デジモンアドベンチャー01   作:もそもそ23

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ずいぶん遅くなってしまいました。

始めに、本文の一部を少し訂正しましたので、そのご報告を。

沙綾の輸送された病院につきまして、当初『お台場』病院となっておりましたが、『光が丘』病院に変更しております。
といいますのも、作者は『お台場と光が丘が歩いていける距離』だと思っていたのですが、実際、この二つの町は徒歩では大きく離れているようで、『沙綾とヒカリが歩いて光が丘の事件に遭遇する事は難しい』と判明したためです。

何処に輸送されようと、過去の街並みに疎い沙綾は、結局自分が何処を歩いているのかが分からないため、沙綾の心境や行動指針に変更はありません。
ですが、彼女を先導するヒカリの心境については、病院が家から遠くなってしまいましたので、少しばかり変更しています。

作者の知識不足でした。申し訳ありません。

一応、その他の文面や伏線には変更はありません。


アグモン進化ァァ!

現実世界、東京、光が丘。

 

「あーーっ! 全く、こっちは急いでるってのに、まさかバスが止まるなんてよぉ……あー、あちぃ……」

 

夏の強い日差しが照りつける都会の陸橋の上で、太一はため息混じりに声を上げる。

 

沙綾のアグモンを加えた選ばれし子供達は、デジタルワールドから続く異界の扉を潜り、数時間前に現実世界、元いたキャンプ場へと帰還した。

当然、歴史通りキャンプは中止となり、彼らはバスでお台場まで戻る事になったのだが、途中、この光が丘にてバスのエンジンが故障、沙綾の様子を早く確認するべく急いでお台場まで帰りたかった太一は、『車内で待て』という引率者の言葉を無視し、『自力で帰る』と、ぬいぐるみと偽っていたアグモン二匹を"気合い"で無理矢理背負い、バスを飛び出したのだ。

当然、行きなり飛び出す太一を放っておける訳もなく、他の子供達も渋々ながらそれに付き合うことなり、刺すような暑さの中、現在に至る。

 

「もう、太一が飛び出しちゃうのが悪いんじゃない! どう考えても、バスが直るのを待った方が早いに決まってるでしょ!」

 

「うっ……だってよぉ……」

 

流石にこの炎天下、勢いに任せて飛び出した事を反省したのか、呆れる空に対して太一は口ごもる。

しかし、暑さでやられそうな子供達の中に置いても、パートナー達は初めての人間世界に興味津々なのか、太一のアグモンを始め数匹は、今だ元気にはしゃいでいる。

 

そして

 

「……ここが、マァマ達の世界……?」

 

沙綾のアグモンもまた、皆と同じく初めて見るその都会の景色に目を丸くしていた。

 

デジモンの存在が世界に知れ渡り、科学が発展した未来に置いても、治安や生態系の面から"一般的"なデジモンが現実世界に来る事はまず出来ない。ヴァンデモンのように進行しようとも、プロテクトによって弾かれてしまうのだ。

パートナーデジモン達については例外的にこの限りではないが、"長い時間をパートナーと共に過ごした上で、そのデジモンに危険性がない事"、"パートナーが責任を持つ事"などの条件がつく。

少なくとも小学生の沙綾は、その責任能力という点に置いて条件を満たせてはいないため、彼女のアグモンもまた、皆と同じくこの世界に来るのははじめてなのだ。

 

話には聞いてはいたが、実際沙綾の住む世界を体感したアグモンは、その光景に驚くと共に、何処かうれしそうである。

だが、それも束の間。

 

「 マァマは何処に居るの、太一?」

 

そういって、太一の服の袖をクイクイと軽く引っ張る。

 

「あ、ああ……とにかく、早くあいつの無事を確認しないとな……俺が向こうの世界に行く前に救急車のサイレンが聞こえたから、多分ヒカリと一緒に何処か近くの病院に運ばれてると思うんだけど……」

 

見上げてくるアグモンの問いかけに太一は腕を組み、頭を捻るようにしてそう答える。ヒカリが沙綾と共にいる事は分かってはいるのだが、如何せん、彼女と直接連絡する手段がない以上その行方は分からない。

 

少しだらけたように歩いていたヤマト達も、意識を切り替え太一の話へと加わっていく。

 

「てことは、やっぱりお台場の何処かの病院か……?」

 

「ああ、多分な……」

 

そう思っているからこそ、彼は一刻も早くお台場に戻るためにバスを降りたのだ。

しかし、

 

「……いえ、そうとも限りません……沙綾さんはかなりの大ケガなのでしょう? なら、恐らく搬送先は大きな病院に限定されます。 お台場にも病院は幾つもありますが、大病院となると数は限られるでしょう。もしそれらの受け入れが無理なら、お台場ではなく近辺の大病院に輸送されている可能性もあります」

 

「???」

 

光子朗の話に、既にアグモンはついていけてはいない。

いや、彼だけでなく、太一のアグモンや、他のパートナー達もそれはおなじなのだろう。皆顔を見合わせては首を傾げている。

 

「なら、どうやって調べるの? まさか東京中の病院を一つずつ見て回るつもり!?」

 

「いや、流石にそれじゃ時間が掛かりすぎるだろ……ヴァンデモンの事もあるし……ヒカリも心配だ……なんとかならないか、光子朗?」

 

"八人目を狙う"

ヴァンデモンの目的がこれである以上、今沙綾の近くにいるであろうヒカリの身にも危険がある。

太一が険しい表情を浮かべて光子朗へと問うと、彼は少し腕を組んで考えた後、口を開いた。

 

「…………えと……そうですね……少ないですが一応お金はありますし、電話ボックスを使うのはどうでしょう……そこからしらみ潰しに近辺の大病院に電話を書けていけば、恐らく見つかる筈ですから……」

 

「確かに、それなら時間はあんまり掛かんない!ナイスだぜ光子朗! みんなも、それでいいか?」

 

彼のその案に、太一はハッとした顔をした後、親指を立てて"了解"の合図を取る。皆もその案には賛成なのだろう。

 

 

だが、電話ボックスを探そうと、彼らが陸橋の上から周囲を見回し始めたのも束の間、やはり、歴史通りの事態が起こる。

 

「うわっと! なんだ! 地震か!」

 

「……いやっ! 違う!」

 

ドスン、ドスンと言う音と共に、彼らのいる陸橋を微かにを揺らすような地響きが、今しがた目的を決めたばかりの一行に襲いかかったのだ。

それは明らかに自然現象としてのものではなく、彼らが"デジタルワールド"で幾度も感じてきた"敵の来訪"の合図である。

 

そして、

 

「みんな! あれを見て!」

 

空が真っ先に音のする方向を指差す。

 

すると、

 

光が丘の大通り、突如としてパニックに陥る人々の喧騒の中、ビルが立ち並ぶその街角から、やがて地響きの元凶である"それ"が、ノソノソと、そのマンモスを思わせる巨体をゆっくりと表したのだ。

 

「な、なんだアレ! デジモンか!?」

 

都会のアスファルトを巨大な足によって意図も簡単に叩き割り、子供達の方を向いたマンモスが、鼻を高く上げながら吠える。

 

「━━━━━━━━━!!」

 

「おいっ! まさかアイツ、ここで暴れる気か!?」

 

「出ました! ……マンモン……完全体のデジモンです……太一さんっ!」

 

カタカタと、素早くパソコンを叩いた光子朗が、雄叫びを上げながら子供達のいる陸橋を目指して直進する巨体の情報を太一へと告げる。

 

「くそっ! ……しかたねぇ! 悪いアグモン、沙綾を探すのは後だ! とにかく今はアイツを止めないと街が壊されちまう! 」

 

マンモンがヴァンデモンの手下にしろ、デジタルワールドの異変によって此方に流れてきたにしろ、このまま放置する事など出来ない。

太一は沙綾のアグモンに横目で詫びると、自分のアグモンを進化させるため、デジヴァイスへと手を掛けた。

 

「行くぞアグモン! 進化だ!」

 

「オッケィ太一っ!」

 

しかし、

 

「……待って!」

 

不意に、誰かが太一の服の袖をぎゅっと握りしめたのだ。

振り替えるとチラリと見えるピンクの包帯。

 

沙綾のアグモンである。

 

「うわっと……ア、アグモン……えとな、今直ぐに沙綾に会いたいお前の気持ちは分かる……でも、今はアイツを止めないと!」

 

不足の事態に太一は若干慌てたように沙綾のアグモンを見て諭そうとするが、そんな彼とは対照的に、アグモンは遠くから迫り来るマンモンをしっかりと見据えた上で、とても落ち着いた口調で声を上げた。

 

「違うよ太一……此処はボクが行く……みんなは下がってて」

 

一度別れるまでの"無邪気"な彼からはあまり聞く事のなかった、決意を込めたような静かな声。

 

「……みんなは、こんなボクでも、もう一度仲間に入れてくれた……一緒に行こうって、マァマを探そうって、そう言ってくれた……たから、ボクはそんなみんなの"想い"に答えたい……みんなの助けになりたい……だから、ここはボクに任せて」

 

「アグモン…………でもっ!」

 

小さな恐竜の大きな決意。

 

だが、やはり太一は彼一匹だけで戦わせる事には抵抗があるのだろう。戦力的にも相手は完全体である。

勿論、反対するのは太一だけではない。

空やヤマト、それにパートナー達も、その提案には頷きはしなかった。

 

だが、そんな中

 

「……いえ、みなさん……此処は沙綾さんのアグモンに任せてはどうでしょうか?」

 

「えっ!?」

 

ただ一人、『この状況』をよく観察していた光子朗だけ

は違ったのだ。

 

「ちょっと、光子朗君!?」

 

「皆さん回りを見て下さい。 此処は市街地のど真中ですよ……そんな中で、何体ものデジモンでマンモンを迎え撃てば、反って被害が大きくなります。 戦う人数は少ない方がいい。 なら、この場は僕達の中で"一番戦闘が上手い"沙綾さんのアグモンに任せた方が、被害は押さえられるんじゃないでしょうか」

 

それはある意味最もな正論。

暴走時の荒々しい動きから忘れられかけていたが、本来の彼の"戦い方"は、その経緯により、"攻める戦い"より"守る戦い"の方が上手い。

更に戦闘経験自体も、他のパートナー達よりも遥かに高いのだ。

 

そう言った意味では、彼はこの場に置いて一番適任しているのかもしれない。

 

「それは……確かにそうかもしれないけど……」

 

それでもやはり不安なのか、空は何か言いたげに光子朗へと口を開こうとする。

 

しかし、

 

「……分かった……」

 

「た、太一!?」

 

空が驚くのも無理はない。

先程の反対意見からは一転し、太一がアグモンの提案を了承したのだ。

 

「確かに、光子朗の言う通りだ……それに、見てみろよ空、こいつのこの目……」

 

「アグモン……」

 

「心配しないで……絶対に止めて見せるから……」

 

そこにあるのは、無邪気さの欠片も見せない真剣な眼差し。その決意を直視して誰が反対できようか。

最後まで反対していた空も、それには諦めたように『はぁ』とだけため息を吐いた後、静かに口を閉じた。

 

そして、迫るマンモンが陸橋の目と鼻の先にまで近寄ってきたその時、太一が声を張り上げる。

 

「頼んだぞ! 回りに被害が出ないように上手く戦ってくれ……出来るか!?」

 

「任せて! !」

 

その声にアグモンは元気に頷き、

 

「アグモン、進化ァァ!」

 

彼らの立つ歩道橋の手すりを掴み、真下の道路へと飛び降りながら、その身を成熟気へと一気に巨体化させる。

迫るマンモンを前に、一行を背後に、ドスンと、久しぶりの赤い身体が、気合いを込めるかのように力強く咆哮を上げたのだった。

 

「ティラノモォォン!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、

 

「うぅ……ごめんねヒカリちゃん……」

 

冷房の効いた涼しいタクシーの車内で、沙綾は申し訳なさそうにシュンと項垂れていた。

 

「……気にしないで……お金は、お家に着いたら私が払うから……」

 

「うっ……ほんと、ごめんなさい……」

(はぁ……私ってば、なんか色々と情けない……)

 

心の中で、沙綾は盛大なため息をつく。

 

 

病院からの脱走後、停留所にてタクシーを捕まえたヒカリと沙綾は、今はその車内にて座って自宅を目指していた。

勿論、二人共財布など持ってはいないが、タクシーならば、自宅に着いた後に金を払えばよい。

 

(……気を使わせちゃったかな……"このくらい"歩いてでも何とかなると思ったけど、やっぱり……"ちょっと"きつい……)

 

痛みから痙攣を起こしそうな足を見つめて沙綾は思う。

 

だが、彼女は"今自分がいる場所"すら知らない、いや、"倒れた場所がお台場であった事"から気づいてはいないため、本当に『最初から最後まで』歩いて帰るつもりであったのだが、ヒカリは始めから知っている。

 

『この"光が丘"から徒歩でお台場まで歩いて帰るなど、今の二人では出来る筈がない』と。

 

沙綾の姿故に乗せて貰えるか心配であったヒカリだが、実際の処は、最初驚かれた程度で乗車には問題はなかった。

今は情けなさから項垂れている沙綾も、その時は既に体の節々が悲鳴を上げており、ヒカリの気遣いに感謝しながら、彼女に促されるまま乗車してしまったのだ。

 

 

 

しかし、

 

「……でも……ぜんぜん動かないね……」

 

動き始めて数分とせず道路はいきなりの大渋滞、一向に進む気配を見せていない。

 

「うん……」

 

"場所さえ分かっていれば"、歴史を知っている沙綾は渋滞の原因など直ぐに分かったであろうが、締め切った車内は外の喧騒をも遮断しており、残念ながら彼女達から見れば、それは『ただ道が混んでいる』程度にしか思えなかったのだ。

 

しかし、しばらくして、

 

「ん?……あれ? ねぇヒカリちゃん、何て言うか……この車、揺れてない?」

 

「……えっ……あっ、本当。 動いてないのに……地震かな?」

 

突如として感じ始めた、一定のリズムの地響きと、車を揺するような衝撃に、沙綾はヒカリと顔を見合わせて不思議そうな顔をする。

 

「ねぇ運転手さん、これは一体……?」

 

「い、いえ、私にも何が何だか………」

 

"車のトラブルでは?" と、沙綾は前席に座る男性運転手へと声を掛けるも、彼もまた首を捻るばかりである。

車の揺れは時間を追うごとにゆっくりと、だが確実に大きくなっていく。

 

カタ、カタからガタ、ガタと、そして、ドン、ドンと。

 

(これは……いくらなんでもおかしい……)

 

流石にここまで来れば、沙綾もこれが自然現象でも、車のトラブルでもない事に気付く。

これは、間違いなく何かが地面を揺らす振動を与えている。

 

(……えっ!? 嘘、じゃあ、これってまさか……)

 

彼女は元々頭の回転は早い。

仮にこの揺れがデジモンだと仮定すると、小説の知識と照らし合わせてこのタイミングで出現するそれらしいデジモンは一匹しかいない。

 

(そうだとしたら……今私達がいるこの場所って……もしかして……)

 

そこでようやく、沙綾はヒカリがタクシーに乗ると言った事の意味に気づいた。

確かに自分を気遣ってくれた事も大きいだろうが、それ以前に、距離的な意味合いの方が大きいのだろう。

 

(光が丘なの!? 嘘、私そんな所まで運ばれてたの!?)

 

そして、彼女がそれに気付いた丁度そのタイミングで、前方のに見える十字路の交差点を、その原因たる一体のデジモンがゆっくりと、ドスン、ドスンと、車を踏み潰しながら横切ったのだ。

 

「━━━━━━━━━━!!」

 

「沙綾さん、あれは……デジモン!?」

 

車内から見えるその巨体を指差し、ヒカリが慌てて沙綾へと問いかける。

 

「や、やっぱりマンモン!」

 

「えっ、やっぱりって……?」

 

「う、うわぁぁああ!!」

 

今度は彼女の目にもはっきりと見える。

不完全な実体ではなく、完全に"こちら側"へとやって来たヴァンデモンの配下。

沙綾自身が驚いてしまったため、知らずに"口にすべきでない"言葉が混じってしまったが、目の前を得体のしれない巨像が横切ったのだ。車を捨てて逃げ出す運転手や、外のパニックの嵐を前に、ヒカリの疑問など、簡単に流れていく。

 

(マンモンが彼処にいるって事は、みんなはそれを止める為にすぐに動き出す筈……アグモンがみんなと一緒にいるなら、マンモンについていけば、あの子に会える)

「っ!」

 

「あっ! ちょっと、沙綾さん! 何処に行くの!」

 

「ヒカリちゃんは車の中で待ってて! 多分安全な筈だからっ!」

 

「えっ、どういう事!? あっ! 沙綾さん!?」

 

『彼処まで行けば、夜を待たずしてパートナーの安否がわかる』。それを理解した沙綾はもう止まらない。

 

ヒカリが止める間もなく、彼女は怪我をしている事も忘れているかのような勢いでタクシーのドアを開けて外へと飛び出し、そしてそのまま、車の渋滞を掻き分けるように、逃げ惑う人々の波に逆らいながら、歯を食い縛って走り始めたのだった。

 

「もう……何がどうなってるの……」

 

いきなりの事で、一人車内に取り残されたヒカリが、呆然としながらポツリと呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頑張れ! ティラノモン!」

 

「ファイヤーブレス!」

 

子供達の声援を背に、ティラノモンは初撃から自身必殺の炎をマンモンの額に向けて放つ。

体格では明らかに相手の方が上、しかし、繰り出される火炎放射の威力は、その体格差をものともしない程に激しい。

 

「━━!!」

 

多少の油断が混じっていたのだろう。その炎を真っ正面から浴びるように受けたマンモンは、短い悲鳴を上げた後、ドスン、ドスンと二、三歩後退し、炎を振り払おうと首を左右に大きく揺する。

 

勿論、ティラノモンはその隙を見逃さない。

 

(よし、目眩まし成功!)

 

続けざまに、彼はその強化された脚力で素早くアスファルトの地面を蹴り、ビルやマンションの立ち並ぶ大通りに舞い上がる。

 

そして、

 

「ダイノキック!」

 

「!?」

 

ドゴン、と、その落下の勢いを保ったまま、首を振るマンモンのこめかみへと強烈な飛び蹴りが決まった。

 

これもまた、その体格以上の威力。

マンモン路上に乗り捨てられた幾つかの車を撥ね飛ばしながら、滑るように道路を転がる。

 

だが、まだティラノモンの追撃は止まらない。

 

「うおぉぉ!!」

 

転がる巨像か立ち上がるよりも更に早く、彼は道路を風のように疾走。

その鋭い爪を振り上げてマンモン横をすり抜け、その擦れ違い様に一閃、居合い切りのように、巨像の体を切り裂いたのだ。

 

「スラッシュネイル!」

 

「━━!」

 

「いいぞ! ティラノモン!」

 

後方の陸橋から、太一を始め仲間達の声援が飛ぶ。

 

素早く、小回りの効いた正に流れるような技の連撃。その戦闘技術はやはり変わってはいないのだと、子供達はほっと胸を撫で下ろす。

 

 

そして、

 

「ファイヤー……ブレス!」

 

『これで最後だ』と、ティラノモンは今しがた通り抜けたマンモンへとクルリと振り返り、先程よりもまた一段と強烈な、文字通り止めを刺すための火炎を、一瞬の溜めの後、勢いよくその口から噴射した。

 

 

だが、

 

「━━━━━!!」

 

「なっ!」

 

相手は完全体、その耐久力は並ではない。

ティラノモンの連撃を受けて尚、彼は甲高い像の鳴き声と共に立ち上がり、強烈な炎が自身へと迫る中、その長い鼻からまるでブリザードのような冷気を発射。ファイヤーブレスを相殺したのだ。

 

「くそっ!」

 

『ツンドラブレス』

マンモンの得意とする絶対零度の吹雪である。

 

「ティラノモン!」

「これは……水蒸気ですか!?」

 

炎と氷、反対する二つの技がぶつかり合った事で、辺りに霧のような水蒸気が広がり、子供達の視界を遮った。

 

そんな中、今まで攻撃を受け続けていた巨体が動く。

 

「━━━━!!」

 

雄叫びと共にマンモンは一直線にティラノモンへと突進。そこに先程のような油断などはなく、自慢の象牙によって彼を仕留めるため、巨体ながらも一気に加速した。

『タスクストライク』。彼の最も得意とする正に必殺の一撃である。

 

「!」

 

発生した水蒸気によって視界が悪くなり、更に左右にはビルとマンションの並ぶこの大通り。

一直線に突っ込んでくるマンモンの突進に、ティラノモンは回避が間に合わず、

 

「ぐおっ!」

 

まるでカブトムシが小さな昆虫を投げ飛ばすかの如く、その巨体から繰り出された牙による『すくい上げ』が赤い恐竜をものの見事に吹き飛ばした。

加速によって勢いの着いた一撃。ティラノモンの身体は遥か高くまで舞い飛び、そして、

 

「がはっ!」

 

鈍い音を上げ、固い地面へと叩きつけられた。

車数台を巻き込み、更にその下のアスファルトが衝撃によって砕け飛ぶ。

成熟期と完全体の地力の違いだろう。

ティラノモンが繰り出した連撃によるダメージよりも、明らかに今のたった一発の攻撃の方が受けたダメージが大きい。

 

尚もマンモンの攻めは続く。

 

「━━!」

 

「ぐうぁぁぁ! 」

 

前足による容赦のない踏みつけがティラノモンを襲う。

乗用車を一撃でぺしゃんこにする程の威力に、アスファルトの亀裂は更に広がり、恐竜の身体は半分地面へとめり込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深い霧が晴れていく。

 

「お、おいっ! あれを見ろ!」

 

同時に、その時子供達の目に写った光景は、今までの優勢から一変。マンモンの太い足に押し潰されるティラノモンの姿であった。

まるで強制的に土下座を強いられているようなその姿に、空は顔を青ざめる。

 

「た、太一! このままじゃ……このままじゃティラノモンが負けちゃう!」

 

「くっ、大丈夫だ、まだ進化がある…………進化するんだっ! ティラノモン!」

 

成熟期のティラノモンで半ばまで互角の勝負ができたのだ。完全体同士の戦いならば、メタルティラノモンの方に部がある。

太一は陸橋の手すりから身を乗り出しながら、徐々に追い詰められるティラノモンへと声を張り上げた。

 

しかし、

 

「……なんでだ……なんで進化しないんだよ!」

 

いくら追い詰められようと、赤い恐竜に進化の兆しは現れない。

 

「! ……これは推測ですが、暴走を恐れているんじゃないでしょうか」

 

「なんだって!? そんなバカな! もうあいつは暴走したりなんかしない! "沙綾は生きてる"って、アグモンはしってるじゃないか!」

 

「確かにそうですが、そのトラウマは太一さんにも分かるでしょう! 」

 

「!!」

 

「光子朗の言う通りだ……見てみろ太一!」

 

マンモンの踏みつけをなんとか回避し、一度奥へと距離を取ったティラノモンをヤマトが指差す。

見れば、彼は距離を取ったにも関わらず、そこから遠距離の火炎を放つ事もせず、ただ呆然と自分の両手を見つめ、動きを止めていたのだ。

 

「恐らく、ティラノモンも進化しようとはしているんでしょう……でも……体が無意識にブレーキを掛けている」

 

「━━━━━━━!!」

 

立ち竦むティラノモンに遠距離からマンモンのブリザードが襲いかかる。咄嗟に防御の姿勢は取ったようだが、凍てつく吹雪を前に、彼は苦しそうに方膝をついた。

 

二体の戦いに、決着がつこうとしている。

 

「くそっ! こうしちゃいられない……行くぞアグモン!」

 

「うん!」

 

もう多少の被害の拡大を言っている場合ではない。

このままでは、せっかく分かり合えた仲間を失うことになる。

太一に続き、ヤマト、空、ミミ、丈、タケル、そして光子朗もこの事態にそれぞれのパートナーを向かわせるため、デジヴァイスを強く握りしめた。

 

その時、

 

「負けないでっ! ティラノモン!」

 

戦闘音以外は静まり帰った大通りに、不意に一つの声が響く。

子供達にとってしばらくぶりとなり、ティラノモンにとっては何よりも会いたかったその人の声が。

 

 

 

 




ようやくここまでこれました。

分かりにくい所などはなかったでしょうか。
あっ、そういえばこの話、最近あまり出てこなかった『歴史の流れ』が働いている箇所があります。
どこかわかるでしょうか

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