小説を書くのって難しいですね。
この回、少しだけ流血描写があるのでご注意下さい。
現実世界、お台場、
太一のマンションを後にしてから数十分、コロモンを抱えたまま走る彼の後に続き、人通りの多い街中を沙綾はすり抜けるように走る。
街を走る最中、頻繁に発生する地震の度、太一は虚空を見上げながらその表情を曇らせていた。
「あれは……ドリモゲモン!」
「…………とにかく、早く何とかしないと……」
沙綾もそれに相槌を打つが、勿論彼女には見えてなどいない。
今のところは街全体が混乱するような騒ぎにはなってはいないが、このままデジモン達を放置すれば、彼らが見えずともいずれパニックを起こす事は避けられないだろう。
幾つもの横断歩道のある広い交差点に差し掛かった頃、太一は足を止めて振り返った。
「何とかするったって……あいつら直ぐに消えちまう……一体どうすりゃいいんだよ……」
「それは……」
(多分時間的にそろそろの筈なんだけど……)
肩を落としながら太一は呟く。
すると、
「……ごめん太一……ボク……戻るよ……」
唐突に彼の腕に抱えられていたコロモンが、その腕から地上へと飛び降り、寂しそうにそう口を開いた。
「何言ってんだよ!せっかく帰って来たんだぞ……それに、大体どうやって向こうに戻るってんだ!」
「う、うーん……」
再びあの危険な世界に飛び込むなど、彼にとっては冗談ではない。太一はまくし立てるようにコロモンへと詰め寄る。実際、その帰る手段について明白に分からず、困った表情を見せるコロモンに、沙綾は助け船を出した。
「太一君達が初めてデジタルワールドに来た時はどうしたの?」
「……! そうだよ太一! デジヴァイスの力を使えば!」
ふと閃いたように、コロモンは太一へと問いかける。
すると、今度は彼が自分の手の中にあるデジヴァイスを見つめたまま、何かを考えるように黙ってしまった。
「太一も見たでしょ……やっぱりデジモンは、こっちの世界にいちゃいけない……ボクもデジモンだから、向こうの世界に戻らないと……それに、今この世界がこうなっちゃってるのは、ボク達が向こうの世界の歪みを正さないまま帰って来ちゃったからでしょ……」
「っ………」
コロモンの話す内容に、太一は録な反論が出来ず、唇を噛み締めながら下を向く。彼とて分かっていない訳ではないのだ。
「……コロモン……俺「…お兄ちゃん!」」
しばらく黙ったのち、彼が再び口を開きかけたその時、後方から太一を呼ぶ声が聞こえてきた。
「!?」
(来た! 間違いない……もうすぐ……もうすぐ戻れるよ、アグモン)
聞き覚えのあるその声に、太一は表情を引き釣らせ、沙綾は期待に満ちた顔で振り返る。
「ヒ、ヒカリ!?」
「ヒカリちゃん!」
人混みの中、恐らく風邪の影響かふらふらと走ってくる妹に、太一は驚きの表情を隠せず、自身の胸へと飛び込んでくる彼女を目を見開きながら受け止めた。
「お、お前、付いてくるなって言っただろ!」
「……だって」
兄を心配する妹と、妹を心配する兄による口論が巻き起こり、道行く人々の視線が集まる中、沙綾は考える。
(ヒカリちゃんが来たって事は、もうすぐここで戦いが起きる筈)
歴史によればこのすぐ後、街中でデジタルワールドから迷い混んだオーガモンと、太一のコロモンが戦闘を行い、その最中に向こうへと続くゲートが開く。
沙綾もそれははっきりと覚えている。
(二匹の戦いを見届けてから……太一君と一緒に向こうに戻る……………って……あれ?)
しかし、彼女はここで一つ重要な事を思い出した。
(そう言えば……)
それはとても単純な事。
普段の冷静な彼女であれば、直ぐに気付くであろう"それ"を、沙綾はこの期になるまで完全に失念していたのだ。
(……オーガモンって……何処から来るの……?向こうの信号、それとも、こっちの信号? えっ!?あっちにも! どうしよう分かんない!)
そう、"デジモンが見えない"沙綾には、オーガモンの姿を確認することは出来ない。彼が横断歩道の奥の信号付近に現れる事は知識として知っているが、今沙綾達が立っているのは人通りの多い交差点。信号機など幾つもある。小説の知識だけでは、沙綾はオーガモンの正確な位置を特定出来ないのだ。
彼女は目を凝らし、慌てて体を捻りながら周囲を見回すが、目に映るのは大勢の人の姿だけである。
攻撃される事が分かっているが故の不安が沙綾を襲う。
「どうしたの沙綾?」
「えっ!?いや、その……」
(何処……何処からくるの!?)
そしてそのまま、ある一つの信号の色が赤から青に変わる直前に、コロモンが遂にその姿を発見した。
「太一!沙綾!あれ見て!」
「オ、オーガモン!」
「!?」
咄嗟に振り向いた太一は、ヒカリを庇うように一歩前にでる。沙綾も反射的にコロモンの視線の先に目をやるが、その行動は意味をなさない。
(しまった!逃げなきゃ!)
彼女は此処でまた一つのミスに気付く。
『見えない相手による攻撃』など対応できる筈がない。
それに気付いた時点で逃げておくべきだったのだ。
とにかく一度その場から後退しようと、沙綾が足に力を込めた時、
信号の色が変わった。
「グオオォォォ!」
それを合図とするようにオーガモンが人混みをすり抜け、雄叫びと共に棍棒を振り上げて三人へと一気に迫る。太一は咄嗟にヒカリを押し倒して自らも地面へと伏せ、コロモンは勢いよく真上に跳ねる。だが、沙綾にはその姿は勿論、咆哮すら聞こえる事はなく、
「きゃあぁぁぁ!」
突然目の前のアスファルトが吹き飛んだと、そう感じると同時に彼女の体も瓦礫と同様に宙へ舞い上がった。
(私って……なんてバカ……)
やけに長く感じる浮遊感。彼女の目に、妹を庇いながらも口を開けて自分を見上げる太一の姿が映る。
そして、
「!」
肺の空気が全て放出されるような勢いで、沙綾の体は都会のコンクリートへと叩き付けられ、そのまま地面を二度、三度転がった末、力なく停止した。
瓦礫の上を転がった事で、彼女の衣服は所々が裂け、更にその奥の白い肌からは真っ赤な血が滲み出る。
「「「沙綾」」さん!」
太一、ヒカリ、コロモンの悲痛な叫びが響く。
直後、
「な、なんだ!テ、テロかっ!」
「おい!子供が巻き込まれたぞっ!」
「救急車!誰か救急車を呼べ!」
「いやあぁぁ!助けてぇぇぇ!」
周囲を歩く人々が目の前で起きた出来事に大混乱を起こし始めた。彼らにとって見れば、突如沙綾の前の道路が弾けとんだようにしか見えないのだ。
「………う………あ…………ア……グ……モ…………」
「おいっ!しっかりしろ!沙綾!」
だが、そんな回りの叫び声や、急いで近くまで駆け寄ってきた太一の声も耳に入らず、彼女は真っ赤な視界の中血の滲んだ手を届かない空へと伸ばし、
「……ご………め……………」
遠く離れるパートナーを思いながら、その意識は遠ざかって行くのだった。
「ここがヴァンデモン様のお城です。さぁ、付いてきて下さい……ヒヒッ……」
薄暗い雲が浮かぶ下、不気味に聳え立つ巨大な城を前に、ピコデビモンが怪しい笑みを浮かべながらアグモンの前をゆっくりと飛行する。
既に選ばれし子供のパートナーデジモンを連れていく事を通信によって報告しており、ヴァンデモンから誉め言葉を貰った彼は上機嫌である。
「ここにマァマの事を知ってるデジモンが居るんだね……」
「ええ、そうですよ……とにかく、こちらへ……」
ピコデビモンに促され、ひたすら暗い城内を、アグモンはテクテクと歩いていく。
幾つもの階段を登り、長い通路を歩き、二匹は一つの大きな扉の前で立ち止まった。扉の奥から感じる異様な雰囲気に飲まれそうになるも、アグモンはそれをぐっと堪える。
「この扉の奥に、ヴァンデモン様はいらっしゃいます。くれぐれも失礼のないように……」
「……うん」
アグモンはゆっくりと扉を開く。
中もまた扉と同じく大きな一枚部屋。明かりなどはなく、部屋の温度は冷たい。最大の特徴は、部屋の奥から延びる階段だろう。
といっても、それは別に上の階へと繋がっている訳ではなく、そのてっぺんには豪華な椅子が一つだけ置かれている。そして、その椅子に足を組んで座っている存在こそ、アグモンが会いたかったデジモン。
「あれが……ヴァンデモン……」
「ヴァンデモンではない、ヴァンデモン"様"だ!」
独り言のように呟くアグモンに、ピコデビモンは即座に反応するが、彼は聞いてはいない。
二匹は部屋の中央まで歩いていくと、ヴァンデモンは二人を見下ろすように、座った体勢のまま口を開いた。
「お前が"選ばれし子供のパートナーの一匹"か……なるほど………」
「えっ?」
アグモンは一瞬呆気に取られるが、ヴァンデモンはさして気にする事はなく話を続けた。
「ピコデビモンから話は聞いている……何でも、はぐれたパートナーを探していると……」
「……! うん、君ならマァマが何処に居るか知ってるってピコデビモンが言ってたから!」
彼が沙綾の話題にふれた途端、アグモンは今思ったの疑問など何処の吹く風、目の色を変えて声を上げる。
「君ではない!ヴァンデモン様だといってるでしょ!」
「……かまわん……」
ピコデビモンが話に横槍を入れるが、本人は特に気にする様子はなく、口許を少し吊り上げ、静かな低い声でアグモンへと問いかけた。
「教えて欲しいか……?」
「うん!」
「そうか……ならば一つテストをしよう……お前がそれに合格し、私の計画を手伝うと言うのなら、パートナーの行方を教える事を約束しよう……だが……もし不合格ならば…………」
彼はその言葉の続きを言うことはなく、代わりに残虐な笑みを浮かべる。だが、今のアグモンにとって重要なのはそこではない。『沙綾に会いたい』、ただその一心で今彼は動いているのだから。
「何をすればいいの?」
「……ほう、躊躇うこともないか……面白い……テストの内容は簡単だ、私にお前の力を示せ。」
「君と戦えばいいんだね……」
「……いや……相手をするのは私ではない……テイルモン!」
座ったまま、彼はパチンと指を鳴らす。
すると、
「お呼びでしょうか……ヴァンデモン様」
アグモンとピコデビモンの後方、彼らが先程入ってきた大きな扉が、ギィという音を立てて再び開く。アグモンが振り返ると、そこには自分と変わらない小さな猫型のデジモンが、膝をおってヴァンデモンに対して頭を下げていた。
「話は聞いていただろう……お前が相手を務めるのだ……殺すつもりでな……」
「仰せのままに……」
テイルモンと呼ばれたデジモンは、ゆっくりと立ち上がり歩き出す。
「構えなさい……もし進化出来るなら、今の内に済ませとく事ね……」
二匹と同じく部屋の中央にまで歩み寄った後、先頭姿勢に入ったテイルモンは静かにそう口にした。その風格から、彼女が只者ではないと感じたアグモンは、忠告通り即座に進化を始める。
「言われなくてもそうするよ……アグモン進化ァァァ! ティラノモン!」
ズシンとした音を響かせ、着地と同時に彼もまた構えを取る。
「……容赦はしない……」
「……マァマの居場所…絶対に教えてもらう……」
にらみ会うように視線が交錯し、そして、
「「行くぞっ!」」
二体は同時に床を蹴った。
大きな赤い恐竜と小さな白い聖獣の戦いが、今始まる。
その様子を、高い位置からヴァンデモンは怪しげな表情で見つめていたのだった。
沙綾ちゃんが怪我をおってしまいました。
作中の描写は少しややこしいかも知れませんが、死んではいません。
ですが、これでは恐らく……