この世界の秘密を知っていますか?
はい →いいえ
それでは、どうぞ
沙綾がアグモンと波乱の再会を果たした数時間後の事、そのころ、デジタルワールド、ファイル島では、
「……やっと着きました……ふう、しばらく振りの"故郷"ですね……」
もう『二年ぶり』となる、自身が旅立った白い砂浜の海岸で、クロックモンはほぼガラクタ同然にボロボロとなった"イカダ"から降り、ポツリとそう呟いた。
(……やはり、あの広いサーバ大陸でも……収穫は無しでしたか……)
この二年間、彼は自らが犯した罪を償うため、片時も休むことなくサーバ大陸を渡り歩いた。
日差しの照りつける砂漠を渡り、深い森を突き進み、時には、おおよそ他のデジモン達が寄り付かない火山地帯にすら足を踏み入れ、ただひたすらに『沙綾を救う手段』だけを考え、その閃きを求めて行動してきた。
しかし、彼の目的は正に雲を掴むような話。
"時の概念に逆らう方法"など、そう易々と見つかる筈もなく、また、それを思い付く切っ掛けすらも掴む事すら出来ず、気付けば既に二年という歳月が過ぎ去っていたのだった。
「……はあ……この感じ、始めてこの"舟"で海に出た時を思い出します……」
懐かしい島の空気に触れ、クロックモンは海に浮かぶ『相棒』を眺めながら、一度大きな深呼吸をする。長い冒険の果て、その様子は、島を離れたあの頃よりも随分堂々としているようだ。
「心なしか、舟も喜んでいるように思えますね……」
そう言って、彼は今やくたびれ果てた相棒との思い出を振り返る。
二年前、島のデジモン達と共に作り上げたこの絆の証は、孤独な彼の旅にとっての大きな支えだったのだ。
陸地を行くときは流石に連れては行けなかったが、それでも、彼は海岸に留めてあるこの舟を想い、結果こそ何も得るなかったが、広く険しいサーバ大陸の調査を進める事が出来たのだ。
しかし、
それならば、彼は何故今更このファイル島へと帰ってきたのか。
もう、諦めてしまったのだろうか。
いや、
(……………残るは、もう、あの場所だけでしょうね……)
彼は"諦めたから"此処に戻ってきたのではない。
二年前、既にこのファイル島のほぼ全土を回ってしまったクロックモンではあるが、実は一ヶ所だけ、彼は"意図的に調査する事を避けていた場所"が存在する。
それは、本来ならば"真っ先に調べるべき場所"であり、恐らく、そこを調べれば全ての答えが出るとクロックモンは『始めから』思ってはいた。
「……ふぅ……」
では、何故彼は今まで其処を調べなかったのか。
答えは簡単だ。
(……覚悟は、もう、出来ています……)
其処にある答えは、9割9部が"最悪の回答"であるからである。
その場所とは、
(……行きましょう……未来で私が居たという……"アンドロモンの工場"へ……)
沙綾にとって全ての始まりとも言える場所。
時間を遡り、はじめてこの世界へと足を踏み入れたあの工場である。
此処を避けにる至った切っ掛けは、一番始め、クロックモンが住み慣れた隠れ家を出る時に気付いた、沙綾の話の矛盾点だ。
(彼女は言っていました……"未来の世界で工場の扉が勝手に開いた"。そして、"此方の世界で扉を開く登録をしたのだろう"と…………今は、それが彼女の勘違いである事を祈るばかりですが……)
デビモンとの決戦前、沙綾が自分の身分を伝えるために事細かに説明したこれまでの経緯の中で、彼女は確かに彼にそう話した。
しかし、
もしそれが正しいのならば、ここには一つ致命的な矛盾が生まれるのだ。
彼はそれに気付きながらも、サーバ大陸を回りきるまで、見て見ぬふりを続けていた。
(今の時代の彼女が、過去を遡って門の登録をしたところで、"その時代の彼女自身"が未来で工場に入れるようにはならない……"登録"と"認証"の順番が入れ替わる事はない筈ですから……)
つまり、"今の彼女"が未来においてアンドロモンの工場入るためには、まず先に、"『その前に』過去に来た沙綾が、先にこの世界で扉の認証をしておかなければならない"のだ。
そうなると、ここで一つの疑問が生まれる。
『その"前の沙綾"は、過去で門の認証をした後、どうなってしまったのか。』
沙綾が過去に来る目的は、『親友を救うためにカオスドラモン倒す事』以外にはありえない。ならば、沙綾と同様に、カオスドラモンにもまた、"それより前に来たカオスドラモン"が存在する筈でなのである。
ここまで来れば、おのずと答えは見えてくる。最悪の回答が。
("前の彼女"が先に過去に跳んだにも関わらず、未来ではカオスドラモンが生きており、"今の彼女"が再び過去へとやって来た……)
もしも、"前の沙綾"が、"前のカオスドラモン"を倒し、未来の世界である"今の沙綾"がいた時代の"今のカオスドラモン"を倒したのならば、鼻からこの事件は起こらない。
"今のカオスドラモン"が生きているからこそ、"今の沙綾"が彼を追って此方に来たのだから。
つまり、クロックモンの立てた仮説はこうだ。
(……この世界は……今、正に同じ時間を延々と繰り返している……そして彼女は……最終的にカオスドラモンには、"絶対に勝てない"……)
いや、カオスドラモンの目的は、『選ばれし子供達の抹殺』。つまり正解には『未来の世界で選ばれし子供達が生きている』以上、恐らく"前の沙綾"は、"過去のカオスドラモン"を打倒する事には成功しているのだろう。
問題はその後だ。
(……この世界のカオスドラモンと相討ちになるのか……もしくは、未来の世界で敗れたのか……いずれにしても……このままでは、彼女は"歴史の修正"を受ける以前に、……そのどちらかで命を落とす……)
「……っ!」
今までに見せたこともない深刻な表情で、クロックモンは奥歯を噛み締めるように呟いた。
もしこの仮定が真実なら、それは既に"歴史の流れ"の一つ。"確定した未来"なのだ。まず"彼女の死"という"結果"は簡単には覆らない。
なんという皮肉だろう。親友の死の運命を変えるために来た彼女自身が、既に引かれたレールの上を歩いていたに過ぎないのだから。
更に、問題はもう一つある。
そしてこれこそ、クロックモンにとっては一番受け入れがたい残酷な仮定である。
(……もし、世界が同じ時間を繰り返していると言うのなら、少なくとも、"未来の私は彼女がどのような運命を辿るのかを知っていた筈だ"…………なら)
「私は知っていながら、彼女を死地へと向かわせたのか? 知っていながら、私は彼女に助けを求めたのか!? 歴史を守るという大義を掲げて、彼女を見捨てたのか!?」
そのあまりにも馬鹿馬鹿しい結論に、クロックモンは思わず声を上げて叫んだ。
静かな海に、彼の悔しげな咆哮が吸い込まれるように消えていく。
そう、"前の沙綾"も過去の世界に置いてクロックモンと接触していたのならば、その時代の未来の彼は間違いなく彼女の行く末を知っている。
クロックモンは自分の性格については熟知しているつもりである。彼は沙綾を救う手段を諦めるつもりはない。
困難な道ではあるが、『未来は変えられる』と信じて、彼も、そして沙綾も、この世界を旅してきたのだ。
しかし、
もしも、時間がループしており、尚且つ未来の自分が"知っていながら"そのような行動を取ったというのなら、それはつまり、『最後まで沙綾を救う手段が見つけられなかった』という揺るがない結論の裏付けになってしまう。
(くそ……)
ならいっそ、彼は始めから工場に居なければよかったのではないか?
クロックモンさえ工場に居なければ、沙綾も、そしてその親友達も、死の運命から逃れられたのではないか?
(……いや、それは恐らく意味をなさない。"カオスドラモンが過去に行く"という"結果"がある以上、何処にいようが私はヤツに見つけられてしまう。"カオスドラモンを追って過去に行く"という結果をもつ彼女も同様だ。どう足掻こうが、彼女は必然的に"その場に居合わせる"ように"歴史の流れ"が働くのだから……)
クロックモンが今まで工場の調査を避けていた事、そして、真実から目を背けていた理由は、正にそこである。
認めてしまう事になるのだ。自分の力のなさを。彼女のたどり着く未来を。
しかし、
「……確かめなければ…………もう、今の私に出来る事は、恐らくそれ以外にはないのだから……」
現状、最早この世界の殆どの地域を回ってしまったクロックモンに残された選択肢などはない。
アンドロモンの工場へと出向き、門の仕組みを解析すれば答えが出る。
沙綾から預かった大切な"宝物"をぎゅっと握りしめ、彼は一人、再びこの島を歩き始める。
始まりの工場。其処にあるはずの真実を見極めるために。
今回は何時もに比べてかなり短いです。
超久々のクロックモンパートですが、"世界のループ"。この設定を考え、早半年、ようやく書くことが出来るぐらいにまで話がすすみました。
もう気付いていた方も大勢いたかもしれませんが……
実は、一番最初のクロックモンパートから、あの工場を彼が一番最後に調べる場所にしようと考えていました。
ですので、前回のクロックモンパートで、彼がファイル島で探索したエリアを箇条書きで本文中に書いた箇所があるのですが、そこに工場エリアは最初から含まれていません。
また、イカダを作る際に、子供達に関わった様々なデジモンが彼に協力してくれましたが、その中にも、アンドロモンだけは登場していません。
あっ、前書きのあの一文は、あるゲームの一文をパクっています。