これだけ盛大な遅刻は始めてです……
「…………か……あ………」
「━━」
修練場の中心で、機械化された二匹の恐竜が交わる。
"凶竜"が"強竜"の喉元へと食らい付き、先程までの激しい戦闘から一転、二匹の間に静寂が訪れた。
そして、
抵抗する力を失い、だらりと、メタルグレイモンはメタルティラノモンに『噛み吊るされる』ようにその足を地面から離す。
彼の意識は既に途切れる一歩手前。その上、急激に減少していくエネルギーを踏まえれば、最早この万力のような顎から自力での脱出は絶望的だろう。
(……ここまで……なのか……ボクじゃ……君は助けられないのか……)
メタルグレイモンの脳裏に、"諦め"の二文字が過った。
その時、
「やめろっ!メタルグレイモンを離せ!」
「……!」
(た、太一!)
今しがた後方へと下げた筈のパートナーの声が、彼の消えそうな意識へと届いたのだ。
直後、
「メガ、ブラスター!」
「━━!?」
メタルティラノモンの背後から、その後頭部に向けてカブテリモンの光弾が飛来する。
死角を突いたその一撃は彼の不意を突くように命中し、突如受けた衝撃から、ギリギリと締め付けていた大顎から力が抜け、ドスンと、メタルグレイモンの巨体が崩れるように地面へと落ちた。
「がはっ! はぁ……はぁ……」
呼吸を止められていた彼の頭に酸素が送り込まれる。
最も、意識を失う一歩手前だったのだ。視界はハッキリとはせず、両手も使って自分の身体を支えるだけで手一杯である。
そして、
「━━━━━━━━!!」
自身の邪魔をされたからだろうか。
凶竜は目の前で崩れる彼を無視して振り返り、宙を舞うカブテリモンへと左手の標準を合わせて、雄叫びのような咆哮を上げた。
だが、
「させないっ!フォックスファイアー!」
光がその左手の銃口へと集束されていく最中、青い炎を吐き出しながら、それを妨害するようにガルルモンが横から飛び掛かり、そのまま彼の左腕へとガチリと噛みつく。
「━━!」
再度攻撃を阻まれた彼は、憎々しげにガルルモンを睨み付けた後、その腕をブンブンと振り回して振り払おうとするも、彼は意地でもその牙を離そうとはしない。
そして、メタルティラノモンがそんな彼らに気を取られている隙を見計らい、
「大丈夫? メタルグレイモン」
「……その声……バードラモンか……?」
「ええ……とにかく、一旦下がりましょう」
「すまない……」
赤い巨鳥がメタルグレイモンの肩を足でガッチリと固定し、その身体を凶竜から引き離すように飛行した。
ただ、実際機械化されたその巨体はやはり重いのか、引きずるように、少しづつではあるのだが。
「……ちょっと待って……」
そんな中、メタルグレイモンの頭にようやく酸素が回り始める。だが、同時に鮮明になる視界が、今戻ったばかりの顔色を再び青くそめた。
「た、太一 ! なんであんなところにっ!」
彼が目にした物。
それは、暴れまわるメタルティラノモンのすぐ足元で、自身のパートナーがそれを見上げている姿だったのだから。
「おいっ! 話を聞けメタルティラノモン!」
カブテリモンとガルルモンが注意を引く中、その足元で太一は凶竜へと声を張り上げた。
「ヴァンデモンが俺達の世界にいる沙綾を狙ってるんだ! このままじゃ、本当に沙綾は死んじまうんだぞっ!」
「━━━━━!」
先程と同じくメタルティラノモンへと必死に言葉を投げ掛けるが、彼の眼光には一切変化はない。
噛みつくガルルモンへと振り払おうと、叫び声を上げながらその右腕を大きく上下へと振り回すのみである。
今のところ、太一は彼の視界にすらはいっていないのだろう。
すると、
「くそっ!」
なんと太一は、ガルルモンへと気を取られているその凶竜の尻尾へと飛び付き、あろうことかそのまま彼の背中を登り始めたのだ。
「た、太一はん!? 何を!」
「……くっ! やめろ太一……!」
喉元を右手で押さえながら、メタルグレイモンはその強行に苦しそうな声を漏らす。
だがそんな彼の忠告も振りきって、太一はただがむしゃらに上を目指す。
背鰭を掴みながら、まるでロッククライムのように背中をよじ登り、あっという間にメタルティラノモンの頭の上へと到達した。そして、
「いい加減にしろっ!」
ガコンと、足元である凶竜の後頭部を拳で力一杯殴り付けながら、そこで彼は更に声を張り上げる。
「お前はただ、沙綾に会いたかっただけなんだろっ!」
「危険だ太一……早くそこから離れるんだっ! ぐっ!」
残りのエネルギーを振り絞るようにしてメタルグレイモンは立ち上がろうとするが、先程のダメージは思った以上に大きく、ガクッと、その場に崩れ落ちる。
太一の小さな拳など、凶竜にとっては蚊が止まったにも等しい衝撃でしかない。
そして、かつての自分がそうであったように、『理性のない凶竜には彼が叫ぶ"言葉"など届きはしない』
戦闘が始まる前のように、メタルティラノモンはためらいなく太一を殺しにかかるだろう。
メタルグレイモンも含め、この場にいる全員がそう思っていた。だからこそ、太一の行動は自殺行為にも等しい"無謀"にしか写らなかった。
だがそれでも尚、太一の声は止まらない。
「お前いつも言ってたじゃないか! 『"マァマ"はボクが絶対に守る』って! 思い出せよ! お前がそんなでどうするんだよ!」
再びゴツンと、その拳が大きな頭へと降り下ろされた。
「太一! 今は無理だ! 君の声はコイツには届かない!早くそこから降りるんだ!」
片腕に噛みつき、振り回されながらも行動を封じるガルルモンもその特攻に肝を冷やし、遠くでその捨て身を目の当たりにする空やミミも、ゴクリと息を飲み、両手で目を覆い隠した。
しかし、
『……━━……━………』
「!」
「どういう……事だ……」
「メタルティラノモンが……」
「……止まった……」
ガルルモンを始め、遠くで待機している光子朗やヤマト達でさえ、その"反応"に驚愕した。
なんと、今まで誰の言葉にも一切反応を見せることのなかったメタルティラノモンが、一瞬だけビクッと、彼の言葉の何かに反応したように、その動きを一時停止したのだ。
腕に噛みついてくるガルルモンを振り払う動きも中断し、両腕を下げたまま、何かをつぶやくような小さな呻き声を上げる。
「……━ァ……━……」
太一にしか聞こえない程度の微かな声。
狂った目をしながらも、それは今までとは明らかに違う反応。メタルグレイモン達が呆気に取られた表情を見せる中、太一は諭すように言葉を続けた。
「そうだ!お前の"マァマ"はまだ死んじゃいないんだ……それなら、お前が助けてやらなくてどうするんだよ……お前が守ってやらなくて……どうするんだよ……」
凶竜の頭にしがみつき、太一は表情を歪めながら必死の思いを伝える。
"無謀"がどうしたというのだ。そんなことは既に彼の頭からは抜け落ちている。
太一が思う事はただ一つ。
約束したのだ。血に濡れて眠る彼女に、パートナーを必ず連れて来てやると。
「お前の居場所はヴァンデモンの隣なんかじゃない! 沙綾の……"マァマ"の隣なんだろっ!」
「!!」
全てを賭けた最後の叫び。
「━━━━━━━━━━━━━!!!」
その全身全霊の思いに、メタルティラノモンの身体が先程よりも大きくビクリと跳ねた後、今度はガルルモンの噛みついていない左手で頭を押さえながら、咆哮と共にガクンと、その両膝を地面へとつけたのだ。
「━━マ━━ァ━━━!」
「う、うわっ!」
しかし、そのドスンという衝撃から、彼の頭へとしがみついていた太一の体が、勢いに耐えきれずに宙へと投げ飛ばされてしまった。
「太一っ!! ぐっ!」
パートナーの危機にメタルグレイモンは腰を上げようとするも、先程のダメージからか咄嗟に動く事が出来ない。ガルルモンが代わりに動こうと、メタルティラノモンから離れてその体を追うも、僅かに届かない。
「うわぁぁぁぁ!」
しかし、
「太一はん!」
間一髪。唯一今この場に置いて手が空いていたカブテリモンが素早くそれに反応し、宙を舞う彼を二本の腕で捕まえ、そのまま凶竜から距離を置くように空へと退避した。
「た、助かったぜ……サンキュー、カブテリモン……」
「無理し過ぎでっせ……ヒヤヒヤしましたわ……」
「……悪い、でも、効果はあったみたいだ……」
短いやり取りの後、太一はカブテリモンの手の平から、修練場のほぼ中心で膝を付くメタルティラノモンを見下ろす。
「━━━……━……ァマ……━━……マァ……」
彼の言う通り、その様子の変化は一目瞭然であった。
瞳孔の開ききった猫のような彼の瞳が、僅かに感情の色を取り戻しているのだ。
ウイルスの本能に抗うように、自分を取り戻そうとするかのように、それは苦しそうに呻き声を上げ、しゃがみ込んだままその場で固まっている。
「カブテリモン、時間がないのは分かってるけど、しばらく様子を見よう……メタルグレイモンの側まで降りてくれ」
「そうでんな……分かりました」
"もしかすればこのまま彼が元に戻るかもしれない"
太一の指示の元、カブテリモンは修練場の端で膝を付くメタルグレイモンの側へと降下し、腕から離れたガルルモンもまた、彼から攻撃の意思が消えた事によりそこから離れ、太一達と同じく一度後退した。
「太一!無茶し過ぎだっ!」
開口一番、メタルグレイモンは空から降りてきたパートナーに対してそう口を開く。
「今さっきカブテリモンにも言われたよ……悪かった……心配かけて……」
巨大なパートナーに向けて、太一は少し申し訳なさそうに口を開くが、後悔の色はない。
そこへ、
「太一! 大丈夫か!?」
「ヤマト……みんな……」
「どれだけ無茶をするのよっ! 心臓が止まるかと思ったじゃない!」
「はぁ……はぁ……全くです……前にも言いましたが、これはゲームじゃないんですよ!」
「ふぅ……太一の無茶は今に始まった事じゃないけど……今回は本当に心配したんだぞ!」
メタルティラノモンが行動を停止した事で、後方に待機していた子供達と残りのパートナー達も慌てて彼らの元まで走りよってきたのだ。
息を切らしながら駆け寄る皆の様子から、彼らが如何に太一の無謀を心配したかが分かる。
「わ……悪かったって……」
そして、流石に全員からの刺すような視線には耐えきれなかったのか、彼は少し慌てながら手をパタパタとふり平謝りをした。
しかし、今重要な事はそこではない。
「それより、どういう事だ……メタルティラノモンのあの様子は……」
全員が一ヶ所へと再び集まる中、離れた位置で動きを止めるメタルティラノモンを見てヤマトがそう呟く。
「ああ……アイツ……マァマって言葉に反応してた……」
「どうしてなの……"沙綾さん"じゃ全然反応しなかったのに……」
「分からない……けど、確かに俺の声はアイツに届いてる筈だ……」
太一の言葉の後、皆はうずくまるメタルティラノモンへと視線を移す。
「━━……━……━……マァ……━……━…」
苦しそうな息使いは先程よりも激しくなり、メタルグレイモンとの戦闘よりも遥かに体力を消費しているかのようである。
後一歩。
だが、
「━━━━━━━━━!!!!」
大人しく動きを止めていた凶竜が、突如絶叫を上げて行動を起こしたのだ。
それは膝を着き、片腕で頭を押さえ、これが最後の抵抗と言わんばかりに右腕の主砲を一行へと向けていた。
それは掌に格納された必殺のミサイルを打ち出す構え。
「ひ、ひぃ、や、やっばりダメだったのか!?」
「そんな……」
そんな彼の様子に、丈は腰が抜けたかのようにその場にペタンと尻餅をつき、ミミは顔を青くして両手で口を押さえる。
それでも、
「いや、見ろよ……アイツの目……」
そんな危機的状況の中、太一は冷静にそう口を開いた。
見れば、今までとは違いメタルティラノモンの目は何かを耐えるようにギュッと力いっぱい瞑られており、息使いは尚も荒いまま。
「きっとこれが最後なんだ……だから……」
腰に備え付けられた太一のデジヴァイスが光を放ち、エテモンに止めを刺した時のように、連動してパートナーの身体が淡く輝き始めた。
「……行けるか? メタルグレイモン」
「ああ……任せろ太一」
ここから先はパートナーの仕事。
強竜は残りの力を振り絞るように立ち上がり、皆の盾になるかのように前へと立ち塞がった。
それは正に、目の前の彼が始めて進化を果たした時、そして、かつての自分の暴走の終幕と瓜二つであった。
太一のデジヴァイスから放たれる暖かな光が、メタルグレイモンを包み、その胸部のハッチが開く。
敵を倒すためではなく、その勢いを殺すために。
「太一が繋げてくれた想い……無駄にはしない……」
そして、
「行けっ! メタルグレイモン! アイツを救ってやるんだ!」
「━━━━━━━━━━━!!!!」
「ギガ、デストロイヤー!!!!」
両者の持てる力を全て込めたミサイルが、ほぼ同時に相手に向けて打ち出された。
方や一発、方や二発、だがその威力は同じ。
「タケル、みんな、伏せろ!」
ヤマトの声と同時に子供は頭を抱えて地面へとふせ、それを守るように、成熟期へと進化を果たしているガルルモン達が覆い被さる。
その直後、
訪れる一瞬の閃光。
二つのミサイルは正確に両者の中心で轟音を上げてぶつかり合い、修練場の外壁だけでなく、城その物すら倒壊させかねない程の威力で互いの力を殺し会う。
物凄い土煙。結果、対となる必殺は石造りの床を軽く吹き飛ばし、まるで"爆炎の壁"とも言うべき炎が、城を二分に破壊して高く立ち上った。
そして更に、発生する風圧が、城の二階をガラガラと崩し、立派な城を見るも無惨な廃墟へと変えていくのだった。
やがて、まるで地震のような衝撃が過ぎ去り、煙がゆっくりと晴れていく頃、
「……くっ……大丈夫か……みんな……」
半壊した城の中、太一は服についた大量の土埃を払いながら、ゆっくりとその身を起こす。
「……ああ、なんとかな……ガルルモン達も、怪我はないか?」
「ああ…ありがとうヤマト……オレ達は大丈夫だ」
太一に続き、ヤマトも盾となっていたパートナー達を気遣いながら立ち上がる。
メタルグレイモンが正面に立っていた事、そして、更にガルルモン達が子供達へと重なるように覆い被さっていた事で、彼等に掛かる衝撃はほぼなかったのだろう。
空や光子朗、丈、ミミ、タケルと、全員がひとまず無事のようである。
「なんて有り様でしょう……」
瓦礫が散乱し、半ば倒壊した周囲をチラリと見回した光子朗がポツリと呟いた。
冷静な彼が言葉を失う程、この城の姿は物の数分で様変わりしていたのだ。その中で、
「! コロモンっ!」
太一は自分のすぐ近くで、瓦礫に埋もれて目を回している自身のパートナーの姿を発見し、彼は先行して、飛び出すように瓦礫の中を駆け、その小さな身体を抱き上げた。
「おいっ! しっかりしろ! 大丈夫かコロモン!」
「…………」
「気を失っているみたいですね……さっきの衝撃は……すごい物でしたから……」
「……ああ……よくがんばったな……ありがとう、コロモン」
腕の中で眠るパートナーに、太一は精一杯の労いを込め、静かにそうつぶやく。
そして、
それとほぼ同時に、空が少し離れた位置、先程まで"凶竜"が佇んでいた場所に倒れ伏す、その"小さな姿"を指差して声を上げた。
「みんな見て! あそこ!」
「!!」
瓦礫に埋まるように横たわり、コロモンと同じく意識を絶っているその黄色い身体。
「あれは……」
見間違いではない。
右腕に巻かれたピンクの包帯、今太一が抱いているデジモンの進化形であり、同時に、彼が必ずつれて戻ると決意した大切な仲間。
いつも無邪気に沙綾へと寄り添っていた、彼女の最愛のパートナー。
「「「アグモン!」」」
その姿を目にした子供達全員の声が重なる。
その声色はまだ少し不安をも含んでいる物であったが、彼へと近付き、その身体に被さる瓦礫を退かした所で、その不安感は吹き飛ぶ事になった。
「………スゥ……スゥ……ムニャ……マァ……マ……」
「……ふ、ふふ……眠ってる……まるで今までの事が嘘みたいね」
「はぁ……こいつ、人の気も知らないで……」
敵意を剥き出しにして襲い掛かって来た事が嘘であるかのような静かな寝息を立てるその小さな恐竜を見て、彼等は確信した。
「でも、本当に良かった…」
やっと、彼を本来の姿へと戻すことが出来たのだと。
先程の爆風の影響だろうか、今まで分厚く覆われていた暗い雲の一部が裂け、明るい日差しが廃墟へと差し込む。
場違いではあるが、太一達は崩壊した敵の拠点の真っ只中で、少しばかりの間、ほのかな笑みを浮かべるのであった。
アグモン帰還。
一応、ここまでが第三章ですね。
やや中途半端な気もしますが、ヴァンデモンはもう城にも居ませんし、この後は原作通り『途方にくれる子供達の前にゲンナイが現れる』という展開に違いはないので、
あっ、本文には書いては詳しく書いてはいませんが、爆発によって吹き飛んだのは表面だけ、地下にある異界の扉は、一応無事です。
第4章はアグモンの目覚めからです。
あと、久々の沙綾視点も少し入る予定です。
再会はもうすぐ