沙綾と選ばれし子供達がファイル島を出発してから、今日で5日目、遂に一行はサーバ大陸へと足を踏み入れた。
ホエーモンが去り際に言っていた『近くにコロモンの村がある』、という言葉を頼りに、子供達は村がある方角を目指す。
しばらく歩くと、前を歩く太一と彼のアグモンが、広い荒野の中に一部、木々の生い茂る森を発見するのだった。
「コロモンかー、懐かしいね。」
「そうだねー、ボク、あれから強くなったでしょ?」
「うん。凄く強くなったよ。」
沙綾とアグモンは皆に続いて歩きながらそんな会話をする。
思い返してみれば、2年前、まだ冒険というもの全く知らなかった彼女は、ボタモンから進化したばかりの彼を連れて初めて"始まりの街"を出た。
当然、外の世界は沙綾とコロモン一匹で何とかなる訳もなく、彼女は何度もコロモンを抱えて野生のデジモンから逃げ回る日々が続く。
沙綾の足の速さや、逃走のための奇策、的確な判断力は、主にこの日々のおかげで養えたといっていいだろう。
そして、現アグモンの沙綾に対する絶対の信頼も、この日々の中で、彼女が唯の一度も彼を見捨てて行かなかったことに起因する。バックアップのお世話になろうとも、必ずコロモンは彼女の腕の中にいたのだ。
懲りずに何度も冒険を続けたのは、単純にそれが二人にとって楽しかったからだ
やがて、コロモンはアグモンになり、そしてティラノモンへと進化を重ね、今では沙綾を守る頼もしい存在に成長した。それでも、彼のその無邪気な性格だけは、当時から一切成長はしていないのだが。
「マァマどうしたの?ボーッとして」
感傷に浸っている沙綾を、アグモンは覗き込むように下から見上げる。思いの外長い時間考え込んでいたらしく、先程まで遠くに見えていた森が、今は目の前にまで迫っていた。
「あー、ごめんね。ちょっと考え事してたの。」
「昔の事?」
「うん。よく分かったね。」
「さっきまで、ボクも同じこと考えてたから。」
最後尾を歩く二人は、皆に聞こえない程度の声でそう話した後、共に苦笑するのだった。
一行はそのまま森の中へと入り、奥へと進んでいく。この森にはどうやら凶暴なデジモンは住み着いていないようで、戦闘を行うこともなく、子供達は森の中心にぽっかりと作られた村を発見したのだった。
「コロモンの村だー!」
「お風呂ー!」
「ちょっとミミ!待って」
村を見つけ、我先にと走り出すミミをパルモンが追いかける。しかし、
「あれっ?違う、ここ。」
「ねぇ、マァマ、ここじゃないよ。」
幾つものテントが建ち並ぶそこは、一見すると教えられた村にみえるが、二匹のアグモンは匂いに違和感を覚えたのか、それを否定した。
「そう?」
勿論、沙綾はその事を知ってはいるが、彼女が変えていいのはあくまで過程のみ、動けるのは村で"何か"が起こってからとなる。後手に回るのは嫌ではあるが、それでも、"見ているだけ"に比べれば、遥かにマシな事だと彼女は思う。
「とにかく、行ってみようぜ。」
「そーだね。ミミちゃんもう走ってっちゃったし…」
太一の言葉に沙綾を始め、全員が頷き、ミミとパルモンに続いて走り出した。
そして、
「キャーー!」
村に入って間もなく、近くでミミの悲鳴が上がる。
大量のパグモンにまるでみこしの様に担ぎ上げられた彼女が、そのまま村の奥へと運ばれて行ったのだ。
「あそこの角を曲がったわ!」
「ここはコロモンの村じゃなかったのか!?」
子供達はパルモンと合流し周囲を捜索すると、一つのテントから再度ミミの悲鳴が聞こえてきた。
「見て、ミミちゃんの帽子よ!」
「こっちにはミミさんのバッグが!」
二階建てのそのテントで、ミミの所持品が落ちているのを見つけた一行は、それを辿り、最後に二階の一室に行着いた。太一が先頭をきってその部屋へと踏み込んで行こうとするのだが、
「ここかっ!」
「ちょっと待って、太一君!」
沙綾が彼の前へと躍り出る。
この部屋の奥にミミが居ることは間違いない。しかし、彼女は太一をこの先に行かせる訳には行かないのだ。
ミミのため、そして何より太一のために。
「空ちゃん、ちょっと来て。」
「どうしたの?」
理由は至極簡単な事、太一達"男子"を部屋から押し出し、空、ピヨモン、パルモンの三人で、奥の部屋のカーテンを開ける。
「はぁ、やっぱり、危なかったねー。」
沙綾の予想通り、そこには片足をあげ、久しぶりの入浴を満喫するミミがいた。余程気持ちがいいのだろう。ご機嫌に鼻歌まで歌っているのだから。
「ミミちゃん…」
「ミミ!大丈夫!?」
「あっ! 沙綾さん、空さん、パルモンにピヨモン!見て、こんなに大きなお風呂があったの!」
嬉しそうに笑うミミに、その場にいた四人はタメ息を漏らす。特に沙綾以外の三人は、連れ去られた直後であるはずの彼女の反応に、若干呆れてもいるようだ。
「ねぇねぇ、みんなも一緒にはいりましょ」
久しぶりの入浴に気分が上がっているのだろう。ミミは三人も一緒に入ろうとせがんでくる。だが、
ギィィと、
後ろの脱衣場のドアがゆっくりと開いていく音が、沙綾達の耳に届いた。
ピンクの包帯を右手に巻いた沙綾のアグモンが、なかなか出てこない彼女を心配して中に入って来てしまったのだ。後ろには太一、光子郎も、同じく心配したのか続いて入ってくる。ここの風呂場は、脱衣場から直線に繋がっている上、そこを仕切るカーテンは、今しがた4人によって開かれたまま、それが意味する事など一つしかない。
「あっ!」
「えっ!」
「よかった。マァマ、無事だったんだね。」
予想外の光景に、太一、光子郎の二名は顔を赤くして固まるが、沙綾のアグモンにはこの状況が分かってはいない。あまりにもいつも通りな彼の姿に、沙綾は片手で目を隠して下を向いてしまった。
(結局こうなるの…)
「キャーー!レディの入浴中にっ!何入ってきてんのよ!」
ミミは近くに置いてあった洗面器などを、手当たり次第に彼らに向かって投げていく。
反射的に身体を伏せたアグモンはそれをかわす事が出来たが、その後ろにいた二人は全く動けず、小説通り、投げられた物が"運悪く"顔に当り、そのまま仰向けに倒れてしまった。
(あっ、そっか……なんで気付かなかったんだろ…)
沙綾は思い出した。というよりも、些細な事過ぎて気付いていなかった。
太一達がこのテントに入った時点で、もう"こうなる事"など決まっていたということを。
今回は、たまたまアグモンが引き金になったが、恐らく彼がいなくても、何かしらの要因で、彼らはこの現場に居合わせてしまうようになっているはずなのだ。
「なかなか思うようにはいかないな……」
沙綾は空と脱衣場のカーテンを閉め、床で目を回す二人を見ながら、静かにそう呟いた。
その後、太一と光子郎は無事に目を覚まし、パグモンの村で、彼らに食事を提供してもらう事になる。
その際、ポヨモンはトコモンへと見事進化を果し、子供達はそれを祝福した。
それを見たパグモン達が、悪どい笑みを浮かべていることにも気付かずに。
「どうしたのマァマ、食べないの?」
「いや、何でもないよ。それとアグモン、今日はこの後も頑張って起きててね。」
「?…うん、分かった。」
皆がいる前で不自然に思われないよう沙綾はアグモンにそれだけを伝える。いつもの事だが、アグモンは一瞬の疑問の後、素直に頷いた。
その夜。
選ばれし子供達が寝静まった後、パグモン達は行動を開始する。まだ戦えないトコモンを縄で縛り、村の外へと連れ出したのだ。
「そのデジモンは何だ?」
「に、人間の子供が連れてきた、よ」
「選ばれし子供達のデジモンか!そいつを逃がすなよ。」
子供達が眠るテントから遠く離れた場所で、パグモン達と、その進化系であるガジモン数匹が、そのような会話をする。
本来であれば、トコモンはこのまま村の外にある滝の裏に幽閉されてしまうのだが、
「ベビーフレイム!」
今回は違った。暗闇の中から突如放たれた小さな火炎弾は、正確にトコモンを担ぎ上げたパグモンへと命中する。
「ごめんね……その子、返してもらうよ」
彼らの背後から一人の少女と、彼女のパートナーが夜の闇の中から姿を現し、先程の攻撃によって敵の手から逃れたトコモンを抱き上げる。勿論、沙綾とアグモンである。
「お、起きてたの!?」
「チッ!選ばれし子供か!不意打ちなんかしやがって。」
「数はこっちの方が多いんだ、行くぞお前達、コイツらも捕まえろ!」
「俺はこの事をエテモン様に知らせてくる。後は任せたぞ。」
ガジモンが一匹その場から走り去る。
残りはガジモン2匹とパグモンが10数匹、対してこちらはアグモン1匹と、トコモンを抱えた沙綾1人だ。
二人を囲む様にガジモン達は回りに散らばるが、沙綾は一切慌てることはない。むしろ冷静に今の現状についで頭を働かせていた。
(どのみち明日にはエテモンにこの場所が知られちゃう。これは残念だけど仕方ない。とにかく、トコモンにこれ以上怖い思いをさせないで済んだだけ、まだ良かったのかな。)
腕の中で怯えているトコモンをなだめ、一度下ろして紐をほどく。同時に、背後に移動していたガジモンの一匹が、鋭い爪を立て、彼女とトコモンに向かって飛び掛かった。沙綾は気配でそれを察するが、動こうとはしない。いや、動く必用がないのだ。何故なら、
「うぐっ!」
ドゴッと、鈍い音と共にガジモンが崩れ落ちる。
「マァマに近くな…」
何時の間にそこに移動したのか、アグモンが向かってくるガジモンを逆に殴り倒し、成長期とは思えない威圧感を放つ。
この勝負の結果など、見るまでもない。
これが、沙綾の動かなかった理由、
デビモンのデータを吸収し、戦闘能力が飛躍的に上がったアグモンにとって、たかが幼年期と成長期に囲まれた状況など驚異に値しない。先程の『ベビーフレイム』も、かなりの手加減をして放った物だ
ティラノモンへ進化をしないのは、誤って彼らを消してしまわないための配慮である。
「何だコイツ!?」
残り1匹のガジモンは明らかに動揺している。パグモンに至っては勝てないと悟ったのか、慌てて村とは反対側の森へと散り散りに消えていった。
「まだやるのか!」
仲間が気絶し、一人残されたガジモンに対して、アグモンは口から炎を溢れさせて威嚇する。
「くっクソッ!」
それに怖気付いたのか、仲間を残したまま、彼はパグモンと同じように森の中へと走り去るのだった。
「お疲れさま。アグモン。」
「うん、ボクまた強くなったでしょ。」
「そうだね…」
帰り道、安心したのか、腕の中で眠るトコモンを見ながら沙綾は思う。
(アグモンが今の力を使えるのは、この子のおかげ…それに、どうしたいのか分からなかった私が、答えを見つけられたのも、この子とタケル君のおかげ。ほんの少しでも、恩返し出来たかな。)
沙綾はコロモンの救出を、今からではなく明日に回すことにした。トコモンがパグモンに一度連れ去られたのだ。どのみち子供達は明日の朝にはこの村の異変に気付き、結果コロモンは彼らによって救われるはず。
エテモンの襲撃が控えている以上、少なくとも今助け出して村に戻すのは得策ではないと判断したからである。
忙しい明日に備えて、沙綾はトコモンを起こさないよう気を付けながら、アグモンと共に、テントへと急ぐのだった。
デビモンのデータをロードした状態のアグモン、ティラノモンは、他の子供達の同じ世代のデジモンよりは、格段に強くなっています。
ですが、沙綾はタグと紋章をもってはいませんので、完全体への進化の際に、その補助を受けることが出来ません。
よってこの先、完全体以降の戦闘能力は似たようなものになります。
俺つえーには多分なりません。