デジモンアドベンチャー01   作:もそもそ23

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この回で作者がなぜパートナーデジモンに太一と被るアグモンをチョイスしたのか。その理由が分かるかもしれません。


マァマは死んでなんかない!!!

「マァマー!何処に居るのー!返事してよー!」

 

地平線の先まで続く荒野の中で、アグモンは一行の先頭を歩きながら声を上げて沙綾を呼ぶ。

 

クロックモンがファイル島を出発してから更に10日後、沙綾達が現実世界に消えてから早半月が経ったこの時も、選ばれし子供達は彼女達を探して果てのない荒野をひたすら進んでいた。

 

「太一達がいなくなって今日で半月か……」

 

アグモンに続いて歩くヤマトがそう声を漏らす。

 

「…大丈夫よ、沙綾ちゃんだってついてるんだから…」

 

「そうですよ、太一さんだけなら不安ですが、沙綾さんも一緒ならきっと無事ですよ」

 

その言葉に、空と光子朗は努めて明るく答えた。

皆不安な気持ちは拭いきれないが、沙綾を信じて待つアグモンの手前、弱音を吐くわけにはいかないのだ。だが、当のアグモンは今の会話を聞いてはおらず、一人先頭を歩きながら首を振ってパートナーを見つけようとしているのだが、

 

「マァマー!」

 

(……まだ…戻って来ないのかな……)

 

 

ガブモンと話をしてから、皆の気遣いのおかげもあり、アグモンは比較的落ち着いて子供達と行動している。だが、それはあくまで"沙綾が無事である"という前提の元で成り立っているのだ。半月経っても一行に現れない沙綾に、流石に彼も焦りと不安を持ち初めていた。

 

(…マァマ……どうしちゃったんだろ…もう帰ってきててもおかしくないのに……何かあったのかな……)

 

歴史を知らないが故の不安が彼を襲う。

 

何か不測の事態が起きたのではないか?

彼女の身に何かあったのではないか?

気付かない所で、自分は歴史を変えてしまったのではないか?

彼の頭に様々な可能性がよぎる。

 

「………無事なんだよね……大丈夫だよね……」

 

うつむき小さな声でアグモンは呟く。

するとそんな彼を励ますように、ヤマトの横を歩いていたガブモンが走りよりその肩を叩いた。

 

「!」

 

いきなりのことに、彼は驚きながら意識を周囲に向けた。

 

「大丈夫だよ!沙綾も太一もアグモンも、きっと何処かで俺達を探してる筈さ、諦めずに探せば必ず見つかるよ」

 

彼なりの気遣いなのだろう。その明るい口調にアグモンの心は少し軽くなる。

 

「…うん、ありがとうガブモン…」

 

ガブモンの励ましを受け、彼は再び顔を上げて、不安を取り払うかのように皆と共に懸命に沙綾を探し続けた。

 

 

 

 

 

 

しかし、

 

 

 

 

 

 

 

それから一日、また一日、更に一日と、アグモンがいくら待っても沙綾は帰っては来ない。

 

それから更に三日後、

 

「マァマー!何処に居るのー!」

 

更に三日後、

 

「ねぇマァマー!居るんでしょ!返事してよー!」

 

そして更に五日後

 

「……うぅ…グス……マァマァァ……帰ってきてよぉぉ……」

 

そのまた五日後

 

「……………マァマァ………グスン……マァマァ!……………」

 

 

時間ばかりが過ぎて行き、それに比例するようにアグモンの不安は増大していく。「本当に何かあったのではないか」、「本当に歴史が変わってしまったのではないか」、未来においてでも彼女とアグモンがこれ程の期間会わなかった事など一度としてない。

 

もしかして自分は捨てられてしまったのではないか

 

そんなありえない仮説すら浮かぶほどに、彼の心は徐々に追い詰められていく。まるで彼女が消えた直後に戻って行くかのように。

 

一つ違うところがあるとすれば、それはガブモン達の必死の励ましを受けて尚、もうそれが止まる事はないと言うことだろう。やはり彼の心の中で彼女に勝るものなどないのだ。

 

「…アグモン…」

 

「………うぅ……」

 

一番側でアグモンを励まし続けるガブモンにとっても、日毎に涙を浮かべる時間が増えていくその姿を見続けることは、辛いものである。

 

子供達もまた、何の情報も得られないまま歩き回るだけの日々に、次第に会話が少なくなっていき、精神的、体力的な疲れからか、アグモンの前での空元気すらもままならい状態となる。

 

 

 

 

そして、遂に沙綾を探し始めて1ヶ月が経過した頃、事件は起きた。

 

 

 

 

 

日が落ちた事で、一行は何時もと同じように火を起こし、その回りを囲うように腰を下ろす。

アグモンも目に涙を浮かべながら、ちょこんとその輪の中に座った。

日々の疲れによって、しばらく沈黙が続いた後、丈が口を開く。

 

「……今日も太一達は見つからなかったな………」

 

「……そうね…でも、探し続けてれば絶対に見つかる筈よ……」

 

膝を抱え、皆の中心で燃える火を見つめながら空はそれに答えた。

 

(……マァマ……)

 

最早ここ数日、アグモンの頭の中を占めるのは沙綾の安否の事のみである。子供達の会話や、ガブモン達の言葉ですら、満足に頭に入って来ることはない。

子供達の会話は続く。

 

「……やっぱり、ゲンナイさんを探してみませんか…あの人なら、太一さん達の行方を知ってるかもしれません」

 

「何処にいるかも分からないヤツをどうやって探すんだ、それじゃ結局今と何も変わらない」

 

「私……もう…お家に帰りたい……」

 

「……ミミ…」

 

アグモンと同じく、ミミもまた瞳に涙を溜め始め、パルモンが彼女の背中を擦る。少なからず皆同じ事を考えているのか、子供達は皆悲しそうな表情を浮かべ、再び辺りは重苦しい静寂に包まれた。こうなってしまっては、出てくる発想はネガティブなものが多くなる。

 

案の定、次の丈の言葉は、その最たるものであった。

 

 

「……はあ…ホントに太一達は無事なのかな……もしかしたら、もう………」

 

「丈!」

 

「………」

 

ヤマトが慌てて彼を止めるが、それはもう遅い。

恐らくそれは、今この場で最も言ってはいけない言葉、

見えすぎた地雷と言ってもいいだろう。

 

沙綾の安否を心の底から心配し、半ば情緒不安定に陥っているアグモンにとって、悪気がないとは言え、今の発言を聞き逃すことはできなかった。

 

「………言うな………」

 

「!」

 

その彼とは思えない静かな、それでいて強烈な怒気を含んだ声に、一行は驚きながらアグモンの方へと振り向く。

 

「………マァマは………」

 

アグモンは目に涙を浮かべながらも、その目ははっきりと丈を睨んでいる。次第に彼の身体は小刻みに震えだし、そして、

 

 

彼がこの1ヶ月間溜め込んだ不安が遂に爆発した。

 

「マァマは死んでなんかない!!!」

 

少し潤んだ激しい叫び声と共に、激情によって彼の身体が輝き始める。

 

「キャッ!」

 

「ミミさん!うわっ!」

 

膨れ上がるような体長の変化に、近くに座っていたミミ、光子朗が押し退けられるように弾かれた。幸い怪我などはなく、二人は慌ててその場から離れる。

その間にも彼の進化は続き、やがて赤い恐竜が怒りの形相と共に姿を現した。その瞳には何時もの穏やかさなど欠片も写ってはいない。

 

「マァマは絶対に生きてる!いい加減な事を言うな!」

 

「ティ、ティラノモン…!」

 

彼の豹変に驚いた子供達は、丈も含めて一歩、二歩と後退する。

それを逃がすまいと、ティラノモンは丈へと詰め寄るため、大きな一歩を踏み出そうとした。その時、

 

「待ちなさい!」

 

ミミ達が押し退けられた際に素早く進化を果たしたトゲモンが、羽交い締めにするようにティラノモンの進撃を背中からガッチリと食い止めた。それは偶然にも、かつておもちゃの街でのシチュエーションとほぼ同じように。

 

「そうでっせ!仲間割れはいけまへん!」

 

同じく進化を完了したカブテリモンも、四本の腕を使って前から彼を押さえつける。

 

「離してよっ!」

 

以前の彼ならば、この時点で何も出来なかった。子供のように身体をばたつかせるのが関の山。

 

 

だが、今は違う。

 

 

「この!離せえぇぇ!」

 

「なっ!」

 

最早今のティラノモンは成熟期二体で止められるものではない。力任せに身体を捻り回し、無理やりトゲモン、カブテリモンを振り払ったのだ。

二体は弾き飛ばされ、夜の闇を転がる。

 

「トゲモンッ!」

 

「カブテリモンッ!」

 

「ティラノモン!超進化ァァァ!」

 

「「!」」

 

拘束が解けたティラノモンは怒りに任せて、更に光を放ち始め、そのまま己の最強の姿にまで到達した。灰色の恐竜が大地を踏み鳴らし、雄叫びを上げる。

 

「なんで沙綾さんがいないのに完全体になれるの!?」

 

「言っている場合じゃない!みんな離れろ!」

 

子供達はアグモンが紋章の力なしに完全体に進化出来る事は知っていても、沙綾とデジヴァイスもなしにその境地に到達出来る事は知らない。

"進化するにはパートナーとデジヴァイスが必要"という固定概念は、数々のデータを吸収した今の彼には通用しないのだ。

 

先程まで皆の中心で明々と燃えていた焚き火を蹴り飛ばし、周囲に火の粉が舞飛ぶ。

子供達は散り散りに逃げ回るが、

 

「ひぃぃ!」

 

明らかな殺気を向けられている丈だけは、蛇ににらまれたカエルのようにその場から動けなかった。

 

「覚悟しろッ!」

 

自らの主砲を足元で硬直する丈へと向けながら、メタルティラノモンはドスの効いた低い声で吠える。勿論、こんなところで彼が必殺を放てば、丈を含めて全員無事ですむ筈がない。だが冷静さを欠いている彼にそんな事は関係ないのだ。ウイルス種故の好戦的な性格が、更にそれを助長させている。

 

「ご、ごめん!謝るから、落ち着いてくれメタルティラノモン!」

 

丈が急いで今の発言を撤回すも、彼は右腕を下げない。

進化した彼の頭に浮かぶものは、『沙綾の無事を否定する者の排除』のみ。

 

 

 

 

 

 

「うるさい!オレはお前を…"破壊スル"!」

 

「逃げろっ!丈ーー!」

 

彼が右腕に力を込め始める。

 

 

子供達は彼と自分達の末路を想像して目を瞑る。

 

 

 

そして、あわや至近距離でミサイルが放たれようとした時、

 

 

 

「待ってくれ!」

 

「止めるんだ!メタルティラノモン!」

 

間一発で進化を果たしたイッカクモン、ガルルモンが両サイドから滑り込むように立ち塞がった。

 

「そこを退け…お前達を巻き込みたくはない!」

 

二匹を見てメタルティラノモンはそう言うが、どちみち彼らが避けたところでミサイルが打たれれば全ては終わる。

 

「待て!確かに今のは丈が悪かった!オイラも謝る、だから腕を下ろしてくれ!」

 

「君はそんな事をするデジモンじゃない…俺は君を信じてる…」

 

二匹はメタルティラノモンの目をしっかりと見据えて言葉を伝える。今までの彼ならばそれでも迷わず打っていただろうが、

 

「……ガルルモン…そこを退いてくれ…」

 

「退かない…君にそれを撃たせる訳にはいかない…」

 

「チッ……」

 

二匹のパートナー達、特にガルルモンが立ち塞がったのが大きかったのだろう。いくら好戦的になろうと、かつてのゴツモン達と同じ言葉を掛けてくれた存在を容易く打つことなど出来る筈はない。

 

右腕を構えながらも、メタルティラノモンはその引き金を引くことに躊躇いを見せる。

 

「俺達は仲間だ…腕を下ろしてくれ…君が撃てば、沙綾は絶対に悲しむ…」

 

「……………………」

 

 

にらみ会うような沈黙の後、彼は視線を横にずらしながらゆっくりと腕を下ろした。

彼にとって、沙綾とは時に最大の起爆剤となり、同時に最大の鎮痛剤となる。"沙綾が悲しむ"、この言葉が決めてとなったのだ。

 

周囲に散乱した火のついた木がパチパチと鳴る音だけが聞こえる。

 

「…悪かった……」

 

誰とも目を会わせないまま小さな声で彼は呟く。

 

「君は悪くない…今のは僕が悪いんだから…ごめん…」

 

しゅんとする丈や、一部怯える子供達に背中を 向け、メタルティラノモンはその体を一気にアグモンにまで退化させた後、今までの狂乱から一転、その瞳から再び涙を流しながら、膝を抱えてその場にしゃがみこんで泣きじゃくる。頭を少し冷した事で、今自分がした行動の重さを理解したのだ。

 

「…ごめん…グス…マァマ……ひっく……」

 

沙綾の目的を破綻させかねない行為、自らの仲間を裏切る行為、そして彼女の安否。

アグモンの頭の中は既に整理のつけようがない。

 

危険が去った事で、ガルルモン達もそれぞれ成長期へと退化する。先程撥ね飛ばされたトゲモン達も、目立った傷はなく、ガルルモン達に続くようにその身を成長期へと戻す。だが、

 

「…………」

 

子供達も含めて、誰一人彼を責める者はいないが、同時に、誰一人として今のアグモンに掛ける言葉が見つからない。

 

「…本当にごめん…アグモン……」

 

自らの軽率な発言を悔やむ丈の小さな声だけが、夜の闇に響いていくのだった。

 

 

 

 

 




まだ後半月以上あるのに既にアグモンが限界です。

メタルティラノモンの状態で彼がキレるのは何気に始めてですね。

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