おもちゃの街でもんざえモンを助けた一行は、そのままファイル島の中心に位置するムゲンマウンテンへと足を進める。
途中訪れた丈の危機に、ゴマモンがイッカクモンへと進化を果たし、一行は、ファイル島が絶海の孤島であることを知ることとなる。
その帰り道、レオモン、オーガモンの襲撃を受けるが、なんとかそれを退け、下山した彼らは疲れを癒すため、たまたま近くに立っていた豪邸へ立ち寄る事を決めた。
「こめんくださーい。 誰か居ませんかー。」
人間が居るかもしれないと、丈は足早にこの洋館の扉を開く。
「誰もいないみたいだね。」
沙綾は丈へと進言をする。 彼女は既に知っているのだ。 この洋館が先程一行を襲ったレオモンを悪に染めたデビモンの作り出した幻であることを。
当然そこに人間などいるはずが無い。
「そうだな。他は特に変わった所もないようだが…」
沙綾の意見にはヤマトも同意のようだ。
「それだけに、返って不気味よ。」
空も流石に違和感を感じたのかそう口にした。
「君達、ここまで来て引き返すって言うのかい?」
「まぁ それもそうだな。」
最終的には、丈の意見に合意し、皆はこの洋館に足を踏み入れた。
ミミとタケルは壁に掛けてある天使の絵が気に入ったらしく、しばし見とれている。
沙綾はすでにこれが罠であることを知ってはいるが、歴史を変える行為は出きる限り避けたい事から、反対することなく皆の後に続き、玄関を潜った。
(これ全部が幻なんて……信じられないよ。)
手で壁に振れながら、彼女は心の中でそう思う。
これが実は廃墟であるなど、知っていても疑うほど完璧な、実体を持った幻である。
(とにかく、夜皆が寝静まるまでは、デビモンは行動を起こさない。 ひとまずは安心だけど…やっぱり…そうするしか、ないのかな…)
「ねえマァマ、みんなが食堂からいい臭いがするって言ってるよ。 ボクたちもいってみない?」
腕を組み、これからの行動を考える沙綾に、アグモンが服の裾を軽く引っ張りながら話しかける。
「そうだね。取り敢えず行ってみよっか。」
一行に続く様に、沙綾達は洋館の2階にある食堂へと向かう。テーブルに並べられた色とりどりの料理を見た子供達は、その都合の良すぎる展開に警戒するが、既に限界だったこともあり、皆その料理を勢いよく口にした。
かくいう沙綾も、ここで一人食事をしない訳にもいかず、幻の料理に手を付ける。
「おいしー!」
予想を越える味に、つい幻であることも忘れ、他の子供達と同じく食べることに熱中してしまった
。
食事の後、洋館の探索をしていた太一が、一階に大浴場を発見する。
しばらくの間、まともな入浴が出来ていなかった一行は、直ぐ様浴場へと向かい、男湯、女湯に別れて入浴する。
なに食わぬ顔で沙綾の後に付いてくるアグモンを、無理矢理男湯に放り込んだ後、沙綾も女湯へと入っていく。
彼女は、せめて気分だけでも、というつもりでの行動なのだが、その再現度は食事同様、幻であることを忘れてしまう程の物だった。
一方、男湯では、
「おい、アグモン。」
「「どうしたの?」太一。」
頭を洗いながら、自分のパートナーであるアグモンに声をかける。 それ対し、同時に2つの声が返ってきた。
「えーと、俺のアグモンなんだけど、どっちだ?」
頭を流し、振り返った太一は首をかしげる。
沙綾のアグモンは基本的に彼女のそばから離れないため、今までの旅の中で間違えることは無かった。
しかし、彼女が居らず、並んで入浴していると、どちらが自分のパートナーか分からなくなってしまう。
身体の大きさは、太一のアグモンの方が弱冠大きく、声は、沙綾のアグモンの方が少し高い。
印象としては、沙綾のアグモンの方がそのしゃべり方も手伝い、幾分か幼く見える。
だが、それ以外はほぼ同じアグモンだ。
「ボクだよ、太一!」
太一のアグモンが自分を主張するように手を振る。
「あー、悪い悪い、でもお前ら、並んでるとどっちがどっちか分かんないな。」
「確かにそうですね。 細かい違いはありますが、パッと見ただけでは、見分けがつきません。」
太一、光子郎が二匹のアグモンを見比べながら話す。
それに対してヤマトは、
「じゃあ、何か目印になるものでもつければいいんじゃないか。」
と、一番簡単な答えを提示した。
「目印ねぇ………沙綾にでも聞いてみるか。」
(まさかお風呂まであんなに完璧に再現するなんて……
デビモンは人を騙すって言うけど、あれは騙されない方がすごいよ…)
入浴を終えた沙綾は、ここまでの彼の幻術に、もはやある種の感動さえ覚えていた。
料理に続いて風呂、そして休むための寝室まで、細かな点まで再現されたこの豪邸は、最早、沙綾以外の子供達にとって疑う余地のない物となっている。
彼女自身も、小説の知識がなければ、危うく騙されていただろう。
沙綾が物思いに耽っていると、男湯ののれんを手で払いながら浴衣を来た太一が姿を見せる。
「おっ、ちょうどいいや。沙綾、アグモンに何か目印になるもん着けようと思うんだけど、なんかないか?」
「うーん、まぁ確かにちょっとややこしいからねー、今手元に有るもので出来そうなのは……」
太一の提案に沙綾は少し考えた後、
「ちょっと待っててね。」
そう言い残して、食堂の方へと走っていく。
戻って来た彼女の手には、ピンク色の綺麗に巻かれた布が握られている。
「なんだそれ?」
「バッグに入れてた色着きの包帯だよ。普通のより可愛いでしょ。」
沙綾は一応バッグの中に冒険に必要な物を一通り入れてある。この包帯もその一つなのだが、今まで使うことはなく、バッグの底に眠っていたものを探しだしてきたのだ。
「お前家にいた割に準備いいなー。」
「!」
沙綾は核心を付くその言葉に、内心冷や汗をかく。
嘘をつくことにあまり慣れていない彼女は、自分のついた嘘を忘れていた。 元々現実世界における共通の話題を減らす目的でついた嘘が今、彼女の足を引っ張る。
幸いなことに、恐らく太一に他意は無いのであろう。彼の顔には純粋な感心が伺えた。
(気を抜きすぎてた。次から気を着けよう。)
「な、何事も準備が肝心だよ。おいで、アグモン」
一度出してしまった以上、ここで包帯を戻すことはもはや逆効果だと判断した沙綾は、浴場から出てきた自分のアグモンを呼び、右腕に手際よく包帯を巻いていく。
(お願い、みんな深くは追及しないでぇ)
「これでよし! 分かりやすくなったでしょ。」
「ああ。 似合ってるぜ、アグモン。」
「そうかなぁ…」
沙綾の内心など知らず、太一とアグモンは呑気な会話を続けていた。
結果的にこの件に付いて太一以外は誰一人気付くことはなかった。
そして、 こういった無意識に核心に迫るのも、彼が選ばれし子供達のリーダーたる理由の一つなのではないかとこの時沙綾は感じた。
「まるで林間学校ね。」
「何呑気なこと言ってるんだ。 僕たちはサマーキャンプに来ただけなのに。」
「俺たちがいなくなってもう5日、町内会じゃ大騒ぎになってるだろうな。」
「俺たちなんてまだましさ、沙綾はもう半月いるんだろ?」
「そうだね……」
太一が沙綾を労った言葉をかけるが、先程のような失敗を繰り返さないよう、彼女は言葉を少なくして答える。
場の空気が沈んだ事を察した空が、皆に声をかける。
「もう寝ましょう。 みんな疲れてるのよ…」
それを合図に、沙綾以外の子供達は徐々に寝息を立てて、短い夢の中へと落ちていった。
「起きて、アグモン。ねえ、起きて。」
「う、ん、どうしたの、マァマ、トイレ?」
「違うよ! もうすぐここにデビモンが来るはず、裏から外に出るよ。」
「えっ!」
沙綾の言葉に驚くアグモンだが、その口を彼女に抑えられる。
「しっ! みんなが起きちゃう。 大丈夫。みんなは絶対に助かるから、心配しないで。」
アグモンは沙綾の言葉を疑うことはない。
静に頷き、既に着替えていた沙綾と共に裏口から外に出る。
デビモンに見つからないように息を殺しながら、近くの茂みにアグモンと共に身を隠した沙綾は、今から自分がするべき事を考えはじめた。
(歴史では、この後デビモンが現れて、みんなバラバラに飛ばされちゃう。 でも、みんなは確実に助かってまた集合できる。それに…)
「クロックモン……確か過去ではムゲンマウンテン近くの地下にいるっていってた。」
未来に帰るためのこの預言書は、速く渡しておくほど、強い証明になる。
(多分自然な形でこれを渡せるのは今しかない。 これを逃したら、ダークマスターズと戦うまで、ファイル島には戻れない。 彼らと戦う時にこれを見せても、もしかしたら信じてもらえないかも知れない。)
「ごめん、みんな……本当に、ごめんなさい。」
せっかく出来た仲間を見殺しにするような行為に、沙綾は息を殺して彼らに謝罪する。
絶対に助かることが確定していても、やはり心配になる。
自身が彼らと共に何処かも分からない場所に飛ばされる意味がない。最悪無駄に死ぬおそれも否定は出来ない。
だからといって、彼らにデビモンの襲撃を教える訳にもいかないのだ
「ごめん、でも、絶対また会えるから…」
最後にもう一度謝罪をし、森の茂みを利用しながら、デビモンに見つからないように、沙綾はムゲンマウンテンへと引き返した
そして、黒い悪魔が洋館へとその姿を表す。
二人の僕を引き連れ、選ばれし子供達を一人ずつ、始末するために……