「不平等ぅぅは悪ではない……。平等ぅぅこそが悪なのだ!
闘い! 奪い! 競い! 獲得せよ! 支配せよ! 宮廷闘争、大ぉぉいに結構!
その切磋琢磨こそが強き国を造るのだ! つまりはぁ~~……。このブリタニアにおいて、弱肉強食は国是であぁぁる!」
言うまでもないが、神聖ブリタニア帝国の頂点は皇帝。その政治体制は独裁である。
政治機関として、貴族による上院、市民による下院の二院制を持つ評議会に加えて、皇族と上位貴族による元老院も存在するが、皇帝の一存は全てにおいて優先される。
裁判も刑事、民事とあるが同様。例え、最高裁判所が白の判決を出そうとも、皇帝が黒と言えば、検事も、弁護も必要とせず、白は黒へと変わる。
もっとも、それは皇帝が持つ力の度合いによる。神聖ブリタニア帝国史において、評議会、元老院が皇帝より力を持った例が過去に何度もあり、これ等の傀儡とされる皇帝も何人か存在するが、現皇帝のシャルルは歴代五指に入るだろう圧倒的な力を持っていた。
「だぁぁが、しかぁぁぁし!
証拠は当然として、一片の疑いも残すのは、二流、三流がやる事! その様な凡愚は我が帝国に不要!」
所謂、『アリエスの悲劇』と呼ばれる事件より一週間。その捜査は難航に難航を極めた。
なにしろ、事件における唯一の目撃者がアーニャである。
凄惨な事件は幼いアーニャの心に多大なショックを与えており、捜査官達が調書を取ろうとする度、アーニャは当時の光景を思い出して怯え、泣き出してしまう有り様。
また、アーニャの『アールストレイム』家は伯爵位を持つ古くからの名家。手荒に扱えば、訴えられる可能性もあり、満足のゆく調査が難しかった。
そんな扱いに困る重要参考人を懸命に宥めて、落ち着かせ、あめ玉で機嫌を取り、やっとの思いで出てきた犯人証言が『ルルーシュ殿下と同じくらいの背の男の子』である。当然、捜査員達は混乱した。
しかし、シャルルのマリアンヌへ対する寵愛ぶりは有名。その寵姫を害した犯人が判らないとあっては、どんな不興を被るか、捜査員達は何が何でも絶対に犯人を見つけ出さねばならなかった。
その結果、朝一番で呼び出され、シャルルから直々に捜査状況の進展を問われた捜査責任者は、一週間も経っておきながら犯人の目星すら立っていないとは口が裂けても言えず、とある皇妃の名前を苦し紛れに告げてしまう。
シャルルの決断は早かった。それがでっちあげであると知りながら、皇族と上級貴族へ緊急召集を命じ、皇帝裁判の開廷を宣言。そこへ現れた該当皇妃を近衛兵へ命じて捕縛させた。
まさか、まさかの早すぎる展開に捜査責任者は焦った。今更、嘘でしたとは言えず、嘘の上に嘘を塗り固めた捜査報告を即興でねつ造して発表。今は玉座の前で片跪き、垂れる頭の下、自分の嘘がばれない事を祈りながら顔を青ざめさせていた。
「よって、シャルル・ジ・ブリタニアが告げる!
第18皇妃、クリスティアナ・デ・ブリタニアは皇籍を剥奪!
以後、クリスティアナ・ベーネミュンデは別命が有るまで、ピーリー島へ幽閉刑とする!」
「むーーーっ!? むーーーっ!? むーーーっ!? むーーーっ!? むーーーっ!?」
近衛兵2人によって、両腕を拘束された上に首根っこを掴まれ、強引に跪かされている女性。その口には口枷が噛まされていた。
そう、この瞬間から皇妃の地位と『デ・ブリタニア』の皇族家名を失い、嫁ぎ前の家名へと戻った彼女『クリスティアナ・ベーネミュンデ』は人身御供だった。
なにせ、事件が起きた現場は後宮。皇帝居住区の一角であり、何処よりも警備が厳しくなくてはならない場所。
事件が発生した事実だけとっても、皇帝の威信に傷がついたにも関わらず、その犯人が捕まらないどころか、解らないとあっては示しがつかない。世間が納得する何かしらの材料が絶対に、それも早急に必要だった。
その点、彼女は申し分ないモノを持っていた。事実、この場に集った者達も『彼女なら』と半ば納得していた。
それと言うのも、彼女は非常に嫉妬深かった。特にマリアンヌへ対する嫉妬は大きく、同じ心を持つ者達を集めて、決して小さくない派閥を宮中に作っていた。
そもそも、庶民出身のマリアンヌが第5皇妃、侯爵家出身の自分が第18皇妃、この序列に不満があった。
マリアンヌを下賎な女と常日頃から呼んで憚らず、侯爵家の出身と言う事もあって、力を後宮内外に持ち、度重なる嫌がらせをマリアンヌへ行っていた。
それこそ、当初は子供じみた悪戯や意地悪も最近では度を超え、息子のルルーシュや妹のナナリーにまで及び、目に余るモノが現れ始めていた。
当然、その行いの数々はシャルルの耳にも届き、寵愛を失ってゆく原因となり、そうした悪循環の末、夜渡りどころか、シャルルが彼女の元を訪れるのも絶えて久しく、当然の結果として、一度の妊娠にも恵まれていない。
ちなみに、ピーリー島とは、帝都ペンドラゴンの遙か北東にあるエリー湖の小島。
古くから皇族、上級貴族の流刑地で島全体が敷地となっており、島内なら何処へ行くのも自由。費用さえ支払えば、あらゆる物が手に入り、自分の屋敷を建てる事さえも許されている。
但し、手紙、電話、ネットなどのあらゆる通信手段の持ち込みだけは禁じられており、外部との接触は面会人との人づてのみ。それも指定した場所に限り、立会人を必要とする上に会話は全て記録される。
皇帝の恩赦がない限り、骨となる以外は島から出る手段は無く、一歩でも出ようものなら即射殺。この島への収監は緩やかな死刑と言えるものだった。
だが、この島へ収監された者は大抵が3年と保たず、自ら死を選び、島の共同墓地へ埋められる結果となって、二度と島の外へ出れない知られざる事実があった。
何故ならば、皇族や貴族というものは名誉を重んじるもの。余程の理由がない限り、とばっちりを受けてはなるまいとこの島の収監者を一族から絶縁する。
そうなったら、援助は受けられず、島での自由は買えない。日々の糧を得る為には労役を行わなければならず、それは優雅な暮らしをしていた皇族、上級貴族にとっては耐え難いもの。最後は毒を購入して自殺するのである。
余談だが、この結果を自分の嘘から作ってしまった捜査責任者は3ヶ月後に辞令を受けて、エリア10へ赴任。そこで憲兵総監の地位に就くが、官舎への帰宅途中、反ブリタニアのレジスタンス組織の襲撃に遭い、死亡する事となる。
「目障りだ! 早く連れて行けぇぇい!」
「むーーーっ!? むーーーっ!? むーーーっ!? むーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」
冤罪を突き付けられ、無罪を必死に叫ぶ元皇妃。
しかし、口枷が邪魔をして、言葉にならない悲痛な叫び声だけが謁見の間に響くのみ。
涙ながらにシャルルへ縋り付こうとしても、両脇を近衛兵に拘束されていては近づく事すらかなわず、ただただ身体を藻掻かせて、髪を振り乱すしかなかった。
最早、それは豪華なドレスこそ纏ってはいるが、顔は涙と鼻水、涎にまみれて汚れ、化粧は完全に崩れ落ち、元皇妃の姿とは思えない。
だが、その形振りを構わない努力は通じなかった。シャルルは逆に見苦しいと言わんばかりに溜息を深々とつくと、謁見の間出入口をビシッと指さしながら怒号を轟かせた。
元皇妃は今まで以上に藻掻き、髪を振り乱すが、やはり近衛兵の力には勝てず、両脚を引きずられて、謁見の間を強制的に連れ出されて行く。
「さて、ナナリーよ」
玉座から伸びる赤絨毯の先、大の大人が腰を入れて押さなければ、ピクリとも動かない巨大な謁見の間出入口の扉。
その扉が軋み声をあげながらゆっくりと閉まり、元皇女の泣き叫ぶ声が消え去り、静寂を取り戻した謁見の間。シャルルが皇帝裁判におけるもう1人の主人公を呼ぶ。
それと共に謁見の間にある全ての視線が一斉に出入口の扉から再び玉座の前へ。即ち、先ほどまで元皇女が居た位置の隣へと向かう。
「どうする? 不満があるなら言うが良い。
マリアンヌとルルーシュがこの場へ出られぬ以上、その権利がお前には有る。
あ奴の命も、あ奴の家『ベーネミュンデ』も、お前の思うがままよ。……さあ、どうする?」
だが、ナナリーはこの場へ立った時からずっと今も顔を伏せたまま。一切、何も耳へ入っていなかった。
それどころか、赤い絨毯へ縫い付けられた瞳はぼんやりと虚ろ。ちょっとでも押せば、そのまま倒れかねない危うさ。
しかし、それも無理はない話。一週間が経ったとは言え、まだまだ幼いナナリーにとって、あの夜の出来事は衝撃的すぎた。
幸いにして、ナナリーはあの現場を直接は見ていない。銃撃音に目は醒ましたが、使用人達の配慮と睡眠薬の眠気に負けて、すぐにまた寝てしまい、事件を知ったのは翌朝の事だった。
それでも、病院の集中治療室にあった母と兄の姿は惨劇の酷さを十分すぎるほどに物語り、ナナリーの心へ多大な衝撃を与えた。
この一週間、ナナリーは終始がこの調子。放っておけば、物を言わず、いつまでも椅子に座ったまま。自分からは食事を摂ろうともしなくなっていた。
「どうぅぅした。何故、何も応えない。
お前の母が、お前の兄が害され、あの様な姿になったと言うのに悔しくは無いのか?」
一呼吸、二呼吸、三呼吸、シャルルは心で数えて待つが、ナナリーからの言葉は何も返ってこない。
五呼吸目、元が天真爛漫だっただけに今のナナリーの姿に憐憫な心が生まれ始め、シャルルは強き皇帝としての仮面が剥がれかけている自分に気付き、心を落ち着かせる為、瞼をゆっくりと閉じて、深く大きく深呼吸した。
そう、息を吐き出す際、ナナリーの弱々しさに呆れ果てる様な溜息をこれ見よがしにして。
事実、謁見の間に集った者達はそう感じた。次の瞬間にでも放たれるであろうシャルルの雷鳴に身構え、謁見の間に漂う緊張感が増す。
「父上、お待ち下さい! ナナリーはまだ幼く……。」
その時、玉座の右側、皇族が列ぶ最前列の1人が前へ進み出た。第2皇女のコーネリアである。
シャルルの気性が気性故に許可を得ず、こういった場での勝手な発言は処罰の対象となる可能性が非常に高いのだが、もう居ても立ってもいられなかった。
コーネリアにとって、剣1本で身を立てたマリアンヌは憧れ。実母もマリアンヌと親交が深く、常日頃から家族ぐるみの付き合いをしており、ルルーシュとナナリーは実の妹であるユーフェミアと同様に守るべき存在だった。
しかも、コーネリアはアリエス宮の警備責任者。何故、あの夜の悲劇を防げなかったのかと誰よりも悔いていた。
この一週間、実母から言われるまでもなく、ナナリーの世話を買って出ると、周囲から少し休んだ方が良いと言われるほどの献身ぶりを発揮して、食事や着替え、入浴、トイレ、朝から晩まで1人を怖がるナナリーの傍らに付き、懸命に励ましていた。
その甲斐あって、実がゆっくりとではあるが結びかけている今、ここで変な力を加えて、その方向をねじ曲げては貰いたくなかった。
只でさえ、ナナリーはまだ5歳。本来なら、この様な場へ出席する資格を持たない年齢。その資格を得るのは、ブリタニア宮廷の習わしで15歳以上と決まっている。
つまり、こうした場が初体験の上に周囲は全て大人。コーネリア以外、日頃から親しい人物は全員が帝都を離れているなどの理由で欠席をしており、この理由だけ以てしても、ナナリーを萎縮させるに十分過ぎた。
だが、コーネリアへ視線だけを向けたシャルルの言葉は何処までも冷酷だった。
「……だから?」
「で、ですから……。あ、あの凶事から日もまだ経っておらず、幼いナナリーにそれを問うのは酷かと!」
「だから、どうしたと言うのだ! コぉぉーネリぃア、お前は何を聞いていた!
たった今、この国における国是は弱肉強食だと言ったはず! それをなぁぁぁぁぁんたる愚かしさ!」
「ひぃっ!?」
その眼差しに気圧されながらも、コーネリアは更に言い募ろうとするが、それが限界。
シャルルが玉座の両肘置きを叩いて立ち上がり、怒号を轟かせると、コーネリアは身を竦ませて後退り、言葉を失う。
完全に役者が違った。コーネリアはまだ士官学校を出たての18歳。血生臭い宮廷闘争の果て、皇帝の座を勝ち取り、世界の1/3を支配するまでとなった今の強大な神聖ブリタニア帝国を造ったシャルルの前へ立つには経験が圧倒的に足りなかった。
「ふんっ……。幼さなど理由にならん!
聞けば、ルルーシュは暗殺者の前へ立ち塞がり、その身でマリアンヌを護ったと言うぅぅではないか!
これだ! この気概こそが私の求めるモノ! 実に見事! オール・ハイル・ブリタああああああああああニア!」
シャルルは鼻を鳴らして、心が完全に折れてしまったコーネリアからナナリーへと視線を戻す。
そして、力強く握った右拳を掲げての国家賛美。その合図にシャルルの前に居並ぶ者達は姿勢を正して、右手を掲げ、同様の国家讃美を唱和。二度、三度と木霊する異口同音が謁見の間の空気を震わせる。
その度、ナナリーは責められているかの様な錯覚を覚え、身体をビクビクッと震わせて、唱和が終わり、謁見の間が静寂を取り戻した頃には完全にブルブルと震え、膝から力が抜けて、その場にペタリと尻餅をついた。
「ナナリーよ……。顔を上ぇぇい!」
そんなナナリーを影が覆い、俯いた視線の先にシャルルの足が現れる。
皇帝直々の言葉である。ナナリーは目の前に立つ父親の顔を見上げようとするが、恐怖のあまり身体は震えるばかりで動かない。
「……死んでおる」
「っ!?」
その視界にシャルルの右手が伸び、襟首を掴まれて持ち上げられるナナリー。
強制的に列ばされた高い目線。そこにあったのは、ナナリーが知る父親の顔ではなかった。あの悲劇が起こる数日前、剣の鍛錬を見学に現れ、『将来が楽しみだ』と褒め称えながら頭を優しく撫でてくれた父親の顔とは大きく違った。
嘲り、蔑み、見下した目。その冷たい目で間近に覗き込まれ、ナナリーの震えていた身体がビクッと一際大きく震えて止まる。
しかし、真の恐怖はここからだった。一転して、シャルルの目に熱が籠もり、その炎から生まれた憤怒と共に凄まじい怒号が轟く。
「兄と比べて、なぁぁぁぁぁんたる不甲斐なさ!
目が死んでおる! ……死んでおる! 死んでおる! 死んでおる! 死んでおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉる!」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
限界だった。いや、限界を越えた。
ナナリーは奇声をあげながら暴れ、手を、足をバタバタと藻掻かせての失禁。直下の赤絨毯に染みが広がると共に湯気が上り、アンモニア臭が周囲へ広がる。
そんなナナリーを忌々し気に舌打ち、シャルルは容赦なく放り投げる。
「ちっ……。ますますの度し難しさよ! 愚か者がぁぁ!」
「ナ、ナナリーっ!? ……父上、酷すぎるではありませんか!」
果たして、その方向にコーネリアが居たのは偶然か。
コーネリアは危ういながらもナナリーを受け止めるのに成功。半狂乱となって暴れるナナリーを落ち着かせようと優しく抱き締めながら叫び、シャルルを睨み付ける。
「死んでおるお前に権利など有りはしない。
ナナリーよ。日本へ行け……。皇女ならば、良い取引材料だ。死人のお前でも少しくらいは役に立つだろう」
だが、シャルルは取り合わず、更なる残酷を一方的に告げると、もう興味を失ったと言わんばかりに謁見の間から去って行った。
******
「ナナリーの事、聞いたわ」
とある病院の最上階。皇族や上級貴族御用達のVIP専用階にマリアンヌの病室はあった。
広々とした部屋の中央に敢えて置かれたキングサイズのベット。その横に設置されたマリアンヌの鼓動を監視する計器が小さな電子音を鳴り刻んでいる。
時刻は深夜、マリアンヌの希望か、カーテンは開け放たれたまま。照明が消された室内を階下の光が淡く踊り照らして彩り、窓には見事な夜景が広がっている。
しかし、ベットに横たわるマリアンヌは包帯を目に巻いており、それを知る術は無い。
何故、目が見えないのか。一流の肩書きを持つ数人の眼科医が診断したが、原因不明。脳波を調べる限り、見えているはずであり、心意性のものとされた。
また、銃弾を受けた下半身は手術に成功したが、その回復は杖を補助に歩く程度。以前の様に剣を持っての戦闘は困難と診断された。
それ故か、あの悲劇の夜を境にして、マリアンヌはそれまで常に纏っていた自信や覇気と言ったモノをすっかりと失い、まるで別人の様に変わった。
「済まない。兄さんの行方が掴めない以上、ああするより他はなかった」
「解っているわ。相変わらず、不器用ね。あなたは……。」
シャルルはベット脇に立ち、そんなマリアンヌの姿に戸惑っていた。
マリアンヌは軍人時代、常に最前線の戦いに身を置く事を好み、いざ戦いとなれば、誰よりも先頭に立って戦った。
当然、生傷は耐えなかったし、時には重傷を負い、後方へ送られて、病院に入院した経験も一度や二度ではない。
しかし、マリアンヌは病院のベットにあっても活力に溢れ、溢れすぎるあまり持て余して、鍛錬を病室で行い、医師からは怒られ、同僚からは呆れられる様な女だった。
今や、それが正反対。シャルルが唱える国是において、それは唾棄すべき弱者の姿だった。
「……マリアンヌ」
「ごめんなさい。少し眠いの……。」
ところが、シャルルの心は愛おしさで溢れていた。
マリアンヌの弱々しい姿以上、シャルルは自身の心に戸惑いながらも、たまらずマリアンヌへ触れたくなり、その頬を撫でようと右手を伸ばす。
だが、目は見えずとも、剣で培った周囲の気配を感じ取る勘は健在。マリアンヌが身じろぎ、顔を背けて、シャルルを拒む。
「っ!?」
その一欠片も予想していなかった拒絶に驚き、目を最大に見開きながら身体をビクッと震わせて硬直するシャルル。
しばらく、マリアンヌの鼓動を表す電子音だけが鳴り響き、時がゆっくりと過ぎてゆく。
どれほどの時が過ぎたのか、マリアンヌの拒絶にも驚いたが、シャルルは激しく傷心している自身に気付いて、再び戸惑いをますます深める。
その一方で落ちた肩を戻して思う。これではまるで女を知らぬ10代の小僧ではないか。この様な弱さは帝位を望んだあの時に捨ててきたはず、と。
だが、マリアンヌへ視線を向ければ、次から次へと溢れてくる愛おしさ。その小さくなった背中を今すぐ抱き締め、閨を共にしたい強烈な衝動が駆られるが、再び拒絶されるのが怖かった。
「ああ……。今はゆっくりと休め」
シャルルは何かを言い募り、口を数度ほど上下させるが、どれも言葉にならず飲み込んでしまい、やっとの思いで出てきたのは、マリアンヌの拒絶を受け入れた言葉だけ。
そして、口へ出した以上、去るしかなくなり、シャルルは肩を落として病室を出て行く。
「どうした? そんなにしょぼくれて?
とても世界の1/3を支配する皇帝とは思えない姿だぞ? 今のお前の姿を皆が見たら、何と言うだろうな?」
病室出入口の自動ドアが開いて閉まり、シャルルが深々と溜息をつくと、嘲りを含んだ声が聞こえてきた。
とても皇帝へ対するものとは思えない不遜な物言い。それこそ、即手打ちとなってもおかしくないほどの不敬罪。
それだけに振り向かずとも、誰なのかが解った。そんな人物は世界を探しても一人しか居なかった。
その予想通り、シャルルが横目を声の発生源へ向けると、腕を組みながら背を壁に持たれ、愉悦にニヤニヤと笑う長い髪の女性『C.C』の姿があった。
「C.Cか……。ルルーシュはどうだ?」
「感謝しろよ? 誤魔化すのが大変だったんだからな?」
「……と言う事は?」
「ああ、マリアンヌの証言通りだ。
V.Vのコードを奪ったんだろうな。まだ目は醒まさないが、傷の方はとうに完治している」
「そうか……。」
「だが、解らないのは、あの小僧へ誰がギアスを渡したかだ。
勿論、私は違うし……。V.V、あいつは私と望みが違う。
もしかしたら、3人目が居るのかも知れないが……。
もし、そうだとしても、あの小僧がギアスを使ったところを見た事が一度も無い。
使えば、私が気付くはずだ。コードを奪えるほどに成長しているのだからな。……全く解らない事だらけだよ」
シャルルが歩き出す。その後を追って、C.Cも歩き出す。
静まり返った病院の廊下に響く2人の足音。多忙なシャルルと存在そのものが秘密のC.C、お互いに長居をする訳にもいかず、歩きながら会話を交わす。
2人にとって、アリエスの悲劇自体がイレギュラーではあるが、それ以上に『ルルーシュ』はイレギュラーな存在だった。
あの悲劇の翌日、C.Cはエリア10の降伏調印式へ赴き、数日は帝都へ帰って来れないシャルルに代わって、今夜同様に深夜、マリアンヌの元を秘密裏に訪れるなり、我が目を疑った。
マリアンヌが眠るベットの隣、数多の生命維持装置に囲まれたもう1つのベットの中、頭以外の全身を包帯に包まれた子供が己の同類だと一目見て気付いたからである。
そこへ寝ていたはずのマリアンヌから『やっぱり、そうなのね』と声がかかり、すぐさまC.Cはマリアンヌへ事情を求め、それが済むと即座にシャルルへ電話で連絡を入れた。
なにしろ、今や、ルルーシュは不老不死のコード所有者。手術は無事に済んだが、生きているのが奇跡と言われているにも関わらず、たった数日で全快したとあってはパニックが起こるのは必然だった。
C.Cは勅命という伝家の宝刀を使い、異変に気付いて駆け付けた医師団を黙らせて、ルルーシュを転院という名目で強制退院。この病院の屋上からヘリコプターを操縦して、ルルーシュをフロリダ地区にある皇族の保養地へと運んだ。
その後、ルルーシュの覚醒を待っていたが、その気配は見えず、あの悲劇の夜以来ずっと失踪中のV.Vに関する情報を得ようと、つい先ほど行きに使ったヘリコプターで戻ってきたところだった。
ちなみに、不老不死性を持つコード所有者と言えども、痛覚は有り、死に至るダメージを負えば、その傷みによるショックで気絶する。
大抵はすぐに意識を取り戻すが、時には1週間、2週間といった長い時を必要とする事もある。
実際、中世ヨーロッパにて、魔女裁判が流行った時、C.Cは火あぶりの刑を経験したが、その時の蘇生は3週間ほどかかった。意識を取り戻したら、周囲360度が見渡す限りの海。大西洋のど真ん中に浮かんでおり、大変に難儀した経験があった。
それ故、C.Cも、シャルルも、ルルーシュがすぐに目を醒ますと信じて疑わず、あの夜の悲劇に関する真相解明は時間の問題だと考えていた。
「なら、やはり……。全ての答えはルルーシュか」
ところが、ルルーシュは目覚めない。この後、1年経っても、2年経っても、3年経っても目を醒まさない。
ルルーシュが目を醒ますには長い年月を必要とした。