「我がもとへ集え! 暗黒の力よ! ここを貴様達の墓場にしてやる。 選ばれし子供達よ!」
ムゲンマウンテンの山頂にある本拠地で、その顔には笑みさえ浮かべ、デビモンは声高らかに叫ぶ。
次第に空は黒く染まり、散り散りとなったファイル島全ての暗黒の力を自身の元へ集めたデビモンは、次第にその姿を巨大化させていく。
己の城を破壊しても尚、その身体は大きくなり続け、最後にはムゲンマウンテンの半分を越えるであろう巨大な悪魔と化した。
「デビモン…なのか…」
「何であんなに大きいの!?」
そのあまりの大きさに、ムゲンマウンテンを上り始めたばかりの選ばれし子供達も、動揺を隠せない。まるで信じられない物を見たような顔でその場で固まってしまっている。
「幻覚じゃないですか? 前みたいに。」
「嫌違う。あれは暗黒の力で巨大化しているのだ。」
光子郎はデビモンの特性をよく理解した発言をするが、レオモンはそれを否定をする。彼は一度はデビモンの暗黒の力に触れた身、頂上にいる悪魔が、幻ではないことが分かるのだろう。
直後、巨大化したデビモンは、同じく巨大なその翼を広げ、ムゲンマウンテンから飛び立つ。
ズシンと言う地響きをあげ、木々をなぎ倒し、周囲の森へと彼は着地した。
「アグモン進化だ。」
それを見た太一が真っ先にアグモンに戦闘の指示をだし、それに呼応するように彼のデジヴァイスが輝く。
しかし、
ブオンと、
ただデビモンが振り返っただけ。
たったそれだけで、まるで嵐のような暴風がまきおこったのだ。
進化を始めようとしたアグモンも含め、レオモンを除いたその場の全ての者が、その風によって吹き飛ばされ、硬い山の表面へと身体を叩きつけられた。
動けない子供達に、悪魔はさらに追撃を仕掛ける。
「お前達はここで終わりだ!」
巨大な掌を広げ、そこから黒い闇の光線を彼らに向かい放つ。
「「「うわぁぁ!」」」
黒い闇にまみれ叫ぶ子供達の姿はまさに、絶対絶命と呼ぶにふさわしいものだった。
一方、クロックモンの家を出発し、他の子供達より速くこのムゲンマウンテンに到着していた沙綾は、彼らのすぐ近くの岩の影にその身を隠して、この闘いを見ていた。
昨日の葛藤の答えは見つからないまま、彼女は今自分が何をするべきなのかが定まらない。
(またあの洋館と同じ思いをするの? 知らんぷりする事が正しい事なの? でも、下手に飛び出したらミキとアキラはどうなるの? 未来が変わっちゃったら私達はどうなるの? 結局私はどうしたいの?)
彼女は知っている。この先の展開を。しかし沙綾は今まで彼らの本格的な危機を間近で見たことがなかったのだ。
彼女の中の優先順位は勿論親友を助ける事が一番である。だからこそ、今彼女は動いていない。だが、いくら最終的に勝利するといっても、目の前で苦悶の表情を浮かべて悲鳴をあげる者を見て、何も感じないはずはない。
それが、自分に好意的に接してくれた者なら、尚更である。
苦しそうに声を上げる子供達を結局は見ているだけの自分が、どうしようもなく無力であることを、彼女は思い知らされていた。
「お願い、早く来て…」
今の彼女にはそう祈ることしか出来ない。
「ハープーンバルカン!」
直後、子供達を追い詰めるデビモンの首筋に、小型のミサイルが打ち込まれる。遅れて到着した丈と空が彼らを助けるために援護したのだ。
「メテオウイング!」
デビモンの闇の光線が一時的に中断し、その隙を付いた太一達も反撃を試みる。
(よかった……でも……)
沙綾は一度胸を撫で下ろすが、彼女は知っている。もう一度彼らか追い詰められる事を…
しかし、彼女が出ていく事は出来ない。 エンジェモンの覚醒をもし阻害するような事があれば、沙綾ではデビモンを止められないからだ。
選ばれし子供達は今、それぞれのパートナーを成熟期へと進化させ、総力を上げてデビモンへと立ち向かう。
「いけぇ! グレイモン!」
グレイモンが必殺の『メガフレイム』を放ち、ガルルモンがそれに続くようにデビモンの腕に噛みつくが、彼には一切効いてはいない。
「そんな攻撃が私に効くと思っているのか!」
腕に噛みつくガルルモンをそのままグレイモンへと投げ飛ばし、援護に回るトゲモン、カブテリモンも、その長い腕で凪ぎ払う。
背中を狙ったレオモンは、剣を突き立てる直前に、デビモンの背中から突如現れたオーガモンにそれを阻止された。
「俺はデビモン様の一部になったんだ! もうお前に負ける気はしねぇ!」
骨の棍棒でレオモンを叩き落とし、追撃の『覇王拳』が彼を襲う。
その間に本体のデビモンは先程奇襲を仕掛けたバードラモン、イッカクモンの二体を戦闘不能に追い込んだ。
物量戦が全く意味をなさない圧倒的な力の差、崩れ落ちていくパートナー達を見て、太一達の表情に焦りが見える。
「最も小さき選ばれし子供よ、貴様が消えれば、もう恐れるものは何もない!」
デビモンはその巨体でタケルを見下ろし、今まで何体ものデジモンを葬ってきた腕をタケルへと向ける。
迫る巨大な腕を前に、タケルは動けない。
それを阻止すべく、パートナー達全員でデビモンを押さえつけるも、デビモンが自身を起点にその闇の力を解放させた事で、パートナー達は勿論、選ばれし子供達もそれに巻き込まれ、吹き飛ばされた彼らは皆撃沈した。
たった一人、岩影に隠れていた沙綾を除いて…
その少し前、
戦闘が進むにつれ、悪化していく状況に耐えられず、彼女は岩影に耳をふさいでしゃがみこむ。
(もう見てられない…みんなが傷ついて行くのを見たくない…………結局…私は知らんぷりなんだ……)
罪悪感と無力感で満たされた彼女は、今はただ、早くこの闘いが終わることだけを祈り続けていた。
「しっかりして、 マァマ言ってたでしょ。"絶対にみんなは助かる"って! 」
アグモンは沙綾を心配するが、その言葉は今の彼女にとっては逆効果だ。 なにせ沙綾はその"絶対に助かる"事を言い訳にして、苦しむ彼らに何もしない事に罪悪感を覚えているのだから。
そして、
耳をふさいでいても分かる爆発音と、嵐のような衝撃が回りを襲う。 岩に守られ、沙綾とアグモンに怪我はなく、同時にその衝撃は、混乱する彼女の頭の中を一度リセットさせるには十分な威力であった。
(なっ!何!?)
「マァマ! 今の!」
沙綾は立ち上がり、恐る恐る、岩影から皆の様子を伺う。
そこで彼女が見たのは……
無惨に倒れ伏す子供達とそのパートナー、そしてその内の一人、タケルに向かって巨大な手を延ばすデビモンの姿…
それはまさに、未来で彼女が見た光景、
カオスドラモンが瀕死のマシーンデジモン達の中、親友達を殺した光景と、余りにも似すぎていた。
「あ……」
デビモンの両腕が、沙綾の目の前のタケルへと伸びる。。
『カオスドラモンの左腕が、沙綾の隣のミキへと伸びる』
「…アキラ……ミキ……」
彼女のトラウマが思考の全てを支配したその瞬間。
「やめてぇぇぇ!」
あの時と同じ絶叫と共に、彼女は目に涙を溜めながら倒れ伏すタケルに向かって走り始めた。
この後の展開など、今の沙綾の頭の中からは既に抜け落ちている。
しかし、冷静な普段の沙綾ならば理解出来るはずだ。
今が一番"助けにいくべきでない"場面であることを。
デビモンの腕が、タケルを捕らえようとしたその瞬間、沙綾はタケルと『パタモン』に飛び付き、彼らを抱えて地面を転がることで、それを回避する事に成功した。
いや"成功してしまった。"
一瞬の出来事にデビモンが目を見開く。
「貴様、あの時の小娘!」
腕の向きを再度修正し、デビモンは三人をまとめて始末しようとするが、自身の目の前を、激しい火炎が通りすぎた事で、反射的に腕を戻してしまう。
「マァマに手を出すな!」
ティラノモンが怒りの形相でデビモンを睨む。沙綾に危害を加える者は、相手が誰であろうと立ち向かう。絶対に勝てない存在であろうとそれは変わらない。
それが彼女のパートナーの在り方なのだ。
そして
「沙綾…お前も来てくれたのか…なら俺達も…まだ諦めるには早いよな…」
「ああ…タケルを助けてくれたお礼をしなくちゃいけないからな…」
彼女の登場に励まされた太一とヤマトが再び立ち上がり、力なく倒れていたグレイモン、ガルルモンもゆっくりとその身体を起こす。
「そうよ……まだ負けてないんだもの…」
「僕達も…最後まで…諦めません。」
それに続くように、空、光子郎、丈、ミミ、そのパートナー達全員が、軋む身体に鞭を打って立ち上がった。
満身創痍ではあるが、沙綾の登場により、皆の目に戦う意志が戻る。
本来の歴史にはない第2ラウンドが、今始まろうとしていた。
デビモン戦、どう書こうか迷った結果、こうなりました。
次回はどうなるでしょうか。