進化までたどり着けなかったです。
書いている内に段々長くなってしまいました。
コロモンの村でのエテモンの襲撃から逃れたら選ばれし子供達は、その後コロモン達と別れ、再びサーバ大陸を歩く。
村で見たエテモンの力に、一行は弱気になるが、最後に紋章を手に入れた太一だけは、打倒エテモンに向け、一人意気込みを見せていたのだった。
「もう食えないよー!」
「いいから食えったら食え。皆が貴重な食べ物をくれたのは、お前の進化に期待してるからなんだぞ!」
「上げたと言うより、取られたって感じだけど…」
広い砂漠にポツンとあるオアシスで、太一がアグモンの口に大量の食料をねじ込んでいる。
それは、更なる進化に相当なエネルギーを使うと踏んだ彼なりの作戦ではあるのだが、
「ねぇマァマ、あれでホントに進化出来るの?」
明かに苦しんでいる様子の同族に、沙綾のアグモンは疑問の声を上げた。
「うん…一応…ね…」
皆には聞こえない程度の声で沙綾は答えるが、どうにも歯切れが悪い。
それもそうだろう。こうしてアグモンを追い詰めた結果、彼は一時とんでもない化物へと進化してしまうのだから。
(止めてあげたいけど、この場は我慢しなくちゃ…まだ…何も起きてないんだから…)
「でも、流石にかわいそう…」
それでもやはり、苦しそうに食べ続けるその姿は見ていて気持ちのいいものではなく、彼女は思わずそう呟く。
太一以外の恐らく全員が、沙綾と同じ考えのようで、口々にアグモンを労る声がするが、現状、エテモンに対抗出来る手段が他にないため、誰もそれを止める事はしなかった。
「紋章を手に入れてからの太一、なんだか人が変わっちゃったみたい…」
「そうだね、なんだか、焦ってるみたいにも見えるし。」
付き合いの長い空は、今の太一を見てそう評価し、側にいた沙綾も、それに相づちをうつ。しかし、
「うん、でも、そう言う沙綾ちゃんも……」
「えっ?」
寂しそうに此方にふりむいた空に、"どういう事"、と聞き返そうとする沙綾だが、彼女が口を開きかけた時、今までその場に寝転んでいた丈が、急に大声を上げた。
「あっ! 僕のタグが光ってる!」
「本当かっ?」
太一と彼のアグモンも含め、全員の意識がそちらに流れてしまったのだ。タイミングを逃した沙綾は。結局空からその言葉の意味を聞き出す事は出来なかった。
(空ちゃんには、私も焦ってるように見えたのかな、落ち着いて行動してるつもりなんだけど…)
「どうしたのマァマ?何か気になるの?」
「いや、何でもないよ。大丈夫。」
丈のタグの反応を辿り、一行はオアシスから砂漠の中のコロッセオへと移動する。沙綾は先程の空の言葉が頭の中で引っ掛かるが、この先起こることを考えると、その事ばかり考えている訳にはいかない。
何故なら今回、彼女が行う歴史への介入、それは、
(スカルグレイモンの暴走の被害を、どれだけ少なく出来るか。)
小説では、太一の"間違った勇気"がスカルグレイモンを生み出してしまうのだが、彼女がこれを止める事はない。
彼はこの"間違った勇気"を知り、"真の勇気"にたどり着くのだ。その切っ掛けを潰す、言い換えれば、原因を潰す事は出来ない。
ならば、沙綾に出来ることは必然的に、スカルグレイモンのエネルギーが尽きるまで、味方への被害を抑える事となるのだが、
(スカルグレイモンは完全体、しかも間違ってるといっても紋章の補助も受けてる。)
この時代、完全体以降の進化には、多くの時間を費やして力を付けることが必要であるが、紋章の力を使えばこの限りではない。
これはデジモンに足りない力を、その紋章に対応するパートナーの"気持ちの強さ"で一時的にブーストさせる効果を持つ、それによって、完全体への進化条件を無理矢理満たす事が出来るのだ。しかし、自身のスペックを大きく越えた力を得るため、エネルギー切れを起こしやすく、長時間の戦闘には向いていない。
研究が進んだ未来では、広く知られた知識である。
(いくら強化されたティラノモンでも、まず押さえ込めない。囮になって逃げ回りながら、エネルギーが切れるのを待つしかないかな。)
「ねえ、沙綾ちゃんも、サッカーやらない?」
「えっ!? あっ、ごめん、何?」
「一緒にサッカーしないか、人間チームとデジモンチームに分かれて。」
「サッカー? 」
腕を組んで一人これからの作戦を考えるこむ沙綾に、空とヤマトが声をかけてきた。このコロッセオの中には、都合良くボールが一つと、ゴールネットがちょうど二つある。少し息抜きをしようという空の提案なのだが、残念ながら、太一によって、それは阻まれる事になってしまった。
「こんな時にサッカーなんて、よくそんなことが言えるな!状況を考えろよ!」
転がって来たボールを場外へと蹴りだし、太一が怒鳴る
。事実、彼の言うことは最もであるため、皆は落ち込むが、抗議の声は上げない
「まぁ今は先に丈さんの紋章を探してからにしない?」
(私もサッカーって気分じゃないしね。)
沙綾自身、走る事は得意で運動神経もいいのだか、後の事を考えると気分が乗らず、この点のみ、太一の味方につく事にする。
「ほら、沙綾もこう言ってるんだ。早く紋章を見つけてここから出るぞ!」
(どっちにしても、ここでサッカーなんて出来ない。だって)
沙綾は心の中で呟く、同時に、まるで図ったかのようなタイミングで、彼女達の頭上のオーロラビジョンが点灯、一度聞けば忘れる事のないあの独特な声が、コロッセオ全体に響き渡ったのだ。
「おーほっほ!あちきってグレイトォ!」
「キャー!」
恐怖の対象がいきなり巨大な画面に写し出されたのだ。当然、皆はパニックに陥る。
「アグモン、みんなについてくよ!来て。」
「う、うん、分かった。」
少しでも距離を取ろうと反対側のゴールネットまで子供達と沙綾、アグモンは後退するが、それは相手の罠、ネットが倒れ、太一のアグモンを除く全員が、自ら捕らわれに行った形となってしまう。実際の所、内2人は"本当に自ら捕らわれに行った"のだが。
(とにかく、今はみんなに会わせて、ここから出てからが勝負。)
「こないな檻で閉じ込めたつもりかいな。」
テントモンがネットを引きちぎろうと前に進むが、沙綾によってそれは止められた。
「ストップ!」
「どないしたんでっか?沙綾はん。」
「細工が無い訳ないでしょ。こんなすぐ千切れそうなネットに。」
片手を出してテントモンを静止させ、沙綾は画面に写るエテモンに目を向ける。
「小娘の癖によーく分かったわねぇ、誉めてあげるわぁ。そう、この檻には高圧電流が流してあるの。逃げられるとは思わないことねぇ、ホントはあちきが直接そっちに言ってあげたいんだけどぉ、ほら、スターって忙しいじゃない。だーかーら特別ゲストを用意したの。カモーン!」
直後、オーロラビジョンの真下から、反対側のゴールネットを踏み潰し、それは現れた。
「グ、グレイモン!」
黒い首輪をはめられたグレイモンの登場に、一同は驚くも、太一は即座に一匹だけ罠に掛からなかったアグモンを進化させ、それに対抗する。
しかし、オアシスで必要以上の食料をとったことが原因だろう。その動きは何時もより鈍く、徐々に追い込まれていく。
その間、捕らわれた子供達は地面に穴を掘ることで、檻からの脱出を測る。幸運にも、真下に丈の紋章があった事で、一行は地下へと落下。コロッセオのスタンドへと繋がるトンネルを進み、再び地上に帰って来ることが出来た。
しかし、一人戦うグレイモンの状況は先程よりも悪化しており、方膝を付き、今まさに敵がトドメの『メガフレイム』を放とうとしていたのだ。
「グレイモンを進化させるチャンスなんだ!離してくれ空!」
空の静止を無視して、太一は走り出す。光子郎も言っていたが、デジモンが進化しやすい状況の一つは"パートナーが危機に陥った時。"それを試すため、彼はなりふり構わず敵へと突撃したのだ。
「お前なんて怖くないぞ、やるなら俺からやれ!」
攻撃を阻まれた敵のグレイモンが太一へとふりかえる。
「ピヨモン、太一を助けて!」
「ガブモン、行くぞ!」
(出来ればここにいて貰いたいんだけど…仕方ない……)
空とヤマトがそれぞれのパートナーを成熟期へと進化させ、グレイモンへと向かわせるが、沙綾はそれを止めない。"仲間を助けるな"など、彼女には口が裂けても言えないからである。
「俺はお前を信じてる。進化するんだ!グレイモン!」
太一が叫ぶ、彼のデジヴァイスと紋章が怪しく輝き、遂に、グレイモンの回りにどす黒いオーラが立ち上る始めたのだ。
(ここからが私達の出番、ティラノモンに時間を稼いで貰う間に、私がみんなを避難させる。)
それを確認した沙綾は、そっと自分のアグモンへと語りかける。
「アグモン、行ける?」
「うん。いつでも大丈夫だよ。」
「これからグレイモンが間違った進化をするの。貴方にはグレイモンのエネルギーが無くなるまで、暴走する彼を引き付けて貰いたいんだけど、」
「分かったよマァマ。」
「いい。絶対に無理はしないで。あくまで時間稼ぎだけだよ。向こうのエネルギーはそんなに長く持たないから、引き付けて逃げてを繰り返して。スピードと小回りは今のティラノモンの方が上だから。」
「近くで逃げ回ればいいんだね。」
「うん。まず太一君をあそこから遠ざけないといけないから、途中まで私を乗せていってね。」
やがて、グレイモンが雄叫びと共に、その身体を完全に変化させる。
巨大な骨だけの身体、破壊の意思のみを宿した目、脊髄に搭載された凶悪なミサイル、
「これが、グレイモンの進化した姿……」
「あれ、スカルグレイモンやないか!とんでもないもんに進化してもうた…」
「行くよ!アグモン」
グレイモンの進化の完了と同時に二人はスタンドから勢いよく飛び出し、一瞬で進化を果たしたティラノモンの背中へと沙綾は飛び乗る。
「丈さん!みんなを連れて地下に戻って隠れてて!ここにいると巻き沿えになるよ!」
「待って、まだ太一が!」
「仲間を見捨てて行ける分けないだろ!」
「太一君は私が連れてくるから!」
スカルグレイモンが敵のグレイモンを必殺のミサイルでオーロラビジョンごと消し去る。そんな中、ティラノモンは沙綾を乗せ、目の前の驚異に目指して走り始めるのだった。
「沙綾ちゃん…また一人で…これじゃ太一と同じよ!」
遠ざかる彼女に向けて空は叫ぶが、ミサイルの爆発音に書き消され、その声は届かない。
オアシスで空が言おうとした事は、"沙綾も太一と同じく、焦っているように見える"、ではない。"一人で全部抱え込む姿が今の太一と同じ"、という事なのだ。
これからの行動を考える彼女を、あえて邪魔するようにサッカーに誘ったのはそのためだ。
「トコモンを助ける時も、誰も起こさないで一人で行っちゃうし。」
「そうだな。俺達は、沙綾に助けられてばかりだ。」
「デビモンの時だって、沙綾さんが助けてくれなかったら、僕とパタモンは死んじゃってた。」
「沙綾君は隠れてろって言ってたけど、」
「沙綾さんだけに何もかも押し付ける訳にはいきません。」
「私もそう思う!」
沙綾は一つ、気づいていなかった。
それは、"この旅での彼女と子供達との認識の違い"である。
沙綾から見れば、彼女は何度か無駄に彼らの危機を煽ってしまった事がある。エンジェモンを間接的に殺したのも沙綾だ。それ故に彼女はどうしても子供達に対して負い目を感じていた。
一方、子供達から見たならば、それはどうなるか。
元の歴史を知らない彼らにとって、沙綾の行動は的確で、アンドロモン戦から始まり、この間のトコモンの件まで、常に皆を助け続けたのだ。デビモンの手から身を呈してタケルを守ったのも彼女である。
知らず知らず、沙綾は皆の信頼を集めていた。
その認識の違いがあるからこそ、『仲間を助けたい』彼女は、『仲間が自分を助けに来るかも知れない』と言う考えに至ることがなかった。
皆の事を考えていた沙綾自身が、逆に皆の気持ちを考えてはいなかったのだ。それが彼女の誤算。
「行きましょうみんな!太一と沙綾ちゃんを助けるために!」
空の言葉を合図に、丈、ミミ、光子郎が即座にパートナーを成熟期へと進化させる。
沙綾の思惑とは裏腹に、全員は一斉にスタンドから飛びだしていくのだった。
色々と複雑な状況になってきました。
沙綾の思いと子供達の思い、それからクロックモンの思い、
皆様に伝わるように書けているかが心配です。