デジモンアドベンチャー01   作:もそもそ23

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前回の投稿から一年以上空いてしまいました。
少し話を書くのがしんどくなってしまっていまして…
見てくださっていた方がまだいましたら、本当に申し訳ありませんでした。
最近「あ、もう一回書きたいなぁ」て思いまして、久々に書いてみたら思いの外さくさく進められました。



最後の進化……無情の決戦兵器《4》

海上で炸裂する光弾。

海が割れるのではないかとさえ思える程の振動が、沙綾達の居る大陸まで響く。

メタルシードラモンを飲み込み、今正に決着の瞬間を迎えようとしている最中、

 

(嘘……でしょ……なんでアグモンが……"アイツ"の技を……)

 

"それ"を放ったパートナーの後方で、沙綾はただ呆然と先程巨竜が言ったその"必殺名"を頭の中で繰り返していた。

 

(……"ムゲンキャノン"……)

 

そう、それは小説を熟読している彼女にとっては、当たり前のように知った技の名前。

彼女が憎む相手、その前身のデジモンが放つあの有名な必殺を沙綾が知らない筈がない。

 

(そんな筈は……だってアグモンはアグモンで……アイツじゃないのに……でも、じゃあなんでその技が……)

 

親友の敵と似ている姿、ほとんど同じ声、そして、歴史を知っているからこそ分かるその必殺の意味。

目の前にいるのは間違いなく自らのパートナー。それを頭の中では理解できているにも関わらず、考えれば考える程、彼女の思考は混乱していく。

 

(今のはだって……あの"ムゲンドラモン"と同じ技で……いくら似てても、アグモンが使える技じゃなくて……)

 

本来、多種多様な進化を遂げるデジモンの必殺が、他のデジモンと全く同じになる事はあまりない。進化前のデジモンの技がそのまま引き継がれた場合や、まだ技にバリエーションがない幼年期の世代ならばこの限り出はないが、多量の経験を積み、それぞれが独自の進化を遂げた究極体という高みで技が完全に一致するなど基本的にありえないのだ。メタルティラノモンとメタルグレイモンのような、関係性があるデジモン達を除いては。

 

目が痛む程の眩しい光の中、沙綾は自分を守って立つ巨竜の背中を見上げて思う。

 

(……アグモン……ホントに貴方……アグモンなんだよね……)

 

『…………』

 

そんな彼女の不安など知る由もなく、"アグモンであったその巨竜"は、光の中で一人悠然と闘いの決着を見守っていたのだった。

 

 

 

やがて、

 

 

 

 

霧のように周囲を覆っていた光が晴れる。

 

「あっ……」

 

そんな中で沙綾の目に最初に写ったのは、晴天の空の下、此方に向かって流れてくる小波と、その先をじっと見つめる巨大なパートナーの姿のみ。そこには先程まで海上で立ちふさがっていたメタルシードラモンの姿は何処にもない。

 

まるで今しがたの激闘など嘘のようなその風景に、沙綾は思わずポカンと口を開けたまま固まった。

 

「……」

 

まるで根が生えたように固まっていた足を動かし、沙綾は巨竜の足元によたよたと歩みより、その顔を上に向ける。

 

「ね、ねえ……アグモン、メタルシードラモンは……えと、その、もしかして……ホントに倒しちゃったの?」

 

先程のアグモンに対する僅かな不安感からか、そう問いかける沙綾の声色は何処となくぎこちない。

だが、そんな彼女の心情を知ってか知らずか、低い声ながらも、巨竜は穏やかな声で沙綾を見下ろすように向かい合った。

 

『いや……直撃した事は間違いないが……ヤツめ……どうやら最後の最後で海中に身を隠したようだ……』

 

「 海中って……じゃあ、アイツはまだ生きてて、今度はどこから来るか分からないって事?」

 

当然それを聞いた沙綾は慌てた表情を見せた。

何せ相手はこの海全ての支配者なのだ。先程は向こうの姿が確認出来たからこそパートナーの攻撃が命中したが、もし相手が地の利を活かし、この広大な海中から攻めてくるような事があれば、状況は再び自分達の不利となるだろう 。

しかし、どうしたものかと頭を抱える沙綾を他所目に、"アグモン"は敵の沈んだ海中に目を写しながら、静かに彼女へと口を開いた。

 

『……言い方が悪かったな……母よ(マァマ)、心配はいらん』

 

「えっ、どうして?」

 

『……例え生きていたとしても、先の一撃はヤツにとって既に致命傷……海中でそのまま塵になるか……例え再び現れたとしても、もうヤツには何も出来はしまい……』

 

彼は理解しているのだ。

ヴァンデモンと戦った時よりも遥かに強化されたあの必殺(ムゲンキャノン)は、例え相手が究極体であろうと、文字通り"当てるだけで"決着が着くと。

そして、その巨体と悠然とした佇まいは、それだけで慌てる沙綾を納得させるには十分である。

 

「そっか……なんだか、前よりずっと頼もしくなったね、アグモン」

 

『……どうだろうな……だが、もしそうだとすれば、それは全て(マァマ)のお陰だ……今もお前が来てくれなければ、オレは間違いなくヤツに消されていた……本当に……感謝している』

 

「……うん……」

(なんていうか、形も声も雰囲気も……ホントに全部変わっちゃったね……マァマって呼んでくれるところだけは変わらないみたいだけど……なんだか、やっぱりちょっと寂しいな……)

 

パートナーを見上げたまま沙綾は想う。

先程も感じた事だが、今のアグモンは成長期の頃を考えると信じられないような変わり様である。

無邪気な幼さは完全に消え、アグモンらしいパーツも一つ足りともない。唯一残された"マァマ"という呼び方だけが、彼がアグモンであるという証。

退化すれば元に戻ると分かってはいる沙綾だが、あのムゲンキャノン(必殺)がどうにもやはり頭の中で引っ掛かる。そこで、

 

「ねえアグモン……あの、さっきの技の事なんだけど……」

 

しかし、沙綾がその質問をぶつけようとしたその時、

 

「沙綾!!」

「沙綾ちゃん!!」

 

「!」

 

上空から不意に自分を呼ぶ声が聞こえ、沙綾は思わず口を閉ざして声のする方向へと首を向けた。するとそこには、やはりというべきか、彼女と"アグモン"に向かって飛行するバードラモンと、その片足にそれぞれ腰を掛けて捕まる空と太一の姿が目に映る。その後方にはヤマトとタケル、パタモンを乗せたメタルガルルモン、更にそれに続くように残りの皆を乗せたカブテリモンが、共にこの森の入り口を目指しているようである。

海上へと目を移せば、先程メタルシードラモンの攻撃で海中へと沈んだウォーグレイモンも、手負いながらもなんとか浮上しているのが見える。

 

あの様子なら、皆はすぐにここまでやってくるだろう

 

(うっ……このタイミングで……あの技の事聞きたかったのに……仕方ない)

 

流石に皆の前でこの話題に触れるわけにはいかないと、沙綾は出そうとしていた言葉を飲み込み、上空の太一達へと手を振って答えた。

 

 

そして、

 

 

「沙綾ちゃん! 良かった 無事だったのね!」

 

バードラモンが着地すると同時に駆け寄ってきた空が、開口一番にそう口を開いた。

 

「うん、この子のおかげだよ」

 

『……』

 

微笑を浮かべる沙綾に、巨竜は少し気恥ずかしそうにその背を向ける。

 

「……やっぱりそのデジモン、沙綾ちゃんのアグモンなのね……ビックリしたわ。こんなに変わっちゃうなんて……」

 

巨竜を見上げながら、空は呆気に取られたような表情を見せる。彼女としては他にも言いたい事や聞きたい事がある筈だが、この巨竜を前に今はそれ以上の言葉が出てこないのだろう。

 

「それで沙綾、アイツはどうなったんだ!?倒したのか!?」

 

空に続くように、太一は傷だらけの少女へとそう問いかけた。それに対し、沙綾は首を小さく横に振る。

 

「ううん、"この子"が言うには、まだ倒しきってないみたい…ただ、もう放っておいても消えるだろうって」

 

「ホントかよ!?俺達があんなに苦戦したアイツをほぼ一撃で仕止めちまうなんて…なんていうか、すげーな」

 

空同様、太一も開いた口が塞がらない様子で、彼女の元アグモンを呆然と見上げた。同じアグモンの究極体同士、これ程までの戦闘力の差があれば、それも仕方がないのだろう。

 

『……』

 

他の子供達も続々と集合してくる中で、巨竜は一人穏やかな海を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……うっ……バカな……この私が……あんなデジモンごときに……』

 

深海に向かってゆっくりと沈んでいく長い巨体。

まるで信じられないと言ったように、呆然とメタルシードラモンは呟いた。

 

『……海の支配者たる……私が……』

 

負ける事など一切考えてはいなかった。

現に本の数分前まで、彼に敗北の要素は何一つなかったといえよう。しかしアグモンが進化した途端、たったの一撃で彼の身体は大きく破損し、自身を構成するデータが至る所から粒子となって漏れ出している。即死とはいかずとも、これが致命傷であることは疑い様がない。

身体はまだ動きはするが、全力の必殺さえ返された相手に正面から挑める程の力など残ってはいない。更に回りには選ばれし子供がまだ8人全員生きているのだ。そんな状況では、最早不意を着く事さえ簡単ではない。

 

『…………クッ』

 

粒子化は止まらない。持った所で後数分程。いや、全力で身体を動かしたなら、実際の時間は更に短くなる。そんな中で、あの巨竜も含めて選ばれし子供達を皆仕留める事などまず不可能。

 

『……まさか……此処で果てる事になるとはな……』

 

海面がもう随分と遠くに感じる中、メタルシードラモンは不意にそう悟る。彼にしてはずいぶんあっさりとしているが、現実的に、最早"自分の力だけ"ではどうしようもない事を、他ならぬ彼自身が理解しているのだろう。

 

だが、それはあくまで彼が一人で戦った場合の話。

 

 

そんな時である。

 

『……?』

 

全てを諦め水の底へと落ちていこうとしたその時、メタルシードラモンのその視界が、海底にゆらめく"ある物体"を捉えたのだ。

 

『! ヤツは……!』

 

深海の岩影に身を潜める巨大な影。

 

そう、それは先程逃げたと見せかけながら、海底にて選ばれし子供達をサポートするため、密かにその期を伺っていた一匹のデジモン。

 

同時にそのデジモンが、自身にとって正に逆転の切り札になりえる事を、メタルシードラモンは瞬時に理解出来た。

 

『……ククク……そうだ……この手があったか……』

 

思わず彼の口許がつり上がる。

確かに"彼一人"では勝ち目はない。しかし、そこに"選ばれし子供達の弱点"が加われば話は変わってくる。

その考えが気配として漏れだしたのだろうか、向こう側もメタルシードラモンに気付き、巨体を翻し素早い速度で逃走を始めるが……

 

『……逃がさん……!』

 

力の抜けた身体から一転、メタルシードラモンはジェット噴射の様な勢いで加速し、そのデジモンへと一気に直進した。

いくら死にかけとは言えやはり彼は海の王。加えて、彼にしてみてもこれが最後のチャンスなのだ。粒子化は更に勢いを増し、文字通りその命をガリガリと削りながらも速度を衰えさせる事なく、目標との距離はぐんぐん縮んでいく。

 

『クク……私はこのままでは死なん……! ヤツ共々、選ばれし子供を全員道連れにしてくれる……!』

 

消えかけていた闘志を再び煮えたぎらせながら、メタルシードラモンは巨体、"ホエーモン"へとその牙を向く。

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、先程の海岸では、集合を果たした子供達が、パソコンを叩く光子朗を中心にその画面を興味深そうに覗きこんでいた。

 

「おかしいですね…該当データなしなんて、こんな事は初めてです。ダークマスターズでも、簡単な情報くらいはあったのに…」

 

「…やっぱ壊れちまったんじゃねーのか?」

 

「それはありませんよ。ここ以外には、別に変なところはありませんから」

 

首を捻る太一に、光子朗はきっぱりと反論した。

原因は、進化した沙綾のアグモンのデータが彼のパソコンに全く表示されないことにある。

 

「なんでかな?別に私は特別な事はしてないんだけど」

 

沙綾もはっきりした理由は分からないため首をかしげてはいるが、一つ仮説を立てるならば、それは彼がまだ"この時代に存在しないデジモン"であるからだろうか。

彼女達の時代では、デジタルワールドの情報は既にかなり更新されてる。ならば、沙綾のアグモンが未来のデジモンである以上、この時代に存在しないデジモンに進化する因子を持っていてもなんら疑問はない。

最も、

 

「でも、別に問題はないんじゃないか?コイツが究極体なのは見た目でも分かるし」

 

今のところ、太一達にとってはそんな事は二の次である。

 

「確かに、いかにも"ツワモノ"って感じよね。ゴツゴツしてるし、まぁちょっと恐すぎかなぁって思うけど」

 

「まぁ、そうですね。何にしても、此方としては貴重な大型戦力です。これからの戦いも、これでかなり盛り返せそうですね」

 

「ホントに!私達、無事にお家に帰れるの!」

 

ダークマスターズの力を目の当たりにしてから表情が曇っていたミミも、光子朗の言葉で一気に明るくなる

 

「強いて言うなら、不便なのは名前くらいかな?」

 

「まあ、実際それが一番大事だよね」

 

丈が呟く一言に沙綾が合わせる。

あの見た目で何時までもアグモンと呼び続けるのも、やはり少し抵抗があるのだ。

 

「それなら、本人に聞くのが一番早いんじゃないか?」

 

ヤマトが元アグモンに目配せしながら、沙綾にそう促す。

メタルシードラモンの消息がはっきりしない今、奇襲にそなえ、ウォーグレイモンを始め、パートナー達は進化を継続したまま子供達の回りに配置されている。

勿論沙綾の元アグモンも、皆に背を向けたまま、メタルシードラモンが消えた水面を見つめるようにどっしりと巨体を維持していた。

 

「いや、なんかタイミング逃しちゃって」

 

変わりすぎた雰囲気からか沙綾は苦笑いを浮かべるが、何時までもこうしてる訳にはいかないと、彼女は巨大化したパートナーに聞こえるよう声を大きくした。

 

「ねえアグモン、今更なんだけど…君、今はなんていう名前なの?」

 

沙綾の声に巨竜は顔だけをそちらに向ける。

だが、一瞬の沈黙の末、彼は意外な答えを口にした。

 

『…すまない母よ(マァマ)…生憎だが、オレは今の自分の名が分からん…だから、オレの事は(マァマ)の好きに呼べばいい……』

 

「えっ!?」

 

これは沙綾だけでなく、皆にとっても予想外な答えである。

如何にデータベースにはなくても、基本的にデジモンはある程度自身の情報は進化した時点で把握しているものだ。現に、彼は先程姿が変わって直ぐ背中の巨砲を瞬時に展開し、メタルシードラモンを撃破している。

名前だけが分からないのか、それとも名前を隠したいのか。

 

「…………」

 

何時ものアグモンなら隠し事などすぐに見抜けるが、機械化に伴い表情の変化が分からなくなった今、その声色だけでは判断は難しい。

 

結果

 

「そっか…じゃあ、私が新しい名前を付けてあげる」

 

沙綾は何も聞かない事にした。

いや、親友の敵と似た姿の彼に対し、それを聞く事を無意識に躊躇したのだろう。

 

『…ああ…頼む』

 

低音ながらも穏やかな声。

少しの安心感を覚えながら、沙綾は腕を組み考える。

空気を読んでいるのか皆まで沈黙する中、しばらくして彼女はゆっくり口を開いた

 

「うん…決めた。貴方の名前……"ラストティラノモン"…なんてどうかな?」

 

再び訪れる沈黙。

直訳すると、"最後のティラノモン"

目の前にいるのはティラノモンとは似ても似つかない姿の巨竜だが、沙綾はあえてその名前を選んだ。それは、彼が自らのパートナーであると、自分に対して言い聞かせる。そういった感覚もあるのかもしれない。

"最後の"というのは、これが二人の到達点。そして、迫る決戦に決着を着けるという意味だ。

 

「えと、どう…かな?」

 

一応彼女にとっては渾身の出来のつもりなのだが、相手が無反応だと流石に不安になるものだ。

 

『ああ…良い名だ…』

 

「よかった。ちょっとスベったのかと思ったよ」

 

『そんな事はない…(マァマ)のつけた名だ…どんな名であれ、オレに不満などある筈がない…だが…』

 

直後、巨竜ラストティラノモンが再び海面に目を移した。

どうやら彼の沈黙の原因は、沙綾のネーミングセンスではないようである。

 

『下がっていろ母よ(マァマ)……ヤツが来る……』

 

今までの穏やかな雰囲気から一片。

目には見えないが、まるでオーラを纏っているようなプレッシャーを放ちながら、ラストティラノモンは沙綾に背を向け、彼女を守るように立つ。

 

そう、それは再びここが戦場に変わる合図。

 

「太一!みんな、気を付けろ!」

 

ウォーグレイモンを始め、メタルガルルモン達もパートナーを守るためにそれぞれ海岸に並び立つ。

相手はダークマスターズ、先程の一撃で深手を負っていたとしても侮ってはならない。

 

周囲に緊張が走る。

 

そこへ、

 

『ハアアアアア!!』

 

海面を突き抜けるように盛大な水しぶきをあげ、海の王、メタルシードラモンが、雄叫びと共に再びその姿を表した。

だがその咆哮とは対照的に、海面から出ているその体は既に、至るところから光の粒子が漏れ、消滅の時が近い事を感じさせている。

 

『さっきはよくもやってくれたな…まさかこの私が…お前のような"ガラクタ"に足元をすくわれるとはな…』

 

『…大人しく消えていればいいものを…今更何をしに来た…?それほど止めを刺されたいか…?』

 

ラストティラノモンがドスの聞いた低音で威嚇する。

 

「そうだぜ!こっちは9人、そんな体じゃもう勝負になんてならないだろ!」

 

姿を表した事によって、今はもうメタルシードラモンこそが袋のネズミのような状況だ。

しかし、今まさに消滅しようとしているダークマスターズの一人は、この状況に余裕を崩さなかった。

何故なら

 

『残念だったな…お前達に私は殺せん……これをみるがいい』

 

持っているのだ。選ばれし子供達の最大の弱点を。

 

「!!」

 

ザバンっと、メタルシードラモンが水中から空中へと勢いよく飛び上がった瞬間。太一達は息を飲んだ。

今まで水中に隠れていた彼の胴体から下、彼の半身が、一匹のデジモンにぐるぐると巻き付いていたのだ。

紛れもなくそのデジモンは、

 

「ホエーモン!どうして!逃げたんじゃなかったの!」

 

空が声を上げる。

しかし、想像を絶する強さで締め付けられているのだろう。ホエーモンはぐったりしたまま、声を発する事も出来ないようである。

そして次の瞬間、丈の顔が青ざめた。

 

「け、痙攣し始めた…まずい!このままだとホエーモンが窒息しちゃうよ!」

 

「ホエーモン!」

 

タケルが叫ぶ。

彼の命が危機に瀕している事は、その場にいる全員が理解できた。

 

「っ!」

 

太一が唾を飲み込む音が、隣にいた沙綾にも聞こえる。

最も、アグモンの進化によって頭から離れていたが、この結末は沙綾にとっては想定していた事だ。

 

(ホエーモンは……ここで死ぬ……それが正しい歴史)

 

だが、理解はしていても辛いのが現実だ。

今の彼女に出来ることは、握り拳を強く握る事くらいだろうか。

各々のパートナー達も、主達と同様その場に硬直したまま動く事が出来ない。

 

『貴様らの甘さは承知の上だ…コイツを救いたいなら…全員…今すぐ降伏してもらおう! 人間供はデジヴァイスを捨て、デジモンは今すぐ退化するのだ!』

 

「なんだって…」

 

到底頷けない命令が飛ぶ。

だが、彼らは先日ピッコロモンの犠牲を目の当たりにしたばかり。仲間の命が掛かっているこの状況では、とれる選択肢はない。

 

「…くそ…ウォーグレイモン、アイツのいう通りにしてくれ…」

 

「メタルガルルモン、お前もだ…ここはいったん、ヤツの命令に従おう…大丈夫だ。向こうも体力の限界…必ずチャンスが来るさ」

 

太一とヤマトが先陣を切ってパートナーに指示を出た。

 

(…ヤマト君のいう通り。ウォーグレイモンも無事だし、ここは大人しく流れに任せておけば、後は歴史が勝手に正しく進んでくれる筈…)

 

「そうよね…今はホエーモンを早く助けなきゃ…バードラモン、貴方も」

 

ヤマトに続き、空、そして他の子供達も続々とパートナーに退化を促していく。どのような形で形勢が逆転するかは分からないが、少なくとも選ばれし子供達はここでは倒れない。そう思い、沙綾もパートナーへと退化を指示しようとしたその瞬間、

 

『…笑わせる……』

 

ゾッとするような威圧感と共に、ラストティラノモンの方が先に敵へと言葉を投げた。

 

『…的の分際で…よくそんな口が叩けるものだ…』

 

同時に、彼は両手を砂浜へと付けて四つん這いとなり、背中の大砲を、ホエーモンという重りを抱えた、文字通り空中に漂う巨大な"的"へと向けた。

これは脅しではない。ラストティラノモンから放たれる殺気がそれを物語っている。

 

「えっ!?ちょっと!ラストティラノモン!まだ今は待って!」

 

沙綾も含めその場の全員がざわめく。勿論メタルシードラモンも例外ではない。彼の最後の切り札が、想像以上にあっさりと打破されたのだから。

 

『バカな!今撃てばコイツも死ぬことになるのだぞ!』

 

「待て!お前ホエーモンごと撃つ気か!」

 

メタルシードラモンと太一、双方から声がかかるが、巨竜は意に介さない。

 

『…戯れ言を…ヤツの息の根を止める絶好の機会だろう…』

 

「だ、だからって仲間を巻き込んでもいいってのかっ!」

 

『フン…諦めろ…どのみち、ヤツはもう助からん……』

 

「なんだとっ!どうしてそんな事が言えるんだよ!」

 

以前から沙綾を守るためには手段を選ばなかったアグモンだが、余程の事がない限り味方を切り捨てるような事まではしなかった。これほど冷静に、これ程冷酷なアグモンは誰も知らない。パートナーの沙綾ですらも。

 

「沙綾ちゃん!ラストティラノモンを止めて!このままじゃホエーモンが死んじゃう!」

 

空の懇願に、沙綾はもう一度自らのパートナーに指示を下す。

 

「ねえお願い!ここはみんなの言う通りに退化して!」

 

沙綾としてみれば、ホエーモンが誰に倒され、メタルシードラモンを誰が倒しても答えは同じ。しかし、好き好んで自らのパートナーに"仲間殺し"をさせたい者など何処にもいない。まして、それを行えば"正しい歴史"を知らない皆からどうみられるかなど考えるまでもない。

彼女は必死に止めようと試みる。

 

「ねえ!言うことを聞いて!」

 

しかし、ラストティラノモンは止まらない。

 

母よ(マァマ)…悪いが、その命令は聞けない…』

 

沙綾に目を移す事なく、彼は静かにそう答える。

 

「…なんで!」

 

『……いった筈だ…お前の障害は、オレが全て排除してやると……』

 

「!」

 

彼は決めたのだ。

 

あの夢の中で。

 

例え自らが母と慕う者に嫌われようと、彼女が最も"安全"な道を選ぶのだと。

万が一など許さない。

例え死ななくても負傷する可能性が十二分にある以上、"私を守るな"などという命令は言語道断だ。

沙綾の命令を無視し、その背中の巨砲が稼働する。

 

『…次は鉄屑では済まんぞ…覚悟しろ…』

 

光の粒子が巨砲の先端に集まっていく。

太一が自らのアグモンに再進化を促すが、最早間に合わない。

空も両手で自らの顔を覆う。

 

『ムゲン……』

 

『クッ!待て!止めろ!』

 

「イヤーーー」

 

その絶叫は誰のものか。

仲間が仲間を撃つ。

その異様な光景に様々な声が交錯する中、

 

『キャノン!』

 

青い空の下、今日二発目となるその必殺が無情にも放たれた。

巨大な光の弾丸はずれる事なく、一直線に目標へと接近し、

 

『おのれぇええ!!!』

 

一瞬だけ聞こえたその断末魔を書き消し、ホエーモン共々、それはメタルシードラモンを簡単に飲み込んで直も上空へとつき進む、そして

 

「ホエーモーーン!!」

 

太一達の叫びも空しく、遥か雲の上、轟音を上げてそれは炸裂した。

 

「そんな…」

 

驚くほどの呆気ない幕引き。

 

『…決したな…無事か…母よ(マァマ)…』

 

「う…うん」

 

『…そうか…』

 

沙綾の身を背中越しに気遣いながら、敵の反応が消えた事でラストティラノモンは前傾姿勢をといた。その横で

 

「嘘だろ……ホエーモン……」

 

ガクンと膝から崩れ落ちる太一や、泣きじゃくるミミとタケル、奥歯を噛み拳を握りしめるヤマト。

皆の反応は様々たが、ホエーモンを失う覚悟だけは決まっていた沙綾は、回りの子供達に比べてまだ多少は落ち着いてはいたのかもしれない。

 

(どうしてそこまで…アグモン…)

 

ラストティラノモンの背中を見上げ、沙綾は思う。

彼女の感じた"不安感"は正しく、圧倒的な力を手に入れた反面、アグモンの最終形態が両手離しで喜べるようなものではない事を確信したのだ。

彼女に対する反応は全く変わっていないが、それ以外にはまるで冷酷なデジモン。

かつてのメタルティラノモンのように、恐らく必要とあらば太一達でさえ躊躇う事なくその牙を向けるだろう。

 

(もしかしたら……もうみんなとは一緒に入れないかも……)

 

沙綾は目を伏せる。

彼女にとって究極体の力は必須。だが、それが目の前のパートナーのような力ならば、回りに与える被害は尋常ではない。皆の助けにならないどころか、最悪歴史を変えてしまう恐れもある。

たが

 

(それでも…私は……)

 

一つ目の驚異が去ったものの、いいようのない空気が、沙綾を含む全員を包み込んでいた。

 

 

 





メタルシードラモン編はこれで終わり。
次回からは少しの間、沙綾とアグモンの二人旅になりそうです。
一年間全くこのサイト自体を開いていなかったので、その間に感想をくれた方々、ありがとうございます。返信も出来ずに申し訳ありません。


後、分かってる人が殆どだと思いますが、ラストティラノモンはオリキャラではなく既存のデジモンです。
一応、ラストティラノモンのラストはダブルミーングで、本来は"錆た"という意味もあるのですが、パートナーの名前の由来がそれじゃああんまりなので、この小説では"最後の"を強調しました。




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