「むっ!?」
約10年ぶりに意識を覚醒させてから、約20時間が既に経とうとしていたが、ルルーシュは未だ動けずに居た。
シャルルが帰宅した後、ルルーシュは疲れから再び就寝。また起きるのかが心配だったのだろう。ルルーシュが昼過ぎに目を醒ますと、覚醒を果たした時同様にアーニャが傍に居た。本を読みながら、ルルーシュの起床をずっと待っていた。
その後、お世辞にも口達者とは言えないアーニャでは残念ながら上手い話し相手とならず、会話で暇を潰すという手段はお互いに最初の30分で諦めている。
また、ルルーシュが世界情勢を欲した事もあり、今はTVを部屋に導入。ルルーシュは垂れ流しているニュースを見て、アーニャは読書をして、お互いに会話を時折挟みながら暇を潰すという穏やかでまったりとした時を過ごしていた。
余談だが、エリア11で起きた『ブラック騒動』は軍の強い箝口令がよって、ネットはソレを書き込んだ途端に削除の嵐。TV、ラジオでのニュース放送は禁じられ、今はまだ一般へ届いていない。
そして、ふと出入口のドアを叩くノックの音に気付いてみれば、夕陽が部屋へ射し込み、外は夜の帳が落ちかけていた。
「ど……。」
「任せて」
ルルーシュがドアへ向かって声をかけるよりも早く、アーニャが本を閉じて立ちあがる。
ドアが開いて現れたのは、白い絹のクロスが張られたワゴンを押す使用人の老人。同時に豊潤な食欲をそそる香りが部屋に漂い始め、それに反応して、ルルーシュの腹が空腹を訴えて鳴り響く。
ルルーシュは不老不死でも腹は減るのだと知って軽く驚きながらも、ふとピザばかり食べていたのにまるで太らず、スタイルも全く変わらなかった魔女を思い出して苦笑する。
ちなみに、昨夜のシャルルとの会談にて、C.Cがエリア11へ、ナナリーの元へ向かった件に関して、ルルーシュはマリアンヌから既に聞き及んでいる。
「失礼します。御夕食をお持ち致しました。
ただ、ルルーシュ様はお目覚めになられたばかり。そこでまずはお身体に優しいものをと……。ご不満がありましたら、存分に言いつけて下さいませ」
全く動けないルルーシュに代わって、食事用ナプキンを整えたり、ベット用のテーブルを用意したり、甲斐甲斐しく動き回るアーニャ。
最後にベットがリクライニングされて起き、それと共に枕が外されて、クッションが腰へ置かれ、ルルーシュは至れり尽くせりの状況に有り難さ半分、申し訳なさ半分。
しかし、その感謝する思いを言葉にすると、アーニャが不機嫌になるのをこの半日で知ったルルーシュは、口へ出かけた感謝の言葉を慌てて飲み込む。
どうやら、アーニャにとって、ルルーシュの世話は当たり前の事。あまり感謝を口にされては、自分が嫌々で行っている様に思われて不快らしい。
「いえ、お気遣いをありがとうございます。
これはコンソメですね。でも、香りが少し違う。どんな……。って、どうしました?」
だが、目の前の老人は違う。2度目の起床後、自己紹介を兼ねた挨拶で会ったっきり、これが2度目の対面。
ルルーシュは当然の様に感謝を返すが、老人は目を丸くして驚き、思わず配膳の手を止めていた。
「失礼、致しました。
実は申しますと、こちらのスープは我が愚妻の故郷のモノでして、お口に合わなければ、すぐにお下げ致しますので……。」
「何を仰います。土地それぞれで味の違いが有るのは当たり前。
むしろ、その違いこそが醍醐味です。
幸い、私に好き嫌いは有りません。ただ、どちらかと言えば、薄味が好みだと、奥方へ伝えて頂けると嬉しいです」
正直なところ、老人は使用人のプロとして、平静を装っていたが、この夕飯の配膳を戦々恐々の思いで行っていた。
なにせ、この屋敷の主であるマリアンヌは物静かで無茶を言わず、とても仕え甲斐のある主ではあるが、大抵の皇族、大貴族と呼ばれる者達は使用人達へ尊大であり、人物によっては使用人を人扱いせずに奴隷扱いする者すら存在する。
その様な事情に加えて、ルルーシュは約10年間を眠り続けていた。当然、その身体は成長して大人に見えても、その精神は子供であろうと予想された。
そして、子供と言えば、食べ物の好き嫌いである。それが原因で癇癪を起こされては堪らなかった。
この好き嫌いの問題に関して、母親のマリアンヌへ助言を求めたが、『好き嫌い? 何だったかしら?』と首を傾げるだけで役に立たない有り様。
おかげで、使用人の老夫婦は今夜のメニューを考えるのに随分とああでもない、こうでもないと頭を悩ませる羽目となった。
そんな経緯があったせいか、ルルーシュはただ当たり前の対応をしただけにも関わらず、老人の中でのルルーシュの評価は鰻登り状態。
その上、ルルーシュはこのコンソメスープをとても気に入り、食後にレシピを求めたものだから、それに大感激した老人の妻の中の評価も上げてしまう。
この後、ルルーシュは2週間と経たない内にアリエス宮から旅立つ事となるが、使用人の老夫婦からとても慕われる様になり、ルルーシュの評判は後宮、皇居、宮廷と使用人達のネットワークを通じて、ゆっくりと広がってゆく事となる。
「承りました。必ずや、お伝えします。
では、アーニャ様。あとはよろしくお願いします」
「んっ……。」
この部屋を訪れた時とは打って変わり、ルルーシュへ深々と一礼すると、足取りを軽くさせて去って行く老人。
それを見送って、ドアが閉まり、ルルーシュは『さあ、食べるか』といざ目の前のスプーンを取ろうとして、今更ながらに気付く。どうやって、動けない身体で食べるのだろうかと。
「えっ!? ……えっ!?」
だが、ルルーシュの悩みを余所にして、アーニャは部屋の電気を点けると、指定席であるベット脇の椅子へ座り、当然の様にルルーシュの目の前に置かれたスプーンを手に取った。
湯気が上るスープ皿から澄み切った琥珀色のスープを一掬い。ソレを自分の口元まで運び、二度、三度と息をゆっくりと吹きかけて冷ます。
まさかという考えが頭を過ぎり、ルルーシュが茫然とソレを眺めていると、そのまさかが現実となった。
「あーーん……。」
「ちょっ!?」
アーニャが左手を下に添えながら、スプーンをルルーシュの口元へ運ぶ。
それをナナリーの介護で行った経験は有っても、行われる側の経験が一度も無いルルーシュは慌てふためきまくり。照れ臭さに顔を真っ赤に染める。
「あーーん……。」
「い、いや……。そ、その……。」
「あーーん……。」
「だ、だから……。」
「あーーん……。」
「……あ、あーーん」
ルルーシュは視線を彼方此方へ飛ばして、精一杯の抵抗を試みるが、アーニャの猛攻の前にあっさりと白旗。その合図に合わせて、アーニャから目を逸らしながら口を開く。
なにしろ、つい昨夜、ビスマルクと似た様な攻防戦を約3時間に渡って繰り広げたアーニャである。ルルーシュが勝てる筈も無かった。
そもそも、この部屋にはルルーシュとアーニャの2人しか居らず、ルルーシュは介護を無くしては食事も出来ないのだから、軍配は最初からアーニャに上がっていた。
「ほわっちゃっ!?」
ところが、意識を覚醒させたばかりのルルーシュの舌は赤ちゃん舌。アーニャにとっては十分でも、そのスープはまだまだ熱すぎた。
ルルーシュは大パニック。煮え湯を飲まされた様な激しすぎる刺激に身体を動かせないなりにものたうちまくり、ベットを猛烈にギシギシと揺らす。
「んっ……。」
一方、アーニャは慣れたもの。ほんの少しだけ焦る事はあったが、すぐさま冷水の入ったコップを手に取った。
そして、椅子から立ちあがり、水を口に含むと、ルルーシュへ覆い被さり、ルルーシュの顎を左手で添え持ちながら、その唇へ唇を重ねる。
「っ!? っ!? っ!?」
急速に鎮火してゆく舌の上の大火災。ルルーシュは安堵感に思わず全身の強張りを解くが、一瞬後に再び身体を強張らせた。
ソレもその筈。一安心したと思ったら、文字通りの目の前にアーニャが居り、今も少しづつ送られてくる冷水が今正にキスをしていると実感させられるのだから当然の話。
しかし、例によって、手足は全く動かず、アーニャを突き離す事も出来ず、鼻息だけがフゴフゴと荒くなる。
「はふっ……。ルルーシュ様、くすぐったい」
「す、済まないっ!?」
当然、ソレを間近で受けざるを得ないアーニャは堪らない。
鼻の周辺がむず痒くなり、ルルーシュの唇から唇を離すと、残った口の中の水を飲み込み、鼻周りを両手で擦りながらルルーシュを睨み付けた。
すぐさまルルーシュは謝罪。バツの悪さにアーニャから顔を背ける。その姿はまるで初めてのキスに興奮するあまり、がっつき過ぎて、失敗。白けさせてしまった彼女から叱られる情けない彼氏の様だった。
「……って、違う! 問題はそこじゃない!
そうだ! 俺は間違っていない! 間違っているのは……。」
暫くの間、ルルーシュ限定で針の筵状態となるが、ふとルルーシュは問題の食い違いに気付く。
だが、今先ほどのキスは何だったのかと怒鳴り問い、振り向き戻ったルルーシュを待っていたのは、新たにそびえ立った高い壁。
「あーーん……。」
「……えっ!?」
眼前へと差し出された2杯目のスープ。ルルーシュにとって、それは今先ほどキスを交わしたアーニャの唇を必然的に意識させるものだった。
******
「むっ!?」
ベットの隣に広いビニールシートが敷かれて、キャスター付きの介護用バスが続いて運び込まれた時、ルルーシュはもうどうしたら良いのかが解らずに絶望した。
しかし、お湯が湯船に半分ほど張られると、アーニャは隣室へと向かい、それっきり帰って来ず、ルルーシュは一安心。今は使用人の老人の手を借りて、病衣を脱がされていた。
「失礼します」
「お、お手数をかけます」
男性同士、何も照れる事は無いのだが、ルルーシュは顔を羞恥に紅く染める。
なにしろ、巻頭衣な病衣にある首から膝までの結び目を上から順々に外されてゆくと、現れたのは紙オムツ。これはさすがに男性同士でも照れる。
そして、ご開帳。ルルーシュは心の中で『セーフ』と呟き、心底に胸をホッと撫で下ろす。今の今まで欲求が全く無かった為、気にしてもいなかったが、オムツが全く汚れていない事実に。
「では、何か有りましたら、ご遠慮なく呼び付けて下さいませ」
「……えっ!?」
だが、ルルーシュの安心は残念ながらここまでだった。
老人はルルーシュを素っ裸にさせ終えると、深々と一礼して、この部屋からまるで立ち去る様な口振り。
言うまでもなく、この部屋に居るのはルルーシュと老人の2人だけであり、ルルーシュはベットから起き上がるどころか、まだ身動きも取れない状態。どうやって、風呂へ入れと言うのか。
まさか、まさかという考えが頭を過ぎり、ルルーシュが茫然と老人の行方を眺めていると、そのまさかが現実となった。
「アーニャ様、準備が整いました」
老人は隣室の閉じられているドアの前へ行き、一礼。ルルーシュが着ていた病衣とオムツを入れた籠を持って、部屋を出て行く。
その後、部屋のドアが閉まると、数拍の間の空けて、隣室のドアが開き、アーニャが現れた。髪をバスキャップに包んだだけの全裸の姿で。
「っ!? っ!? っ!?」
ルルーシュは目をギョギョギョッと見開いて、大パニック。驚き叫ぼうとするが声にならず、口をパクパクと解放。
この場から逃げ出そうとするが、例によって、身体がまるで言う事を効かず、首だけを猛烈に振りまくり。
「ルルーシュ様、お待たせ」
一方、アーニャは慣れたもの。ルルーシュの反応を不思議そうに首を傾げて、一旦は立ち止まったが、堂々としたものだった。
******
「なあ、アーニャ。いつから何だ?」
「何が?」
ルルーシュの入浴が済むと、それを待っていたかの様にアリエス宮は今日も早々と夜を迎え、夜間灯を灯して、静けさに包まれていた。
しかし、アーニャの不安はまだ消えていなかった。またルルーシュが眠り続けてしまうのではと考え、ルルーシュから離れるのを拒み、ルルーシュは苦笑しながらもソレを受け入れた。
幸いにして、ベットはセミダブル。ルルーシュも、アーニャも身体が細く、2人が列んでも窮屈という事は無かった。
「こうやって、俺の世話をしているのは?」
「4年前から……。マリアンヌ様から色々と教わった。あとピザの人」
「ピザの人?」
いつものルルーシュなら、その様な提案はとんでもないと焦り、絶対に断っていただろうが、今日のルルーシュはそれも止むを得ないと判断する事情があった。
その事情と言うのが、アーニャとの入浴。入浴前、ルルーシュは恥ずかしさと照れから、ソレを拒もうとしたが、今では考えを改めて、その時の行動を恥じていた。
それほどアーニャの介護による入浴は献身的であり、ルルーシュの為を第一に思ってのものだった。
そもそも、今のルルーシュは首以外を動かせない寝たきり状態。風呂へ入れたら、そのまま沈んでしまい、誰かが座椅子代わりとなって、ルルーシュを支える必要があった。それをアーニャが担っているのである。
無論、ルルーシュとて、青春真っ盛りの男の子。どうしても、目がアーニャの色々な部分へ行ってしまい、それがまた更なる後悔の一因となってもいた。
「うん。たまに来て、ピザしか食べない女の人」
「ああ……。あいつか。
あいつが人の世話をするとは、想像が出来んな」
入浴中、アーニャはルルーシュの指の一本、一本を、間接の一つ、一つを何度も丁寧に曲げては伸ばしてを繰り返して、筋肉を優しく揉みほぐした。
それはルルーシュがいつ覚醒したとしても、すぐに日常生活を送れる様にする為の重労働であり、その手際は明らかに昨日、今日のモノではなかった。
ルルーシュはナナリーの介護を嫌だと考えた事は一度たりとも無いが、正直なところ、しんどいと感じる事たまにあった。何度、その為に友人の誘いを断ったかなど数知れない。
しかし、ナナリーは足が不自由ではあったが、手は使えた。目は見えなかったが、口は使えた。寝たきりで意思すら持っていなかった自分と比べたら、その介護の難易度は遙かに違う。
その上、いつ覚醒するかさえ、医師はとっくに匙を投げて、保証が全く無かったにも関わらず、今日と言う日が来るのを信じて、4年間という年月をアーニャは捧げたと言う。
ルルーシュはただただ感謝の念を抱く他は無く、今となっては一緒に寝るくらい造作もない事であった。
但し、これが癖となって、アーニャは明日以降も求める様になり、やがてはソレが当たり前となって、ルルーシュは後悔する事となるのだが、それを今は知る由も無い。
「知ってるの?」
「まあな……。腐れ縁だ」
今日の昼、2度目の覚醒を果たした後、ルルーシュはアーニャへ尋ねた。何故、自分の世話をしているのかと。
その問いに対して、アーニャは『あの時、自分の命を助けてくれたから』と応えた。あの時とは『アリエスの悲劇』と呼ばれる事件に他ならない。
この時、ルルーシュは『そうか』とただ返事を返しただげだったが、その後の甲斐甲斐しいアーニャの介護を経験して、今は何かを報いてやらねばという使命感に湧いてきていた。
「ふーーーん……。ジノみたいなの?」
「ジノ? ジノ・ヴァインベルグか?」
「そう、そのジノ。結構、前に剣で負かしたら、それ以来ずっと突っかかってきてウザい」
それと言うのも、ルルーシュにアーニャを救ったと言う意識は皆無でないにしろ、殆ど無かった。
あの夜の事は銃を撃たれた熱い痛みと共に今も鮮明に憶えているが、当時のルルーシュは夢を見ている様な感覚だった。
そして、あの運命を狂わせた場面を目撃してからは、もう怒りと憎しみだけが先行して、身体を突き動かしていた。
それ故、実のところを打ち明けてしまえば、あの瞬間、幼いアーニャの姿を確かに見てはいたが、その先にいたマリアンヌこそがあくまで本命であった。
「ほう、あのジノをか。やるな」
「マリアンヌ様から教わっている。この前、ジェレミアにも褒められた」
「ジェレミアとも知り合いなのか?」
「うん、良く来る。
他にも、ユフィとか、コーネリア様とか……。あとクロヴィス様が半年に一回くらいで来る」
そう言った事情も有り、ルルーシュはある意味で辛かった。どうやったら、アーニャへ報いられるのかが解らず、頭を悩ますばかり。
そう、お風呂へ一緒に入り、同じ布団で一緒に寝る段階まで至って、この男はアーニャの真意に未だ辿り着けていなかった。
確かに慣れも有るだろうが、命を幾ら救ってくれたとは言え、年頃の女の子が異性の前で肌を晒すなど有り得ない。
命を救ってくれた事実はあくまできっかけに過ぎず、アーニャの中ではとうの昔に恩義は恋心へと変わっていた。
つまり、ルルーシュが感謝を感じているなら、これからも共に居る事こそがアーニャへ報いる事となるのだが、さすがはC.Cから嘗て童貞と罵られただけあって、その辺りの男女の機知がにぶにぶだった。
今だって、ルルーシュから褒められたのが、とても嬉しかったらしく、アーニャが鼻息を誇らし気にムッフーッと荒くしたのも気付かず、ルルーシュは自分の興味を優先してしまっている。
もっとも、アーニャ自身はその事実を未だ知らないが、アーニャの願いは既に半ば遂げられていた。
何故ならば、アーニャの実家『アールストレイム家』は皇帝の寵姫の宮へ行儀見習いとして娘を送り込めるほどの名家であり、貴族階級は侯爵。
本人が幾ら希望しているとは言え、娘を何の益も無い皇子の元へ送り込む筈もなく、アールストレイム家はシャルルとマリアンヌの2人と密約を結んでいた。
その密約とは、アールストレイム家の宮廷における発言力の拡大もあるが、アーニャ自身に関わるもの。
もし、ルルーシュが20歳となるまでに目覚めなかった場合、候補者はまだ未定ではあるが、アーニャはルルーシュ以上の皇位継承権を持つ皇子との結婚が決まっていた。
反対にルルーシュが20歳となる前に目覚めた場合、アーニャはルルーシュとの結婚が決まっており、アールストレイム家へルルーシュ覚醒の報が届けば、すぐにでもアーニャはルルーシュの婚約者としての身分を得る。
しかし、ルルーシュの婚約者としては、アッシュフォード家のミレイが先約に居り、どちらが第一夫人になるかまでは決まっておらず、それはルルーシュの一存となっていた。
「ユフィ? ユフィとは仲が良いのか?」
「うん、毎週来る」
「ほーー……。って、どうした?」
ルルーシュはまだ目が冴えていたが、アーニャはもう限界らしい。先ほどから目を頻りに擦り、欠伸を噛み殺していた。
なにしろ、昨夜はビスマルクとの死闘を演じて、明け方近くまで起きており、寝たのは3、4時間。その後はルルーシュを付きっ切りで見守っていたのだから、無理もない話。
だが、不安はまだ消えておらず、アーニャはルルーシュの温もりを求めて、その左腕を抱き付き、頬をルルーシュの肩へ擦り付けた。
「ルルーシュ様、明日も起きますよね?」
「勿論だ。今まで寝坊した分を取り戻さないとな。
さあ、付き合わせて悪かったな。俺も寝るから、お前も寝ろ」
「はい……。おやすみなふぁい……。」
そんなアーニャに苦笑するルルーシュ。もし、ここで右手が動くなら、アーニャの頭を撫でたい気分だった。
やがて、1分と経たず、規則正しい寝息が聞こえ始め、ルルーシュは苦笑を再び浮かべると、天井を見上げながら固く決意する。
「何はともあれ、まずはリハビリだな。
せめて、トイレくらいは自分で行ける様になろう」
アーニャの頭の向こう側、顔を左へ向ければ見えるベットサイドテーブルに置かれた尿瓶。
ルルーシュはアーニャの介護を有り難いと感謝はしているが、どうしてもソレとオムツだけは嫌だった。