作者のミスで、未来のヒカリの職業が間違っていました。正しくは幼稚園の先生です。前話の投稿直後に見てくださった場合、保育士となっていたと思いますが、修正しています。
このため、沙綾の通っていた施設についても、お台場保育園からお台場幼稚園へと変更されています。
沙綾達がデジタルワールドから姿を消して、遂に一ヶ月と半月の時間が経過した。
「「「……………」」」
広大な荒野を抜け、平原へと足を進めていた子供達は、夜、何時ものように火を囲んで座り込む。最早一日の会話すら数えるくらいしかなくなってしまった一行の中、空は中心で燃える火を見つめながら考えていた。
(…みんなもう太一達の無事をほとんど諦めちゃってる……このままじゃ……何時またアグモンが暴走しちゃうか分からない……)
丈の発言が引き金となったのか、あの日以来、皆三人の無事を諦めている節が徐々に目立ち始めていた。
最も、半月前の事件を見ている以上、それを口にするものは一人としていないが、皆の様子を見ていればそれは容易に想像がつく。
(丈先輩は……まだ頑張って探してくれてるけど……)
空は力なく項垂れる丈を横目で見る。
発端となった丈自身は、その真面目な性格故に、アグモンへの罪悪感から懸命に彼らを探してはいるのだが、やはり心の何処かでは諦めも持っている風に空は感じていた。
最早、アグモン以外で沙綾達の無事を心の底から信じているのは、空と、今だ諦めずにアグモンを励まし続けているガブモンぐらいのものだろう。
だがそのガブモンも、最近はパートナーであるヤマトが三人の捜索を断念しようか悩んでいる事もあり、板挟みにあう彼の精神的な負担はかなり大きいものとなっているのだ。
(……これ以上、アグモンを此処に置いておくのは、みんなにとっても、アグモンにとっても良くない………もう………決めないと…………)
アグモンはアグモンで、あの日以来まるで心を閉ざしたかのように口数が極端に少なくなっている。誰の声にもほとんど反応を見せる事がない。たとえそれがガブモンであっても。
沙綾への恋しさがパンク寸前なのは、もう誰の目にも明らかだ。
静寂が支配する夜、そこに至った経緯は違えど、空は歴史と同じ決断をする。
(…………今夜みんなが寝静まった後、ピヨモンとアグモンを連れて……ここを離れましょう……私達だけで……太一達を探すわ……)
そして深夜、空は静かに行動を始める。
「……アグモン……起きて……」
一人だけ皆の輪から外れ、涙を浮かべて眠るアグモンを、彼女は二、三度揺らすようにして起こす。それは偶然にも、彼が過去に来てから始めて沙綾に起こされた時と同じように、そして同じ言葉で。
「マ、マァマ!」
それに反応したのか、アグモンは勢いよく起き上がるが、
「しーー……みんなが起きちゃう……」
「えっ………………」
人差し指を口に当てる空を見た後、彼の表情は急速に消えていく。それは正に希望が絶望に染まっていくように。最近の彼は、この状態になると最早ほとんど口を開かない。だが、空は諦めずに説得を試みた。
「ずっと空を飛びながら広範囲を探せば、きっと早く見つけられるから」と。
その熱意が伝わったのかは彼女には分からないが、やがて彼は無表情に空の提案に頷き、ピヨモンを含めた三人は皆に気付かれないようにその場から歩きだす。
その最中、眠るタケルの側を彼女達が通り過ぎようとした時、不意にトコモンがうとうとと目を開けた。
再び空は人差し指を口に当てる。
「しー……タケル君が泣いちゃう……これからは、私達だけで太一を探すね……アグモンも一緒に……」
それが夢か現実なのか分からないトコモンは、小さく頷いた後、もう一度瞼を閉じた。
「さあ…行きましょう、ピヨモン、アグモン」
「うん」
「………………ごめん………ガブモン…………」
歴史にはない一匹を加え、彼女はこの日、歴史通りに皆の前から姿を消す。
"アグモンを連れていった事"、その行動が凶とでる事も知らずに……
一方その頃、現実世界では、自宅のテレビのニュースを食い入るように見つめる太一と沙綾の姿があった。
「あれは……メラモン………ユキダルモンまで!」
太一はテレビの映像にまるで蜃気楼のように写るデジモン達に驚きの表情を隠せない。
「…お兄ちゃんにも見えるようになったんだ………」
そんな中、ヒカリは一切動揺せずにそう答える。
太一達が大まかに今までの旅を語っている時も、彼女は表情を変えることなくその話を聞いていた。彼らの話を信じていない訳ではない。"今までもデジモンが見えていた"ヒカリにとって、彼らの話は特に驚く程のものではなかったのだ。
むしろ彼女にとって驚くべき事は別の場所にあった。
それは即ち、『兄が空以外の異性を家に連れてきた事』である。
本来ならば、太一は話を終えた後、"今までの事は何もかも夢だったのか"考え、少しの間家でくつろぐのだが、ヒカリが太一に耳打ちするように言った一言によって、それは崩れ去る事になってしまったのだ。
「……ねえ……お兄ちゃん……」
「…ん、どうしたヒカリ?」
「……沙綾さんって……美人だね………」
「なっ!?」
今まで特に意識する事などなかった太一だが、そう言われると見てしまうのが人間である。実際、白い肌に整った顔立ち、大きな瞳をしている沙綾は、一般的に見て美人に分類されるだろう。
(……まあ……確かに空よりは……かわいい……のか……?)
そして、見れば見るほど意識がそちらに向いてしまうのも、人間ならば仕方がない。太一はしばらく後ろから横目でボーっと彼女を見ていたのだが、
「……どうしたの太一君?」
「!」
視線が気になったのか、沙綾は太一へと問いかけた。
たまたま座っている沙綾が、ヒカリと並んで立っている太一を上目使いで見上げる形となったことで、太一は思わず顔を赤くする。
「い、いや、何でもねぇよ!」
慌てて視線をずらしながら彼は答える。
いつかの砂漠での出来事とは見事に逆の構図となってしまったのだ。
(クソっ……ヒカリのヤツ、余計なこといいやがって……)
沙綾を放っておいて一人部屋に引きこもる訳にもいかず、結果、彼は自分だけが陥る気まずさに耐えながら残りの時間を過ごす事になった。しばらく立った後、その気まずさを回避するためにテレビをつけ、現在へと至る。
「お前……知ってたのか!?」
「……だって……見えるって行っても……誰も信じてくれないもの……」
ヒカリは寂しそうにそう答える。画面の向こうにかすかに写るデジモン達は、一般人には見つける事が出来ない。それこそ、選ばれし子供でもなければ。
「…………」
その中で、沙綾は一人、無言を貫きながら目を凝らして画面を見つめるが、
(……やっぱり……私には……見えない……)
そう、彼らはコロモンのように完全な実態でこの世界に現れた訳ではない。特殊な立ち位置にいるとはいえ、あくまで"一般人"に過ぎない沙綾は、画面に写るデジモン達を観測出来ないのだ。
(……いや、でも、関係ない……とにかく今は早く向こうに戻らないと!)
やがて、彼らを見つける諦めた沙綾はそう結論をだす。
だが、彼女は見えない事をばらす訳にはいかない。もしそれが太一に知れれば、この後街で暴れるデジモンを止めに行く際に置いてきぼりを受ける可能性が高いためだ。この時代の土地勘がない沙綾は、一度彼とはぐれてしまうと、向こうの世界に戻るタイミングを逃してしまいかねない。
上手く働かない頭でもそれだけは理解できた。
そして、遂にその瞬間が訪れる。
「な、なんだっ!」
太一のデジヴァイスが突然輝き始め、それに連動するようにリビングの隣、ダイニングに設置されたこの家のパソコンの画面が点灯した。
そこに数秒間だけ写し出されたデジタルワールドにいる筈の光子郎。
太一と沙綾に向け、途切れ途切れに「帰ってこないで下さい」と告げた後、パソコンの画面は消灯するのだった。
その直後、
「うお!一体今度はなんだ!」
外から聞こえる轟音と共に、まるで地震のようにマンション全体が揺れ動いたのだ。このタイミングでのデジモンの現界、そして彼らによる物理的な干渉、それはつまり、歴史的にデジタルワールドに帰れる瞬間が訪れたという事。
(来た! 今行くからね!アグモン!)
沙綾は直ぐ様行動を開始する。それはもう太一に何が起きているのかを考えさせる隙も与えない程素早く。
「太一君!行くよ! 早く!」
「えっ!?おい、ちょっと待っ……」
「もたもたしないで!」
家に来た時とは真逆に、今度は沙綾がコロモンを抱え、太一の手を引く。先程の出来事故か太一の顔が再び赤くなるが、彼女は一切それに気付いていない。
勿論行き先など沙綾は分からないが、外に出れば後は太一が導いてくれるだろうと考えたのだ。
「お、お兄ちゃん!」
「ヒ、ヒカリは付いてくるな!」
太一を引き留める事すら叶わず、ただその場で手を伸ばして立ちすくむヒカリに、彼は半ば引きずられながら、そう口にするのだった。
太一の住むマンションを全速力で降りた後、沙綾は一度立ち止まって振り向いた。
「太一君!どっちに行けばいいの!」
「はぁ、はぁ……お前が引っ張って来たんだろ!」
「?」
沙綾は疑問の表情を浮かべる。それは太一の返答に対してではない。彼のその様子についてだ。
(なんで太一君バテてるんだろ?)
太一はサッカークラブでエースを勤めるだけあって、体力、走力において沙綾をわずかに上回っている。
そんな彼がたかがマンションを降りた程度で疲れを見せる事などあり得ないのだ。
最も、アグモンの事で頭が埋まってしまっている沙綾に、その答えが分かる筈がないのだが。
「とにかく、走りにくいから…手を離せ」
「太一照れて…ふがふが!」
「あーー、うるさいコロモン! と、とりあえず、音がしたのはこっちだ!」
太一は握られた手を強引に離し、コロモンの口を塞ぎつつ沙綾から取り上げる。そのまま沙綾に自分の顔を見られないように、彼は全力で加速した。
「うん!」
(……なんだ、全然大丈夫みたい、私の勘違いか)
太一の後に続くように、沙綾もまた全力で走り出す。
そして、
この後彼女は知ることになる。
冷静さを欠き、思考を怠った事の愚かさを。
場所は変わり、デジタルワールド、サーバ大陸のとある森林地帯。
太一達を探すために皆と別行動を取った空達は、それから数日後、食料の確保のために立ち寄ったこの森で、一匹のデジモンが得たいの知れない誰かと通信している所に出くわし、茂みに身を隠すようにその話を盗み聞きしたのだが、
「おやおや……今の話…聞いちゃいました?」
話を終え、通信を終了したそのデジモンに運悪く見つかってしまっていた。
(もうバレちゃってるみたいね……仕方ない……)
幸い、相手のデジモンは見たところ成長期、いざとなれば撃退出来ると、彼女は隠れるのを止める。
「き、聞いたわよ……」
このデジモンが話していた内容、つまりは、紋章の意味。沙綾を見習い、今まで『誰かを守りたい』と強く願うことで完全体への進化を遂げられると信じていた彼女にとって、彼が話していた内容は衝撃的なものだった。
「ふぅん……あなた、空さんでしょ……可愛そうに……愛情の紋章ねぇ……」
「何がおかしいのよ!」
「あなたにその紋章が使えるんですかねぇ……」
「っ!」
「無理でしょうねぇ……本当の愛情を知らないあなたには……」
そのデジモンの語る内容は、空の心を抉る。
何故それを知っているのか。という些細な疑問すら思い付かない程に。
パートナーを守るため、ピヨモンが前へと出る。
「いい加減にしなさい"ピコデビモン"!それ以上空を傷つけるなら、私が許さない!」
「おっと、これは失礼しました……それでは……私はこれで……… ん? ……あなたは?」
「…………」
ピコデビモンと呼ばれたデジモンがその場から飛び立とうとした時、不意に彼の目に一匹のデジモンが映る。
空達が隠れていた茂みの中に尚も残り続ける、ほとんど生気の隠っていない目をした一匹のデジモンが。
自身の問いかけに対して一切の反応を示さず、まるで虚空に映る誰かを見つめるような目に、ピコデビモンは興味が湧いた。
「どうしたんですか? ……もしかして……誰かをまってるんですか?」
「…………どうして……それを………」
(おや……食いついた……これはもしかして……)
「いえいえ簡単な事ですよ……どうです? あなたの探している方の行方、知りたくありませんか?」
「!」
ピコデビモンが話すその内容に、アグモンの表情は一気に変わる。勿論彼の話す内容など口から出任せであるが、基本的に無邪気なアグモンは人の言葉を疑う事などしらない。
「マァマの事しってるの!」
(ふぅん……マァマねぇ……)
「私は分かりませんけど……ヴァンデモン様なら……あの方なら、きっと全てを知っています……どうです……なんなら一緒に行きませんか? ヴァンデモン様の所へ……」
ニヤニヤと、見るからに怪しい笑顔を浮かべるピコデビモンだが、アグモンにそんな事は関係ない。
「……うぅ……ひっく……」
やっと手がかりを見つけたと、アグモンの目からは今までとは違う涙が溢れてくる。そして、そんな彼のたどり着く答えなど一つしかない。慌て空とピヨモンはアグモンを引き留めた。
「ダメよアグモン!そんなの嘘に決まってる!どう考えても怪しいわよ!」
「そうよ、騙されないでアグモン!」
だが、彼は溢れる涙を拭き取った後、二人を無視するようにテクテクとピコデビモンのもとまで歩いていく。
そして、たった一言だけ、
「………ごめん……ボク……マァマに会いたいんだ……」
「ア、アグモン!」
彼の瞳に、既に空達は映ってはいない。
なまじ彼の力を知っている二人は、強引に彼を引き留める事が出来ず、遠ざかる小さな背中に手を伸ばす事しか出来なかった。そして、彼女達も予期していない、唐突な別れの瞬間が訪れてしまう。
「……では……私"達"はこれで………」
「…………」
"残念でした"と、意地の悪い笑みと共に、ピコデビモンは低空飛行で飛び去っていく。勿論、アグモンもその後に続いて、一度として振り替える事なく、森の奥へと消えていった。
「アグモン!アグモン!」
悔しさに目を潤ませながら叫ぶ空の声だけが、静かな森にこだまする。
今回、沙綾とヒカリをけっこう絡ませたかったのですが、話の展開的に少し持ち越す事にしました。
さて、アグモンが敵サイドについていってしまいました。限界の状態での甘い言葉、ほいほい付いていってしまうのも仕方ありません。
これから色々吹き込まれそうですね。
沙綾との再開は果して……