君達が"仲間"で良かった
「…うぅ…マァマー!……居たら返事してよぉ…… 」
現実世界とデジタルワールドを繋ぐゲートが閉じ、静寂に包まれた夕方の砂漠で、アグモンは目に涙を浮かべ、沙綾を探して歩き回っていた。ずっと隣にいてくれた存在が消えてしまったのだ。今の彼はまるで親とはぐれた幼い子供のようである。
(………ボク…これからどうすればいいの…)
昨日の夜の話から、彼女が太一と共に現実世界に行ってしまった事だけはアグモンにも理解できる。
オモチャの街ではぐれた時とは違う。彼女は今、彼がどれだけ探そうと絶対に見つける事は出来ないのだ。
しかし、それを理解して尚、彼の足が止まることはなかった。"もしかしたら"と、そんなあり得ない希望を抱いてアグモンは沙綾を探す。
「マァマ…ボクは此処だよぉ…」
「光子郎…そっちはどうだった?」
「…いえ…僕達の方には……丈さんは…?」
「…こっちも駄目だ…全然見つからない…」
三人がゲートの向こう側へと消えた後、直ぐに子供達は彼らを探して周辺の捜索を開始した。
この砂漠にくる際に、光子郎がパソコンを使って、"空間同士を繋げる"という技術を見せた事から、あのゲートも同一の物ではないのかと考えたからである。
だが、捜索開始から数時間が経過しても依然彼らは発見できない。比較的近場を探していたヤマト、光子郎、丈、パートナー達が一度集合してみるも、お互いになんの手掛かりも掴めずにいた。
「太一達はいったい何処に行っちまったんだ…」
「判りません……ただ、もしかしたら…ここよりもずっと遠くに飛ばされてしまったのかも……」
光子郎は腕を組み下を向いて呟く。
彼の推測は間違ってはいない、だが、まさか三人が世界を越えて移動してしまったなどとは知る由もないのだ。
「とにかく、空君が戻って来るまで、僕達はこの辺りをしらみ潰しに探していこう。今はそれしかない」
丈の言葉頷いた後、再び皆はバラバラに太一達を探し始める。
しばらくして、バードラモンと共に遠方の探索に出掛けていた空、ミミ、パルモンが帰ってくるも、やはり結果はヤマト達と同じであった。
「ごめんなさい…」
「……空達の方もダメか……ふぅ…もうすぐ日が沈む…今日はみんな疲れてるだろうから、一旦休んで、また明日みんなで探そう」
「そう…ですね…テントモン達も連戦でかなり疲れてる筈ですし…」
皆の体力を考慮し、ヤマトはひとまずここで三人の捜索の中断を提案し、『自分達まで倒れてしまっては仕方がない』と、渋々ながら皆はそれに頷いた。
「マァマ……何処にいるの…返事してよぉ…」
「…アグモン…貴方も今日は疲れてる筈よ……沙綾ちゃんなら大丈夫だから、今日はもう休みましょう」
涙声でトボトボと歩くアグモンの肩に手を置き、空が優しく声をかけた。しかし、
「うぅ…もうちょっとだけ……」
「アグモン……」
日が沈みかけ、これ以上の捜索は危険だと皆が判断しても、アグモンは沙綾の名前を呼びつける。三人の行方を知っている彼が、皮肉にも最後まで"見つかる筈のない"彼らを必死に探していたのだった。
そして夜
星空が広がり、夜にしては明るいこの砂漠で、子供達は火を炊き、それを囲うようにして一行は腰を下ろした。
連日続いた戦いの疲労からか、アグモン、トコモンを除いたパートナー達は直ぐに眠りに落ちる。
「明日は此処を離れて、もっと遠くの方を探さないか?」
「…そうね…これだけ探して見つからないんだから、きっと別の場所に飛ばされてるのよ」
「僕もそう思います。」
周囲の探索をほとんど終えた子供達は話し合いの末そう結論を出し、明日の朝、この場所を移動することを決めた。だが、子供達自身も度重なる状況の変化からか、皆の顔には疲れが見えており、次の方針を決めた後、しばらく無言の状態が続く。
やがて、沈黙に耐えられなくなったのか、丈がため息まじりに口を開いた。
「はぁ…エテモンがいなくなったと思ったら、太一達までこんな事になるなんて…いつになったら僕達は帰れるんだろ……」
「やめないか丈…俺達より、今一番辛いのは沙綾のアグモンなんだ…」
「あっ…ごめん、そんなつもりじゃ……あれっ……沙綾君のアグモンは?さっきまで居た筈だけど…」
丈は首を左右に降ってアグモンを探すが、焚き火の近くに彼の姿は見えない。火を起こし始めた時には居た筈の彼が、いつの間にやらいなくなっていたのだ。それだけではなく、
「ガブモンもいないぞ!」
火から少し離れた場所で固まって眠っているパートナー達の中で、ヤマトはガブモンの不在に気付く。
「探しましょう!エテモンがいなくなっても、夜に出歩くのはやっばり危険です」
子供達は再び腰を上げ、それぞれのパートナーを起こした後、バラバラにならないようまとまりながら、二匹を探すために動き始めた。
(マァマ……今頃何してるのかな……)
一方のアグモンはその頃、皆の輪を外れ、冷たくなった砂の上に腰を下ろして空を見上げていた。
激しい心細さに変わりはないが、気持ちは先程よりは少し落ち着きを取り戻している。
彼にとって唯一の救いは、少なくとも沙綾が無事でいると分かっている事であろう。
(……くじけちゃダメだ…きっと…直ぐに会える……)
沈みそうになる気持ちを抑え、アグモンは沙綾が巻いてくれた右腕の包帯に視線を移す。彼女がいなくなってもしまった今、彼にとってはこの"ピンク色の包帯"だけが沙綾を感じる事が出来る唯一の物なのだ。
包帯を見つめ、アグモンの気持ちが少しだけ温かくなる
そんな時、彼の耳に自分の方へと近づいてくる一つの小さな足音が聞こえてきた。
(?)
敵かと思い一瞬警戒するアグモンであったが、それにしては動きが遅い。では敵でないとしたら、こんな夜にわざわざ自分に近づいてくる人物を彼は一人しか知らない。
(まさか!)
"もしかして"と、アグモンは期待を込めて勢いよく後ろを振り返る。しかし、
「マァマ!良かっ………」
彼の声は途中から一気に小さくなっていく。それもそうだろう。そこにいたのは沙綾ではなく、
「ごめん…俺だ…」
ヤマトのパートナーであるガブモンだったのだから。
明らかな落胆の表情と共に、アグモンは再び前を向いて座り直す。正に天国から地獄へと突き落とされたように、持ち直した心が再び沈んでいく。
「隣…いいかい…?」
「……うん…」
「ありがとう…」
短い会話の後、ガブモンは彼の隣に座り込む。だが、特に何かをする様子はない。
「ガブモン…何しに来たの…?」
アグモンにしては珍しく、その言葉には少しトゲがある。
実際、ガブモンはある意味彼と沙綾を離れ離れにした元凶と言える。勿論それが悪意のない行動であることは分かっている。だが、沙綾という大きな存在を奪われた事に変わりはない。無事でいることが分かっているが故に攻撃したりはしないが、もしあれが彼女の命に関わる事ならば、ゲートが消えた時点で彼を八つ裂きにしていただろう。
ガブモンは一呼吸おいた後、ゆっくり口を開く。
「いや……アグモン…やっぱり怒ってるかなって……俺、謝りたくて…その…ごめん」
「…別に…怒ってなんか…」
アグモンはガブモンと目を合わせず、横を向いて突き放すような答えを返す。そこで会話は終了し、二人の間に気まずい沈黙が流れた。
「…………」
「…………」
何もない時間が過ぎていく。その間、隣にいるガブモンを無視して、アグモンは下を向きながら一人沙綾の事を思い返していた
しばらくした後、今度はガブモンから話を切り出しす。
「……俺…思うんだ…」
「…何を……」
下を向いたまま話すアグモンに対し、彼は空を見上げながら意を決して、静かな声でその胸の内を話語りだす。
「俺達"パートナーデジモン"は、自分のパートナーを守るためにいる…それを一番に考えなきゃいけない…でも…それを分かってて、俺は君の邪魔をしちゃった…もしあの時飛び出したのがヤマトだったら…俺も君と同じ事をすると思うのに……だけど…やっぱり一緒に旅した"仲間"を危険にさらしたくないとも思ってしまう…特に君には、何度も危ない所を助けられてるから…」
パートナーを守る、仲間も守りたい。
「………」
彼の言葉にアグモンは何も答えない。
なぜなら彼の話す内容は、アグモンにも心当たりがあるから。
(ゴツモン…ベタモン…)
未来の世界で自らがロードした二匹の親友を思い出す。
何度彼らに救われ、何度彼らを救いたいと願ったか。
「でも、俺のした事は結局君を落ち込ませただけ…それじゃ意味ないよね……こんな事言っても仕方ないかもしれないけど、沙綾が帰ってくるまで、俺達で君を支えるから…だから…その…許してくれなくても、君は俺達の大切な"仲間"だから……」
少しだけ涙声になりながらも、ガブモンははっきりと最後までいい通す。アグモンは仲間だと、
それは未来の世界においても聞いた事のある言葉
「…ガブモン……」
彼の想いの籠った言葉に、アグモンは今まで感じていた"悲しみ"や"寂しさ"、彼に感じていた"怒り"が薄れていくのを感じる。アグモンは立場を変えて考えてみた。
もし同じ状況で、飛び出したのがゴツモンやベタモンだったら、自分はどうしただろうか。
得たいの知れないゲートに向かおうとする"仲間"を、果たして見ているだけなど出来るだろうか。
(……そうだよね…ボクだって…同じ事をする…そんなこと…分かりきってるのに…ガブモンは…ただボクの事を心配しただけなのに…ボクは……)
「…ごめんね…」
顔を上げ、アグモンは先程から合わせようとはしなかった目を、ガブモンへと向ける。以前の沙綾と同じように、彼もまた今の言葉で本当の意味で彼らの想いを自覚したのだ。同時に、さっきまで彼に検討違いの"怒り"を見せていた自身を恥じる。
「ガブモンは……何も悪くない……」
「えっ?」
「ボクの事…心配してくれたんでしょ…ありがとう…君達が"仲間"で良かった…」
せっかく乾いた涙が再び流れ出す中、アグモンは包帯の巻かれた右腕を差し出す。そして、一瞬驚いた表情を見せた後、
「うん…俺達は…仲間だ!」
ガブモンも右手を出し、綺麗な月が顔を覗かせる中、二匹は固い握手を交わした。強く握る手に懐かしい"友"を感じながら、今はいないパートナーに心の中で語りかける。
(…マァマ…ボク…こっちでもゴツモン達と同じぐらい…いい仲間が出来てたみたい…)
一人で膝を抱えていた時には感じていた心細さは、既に彼の心からは消えていたのだった。
その後、心配をした子供達がたいまつを片手に、アグモン達の元へと駆けつけ、全員で元の野営地点にまで戻る事となる。
道中、一行は先程までと雰囲気の変わったアグモンに安心の表情を浮かべるのであった。
だが、まさかこの先二ヶ月以上沙綾達を見つける事が出来ないなど、アグモンも含め、彼らはまだ知らない。
ガブモンって凄くいいデジモンだと作者は思っています。アドベンチャー内でも一番"やさしい"パートナーは彼ではないでしょうか。