デジモンアドベンチャー01   作:もそもそ23

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思いの外書き直す所が少なく、予定より早く投稿できました。


最後の進化……無情の決戦兵器《2》

沙綾達がホエーモンの背中から脱出して約二分程。

 

「よし! イッカクモン、このまま森の中を進んでくれ。! 君の角が届くギリギリの位置まで下がるんだ!」

 

大陸の入り口である砂浜まで泳ぎ通したイッカクモンに、丈は早口にそう声を上げた。

この"作戦"は皆のサポートがあって始めて成り立っているのだ。宙を移動できるバードラモンやカブテリモン達と比べ、水上を移動して陸を目指した彼らはやはり一歩出遅れる形になってしまっている。

 

「了解! ちょっと揺れるよ、しっかり捕まってて!」

 

しなやかな水上移動とは異なり、イッカクモンの陸地の移動はまるでトラックのように大雑把なものである。

ガタンガタンと揺れ動く体は、彼の体毛を握っていなければ即座に転落してしまうだろう。

 

「もうヤマト君達は援護の準備に入ったくらいかな?」

 

「どうだろう? でも、とにかく僕達が一番遅いのは間違いないんだ。急がないと……僕がみんなの足を引っ張る訳にはいかないからね 」

 

「丈さん……」

 

責任感の強い丈らしい言葉。

ただ、旅を始めたばかりの頃の空回りぎみだった彼はそこにはなく、その背中は以前よりも遥かに逞しく沙綾は感じた。

 

海岸を抜け、イッカクモンはドスンドスンと森の中を進んでいく。木々の裂け目から見えるウォーグレイモン達は遥か遠方。そんな時、丈はキョロキョロと回りの景色を確認しながら、振り替える事なく後方の沙綾へと口を開いた。

 

「……ところで沙綾君、一つ聞いてもいいかな?」

 

「うん? どうしたの?」

 

「前に君が言ってた事だけど、君がこの世界(デジタルワールド)でやらなきゃいけない"目的"っていうのは、そんな身体を押してまでする必要がある事なのかい?」

 

「…………えと……それは……」

 

丈の質問に彼女は口ごもる。

 

「あっ……ごめん、言いたくないなら別にいいんだ……君の事は信用してるから……ただ僕の兄さん、えと、医学生なんだけど……兄さんがいうには、君のその傷は決して軽傷じゃない。片方の瞼は深く切ってるし、骨は折れてないらしいけど、旅をするのは相当辛い体の筈だ……」

 

「…………」

(……丈さんのお兄さんって、私会った事ない筈だけど……? ……あぁ成る程……もしかして前に気を失ってた時かな……)

 

沙綾本人に会った認識はないが、小説では丈の兄もヴァンデモンとの決戦時にビックサイトにいた筈である。

ならば、そこに気を失った今の"ミイラ姿"の彼女が担ぎ込まれてくれば、動ける医者など誰もいなかったあの状況、眠っている間彼に診察を受けていてもおかしくはないだろう。

 

「だからちょっと気になったんだ……例え世界の運命が掛かってるって言われても……僕なら、とても真似出来ない事だからね」

 

「……そんな大した理由じゃないよ……丈さん達に比べれば、私の目的なんてホントにちっちゃな事だから」

 

そう、世界中何億人という人々に影響を与えた彼らに比べれば、沙綾は"たった二人の結末を変える"ためだけに皆の旅に付いて来たに過ぎない。

 

「いや、なら尚更君は凄いよ……勉強ばかりしてた僕よりも沙綾君はずっとしっかりしてる……見習わないとね」

 

「はは……そんな事はないと思うけど」

 

故に丈からのそんな賛辞も、沙綾にとっては今一ピンとこない。

むしろ、『見殺し』を容認している自分を知られた時、彼らが一体どんな顔をするのか、彼女は不安に思う。

 

そんな時、

 

「丈! みんなの攻撃が始まったよ! オイラ達もこの辺りから援護しよう! 」

 

イッカクモンがその足を止め、頭の上の角へと捕まる丈へとそう声を上げた。

沙綾達が上を見上げれば、そこには光の矢や炎の羽が今正に流星のようにメタルシードラモンに向けて飛来している。

 

「そうだな。この距離から届くかいイッカクモン?」

 

「任せてよ! でもまぁ、当たらなくてもこっちを向かせればいいんだろ? 簡単さ!」

 

「いや……そこは当ててくれよ……」

 

「フフ……」

 

この状況に置いても何時も通りな丈とイッカクモンの掛け合いに思わず沙綾は口許を緩ませる。

だが、そんな彼らに続こうと後方を振り返った瞬間、

 

「アグモン……私達も……って……えっ……?」

 

彼女は絶句した。

 

ほんの一、二分前、海を渡りきった時までは確かにそこにいた筈のパートナーの姿はそこにはなく、あるのはフサフサとしたイッカクモンの体毛だけ。

 

「ん? 沙綾君、どうしたんだい?」

 

「丈さん! アグモンが……居なくなっちゃった……」

 

「な、なんだって!」

 

首を左右にキョロキョロ振りながら彼女達は慌てて周囲を見渡すも、アグモンの姿は何処にもない。

"まさか森の何処かで落ちてそのまま道に迷ったのか"

沙綾は一瞬そう考えるが……

 

「ちょっと待ってくれ! 沙綾君のアグモンなら、もし落ちても直ぐに追い付いてこれる筈だ…… あれだけ大きな足音を出しながら走ってたんだし、迷うなんてあり得ない!」

 

「そう……だよね」

 

丈の言う通りだ。昔のアグモンなら兎も角、今の彼ならばイッカクモンに追い付く事など雑作もない。

ならば何故?

こんな時、彼女が取る行動は何時も一つだけ。

 

「私……探してくる。 丈さん達はこのまま攻撃して!」

 

「お、おい沙綾君!」

 

痛む足を引きずりながら、丈の制止を無視して沙綾は来た道を走り始めた。

海を渡り終えた所までは確実にいた事から、溺れてしまったという線はない。

むしろ、居なくなった瞬間を誰一人気付きもしなかった事から、彼が"彼自身の意思"でいなくなった可能性すらある。

 

「何処行っちゃったの……アグモン……」

 

新緑の森の中、得体の知れない不安感が沙綾を襲う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、

 

「マァマ……やっぱり心配してるかなぁ……」

 

森の入り口、ウォーグレイモンとメタルシードラモンの戦いがよく見える海岸の手前で、アグモンはペタンと座り込みながら呟いた。

その様子は、さながら家出をした時の子供のようである。

 

「……でも、マァマに知られちゃう訳にはいかないし……仕方ないよね」

 

水面に向かいながら、彼は一人ポツンとそう呟く。

 

一番後方に座っていた彼は、イッカクモンが海を渡り終えてすぐに、その背中からさっと飛び降りていたのだ。

その際、ガタンガタンというイッカクモンの走行の振動が幸いしたのか、沙綾達はアグモンが跳んだ事に気付く事はなく、彼女達はそのまま森の奥へと消えていった。

 

「……はぁ」

 

目の前に広がる大海、そこで繰り広げられる戦いを見ながら彼は思う。

 

(……太一のアグモン、強くなっちゃったなぁ……それからガブモンも……なんだか、ボクだけ置いていかれたみたい……)

 

終始攻撃を避ける事に専念しているが、ウォーグレイモンとメタルシードラモンの攻防はとても"今"の彼が入っていけるものではない。

 

最も、それはあくまで完全体までしか進化出来ない"今"の時点の話ではあるが。

 

(でも……ボクもすぐに追い付いてみせる)

 

彼の頭の遥か上空を、様々な遠距離攻撃が流れ星のように通過していく。

 

「……みんなの攻撃が始まっちゃった……さあ、ボクも動かないと」

 

そういうと、彼は落ち着いた様子で立ち上がり、そのままスタスタと浜部まで歩いていく。

あの夢の意味をこの身で確かめるため、そして沙綾を守る力を得るために。

今はまだ"夢の自分"がいっていた"力"は何処にも感じないが、戦闘になれば恐らくその問題は解決されるのだろう。

 

「………」

 

最早何時見つかっても不思議ではない距離。

 

そんな中で、

 

『チッ! 小賢しい!』

 

飛来した攻撃がドカン、ドカンと音を上げて次々にメタルシードラモンへと命中していく。

勿論ダメージなど殆どないが、元より、これらの攻撃は相手を倒すためのものではない。全てはウォーグレイモンのドラモンキラーへと繋げるための布石である。

 

そしてその作戦通り、突然襲いかかった衝撃にメタルシードラモンが此方の島へと一瞬目を映した。

 

作戦の最終段階。

 

「今だ!」

 

その隙を見逃さず、ウォーグレイモンが両爪を構えて必殺の体制へと入る。

『ブレイブトルネード』

本来、この戦いの鍵を握るドラモンキラーによる大技である。

だが、いざそれを放つためにウォーグレイモンが身体を高速回転させようとした、その次の瞬間。

 

 

 

遂に、沙綾のアグモンが動いた。

 

彼は一度大きく息を吸い込み、そして……

 

「スゥー……こっちを見ろォ! このノロマァ!」

 

波が押し寄せる海辺ギリギリ。ありったけの声を振り絞って、眼前のメタルシードラモンへと叫びを上げた。

 

全ての作戦を台無しにする一声。

反射物など一つもない海に、その声はとてもよく通る。

 

(……これでいいんだよね……"ボク"……)

 

その中でアグモンは自らの内面にそう問いかけてみるが、内側から答えなど返ってくる筈はない。

いや、最早動いてしまった以上後戻りは出来ない。

 

その声を境に訪れる一瞬の静寂。

アグモンはゴクリと唾を飲み込む。そして、

 

『何だと……?』

 

沖に浮かぶメタルシードラモンの蛇のような瞳が、ギロリと浜辺に立つアグモンを捉えた。同時に、

 

「オ、オイ! 何してるんだアグモン!? いくらなんでも近すぎるぞ! 」

 

狙われればひとたまりもない近距離での挑発行動。アグモンの行動に驚いたのは、メタルシードラモンよりもむしろウォーグレイモンの方である。

アグモンが何をしたいのかサッパリ分からず、彼は必殺の構えを取ったまま一瞬ピタリと固まった。

 

そしてそれが、逆に自らを追い詰める最悪の隙となる。

 

『貴様は沈んでいろ……!』

 

「ぐおっ!」

 

海中からザバンと襲いかかるメタルシードラモンの尻尾。

まるでハエを叩くように高速で振るわれたそれを避けることが出来ず、ウォーグレイモンは盛大な水飛沫を上げて海中へと叩き伏せられた。

 

「…………」

(……ごめん……アグモン、それからみんな……)

 

ゴボゴボと沈んでいく仲間をただ眺めながら、アグモンは心の中で謝る。

"致命傷"ではないだろうが、たった一度と言えるチャンスをみすみす潰したのだ、"作戦"においてこれは"致命的"な失態である。

光子朗達がこの様子を何処かで見ているのならば、恐らく今頃顔を青冷めさせているだろう。

 

『…………』

 

既にウォーグレイモンには興味はない。そう言わんばかりに、メタルシードラモンは再度アグモンへと目を移す。

そして、ザバンと一瞬海中へと潜ったかと思えば、

 

「あっ……」

 

『さて……今……貴様はオレに何と言った?』

 

彼はアグモンの目と鼻の先の海面から即座に姿を表し、小さな恐竜を思いきり見下しながらそう口を開いた。

 

イッカクモンでは一、二分程度掛かる距離など彼にとっては"ない"も同じ。海中ではそれ程のスピードを有しているのだ。悪口らしい言葉があまり思い付かずに適当に放ったものではあるが、図らずとも、先程のアグモンの挑発は彼にとってこの上なく効果的だったのだろう。

 

陸と海。対面する成長期と究極体。

襲い掛かる強烈なプレッシャーに耐えながら、アグモンはメタルシードラモンへと言い放つ。

 

「お、お前なんて怖くない! 何回だって言ってやる! このノロマ!」

 

『……フッ……聞き違いかと思ったが……成る程……ククッ……』

 

一瞬だけながれる不気味な静寂に、アグモンの額から一筋の汗が流れる。

そして次の瞬間、笑いを抑えるメタルシードラモンの表情が一変した。

 

『それほど"なぶり殺し"にされたいなら、望み通りそうしてやる!』

 

その言葉と同時にアグモンに向けて振るわれる巨大な尻尾。それは今しがたウォーグレイモンを海中に沈めた物と同じ。

既に避けるには遅すぎる。いや、元より彼に避ける気などない。

自身へと迫る強大な風圧を感じながら、アグモンは目を瞑りその身体へと力を込めた。

 

(来たよ! "ボク"……力を貸して!)

 

全ては本性を名乗る自分の指示通り。

ここで究極体の力を開花させ、その力を持って目の前の敵を薙ぎ払う。

作戦はそれだけだ。

 

しかし、

 

次の瞬間、アグモンの表情は凍りついた。

 

(えっ……う、嘘……何にも変わらない!)

 

戦闘さえ始まれば自ずと解放されると思っていた"力"

だが、事この状況に置いても夢の自分が言っていた"力"など彼は何処にも感じる事は出来なかったのだ。

実際、今アグモンが感じているのは"何時もと何一つ変わらない"、完全体になれる程度の力のみ。

 

(嘘でしょ! 早く! 早く進化しないと!)

 

驚愕に染まる表情。

あの時彼は言っていた。

"オレがお前の力を押し上げてやる"と……

だが今、幾らその言葉を信じて身体の奥にあるという"力"を探してみても、彼には何も掴むことは出来ない。

 

自身へと横薙ぎに迫る巨大な尻尾。そして……

 

『吹き飛べ!』

 

何のアクションも起こせないまま、メタルシードラモンの尻尾攻撃(テールスイング)は正確にその小さな身体を捉え、

 

「がうっ!」

 

パチンという快音が当たりに響く。

 

まるでバットで打たれるボールになったような感覚と共に、アグモンは物凄い勢いで森に向けて弾き飛ばされた。

そしてそのまま、背中からトップスピードで入り口付近の大木に衝突し、アグモンの肺の中の空気が全て吐き出される。

 

「うっ……ぐっ……」

 

力なくズルズルと木から落ちる身体。

次いで、打ち付けられたその木が、あまりの衝撃の強さからバキッと幹から折れて倒木した。

 

「……はぁ……はぁ……あぅ……」

 

完全体すら一撃で戦闘不能に陥る恐ろしい威力のテールスイングだ。距離にして一体何十メートル吹き飛ばされたのだろうか。

呼吸が全く出来ず、アグモンは地面に横たわったまま一切動けない。

"成長期"の姿で"究極体"の一撃を受けるという事は、いわば幼児がボクサーに殴られた事にも等しい。

いくら強化されていても体力は一瞬で空、いや、むしろ強化されていなければ、最悪今の攻撃で消滅していたかもしれない。

消えなかっただけマシと言うものだが、最も、今アグモンが考えている事はそのような事ではなかった。

 

「うっ……どう……して……何で……進化……出来ないの……」

 

地べたにグタリと横たわりながら、アグモンはうわ言のように呟く。

"まさかアレは本当にただの夢だった?"

"全ては自分の妄想"

頭に過るのはそんな最悪のビジョン。

 

(クソ……これじゃ……ボク……結局……何をしたかったのか分かんないよ……)

 

地べたに力なく倒れたまま、アグモンの身体は小刻みにピクピクと痙攣している。

皆が立てた作戦を台無しにした上、進化も出来ず、勝てない喧嘩を吹っ掛けた結果、何もしない内に敗北し、ただ地面に転がっているだけ。

最早笑い話。

自分を信じた結果がこれなのだ。本末転倒もいいところである。そして、

 

『フン……力を入れすぎたか……なぶり殺すつもりが、これではそうも言っていられない様だ……』

 

そんなアグモンを眺めながら呟いた後、止めを刺すと言わんばかりにメタルシードラモンは鼻先にエネルギーを集中させ始めた。

先程の尻尾でさえあの威力なのだ。必殺など受けようものなら消滅は間違いない。しかし、

 

(せめて……立ち上がらないと……)

「……くっ……うっ……」

 

アグモンは懸命に立ち上がろうとするも、いくら身体に力を込めようと身体を起こす事すら満足にできない。

 

(うぅ……ダメだ……力が入らない……)

 

いや、最早多少動けたところで意味はないだろう。メタルシードラモンの必殺を避ける体力も、進化して防御する体力も、今の彼にはには残されていないのだから。

 

『最後だ……』

 

メタルシードラモンの声が響く。

 

援護に回った子供達には彼の攻撃を中断させる事は出来ない。

頼みの綱のウォーグレイモンは今は海の底。

最早絶対絶命。

 

(ああ……ボク……ここで死ぬんだ……)

 

余りにも情けない幕切れであるが、驚く程あっさりとアグモンは自らの最後を認めた。

今の彼にとって唯一の救いは、この場に沙綾がいなかった事だろうか。

自分の意味不明な行動で彼女まで巻き込んだとなれば、彼は死んでも死にきれないだろう。

 

『死ね……』

 

(ごめん……さよなら……マァマ)

 

 

 

そっと目を閉じる。

 

 

 

 

 

だが、これで終わりかと思ったその瞬間……

 

 

 

 

 

 

「アグモン! アグモーン!!」

 

「!」

 

聞こえてしまった。

 

空耳などではない。彼の真後ろの森の中から、自分を呼ぶ聞きなれた声が。

動かない身体に代わり、首だけを声がした方向へと向ける。するとやはり、森の奥から此方側に向かって懸命に走る傷だらけの少女が一人。いうまでもなくそれは……

 

「……マァ……マ!」

 

そう、沙綾である。

恐らく先程のアグモンの大声を聞き付けたのだろう。

彼女は森の中から傷だらけのアグモンを見つけると、一心不乱に駆け寄りその身体を抱き起こした。

 

「アグモン! 大丈夫!?しっかりして! ねぇ!」

 

「……うっ……マァマ……来ちゃ……ダメだ……早く逃げて……」

 

「………」

 

此処にいては沙綾まで巻き込まれる。

自分から離れるようにアグモン精一杯の声で促すが、当然彼女が言うことを聞く筈もなく、黙って瀕死の彼をギュッと抱き締めたまま動こうとはしない。

 

そしてその様子は、勿論メタルシードラモンにも筒抜けである。

 

『ほう……探す手間が省けたか……都合がいい……選ばれし子供、貴様も此処で消えるがいい! アルティメット……ストリーム!』

 

「!」

 

二人に向けて無慈悲に放たれる熱線。

海水を蒸発させながら、一筋の閃光が彼女達を飲み込もうと直進する。その中で、

 

「っ!」

 

アグモンを抱き締めながら、沙綾はギュッと目を閉じた。

傷を負っていない片方の目から、彼の額にポタリと涙が落ちる。

 

「……マァマ」

 

冷たい雫がそのままアグモンの頬を伝う。

彼は知っている。

沙綾は絶対絶命のこの状況に涙しているのではない。

単純に、ボロボロの自分を想って涙を流しているのだと。

 

(……何してるんだボクは)

 

アグモンは気づく。

 

(決めたじゃないか……もうマァマに悲しい思いをさせないって)

 

自分を信じる。そう言いながら、彼が信じていたのはあくまでもう"一人の自分だけ"に過ぎなかった。

そう、言われた通りにメタルシードラモンにさえ挑めば、自ずと力が手に入ると思っていた。

 

だが、それは違う。

 

("ボクが"……ボクがマァマを……)

 

"誰か"に頼って沙綾を守るのではない。

まして、"誰か"の言う通りにしたから彼女を守れるのではない。

 

守るのは"自分"だ。夢の彼は、そんな自分の力を後押しすると言ったに過ぎない。

ならば、アグモンが本当に自分を信じて力を出せるのはどんな時か?

 

そんな事は考えるまでもない。

 

(ボクが動かないで……誰が此処でマァマを守るんだ!!)

「ああああぁぁぁ!!」

 

「アグモン!もう無理しないで! 私は大丈夫だから!」

 

エネルギーが空であろうと関係ない。

勝てない相手だろうが関係ない。

"沙綾の前でこそ"彼は何より強くなれるのだ。

迫る熱線の中、アグモンは咆哮を上げて沙綾の腕から飛び出した。

フラフラとした足取り。だが、先程とは全く違う覚悟を持って、その小さな体が沙綾を守る盾となるため真っ向から閃光に向かいう。

 

 

 

 

 

すると瞬間、

 

 

 

 

 

「くっ! うっ!」

 

彼は自分の身体の異変に気づく。

 

「何……こ……れ? 力が……」

 

沙綾の盾になったその直後、まるで今までの疲労が嘘であるかのように、身体の隅々まで電流が走ったかのように膨大なエネルギーが流れてくるのだ。

 

「あ……くっ!」

(まさか……これが夢のボクがいってた……力……)

 

思わず踏ん張っていた身体がよろける。

 

"自分自身をロードする"ような不思議な感覚と同時に、気を抜けばそれに侵食されかねない程の圧倒的なエネルギーの濁流。

体内を駆け巡る力は何処か懐かしく、アグモンにはそれが究極体に至る力であると本能的に確信出来た。

傷は回復し、それ以上に溢れだしたエネルギーが、そのまま夢の"彼"が纏っていたような赤黒いオーラとなって視覚化する。

そしてその様子には、流石の沙綾も理解が追い付かずに目をパチクリさせていた。

 

「ア、アグモン! な、何! どうしちゃったの!?」

 

「…………」

 

最早光線は目と鼻の先である。

その中で、アグモンはヨタヨタとしながら沙綾を見つめ、静かに呟いた。

 

(マァマ)は……オレ(ボク)が……守る……だから……見てて……」

 

「えっ……」

 

それは沙綾が今まで一度も見た事がない表情だった。

赤黒いオーラを放ちながら、どこか寂しげな表情で途切れ途切れにそう語る彼は、まるで別の誰かにさえ見える。

 

だが、それも一瞬の事。

 

直ぐ様アグモンは彼女に背を向けて再び閃光へと向き直り、そして二人の姿が光へと飲み込まれるその瞬間、アグモンは空に向かって力強く叫んだ。

 

「アグモン! ロード(ワープ)進化ァァァ!!」

 

瞬間、

 

『何!?』

 

メタルシードラモンは目を見開く。

金色の光を遮るかの如く、まるで噴火のように立ち上る"黒光"。光に守られるその中を、ティラノモン、メタルティラノモンと次々に世代をスキップし、アグモンの"最後"の進化が今始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 





次話はだいたい3分1程書けていますので、投稿は一週間以内には出来るかと思います。
うーん、まだまだ文章力や表現力が足りないなと実感しております。

ご意見、ご感想等あれば気軽にどうぞ。

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