デジモンアドベンチャー01   作:もそもそ23

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再戦

沙綾達が森エリアで休息を取る数時間前。

その頃スパイラルマウンテン第一層、海エリアでは。

 

「沙綾がいなくなっただって……」

 

早朝の海岸沿い、空に叩き起こされた太一は、突然彼女から伝えられたその内容に驚愕した。

眠い筈の頭が瞬時に覚醒し、飛び起きなから空へと詰め寄る。

 

「いったいどうしてだ!?」

 

「…やっぱり昨日の事気にしてたんだと思う…今朝光子朗君のパソコンに書き置きがしてあったみたいなのよ…アグモンを連れてしばらく離れますって……今みんなが探してくれてるけど、書き込みがあったのが明け方より前だから、何処に行ったにしてももうかなり距離が開いてるかもって……」

 

「そんな…あいつ怪我してるんだぞ!もしあんな状態でピエモン達と鉢合わせにでもなったらどうする気だ!」

 

沙綾の身を案じてか、太一は空に対してそう声を荒げた。最も実際、ダークマスターズの行動を粗方予測出来る沙綾が彼らと鉢合わせる可能性はあまり高くはないが、それを太一らが知る由もない。

 

「私だって気付いたら止めてたわよ!でも……」

 

空はそこで言葉を詰まらせる。

沙綾が無茶をしないように自分がブレーキ役になる。そう決めていた空にとって、再三彼女の行動を止めれなかったこの結果があまりに歯がゆいのだろう。

涙こそ流さないが、小刻みに震える体がそれを証明していた。

 

「……ワリィ…お前にあたるつもりじゃなかったんだ…とにかく、俺達も探してみる……行けるかアグモン」

 

「勿論だよ太一」

 

共に話しを聞いていたパートナーに視線を移し、アグモンもそれに答えるように力強く頷いた。

 

「沙綾が心配だ……空、昼まで探して、それでも見つからなかったら一度集まろうってみんなに伝えてくれ」

 

トレードマークであるゴーグルを身につけ、靴を履きながら太一は横目で空に伝える。だが、そんな彼に対し空は少し複雑そうな顔をした。

沙綾が心配なのは空も同じ、だがそれを太一が言葉にすると、彼女にはまた違った意味に聞こえてしまうのだ。

 

「…あの…太一…こんな時に変な事聞くけど…」

 

「ん?何だ?」

 

太一が不思議な顔で空を見る。

だが、実際"それ"を聞くとなるとなかなか言葉にするのは難しいものだ。現状を考えれば尚更である。

 

「…ううん…やっぱり何でもない。分かったわ、みんなに伝えとく」

 

「うん?まあいいや、とにかく頼んだぞ!」

 

空の想いなど露知らず、片手を振りながら太一はアグモンと共に走り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

時は戻り、スパイラルマウンテン第二層、森エリア

 

「はぁ…さて…ここからどうしようかな」

 

一時の休息もそこそこに再び歩き出した沙綾だったが、何処までも続く森の中、再度その足を止める事となっていた。

 

「どうしたのマァマ?」

 

「…いや、そろそろピノッキモンの縄張りに入る頃だと思うんだけど……」

 

「……だけど?」

 

「うーん…それがちょっと厄介なんだよね…」

 

そう言いながら沙綾は腕を組んで何かを考えるようなポーズを取った。

彼女達が第二層の森に入ってもう半日以上が過ぎている。"小説"の内容によれば、そろそろピノッキモンの支配する領域に入る頃合いだろう。ただ、そこで問題となるのが彼が遊び半分で仕掛けてある罠である。

 

(下手に動いて"射程圏内"に入っちゃったら、"私だけ"がピノッキモンの屋敷にワープさせられるって事になりかねないし…)

 

そう、特定の範囲にいる対象物を、屋敷にいるピノッキモンが任意で範囲内の別の場所にワープさせる事が出来るトラップ。これが厄介極まりないのだ。

"小説"ではタケルが単身"ピノッキモンの屋敷"に飛ばされ、その他の子供達も第二階層内の違う場所に散り散りに移された。結果的にはタケルによってこの罠は無力化されるが、それは彼が屋敷の中を駆け回ってピノッキモンの注意を反らした事が大きい。

 

(今の私じゃタケル君みたいな事は出来ないし、ワープさせられたらほぼ終わり…だよね…)

 

ここから先に進むには余りにリスクが高い。皆が到着するまで動かないというのが、恐らく懸命な判断だろう。しかし、

 

(…もうこれ以上ロードを渋るなんて出来ない…何とかして此処を突破しないと)

 

メタルシードラモンのロードに失敗している以上、沙綾としては残りのダークマスターズのデータは是が非でも欲しいところである。

何より、罠自体は厄介極まりないが、単純な戦闘力でピノッキモンは他のダークマスターズには一歩及ばない。メタルシードラモンを仕留めたラストティラノモンならば一匹でも間違いなく勝てる相手なのだ。

ならば、究極体の扱い方を学ぶという意味でも、データのロードをスムーズに行うという意味でも、そして、選ばれし子供達を助けるという意味でも、皆が到着する前に何とか彼を撃破する術がないかと沙綾は頭を回した。

 

(アグモンだけをピノッキモンの射程圏内に入れて注意を反らして……屋敷にアグモンがワープさせられたらそこてで究極体に進化。たぶん巨大化と同時に屋敷が壊れるから、一応これで罠を無力化出来るけど……ダメダメ…これじゃかなり運頼みになっちゃう)

 

もし屋敷以外の場所にアグモンを移動させられた場合、これではただ沙綾がパートナーとはぐれてしまうだけである。

 

(此処で暴れて向こうから来てくれるなら話は早いんだけど……それじゃあ何体のデジモンを相手にしなきゃいけないか分かったもんじゃないし…)

 

ピノッキモンの性格を考慮すると、部下のデジモンを多数けしかけて自身は屋敷から出ては来ない可能性が高い。そうなった場合、沙綾達は歴史を変えてしまわないよう注意しながら多数のデジモンと戦わねばならなくなる。

ホエーモンの教訓を無駄にしないよう、一応彼女はアグモンに"自身の指示なしに他のデジモンの命を奪わない事"を約束させてはいるが、究極体となった後の彼に何処まで効き目があるかは不透明である。

余計な"事故"を起こさないためにも、狙いはピノッキモンだけに絞る必要があるのだ。

 

(そうなると他に出来そうな案は……うーん、流石に直ぐには思い付きそうにないか…)

 

アグモンが見つめる中しばらく思案してみても、これといった良策は思い付かず、沙綾は小さく溜め息をついた。

 

「困ったなぁ…流石に作戦もなしにこれ以上は進めないよね…」

 

「心配しなくていいよマァマ、どんなヤツが出てきてもボクがやっつけるから!」

 

ピノッキモンの罠など当然知らないアグモンは、彼女を励まそうと自らの胸をポンっと叩いて自信満々にそう話す。

 

「ふふ、ありがとうアグモン…うん、まあ焦っても仕方ないか…」

 

その無邪気さに多少は気が紛れたのか、沙綾はアグモンと顔を見合わせた後、しばらく休憩を挟む事を決めた。

行動を焦った結果悪い方向へ転がっては意味がない。

幸いにも、皆がここに来るまでには暫く猶予があるのだ。アグモンと相談しながら作戦を練る時間は充分ある。

 

「どうアグモン、回りには誰もいない?」

 

しかし、いざ休憩を挟もうとしたその瞬間、沙綾の隣でアグモンが突如声を上げた。

 

「ちょっと待ってマァマ!」

 

「ん、どうしたの?」

 

「…聞こえる……誰かが此方の方に来るよ!」

 

目を瞑り、耳を澄ましながらアグモンはそういうが、沙綾には足音の類いは何も聞こえない。彼女の耳に届くのは森の木々が風で擦れる音のみ。だが、

 

「速い……気をつけて!たぶん強敵だよ!」

 

「えっ!?嘘…まさか…ピノッキモン!?」

 

「分かんない。でもいいデジモンじゃなさそう」

 

恐らく接近してくる者の気配である程度の判別が出来るようになっているのだろう。アグモンの表情は厳しさを増し、沙綾を守るよう前へと出た。

同時に沙綾も気付く。風で木々の葉が鳴っているにしては、その音が何処と無く不自然である事を。

そして次の瞬間、

 

「アーーアァーー!」

 

周囲一帯に聞いたことのある声が響き渡る。

未だ姿は見えないが、その声で二人とも"敵"の正体を察したのだろう。お互いが顔を見合わせた。

 

「…マァマ…この声って…」

 

「…うん…ちょっと予想外だよ…此処では会わないと思ってたんだけど…」

 

沙綾達が驚くのも無理はない。何故なら、この場でその"敵"の登場は小説には書かれていなかったのだから。

だが驚いたのも束の間、ジャングルの奥から此方に向かって来るその声の主の姿を二人は確認した。

 

「アァーーアァーーーー!」

 

その姿はまるでターザンのように、生い茂るツタを飛び移りながら木々の間をすり抜けるように移動してる。

隠れてやり過ごせないか。一瞬沙綾はそう考えるが、彼女達が敵に気付いたように向こうもまた此方の存在に気付いたのだろう。視線を沙綾達に向け、それは木々を伝いながら一直線に向かって来る。

そして、二人の前まで来たところで持っていたツタを手放し、華麗な宙返りの後、それは見事な着地を決めた。

 

(…よりによって面倒なのに見つかっちゃったなぁ)

 

沙綾は内心溜め息をつく。

何せ、このデジモンと出会ってしまった以上は、この場での戦闘は最早避けられない。

 

「あらあらアンタ達随分久し振りねぇ…こんな所で会えるなんて思わなかったわぁ……」

 

特徴的な口調、そしてサングラスをかけたファンキーなスタイルは、沙綾達の記憶にはっきりと残っている。唯一前回と違うところと言えば、進化した事で全身が鋼鉄化している事くらいだろうか。

 

「アチキの事、忘れたなんて言わせないわよぉ」

 

「まさか、貴方のそのキャラは一度見たら死ぬまで忘れないよ……エテモン」

 

それはかつて選ばれし子供達との戦いで消滅した筈のデジモン。ニヤリとした表情を見せるかつての強敵に、沙綾は皮肉交じりにそう返した。

歴史を知っている沙綾にとって、彼が生きていた事自体に驚きはない。ただ、相手側はそんな彼女の冷静な対応が若干不満なのか、チッと短く舌打ちをした。

 

「……つまんない小娘ね。てっきりアチキのこの変化に腰を抜かすと思ったのに」

 

「進化したんでしょ…今の貴方はメタルエテモンでいいのかな?」

 

「…チッ…名乗る前に答えを言われるなんて屈辱……まぁいいわ、それで他のガキ供はどうしたのかしら?」

 

「みんなはいない、此処にいるのは私とアグモンだけだよ」

(そっか…歴史よりも早く私達が此処まで進んで来たから、メタルエテモンがミミちゃん達のところに行くよりも先に私達に会っちゃったのか…)

 

本来メタルエテモンが小説内に再登場するのは、今沙綾達がいるこの場所よりもかなり前である筈だが、恐らく彼は今この第2層全体を主な活動拠点としているのだろう。そう考えれば此処で遭遇する事にも合点がいく。

 

「それは残念ね…アチキを一度地獄に落としたあのガキに、今度こそたっぷりお仕置きをしてやろうと思ったのに…」

 

「………」

(参ったな…ここでメタルエテモンと戦うのはちょっとまずいかも)

 

メタルエテモンの戦闘力をダークマスターズ並みと考えても、今のアグモンならば戦う事に不安はない。

しかし、先程沙綾が考えていたように、今此処で激しい戦闘を起こしてしまうと、ピノッキモンが手下を大量に寄越す可能性がある。

それに加え、

 

(このデジモンはまだ倒しちゃいけない…歴史が変わっちゃうかもしれないから…)

 

そう、貴重な究極体のデータを持ったデジモンではあるが、メタルエテモンにはまだこの世界での"役割"が残っているのだ。彼を今此処で倒してしまうと、レオモンが死ぬ"原因"を奪う事になる。非情な話ではあるが、彼には"レオモンを殺すまでは生きていてもらわねば困る"のだ。

 

「へぇ、アチキを無視して黙り考え事なんて余裕じゃない?……舐めてるの?」

 

「…作戦を考えてただけだよ」

 

ドスの聞いた殺気を飛ばすメタルエテモンに、沙綾はおくさずそう答える。その一方で、

 

「オマエ、太一達に倒されたんじゃなかったのか?」

 

何も知らないアグモンは小説内の子供達と同じ反応を示した。そしてそれこそメタルエテモンが望んでいた反応。予想以上に素っ気なかった沙綾に苛立ちを感じていた彼だが、アグモンのその言葉で機嫌が回復したのか、その表情が若干明るくなった。

 

「フフン…えぇ、確かにアチキはあの時アンタ達選ばれし子供にダークエリアに落とされた…あそこはまるでブラックホールみたいな場所……流石のアチキも今回ばかりはもうダメかと思ったわ…けどね…」

 

メタルエテモンは得意気にその鋼鉄の身体を見せつけるようなポーズを取る。

 

「何年もの間、アチキの身体はそこで崩壊と再生を繰り返して、その果てで更なる力を手に入れ、そして帰ってきたの!見なさい!この新しい身体を!」

 

彼は自慢気に言ってはいるが、首を傾げるアグモンは勿論理解出来ていないようである。最も、彼にとってはエテモンがどうして生きているのかなど、実際どうでもいい事だ。彼にとって本当に重要なのはただ一点のみ。

 

「…よく分かんないけど、マァマを狙うならボクは容赦しないぞ!」

 

目の前の敵を威嚇するように睨みながら、小さな恐竜は声を上げる。

 

「フフン…そう言えば…アンタとの決着確か預けっぱなしだったわよね?」

 

それはかつての話。沙綾達は二度エテモンと闘い、劣勢だったとは言えそのどちらも勝負は付けていない。戦力的に闘いが続けば敗北の可能性が高かったとはいえ、メタルエテモンとしては彼女達を倒せていない事が既に気に食わないのだろう。太一と同様、彼にとっては沙綾達もまた因縁の相手なのだ。

両手をポキポキと鳴らし、メタルエテモンは不適な笑みを浮かべた。

今にも戦闘が始まりそうな、ピリピリとした空気がながれる。

 

(…考えても仕方ない、向こうはやる気マンマンみたいだし、今の私じゃあいつ相手にこの森で逃げ切るのはたぶん無理…だったら…)

「アグモン…私との約束、覚えてるよね」

 

腹を括り、沙綾はパートナーの背中にそう呟いた。

それは"命は奪うな"という指示。一瞬の沈黙の後、意図を理解したのかアグモンは静かに頷く。そして、

 

「肩慣らしに丁度いいわ!久し振りにこっちに帰ってきたら、よく分からない連中が天下取った気になってるみたいだし……ほんとムカムカしてたのよ!!」

 

言い終わると同時に彼は得意の必殺、ダークスピリッツを片手で瞬間的に生成、そのまま沙綾とアグモンに向かって豪速球の如く投げ飛ばした。

しかし、

 

「アグモンお願い!」

 

「任せてっ!」

 

二人もただ棒立ちしていた訳ではない。

沙綾の指示を受けたアグモンが直ぐ様彼女の盾になるように迫る黒い球体に突撃、そしてあわや直撃するかどうかのタイミングで、彼はその力を解放した。

 

「アグモン、ロード(ワープ)進化ァァ!!』

 

「くっ!これは!?」

 

稲光を挙げて立ち上る黒い光がダークスピリッツを書き消し、邪魔な木々をボキボキとへし折りながらアグモンの身体がみるみる巨大化していく。

 

(死なない程度に叩きのめして、急いで此処から離れる……信用してるからね、アグモン)

 

そんな沙綾の期待を背に、僅か数秒の内にアグモンの進化は完了し、光の収束の後に姿を現したのは赤錆に包まれた巨体。面影は完全に消失し、急激な精神の成長を遂げた究極の姿。

 

「嘘でしょ……アチキの技を弾いたの?それに……なんて大きさ……」

 

皮肉にも、その変貌に唖然としたのはメタルエテモンの方だった。そんな中、倒れた巨木を片足でボキリと踏みつけ粉砕しながら、究極体ラストティラノモンが小さな敵へとその口を開く。

 

『…山猿が…たかが進化した程度で図に乗るな…』

 

進化前からは想像出来ない程の威圧感を持った声。

放たれるオーラを感知してか、本能的にメタルエテモンは1歩後退した。

 

『……先の威勢はどうした?…達者なのは口先だけか?』

 

「……フ…フフフ、言ってくれるじゃない。アンタこそ随分ボロ臭くなったわね、何その身体?戦えるの?まるでガラクタじゃない?」

 

『……ならば掛かってこい…格の違いを教えてやる…』

 

「キーー!!何その偉そうな態度!もう許さない!絶対アンタをぶっ壊してやるわ!」

 

その挑発的な言動にヒステリックを起こしたのだろう。

メタルエテモンは声を荒げながら大きく後方へ跳び、そこで攻撃の姿勢をとった。

技は先程と同じくダークスピリッツ、唯一違うところはチャージしている分大きさが先程の倍以上になっている事だが、もうそれだけでは今の沙綾達には驚くに値しない。

 

「ラストティラノモン…どう?アレは受けきれそう?」

 

『当然だ母よ(マァマ)…オレの影に隠れていろ…』

 

「そっか…うん、お願いね」

 

パートナーを見上げてそう言い、沙綾は彼の足元へとスッと寄り添う。そして次の瞬間、

 

「アチキをバカにした事を後悔しなさい!ダークスピリッツ!」

 

放たれる特大の暗黒物質。それは軌道上の木々を次々と飲み込みながら二人に向かって直進する。だが、

 

『……』

 

「なっ、なんですって!?」

 

無言のままブオンという腕の一振りだけで、ラストティラノモンは宣言どうりそれを意図も簡単に引き裂いた。

自身の放った全力を事も無げに防がれ流石に焦りを隠しきれないのか、メタルエテモンの表情が一気に引き釣る。

 

「チッ…そ、それならこれはどう!ラブ・セレナァァデ!」

 

彼の十八番。相手の戦う気力を奪い強制退化させる音波攻撃。

何処から取り出したのかマイクを片手に熱唱を始めるメタルエテモンだが、爆音故に両手で耳を押さえた沙綾とは対称的に、ラストティラノモンは素知らぬ顔である。

 

『…何時聞いても不愉快な音だ……止めろ…そんな子供騙しが今更通じるとでも思っているのか…?』

 

「く……何で効かないのよっ!」

 

『…言った筈だ…オレとお前では格が違うと…』

 

レベルの違いは歴然。そもそもいくら能力が上がろうと完全体時の必殺で押しきれる程このデジモンは甘くないのだ。ただ、だからといってメタルエテモン自体の必殺は妨害能力は高いが攻撃力などはない。

つまり先の二つの技が効かない以上、メタルエテモン側に有効打はない。状況は圧倒的不利といえる。

しかし、

 

「ぐっ……ぐぐ……ふ、ふざけんじゃないわよ!」

 

"格下"だと決めて掛かっていた分それだけは認めたくないのだろう。拳を構えてメタルエテモンは全力で疾走、そのまま地面を蹴り、ラストティラノモンの胸部へと一気に跳躍した。そして、

 

「このアチキがっ!アンタ程度にっ!負ける筈がないでしょ!」

 

ガコンという金属同士の衝突音が木霊する。

雄叫びと共に繰り出された拳が、この戦闘が始まって初めて巨竜の身体へと直撃したのだ。

ただのパンチとは言え究極体本気の一撃、その衝撃は相当なものだろう。だが、

 

『…それで終わりか…?』

 

「…そんな…バカな!……あうっ!?」

 

メタルシードラモンの必殺すら防ぐ装甲の巨龍には全く通用しない。それどころか、逆に殴ったメタルエテモンの方がダメージを受けたかのようにその手を押さえている。その隙をラストティラノモンは見逃さない。

不動だった巨竜が動いた。

 

『…逃がさん』

 

「ぎゃっ!あ、ああぁぁぁ!!」

 

自由落下するメタルエテモンの身体をその大きな口でガブリとくわえて救い上げ、そのまま左右に勢いよく振り回した後、渾身の力で彼を投げ飛ばす。

 

「あぁぁぁあああ!」

 

その勢いは凄まじく、衝突した巨木が更に5本、6本と次々倒れ、7本目に打ち付けられた時にようやく勢いが殺されたのか、メタルエテモンはその場にバタリとうつ伏せに崩れ落ちた。だが腐っても究極体。その程度では戦闘不能になる筈はなく、彼は頭を押さえながらも即座に身を起こす。しかし、

 

「ぐっ!舐めんじゃな…はっ!」

 

言い終わる間もなくメタルエテモンは気付いた。巨竜が既に此処まで迫り寄り、今自らの頭上でその巨大な片足を降り下ろしている事に。

 

『…終わりだ』

 

「ぐふっ!!」

 

ドスンと言う地響きを挙げて、ラストティラノモンがその圧倒的重量で小さな身体を踏み潰す。短く上がる悲鳴、しかしそれでも巨竜は攻撃の手を緩めない。

 

「うっ!…よく…もっ!…ぐうっ!」

 

一度足を退け、ヨロヨロと再び立ち上がろうとするメタルエテモンに、ラストティラノモンは再度その足を降り下ろす。

相手が究極体、かつ金属製の身体であるからこそ消滅していないが、並のデジモンなら即死するであろうその攻撃を、立て続けに二発、三発と、躊躇う事なく繰り出していく。

 

「この…がはっ!…アチキ……が……負け……る……がっ!」

 

地面にクレーターが出来ようが、相手が地中に半ばめり込もうが巨竜は攻撃の手を緩めない。

最初は悲鳴を上げていたメタルエテモンも数発もすれば完全に沈黙し、後はなす統べなく攻撃を受け続けている。

闘いが始まってものの数十秒、たったそれだけの時間で勝敗は完全に決していた。

 

そこへ、 

 

「そこまでだよラストティラノモン!もう十分」

 

巨竜の後方から沙綾が静止の声を上げる。

敵は既に戦闘不能、これ以上の追い討ちは意味がないだろう。しかし、敵を踏みつけたまま振り替えるラストティラノモンは、この前と同じく彼女の指示に不満を漏らした。

 

『……まだコイツには意識がある…母よ(マァマ)、ここで止める意味はないのではないか…?』

 

「ダメ!これ以上やるとエテモンが死んじゃうかもしれないでしょ…さっき私と約束した事、もう忘れちゃったの?」

 

『…忘れてなどいない……だが殺さないにしても、責めて意識を刈り取るまでは続けるべきだ…お前に何かあってからでは遅い……』

 

「それは違うよ…エテモンはもう動けないでしょ。無茶はしないで」

 

口調こそ穏やかだが、ラストティラノモンの目をじっと見ながら強い気持ちで沙綾はそう返した。

彼が一筋縄でいかないデジモンだという事は彼女には承知の上、だからこそ沙綾は引くわけにはいかない。全ては自身を思っての行動だと理解しているが、此所でパートナーを制御出来ないようなら、彼女はこの先皆と行動を共にする事さえままならないのだから。

 

「………」

 

『………』

 

しばらくの間、両者見つめあったまま沈黙が流れる。

だが、劇的な変化を遂げようともやはり彼はアグモン、やがて一歩も引かない沙綾に根負けしたかのようにラストティラノモンは軽い溜め息を吐き、渋々ながらもメタルエテモンからその片足を退けた。

 

『…分かった…(マァマ)に従おう…』

 

「えっ!?…う、うん!ありがとうラストティラノモン!」

 

そう言って、驚きながらも微笑む沙綾に、パートナーは気恥ずかしいのか目線を横に向ける。

 

『……構わない……確かにお前のいう通り、今のコイツには不意を付くなど出来そうにもない……』

 

「ふふ…それでもありがとう」

 

この場には不釣り合いな笑顔だが、一時の沙綾の苦悩を考えれば喜ぶのは当然だ。まだまだ完全には程遠いが、"ラストティラノモンが彼女の意見に耳を傾けられる"事を証明したのだから。

ただ、だからといっていつまでも此所で時間を使っていられる余裕などはない。沙綾はすぐに頭を切り替える。

 

「急いで移動しなきゃ…貴方も退化して。その姿じゃ見つけてって言ってるようなものだから…」

 

『…ああ…了解だ母よ(マァマ)…』

 

巨竜がその姿を成長期へと戻す。

彼の退化を確認した後、沙綾はアグモンを連れ壮絶な戦闘後地からそそくさと退避し、そのまま森の中へと姿をかくした。たった一匹、今や瀕死となったメタルエテモンを残して。

 

「みと……めない……アチ…キ……が……アイツら…なんかに……」

 

消えていく二人を追う事など出来る筈もなく、屈辱にまみれた彼は、か細くそう呟いたのだった。

 

 

 

 





メタルエテモン戦回。
いや、最初は拮抗した勝負にしようと思ったのですが、気付いたら無双になってました。
この辺りからちょこちょこ原作にない出来事が起こり始めるかと思います。

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