楽しみにしてくださっていた方々、申し訳ございません。
仕事が最盛期に入っていたもので、あまり小説を書く時間が取れないでいたのが原因です。
一応、仕事の方はあらかた片付きましたので、これ以降はある程度は安定したペースで投稿できそうです。
沙綾がヴァンデモンと対峙する丁度その頃、ビッグサイトでは……
「さあどうする! まだやるのか!」
何十体といるバケモン達が足元で目を回す中、高い天井の館内に辛うじて入る程の大きさであるメタルグレイモンが、冷や汗をかいて飛行するピコデビモンを見上げて声を上げた。
「ひぃっ!」
その圧倒的な力の違いに、小さなコウモリは短い悲鳴を上げる。
そして、
「くそっ! お、お前達、覚えてろ! ヴァンデモン様が黙っていないからなっ!」
そんな捨て台詞を吐きながら、彼はメタルグレイモンの側をすり抜けるように飛行し、非常口のドアへと体当たりしながら、一目散にこの会場からバサバサと飛び去った。
「待てっ! …………くそ、逃げ足だけは速いヤツだ」
戦いの一部始終を側で見ていた太一は、ため息と共にそう声を漏らした。
そう、敵の拠点奥にまで到達した太一とグレイモン、そしてミミは、今、ヴァンデモンの不在中見張りを任されていたピコデビモン達を力づくで叩きのめす事に成功したのだ。最も、肝心のピコデビモンには逃走されてしまったが…
「どうする太一、追いかけるか?」
「いや、今は母さん達が先だ!」
「パパッ! ママッ!」
優先するべきは敵ではなく、彼らのいるこの広いホールに無造作に倒れ伏す捕らえられていた人々である。
メタルグレイモンはパートナーの決断に頷き、その身を幼年期へと退化させた。
そして、両親を探して走り始めるミミに続くように、太一もまた、床に伏せる人々に目をやりながら、自分の家族を探すのだった。
その後しばらくして、
「あっ! 母さん!」
その人々の中に、今朝別れた母の姿を発見する。
だが、やはり
「母さん! おい母さんってばっ! …… 起きてくれよ!」
「………………」
力なく横たわる体を揺すりながら、そう声をかける太一だが、反応は何もない。ただ、眠っているかのように静かに寝息を立てるのみである。
「パパ! ママ!」
どうやら少し離れた位置では、ミミも彼と同じ行動を取っているようだ。
「クソ! どうなってんだ……?」
一向に目覚める気配のない人々に、太一は拳を握り締めて悪態をつく。
そしてそんな時、彼の後方から聞き覚えのある声が、静かな館内に小さく響いた。
「……すまない……私のせいだ……」
「!」
それは昨日の深夜、家のベランダで聞いた声。
今回の騒動のある意味引き金となったデジモンである。
「……テイルモン! 良かった、無事だったんだな……」
敵の見張りを全て蹴散らした事で、彼女自身も自由にならたのだろう。しかし、今は辛うじて動けているが、よく見れば、その全身は傷だらけ。今にも倒れてしまいそうである。
「お、おいっ、大丈夫か?」
「……」
あのヴァンデモンに挑んだのだ、それも仕方ないだろう。
太一は心配そうに問いかけるが、彼女はそれを気にする事はなく、うつむき、ただ申し訳なさそうに口を開いた。
「私の事はいいんだ……自分が招いた事だから……ただ、私がヴァンデモンに捕まったばっかりに、関係のない人達まで巻き込んでしまった……すまない……」
「……なあ……母さん達はどうしちまったんだ? 」
「……ヴァンデモンは言っていた……この人達は、後で自分が"味見"をすると……それまで眠らせておけとピコデビモンに命じていたんだ……だから、たぶんヤツかピコデビモンを倒さないと、みんな元には……」
苦々しく、テイルモンは絞り出すように口にした後、そこで言葉を切った。
図らずともこの現状を招いてしまった彼女にとっては、この現実はとても重いのだから。
しかし、
「……そうか……サンキュー、テイルモン……それだけ分かりゃ十分だ……」
太一はそう言うと、眠る母親を一度見つめた後、決意と共にその腰を上げた。
「……すまない……」
「謝るなって、お前が悪い訳じゃないんだ……それに俺の方こそ、昨日は疑って悪かったよ……沙綾の事はともかく、お前は間違いなく俺達の仲間だ」
「太一……」
「 さあ……行こうぜコロモン!」
そう、客観的に見ても、テイルモンのその答えは太一にとって既に予想の範疇内。
ならば、すべき事はただ一つ。
「……うん! ヴァンデモンをやっつけるんだね!」
「ああ、そのためにはまず、ヤマト達ともう一度合流しないとな」
気合い十分と言ったように、小さなピンクの体がピョコンと跳ねる。それと同時に、負傷し俯いていたテイルモンも、顔をぱっと上げ、まるで懇願するような目をしながら、太一へと一歩つめよった。
「待ってくれ……私も一緒に……私も、ヒカリの元で戦わせて……」
「……テイルモン……ああ、でも無理はするなよ。 お前にもしもの事があったら、きっとヒカリが悲しんじまう」
兄として、妹を悲しませる事はしてはならない。
太一のそんな想いの籠った一言に、テイルモンは小さく頷いた。
「勿論……約束する」
「よしっ! ……じゃあ、行くか!」
新たな"仲間"を加え、今、太一は再び動き始める。
決戦の時は、刻一刻と近付いていた。
一方、
「貴様の目的はなんだ?…………イレギュラーよ……」
「…………うっ」
(……私は……どうすれば……)
その"元凶"、ヴァンデモンと対峙し、仲間達の前で自身の正体の核心へと迫られた沙綾は、困惑する思考を精一杯回転させ、なんとかこの状況を覆せないかを模索していた。
しかし、
「沙綾……答えてくれ、あいつのいっている事は……本当なのか……?」
「……そ、それは……」
(……私のバカ……なんでこんな時に、何も浮かばないの)
ヤマト達の視線の中、有効な"言い訳"は何も思い付かない。自らが招いた墓穴なのだ。訂正を加えれば加えるほど、逆に怪しさが増していくものである。
しかし、だからといってヴァンデモンの解答に頷きたくはない。何故なら、それは"仲間達をずっと欺き続けていたのだと彼らの前で認めるに他ならない"のだから。
(……うぅ……何か、何か言わないと!)
「フフ……どうしたイレギュラー? 何か言ってやってはどうだ? 」
「……っ」
だが、結局反論できなければ頷いているのと変わらない。
最も、冷静になりきれない思考で余計な事を口にすれば、知恵の働くヴァンデモンにはたちまち見抜かれるだろう。それどころか、最後の砦である『未来人』というワードにも辿りつかれかねない。
(…………私、どうしたら……誰か……助けて……)
額から一筋の汗が流れる。
一瞬の時間が、まるでずっと続いていくような感覚。
向けられる様々な視線に、彼女は寒気すら覚えた。
(……ミキ……アキラ……)
そんな危機的状況の中、ふと頭に過るのは消えた親友の顔。
「!」
瞬間、彼女は思い出す。
(そうだ……)
記憶の中でにこやかに微笑みかける二人の顔が、沙綾の思考に冷静さを取り戻させたのだ。
(……私は何のためにこの時代に来たの……ただみんなと仲良くするため……? 違う!)
最後の砦、それだけは何があっても悟られる訳にはいかない。もし知られれば、"自分のいた未来"に帰れる保証はなくなるのだ。
そしてそれは、彼女本来の目的の失敗を意味する。
(ミキとアキラを助ける……それだけは……絶対に譲れない!)
沙綾はこの二人の笑顔を取り戻すために時間すら越えてきたのだ。その意思は、今でも何一つ変わらない。
子供達との間に亀裂が入ることは怖い。
しかし、
"あの二人に二度と会えなくなる"
それ以上に怖いことなどあるものか。
気持ちに整理がついた途端、沙綾の思考が一気にクリアになっていく。そして、彼女は遂に決断する。
「はぁ……」
溜まったものを吐き出すかのように小さく溜め息をついた後、今までのおどおどした雰囲気から一変、彼女はヴァンデモンを睨み返えし、静かにその口を開けた。
「……そうだよ……私は最初から、"選ばれし子供達"を知ってた……デジタルワールドに行ったのも、自分の意思……全部……貴方の言うとおりだよ……」
下手な嘘は最早逆効果。
沙綾はとても落ち着いた口調で、ヴァンデモンの推察を肯定した。
そう、認めたのだ。今まで付いてきた嘘の全てを。
「沙綾ちゃん……」
「ほう……ようやく観念したか……では、今一度聞こう、貴様の目的はなんだ? 」
ヤマトや空、ヒカリが目を見開いているが、今は関係ない。
ただ自らの想いを口にするだけ。
沙綾は目の前の魔王に向かい、全力で声を張り上げる。
「……"友達のため"……ただ、それだけだよ!」
嘘偽りのない、それが彼女本来の目的。
「なっ……小娘……貴様また適当な事を!」
しかし、ヴァンデモンにとっては、返ってきたそんな答えが不満であったのだろう。
当然だ。この時代において、事前に選ばれし子供達の存在を関知し、あまつさえ、本来"普通の人間"が出来る筈のない"デジタルワールドへの干渉"を行った者の目的が、たかがその程度の答えであるなど誰が納得出来ようか。
"この後に及んでまだシラを切るつもりか"と、彼は目を細め、苛立ちを含んだ表情と共に沙綾の首根っこへとその腕をぐいっと伸ばす。
「きゃっ!」
足を怪我した今の彼女に、その魔の手から逃れる術はない。
「沙綾ちゃん!」
それを見た空が反射的に声を上げるが、当の本人は身体を縮めるのが関の山である。
しかし、その時、
「ん? ……なっ! ヴァンデモン様っ! 後ろ!」
従者のように主の隣をフワフワと浮かぶファントモンが、何かに気づいたかように後方へと振り返り、それと同時に慌てて上げたのだ。
何故なら、
「マァマに近寄るな……!」
先程叩き伏せられた赤い"恐竜"が、光を纏いながらその身をムクリと起こし、怒りを露にして機械化された爪を頭上へと振り上げていたのだ。
「オマエの相手はこの"オレ"だ……!」
「くっ! 貴様っ、いつの間に!」
不意をつくかのように吸血鬼へと降り下ろされる巨大な"凶竜"の爪。
対応が間に合わず、ヴァンデモンの表情が驚愕に歪む。
しかし、
「そうはさせんぞ!」
ゆらりと、まるで主の盾になるかのように死神が動き、
ガコンと、間一髪で降り下ろされるそれを鎌の柄で受け止めた。
だが、攻撃こそ阻まれたが、間近で起こるその衝撃は、ヴァンデモンの腕を止めるには十分だった。
「ナイスだメタルティラノモン! 今だガルルモン! お前も進化だ!」
敵が見せたその一瞬の隙、ヤマトが声を振り絞る。
刃を交えるメタルティラノモンの更に後方、今、首をブルブルと震わせながら、彼と同じく立ち上がった己のパートナーに向かって。
「ああ、任せろヤマト! ガルルモン、超進化ァァ! ワー…ガルルモン! 」
ボウっと、メタルティラノモンに続き一瞬で立ち上る"友情"の光。
その中から、直ぐ様一匹の人狼がまるで疾風のように拳を構え、親玉であるヴァンデモンへと一気に迫った。
「カイザーネイル!」
しかし、
「ふんっ! 小賢しいっ!」
その突進は既に振り返っているヴァンデモンにとっては奇襲にもならない。
即座に出現する赤い鞭を振り抜き、振りかかる彼の右腕をガッチリと拘束したのだ。
「ぐっ!」
同じ完全体でも力はやはりヴァンデモンの方が格上。片腕を捉えられたワーガルルモンの勢いは止まり、丁度刃を交えるメタルティラノモン達の足元、ヴァンデモンからおおよそ五メートルの位置で停止し、それを振りほどこうともう片方の爪を立てるが、それはなかなか外れない。
「無駄だ……貴様程度に振りほどけるものか……」
その様子に、ヴァンデモンは冷ややかにそう答える。
しかし、次の瞬間、
「……なら……これならどうだっ!」
ファントモンを爪の一降りで大きく吹き飛ばし、メタルティラノモンが首を下へと向け、その強大な顎で絡み付く鞭へとガブリと噛みつき、強引にそれを食い千切った。
「ほう……」
それを見た魔王は少し感心したかのように短くそう呟く。食い破られた鞭は、そのまま周囲に溶けるかのように消えていった。
「すまない……助かったぜ……」
「気にするな……オレの方こそ……ずっとお前に助けられてばかりなんだ……それより、今は気を抜くなよ……」
「ああ……」
メタルティラノモン、ワーガルルモンが並び立ち、共に魔王へと退治する。
そしてその間、"動いていた"のは彼らデジモン達だけではない。
「今の内だ! 沙綾! しっかり捕まってろよ!」
「えっ! ちょっ! ヤマト君!?」
「話は後だ! ちょっと痛いかもしれないけど、がまんしてくれ!」
「きゃっ!」
ワーガルルモンが攻め込んだ事で、必然的にヴァンデモンの意識はそちらへと傾けざるを得ない。
その間に、ヤマトは素早く沙綾の元へと駆け寄り、動けない彼女の身体を抱え上げ、その場から離れたのだ。
「……聞きたい事は山ほどあるけど……今は此処をどう切り抜けるかが先だ!」
「……うん……ごめん……なさい……」
俗に言う"お姫様だっこ"である。何時もの彼女ならば、恥ずかしさから顔が熱くなるところだが、今はやはり、その表情は優れない。
その体制のまま空、ヒカリと合流し、僅かながら敵と距離を取った後、沙綾の体はゆっくりと地へと下ろされた。
そして、
「沙綾ちゃん! 大丈夫!? 怪我はない!?」
合流後、空は即座に沙綾へと駆け寄る。
彼女にとっては、先程の"話"の内容などよりも、今はそちらの方が遥かに大事なのだろう。
沙綾は少し戸惑いながらも、出来るだけ平然に言葉を返す。
「……空ちゃん……うん……ヤマト君のおかげだよ……」
「……はぁ、全く、心臓が止まるかと思ったわ」
「……はは、ごめんね……」
それでもやはり、その返事はどこかぎこちない。
「二人とも、無駄話はそこまでだ…戦いが始まるみたいだぞ!」
人気の消えた街中、これから起こる戦いの巻き添えを受けないよう建物の陰へと身を移したヤマト達は、そこから祈るようにパートナーを見守る。
(しっかりしなきゃ……悩んだってもうどうにもならない……今はヤマト君の言う通り、此処を切り抜ける事だけ考えなきゃ)
沙綾も一度自身の罪悪感を押し止め、目の前の状況へと頭を切り替えた。
「ごめん空……こんな時に私、役に立てなくて……」
「いいのよ、ピョコモンはさっき十分がんばってくれたじゃない」
「負けるなよ! ワーガルルモン!」
「気を付けて! メタルティラノモン!」
(倒さなくてもいい……"その時"がくれば、"歴史の流れ"に乗っ取ってヴァンデモンは倒される筈……)
そう、予想外のアクシデントが続いたが、今日、もう近々ヴァンデモンが子供達によって倒される事は既に"確定事項"。
どういった"過程"でその"結末"に辿りつくのかはまだ沙綾には分からないが、今重要なのは"耐える"事。この一点のみなのだから。
(お願い……それまで何とか持ちこたえて……)
ヒュウっという風が、睨み合う三体の間を通り抜ける。
ビルに囲まれた近代的な雰囲気だか、その様子は、さながら西武劇のようでもある。
「……あれで隠れたつもりか……? フフ……もう一度じっくり話しを聞きたいものだが、やはり貴様らが邪魔をするか…………動けば消すと最初に忠告した筈だが……?」
沙綾達が隠れた先に一度チラリと目をやった後、ヴァンデモンは敵である二体へと視線を移し、静かな口調で話す。
それに対し、メタルティラノモン、ワーガルルモンの両者は、咆哮を上げるようにそれに答えた。
「やれるもんならやってみろ……! 何があろうとマァマ達には指一本触れさせない……!」
「ああ、その通りだ! デジタルワールドでの借り……ここで全部返させてもらうぞっ!」
両名が戦闘の構えに入る。
方や接近戦のエキスパート、方や遠距離戦のスペシャリスト。
「……身のほど知らずめが……力の違いを教えてやる……」
それを前にしても、ヴァンデモンは微塵も動じない。
そこに、先ほど弾き飛ばされたファントモンが、ボゥっと、主の頭上へと現れる。
「先程は不覚を取りました……ヴァンデモン様……私も加勢します……」
「フッ……好きにするがいい……では……行くぞ!」
「今度は負けない……! オレをあの時のオレだと思うなっ!」
「来るぞ! 気を付けろメタルティラノモン!」
ワーガルルモンの声が響いた刹那、ヴァンデモンが鞭を両手に、ファントモンのようにフワリと宙へ浮き上がった。
"決着"の瞬間は近い。
その序章、凶竜と人狼、魔王と死神、完全体4体の戦いの火蓋が、今切って落とされた。
ヴァンデモン編もいよいよ終盤です。