更新が遅れて申し訳ないです。
その分、今回は二話『ほぼ』同時更新です。
クロックモンが自らの"解答"を胸に暗い地下道を駆けるその頃。
その"絶望の原因"である沙綾は、
(……流石はダークマスターズだね……本当にあのウォーグレイモン達が手も足も出ないなんて……)
「ふう……全く、間一髪だったッピ……」
選ばれし子供達と行動を共にする彼女は今、歴史通り突如として現れたダークマスターズから逃れるため、駆け付けたピッコロモンの結界でその身を隠しながら、流れに身を任せるように、彼の魔法で浮遊しその場を離れようと移動していた。
(……ムゲンドラモン……今は勝てないけど、次にあった時は……必ず……)
当然、先程現れ、今も彼女達を追撃しているダークマスターズの中には、彼女の宿敵とも言えるムゲンドラモンの姿もある。
だが、だからといって今はどうしようもない事も彼女自身よく分かっている。
故に、沙綾は彼と対面した時から今まであえて感情を表には出さず、冷静に"次の展開"へと目を向けていた。
(でも、今はそれよりも……)
そう、この先に待つ"別れの時"へと……
「くそっ!」
自らの主戦力である究極体が全く歯が立たなかった悔しさからか、太一は結界の中で奥歯を噛み締めるようにそう呟く。
「「………」」
それに加え、他の子供達にとっても帰還後早々の敗北は衝撃が大きかったのだろう。パートナー達も含めて、皆の表情も固く口を閉ざしている。その上、
「……ボク、アイツに勝てるのかな……」
沙綾のアグモンにしても、究極体というカテゴライズの広さに、少し不安になっているようだ。
何せ、彼が近い内に戦うカオスドラモンは、今しがたウォーグレイモン、メタルガルルモンを一蹴したピエモンよりも、まだ"格上"の可能性が高いのだから。
"沙綾を守る"
その意思に揺らぎはないが、果たしてそれを成せる力が自分にはあるのか。
沙綾が大丈夫だと言っている以上、それを疑う訳ではないが、『万が一彼女の身に何かあれば…』と考えれば、彼が不安に思うのも仕方がない。
ヴェノムヴァンデモンをロードした今でも、まだ究極体にすら成れていない彼は、そんな焦りからか、せっかく再会したこの世界で数少ない知り合いのピッコロモンにも、目立った反応を示せないでいた。
各々が様々な不安を抱える今、後方からはメタルシードラモンを筆頭に、計4体の究極体が彼らを逃がすまいと 迫って来ている。
そんな緊迫した状況の中、
「助けてくれてありがとう……あの修行の時以来だね、元気だった? ピッコロモン」
沙綾は呆れるほど穏やかに、そして何処か寂しさを含んだ声で、結界を移動させる小さな妖精へと口を開いた。
「……お主は何を呑気に……雑談なら後にするッピ!」
まるで場違いな言葉を話す沙綾に、ピッコロモンは呆れながらそう返事を返す。ダークマスターズの追撃はもう直ぐ後ろまで来ているのだ。それも当然だろう。
しかし、沙綾は既に覚悟している。
『これが、このデジモンとの最後の会話になる』と……
「……うん……分かってる。けど、ちょっとだけでも、話し……しておきたくて……」
「………」
後方では、メタルシードラモンが鼻先から凄まじい熱線をがむしゃらに放出し、周辺を破壊しながらこちらを探している。
今はピッコロモン得意の"周囲の景色と同化する"結界によって相手側に姿は見えていないが、もし相手の攻撃が直撃すれば何時破られるかも分からないのだ。彼としては、こんな時に"無駄"な会話をしている場合でない事は明らかなのだが……
「……その体はどうしたッピ? 怪我でもしたッピ?」
ピッコロモンは聡明なデジモンだ。
沙綾の声がただ軽口を言いたいようにも聞こえなかったのだろう。いや、もしかすると、彼女の言葉の"真意"が理解出来たのかもしれない。
何せ、ピッコロモンは"そうなる事も覚悟して"救援にかけつけたのだから。
彼は横目でチラリと彼女を見て、口数少なくそう呟いた。
「……うん、ちょっと向こうの世界でいろいろあってね……今は歩くのも大変なんだ……」
まるで久しぶりに合った友に語り掛けるかのような口調。
「……そんな姿で、この先の戦いを潜り抜けれるのかッピ?」
ドカン、ドカンと迫る爆音。
だが、それを気に止める事なく沙綾は話を続ける。
「……そうだね、ちょっと不安だけど……でも、絶対にやり通してみせる……貴方にも修行をつけて貰ったし、きっと大丈夫」
「……ふむ、まあ、お前達二人は元々戦いには慣れておったし、飲み込みも早かったッピ……」
あの時の修行を懐かしむかのように、ピッコロモンはそう呟く。
「……うん……だから、安心して……」
「……ふふっ……そうかッピ……それなら問題ないッピ……期待してるッピ」
本当に短い会話。
状況が状況だ。長話が出来ない事は沙綾も分かっている。だから今の会話に彼女は想いの全てを込めた。
そして、最後に沙綾は心の中でこう締め括る。
(……ごめんなさい。 私は……貴方を助けられない……)
決意は揺らがない。後悔もしない。
もう迷わないと彼女は決めたのだ。ただ、もしもそんな沙綾が、このデジモンのために残してやれる物があるとすれば、それは一つだけ。
(けど、せめて貴方の"力"だけは……この世界に繋いであげるから……)
「それにしても、まさか選ばれし子供の数が伝承より増えてるとは思わなかったッピ」
「いや、選ばれし子供はちゃんと八人だよ……沙綾はまた別みたいなんだ……」
「?」
「なあ! それより教えてくれピッコロモン! 選ばれし子供が全員揃えば、この世界を救えるんじゃなかったのか!」
「そうよ! 私達はそう信じて此処まで来たのよ!」
太一やミミがピッコロモンとそんな会話をする中、沙綾はショートパンツのポケットへと閉まっているデジヴァイスを、誰にも見られないように指先だけで器用に操作していく。
それが、彼女なりのピッコロモンへの弔いの形。
そう、これから消える筈のピッコロモンを、アグモンへとロードするために。
(……本当に……ごめん……)
心の中で、最後にもう一度謝る。
すると、そんな気持ちが表情に現れたのだろう、気付けば彼女のアグモンが、心配そうに沙綾を見つめていた。
「マァマ……? 大丈夫? なんだか悲しそうな顔してるよ?」
「……えっ、ううん……心配ないよ。それよりアグモン、これからしばらく、何が起こっても静かにしていて……」
「えっ……う、うん」
皆には聞こえない程度の小声に、アグモンも同じく静かに頷いた。
本来、全員が一ヶ所に固まっている今のような状態で、未来の技術であるロードを行うべきではない。
光の粒子がアグモンへと吸い込まれる瞬間を目撃されれば、ただでさえ綱渡りな彼女の立場に、一層何かしらの疑念が強まる事にもなりかねないのだ。しかし、
(大丈夫……今回だけは、"見られても関係ない")
事この状況に限れば、アグモンさえ黙っていれば、沙綾は誰にもそのような疑いを掛けられないという確信があった。
「ふむ……事情はよく分からんが、選ばれし子供はただ数が揃えばいい訳じゃないッピ! 」
「じゃあ、私達には後何が足りないの!?」
「頼む! 教えてくれ!」
空とヤマトが打開策を求めて狭い結界の中ピッコロモンへと詰め寄ろうとした。その時、
『アルティメット……ストリーム!』
「きゃっ!」
「うおっ!」
ドゴンという音と共に結界全体がガラガラと激しく上下に振動し、二人がバランスを崩して盛大に転倒した。
同時に、結界の内から外が全く見えなくなる程の閃光が広がる。
「ぐぐっ……やられたッピ……」
そう、無差別に乱射するメタルシードラモンの熱線が、遂にピッコロモンの結界を僅かに捉えたのだ。
流石は究極体の必殺。襲いかかる衝撃に耐えられずに結界が僅かに軋み、周囲への同化が不完全な物へと変わる。そしてその直後
『見つけたぞ……!』
「「!」」
戦慄が走るような声。
「フフフッ……おやおや、小賢しい"手品"は終わりですか?」
「えー、もう終わりなの? なんだ詰まんない……もうちょっと遊びたかったなぁ……ねぇ、お前もそう思うよね」
『…………』
「ちぇっ……相変わらず反応のないヤツ」
メタルシードラモンを先頭に、ピエモン、ピノッキモン、そしてムゲンドラモン、ダークマスターズ全員の視線が、フワフワと移動する結界へと集中した。
「おい……これ……まずくないか……?」
「イヤ……私、こんな所で死にたくない……」
ヤマトは額から冷や汗を流し、ミミはペタリと崩れ落ちる。沙綾を除いた他の皆の表情も、蛇に睨まれたかのように凍りついた。
既に戦力が崩壊している今、彼らに自分達の居場所を特定されれる事は、死、以外の何物でもないのだから。
そして、遂にその時が訪れる。
「残念だけど、何が足りないかを教えてやれる時間はなくなったみたいだっぴ……」
やはり覚悟は元々出来ていたのだろう。
結界に綻びが出来るとほぼ同時に、ピッコロモンは皆へとそう呟く。
「私が囮になるッピ! お前達はこのまま私の結界でスパイラルマウンテンに向かうッピ!」
「囮って……相手は究極体なんだぞ!」
「例え勝てなくても、やり方はいくらでもあるッピ! 心配するなッピ! 必ず私も逃げ切ってみせるッピ」
そう言いながら、ピッコロモンは自らの結界をすり抜けるようにして外部へと飛び出す。
ダークマスターズが待ち受ける死地へと。
「お、おい!」
太一達の表情が歪む。
「!」
そしてそれは、沙綾のアグモンも例外ではない。
ピッコロモンの話す事はただの虚勢だ。
確かに彼は身を守る術に長けてはいるが、それでも、恐らくあの究極体の集まりにはザルにもならない。
それはアグモンでも容易に想像がつく。
『黙っていて……』
沙綾にそう言われた以上彼は口を開いていないが、『なんとかしないと!』と、主を見上げる視線が訴え掛けている事は明らかだった。
だが、そんなアグモンに対して、沙綾は目を閉じて首を横へと振る。
「……ごめんアグモン……これが、歴史なの……」
「!」
「待てよ! それなら俺も行く!」
「バカ者! お前達はこの世界に残された最後の希望だッピ! 行けッピ!」
それが最後の怒鳴り声。
結界の内側から手を伸ばそうとする太一を叱りつけ、
ピッコロモンが手に持った小さな槍をバット代わりに、外側から結界を強く叩く。
すると、球型の結界は彼を残したまま、その速度を一段と加速させた。
離れていくピンクの小さな体。
「おい! ピッコロモン! ピッコロモォン!!」
絶望に顔を歪めながら、その場の全員の視線が、ダークマスターズと対峙するピッコロモンに集中する。
それを見計らって……
(さよなら……ピッコロモン……)
ポチッと、沙綾はポケットの中でデータのロードを実行した。後はピッコロモンが死ねば、彼のデータは引き寄せられるようにアグモンへと流れていく筈。
言い方しだいでは、これは単純にピッコロモンの死を利用したアグモンの強化だ。最低な行為だという自覚は彼女にもある。
だが、それを踏み越えてでも成さなければいけない目的が沙綾にはあるのだ。
「!!」
同時に、彼女のアグモンがその目を見開く。
遠ざかるピッコロモンと隣の沙綾。慌てながらも両者の様子を首を振って見ていた彼には、今彼女が何をしたのかが分かったのだろう。
「フフ……完全体の身で私達四人に勝つもりですか?」
「やってみないと分からないッピ!」
いや、結果など分かりきっている。
既に約束された死。
ピッコロモンは果敢に槍を振り上げて、嘲笑うピエモンへと単身突撃するが、
『アルティメット、ストーム!』
「っ……!!」
その槍は道化師には届く事はなく、横から放たれた一筋の閃光によって、彼の体は……
「……ピッコロモンが……死んだわ……」
遠方でピカっと光った閃光の後、移動する結界の中で、不意に何かを悟ったようにヒカリが静かに呟いた。
そして、その次の瞬間、
「……おい! あれを見ろ」
崩れ落ちる子供達の中、ヤマトがそう声を上げる。
指さした先に見えるのは当然、ピッコロモンのデータの粒子。
彼が消滅した跡地から、細かな光の粒子が、結界をすり抜けて沙綾のアグモンの回りを二度三度回った後、その体へと吸い込まれていく。
「……これは……ピッコロモン……なんででしょうか……?」
「ええ……きっと、そうよ……」
光子朗の言葉に、空は涙を流しながら頷く。
「……アイツ……沙綾のアグモンに一番、期待してたから……きっと、自分も一緒に戦うって……そう言ってくれてんだ……」
「……そう……だね……」
そう、これが沙綾が今回に限って皆に何も怪しまれず、見られようと関係がないと判断した理由。
敵デジモンのデータがアグモンに吸い込まれていくのは不自然でも、味方デジモンのデータならば、悲しみに暮れる彼らは間違いなくそう解釈する。沙綾に対して特別な修行をつけたピッコロモンなら尚更だ。
『選ばれし子供達を守り、消滅し、死して尚力を貸す』
誰もが納得する非常に良くできたストーリー。
怪しまれよう筈がない。
(……最低……こんなところばっかり……頭が回るなんて……)
「みんな……アイツのためにも……必ず、この世界を救うんだ……」
沙綾が自己嫌悪に教われる中、太一は皆へとそう声を上げる。
ピッコロモンの
えーと、次の話の前に皆様に少しお詫びを……
今回の話の前に、一応原作では、『ダークマスターズがそれぞれの必殺を放ちながら一人づつ登場する』シーンがあるのですが、この小説内では『彼らは必殺は使っていない』もしくは『そのシーンそのものがなかった』ものとお考え下さい。
いや、大した理由でもないのですが、単純にここでムゲンドラモンに∞キャノンを使われると、話的に少し困るので……
次話は大体30分後くらいに投稿します。