前回で、『次でヴァンデモン編ラスト』と書きましたが、前回以上に文章量が多くなりそうでしたので二話に分ける事にしました。
この一話だけで平均文字数の倍近くになってます。
夢、
「……………」
(……はぁ……)
いつも通り自由の聞かない身体。低い視界が静かな街の中をトコトコと歩いている。
(……また来ちゃったのか……)
最早慣れきったこの感覚。間違いなく、今日二度目となる"あの夢"であろう。
(……はぁ……まさか、こんな短い間に二回も来るなんて……はぁ……)
心の中で、アグモンは盛大にため息をついた。
先程は、対ヴァンデモン戦の切り札を習得した例の夢ではあるが、その"終わり方"があまりにも衝撃的だった事が原因だろう。その気持ちは沈んでいるようだ。
最も、だからと言ってどうしようもない事は既に言うまでもない。気持ちを切り替え、彼はいつも通り、目に写る景色を眺める事にした。
(……ここは……さっきと同じ街……かな?)
見覚えのある景色。場所は先程と同じ各国の建造物が乱立する都市だろう。
ただ、一つ違うのは、
(おかしいなぁ……さっきはもっとボロボロだったのに)
破壊され尽くされていた前回とは違い、今は晴天の空の下、道路や建物も綺麗に舗装されている。それはまるで何事もなかったかのように。
「…………」
内心で首を捻るアグモンなど知らず、小さな黄色い身体は無言のままトコトコと街の中を歩き続け、やがて、ある一つの交差点の隅で足を止めた。
目の前には、この場所には不釣り合いの大きめの石が、歩道に埋め込まれるように立てられている。その足元には、摘み取られた白い小さな花。それはまるで
(……お墓……?)
そう、交差点の一角、あの少女が消えたであろう場所に建てられた墓標。
"彼"はちょこんとその前に座り込み、静かに口を開いた。
「……元気だったか……?」
墓標に語り掛けるが、当然返事は帰っては来ない。
それでも、"彼"は構わずに言葉を続ける。
「……"母"が居なくなって……今日で丁度25年だ……もう……オレ達の旅も……随分と昔の事になってしまったな……」
(…………えっ……)
遠い日を思うような寂しげな声。声は出ないが、アグモンは言葉を無くした。
彼にとって、あの少女の消滅はほんの数分前の出来事。
しかし、夢の中の"彼"にとってはあれから既に途方もない時間が経過していたのだ。
アグモンはまだ生まれて2年程度。25の歳月など想像もつかない。まして『最愛のパートナーを失ってから』という状況など考えただけで身の毛が弥立つ。
(マァマ……)
「オレは……"あの時"より遥かに強くなった……もうこの大陸に敵などいない……誇るがいい……お前は……"最強のデジモン"を子に持ったのだ……」
自慢気に話してはいるが、その声には大きな影がある。
当然だ。"最強の力"と"最愛の人"、"彼"をアグモンだとするなら、欲しかったものがそのどちらかなど言うまでもないのだから。
「……"母"よ……お前がいない間に……世界は大きく変わったぞ……"元"選ばれし子供達の影響か、お前のような人間が今はそこかしこでパートナーを連れている……他人が見れば、それはとても賑やかなものだろうな……だが……」
"彼"以外誰もいない交差点に、ヒューっと冷たい風が吹く。それはまるで、"彼"の心を表しているかのように。
「オレにとって……"母"の居ない世界は……ただ空しいだけだ……お前に貰ったこの"心"も……変化を覚えるのはお前の事を考えている時だけ……今思えば……お前こそ……オレの心の全てだったのだろうな……」
それは遅すぎる独白。
伝えたい事、伝えるべき事など山程あったのだろう。
だが、
「……ああ……分かっている……いくら"この姿"で待っていても……"母"はもう帰ってこない事くらい……」
もうそれがあの少女に届く事はない。
(やっぱり……このアグモンとボクは似てる……当たり前か……夢の中のボクなんだし……でも)
寂しげに墓標に語り掛ける"彼"に、アグモンはかつての自分を思い出した。それはエテモンの撃破直後、一度沙綾と離別した時の事。
いくら探し回ろうとも、いくら呼び掛けようとも、決してそれが実る事の無かった地獄の日々。
母への想いを募らせ、毎晩のように泣いたあの二ヶ月。
そんな時間を、"彼"は一体何年繰り返したのだろうか。
(そんなの……ボクには耐えられそうにない……)
「……だがな……今でもふと思ってしまうのだ……振り向けば、其処にお前がいるのではないか……見えていないだけで……今でも……お前はオレ後ろを歩いているのではないかと……フッ……バカバカしい妄想だ……そんな事……有りはしないのにな……」
その後"彼"はうつ向き、いなくなった母への黙祷を捧げるようにただ沈黙が続いたのだった。
そうして、しばらく穏やかな時間が続いたその後。
(あれ……? 誰か来たのかな?)
静かなこの街の中、何者かが近付いてくる気配をアグモンは感じた。アグモンでさえ分かるのだ。恐らく"彼"も気づいてはいるのだろう、しかし、その気配に敵意を感じないためか、その目を閉じたまま動こうとはしない。
(こっちに近付いてきてるみたい)
そして、
「おーいっ! ちょっと聞きたいんだけど、いいか?」
「…………なんだ……?」
後方から呼び掛けるその声で、初めて"彼"はスクリと立ち上がり振り返る。すると、視界に映ったのは二十歳程の男女と、そのパートナーだろう二体のデジモンが、その後ろをフワフワと浮遊する姿。
一匹はまるで獣と竜を合わせたような容姿に、もう一匹は東洋の竜そのものに近い出で立ちである。
(あれは……えーと、見た事ある……たしか……ドルグレモンと……ヒシャリュウモン……だったかな……? 両方とも珍しいデジモンだってマァマは言ってたと思うけど……)
見たところ、彼らは未来での沙綾と親友達のように、共にこの世界を冒険しているのだろう。連れているパートナーを見る分には、それなりに冒険には慣れているようである。
「なあ……お前この辺りで"究極体"のデジモン見なかったか……? 異常に強くて、見るからに凶悪な"赤い"身体をしているらしいんだが……?」
(……ん? 凶悪な……赤い身体?)
青年が一歩踏み出し、黄色い身体へとそう声を掛ける。
対して、"彼"は一瞬チラリとそのパートナーの方へと目を向けた後、特に興味のなさげにいつも通りの冷たい口調で返した。
「……何故……わざわざ"ソレ"を探す……? 見つけた所で、お前達の手に負えるものではないだろう……?」
「分かんないわよ? もしかしたら勝てるかもしれないじゃない。……まあ負けちゃっても"バックアップ"があるんだし、物は試しよ!」
そう前向きに答えるのはもう一人の女性。
「ああ、上手くいけばそいつのデータもロードして、コイツらを一気に成長させてやれるかもしれない……」
青年は言いながら、ドスンという音と共に着地したドルグレモンの下げた頭をポンポンと撫でて見せた。
「…………」
それを見たアグモンは内心で思う。
(うーん、そういえば……ボクらのいた未来にも、こういう人達って結構いたなぁ)
そう、バックアップのお陰で命の保証がある未来では、こういった自分よりも遥かに強いデジモンへの特攻を仕掛ける者も決して少なくはない。負けて当然ではあるものの、そのローリスクハイリターンっぷりには目を見張るものがあるからである。
最も、いくらバックアップがあるとはいえ、常にその身を危機的状態に曝すのだ。よほど好戦的なデジモンでなければ、バートナーとの間に意図も簡単に亀裂が入る。一般的にはあまり誉められた手段でない事はいうまでもない。
最も目の前の二人はその手の問題を抱えているようには見えないが。
「なぁ、知ってるなら教えてくれないか?」
「………………」
両手を広げながら、青年は"彼"へと近付いてくる。
だがその時、表情こそ変わらないが、"彼"の纏う雰囲気がほんの一瞬だけ変化した。直後、
(えっ……何!?……この……苦……しい……)
小さな身体の内側に木霊する強大な重圧。
感覚を共有するアグモンさえも押し潰そうとする程のプレッシャーが、"彼"の奥底からふつふつと沸き上がる。
その直後、誰にも聞こえない程の小声で、"彼"は吐き捨てるように呟いた。
「………"母の死を踏み台にしたあのシステム"か……バカ共が……」
「えっ? 今何て……?」
ただそれも一瞬の事。
(あ……れ……元にもどった……なんだったの……今のは……?)
憎悪にも似た感情はそれ以上もれることはなく、青年がスタスタと目の前まで近付いてくる頃には、まるで何事もなかったかのようにこう答えた。
「……知らん……他を当たれ……」
「えっ? そうか……うーん……よくこの辺に出現するって話を聞いたんだけど……」
「……くどい……」
バッサリとそう切り捨て、"彼"は青年に背を向けて再び墓標へと向き直った。その背中が"これ以上話すことはない"と言っているのは誰の目にも明らかである。
「お、怒らなくてもいいだろ……仕方ない……別のヤツに声を掛けるか……」
青年は引き下がり、回りをキョロキョロとみまわす。
しかし、近くには"彼"以外誰もおらず、時折吹くそよ風以外、周囲一体は穏やかな静寂そのものである。
晴天の空が建物の隙間から顔を覗かせるその様子は、一般人からはとても凶悪なデジモンがいるようには見受けられない。
青年はやや落胆ぎみに相方の女性へと声を掛けた。
「はぁ……こんな静かな所に究極体なんているのか?」
「うーん……そうねえ……もしかしたら、もう移動した後なのかも……」
「……残念だけど一旦引き上げるか……街に戻ってもう一回情報の集め直しだ」
「…………」
結果、冒険者達もまたクルリと踵を返し、スタスタとその場を離れ始めた。元々招かれざる客なのだ、勿論、そんな冒険者を"彼"は見ることすらせず、再び、今は無き母の墓標へと黙祷を捧げる
…………筈だった。
そう、去り際に、彼らのこんな会話さえ耳に入らなければ。
「ねえねえ、なら……先にあの"時間を操るデジモン"の噂、確かめにいかない?」
「はぁ……アレは唯の噂だぞ……流石に期待なんて出来ないだろ」
「まぁまぁそう言わないで!」
(あっ、たぶんクロックモンの事だ)
青年達の話に、アグモンはのんきにそんな事を思う。
「見に行くだけタダでしょ……"時間を跳ぶ"なんて、もし出来たら素敵じゃない! 先週の試験の問題だって、今の私が味方になれば余裕よ!」
「……はぁ……そんなしょーもない"過去を変えて"どうすんだよ?」
青年達にとっては本当に何気ない日常会話。
そして、アグモンにとっては既に今更な話。
だがそれを聞いた瞬間、
「……な……に……!!」
"彼"の心臓はバクンと跳ねた。
"今奴等は何と言った?""時間を跳ぶ?""過去を変える?"
今まで考えもしなかった。そんな妄想など、以前の"彼"ならば『バカバカしい』の一言で切り捨てていただろう。だが、
「……そんな……まさか……」
もしも、もしもそれが可能ならば……"彼"には、それこそ命を差し置いてでも叶えたい願いが一つだけある。
"彼"は唖然としながらも、目の前の墓標を見つめた。
「…………」
もしも、『あの惨劇を"なかった"事にできるのなら』……あの少女に再び会う事が出来るなら……いや、最早そんな高望みはしない。ただ、『母が今も何処かで生きていられる世界を作れるのなら……』
根拠など何処にもない。しかし、
「待て……!」
"彼"は振り返り、立ち去ろうとする冒険者へと声を上げた。
「……ん? なんだ?」
「……その"究極体"の居場所を教えてやる……」
「えっ……でも、貴方さっきは知らないって言ってなかった……?」
「気が変わった……その代わり……」
"彼"はそこで一度言葉を切り、静かに目を閉じる。それはまるで、彼女への"最後の"黙祷を捧げるように。
そして、次に"彼"が目を開いたその直後、
(うっ!)
「ひっ!!」
「きゃっ!!」
周辺の空気が、音もなく一瞬で凍り付いた。
「な……なん……なんだ……お……まえ……」
小さな身体からは想像も出来ない程の禍々しい圧力。
それは、先程内側だけに留めたものよりも遥かに大きな物。
風も止まり、暖かな日差しさえも戦慄へと変える強大な威圧感に、完全体二体を連れた冒険者達は、パートナーもろとも短い悲鳴を上げて硬直した。
それは最早『蛇に睨まれた』という話ではない。『心臓を鷲掴み』にされたと言っても過言ではないだろう。
何が起きたのかも分からず、彼らは口をパクパクと動かしながら顔を青ざめている。
(うっ……この感じ……どこかで……)
そう、これこそが"究極体すら超えた者"の本領。
"並の者"なら見ただけで心が折れる覇者の力。
冒険者達は想いもしなかっただろう。まさか、こんな小さな成長期こそが、彼らの想像すら越えた力を会得した存在だと言うことを。
「……ひっ……く……来……る……な……」
青年が引き吊った表情の中やっとそう声を絞り出す中、
『……その代わり……"時間を操るデジモン"の話……全て……聞かせて貰う……!』
"夢"というには余りにも生々しい赤黒いオーラをその身に纏い、小さな身体は徐々にその姿を変化させながら、"彼"はゆっくりと、自身へと挑んだ愚かな"獲物"へとその歩みを進めた。
東京都、ビックサイト
「ぷはっ! はぁ……はぁ……」
ヴァンデモンとの戦闘から時は経ち、時刻は午後6時を指そうとした頃。
大勢の人々が今だホールで眠るこの巨大なドームの内、ある一つの小部屋で、アグモンは寝かされていたソファーから飛び起きるように目を覚ました。
今しがた見た"夢"の影響か息は荒く、その額には玉のような汗が滲んでいる。
「はぁ……はぁ……また……あの夢……」
弾んだ息を整えながら、彼は今見たその夢について改めて振り返る。
連日続くこの夢。
余りにも鮮明な景色に、生々しいまでの臨場感。まるで自分が本当にそこにいるかのような錯覚さえ覚える。
それに加えて前回、そこで見た事がそのまま現実の世界で出来てしまうという奇跡。
ムゲンキャノンが発動した瞬間から分かっていた事だが、最早偶然でない事は言うまでもない。
(……あれは……ただの夢なんかじゃない……)
アグモンは確信する。
ただ、それが何なのかと聞かれれば、彼にも上手く説明は出来ないのだが。
(なんて言うのかな……えーと……正夢? ……予知夢? うーんちょっと違うなぁ……)
正夢も予知夢もつまるところは同じ事。つまりそれは夢で見た事がそのまま現実で起こる事を指す。
しかし、"ムゲンキャノンを発動した"、という点以外に現実と夢に接点など何もない。
何より、時折覚える妙な"懐かしさ"が、アグモンには引っ掛かった。
(ボクの隠された記憶……って、そんな分けないか。 確かにあの女の子はマァマに似てるなって思ったけど……あの街もあんなお墓も知らないし……そもそも、ボクまだ生まれて二年じゃないか……)
今回の夢を参考とするなら、夢の"彼"は少なくとも25年は生きている事になる。その時点で、確かに"アグモンの記憶"という線はなさそうである。
(でも、姿も声もやっぱりボクなんだよなぁ……うーん……どういう事だろ?)
しかし、その後もいくら頭を捻ってみても、答えは全く出てこない。
「ダメだ……全然分かんないや……」
アグモンはパタリとソファーへと寝転んだ。
「また"、次"を待つしかないかなぁ……」
どのみち、最近は意識を失うたびに"彼方の世界"へとばされるのだ。その内答えは見つかるだろうと、アグモンはやきもきした気持ちになりつつも、この場での解決は諦める事にしたのだった。
そうしてしばらく考え混んでいた後、
「そういえば……ここは……どこだろう? 」
再びソファーから身を起こし、今更だが、アグモンは周りをキョロキョロと見回してみた。
スタッフ用の控え室だろうか。比較的狭い部屋には後方のドアと自分が腰かけているソファー以外に目立った物は特になく、彼以外には今のところ誰もいない。
「太一達が運んでくれたのかな?」
意識を失った状況を踏まえれば、アグモンが生きている以上それは間違いない。
となれば、後彼が気になるのは一点のみ。
「マァマはどこだろう? 太一は無事だって言ってたけど……」
そう、沙綾の安否である。
意識を失う前に太一は確かにそう言っていたが、やはり彼としては顔を見るまで安心は出来ない。
アグモンは少しの不安を胸にガチャリと部屋のドアを空け、そのまま廊下を当てもなくテクテクと歩き出した。
すると、その直後、
「よかった……アグモン!」
「うわっ!」
ドサッと、聞きなれたそんな声と共に、押し倒されるような衝撃がアグモンの背中へと掛かる。そう、振り替える間もなく後方から走ってきた何者かにギュッと強く抱きつかれたのだ。
勿論、そんな事をする人物は一人しかいない。
「……って、マァマ! よかった! ケガはない!?」
その声と、自分の腹部へと回された包帯の巻かれた両腕に、アグモンは少し驚きながらも歓喜の声を上げた。すぐさま振り返りパートナーの胸へと飛び込んでいきたいアグモンだが、肝心の沙綾の様子が少しおかしい事に気付く。
「……良かった……目が覚めてたんだね……心配……したんだよ……」
声は心なしか震え、ギュッと回した腕を中々ほどこうとはしないのだ。それはまるで、我が子の無事を体全体で感じているかのように。
「……ホントに……よかった……ちゃんと……目を覚ましてくれて……」
「? マァマ……もしかして泣いてるの?」
「…………」
黄色い後頭部に顔を押し付けるようにして、沙綾はそのまま沈黙する。肯定こそしないが泣いている事は間違いない。この分では、彼女は相当アグモンの事を心配していたのだろう。無理もない。助かったとは言え、彼女は自分の判断ミスで、危うくこの最愛のパートナーを無くす一歩手前だったのだから。
「……さっきね、空ちゃんから……全部話を聞いたんだ……アグモンが、私を助けてくれたんでしょ……ありがとう……それから、ごめんね……私、やっぱりアグモンに助けられてばっかりだ……ダメだね……私って……貴方がピンチなのに、結局何にも出来なかった……私がもっとちゃんとしてたら……貴方があんなに傷付く事もなかったのに……」
「…………」
泣くことを我慢するかのような声で、背中越しに沙綾は言う。
彼を一人で戦わせ、自分は指示を送ることもなく安全な場所で待機。
そしてその後、追い詰められるメタルティラノモンを救おうとしたものの結果的には失敗し、危うく二人とも消されるところだった。
更に言えば、沙綾本人はそこで一人勝手に意識を失い、その後の全てを結局アグモンへと押し付ける結果になってしまったのだ。
彼女からすれば、これでは自分が足を引っ張っているだけにしか見えない。
それ故に、沙綾は今自分に自信をなくしているのだろう。
「マァマ……」
「……ホントに……ごめんね……こんなんじゃ、パートナー失格だね……」
その言葉と同時に、アグモンの背中へと暖かい雫がポタリと落ちた。
そして聞こえる彼女の啜り泣くような声。
しかし、
「マァマ……それは違うよ……」
彼女の抱える不安、それは、アグモンから言わせれば大きな勘違いである。
彼は後ろからギュッと抱きついている沙綾の手を優しくほどき、クルリと彼女の方へと振り返った。
すると予想通り、そこには片目を真っ赤にした彼のパートナーが、やや下向き加減でペタリと床に座り込んでいる。
そんな彼女の顔をしっかり見つめて、アグモンは自分の想いを包み隠すことなく声に出した。
「マァマが先にボクを助けに来てくれたんでしょ。 いつだってそうだよ……ボクがまだ小さくて全然戦えない時だって、マァマは一回もボクを見捨てて逃げたりはしなかった……マァマ一人なら逃げ切れた事だって何回もあったのに、絶対に"最後"までボクの事を抱いてくれてた……」
今からもう二年近くも前の話。
冒険を始めたばかりの沙綾達は、それこそ何度バックアップに助けられたか分からない程、野生のデジモンに対して無力であった。
旅もした事がない少女が、自分よりも遥かに巨大な敵に連日追い回されるのだ。仮想世界とはいえ、恐怖がない筈がない。
だが、それでも彼女は最後まで今のアグモンと共にあった。戦えない彼を責める事もせず、『次はがんばろうね』と、いつも笑って受け入れてくれたのだ。故に
「そんなマァマだから、ボクは何度だって立ち上がれる……マァマのためならどんなヤツだって怖くない……マァマの前だから、がんばらなくちゃって思うんだ……」
そう、例え本人がどう思おうが、彼にとって"ダメな沙綾"など存在しない。彼女が何度失敗しようが、それによって自らが何度傷付こうが、アグモンにとって大した問題ではないのだ。
"何があろうと沙綾を守る"、ただそれだけが、今のアグモンにとっての全てなのだから。
「マァマは気にした事ないかもしれないけど、生まれた時から、"助けられてる"のはずっとボクの方なんだよ?……だから、マァマは何にも悪くない……失敗したって、また次頑張ればいいんだ……ボクは、どんなマァマにだって最後まで付いていくから……ねっ」
かつて自分を慰めてくれたように、アグモンは沙綾へとニコリと微笑んだ。最も、それは今までずっと堪えていた沙綾の涙腺をいっそう刺激する事になってしまったが。
「ぅぅ……アグモぉン……!」
「な、泣かないでよマァマ。 ほらっ! ボクならもう大丈夫だから!」
ますます目を赤くしながら、今度は正面から強く抱き締めてくる沙綾に、アグモンは少し困った顔をしながらそういって見せた。それに対して、
「……うん……ありが……とう……」
表情こそ見えないが、先程よりも柔らかい声で沙綾は途切れ途切れにもそう答えたのだった。
次回こそは終われる筈。
以下沙綾とアグモンのその後の雑談です。
ア「ねえ、マァマは何時目が覚めたの?」
沙「うーん、アグモンが起きる一時間くらい前かな? 私も、起きた時はアグモンの隣で寝かされての……最初はビックリしたよ……何で生きてるんだろって……丁度その時に空ちゃんも居てね……叱られちゃった……」
ア「空、マァマの事すごく心配してたからね……」
沙「うん……あんな空ちゃん、久しぶり……」
ア「ぞ、そういえばマァマ、ボクが眠ってる間何処に行ってたの?」
沙「えっ?……あぁ……ほら、私達って二人とも気を失ってたから、今"何時"かちゃんと確認しようと思って……あの部屋に時計はないみたいだったから」
ア「時計……? なんで……?」
沙「えと、さっき確認した時が6時丁度だったから、もうすぐ分かると思うよ」
ア「?」