オリジナルとなるピッコロモンとの修行回です。
「スラッシュネイル!」
夕暮れの森の中、風船を狙って鋭利な爪を降りおろすティラノモンとそれを止めるピッコロモンの小さな槍が衝突する。
(単純な力なら、ティラノモンの方が上だけど…)
勿論、それは相手も理解していた。
「流石に力勝負は勝てないッピ」
完全体とは言え、体格差が圧倒的に劣るピッコロモンは、衝突後直ぐに槍を引き、攻撃を受け流した後、素早く宙を舞う。
「でも、それだけが戦いじゃないッピ!」
言葉と同時に、彼はティラノモンの斜め上から、自身の魔法によって作り出された火炎弾を槍の尖端から数発一気に放つが、
「ティラノモン!後ろに跳んで!」
沙綾の指示により、ティラノモンが素早く一歩後ろへと下がり、その攻撃をさけ、さらに反撃の火炎を上空に向けて放出する。
「ファイヤーブレス!」
「甘いッピ!」
再び魔法の槍を構え、ピッコロモンは自身の前へと得意の結界を張ることで、その身と風船を守った。
(流石に完全体、風船を割るのも簡単にいかない…)
少しの間、地上からの火炎放射と、上空からの魔法の攻撃が交互に繰り返される。しかし、繰り返される攻撃は、互いの体にはなかなか当たらない。
その均衡を先に破ったのはピッコロモンであった。
「ふむ、やっぱり反応も速いッピ。でも、これならどうだッピ!」
「!」
彼は高度を少し下げ、縦横無尽に飛び回る。
森の木々を利用して此方の目を撹乱するのが目的なのだろう。小さな身体故に、ティラノモンはその動きを目で
追いきれず、首を左右に動かして辺りを警戒する事しか出来ない。
「ほれっ!」
「危ない!右に跳んで!」
ティラノモンの死角から放たれる炎に気づいた沙綾は、素早く彼に指示を飛ばし、反射で動いた彼は間一髪でそれをかわす。しかし、ティラノモンがその方向を向いた時には、既にそこにはピッコロモンの姿はない。
「後ろにいるよ!伏せて!」
沙綾のサポートが功をなし、2度、3度と放たれるピッコロモンの攻撃を、ティラノモンはギリギリで避け続けるが、二人の表情には焦りがある。
「次は左っ!」
(しまった…これじゃ反撃出来ない…闇雲に動いても攻撃を受けるだけ…でも、時間もあんまりない。)
既に戦闘開始から5分弱の時間が経過し、辺りは薄暗くなりつつある。当然ではあるが、この勝負は明かりが無くなるに連れてピッコロモンが有利になっていく。
20分という制限時間はあるが、実質的にまともな戦闘が行える時間は、それよりも少ないのだ。
(これ以上時間は掛けたくない。なら、やることは一つ。)
"まだピッコロモンが見える内に、広範囲の攻撃で動き回る彼を捉える。"それが彼女の出した結論。そして、それが行えるのは、
(進化するしかない。メタルティラノモンなら、あの程度の攻撃は避けなくてもいい。ピッコロモンは完全体だし、身を守るのも上手。大丈夫の筈)
あくまで"修行"であるためか、相手が必殺の『ピッドボム』を放ってくる気配はない。
ならばと、彼女はデジヴァイスを握りしめる。ここで勝負を決めるつもりなのだ。首を回して次の攻撃に備えるティラノモンに向けて、沙綾はその指示を叫ぶのだった。
「ティラノモン!進化して一気に決めにいくよ!」
「分かったよマァマ。よーし、行くぞ!ティラノモン、超進化!」
デジヴァイスの輝きと連動して、ティラノモンの進化が始まる。
「メタル…ティラノモン!」
何時もの咆哮と共に姿を変えたメタルティラノモンが、重量感のある音を上げて地面を踏み鳴らした。
「なんとっ!これは驚いたッピ!まさかそこまで出来るとは思ってなかったッピ。」
それを見たピッコロモンは心底驚いた顔をしているが、それも当然である。
彼の目には、沙綾が紋章の力を行使したようには見えなかったのだから。
「こっからが本番だ!行くぞピッコロモン!」
「いや、今は修行中、考えるのは後だッピ。」
右腕の主砲を構えるメタルティラノモンを見て、ピッコロモンは即座に先程と同じように高速で移動を始める。
徐々に視界は悪くなるが、沙綾達の目には、まだ辛うじて彼の姿は確認できた。
「直撃は狙わないで!巻き込むだけで十分だから!」
その指示にメタルティラノモンは頷き、構えをそのままに相手の出方を伺う。攻撃を避けるつもりは、もう彼らにはない。
(ピッコロモンが技を撃ってきた瞬間に、その方向にミサイルを打つ。)
時間は残り10分程、内、彼を目で追える時間は、恐らく3分程度であろう。砂漠から動き続けたメタルティラノモンの体力を考えても、この攻撃は外したくはない。
素早く飛び回るピッコロモンでも、自身の技を当てるためには減速をする必要がある。そこを狙い打つのだ。
そして、
「ほれっ!」
森の木々を縫うように炎が放たれる。神経を集中させていたメタルティラノモンは、すかさずその方向へと向き直り、右腕に力を込めて己の必殺を放つ。だが、
「ギガ、デストロイヤー!」
「待って!」
沙綾の制止は本の一歩間に合わず、彼の右腕からはミサイルが放たれる。
"森の木々以外には何もない場所に向かって "打ち込まれたミサイルは、激しい音と共に周囲を巻き込んだ。
(やられた……読まれちゃったみたい…)
パートナーの死角を集中的に観察していた彼女には見えていたのだ。ピッコロモンが技を放つ時、減速をせず、むしろ全力を持って加速をしたところを。
今の技に当てる気などなかった。あれはメタルティラノモンの条件反射を利用するためのフェイクだ。
「クソッ、外したのか!」
「惜しかったッピ。狙いは悪くないけど、今のは読みやすいっぴ」
黒い煙が上がる中、攻撃を見事に避けたピッコロモンは一度木の枝へと留まり、魔法の槍を振るって立ち上る炎を消したら後、沙綾達を見下ろしながら口を開く。
残り時間は後5分といったところ。しかし、既に肉眼で森の中を飛び回るピッコロモンを捉える事は出来ないだろう。メタルティラノモンの主砲も、連発の出来るものではないため、数を打つ事も不可能。副砲では攻撃範囲が足りない。
(これは…もうお手上げかな…)
悔しそうに肩を落とし、沙綾は両手を上げて、ピッコロモンに"降参"の意を伝えるのだった。
「そういう事で、君達の負けだッピ。出直して来るッピ!」
「うぅ…」
「ごめんねマァマ…」
ピッコロモンは温かみのあるデジモンであるが、その言動には容赦がない。暗がりの中、一通りの説教を終えたのち、彼はその言葉でこの修行を締め括る。
判断ミスによって勝機を逃してしまった二人にとっては、彼の言葉は耳が痛い。
「まあでも、驚かされたのは間違いないッピ。一つ聞いてもいいかッピ?」
「うん、"何でティラノモンが進化出来るのか"でしょ。」
「そうだッピ。」
ピッコロモンは頷き、沙綾は子供達に説明した内容と同じ事を彼に話し始めた。
「なるほど、そんな事が合ったのかッピ。」
事情を理解したピッコロモンは一度頷き、何かを納得したようにもう一度大きく頷いた。
彼もまたゲンナイと同じく、選ばれし子供達については詳しい。彼と同じ勘違いを起こすと分かっていて尚、それを訂正出来ない事に、沙綾は申し訳なさを感じるのだった。
「そろそろ子供達の掃除も終わってる頃だッピ。戻ってご飯にするッピ。」
説明を終えた後、ピッコロモンは思い出したかのように口を開く。説教を含め、説明と質問に時間を取られた事もあり、彼の住居を出てから、もう既に1時間以上の時が過ぎようとしていたのだ。
「連れてってくれるんだよね。もう階段登るのはごめんだよ。」
もう今日は疲れたと、沙綾は期待を込めてピッコロモンへと問いかけるが、返ってきた答えは無情なものだった。
「何をいうッピ。そんな事は勝負に勝ってからいうッピ」
「えっ、嘘!ねぇちょっと、待ってよ!話が違うじゃない!」
「そうだよ!連れてってよ!」
「ご飯が冷めない内に早く登って来るッピ!」
沙綾達を残して、ピッコロモンは一人飛び去っていく。
飛べない二人は、遠ざかる彼の背中に、ただひたすら罵声を浴びせる事しか出来ない。彼がいなくなった後、彼女達はしばらくその場で立ちすくんでいたが、やがて、何かを諦めたようにトボトボと、再び気の遠くなる階段を、一段一段と登って行くのだった。
「はぁ…何よ、結局はこうなるの…」
「マァマ、どうしよう…登りきれそうにないんだけど…」
ため息を漏らしながら、二人は真っ暗の山道をゆっくりと登って行く。空腹で途中で座り込み、ただをこね始めるアグモンを沙綾が励まし、二人が頂上へと戻ってくる頃には、既に夕飯どころか、皆は就寝する準備をしていたのであった。
こんな感じになりましたが、いかがでしたでしょうか。
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