とりあえずどうぞ。
未来
選ばれし子供達がデジタルワールドの危機を救ってから30年後。
今全ての人々にパートナーデジモンが存在する。
デジタルワールドは世界中の人に認知され、多くの人がこの世界を訪れるようになった。
今やこの世界は人々の生活の一部となっているのだ。
お台場の一軒家に両親と暮らす小学五年生の少女、猪狩沙綾(いかりさあや)もその一人である。
腰に届く長い黒髪とパチリと開いた目が特徴の元気な少女だが、平凡な家庭に生まれた極普通の一般人だ。
彼女も2年前、父親に買って貰ったデジヴァイスを手にしてからこの世界にのめり込んでいた。
元々、選ばれし子供達しか持っていなかったこのデジヴァイスも、デジタルワールドの研究が進んで行くに連れ、徐々に量産化されるようになり、今では沙綾のような一般人でも簡単に入手が出来る。それに伴い、時計、メール、倒した相手の戦闘データのロードなど、その機能をも、徐々に多様化させていく事となった。
彼女はこのデジヴァイスを手に、今日も放課後、親友2人と共にデジタルワールドで過ごす約束をしていた。
「たっだいまー。」
元気な声を響かせて、沙綾はガチャリと玄関の扉を開けた。
「あら、お帰り。今日は早いのね。」
「うん! 急いで帰ってきたの。これから友達と、"向こう"で待ち合わせしてるんだ。」
「あんまり遅いと晩ごはん抜きだからね!」
「はーい」
学校から帰宅後、台所から顔を出す母親の忠告を聞き流した彼女は、小走りで自室へと入る。
ベッドへと放り投げるようにランドセルを置き、制服を脱ぎ捨て、動きやすいショートパンツ、白を基調としたシンプルなシャツに着替え、身だしなみのチェックをした。
(よし、バッチリだね)
備え付けられた鏡に着替えを終えた彼女の全身が写し出される。顔立ちが整っているため、飾り気のない比較的シンプルなこの格好でも、なかなか様になっているようだ。
着替えが終わると、沙綾は即座に机の上に置かれたショルダーバッグに手を伸ばす。
「持って行くものはっと」
彼女はバッグの中を開け、ゴソゴソと中身の確認をはじめた。
(ええと……双眼鏡に……地図に……一応怪我した時のための絆創膏と包帯に……それから……あったあった)
沙綾はバッグの底から一冊の小説を取り出す。
彼女のショルダーバッグには、冒険に必要な最低限の物が一通り入っているのだが、それに加え、2年前デジヴァイスと共に父親から貰った小説『デジモンアドベンチャー』もそれに混じっていた。
この本は小説家、高石タケルが自身の体験を元に書いたノンフィクションで、『30年前の選ばれし子供の冒険の日々』が事細かに描かれている。実際、デジタルワールドで冒険を始めたばかりの頃は、この小説に書かれている事が何度となく役に立った事もあり、既に読破してしまった現在でも、こうしてバッグに忍ばせては、暇な時に読み返す彼女のお気に入りの本なのだ。
(忘れ物はないね)
バックを肩に掛け、デスクのパソコンを起動し、最後に彼女は時計を確認する。時間は3時を過ぎた辺りで、暗くなるまで残り3時間ほどだろう。慣れた手つきでパソコンを操作し、最後に力強くenterキーを叩いた。
「よーし準備完了! デジタルゲート、オープン」
画面が切り替わり、モニターに別の世界が写し出される。
ゲートが開いたのだ。
「ママー、行ってきまーす!」
台所に居る母に聞こえるように、彼女は少し声を張るが、その直後、母親の返事を待たずして、沙綾の身体はパソコンに吸い込まれるように消えていく。
遠くから響く"気を付けてね"という母の言葉は、彼女には届く事はなかったのだった。
視界が歪み、一瞬体が宙に浮き上がる感覚の後、彼女はゆっくりと目を開ける。
(ふう……到着っと……)
すると、そこに広がるのは先程までいた狭い自室ではなく、木造建築の様々な建物が立ち並ぶ広い"街"。どこか懐かしい雰囲気を出しながらも、所々に最新のパソコン端末が設置されている、まるで一つの都市のような場所。
"デジタルワールド"、ファイル島内、通称"はじまりの街"。多くの人とデジモンが行き交うこの街の一角に、彼女は立っていた。
(いつも通り、やっぱりこの街は混んでるね。)
デジタルワールドにログインすると、まず最初にこの場所にくることになる。パートナーデジモンとの合流や、旅の支度は主にここで行い、その後、街の至るところにある端末から、自分の行きたいエリアに再度アクセスするのが、この世界での主な流れとなる。
最も、デジタルワールドが認知されるようになってからも、数年前まではこのような場所も存在しなかった。
そのため、ログインした先が、運悪く狂暴なデジモンの縄張りだった場合、直後にログアウトしてしまう事態が度々あり、冒険者達を悩ませた結果、こういった場所が作られたのである。
ちなみに、この"はじまりの街"は元々デジモンの卵が孵る場所であったため、近くに狂暴なデジモンが少なかったことや、冒険初心者がパートナーを探しやすいといった点も、この場所が冒険者達の拠点となった要因だろう。
沙綾は一度大きく深呼吸して、自身の身体に異常がないか、簡単にチェックをする。
(異常は…………ないね。よし!今日も張り切っていこう)
チェックを終えて、今度は何かを探すように少し背伸びをして街を見渡す。すると、街の北側から、自分に向かって両手を振りながら走ってくる黄色いデジモンを見つけた。彼女のこの世界でのパートナーたるデジモンである。
「マァマーー!」
「あっ、いたいた。アグモーン!」
沙綾もそれに対して大きく手を振り返す。
アグモンと呼ばれたデジモンは沙綾の前まで走って来た後、飛び込むように彼女へと抱きついた。
「マァマ今日は何時もより早いね。ガッコウはないの?」
抱きついたまま、上目遣いでアグモンは質問をする。沙綾は彼の頭を優しく撫でながら口を開いた。
「ちょっと急いで来たんだ。今日も一緒に冒険しよっか。」
沙綾は微笑みながら続ける
「街の東側、端末の前で、ミキとアキラと待ち合わせしてるの。待ってると悪いし、走ってこっか」
「うん。 マァマについてくよ。」
無邪気にはしゃぐアグモンをみて沙綾は再び微笑む。
このアグモン、彼女が初めてこの世界に来てパートナーを探している時、"もうすぐ孵りそうな卵がある。"とデジモンベイビーの管理人、エレキモンに言われ、立ち会った事をきっかけにパートナーとなった。
その名残か、成熟気に進化出来るようになった現在でも、沙綾のことを"マァマ"と呼び慕っているのだ。
沙綾自身も最初はこの呼び名を恥ずかしがってはいたが、だんだんと慣れていき、今ではこうして寄り添ってくる姿が可愛らしく、気に言っている。
「じゃあ行くよアグモン!付いてきて!」
「うん!」
1人と1匹は、じゃれあいながら、行き交う人とデジモンを避け、待ち合わせ場所に向かって走って行く。
走る事に関していえば、沙綾はアグモンよりも上である。そのため、段々と2人の距離は開いていく。
「マァマぁ、待ってよー。」
「アグモン、早くしないと置いてっちゃうよー」
長い黒髪をなびかせながら、疲れたと言うアグモンに言葉を掛ける。
そうしているうちに、目的地である端末が見えてきた。
「あっ 来たわよ。おーい。 こっちよ、こっちー。」
「やっと来たな。」
片手を振り、自分を呼んでいる茶髪の可愛らしい少女と、腕を組んで壁にもたれかかっている黒髪の少年、そしてそのパートナーである、ベタモンとゴツモンを沙綾は見つけた。
「ごめんねー。ミキ、アキラ、もしかして、結構待ったの? これでも急いで来たんだけど。」
少し申し訳無さそうに言う沙綾に、長めのワンピースを来た茶髪の少女ミキは、肩に掛かる髪の毛を触りながら優しい口調で答える。
「私達も今来た所よ。」
「そっか。良かった。急いだ甲斐があったよ」
「ボク、もう疲れちゃったよぉ。」
涼しい顔をして言う沙綾とは対照的に、アグモンは肩で息をしながら項垂れている。
沙綾は、此処まで頑張って走って来たパートナーを労るように、優しく頭を撫でる。そのまるで親子の様な光景に暖かさを感じながら、ミキがこの後について口を開いた
「それで、今から出かける場所なんだけど、アキラから提案があるみたいなの。」
ミキはそう言うと、視線を隣で腕組みする黒髪の少年へとむける。するとその少年、アキラは待ってましたと言わんばかりに口許をつり上げ、話を始めた。
「ああ、さっきそこで変な話を聞いたんだ。」
「変な話? なになに?」
「最近、工場エリアの雰囲気が変わった。って話だ。 気にならないか?」
「なんか思ってたのと違うなー」
沙綾自身は彼のその自信に満ちた表情から、もう少し大きな事があると思ったのだろう。その表情には露骨に落胆の色が伺える。
「まぁまぁ、雰囲気が変わったってことは、そこには何か理由があるはずだ。無目的に冒険するよりも、それを探し出す方が面白いだろ」
「うぅん…」
沙綾は考える。確かに実際の所、この後何をするかを彼女達は決めていたわけではない。何も決まらなければ、普段通り当てのない冒険に出かける事になる。そう考えれば、確かに当てなく冒険するよりも、目的があった方が楽しいと言うのは間違いないだろう。
「まぁ、そうだね。そう考えると楽しそうかも」
沙綾は今日の冒険に期待を込めて言う。アグモンの方に
目をやると、地面に座り込んで、足を上下にパタパタと動かしながら、ミキ、アキラのパートナーである、ベタモン、ゴツモンと何やら話をしているようだ。
「そう言ってもらえて良かったぜ。 ミキはどうする」
「私もそれでいいわよ」
「OK、じゃぁ決まりだな」
全員の了解が取れた所で、アキラを先頭に各々がパートナーを連れ、端末に向かって歩き出す。勿論沙綾も、座り込むアグモンを立たせてそれに続く。
(今日はどんな事が起こるのかなー。)
今日の冒険に期待をこめ、アキラが端末の操作を済ませるのを見守る。ピッピッと、早く性格な手付きで彼は端末の行き先を『工場エリア』へと設定、enterキーを押した。
「これでよしと!」
彼の言葉と同時に、全員の身体が光に包まれ、テレポートが開始される。そして、これが彼女達の日常の始まり。
「マァマ、楽しそうだね。」
「もちろん。楽しいよ」
期待に胸を膨らましながら、3人と3匹は光に包まれて、"はじまりの街"から姿を消した。
そこで待ち受ける脅威など、考えもせずに…
この小説では、デジヴァイスはすでに市販されている物として扱っています。
02最終回にて、小説家になったタケルが「全ての人にパートナーデジモンが存在する」と発言していたのがその理由です。