「マァマを!、元に!、戻せ!」
馬乗りの状態からほぼ無抵抗となったもんざえモンに対しても、ティラノモンは攻撃の手を緩めない。
がむしゃらに振るわれる両腕が、もんざえモンの体力を削っていく。
既に腕はズタズタ、このまま続ければどうなるかなど、火を見るより明らかである。
彼も、黒い歯車による暴走で沙綾達に危害を加えた。
よって、それさえ取り除けば事態は収集するのだが、ティラノモンはそれに気づいていない。
「早く!、元に、戻せ!」
もう何度振るわれたか分からない腕が、再び降り下ろされようとした時、後方からガッチリと腕を捕まれる。
「もう十分じゃない 。それ以上は、止めなさい。」
ミミの叫びにより進化を果たしたトゲモンが、ティラノモンの腕を引き留め、そのまま強引にもんざえモンから引き離す。
「離せ! アイツはマァマをあんなにしたんだぞ!」
「落ち着きなさい!」
子供の様に暴れ回るティラノモンだが、背後を取られ、両脇から肩に手を回された羽交い締めの状態では何も出来ない。
得意のテールスイングも、尻尾の付け根を股がれてしまっている以上、いくら振り回しても、それがトゲモンに当たる事はないのだ。
「もんざえモンを殺したら、沙綾さんは喜ぶの!?」
「!………」
後方でミミが叫ぶ。
彼女の通りの良い声は、トゲモンの腕の中で暴れまわるティラノモンの耳にもはっきりと届いた。
沙綾の顔を思い浮かべ、怒りで満たされていた心が落ち着いていく。
同時に思い出す。未来でクロックモンが言った言葉を、
『命を奪うことは、本来その結末を迎える者以外には、けして行わないで下さい。』
未来がかわる恐れがあると、彼は言った。
もんざえモンがその"本来その結末を迎える者"で無かったとしたら、過去を大きく変える行為を行った事を、彼女はどう思うだろうか。
「喜ぶわけ…ない…」
ティラノモンはそう考えた後、ゆっくりと抵抗を止める。最早彼に戦う意思はないのだろう。アグモンへとその身を退化させ、その場に座り込む。それを確認したトゲモンもまた、パルモンへと姿を変え、彼を慰めるようにその頭をなでた。
引き離されたもんざえモンはぐったりとしており、頭を守るための盾にしていた両腕は破れ、中の綿がそこらじゅうに飛び散っている。
幸い、命に別状はないようだが、痛々しい両腕が、ティラノモンの攻撃の激しさを物語っていた
「もう、気が済んだでしょ。」
座り込むアグモンにミミが優しく声をかける。
「沙綾さんの事、心配だったのよね。」
アグモンは無言で頷き、その言葉を肯定する。彼にとって沙綾は親であり、友であり、家族なのだ。
「あれは、黒い歯車!」
もんざえモンを心配そうな目で見ていたパルモンが、彼の破れた腕から飛び出る黒い歯車を見つけ、指を指してミミとアグモンに伝える。
それを確認したアグモンは、そこでようやく、今回の事件の全貌を理解するのだった。
もんざえモンの身体から歯車が消えた後、沙綾達もすぐに正気を取り戻した。
「ほんとにごめんね、もんざえモン、アグモンがやり過ぎたみたいで……」
「ゴメンなさい…」
ミミから自分達が洗脳されている間に起きた事について話しを聞いた沙綾は、彼に深く頭を下げる。また、事件の全貌を理解したアグモンも、短絡的な自分の行為を反省し、沙綾と共に頭を下げた。
「いいのですよ。どうやら私は思い上がっていたようです。」
もんざえモンは、上半身を起こし、語り出す。
おもちゃは飽きると捨てられてしまうこと。
それが許せず、おもちゃの地位向上を図ろうとしたこと
。
それの思いが、歯車によって暴走したこと。
全てを語り終えた彼は立ち上がり、ズタズタの両腕を労りながら、
「お礼に"幸せ"にしてあげましょう。 これが本当のラブリーアタック!」
そう言って幸せの詰まったシャボン玉を飛ばす。
それは先程の様な邪悪なものではなく、純粋なもの。
ミミや太一達も、そして助け出されたパートナー達も、今度は抵抗することなく、シャボン玉の中に入り、一時の幸福を得る。
沙綾とアグモンにもシャボン玉は近づき、彼女達をその中へと包み込む。
その中で、沙綾が想うのは、あの楽しかった日々。親友達が笑い、そして彼女も笑う。共に冒険したあの日々。そんな幸福な思い出が増幅する。
"ラブリーアタック"によって生み出されたシャボン玉が消えたその夜、彼女は誰にも気付かれないように、物陰でひっそりと涙を流していた。
今回の話は、アグモン視点で物語を書くのに丁度いい機会でした。
次回は少しだけ話が飛ぶと思います。
書かれていない回での沙綾は、主に画面の隅で、登場人物達と雑談しているものと思ってください。