夢、
ふと気付いた時、最初に写り込んできた来たのは灰色の雲と降りしきる雨。
(ん……? ここは……?)
その次に写るのはモクモクと黒煙が上がる崩壊した都市。ただ、そこはメタルティラノモンが今までいたお台場ではなく、何処か別の場所のようだ。
(そうか……オレは、ヴァンデモンに負けて……これは……またあの夢の続きか……)
最早感覚で分かる。
夢にしては非常に現実感のある、まるで思い出を辿っているかのような鮮明な光景。
懐かしくもどこか心地良い、一人の少女と一匹のアグモンの物語。
意識を失った時に完全体であったためか、今回、夢の中の彼の意識もまたメタルティラノモンのままのようだ。
最も、何時もはただ、一人の少女と不器用な"自分"の旅の一コマを、その目を通して見ているに過ぎなかったのだが、
「……オノレ……よくも……」
(な……なんだ……?)
今回は勝手が違った。
自身の"内側"から放たれ始める尋常ではない"殺気"に、メタルティラノモンは戦慄を覚える。
同時に、地上から分厚い雲が掛かる空に向けて、"今の自分と同じ姿をしたアグモン"が、これまた"今の自分と全く同じ声"で吠えた。
その視線の先には、中を漂う武装した二匹の魔竜の姿。
「殺シテヤルッ! 貴様らああぁぁぁ!!」
(あれは、メガドラモン……? それにギガドラモン……? 今回は……戦闘中……なのか……!?)
瞬時にある程度の状況を察するメタルティラノモンであるが、あくまでこれは夢。その上"目"を通して見ているだけしか出来ない以上、状況の把握はあまり意味をなさない。
ただ、"彼"の怒声は通常の戦闘にしてはあまりにも鬼気迫っている。そこにはいつもの"心地良い雰囲気"など欠片もない。
そして次の瞬間、地上の"彼"、『灰色の恐竜』が左腕を構えて声を上げた。
「ヌ―クリアレーザー!!」
魔竜の内の一体、メガドラモンに向けて放たれる極太のレーザー。
(!? なんだ……この威力は!)
それはまるで"エネルギー波の壁"。
空へと打ち出されるレーザーは自身の副砲の非ではなく、ただ一介の完全体の域を遥かに越えているのだ。
そのあまりに強大な出力に、メタルティラノモンは内心で鳥肌が立つ。
「!」
そしてそれは、飛行する二体の魔竜も同じ。
「━━━━━━━━━!!」
見たところ、恐らく魔竜達は二体がかりで空から"彼"を仕留めるつもりであったのだろう。
しかし、突如放たれた巨大な閃光を前に、軌道上にいたその片割れは動く事すら出来ずに飲み込まれ、たった一撃で、悲鳴を上げて光の粒子へとその身を変えた。
「……破壊シテヤル……貴様ら……一匹残らず……!」
光が消え、左腕を下ろした"彼"が残るギガドラモンへと牙を剥き出しにして呟く。
(こ、コイツ……本当に……あのアグモンなのか!?)
驚異的な破壊力も去ることながら、いつもの"夢の自分"は何事に置いてもあまり関心をしめさず、ましてこれ程の激情を露にする事など一度とて彼は見た事がない。
それがどうして?
そんな疑問が頭をよぎるが、目に写る景色から、彼はある一点に気付いた。
(そういえば……あの子は何処だ……?)
夢の自分のそばに何時も居た少女。
自らを"母"と名乗り、何度突き放されようと離れなかったあの少女が居ないのだ。
(……なんだ……この胸騒ぎは……)
不吉な予感。だが、メタルティラノモンにそれを確かめる術はなく、彼の意思とは関係なく夢は続く。
「━━!」
同族が一撃で葬られた事による恐怖からか、ギガドラモンは短い悲鳴を上げ、空中でクルリと旋回し、そのまま逃げるように飛び去ったのだ。
しかし、
「逃ガスモノカ……!」
そんな相手に対し、次に"彼"は主砲である右腕を空へと付き出す。
自らの必殺を持ってギガドラモンを撃墜するつもりなのだろう。先程の副砲でさえあの威力なのだ。ギガデストロイヤーともなれば、その破壊力は計り知れない。
右の掌にあるハッチが開く。
だがその瞬間、メタルティラノモンは更に驚愕する事となった
(違う……!)
何故なら、そこから飛び出したのは何時もの有機体ミサイルではなく、
(……なんだコレは……オレは……こんな技は……知ら……ない……?)
"眩い光弾"
分厚い雲の下、グングンとギガドラモンが速度を上げていく中で、その"光弾"は構えられた掌で急速に巨大化していく。
やがて、その大きさが自身の頭程になった時、"彼"は標準を合わせて静かに、それでいて強烈な憎しみを噛み締めた声を上げた。
「破壊シテヤル……━━ン━━ノン……!」
(!)
放たれる光弾。
打ち出された後も尚巨大化していくその光は、今や米粒程の大きさにまで遠ざかったギガドラモン文字通りの速度で迫る。
そして、遥か先の空、灰色の雲ごとその身体を飲み込み、瞬間、巨大な光が一気に弾けた。
(くっ!)
「━━━━━━━━━!!」
目が眩む程の閃光と炸裂音。ついで木霊する魔竜の断末魔。
大気をも振動させるその一撃を前に、ギガドラモンは一ミリのデータすら残す事なくその身体を蒸発させたのだった。
「ハァ……ハァ……撃墜……完了……対象ヲ……破壊……」
突如始まった戦闘の終了。
"彼"はポツリとそう呟いた後、構えていた右手を静かに下ろした。
ザーザーと降りしきる雨が、"彼"の身体を伝っては流れ落ちる。
そんな中、
(なん……なんだ……コイツは……)
光が収まっていく中、"彼"の目を通して一部始終を見ていたメタルティラノモンは、"夢の自分"のあまりの強さに驚きを隠せない。
同じ身体、同じ声をしているにも関わらず、その戦闘力は今の自分を遥かに上回っているのだ。今の"光彈"に至っては最早規格外とさえいえるだろう。
「ハァ……ハア……」
(たかが夢……と言えばそれまでだが……毎回毎回、なんなんだ……このどうしようもない"現実感"は……)
あまりにも鮮明に映る廃墟の景色、降りしきる雨の臭い。そして、ウイルスの本能に飲まれた時に起こる、強烈な"破壊衝動"に耐える"彼"の荒い息。
その目を通して感じる全てがメタルティラノモンの"心"を揺する。
(……オレは……この夢の光景を見た事があるのか……? いや……オレは生まれた頃からマァマと生きてきたんだ……こんな所に来た記憶はない……)
必死に頭を捻るが、思い当たる節はやはりない。そしてしばらくして、急にそんな彼の目線が低くなった。
(うおっ!)
「グっ! こうしている……場合じゃない!」
破壊衝動に駆られそうになった完全体から一転、突如として何時もの黄色い身体へとその身を退化させた"彼"、アグモンが、それと同時に今度は瓦礫の転がる街を一心不乱に駆け始めたのだ。
(クソ、今度は何だ!)
目まぐるしく変わる状況に、メタルティラノモンは悪態をつく。
「はぁ……はぁ……!」
倒壊した凱旋門、上半分が消し飛んだエッフェル塔、果ては東京タワー。
現実世界の様々な建物がごちゃごちゃと入り乱れる謎の都市の中を、"彼"は盛大に息を上げながら疾走する。
(どこまで走る気だ……夢のオレは……?)
「はぁ……はぁ……」
複雑な地理を物ともせず、アグモンはひたすら走る。
そして、
辿り着いた場所。
瓦礫の転がる交差点の一角に、"全ての答え"があった。
そしてそれは、皮肉にも、この夢で最初に感じた"嫌な予感"そのものであった。
(こ……これは……!)
交差点の角、"彼"の目の前で横たわる"存在"。
瓦礫の中で力なく倒れ、今、ゆっくりと足元から光の粒子へと変わっていく、傷ついた少女の姿である。
「おいっ! しっかりしろ!」
そんな少女を抱き抱えながら、アグモンは今まで見せた事もない表情で必死に声を掛ける。
しかし、それとは逆に、"内心"のメタルティラノモンは思わず言葉を失っていた。
(………………)
一目で分かる致命傷。
そこに至った経緯は分からないが、
『"夢の自分"のいつも近くにいた存在が居なくなろうとしている』
その事実だけははっきりと理解する事が出来た。
「……アグ……モン……?」
(!)
今まで目を背けていたその顔を、メタルティラノモンは事此処に置いて遂に直視した。
初めて見るその"顔"はまるで透き通るように白く、また、沙綾を思わせるその長い髪も同じくまっ白。
どこか似てはいるが、当然それは彼のパートナーではない。
だが、
(……何故だ……何故……たかが夢なのに……こんなにも……心が……痛い……?)
本能が告げているのだ。
"この少女にバックアップは存在しない。"消えてしまえば、未来での沙綾の親友のように其処で終わりであると。
目に映る少女が、抱き抱えられたまま苦しそうに口を開く。
「…………はぁ……はぁ……ごめ……んね……私……ホントに……ドジで……」
「謝るなっ! クソ ……オレのせいだ……オレが……お前を此処に連れてきたから…… 」
「……ううん……キミのせいじゃないよ……私……嬉しかったんだ……キミの……"故郷"が見られて……」
弱々しくもニコリと微笑む白い少女。
二人を包むような雨は次第に強くなり、それと比例するように少女の粒子化はもう膝のあたりまで進んでいた。
(…………………)
"最早手の施し用はない"。冷静に理解できるメタルティラノモンは内心で目を伏せるが、その"口"は必死に声を駆け続ける。
「やめろ……消えるな……お前は……オレの"母"なのだろう!」
「……フフ……遅いよ……でもよかった……私……最後に、やっと君の"ママ"に……なれたんだね……」
そう幸せそうな笑みを浮かべながらも、少女の下半身はその形を完全に光へと変える。
それに対し、小さな恐竜は最早すがるようにいっそ強く彼女の体を抱き寄せた。
「……"最後"ではない! これからも、お前はずっとオレの母だ! 約束したではないか……一緒に……オレの"心"を探すと……母は……何処までも子に着いて行くのだろう……だから…… 」
声は段々と震えを帯び、"口"は遂にそこで止まった。
メタルティラノモンの視界が急に暗くなったが、それは"彼"がぎゅっと目を閉じたからであろう。
そんな彼に、消え入りそうな少女はそっと手を伸ばし、"彼"の頭を優しく撫でた。
「……はぁ……はぁ……フフ……前から思ってたけど……もう……君は……ちゃんと、"心"を持ってるよ……」
手は滑るように閉じられた"彼"の目元へと伸びる。
「だって……私のために……泣いてくれてるじゃない……」
「……違う……これは……ただの雨粒だ……オレはまだ"心"など見つけていない……だからまだ……オレと"母"の旅も終わりはしない!」
いつもの素っ気ない立ち振舞いからは程遠く、子供のような駄々を捏ねる"彼"に、最後が近いにも関わらず少女はニッコリと微笑んだ。
それはまるで、子を慰める本当の親であるように。
「フフフ……なんだ……やっぱり……気付いてたんじゃない……」
少女の身体から溢れる光が加速する。
「……短い間だったけど……私……君に会えて良かった……」
そしてそれは、二人の別れの合図。
「……待ってくれ……頼むから、オレを一人にしないでくれ……オレはまだ……"母"に何もしてやれてない……! 何も……伝えられていない……!」
最早"目"から流れる涙は留まる事を知らず、その"口"は声を絞り出す事で精一杯である。
必死に抱き寄せていた"彼女"の身体の感覚さえ、希薄な空気へと変わっていく。
(……クッ……もう……やめてくれ……)
それが一体何れ程の絶望感だろうか。
自らを母と名乗るその少女が沙綾と重なり、吐き気すらも通り越す心の痛みがメタルティラノモンを襲う。
しかし、"彼"の目が少女を見続けているかぎり、嫌でもその光景が頭の中へと流れ込んでくるのだ。
「……ごめんね……でも……そう言ってくれるだけで……私……幸せだよ……」
「うっ……うっ……」
彼女の最後にみせる心の底から笑顔。それを前に、もうアグモンは返事を返すことも出来なくなっていた。
少女の身体が朧気になる、そして、
「……また……ね……アグモ……私……楽し……た……」
霞が掛かったようなそんな小さな声と共に、白い少女は光の粒子となり、この世界から消滅した。
(………………)
それと共に、メタルティラノモンの意識も揺らいでいく。
「ぐっ……うっ……ウアアアあぁぁああああぁぁ!!!」
遠ざかる意識の中、残された"彼"のそんな絶叫だけが、いつまでも瓦礫の都市へと響いていた。
いつもならば、これで終わり。
彼の意識はこのまま現実へと返される。
しかし、
(急いで! キミのママが危ないよ!)
目が覚める手前の暗い闇の中。
ふと、メタルティラノモンの脳裏にそんな声が聞こえた。
(……! だ、誰だ……!)
(誰でもいいでしょ! そんな事より……いい? 目が覚めたら直ぐにママを守りなさい ! あの吸血鬼、ママごとキミを消そうとしてるよ!)
まるでテレパシーのように意識へと直接響く声。その"吸血鬼"と言うワードで、メタルティラノモンは今自分が置かれていた状況を改めて思い出した。
(なっ……そうか……クソっ!……ヴァンデモンめ……絶対にマァマに手はださせない!)
沈んでいた気持ちが奮起する。
今の"夢"で感じた途方もない絶望感、それを"現実"にする訳にはいかないのだ。
(その意気だよ……キミなら出来る! さあ急いで!)
(ああ!)
そんな短いやり取りの後、彼の意識に一筋の光が射した。
今度こそ、現実への帰還である。
(それからもう一つ……お願い……"あの子"を止めて上げて……それはたぶん、キミにしか出来ない事だから……)
現実世界、お台場。
「ナイトレイド!」
「プハッ……ハァハァ……」
ヴァンデモンが漆黒のコウモリを召喚すると同時に、瓦礫の山へと横たわるメタルティラノモンが息を吹き替えした。
「マァマっ!」
状況は既に粗方察している。
目が覚めると同時に彼はその身を起こし、自身の足元へとうつ伏せに倒れる沙綾を跨いで、彼女と、黒い波との間に割って入った。
先程の一撃によって全身にガタが来ているが、沙綾のピンチである以上、恐竜にとって"その程度"の事など二の次である。
「ほう……随分頑丈になったものだ……あれを受けてまだそれほど動けるとはな……だが、それもここまでだ……イレギュラー共々、此処で消えるがいい!」
黒い旋風が嵐の如く道幅一杯に押し寄せる。
その距離約10メートル。
「チッ……!」
(……どうする……オレが盾になっても、ヤツの攻撃はそう何発も凌ぎきれない……)
全快であった先程ですらあれ程のダメージを受けたのだ。直撃すれば命の保証はない。
だが、沙綾を守って立っている以上、選択肢に"逃げ"はありえない。
残り8メートル。
(考えろ! 何か手がある筈だ……マァマはいつも、そうやってピンチを越えてきた!)
後方で意識を失う沙綾を横目で見る。
耐える事は難しく、逃げる事は出来ない。
目の前の闇を吹き飛ばす程の威力を持った技を繰り出すしかないが、自身の持つ主砲、副砲程度では恐らく力不足。
ならばどうする。
(! そうだ……あれなら……)
そんな時、メタルティラノモンはふと思い出した。
そう。それは先程の夢の中、"彼"がギガドラモンへと放った最後の攻撃。
(試してみる価値はある……いや……もうそれしかない!)
たかが夢の話。だが、あの夢で起きた全ての出来事をただの妄想だと彼には思えなかったのだ。
"彼"と同じように、メタルティラノモンは右腕の主砲を迫り来るコウモリの群れへと素早く向ける。
その距離残り5メートル。
メタルティラノモンは静かに目を閉じた。
(思い出せ……あの一撃を……)
あの夢を、ただの夢では終わらせない。
あの夢で感じた絶望を、現実にしてはいけない。
そして暗闇の中聞こえたあの"声"が、『キミなら出来る』と言っていたのだ。
(まるでマァマに言われたみたいだ……力が……沸いてくる!)
構えられた掌の先端にあの夢の"光"が灯る。
データの集合体とも言える彼らデジモンが持つ"必殺"は、決して努力の果てで習得したものではない。
彼らそれぞれが、"自身の必殺のデータ"を内部に持っているからこそ、それを扱う事が出来るのだ。
つまり、
(イメージするんだ……あの光を……)
仮に"そのデータ"が『予め』彼の中に存在していたのならば、後はその必殺をイメージし、起動のトリガーと言える必殺名を上げれば、無条件にそれは発動する。
(そうだ……確か夢のオレが叫んだその"技の名前"は……)
コウモリの壁は残り3メートル。
出来ない筈などない。
性能の差は確かに存在するだろう。だが、夢の自分が出来た事を、現実の自分がやる。ただそれだけなのだ。
残り2メートル。
目をカッと開き、メタルティラノモンはトリガーとなるその"必殺名"を叫んだ。
「いくぞっ! ムゲンキャノン!!」
夢の中で大気をも震わせた消滅の光が、今、メタルティラノモンの右手から放たれる。
消えた少女と夢の終わり。
そしてメタルティラノモンの覚醒。
さあ、あの夢は誰の記憶?
もう、分かりますよね……
もしややこしければ、改めてタイトルに???がつく話を順番に見た上で、番外編の小説を読んで頂ければ、"彼"がどういった経緯を辿ったのか、だいたい整理できるかと……。