お前は何回腕伸ばすんだ!
「…パタモンが…進化した…」
進化を果たしたエンジェモンは、横目で一度タケルを見た後、自身の武器である棍を携え、静かにデビモンへと振り返る。
「おのれ…やはり先にお前を殺しておくべきだったか…」
「お前の暗黒の力、消し去ってくれる! 」
両者はにらみ合い、一瞬の静寂が訪れる。初めにそれを破ったのは、デビモンの身体に潜むオーガモンであった。
「そうはさせるか!」
彼はデビモンの身体からまるでゴムの様にその身体を伸ばし、エンジェモンへと迫る。だが、エンジェモンは慌てることもなく、棍を正面に構え、オーガモンの攻撃に合わせるようにその先端部に聖なる輝きを灯した。
闇の化身と言っても過言ではないデビモンと一体になっているオーガモンにとって、その眩い輝きは耐えられる物ではなく、跳ね返される様にデビモンの体から出ていく。
「お邪魔しましたー!」
そんな場違いな言葉を残し、彼はこの闘いから呆気なく退場するのだった。
一方、エンジェモンが覚醒したことによって、自身の使命を終えた沙綾は、気絶していたティラノモンが目を覚ましたことに安堵の涙を浮かべていた。
「良かった……ティラノモン、大丈夫…?」
「マァマこそ…大丈夫…?」
大きな瞳に涙を浮かべる沙綾を、ティラノモンは逆に心配している。
「うん…ありがとう…貴方のおかげだよ…」
「良かった…最近マァマすぐ泣いちゃうから…怪我したのかと思ったよ。」
「そ、そんなことないよ!」
身体を起こし、些細な皮肉を呟くティラノモンの対して沙綾は涙を拭いそっぽを向く。この様子であれば彼は大丈夫だろうと、沙綾は今自分達の上空でにらみ会う二人の戦いに意識を向けた。
やがて、オーガモンがデビモンの体から出ていった所で、彼女はこの戦いに違和感を覚える。
(おかしい、一つ、行程が抜けてる……)
小説の知識によれば、パタモンがエンジェモンに進化して直ぐに、皆のデジヴァイスの光が彼に集約され、力を増した彼が命と引き換えにデビモンを撃つはずなのだ。
しかし今、選らばれし子供達のデジヴァイスには何の反応もない。
(あっ!もしかして、デビモンが弱ってるから…)
沙綾は、歴史にはない一連の行動の内、デビモンの右目から暗黒の力が一部流出した事を思い出す。
(そうだ……たぶん……あれのせい……そうなるとこの戦いでエンジェモンは消滅しない? もしそうならこの後は………あれ……エンジェモンが一度デジタマに戻るかどうかで歴史は変わるのかな?……)
本来、この戦いの後、彼は一度消滅し、デジタマに戻る。だが沙綾の記憶では、彼がもしデジタマに戻らなくとも、今後の展開に大きな違いはないようにも思えたのだ。
(でもエンジェモンは強力なデジモンだし…何処かで歴史が変わっちゃわないとも言い切れないんだけど……)
沙綾が考えを巡らせている間に、上空のエンジェモンが動く。彼は武器である紺を光へと変化させ、それを自身の右手に纏わせた。恐らく自身の必殺を放つために。
「お前の暗黒の力は大きくなり過ぎた。ここで消し去らねばならない。」
彼の輝きがより一層大きくなり、直視出来ないデビモン
は左腕でそれを遮る。彼の右手は力の流出を押さえるために使われているので、実質今の彼は完全に無防備な状態だ。
「やめろ! そんなことをすればお前もただでは済まんぞ!」
「これしか方法はないのだ。それに私は、私を強いと言ってくれた彼女の言葉を信じる!」
その言葉で彼女は確信した。このデジモンはここでは倒れない。必ず生き残ると、
(どうしよう…大丈夫なのかな……)
エンジェモンが必殺の構えに入っている以上、今の沙綾に出来ることなど何もない。彼女は息を飲んで、この戦いの決着を見守るのだった。
「ヘブンズ、ナックルー!」
エンジェモンの拳から放たれる文字通り全力の光のレーザーが、デビモンの身体を貫く。
放った直後、エンジェモンのエネルギーは底をつき、パタモンへと退化してしまったが、
「やっぱり…」
沙綾の予想通り、退化しただけであり、消滅はしていないのだ。
それとは別に、今の攻撃で致命傷を受けたデビモンは、足下から分解を始めた。
「おのれ、エンジェモン! だが、この島の向こうには私より強力な闇の力を持つデジモンもいる。私程度にこのような様では、お前たちはお仕舞いだよ……」
散り際に子供達を見下ろし、デビモンは不気味な高笑いを上げながら、この島を恐怖に陥れた悪魔は徐々にデータの粒子へと変わっていくのだった。
その最中、ふと沙綾が何かを思い出したかの様にハッと顔を上げた。
「そうだ忘れてたっ!ロードしなくちゃ!」
沙綾は自分が今此処にいる本来の目的を思い出し、慌ててデジヴァイスを取り出す。
生き残ったパタモンの事も大切だが、まずデビモンのデータをロードしなければ、何をしに過去まで来たのか分からない。
未来のデジヴァイスはデビモンの消滅を、自動で感知し、本来消えていくはずのデータの粒子を、隣にいるティラノモンの体へと流し始めた。
「うー! 力が湧いてくるよ!」
やがてデビモンは完全に消滅し、ティラノモンはその全ての戦闘データの習得に成功する。
それにともない、闇に覆われていた空は元に戻り、ファイル島にも、一時の平和が訪れる。
はずだった。
デビモンが消滅した後すぐ、選らばれし子供達は力を使い果たした事で幼年期にまで退化したパートナー達を連れ、沙綾の元まで走ってきた。
「おーい!沙綾!良かったぜ。お前も無事だったんだな!」
太一がコロモンを抱えて、一番に駆けつけ、そう口を開く。
「う、うん。太一君達もみんな無事みたいで何よりだよ。」
一度目は彼等を見捨て、二度目は彼等の危機を煽る事となった沙綾にとって、彼の言葉は良心が痛む。。
悟られないよう出来るだけ自然に彼女は言葉を返した。
「タケルを助けてくれて、ありがとう。お前が来てくれなきゃ、タケルはデビモンに捕まってた。」
「そんなこと…」
「ありがとう。沙綾さん!」
口ごもる彼女ではあるが、遅れて来た光子郎の一言でその表情がひきつる事となる。
「そう言えば、さっきデビモンから出た粒子がティラノモンに流れて行くように見えたのですが…」
「!」
(見られたの!?)
「えーと、どうだろう。私は分からなかったけど…」
沙綾は額に汗を浮かべ咄嗟にそう答え、彼女少し後ろに立っている筈のティラノモンへと振り返るが、
「!……どうしたのティラノモン!」
そこにあったのは先程の元気が嘘の様に身体を丸めてうずくまる彼の姿だった。
「うぅ……はあ…はあ……」
沙綾は急いでティラノモンへと近づき、苦しげに肩を上下させている彼の背中を擦るが、彼の状態は回復しない。
「マァマ、何だか…体が…おかしい…」
ティラノモンは肩で息をしながら何とかそう言うと、そのまま地面へと倒れ込んでしまう。何が起きているのか分からず戸惑う沙綾達だが、その答えは次のティラノモンの変化を見た事で、直ぐに理解するのだった。
「ティラノモンの…色が…」
「黒くなっていく…」
驚くことに、彼のその赤い体色の中に黒い斑点がいくつも浮かび上がり、徐々にそれが大きくなっていくのだ。
「まさか!デビモンに乗り移られたんじゃないですか!」
「「「!」」」
先程の光景を目撃した光子郎の言葉に一同は驚愕の表情を浮かべる。しかし沙綾は今の彼の発言を聞いて、それとは別の要因を思い浮かべたのだった。
(違う……ロードだ…デビモンをロードした時、彼の体内の暗黒の力も一緒にティラノモンに流れちゃったんだ!)
迂闊だったと、彼女は思うが既に遅い。
ティラノモンの体色が真っ黒に染まったその瞬間、今まで苦しそうにしていた彼が、急に落ち着きを取り戻し、ゆっくりと立ち上がる。色以外はあまり見た目に違いはないが、その目はいつもの穏やかな物ではなく、凶暴さが見てとれるギラギラとした物だった。
黒いパートナーは一度大きく息を吸い込み、
「マァマに近づくなぁぁぁぁ!」
大声を上げて、沙綾以外の子供達へと、その凶器とも言える爪を降り下ろした。
「みんな、逃げろ!」
太一の一斉により、間一髪で皆はそれをかわし、彼と反対方向へと逃げる、黒いパートナーは必殺の火炎を吐くため、一度息を吸い込み、それが子供達に向かって吐き出されようとした時、
「やめてっ!ティラノモン!」
沙綾がその間に割って入ったのだ。パートナーはそれを見て攻撃を止め、彼女に対して口を開く。その言葉は、今までの彼からは聞いたことも無いほど冷たいものだった。
「どいてよマァマ……アイツらはマァマに近づいたんだ。ボクは許さない。…だから殺してやるんだ!」
沙綾は戦慄が走るほどの威圧感を感じてその場で硬直してしまった。
パートナーは沙綾を怪我しない程度の力で無理矢理横に退かせ、再び息を吸い込み始める。
今の子供達のパートナーは、皆力を使い果たし幼年期にまで退化している。戦える者などもうこの場にはいない。
頼みの綱のレオモンも、森の中に振り落とされて以降姿は見えない、先のティラノモンの咆哮で、異常には気付いてはいる筈だが、彼の残りの体力を考えると、即座に駆けつけるのは難しいだろう。
そんななか一匹のデジモンが逃げるのを辞め、振り替える
パタモンだ。
皆が幼年期の中、一匹だけ成長期の彼は、沙綾が横へと押し退けられた後、前に出た。
「僕が、みんなを、守るんだ!」
黒の恐竜が、溜めた息を一気に吐き出すように強烈な火炎を放つ。
「ファイヤーブラスト!」
ティラノモンよりも更に激しく暴れる炎が、パタモンとその後方の子供達へと襲いかかる。あまり広くはない山道であるため、これを避けることは皆には不可能である。
「パタモーーンッ!」
タケルが振り返って叫び、再び彼のデジヴァイスが輝き出した。限界の状態での二度目の進化が始まったのだ。
「バタモン進化ー、エンジェモン!」
純白の天使が直後に迫るティラノモンの炎を棍を使って真上に弾く。だが、体力的に相当辛いのだろう。先程のティラノモンと同じように肩で息をしていることから、それが分かる。
炎が弾かれたことにより、ティラノモンは近接戦闘に持ち込むため、エンジェモンに向かい、両腕の爪を振り上げ真っ直ぐに突進を始めた。
デビモンのデータをロードした影響か、その動きは何時もより早い。
「アイツ早いぞ!」
ヤマトが叫ぶ。ガルルモンと遜色のない速度でエンジェモンへとそれは迫る。が、沙綾が一時期彼を引き留めていたため、二人の間には若干の距離があった。
エンジェモンは素早く必殺の体制に入り、腕を引く。
「貴方をデビモンから解放する。 例え我が身がどうなろうとも!」
拳に光を溜め込み疾走する彼を出来るだけ引き付ける。
エンジェモンの体力は既に限界を軽く越えている。この攻撃を外す訳にはいかないのだ。
黒の恐竜が走りながら爪を降り下ろす。
白の天使が拳で彼を迎え撃つ。
それは全く同時だった。
「ヘブンズ、ナックルー!」
「スラッシュネイル!」
エンジェモンの光の拳がティラノモンの腹部に命中し、ティラノモンの闇の爪がエンジェモンの両肩を切り裂く。決着は一瞬だった。
両者はそのままの体勢で沈黙し、
「すまない。タケル。」
やがてその言葉と共にエンジェモンの身体が爪先からゆっくりと消えていく。
「だが、ティラノモンの暗黒の力も消えた……もう大丈夫だろう。」
良く見ると、ティラノモンの身体は先程とは反対に、黒い体色が薄れていき、元の真っ赤な身体に戻って行く。
体内のウィルスが光の拳で消滅したためだろう、彼は気を失い力なく倒れ、そのままアグモンへと退化した。
「エンジェモン……」
アグモンが倒れた後、止まらない消滅にタケルはエンジェモンを見上げて涙声で彼の名前を呼ぶ。
それに対し、エンジェモンは微笑み、既に身体の9割を光へと変えながらも、彼はタケルへ最後の言葉を残した。
「また会える。君が…そう望むなら…」
言い終わると同時に彼の身体は綺麗に消え去り、元の歴史と同じように、舞い落ちた羽根から新たなデジタマが現れる。
それはまるで、始めからこうなると決まっていたかの様に…
それを一人離れた位置から見ていた沙綾は、その場に呆然と立ちつくしていた。
"ある意味で"彼女の思いどうりの結果となったが、その顔には後悔の念が強く現れているのが分かる。
それもその筈だ。何せこの世界では間接的であれ、エンジェモンを殺したのはデビモンではなく、彼女なのだから。
(また…私のせいだ…)
デジタマを抱いて泣いているタケルを見ている事が出来ず、沙綾は目を伏せる。
彼女は下を向いたまま、心配した子供達が駆け寄って来るまで、顔を上げることはなかった。
こうして、デビモンは消滅し、ファイル島にしばしの平和が訪れた。少女の心にまた一つ、大きな傷を残して…
ダークティラノモンカッコいいですね。
作中で明確な名前を出していないのは、沙綾視点では、彼女の中ではティラノモンはティラノモンである事から、
パタモン、子供達視点では、彼の名前をまだ知らない事が理由です。 ヴァンデモンの処で出てきていますが、まだ先の事なので、
後1話で過去編第1部が終了です。