第四章スタートです。
ですが、この章から一部番外編とリンクする部分がでてくると思います。
よろしければ、先に番外編『episode of CHAOSDRAMON』を見ていただいた方が、より物語の内容を理解、推察しやすいかと思います。
それでは、どうぞ……
???「一緒に探そう……君の『心』を」
夢、
(……? あれ……此処は……?)
「……じゃあ決まり! 今日から私が、君のお母さんだからねっ!」
(!?)
夕日にそまる何処か懐かしい雰囲気の平原。沈み掛けた太陽を背に、一人の少女がアグモンを見て元気にそう声を上げた。
少女の姿は太陽の逆行によってぼやけ、輪郭以外は分からない。
(マァマ……? マァマなの!?)
顔は見えず、姿も朧気。
ただ、その長髪のシルエット、声、喋り方は彼の最愛のパートナーと非常によく似ている。
(うっ……うぅ……マァマァァァ!)
"やっと見つけた"
何故かはよく分からないが、会いたかった人物が今自分の目の前にいる。
その身に触れたくて、彼女の胸に飛び込みたくて、アグモンはその少女へと全力で駆け出そうとした。
しかし、
(あれっ……どうして、身体が、動かない)
彼の足は地面へと貼り付けられているかのように全く動かず、代わりに、自分の身体が勝手に動いて腕組みし、口が自然に動き出す。
「……ふん……勝手にしろ……」
(えっ……なんで、口が……)
「はぁ……その乱暴な口調、なんとかならないの……?」
「……どう話そうが、オレの勝手だ……」
自分の声とは思えない程の粗暴な口調。だが、違うのはあくまで口調だけ。声の質そのものは間違いなく自分のものである。
「……もぅ……まぁいいや……これからよろしくね……アグモン」
少女が白い手を彼へとそっと差し出し、そして、日だまりのように優しく、それでいて懐かしい声で呟いた。
「一緒に探そう……君の『心』を」
瞬間、
(な、何!?)
ぐにゃぐにゃと、唐突に回りの景色が暗く歪み始めたのだ。自分の体も、勿論、顔の見えないその少女の姿も。
短い夢の終わり。
(ま、待ってよっ! 置いてかないで! マァマっ!)
差し出された彼女の手に、足と同じく動かない腕を必死に前へと伸ばそうとしながら、アグモンの意識もまた、その闇に溶けるように消えていくのであった。
「はっ!」
海底に沈むように建てられたゲンナイの住居である一つの和風の豪邸。
その一室、何もない六畳程の小さな和室で、掛けられた毛布を蹴り飛ばしながら、アグモンは勢い良く目を覚ました。
「……なんだ……夢か……」
キョロキョロと回りを二、三度見渡し、彼はシュンとなりながら小さくそう声を漏らす。
「……此処は、どこだろう……?」
二方を壁に囲まれ、一方は庭園が見渡せる縁側に、残りの一方は襖(ふすま)によって隣と仕切られたおおよそ正方形の部屋。そして敷かれた布団にちょこんと座る自分。
目覚めたばかりであるためか、アグモンの頭は状況を上手く捉えられてはいない。
"何故自分はこんな見た事もない部屋で寝ているのか?"
疑問を浮かべて首を捻りながら、彼は頭の中を一つ一つ整理する。
(……ボクは……えっと、ピコデビモンに付いて行って、それから…………)
いつまでも現れないパートナーを探し、自分は子供達の元を離れた。
ここまでは問題ない。
そして
(……マァマの居場所をヴァンデモンに聞こうとして…………!!)
直後、
今までの事がまるで雪崩のようにアグモンの頭に流れ込む。
「あっ! ……あぁ……」
ヴァンデモンに"沙綾が太一のせいで既に死んでいるかも知れない"と伝えられた事。
子供達を本気で殺そうと襲撃した事。
その後直ぐ、怒りによって自我を保てなくなった事。
暴走するまま、再度子供達へと牙を向けた事。
そして、そんな中でも聞こえて来た太一のあの言葉。
「そっか……うぅ、マァマ……生きて、たんだ……」
"マァマは生きている"
太一の放ったその言葉は、確かにアグモンの胸に届いていたのだ。
この二ヶ月、何よりも聞きたかったその言葉に、押さえきれない感情の波が一気に溢れ出す。
「えっぐ……ヒック……うえぇぇん! マァマァ」
依然寂しさは拭いきれないが、同時に、彼にとってその情報はこの上ない喜びでもあるのだ。
「よかったよぅ……ほんとに……よかった……うえぇぇん!」
二ヶ月以上ぶりとなる"別の意味の涙"がボロボロと溢れ出す。
先程の"夢"の寂しさも、『此処が何処か』なども最早どうでもよく、アグモンは自分のために敷かれた布団を大粒の涙で濡らしながら、声を押さえる事もせずにワンワンと泣き散らかすのであった。
しばらくして、
「……どうだ? 落ちついたか?」
「えっ!?」
ひとしきり泣きじゃっくた後、目を赤くして布団のシーツで涙を拭う彼の前に、そんな言葉と同時に前の襖がゆっくりと開いた。
勿論、そこにいたのは彼を此処まで運んで来た者達。
"アグモン"としては、実に数週間ぶりとなる"仲間達"の姿である。
「太一……みんな……」
「全く……心配かけさせやがって……ホントにヒヤヒヤしたぜ」
まるで何もなかったかのように、太一は何時も通りの軽口でアグモンへと声を掛けた。
メタルティラノモンとの戦闘後、崩壊した城でヴァンデモンを逃がしてしまった事を理解した子供達は、その後現れたゲンナイのホログラムに導かれ、彼本人の住居を訪れていた。
"ヴァンデモンの城跡の地下に眠る異界の扉"。
ゲンナイからその存在と、更に扉を開くためのカードを入手した子供達は、再び城に向かうために、今はこの豪邸で束の間の休息をとっていたのだ。
「はぁ、良く言うわよ……自分が一番無茶苦茶したくせに」
「全くです……」
「だ、だからそれはもう謝ったじゃんか」
「まぁ、今回はそれが上手くいったんだ、空、光子朗、その辺にしとこうぜ……いくら太一でも、もう分かってるさ」
「なっ! ヤマト、そりゃどう言う意味だ!」
「言葉通りの意味だ」
「もう、二人とも止めないか……、それよりアグモン、何処か痛いところはないかい?」
「一応ゲンナイさんにも見て貰いましたが、気分は大丈夫ですか?」
呆然とするアグモンを他所目に、彼らはまるで今までの事など無かったかのように、別れる前と何一つ変わらない表情で彼を見つめた。
しかし、当の本人は皆の視線をさけるかのように、顔を下へと向けて黙り混む。
「………」
「うん? どうしたんだ? やっぱり何処か痛むのか?」
太一が一歩前へと踏み込み、ちょこんと座るその黄色い体の前へと腰を落として問いかけるが、別にアグモンは体が痛む訳ではない。
ただ、沙綾への心配が消えた今、アグモンにとっては皆のその何一つ変わらない様子が、とても複雑なのである。
「……みんな、どうして……」
そう、彼は覚えているのだ。自分のした事を全て。
「……どうして、ボクなんかに優しくするの!? ボクは、みんなを……」
"本気で殺そうとした"
それも二回も。それは当然許される事ではない。
にも関わらず、何故彼らは自分を気遣うのだろうか。
冷たくされるのが当然であろう。
「はぁ……なんだ、そんな事か……」
しかし、彼のそんな問いかけを聞いた太一は、わざとらしい盛大なため息を吐いた後、そのうつ向く頭にポンっと片手を置き、口を開いた
「いいか、一回や二回喧嘩したくらいで、俺達がお前を見捨てると思うか?」
「……えっ?」
その言葉はアグモンにとっては正に予想外。
自分が一方的に襲いながら、相手はそれを『ただの喧嘩』の一言で済ませてしまったのだから。
「お前は今まで何度も俺達を助けてくれたじゃないか……なら、俺達がお前を助けるのは当然だろ」
「……うっ……で、でもっ、ボクは……」
自分を思っての太一の言葉に、アグモンは再び目を潤ませる。しかし、涙声になりながらも引こうとしない彼に、太一は今までのあっけらかんとした言動から一転、
その頭を撫でながら、優しく、諭すように言葉を続けた。
「……分かってるさ……寂しかったんだよな……ずっと沙綾が居なかったんだもんな……」
「……っ!」
「心配しないで、此処にいるみんな、誰一人貴方を責める人なんていないんだから」
「君が戻って来てくれただけで……それだけでいいんだ」
「ああ、心配するなアグモン、こんな程度じゃ、俺達の関係は崩れたりしない」
「う……うぅ、ミ……ミ、ガブ……モン、ヤマ……ト」
優しげに微笑む仲間達の言葉が、アグモンの"心"を温めていく。
そして最後に、
「一人ぼっちで、今まで良く頑張ったな……おかえり、アグモン」
「……えっぐ……うう……うわぁぁぁん」
その全てを受け止める太一の言葉に、アグモンの涙腺は再び決壊してしまった。
久しぶりに感じる"仲間の温かさ"に、彼は滝のようにポロポロと溢れてくる涙を堪える事も出来ず、太一の胸に顔を埋めて盛大な鳴き声を上げた。
「一緒に行こう……沙綾を、守るんだろ?」
「ひっく……ぐず……うん、あり……がとう、みんな……」
自分の犯した罪を深く反省し、また、仲間達の"心"に深く感謝し、遂に、その仲間達が見守る中、もう一匹のアグモンは真の意味で"仲間達と合流した"。
次の日の朝、
子供達は再び二匹目のアグモンを加えてゲンナイの家を発つ。
昼過ぎにはヴァンデモン城後に今だ残る地下室を発見し、彼等も今、その現実世界へと続く異界の扉を開いた。
薄暗いながらも、地上の崩壊によって僅かに日の光が差す地下室の中、扉を開いた太一が振り返り、皆へと声を上げる。
「此処を抜ければ俺達の世界だ!行くぞ!みんな!」
「「おう!」」
「……待ってて、今行くからね……マァマ」
ヴァンデモンの野望を阻止するために、そして、沙綾の命を守るために。
一行は今、光に包まれるように世界を渡る。
現実世界、お台場。
「ねぇ、ヒカリちゃん……なんか私、物凄く目立ってないかな……?」
高層ビルが幾つも建ち並ぶ炎天下の街中を重い足を引きずりながら歩く沙綾が、隣を歩く小さな少女に向かって恥ずかしそうに口を開いた。
「……仕方ないよ……だって沙綾さん、見るからに"大丈夫じゃないんだもん"。」
片目を始め全身は包帯だらけ、更に服装はどう見ても入院患者のそれ。加えて、痛みから歩き方もどこかぎこちない。
ヒカリには"外出許可が降りた"と伝えている沙綾だが、『病院からの脱走者』である事などはたから見れば一目で分かる。
目立たない筈がないだろう。
いや、通報されていないだけ、まだマシなのかもしれないが。
「うぅ、せめて私服があれば……」
「あんな破れた血だらけのお洋服で外には出れないよ……」
「は、はは……そ、そうだね」
最もすぎるヒカリの返答に沙綾は苦笑いを浮かべた。
彼女が着ていた服は捨てられた訳ではないが、確かにあのようなものを着て歩こうものなら、そのの姿も合間って間違いなく警察を呼ばれる。
(まぁ……仕方ないよね……)
「沙綾さん、お家までまだだいぶ歩かなきゃ行けないけど……」
「……うん、大丈夫……気にしないで」
土地勘のない彼女は今自分が何処を歩いているのかはわ分からない。見慣れない東京の街を、沙綾はヒカリに離されないように気を付けながら、ゆっくりとした足取りで歩いてくのだった。
"その直ぐ近くで、今正に帰ってきた子供達と、ヴァンデモン配下のマンモンによる戦闘が起ころうとしている"事にも気付かずに。
同時に、"再開の時"は刻一刻と近づいていた。