。娯楽も様々ですよ」
「テジナ? ダイドウゲイ? ゲキ? よく分からないが面白そうだな」
「あ、手品は先日見せたものですよ。ほら、チンピラに花を出した」
「あれがテジナなのか」
ブラッドは不思議そうに目を丸くした。てっきり戦いにおける小手先の技とばかり思っていたのだ。
アバンはブラッドに肩を放すよういうと、白い手袋を身につける。言われた通り肩を放したブラッドは興味津々とした様子でその手元を覗き込んだ。
一方でヒュンケルは興味ないと言った風に顔を背ける。
しかし、時折動く視線がアバンの手元に興味を持っているのは明らかだ。
「ではここにありますはタネも仕掛けもない白い手袋です。今からこれを花束に変えて見ましょう!」
「そんなこと出来るわけないでしょう」
呆れたように言うヒュンケルだが、アバンはにっこり笑うと彼の頭を撫でた。
「どうでしょう、ヒュンケル。これは普通の手袋でしょうか?」
「……そうですね」
頭の上に乗った手を取ると、ヒュンケルは用心深く触れた。
脱がせたり、自分でつけて見たり、もう片方の手を見せるなど徹底的に調べると、にやりと笑いアバンに返す。
その様子を眺めながら、ブラッドは何が起こるのかと年甲斐もなく期待していた。
「ではお客様がご確認されたとおり、この手袋は極々普通の手袋です。
しかしあら不思議! こうしてこすって空に放り投げてみると!」
「あっ!」
ブラッドとヒュンケル、二人の声が重なる。
空に飛び上がった白い手袋からふわりと甘い匂いが広がる。
手袋はそのまま空中で回転すると、小さな白い花束に変化したのだ。
「おおおおおおおおおっ!?」
「う、嘘だ……さっきまで普通の手袋だったのに」
「ふっふっふ〜。どうでしょうお二方。これが手品というものです」
整った顔が得意げににっこり笑った。
アバンはそのまま落ちてきた花束を受け止めると、本物だと証明するように二人に差し出した。
二人、特にヒュンケルは半ば血走った眼つきで花束を上から覗いたり、中に手を突っ込んだり粗探しをしている。
ブラッドはそれを横目で眺めながら感心したように何度も頷いていた。
「……インチキだ! どうせ魔法で入れ替えたんでしょう」
「ふっふっふ、残念ながらタネも仕掛けもありません。なかなかどうして、面白いでしょう?」
「ふっ。これだけでは足らんな。俺を魅せたければもっと大掛かりな芸を見せるがいい」
「さっきまで興奮してた癖に……いたっ」
じと目で呟くヒュンケルを拳骨で黙らせると、ブラッドはにやりと口元をつりあげた。
では、とアバンはにこにこと笑みを浮かべたまま言った。
「こうしましょう。これより大がかりな手品というと、流石の私も準備が必要です。
そこで! 二人にはその間におつかいをしてもらいます」
「おつかいって何ですか?」
「そうですね~。頼みごと、にニュアンスは近いでしょう。今からお金を渡すので、二人にはあるものを買ってきてもらいたいんです」
アバンはそういうと、懐から絵の描かれた紙を取り出した。
ヒュンケルとブラッドはそれを覗き込み……すぐさま顔を顰めた。
「待てアバン。これは落書きじゃないのか」
「ブラッドに同感です。ミミズがのたくってるようにしか見えません」
そう。
羊皮紙に描かれていたのはまさしく何匹ものミミズが絡み合っているような絵だった。
色は付いていない。
あえて特徴をあげるなら、ミミズの頭らしき部分が全て上を向いている点だろう。
「そんなことはありませんよ! これはとある物品を正確に描いた絵なんですよー?」
「本当ですか~?」
眉間に皺を寄せるヒュンケル。アバンの言い分を明らかに信じていないようだった。
そんなヒュンケルとは対照的に、ブラッドはふむふむとしきりに頷いている。
……本当にこいつ大丈夫なのだろうか、とヒュンケルはふと思った。
そんな冷たい視線に気づかないまま、ブラッドはポン、と手を叩いた。
「謎かけというわけか!」
「いや違うだろう絶対」
「えーと……まあそういうことです! ブラッド、買い物の仕方は分かりますよね?」
「当然だ。魔界で買い物などしたことないが交渉なら俺に任せろ」
「……とてつもなく不安です先生。なあお前、街に来てから性格変わってないか?」
呆れた表情を浮かべるヒュンケル。そんな彼に対し、ブラッドは実にいい笑顔で言い切った。
「寧ろこれが本来の俺だ!」
「お前、本当に魔族なんだよな?」
不安げなヒュンケルの問いも尤もである。
ブラッドはふっと口元に笑みを浮かべると、太陽へと顔を向けて目を覆った。
「……近頃は呪いの処理と戦闘狂を叩きのめすだけでなく柄にもなく魔界のバランス気にしたりしてんのに周囲が喧嘩売るわで気の休まる時期がなかったからな。
遊んだって罰は当たらないだろう……?」
呪怨王は相当疲れているようだった。
なお現在は彼の親衛隊長である弟がその重責を担っているのだがそれは思考の彼方に放り捨てた模様。
一応地上に来た目的である冥竜王ヴェルザーの解放は忘れていないが、アバンの目がある以上今すぐにどうこうできる問題でもない。
別に問題を先送りしているわけではない。断じて。
遥か遠くを見つめ、意識ここに非ず。そんなブラッドの様子に、ヒュンケルは先ほどまでの不安の表情を掻き消し、憐みの表情を浮かべた。
「……なんていうかお前本当に何してる奴なんだ?」
「機密事項だ」
「ではこれがお金です。10ゴールドもあれば目的のものは買えるので、余ったら好きなものを買っていいですよ」
話が纏まったのを見て、アバンは30ゴールドの入った袋と絵を二人に渡した。
ブラッドとヒュンケルは再度ラクガキにしか見えないその絵を見て顔を顰めるのだった。
城下町に入ると、二人はアバンと早々に別行動となった。
何でも手品の準備のほかに今日の宿もついでに取るらしく、諸々の用意を済ませるようだった。
「では、はじめてのおつかいです。頑張って下さいね!」
そう言い残しあっという間に姿を消すアバン。
残されたヒュンケルとブラッドは余りの行動の速さに思わず顔を見合わせた。
「……あいつやっぱ変人だよなあ」
「……それだけは否定できない」
とはいえここで立っていても仕方ない。その思いを胸に、二人はロモスの城下町をあてどなく歩き始めた。
……のだが。
「石造りの建物が多いな。デザインは中々洗練されているようだ。こういうものを風情があると人間は言うのだったか?」
「……」
「おいヒュンケル! あれを見ろ、先ほどアバンが出した花にそっくりだ!」
「…………」
「おお、あれは酒場か。人間はどんな酒を造っているのか興味があるな。見に行かないか?」
「…………いい加減にしろ!」
ブラッドが何でもかんでも興味を示すので、それについていくヒュンケルの方が消耗していた。
もちろんヒュンケルとて初めてのロモスである。
それなりに興味はあるし、アバンの前では素直に言えないが見て回りたい気持ちだって多少はある。
あるのだが……それ以上にブラッドが自由すぎた。
外見年齢では青年と少年である二人だったが、どちらが保護者かと言われればそれは一目瞭然であった。
焼き芋の屋台に興味を示すブラッドを引っ張り出す。ただマントを引くだけの行為だが何度も繰り返しているヒュンケルにとってそれは耐え難い苦行であった。
「さっさとアバンの言っていたものを見つけるぞ!」
「お前真面目だなぁ。本当にうちの弟ソックリだわ。10ゴールド残しておけば好きなものを買ってもいいといわれているのだし、少しは気楽にいかないか? 疲れるぞ」
「大きなお世話だ。大体好きなものと言われても……」
ヒュンケルの脳裏に父の優しい笑顔が浮かぶ。
幸せだった時間を思い出し目尻が僅かに滲むが、ヒュンケルはそれを振り払いブラッドに向き直った。
「とにかく! 俺にはほしいものなんてない。だからお前が好きに使えばいい」
「おいおい、それじゃあ俺が悪い大人みたいだろうが」
ブラッドは手袋を付けたまま罰が悪そうに頭を掻いた。
そして、何かを思いついたようににやりと笑った。
「そうだ、いいものを買ってやる。ちょっと来い」
「はあ?」
ブラッドはそういうと徐に露店街の方へヒュンケルを引っ張り出した。
露店、と一口に言っても様々だ。
武器屋くずれや防具屋くずれのほか、恰幅のいい商人が薬草を始めとする生活用品を売っている。
かと思えばどこにでもありそうな石の欠けらを痩せ細った男が売っているものもあった。
初めて見るものばかりの光景にヒュンケルは目移りしながら露店を眺めていると、ブラッドは露店の隅へ向かった。
そこはなぜか周囲から孤立している、石ばかりの露店だった。
「おい親父。中々いいモノ揃えてるじゃないか」
「おお、アンタこれが分かるのか?」
「ブラッド。ただの石にしか見えないぞ」
そう言ってヒュンケルは指で石に触れようとするが、露店の主はそれを鋭く遮った。
「喝っ! うちの商品の良さが分からない者に触れる資格はない!」
「そうだぞやめとけ。この石どれも呪われてるから」
「はあ?」
あっけからんと言い切ったブラッドに、ヒュンケルは胡乱げな視線を向けた。その言葉が真実なら露店で売っていいものでないくらいは分かる。
しかし露天に並んでいるのはどこにでも転がっていそうな石の塊ばかり。とても信じられなかった。
「そういえばお前、魔法力からっきしだったな。ガキにはえぐいかもだが見てみるか?」
「……馬鹿にするな! 呪いなんか怖いわけないだろ!」
威勢良く啖呵を切るヒュンケル。そんな彼に苦笑を浮かべると、ブラッドはパチン、と指を鳴らした。
するとどうだろうか。
ヒュンケルの目には唯の石ころにしか見えなかった露店の商品が、禍々しいオーラを放ち始める。
墨をぶち撒けたような黒いオーラがゆらりと揺れる。そのままヒュンケルに向かって黒が伸びていくのが見えた。
「はい終わり」
ぱん、とブラッドが拍手を打つと、禍々しいオーラは忽ち消え去り露店は通常の空間へと戻った。
空気が変わるのを肌で感じ取り、ヒュンケルは思わず尻餅をついた。そこで息苦しさに気づき、自分が呼吸を忘れていたことに初めて気づいた。
「おーい、ヒュンケル? びびった? びひっちゃった?」
「……」
「無言で右ストレーぐっ!?」
とりあえず腹が立ったので元凶の腹を斜め四十五度からぶん殴り、ヒュンケルは一息ついた。
完全に油断していたブラッドはぷるぷると震えながらも「元気そうだなクソガキ……」と呟いた。
そんな二人のやり取りを見て店主は呆れたように呟いた。
「……お客さん、凄腕の癖に冷やかしかい?」
「違う! ちゃんと客だ! 店主、この紫水晶をくれ」
「へえ、お目が高い。2000Gで結構でさぁ。現金もしくは相応の対価でどうぞ」
「おい、2000Gなんか払えないぞ!?」
「慌てなさんな。ほら、対価だ」
「へっへっへっ……毎度あり」
店主とブラッドの会話についていけず、ヒュンケルは呆然と二人のやり取りを見送った。
店主はこれまたヒュンケルにはただの石にしか見えない手のひらサイズの塊を渡し、ブラッドは懐から袋を取り出し、それと交換する。
目の前で行われた真っ黒な取り引きに暫し呆然とするヒュンケル。
そのままブラッドに引かれ露店を後にすると、程なくしてハッと正気に戻るや否や、鬼のような形相でブラッドに詰め寄った。
「何をやってるんだお前は! 幾らなんでも怪しすぎるぞ!」
「アバンだって好きなもの買っていいって言ってたろ? あいつの金じゃないし問題ない問題ない」
「問題しかない……そういえば、あの真っ黒なのって……」
「呪いとか怨念とかそんなドス黒い奴で間違いないな」
「……その買った奴もドス黒いのか?」
「まあな。おい何故距離を取る。無害だってお前には。何故更に距離取るやめろ病原菌じゃあるまいし流石の俺も傷つく!!」
結局、ヒュンケルはブラッドから三歩離れたところで妥協した。
汚物のような扱いに流石のブラッドも不機嫌を隠さず眉間に皺を寄せるも、先程購入した紫水晶?をヒュンケルの前に掲げて見せた。
「よく見てろよ。アバンの真似事じゃないがな、これはこうしてやれば……」
手袋を取り払って握りしめる。するとその中から紫色の光が溢れた。
光はすぐに消え去る。それを見届けると、ブラッドはゆっくりと握りしめた手を開いた。
そこにはヒュンケルの目の色と似通った、紫色の美しい石が存在していた。
「解呪完了ってな」
「……!」
「どうだ、恐れ入ったか! このじゅ……でなくブラッドに取ってこの程度児戯に等しいんだからな、本当だぞ」
「……」
「……おい何故そんな残念な者を見るような目をする」
「いや、残念な奴だなと思って」
無言の拳骨がヒュンケルの頭に飛んだ。
じくじくと痛むたんこぶを涙目で抑えるヒュンケルの様子を横目で見て溜飲を下げたのか、ブラッドはガサゴソと懐から文様の描かれた小袋を取り出す。
そしてその中に紫水晶を入れると、それをヒュンケルの手に握らせた。
「やるよ」
「は?」
反射的にヒュンケルは手の中にある袋を睨みつけた。
全くもって必要ない、と全身からオーラを放ち主張するヒュンケルに対し、ブラッドは深く溜息をついた。
「こら、人の好意は受け取りやがれ」
「意味が分からない。というか、宝石なんて軟弱なもの貰っても全然嬉しくない。呪われてたし」
「だから解呪したというに……いいから貰っとけ。怒りやすい年頃にはぴったりの石だからな」
ひらひらと手を振り、ブラッドは露店街の外へと歩き出した。その姿をじと目で見つつ、ヒュンケルは手の中にある袋を握りしめた。
思い出すのは透き通るような紫だ。
いくら気に入らない奴からの贈り物とはいえ、捨てるのはなんだか勿体無い気がした。
ヒュンケルは小袋を腰につけた革袋に突っ込むと、焼き鳥屋の店主と話しているブラッドの背を目掛けて走り出した。
「結局この絵は何なんだろうな?」
「知るか」
再度渡された絵を見ながら、二人は焼き芋を頬張っていた。一つ5G、二つで10Gの焼き立てだ。
焼き鳥屋から引き剝がされたブラッドであったが、それから五分も経たない距離を歩いていたところ、二人の腹の虫が騒いだのだ。
時刻は既に正午を過ぎ、太陽は頂点からやや傾いている。
時間にして二時間ほど歩き回っていた二人の腹は既に限界だったのだ。
「……熱い。もそもそする」
「猫舌め。ちょうどいい焼け具合だろう! まあ俺もこんな芋初めて食べたが実に美味だ。
聞けば焼いた芋に軽く塩を振っただけとは……実に恐れ入った。地上羨まし過ぎるぞ」
「魔界ってどんな魔境なんだ……」
感涙するブラッドにボソリと呟くヒュンケル。
しかしブラッドは芋に夢中で聞こえていなかったようだ。
ふと「秋の名物はやっぱりこれ!実りの焼きロモス芋」と書かれた紙袋が目に入る。
ヒュンケルは己の手の中にある紫色の皮に包まれたそれを見て、もう一口噛り付いた。
「……。やっぱり熱いし甘い。これだったらアバンの料理の方がマシだな」
「呼びました?」
「っぐう!?」
唐突に現れたカール頭に、油断していたヒュンケルは思い切り噎せた。
既に芋を食べ切っていたブラッドは気づいていたのか、どこからともなく現れたアバンに片手を挙げる。
「お、準備できたのか?」
「オフコース! お楽しみは宿屋でお見せしますよ」
「げっほごほ……!」
「あららら、ちょっとおどかし過ぎちゃいましたか? ほらヒュンケル、水どうぞ。ゆっくりね」
「ぐ……先生! いつもいつも、変な登場しないで下さい!」
そう言ってヒュンケルが水筒を突き返すも、アバンはにこにこと満面の笑みを浮かべて受け取った。
不思議に思ったブラッドはアバンに尋ねた。
「なんだその笑顔は。こちらはまだ目的の品を探していないぞ」
「おやおやご冗談を。ちゃーんと、見つけてるじゃないですか!」
そう言ってロモス名物と書かれた紙袋を指差すアバン。
全く予想外の答えに、ブラッドとヒュンケルは顔を見合わせた。
かくしてはじめてのおつかいは終了した。
これは余談であるが、宿で披露されたアバンの手品は大層評判良く受け入れられたようであった。
無論、その中で最も野次を飛ばしたのは、赤い髪の魔族の青年だということは言うまでもないだろう。