クロックモンパートです。
太一と沙綾がデジタルワールドから姿を消して5日後、
破壊された電話ボックスの転がるファイル島の浜辺で、クロックモンは何時もと同じように腕を組んで悩んでいた。
(この島の大方を見て回りましたが、今のところヒントはなしですか……)
よく晴れた空の下、目の前に広がる大海を見つめて彼はため息をついく。
古代の遺跡の探索を終えた後も、彼は『革新的な方法』を求めてこの島のあらゆる場所を訪れた。
流氷の浮かぶ雪原、強い日射しが照りつけるピョコモンの村、元々バケモンの縄張りであった古い教会、多くのデジタマが並ぶ始まりの街、そして、島の中心にそびえるムゲンマウンテン。
しかし、いずれの地域でも彼のヒントになるものは得ることは出来ず、次なる手として、クロックモンは沙綾達が向かうと言っていた"海の向こうの大陸"に自らも旅立つ決意を固めたのだった。
だが、
(さて…問題はどうやってこの海を渡るかですが……)
勿論、マシーン型のデジモンであるクロックモンに地力で海を渡る術はない。彼は沙綾から借りている小説をパラパラとめくる。
(この小説には皆で小さな"舟"を作り、それに乗ってこの島を出た、とありますが……私に出来るでしょうか…)
悩むクロックモンであるが、この間まで一人隠れて過ごしていた彼に"水性型デジモン"の知り合いなどはおらず、だからといって此処で諦める訳にもいかない。考えたところで他に手段を思い付かず、結果、クロックモンは"舟"作りに挑戦することを決めた。
「ふぅ……」
(仕方がない…森に行けば手頃な木は沢山あるはず…時間はかかるかも知れませんが、やってみましょう。)
軽いタメ息の後、彼はどこまでも続く海に背を向け、一人近くに広がる森へと歩き出すのであった。
「ふむ、この木なんかは良さそうですね……ふっ!」
海岸近くの森の中へと入りしばらく歩いた後、クロックモンは、そこに立つ手頃な木の幹に向け、己の武器である鉄製の槌を勢いよく打ち付ける。しかし、
「……………」
ドゴっという音と共に槌は木を揺らし、葉がふるうが、折れるには至らない。
単純に力が足りないのだ。
ドゴッ、ドゴ、ドゴ、と、彼が何度も武器を木に叩きつけても、やはりそれが倒れる気配はない。
(…なんとも情けない……)
クロックモンは頭を抱える。
世界に影響を与える力を持ちながら、沙綾を助ける手段どころか、木の一本すら満足に倒せない自分に、彼は呆れるしか出来ない。
それでも、諦めず何度も何度も木に衝撃を与え続け、ようやく一本の木が傾き始めた。そんな時、
「何をしているのだ?」
「!」
不意に背後から自分に声を掛けてくる存在に、彼は内心肝を冷やす。慌てて振り返り防御の姿勢を取るクロックモンであるが、
「すまない。驚かすつもりはなかったのだ…ただ、近くで何かを叩く音が聞こえたので来てみただけだ」
目の前に立つそのデジモンの姿を見た彼は即座に姿勢を戻す。理由は簡単、"このデジモンがいきなり襲ってくる事などありえない"からである。二人は初対面であるが、クロックモンは彼の事を知っている。
鍛え上げられた逞しい肉体。
腰に携えた名剣。
そして、彼を象徴する気高いたてがみ。
ファイル島のデジモンならば、恐らく誰もが知っているこの島の勇者。
「レオモン…ですか」
クロックモンは安堵の表情を浮かべてレオモンと向き合う。
「ああ、そうだ…君は見慣れないデジモンだが、此処で一体何をしているのだ?」
クロックモンとは違い、レオモンは一定の警戒は保ったまま質問をする。平和が訪れたとは言え、まだ油断出来るものではない。正義感の強い彼は、見慣れないデジモンが森の中で何をしてるのかが気になったのだろう。
レオモンの性質を知っているクロックモンは特に隠す事はせず、此処にいる目的を話す。
「はい、"舟"を作るために森の木を使おうと思ったのですが、私の力ではなかなか倒せなくて…」
「舟?海を渡るのか?遠くにある大陸には、まだ暗黒のデジモンがいると聞くが…」
「はい…それでも…そこにどうしても"助けたい方"がいますので…」
レオモンの目をはっきりと見た上で、クロックモンは静かに、それでいて力強く答えた。
「助けたい方?」
「はい…しばらく前までこの島にいたのですが…」
「!」
その言葉を聞いた直後、レオモンの雰囲気が変化する。彼は目を細め、まるで何かを見定めるかのようにクロックモンを見つめはじめた。その"助けたい方"には、彼も心当たりがあるからである。しかしそれが正しければ、尚更このデジモンが"悪のデジモン"でないかを見抜かなければならないのだ。
「………君の言うその"助けたい方"とは…もしかして選ばれし子供"達"の事か……?」
「……………はい」
レオモンの質問に彼は小さく頷く。
彼は嘘をついた訳ではない。選ばれし子供と共に行動していると言う意味では、沙綾も間違いなくその内の一人である。彼女が未来人であると伏せた上で、その立場を説明することは実際かなり難しいのだ。
「理由を聞いても構わないだろうか?」
「…そうですね……詳しくは話せないのですが、"自分の過ちを清算するため"、でしょうか…私のせいで、その方は大変な重荷を背負うことになってしまった。"私が居たから"、その方は大切なものを失ってしまった。だから、私は私の出来る事で、その方の力となりたい。その方を助けて上げたいのです」
「………」
レオモンは信用に値するデジモンだと判断したクロックモンは、自身の胸の内を語る。
彼の語る内容をレオモンはうつ向いてただ黙って聞き、しばらくした後、ゆっくりと顔を上げた。
「……なるほど…君、名前はなんと言う?」
「私ですか…そう言えば名乗っていませんでしたね…クロックモンです」
「そうか…クロックモン、ならば私も手伝おう。一人よりも二人の方が早く完成するだろう」
「いいのですか!?」
クロックモンの声は思わず大きくなる。実際木を一本倒すだけでこの有り様なのだ。だが、協力者を募ろうにも、まず彼には知り合いなどほとんどいない。故に"子供達のために一度舟を作った事のある"レオモンの申し出は、クロックモンにとって非常にありがたいものであった。
「うむ、君から邪悪な気配は感じない、子供達を助けたいと言う気持ちも信用できる。私も子供達に救われた身だ。協力しよう」
レオモンがその逞しい手を差し出す。
「あ、ありがとうございます」
若干の躊躇いを見せながらも、クロックモンも自分の手を差し出した。こうして、ファイル島の太陽が真上に上がる頃、彼らによる"舟"の製作が開始されるのだった。
数十分後
「獅子王丸!」
レオモンの名剣が森の木々をいとも簡単に斬り倒し、ドスン、ドスン、という音と共に巨木が倒れる音が周囲に響き渡る。
(凄い!流石はこの島の勇者……)
その様子を、クロックモンは彼の背中越しに見ていた。
非力な彼は、力仕事に関して明らかにレオモンに劣っている。よって、木を切る事は彼に任せ、自分は倒れた木の枝を外していく役目を請け負ったのだ。
(私も頑張らなければ…もたもたしていては、結局何ヵ月掛かるか分からない)
「ふっ!」
心機一転、クロックモンは槌を振り上げ、倒れた木の枝を叩き折っていく。太い幹とは違い、細い枝はバキッと言う音を断てて折れ、数回それを繰り返したのち、立派な一本の丸太となった。
「よし、とりあえずは一本」
乱れた息を整えながら、彼は次の倒木へと足を運ぶ。
丁度その時、再び先程と同じように彼らの後方から、今度は聞き覚えのある声が上がった。
「ほう…なにやら森が騒がしいと思ったら、レオモンと……ふむ、君は以前遺跡に来たデジモンではないか」
二体は声の主を確かめるべく、作業を中断して振りかえる。そこにいたのは、クロックモンが古代遺跡で出会ったデジモン。クロックモンは軽い会釈をする。
「ケンタルモン…ですか……その説はお世話になりました。」
「二人は知り合いなのか…それより、遺跡の門番であるお前が、なぜ此処に?呼ばれた訳ではないのだろう?」
彼が守りを務める遺跡とこの森の距離は遠い。
あまり遺跡の近くから動かない彼が此処に居ることに、レオモンは疑問の声を浮かべた。
「確かに…しかし既に選ばれし子供達はあの場所で必要な情報を手にいれたのだ。たまには気分転換に外へ出ても構わないだろう」
「なるほど…」
「それより、見たところ木を斬り倒しているようだが、また"イカダ"を作っているのか?」
「?」
(……イカダ?)
聞きなれない単語に、クロックモンは困惑の表情を浮かべて停止する。だが、ケンタルモンとレオモンの会話は、疑問を挟む余地などないように続いていく
「ああそうだ…何ならお前も手伝って貰えないか。クロックモンも子供達と同じように海の向こうの大陸に渡りたいらしい」
(……えっ?舟ではなく?)
彼の提案に、ケンタルモンは少し考える素振りを見せた後、それに頷いた。
「……ふむ、これも何かの縁だ、私で良ければ手伝わせてくれ」
クロックモンの知らぬ内に、二人の話しはまとまっていく。一人取り残されたように呆然と佇むクロックモンだが、再び現れた協力者に頬が緩んだ。
「は、はい…よろしくお願いいたします」
それから更に数時間の間、作業を進めるクロックモンの前に、その後も導かれるように度々この森を訪れるファイル島のデジモン達、皆そこに来た経緯はバラバラであったが、話を聞いた後、その全てが作業を手伝うと答えたのだ。
レオモン、ケンタルモンに加え、更にメラモン、ピョコモン数匹、もんざえもん、ユキダルモンと、
加入していき、一同の"イカダ"作りは急速に進んでいく事になる。
「おいっ、そこのロープをとってくれ!」
「はい!これでしょうか?」
「木が少し足りない…メラモン、ユキダルモン、調達を頼む」
「これ、イカダに積み込む果物、私達が取ってきたの!」
「あ、ありがとうございます」
彼一人で始まった"舟作り"は、たった数時間の間に、皆が声を掛け合い、忙しく動き回る"イカダ作り"へと変貌を遂げていた
(こんなに賑やかなのは……初めてです……)
作業の合間、クロックモンは目頭が熱くなるのを感じていた。一人が嫌だった訳ではない。彼は自らの力の危険性を熟知している。しかし、だからといって一人が好きだった訳でもないのだ。
(……なんて……温かい……)
「よし…みんな、一旦休憩を挟もう」
太陽が傾き、夕日へと変わっていく頃、レオモンが休憩の合図を送る。皆それぞれの仕事を一度中断し、円になるように座り込んで談笑を始める。勿論クロックモンもその輪の中に入ったのだが、彼はここで、隣にいる一匹のピョコモンの顔に擦り傷が出来ている事に気付いた。
「おや…その傷はどうしたのですか?」
「えっ?……あっ!ホント……さっき木に登った時に切れちゃったのかな?」
「少し見せてください」
(この程度ならば、問題はないでしょう)
そう言って、彼はピョコモンの傷口にふれる。
彼の手が瞬淡く光り、そして、そのまましばらく待ったのち、クロックモンは手を戻す。するとどうだろう。
「あれ…痛くない?」
「はい。治りましたよ」
「ウソ!?……すっごーい、貴方怪我を治せるデジモンなのね!ありがとう!」
クロックモンのまるで魔法のような所業に、ピョコモンは瞳を輝かせる。無邪気に微笑むピョコモンに、彼は少し照れたような表情を見せた。
「どういたしまして」
だが、実のところ別に彼は直接ピョコモンの怪我を治したのではない。単純に『彼女の身体の時間だけを少し巻き戻した』のだ。
対象者を丸々時間移動させる事に比べると、対象者の時間だけを巻き戻す事は彼にとっては簡単な事である。
これだけ見れば、彼のこの『時間を操る力』はある意味万能の蘇生術のようにも思えるが、事実そういう訳でもない。
何故ならば、デジタルワールドはその特性上、致命傷を負うと即座にデータが分解されてしまう。当たり前だが"対象者"が居なければこれは成立しない上、沙綾のような特殊な存在を救う事も出来ない。勿論自分が致命傷を負った場合も同様である。
それに加え、目立ち過ぎた行動は自分の力を悪用される事にもつながってしまう。
よって、実際の所は『使いがってのいい治療法』程度の事しか出来ないのだ。
「ほう…変わった力を持っているのだな」
レオモンを含む全員が、今の光景に関心を抱いたようにクロックモンを見る。
「いえ…大した事は出来ませんよ…」
「いや、その力があれば、君はきっとその"助けたい方"を救えるだろう」
「……」
レオモンはクロックモンを励ましたつもりなのだが、彼は少しの愛想笑いを浮かべただけに止まった。
「さて!皆休憩は終わりだ、そろそろ始めよう」
レオモンが立ち上がり、それに引き続いて皆腰を上げ、再び作業に戻っていく。
「頑張りましょ、クロックモン」
「はい、ピョコモン達も、ありがとうございます」
クロックモンもまた、先程と同じく槌を持って一つずつ木の枝を外していく。
彼一人で数ヶ月掛かる事を覚悟していた"舟作り"は、皆の協力に加え、作成するものが彼の知らぬ内にイカダへと変更されていた事もあり、なんと日を跨がずして完成したのだった。
そして次の日、
(…成る程…見れば見るほど……立派な"イカダ"ですね…)
朝、海岸に浮かぶ完成した実物を前に、一同が達成に満ちた表情を浮かべる中、クロックモンはほんの少しの苦笑いを浮かべる。だが、彼は落胆している訳ではない。
(…それでも、こんなに沢山の方々が私のために…私のわがままに付き合って下さったなんて……)
今の彼にとっては、舟の安全性の問題よりも、まず、得たいの知れない自分のために、多くのデジモン達が協力をしてくれた事による感激の方が勝っていたのだ。
「皆さん…ありがとうございます…こんな見ず知らずの私のために……」
躊躇うことなくイカダに乗り込んだクロックモンは、昨日と同じく熱くなる目頭をがまんし、皆に向けて精一杯の感謝を込めて頭を下げる。
「気にする必要はない。昨日も言ったが、君から邪悪な気配は感じない。
我らは同じ島に住む"仲間"、"同族"なのだ。困ったことがあれば頼るがいい」
「!……ッ」
だが、皆を代表して話すレオモンのその言葉に、彼の感情は呆気なく限界を向かえてしまった。
片手で目元を押さえながら、言葉が旨く出てこない変わりに、彼は皆にいっそう深く頭を下げる。
「……は…い……本当…に…ありがとう……」
沙綾達がこの島を出航してから半月以上が過ぎたこの日、彼もまた、ファイル島のデジモン達に見送られながら、この島を後にするのだった。
何気に結構大切なこの話、
最初は、イカダと舟の認識の違いによるギャグを中心に進めていくつもりだったのが、気が付けばこんな感じになっていました。
まあ伝えたい事に変更はないので問題はないでしょう。
後レオモンの二人称が『君』となっていることに若干の違和感があるかもしれませんが、『初対面でお前と言うのも変かな』と思ったのでこうしただけです。深い意味はありません。