話の内容はタイトル通り。
もしかすると、作者の文章力的に少し混乱する部分があるかも……
魔竜の想い
沙綾とアグモンが、選ばれし子供達と共に再びデジタルワールドへと帰還を果たしたその頃。
次元の狭間。
『……………』
どちらが上で、どちらが下かも分からない深い闇。
その中を、一匹の巨大な"魔竜"が漂うように進む。
全身に纏う装甲は血の色、両爪は鋭く、背中には巨大な大砲を背負った深紅の機械竜。
『…………』
彼の名はカオスドラモン。
ダークマスターズの一人であるムゲンドラモンが、長い年月を掛けて更なる進化を遂げた最強のマシーン型デジモン。そして、沙綾とアグモンが過去へと渡る切っ掛けを作った、彼女達にとっての"諸悪の根元。
『……後少しだ……』
闇の中を出口を求めて漂いながら、彼は静かにそう呟いた。そして、
『……フッ……クク……』
まるで、何かを期待しているかのように魔竜は短く笑う。
最も、それはかつての彼を知っている者が見れば、間違いなく不気味に写った事だろう。
『殺戮兵器』とまで称された、ただ破壊するだけの無機質な機械が、そんな感情めいた表情をするなどありえないのだから。現に、彼は未来の世界において沙綾の親友達を眉一つ動かさずに殺害して見せた。
しかし、
果たしてそれは正しいのだろうか。
沙綾達が主観的に見たカオスドラモンが、本当の彼の姿だったのだろうか。
逆に、こうは考えられないだろうか。
彼はあの時、『殺戮兵器として対象を破壊した』のではなく、『ただ自分の回りを飛び回るハエを落とした』に過ぎなかったのだと。
もし、彼が以前のムゲンドラモンと同じならば、彼のいる部屋へと"踏み行った段階"で沙綾達の命などない。"侵入者"と判断され、即座に消されていた事だろう。
それに対し、彼は最初に何と言った?
『"動けば"……破壊スル……』
鳥肌が立つようなプレッシャー故に彼女達は気付きもしなかっただろうが、この時点で既におかしいのだ。
小説に登場するムゲンドラモンはそんな悠長な事はしない。ありとあらゆる手段を用いて対象を始末する。
それが動こうが動けまいが、弱者だろうが強者だろうが一切関係はない。
"目標は等しく全て破壊する"
これがかつての彼の在り方なのだから。
そしてもう一つ。それ以前に、沙綾達があの部屋へと突入した段階では、まだアキラのパートナーであるゴツモンは、虫の息とはいえ"生存していた"。
たかだが"成熟期"の身で、"超究極体"ともいえる彼へと挑んだにも関わらずにだ。そんな事が本当にありえるのだろうか。
その後にしてもそうである。
カオスドラモンの"普通の攻撃"を受けて、ティラノモン達が生きている道理など何処にもない。
わざわざ沙綾の親友のバックアップを破壊した理由も、"目標を完全に消滅させる"というよりは、彼個人がそのシステムに何かしらの"嫌悪感"をもっているからだろう。
人間に例えるなら、彼にとって未来での沙綾達との戦闘は、所詮『飛び回るハエを払ったか叩いたか』の違いに過ぎない。ただ飛んだだけのティラノモン達は払われ、カオスドラモンにとって"不快な羽音"がしたアキラ達は叩かれた。
本当に、ただそれだけの違い。
つまり、彼は間違いなくムゲンドラモン本人ではあるが、その実、内面はダークマスターズ時のムゲンドラモンではないのだ。
『うっとおしいハエを落とす』というその行為は、"感情"がなければ成立しないのだから。
遥かなる闇の中、魔竜は思う。
(……思いの外"ヤツ"が早く落ちたのは好都合だ……フン……あの人間供には……感謝せねばな……)
"ヤツ"、それは勿論クロックモン。
3日間掛けて彼を精神的に追い詰め、次元の扉を開かせたカオスドラモンであったが、相手は"時の番人"。それこそ後何日、何ヵ月という時間を掛けて彼を拷問するつもりでいた。アキラ、ミキの殺害はカオスドラモンにとって取るに足らない出来事であるが、それが大幅な時間の短縮に繋がったのならその価値は十分であろう。
出来るなら、彼は一刻も早く過去へと戻りたかったのだから。
(……アンドロモンも破壊した……これでもう……あの時代の"ヤツら"が過去に来る事はない……)
ムゲンドラモンすら越える圧倒的な力を手にしたカオスドラモンでも、過去に渡る上で一つだけ警戒しなくてはいけないことがあった。
そう、それは……
(八神太一……石田ヤマト……他六名の"英雄"達……)
未来の世界の、元"選ばれし子供達"。
彼の"計画"において唯一の障害となりえるのは、"あの時代の太一達の歴史への介入"である。アンドロモンは古くからの彼らの知り合い。自身の目が届く内は『人質』として大いに利用価値があったが、もし彼を残したまま過去へと跳べば、デジヴァイスを介した通信によって後々"大人となった選ばれし子供達"に"計画"が露呈する可能性があった。
(それだけは……回避せねばなるまい……)
いくら彼でも、未来世界"最強"と名高い聖騎士、オメガモンを始めとした何体もの究極体を相手する事は出来ない。
それが、彼がわざわざ瀕死のアンドロモンに止めを指した理由である。
『……"あれ"から25年……長かったのか……それとも……短かったのか……』
何時終わるとも分からない時空の旅の中、カオスドラモンは物思いにふけるかのように目を閉じ、そう呟いた。
『後は……選ばれし子供達を"破壊"するだけ……それだけで……オレの"願い"は叶う……』
彼の願い。
それはただ単純に選ばれし子供達に復讐する事ではない。いや、それどころか、彼は子供達に対して別段恨みを持っていない。
当然だ。ムゲンドラモンが子供達に倒された時、彼はまだ"感情"など持っていなかったのだから。
"戦闘の末の敗北"。驚きこそあったが、彼にとって過去の自分の死などその程度の認識でしかないのだ。
では、あの時果たせなかったデジタルワールドの支配こそがカオスドラモンの目的なのだろうか?
『……………』
いや、それも違う。そもそも他の三体とは違い、当時からムゲンドラモンには支配欲なんて物はない。カオスドラモンとなった現在でもそれは同じ。
ならば、一体何が目的なのか?
何のために、過去の選ばれし子供を狙うのか?
もし仮に、選ばれし子供達が30年前、世界を救う前に倒れたとしたなら、一体何が起こるのか。
答えは簡単だ。
(……後は選ばれし子供を破壊すれば……デジタルワールドには暗黒の時代が続く……そうなれば……もう人間達が"こちら世界にやって来る事はない"……)
そう、デジタルワールドに起きた異常は解決されず、したがって、人間世界の異常も解決されない。デジモン達は暗黒のデジモンに怯え続け、人間達は迷い混んだ見えざるデジモンの被害を被る。支配するでもなく、復讐のためでもなく、ただそんな世界を作る事こそ彼の目的。
"誰も望まない"そんな結末だけを、この魔竜は望んでいるのだ。
では何故、彼はそんな世界を望むのか?そんな世界に一体何の意味があるのか?
『……"お前"ならば……』
この底の知れない闇の中、魔竜は穏やかな声で、まるで誰かへと問いかけるように囁いた。
『……オレのしようとする事……"お前"なら……何と言うのだろうな……』
その声色は優しく、彼が未来で沙綾達に見せた物や、ムゲンドラモンとして、選ばれし子供達と対峙した時とは全く違う。
闇の中から返事など返って来る筈もないが、カオスドラモンは気にせず一人話を続けた。
『……フッ……"そんな事はやめろ"……だろう……? 分かっている……だがな……』
例えそんな世界でも、彼にとってはこの上ない"意味"がある。
『……"お前"に拒否権はやらん……今は大人しく"あの世"で見ていろ……文句なら……いつか聞いてやる……』
そう、全ては、25年前のあの"事故"の"原因"を根本から消し去るために。
己に"心"をくれた、たった一人の"人間"のために。
"少女"が生きていられる"可能性"のために。
『……これは"子"を置いて勝手に消えた罰だ……この"親孝行"だけは……嫌でも受け取って貰うぞ……』
そのためならば、たとえ世界を犠牲にしようと、誰を敵に回そうとこの魔竜は止まらない。目的を果たすまでは、例え己の命が果てたとしても動き続けるだろう。
ただ一つだけ残念な事があるとするならば、それは、
『……最も……そうなれば……お前はオレの事など"忘れてしまう"だろうがな……』
憂いを含んだ寂しそうな声で魔竜はそう呟いた。
彼のしようとしている"歴史の改変"は、正にそういう事だ。選ばれし子供達という『人間とデジモンの架け橋』を壊す以上、両種族はもう交わらない。
大切な思い出も、その出会いも、あの旅も、何もかもが"少女"の記憶からは"なかった事になる"。それだけではない。
(クロックモンは言っていた……"世界は矛盾を許さない"と……ならば……歴史の変更と同時に……当然今の"オレ"も消えるだろう……お前に貰った……この"心"ごとな……)
過去へと跳んだ時点で、既に彼が救われる結末は存在しない。
デジタルワールドの異常が直らなければ、デジモン達が新たな命に生まれ変わる"はじまりの街"も死んだまま。そして更に、カオスドラモンは"タイムパラドックス"への警戒から、時間の移動先を"かつての自分が倒された瞬間"に指定している。ならば、"はじまりの街"が機能していない以上、ムゲンドラモンの生まれ変わりである彼の存在は、子供達を始末した瞬間に矛盾が生じる事になる。
皮肉にも、少女の『蘇生』の瞬間が彼にとって『消滅』の瞬間になるのだ。
(………これが今までの報いか……フン……オレには相応しい結末だ……)
だが、例えもう会うことが出来なくとも、
例えこの声がとどかなくとも、
例えこの想いが伝わらずとも、
例えその果てに、己の存在が消え去る事になろうとも、
その"心"には一辺の迷いもない。
『待っていろ……"オレ"が……必ず"お前"を甦らせてやる……』
暗闇の遥か先、一点の光が彼の目に映る。
どうやら"出口"が近いのだろう。
それを目の前に、"彼"はその合金の内に秘めた決意を、今は亡き少女へと捧げた。
『……だから……お前は生きろ……我が"母"よ……』
光が"彼"の全身を包み込む。
とても悲しく寂しい、そしてなんとも独善的な、"彼"の最初で最後の"親孝行"が、今幕を開けた。
未来編でのいくつかの伏線の回収でした。
カオスドラモン"本人"の登場は未来編以来ですね。
ダークマスターズ編は、彼との決戦が話の主軸ですので、本編の前にこの話を入れました。
カオスドラモンが過去に渡った本当の理由……もう気付いていた方も多いとおもいますが『沙綾と全く同じ』です。
そして彼のその行動理念は『アグモンと全く同じ』……まあ、それは当然ですね……だって彼は……
さて……果たして勝つのはどちらでしょうか。