タイトルの意味、原作をよく知っている方ならピンとくるものがあるかもしれません。
分からなくとも、本文中にて説明はあります。
ヴァンデモンの攻撃が光子朗達へと襲いかかる少し前。
選ばれし子供達がそれぞれの完全体の相手を務める頃、
空とタケル、パタモンは共にバードラモンの足に乗り、彼らの上空、この場において恐らく最も安全な空へと移動していた。
(ここならみんなの邪魔にならずにタケル君を守れる筈)
「空さん……お兄ちゃん達、大丈夫かな……」
「うん……太一もヤマトも、みんな強いから」
赤々と燃える森の上空、空はタケルに優しく話す。
だが、戦いの全貌が見渡せるこの場で、徐々に劣勢を強いられる仲間達に二人は不安は募っていく。
そして、ワーガルルモンが戦闘不能になると同時に、遂にタケルが声を上げた。
「そ、空さん!このままじゃお兄ちゃん達がやられちゃう!僕達も行かないと!」
「それは……そうだけど……」
メタルティラノモンから逃げる回るヤマト達を指差しながらタケルは叫ぶが、空の歯切れは悪い。
それもそう。
彼女とて皆を助けには行きたいが、他ならぬタケル本人を彼処へと連れていく訳にもいかないのだ。まともに戦う事すら出来ない彼が完全体が並ぶあの戦いに加わった所で、皆の負担が増えてしまうだけなのだから。
幸い、既に彼女達の位置からは、メタルグレイモンが二人の救出のために動き出しているのは確認出来たため、空はこの場は動かない事を決める。
「タケル君……気持ちは分かるけど、今は落ち着いて……ヤマト達は大丈夫、それより、タケル君が出ていく事の方が、逆にみんなに心配をかけちゃう。」
タケルが足から滑り落ちないように片腕で支え、空は諭すように彼を制止する。しかし
「僕達だって戦える!そうだよね!パタモン!」
「うん!」
もう守られ続けるのは嫌だと、タケルはすがるような目を空へと向けた。パタモンも少し自信のなさそうな表情を見せるも、それを飲み込み力強くタケルに頷く。
「だけど……ううん、やっぱりダメ!タケル君に何かあってからじゃ遅いんだから……とにかく、今は私と一緒に此処にいて!」
地上ではメタルグレイモンとメタルティラノモンが揉み合い、少し離れた所でアトラーカブテリモン達が懸命にヴァンデモンへと攻撃を仕掛けているが、どちらの戦いも決して有利には見えない。
「どうして……!空さんはみんなの事心配じゃないの!」
「そんな訳ないでしょ!どうしても危なくなったら、私はみんなを助けに行くわ……でも、そこにタケル君を連れていく訳にはいかないのよ!」
「そんなのイヤだ!僕だって戦う!」
「お願いだから言うことを聞いて!」
「タ、タケル、危ないよ!」
「空も落ち着いて!」
地上から百メートル近い場所を飛ぶバードラモンの狭い足の上に立ち、二人はお互いの主張をぶつけ合う。
一歩間違えば転落の危機すらある危険行為に、それぞれのパートナーは気が気ではない。
「僕だってみんなの仲間だよ!」
「それでも、ダメなものはダメなの!」
パートナー達の制止の声も耳には入らず、二人の言い合いは続く。どちらが正しいという答えなどない。二人の意見は平行線を辿り、それがこのまま続くのではないかと、そうパートナー達が思った時、
ドカンと、彼女達の真下から凄まじい爆発音とそれによる衝撃がバードラモンを襲った。
「うっ!空、タケル、パタモン、しっかり捕まって!」
この高さにまで届く衝撃に焦りながらも、バードラモンは空達が振り落とされないように出来るだけ身体を水平に保ち、空中を旋回する。
「な、何!?」
「そ、空さん!あれ!」
やがて、その衝撃が過ぎ去った頃、慌てふためく空に向かって、タケルは地上を指差しながらそう答える。
彼の指す方向に目を向けると、そこにいたのは燃え上がる森の中、片膝を付くメタルグレイモン。
恐らく、今の必殺によってエネルギーの殆どを使いきってしまったのだろう。
更に、状況はそれだけではない。
「光子朗君達もっ!」
空が視線を真下を向けると、メタルグレイモンだけではなく、アトラーカブテリモンまでもがヴァンデモンの前に膝を折っていたのだ。
「助けに行かなきゃ!パタモン!」
その様子に、タケルは形振り構わずパタモンの足を掴んでその場から飛び立とうとする。パタモン自身の考えもタケルと全く同じなのか、彼は無言で頷き、バードラモンの足から短い手を離し、自身の羽で飛行を始めた。
だが、
「待ってタケル君!私とバードラモンが行くから!」
「離してよっ!」
飛び出そうとするタケルの腰に手を回し、空はがっちりとそれを阻止する。そしてそれに対し、タケルは目に涙を溜めながらバタバタともがき、本来は"ピヨモンが放つはずの"その言葉を、無意識に彼は叫んだ。
「どうして分かってくれないのっ!」
「!!」
空がハッとした表情を浮かべる。
まるで身体に電流が流れたかのように、彼女の体が硬直する。
何故なら、それはかつて自らも口にした事のある言葉。
足を捻った自分がサッカーの試合に出る事を反対した母に、自らが放った言葉と全く同じものであったから。
それは彼女の主観で、『母は自分を愛してはおらず、華道の家元の後取りとしか見ていないから、サッカーをさせたくない』のだと今まで思い込んでいたのだが、
(……お母さん……)
空は気付く。
自分の主張は、あの時の母と全く同じものなのだと。
自分の紋章が輝かなかったのは『本当の愛情を知らなかったから』ではない。ただ『本当の愛情に気付いていなかった』だけなのだと。
(……今の私は……あの時のお母さんと同じ……お母さんは、ちゃんと私の事を……)
彼女の手が緩む。同時に、今度はタケルのデジヴァイスが光を放ち始める。それは本来の歴史よりも早い彼の再進化の合図。
「……力が……溢れてくる……あの時と同じ……」
体に溢れてくるエネルギーが、少し自信のなかったパタモンの表情を、"希望"に満ちたものへと変えていく。そして、
「行くよ!パタモン!」
「うん!」
力ない空の拘束を振りきって、彼はパタモンと共に勢いよくバードラモンの足から飛び降りた。
直後、パタモンの体が眩しく光を放ち始め、ほぼ自由落下に近いタケルを包み込むかのように彼の進化が始まる。
更にそれは、パタモンにだけに起こった現象ではない。
「!……紋章が!」
「空の想いが、伝わってくる……空! 私達も行きましょう!」
『本当の愛情』を知った空の紋章もまた、タケルのデジヴァイスと同じく光を放ち始めた。
一瞬戸惑う空であったが、すぐにそれを受け入れ、光と共に落ちて行くタケルに目を移す。
今しがたまで彼の意見を跳ね退けていた彼女のものとは違う、決意に満ちたその目には、タケルを行かせた後悔は写ってはいない。
(……後でタケル君に謝らないと……なんでタケル君の気持ち、分かってあげられなかったの……)
「……うん! "タケル君と一緒に"……みんなを助けるために!」
空の声に反応するかのように、彼女の紋章とデジヴァイスが一層強く輝き、バードラモンは空を乗せタケルを追うように急降下を始めた。
一気に落ちていくその体。真下に見えるのは、光を纏ったパタモン達と、更にその下、膝を付くアトラーカブテリモン達へ止めを刺そうとするヴァンデモン。
輝き続ける紋章に反応し、バードラモンの体を暖かな炎が包み込んむ。
そして炎を纏ったまま、二人は光に包まれたパタモンとタケルへと追い付き、2体のパートナーはほぼ同時に声を上げた。
「パタモン進化ー!」
「バードラモン、超進化ー!」
片や光に身を包み、片や炎を身に纏い、二匹のパートナー達は今、仲間の危機へと疾走する。
(これは………羽……?)
今にも迫る弾丸のようなコウモリ達を前に、光子朗はヒラヒラと舞い散る二種類の羽を視界に捕らえる。
そして次の瞬間、光子朗達の真上からその声は上がった。
「ヘブンズ、ナックルー!」
「シャドーウイング!」
ヴァンデモンすら予期出来なかった事態。
なんと、諦めかけた子供達の前に、頭上から一筋の閃光と激しい炎が彼らの盾になるかのように降り注ぎ、コウモリ達の突撃を遮ったのだ。
「えっ!?」
「な、なんでっか?」
絶望に歪んでいた光子朗の表情が、驚愕の表情へと変わる。表情こそ変わらないが、アトラーカブテリモンも、それは同じのようである。目を硬く瞑る丈とミミも、なかなか到達しない衝撃に徐々に薄目を開けた後、同じ表情を見せた。
「これは……一体……?」
「……すごい……私達を守ってくれてるの……?」
そのまま勢いよく光と炎にぶつかったコウモリ達が次々に消滅していく。その様子に、今まで常に余裕を見せていたヴァンデモンが、ここに来て初めて戸惑いを見せた。
「!……何者だ!」
やがて、襲い掛かるコウモリ達が全て消え去った後、その盾は消滅し、その代わりに、2体のデジモンがパートナーを抱えて光子朗達の前へと降り立つ。
一体は、かつてデビモンとの対決において切り札となったタケルのパートナー、六枚の白い翼を持つ天使型デジモン。
もう一体は、燃えるような赤い翼を持った巨大な鳥人型デジモン。姿こそ始めて見るが、その面影と連れている人物を見れば、誰であるかは簡単に想像がつく。
「タケル君! 空さん!」
「間に合ってよかった!光子朗さん、みんな、大丈夫?」
「はい、助かりました……ありがとう、タケル君」
天使型デジモンの腕から降りたタケルは、光子朗の元へと駆け寄り、二人は軽く言葉を交わした後、ヴァンデモンへと振り返った。
そこに居たのは、先程よりも少し険しい表情を浮かべた彼の姿。
「ふん……もう少しで止めをさせたものを……」
口調は変わらず、しかしやや憎々しげにヴァンデモンは口を開く。アトラーカブテリモンも含め、完全体とそれに匹敵する存在が計三体、状況は彼にとってそれほど好ましいものではない。
だが、
「タケル君、ここをお願い……私達は向こうを助けてくるから……それまで何とか此処を守って……」
鳥人型デジモンの掌の上で、空はタケルへとそう伝える。
そう、この場にはまだもう一体相手をしなければならないデジモンがいるのだ。
空の心変わりを知らないタケルにとっては、叱られる覚悟はあっても、今の今まで自分を戦闘から外そうとしていた彼女からのその言葉は正に予想外だったのか、少し呆気に取られる。
「えっ!?空さん……それって……」
「"仲間"……でしょ……さっきはごめんなさい……お願い出来る……?」
この場には似合わない微笑みを浮かべながら、空は優しくタケルを見つめた。
勿論、それに対する彼の答えは一つしかない。
「う、うん!任せて空さん!僕達が光子朗さん達を助ける!行くよ!"エンジェモン"!」
「ふふ、ありがとうタケル君…………よし、行くわよ"ガルダモン"!」
先程までの険悪な雰囲気がまるで嘘のようである。
それぞれのパートナーは力強く頷き、ガルダモンは空を乗せたまま、周囲で赤々と燃え盛る森の中、暴走を続けるメタルティラノモンを目指して再び飛翔した。
「今度は私がお前の相手だ! ヴァンデモン、お前の邪悪な力、消し去ってくれる!」
ガルダモンが飛び立ち、その場に残ったエンジェモンが、眩い光を放ちながら、武器である棍を敵へと向けて声を上げる。
「……直接対決は避けたかったが……さて……」
成熟期の身でありながら完全体と互角、更に闇のデジモンに対して強力な特効を持つこのデジモンの登場には、ヴァンデモンも少なからず警戒を強めた。
先程まではなかった"真っ赤な鞭"をその手に出現させ、エンジェモンの動向を探る。
両者は十メートル程の距離を挟んで睨み合い、
そして、
「行くぞっ! ホーリーロッド!」
エンジェモンが動いた。
彼の手に持つ棍が眩しい光を放つと同時に、その全長をまるで如意棒のように大きく伸ばし、彼はそれをヴァンデモンに向けて横に一閃、勢いよく振り抜いた。
しかし、
「させん! ブラッディストリーム!」
ヴァンデモンもまた手に持つ赤い鞭を大きく振るい、襲い掛かる光の棍を弾く。更に反撃としてもう片方の手にも同様の鞭を精製し、それ素早く伸ばしてエンジェモンへと奇襲をかけた。
「何っ!」
「エンジェモン!」
"敵の武器が一つ"という先入観により、エンジェモンに僅かな隙が生まれる。もし彼が一人で戦っていたのなら、この攻撃は避けれなかっただろう。だがまだこの場にはもう一体のデジモンがいる。
「アトラーカブテリモン!」
「任せなはれ光子朗はん!ホーンバスター!」
後方に控えるアトラーカブテリモンが、角の先端からエネルギー砲を発射し、正確に鞭を弾く。
「くっ……! ふん……死に損ないが私の邪魔をするか……」
今攻撃でペースをつかむつもりだったのだろう。それを阻止されたヴァンデモンの声にはかすかな苛立ちが含まれているようだ。
「タケル君達は攻撃に集中してください!防御は僕達が行います!」
「ありがとう光子朗さん!頑張ってエンジェモン!」
「ああ、すまない、助かった」
一呼吸を置き、エンジェモンは再び強く武器を握りしめて、遠距離から再度ヴァンデモンへと棍を振るう。
「はっ!」
一方、
「!……メタルグレイモン!急いでガルダモン!」
夜の空からよく目立つ赤々とした森の中、空は倒れながらもメタルティラノモンの足へと食らい付き、その進撃を止めるメタルグレイモンを発見する。
彼の体力が既に限界に近い事は一目で分かる。
だが、急いでそこまで行こうとした時、不意に真下を見たガルダモンが声を上げた。
「待って空!彼処!太一達がいる!」
「! よかった無事だったのね!」
メタルティラノモンへと向かい飛行する最中、まだ燃え広がっていない森の中を走る太一とガブモンを背負ったヤマトを見つけた空達は、急ぐ気持ちを抑え、一度その場で着陸し、二人と合流する事を決めた。次の行動をスムーズに行うために。
「な、なんだ!」
ズシンという音を響かせて舞い降りた巨大な鳥人に太一達は驚くが、その手の中にいる空の姿を見た事で、二人共状況を察したのか、表情をゆるませる。
ガルダモンが腰を落とし、空を地上へと下ろすと、二人は慌てて彼女の元へと駆け寄ってきた。
「空!ピヨモンも完全体に進化出来たのか!」
「タケルはどうしたんだ!?」
「二人共落ち着いて、……タケル君は今エンジェモンと一緒にヴァンデモンを抑えてくれてるの……今の内にみんなを集めて、一旦ここから逃げましょう!」
メタルグレイモンの体力を考えるとあまり時間は残されていない。空は手短に要件を伝える。
皆が纏まって逃走するためには、この森の中、せっかく見つけた二人を再び見失う訳にはいかない。それが合流した理由である。見つけたその場で止まっていた方が、スムーズに逃走出来るのは言うまでもないだろう。
「ちょっと待て! 沙綾のアグモンはどうするんだ!?」
「今は無理よ! 丈先輩とミミちゃんはもう戦えないし、光子朗君もメタルグレイモンも限界が近いの、ガブモンもこの状態じゃ……今はとにかく、みんなの安全が第一よ!」
「そうだ太一、タケルにも無理はさせられない……空のいう通り、ここは一度退こう」
現実世界に置いて強い誓いを立てた太一は一度空へと食い付くが、ヤマトの説得もあり、最後にはしぶしぶながらもその提案を受け入れた。
空はガルダモンを見上げ指示を下す。
「ガルダモン!メタルグレイモンを助けて、その後みんなを連れて飛んで逃げましょう!」
「分かったわ……すぐに戻ってくるから……空も此処を動かないで」
メタルグレイモンがメタルティラノモンを引き留めている以上、彼に近づけば多少の戦闘は避けられない。ガルダモンは空を残したまま立ち上がり、再びその翼を広げ、力強く地面を蹴った。
今回で一回目VSヴァンデモンを終わらせたかったのですが、どうしても長くなってしまい、少し見切り発車ぎみですが、一旦ここで切ることにしました。すみません。
最初は二話ぐらいのつもりだったのに、のびてしまいました。
次話以降、話は少しスキップする予定です。
というか、主人公の視点をそろそろ入れないと……