デジモンアドベンチャー01   作:もそもそ23

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遅くなってしまいすみません。


ようやく会えたな……イレギュラーよ……

お台場、ビックサイト。

現在、ヴァンデモン軍の本拠地と化し、お台場中の殆どの人間が収容されたこの巨大なドーム状の施設。

敵の拠点にしては随分と静まり返っている場内は、まるで向こうの世界での彼の城のようである。

 

先程、グレイモンと共にどうにかそこへと突入した太一は、今、辛くも敵の目を欺き、寝巻き姿のまま一人施設をさ迷っていたミミと、場内にて偶然の再開を果たしていた。

 

「……えっ、じゃあ、ヴァンデモンは今、此処にはいないのか!?」

 

「……えーと、うん。 正確には、ついさっきまでいたんだけど……」

 

太一の問いかけに、ミミは人指し指を口に当て、思い出す仕草をしながら答える。

 

「"死神"っていうのかしら? バケモンをもっと怖くしたようなデジモンがフワっと現れて、こそこそ何か話してたわ……その後、二人一編に消えちゃって……」

 

「……バケモンを怖くした……? 太一、それって……」

 

彼女の話すそのデジモンに、グレイモンは心当たりがあった。

そう、それは今朝、自宅であるマンションからヒカリと共に脱出した時の事、

 

「ああ、俺達が家を出る時に戦ったデジモンにちがいない……」

 

グレイモンの体力を一撃で大きく削られ、泣く泣く、連れ去られる母を置いて逃げる事になった経緯から、太一は苦々しげにそう口を開いく。

同時に、其ほど強力なデジモンが、ヴァンデモンと共に姿を消したという事に、彼は胸騒ぎを感じた。

 

「嫌な予感がする……」

 

「太一さん?」

 

「……いや、何でもない……とにかく、ヴァンデモンがいないんなら今がチャンスだ。 ミミちゃん、みんなの所へ案内してくれ」

 

「う、うん……こっち、付いてきて」

 

だが、"気にした所で何も始まらない"

そんな胸騒ぎを振り払うかのように、太一は意識を切り替え、再びビッグサイト奥へと足を進める。

 

自らの"予感"、それが当たっている事に気付きもせずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ほう、ヤツが"イレギュラー"だな……」

 

「……はい、間違いありません……"子供達と同年代の負傷した女児"……ヴァンデモン様に教えて頂いた情報に、全て合致しております……」

 

「……凶竜の方も生きていたか……選ばれし子供達が此方に来ている以上、もう命はないと思っていたが……フフ……まさか"あの状態"から元に戻るとはな……」

 

お台場の高層ビルの屋上で、ヴァンデモンは自らの真下で戯れる沙綾達を見て口許を吊り上げた。

それはまるで、敷いていた罠に獲物が掛かったのを喜んでいるようである。

 

 

 

 

昨晩の事、

 

(……テイルモンが八人目のパートナーである事に、最早疑いようはない……そして、伝承にある選ばれし子供の数は八人丁度……つまり……)

 

"自分が利用していた凶竜は、選ばれし子供のパートナーデジモンではない"

先日までのヴァンデモンの推測は、昨晩のテイルモンの捕獲と共に瓦解したのだ。

しかし、メタルティラノモンが執拗に語っていた"マァマ"という存在は、やはり彼の中で引っ掛かる。

 

(だが……ヤツに人間のパートナーがいた事もまた事実……選ばれし子供達の反応も、それを裏付けている……)

 

では、何故選ばれもしない者がデジタルワールドにいたのか。

何故アグモンというパートナーがいたのか。

何が目的なのか。

その存在の意味は?

様々な仮説が昨晩から彼の頭を巡るが、その全ては憶測の域を出ない。

 

高々伝承に記されている程度の八人目よりも、真の意味で恐ろしいのは"本当に何も分からない相手"である。

更に厄介なのは、今まで八人目のタグのコピーで沙綾を探していたヴァンデモンには、彼女を識別する手段が無い。

ピコデモンから聞いた唯一の手掛かりである"ケガした少女"というキーワードも、この東京にはそれこそ数え切れないほどいるだろう。

 

ならば、どうするか?

 

答えは簡単である。

そう、相手を引きずり出し、自らが直接彼女と対話すればいいのだ。

 

本来の歴史ならば、このお台場の制圧は、いわば『八人目を炙り出すため』だけの計画。

しかし、今回はその目的に加えてもう一つ、ある命令がヴァンデモンの口より一部の部下達へと下されていた。

 

『もしも……八人目探索の最中に選ばれし子供達へと接触する手負いの女児を見かけたならば、即刻私に報告せよ』と……

 

 

 

 

「フン……まさか、こうもあっさり見つかるとはな……さて、では確かめに行こうか……ヤツらが一体何者なのかを……」

 

「御意」

 

漆黒のマントをはためかせ、彼は今屋上からフワリと飛び立つ。

 

己の抱く疑問の中心へと、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(さて、上手くヒカリちゃんも助け出せたし、後はヤマト君達に付いて行くだけだね)

「ねえ、二人共これからどうするの?」

 

少しの間再会を喜んだ沙綾は、頭の中で確信を持ちながらも、あえてその言葉を口にした。それに対し、空は『あっ』と思い出したかのように両手手を叩く。

 

「そうだわ! 太一が捕まったみんなを助けるために一人でビッグサイトに向かってるの! ヤマト、私達も!」

 

「……ああ……でも、この子はどうする? 流石に敵のど真ん中に連れていく訳にも行かないだろ?」

 

ヤマトは横目でヒカリを見る。

 

「お願いヤマトさん……私も……お兄ちゃんの所へ行きたい……テイルモンも、そこにいるんだよね……」

 

「いや、でもな……」

 

仲間を助けに行くことに躊躇いはない。しかし、

"妹を守ってくれ"

太一にそう頼まれているヤマトとしては、その責任を途中で放り出す訳にもいかないのだろう。先程のような襲撃があった今、迂闊な行動は取りにくいのだ。

 

「確かに……連れていくには少し危険ね……どこか安全な場所があればいいんだけど……」

 

そういいながら空はぐるりと辺りを見回すが、何せバケモン達は壁をすり抜けて建物へと浸入出来る。ヒカリを一人にして真に安全な場所など、最早このお台場には存在しないのだ。

 

そんな時、間髪入れずに沙綾が口を開いた。

 

「それなら、ヒカリちゃんは私に任せてくれないかな?」

 

「……いや、お前だってそんな体じゃないか。 無理はしない方がいい」

 

「ふふ、こんな体だからこそだよ。 私達はティラノモンに乗ってヤマト君達の後ろをゆっくり進むから……ねっ、これなら心配ないでしょ」

 

「沙綾さん……」

 

ニコリと、沙綾はヒカリを見つめて微笑む。

というのも、元より彼女はそのつもりなのだ。

ヒカリを助け歴史を変えた今、誰かが彼女を『ヴァンデモンとの決戦の地』までつれていかねばならない。しかし、子供達には出来る限り歴史通りに動いてもらいたい。ならば、ヒカリの護衛は自分が適任だと。

 

その提案にヤマトは少し考えた後、渋々なかがらにも首を縦に振った。

 

「…………分かった。でも、ホントに無理だけはするなよ 」

 

「はぁ……全く、貴女は危なっかしいから」

 

「うん、も、勿論だよ!」

 

小説では、ここからヴァンデモンとの決戦まで戦闘らしい戦闘は起こらない。"たぶん、大丈夫だろう"と、沙綾は若干ため息混じりの二人へと苦笑いを浮かべながらそう答えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、小説通りに事が進んだのならば、沙綾の推測に間違いはない。

 

だが、

 

「……ほう、作戦会議は、もう終ったのかな……?」

 

「「「「!」」」」

 

今回は違う。

 

ヤマトがガブモンを再度ガルルモンへと進化させ、沙綾もヒカリと共に腰を落としたティラノモンへと足を掛けようとしたその時、不意に四人の真後ろから、その低い声があがったのだ。

 

「えっ!?」

 

「だ、誰……!」

 

初めて感じる異様な威圧感に、沙綾はキョトンとその場で固まり、ヒカリはビクリと体を震わせる。そんな中、

 

「フフ……ならば丁度よい……」

 

コツコツという足音をならし、"それ"は沙綾達が背を向けるビルの影からゆっくりと姿を表わした。

 

「そ、そんな、なんで此処に……」

 

「クソッ……最悪のタイミングだ……」

 

「この声……まさかっ!」

 

ティラノモンを始め、ヤマト達は即座に声のした方向へと首を向ける。

そう、彼らは知っているのだ。

この声の主を。

特にティラノモンにとっては、忘れようにも忘れられない相手。

"それ"が視界に入ったティラノモンが、目付きを変えて声を張り上げた。

 

「お前! この前はよくもっ!」

 

そして恐竜が睨みを効かせる中、僅かに遅れて、沙綾も振り返りながら顔をゆっくりと横に向ける。すると、そこに居たのは勿論、

 

「……あっ……」

(嘘……どうして此処にいるの……今は……捕まえたテイルモンと一緒に……いる筈なのに……)

 

漆黒のマントを纏う高貴な吸血鬼の姿。

そしてその後方には、先程消えたばかりの死神がフワリと現れる。

ヤマトが口にした通り、予期せぬ最悪のタイミングでのそれの登場に、沙綾は思考が追い付かない。ただ絞り出した"それ"の名だけが、静かな街へと響く

 

「……ヴァンデモン……!」

 

"本来の歴史"においてこの場に現れる筈のない魔王。

 

まるで金縛りにあったかのように硬直する彼女達に、ヴァンデモンはゆっくりと、ファントモンを引き連れて歩きよってきたのだ。

 

(どうしよう、こんな事本には書いてなかった……)

 

「前はよくもボクを騙したなっ!」

 

「ヤマト達に手は出させない!」

 

形相を変えたティラノモンとガルルモンが、パートナーの命令よりも先に魔王へと飛び掛かる。

 

だが、瞬間的に現れる赤い鞭がそれを許さない。

パチン、パチンと乾いた音が周囲へと響き渡る。

 

「うおっ!」

 

「ティラノモン!」

 

「ぐっ!」

 

「ガルルモン! 大丈夫か!?」

 

「大人しくしていろ……今直ぐに消されたいか……?」

 

襲いかかる二体を鞭の一振りで地べたへと叩き伏せ、尚も魔王は進む。

そして一定の距離を保ったまま、彼は呆然と佇む沙綾の前でピタリと停止し、ニヤリと、口許を歪めながら声を上げた。

 

「……フッ……ようやく会えたな、イレギュラーよ……その様子では、やはり私の事は知っているか……」

 

「……えっ? イレギュラーって…… 私の、事?」

 

「……そうだ……伝承にある選ばれし子供とは違いながらデジタルワールドに召喚され、更にパートナーまで連れている……これをイレギュラーと言わずに何と言う……?」

 

「えと……それは……」

(そっか……もう、ヴァンデモンはそこまで辿り着いてるんだ……)

 

沙綾は思わず口籠る。

 

"物語"が進んできた今、"自分が選ばれていない"事はいずれ皆に知れ渡る事になるだろうが、彼女にしてみれば、それは出来るならば"あやふや"にして通り過ぎたかった問題である。

 

当然だ。未来の事を伏せた上で、どうやって彼女自身の事を皆に説明しろというのだ。

恐らく、自分から白状しなければ、子供達は誰もその事については深く言及したりはしないだろう。

"歴史にはない九人目"と言う事で、勝手に納得してもらえた可能性すらあった。

 

しかし、

 

「単刀直入に聞こう……貴様は何者だ……?」

 

"黙秘は許さない"

 

ヴァンデモンの目がそう言っているのは、沙綾のみならず、ヤマトや、ピョコモンを抱いた空にさえ感じ取れる。それほどの圧倒的な存在感を、この魔王は放っているのだ。

 

(うっ……どうしよう……なんて答えれば……)

 

下手な回答は出来ない。"嘘"が通じるような相手でもない。

ゴクリと生唾を飲み込み、彼女は必死に思考を回す。

 

そして、

 

一瞬の沈黙の後、額から一筋の冷や汗を流しながら、沙綾は言葉を選んでこう答えた。

恐らく、この場で一番無難だと思える回答を。

 

「…………私は……太一君や、ヤマト君、空ちゃん達の"仲間"……だよ」

 

「……ほう……仲間、か……」

 

「そ、そうだよ!」

 

"みんなと同じ選ばれし子供"

 

その言葉を、彼女は口にする事が出来なかった。

この魔王は既に自身を"選ばれていない"と断定している。状況的にも此方が不利。ならば、此処で下手な嘘をつき、状況を悪化させる訳にはいかないと、沙綾は判断したのだ。

 

しかし、

 

「……成る程……」

 

それこそが正にヴァンデモンの誘導尋問。

 

「……やはり貴様、"最初から"自分が選ばれていない事を知っていたな……?」

 

「……えっ!? なん……で……」

 

その言葉に、沙綾の表情が僅かに青ざめる。

それもそうだ。今の答えの何処にそれを悟られる要素があったのかが、彼女には分からないのだから。

 

「フン……図星か……」

 

少女のその反応にヴァンデモンは目を細め、まるで沙綾を見下すようにそれに答え始める。自らが立てた一つの仮説を。

 

「……誤魔化せると思うなよ小娘……テイルモンが八人目のパートナーだと発覚したのは昨日の深夜……そして、それ以降に貴様が選ばれし子供と接触する機会は今までなかった筈だ……にも関わらず、何故貴様は"自分が選ばれていないという事実"に動揺しない……? 」

 

「!」

(…………そう言うこと……ね……)

 

"歴史"を知っている事が裏目に出たのだ。

 

彼女はヒカリが八人目である事を、まだこの世界の誰からも聞いてはいない。

普通は驚愕から入るものだろう。"下手な嘘を付けない"と思う余り、致命的な墓穴を掘ってしまったのだ。

それも、ヤマトと空、そしてヒカリの目の前で。

 

(私の……バカ)

 

己の失態から思わず奥歯を噛み締める。

だが、更に悪い事に、ヴァンデモンの追求はここでは止まらなかった。

 

「……では、何故貴様は最初からそれを知っていたのか? ……一見、貴様と選ばれし子供達との間に違いなどない……子供達と共にデジタルワールドに召喚されたのなら、自ら判断するのは不可能……ならば……何故……」

 

「…………!」

(やめて! 言わないで! )

 

本格的に背筋が凍る。

 

"それ"を言われれば、今までの嘘が全て無駄になる。

子供達との間にも亀裂が入りかねない。

だが、後悔しても、既に時は遅い。

魔王による止めの一言が、静寂の街へと響いた。

 

「……簡単な事だ……貴様は"選ばれし子供"の存在を知りながら、自らの意思でデジタルワールドに介入したのではないのか……?」

 

「!」

 

ほぼ完璧に近い洞察力と推理力。

 

「…………ち、違うっ……!」

 

「声が震えているぞ……?」

 

「っ……」

 

それを前に、沙綾はろくな反論さえ出来ず、元々白い顔を青白く染めて愕然と、ただ黙って下を向く事しか出来ない。

ヴァンデモンが再びニヤリと口許をつり上げる。

沈黙、それ即ち肯定の裏返しなのだから。

 

「……さ、沙綾……どういう事……なんだ……? アイツの言ってる事は、本当なのか……?」

 

「沙綾……ちゃん……貴方は……いったい……」

 

「……?」

 

そして彼女のその仕草は、仲間であるヤマト達をも動揺させる。最も、ヒカリだけは事態が飲み込めてはいないようだが、ヴァンデモンはそんな彼らに一切の関心を見せる事もなく、ただ、目の前の少女だけを見つめ、その重苦しい声を響かせた。

 

「イレギュラー……貴様の目的はなんだ ……?」

 

「沙綾……答えてくれ……」

 

"戸惑い"、"疑惑"、"興味"、様々な感情の籠ったこの場全ての視線が、この傷だらけの少女へと集まる。

 

そして、

 

「…………私……は……」

 

下を向いたまま、沙綾は今、静かに口を開く。

 

 

 

 




すみません。
戦闘描写も入れたかったのですが、長くなりそうでしたので一度区切る事にしました。


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