「そなた達は・・・」
魔獣を退けながら順調にダンジョンを探索していたが、行き止まりに当たってしまい仕方なく先程の分岐点まで戻っていると、向かって右の道からリィン達が現れる。
その姿を確認した瞬間、アリサとリィンはお互いに気まずそうに目をそらした。
「よかった、無事だったんだね」
「皆さんも・・・ご無事で何よりです」
沈黙を破り、最初に声をかけてくれた赤毛の少年にティアが答える。
「ふむ、そちらの彼も少しは頭が冷えたようだな?」
「ぐっ・・・おかげさまでね」
リィン達の中には、真っ先にダンジョン区画へ入っていったマキアスの姿もあった。
ラウラの言葉にばつが悪そうな返事をしたあたり、図星だろう。
そして、お互いに自己紹介をする。
入学式以降リィンと一緒にいるところをよく見かけた赤毛の少年はエリオット・クレイグというらしい。
エマと同じく魔導杖を扱うようだが、その形状は異なっていた。
褐色の肌に長身の男は、ガイウス・ウォーゼル。
留学生で、手に持つ十字の槍は故郷のノルドで使っていたようだ。
ドライケルス大帝の挙兵した地であり、帝国と共和国から領有権を主張されているその場所。
帝国側の国境ゼンダー門にはミュラーの叔父・ゼクス中将がいただろうか。
サラに反論しているときにすでに名乗っていたが、マキアスは改めて全員に名乗り、まだ気まずそうなリィンが終えたところで、次に女子の自己紹介。
ラウラがレグラムを治める子爵の娘・・・貴族だと気付いたマキアスは思うところがあるのか、何か言いかけたがラウラの自分を恥じることない言葉を聞き引き下がった。
女子の最後はアリサで、リィンに対してだけ冷たい態度を保っていた。
「そ、そういえばこれからどうする?せっかく合流できたんだしこのまま一緒に行動しない?」
「そうだな、そちらは女子だけだし安全のためにも――」
「いや、心配は無用だ」
一緒に行動しないかと言うエリオットとマキアスに、ラウラは自分の大剣を構えてみせる。
自信があるという言葉通り、その姿は悠然としており、説得力もある。
「残りの2人を見つけるためにも二手に分かれたほうがいいだろう」
「そうですね・・・あの銀髪の女の子もまだ見つかっていませんし」
分かれて探すべきと言うエマとラウラに、そういう事なら、と了承するガイウス。
出口を目指しながら残りの2人を探す・・・という事に決まり、別行動は続行だ。
「それでは行くとしようか」
その言葉に真っ先に頷き、男子には目もくれずにさっさと歩いていくアリサ。
ラウラもその後に続き、エマはお辞儀をして、ティアはまた後で、と声をかけアリサを追う。
・・・
その後も探索を続けていると突然、地下の隅々まで響き渡るような咆哮が聞こえてきた。
「な、なにっ!?」
「咆哮・・・どうやら、今までの魔獣とは桁違いのようだ」
「それに、誰か戦っているみたいですね」
地鳴りにも似たそれに、驚きを隠せないアリサ。
咆哮に混じって剣戟の音も聞こえてくる。
「近そうです、急ぎましょう!」
ティアの言葉の後、4人は走り出す。
道なりに進んでいると、咆哮と戦いの音は大きくなり、開けた場所が見えてきた。
大きな翼を持ち、頭には赤い角が2本生えている魔獣。
魔獣というよりは、悪魔と言うほうが近そうな外見だ。
そんな怪物とリィン達が対峙している。
「ティア、アリサ!そなたたちで牽制を!その後、私とエマが突入する!」
「了解です!」
「分かったわ!――下がりなさいっ!!」
ラウラの指示に従いティアは弾丸を、アリサは矢を発射させる。
しかし怪物の装甲はかなり分厚いのか、傷1つ付いてはいないようだが、それでも隙は出来た。
弾を撃ちきり、リロードをしている間にエマとラウラが突入し、怪物に一撃を食らわせる。
装弾を終えた銃を構えながらアリサと共に駆け寄る。
「き、君たちは・・・!」
「追いついたか・・・!」
「ふう・・・どうやら無事みたいね!」
「加勢します!」
「す、すみません!遅くなってしまって・・・!」
「いや、助かった・・・!」
リィン達の体力は限界のようだが、怪物はそれほどダメージを負っているようには見えない。
とにかく、間に合ってよかった。
「
「ああ、しかもダメージを与えても再生される・・・!」
「だが、この人数なら勝機さえ掴めれば――」
「まあ、仕方ないか」
「よし、間に合ったか。・・・導力銃のリミットを解除――喰らえ!《ブレイクショット》!」
広間の入り口には、銀髪の少女とマキアスが立っていた。
その姿に驚くユーシスを尻目に、マキアスは怪物に強烈な一撃を喰らわせる。
続いて、銀髪の少女が素早く怪物の背後に回り込み、無防備な足を切りつけた。
今こそ、リィンの言っていた勝機だ。
――その思考は誰のものだったか。
この場にいる全員の思い・・・なぜかそんな確信を持ち、ティアは怪物の頭部へ照準を合わせる。
そして全員が一斉に攻撃をしかけた。
誰がどんな動きをしているのかが、"
「任せるがよい・・・!――はああああっ!」
最後にラウラが怪物の首を、文字通り吹き飛ばした。
首と、切り離された胴体が色を失くしていき、銅像のように固まって、光となって消えていく。
「それにしても・・・最後のあれ、何だったのかな?」
終わったと安堵し全員が武器をしまうと、エリオットが一言。
「そういえば・・・何かに包まれたような」
「ああ、僕も含めた全員が淡い光に包まれていたな」
「なんだと・・・?」
光に包まれ、他の者の行動が視えた・・・。
おそらく全員が共有していたその感覚。
「もしかしたら、さっきのような力が――」
「そう。ARCUSの真価ってワケね」
リィンの言葉を遮るサラの声が上から降ってきて、彼女は拍手をしながら階段を降りてくる。
どうやらこれで特別オリエンテーリングは全て終了らしい。
考え込んでいる生徒の様子を見て、喜べば良いのに、とサラは言うがなかなかそうはいかない。
「――単刀直入に問おう。特科クラス《Ⅶ組》・・・一体、何を目的としている?」
確信を突くユーシスの疑問に、サラは答える。
ティア達が選ばれた一番の理由は《ARCUS》にあるようだ。
戦術オーブメントとして多彩な機能を秘めているが、先ほど体験した現象――《戦術リンク》にその真価はある。
どんな状況下でも互いの行動を把握できて最大限に連携できる精鋭部隊・・・"革命"を起こすであろうその機能は、現時点では適性に差がある。
それで、新入生の中でも特に高い適性を示した10人が選ばれたとのこと。
その後、約束どおり文句を受け付けるというサラからⅦ組参加は辞退出来ると伝えられた。
本来のクラスよりもハードなカリキュラムになるが、それを覚悟した上で、Ⅶ組に参加するかどうか――。
一通りの説明を終えて、サラはそれを決めるように促すが、皆戸惑っている。
「リィン・シュバルツァー、参加させてもらいます――」
最初に参加の意思を示したのはリィンだった。
自分を高められるのならどんなクラスでも構わない、その言葉を聞きラウラが参加を決め、ガイウスが続く。
エマ、エリオット、アリサも参加を決め、サラに決定を委ねようとした銀髪の少女も一応自分の意思で参加することにした。
未だ意思表示をしないマキアスとユーシスに、サラは青春の汗でも流せばすぐ仲良くなれる・・・なんて気楽な言葉をかけるが、すぐに大声でそんな訳ないでしょう!?とマキアスに否定される。
「帝国には強固な身分制度があり、明らかな搾取の構造がある!その問題を解決しない限り、帝国に未来はありません!」
「うーん、そんな事をあたしに言われてもねぇ」
「――ならば話は早い。ユーシス・アルバレア、《Ⅶ組》への参加を宣言する」
面倒くさげなサラの言葉の後、マキアスの言葉に考え込むような素振りを見せていたユーシスが参加を決める。
それに戸惑っていたマキアスだが、挑発的なユーシスの態度に、半ば喧嘩腰で参加の意思を示した。
「さて、これで9名――あなたはどうするのかしら?」
身分に関係なく選ばれたクラス。
貴族と平民、両方の視点を知るにはなんともお誂え向きなところだ。
それに、単純にこのクラスがどうなるか興味がある。
答えなど決まっていた。
「・・・ふふ、ティア・レンハイム。もちろん参加させてもらいます」
その名を聞いた瞬間ユーシスはティアを振り返ったが、それには気付かない振りをした。
10人全員の参加が決まると、サラは満足そうに笑う。
「――それでは、この場をもって特科クラス《Ⅶ組》の発足を宣言する。この1年、ビシバシしごいてあげるから楽しみにしてなさい!」
・・・
階段上、旧校舎の出口手前に、同じ赤い制服を着た異色の顔ぶれを眺める2つの影があった。
「これも女神の巡り合わせというものでしょう」
「ほう・・・?」
「ひょっとしたら、彼らこそが"光"となるかもしれません。動乱の足音が聞こえる帝国において対立を乗り越えられる唯一の光に――」
ヴァンダイク学院長と共に生徒たちを見下ろし、オリヴァルト皇子はそう告げる。
まだ何色にも染まっていない彼らがこれからどう成長していくのか。
「妹君にも、そうなることを期待されているのでしょうかな?」
「それは勿論ですが・・・あの子には学院生活を楽しんでもらうことも期待していますよ」
「ふふ・・・殿下がご入学されたときのことを思い出しますな・・・」
放蕩皇子と呼ばれるオリヴァルトが、トールズ士官学院の生徒として優秀な成績を修めながら、天衣無縫な振る舞いで学院生活を満喫していたのはまた別のお話。
・・・
特別オリエンテーリングが終わり、晴れて特科クラスⅦ組の生徒となったティア達はⅦ組専用だという第三学生寮に案内され、各自部屋で荷物を解いていた。
ある程度の片が付いたところでコンコン、コンコン・・・と4回、ノック音が響く。
思えば旧校舎に入ったときから、度々ティアに向けられていた視線。
そして先程のノック音。
訪問者が誰かなど、ほとんど分かっていたが一応誰何すると、予想通りの名が返ってきた。
扉を開け、"彼"を迎える。
「――やっぱり、貴方でしたか」
「あ、ああ・・・・・・・・・」
「どうぞ、中へ入ってください」
話があるのだろう、と中へ招き入れるとユーシスは少々躊躇った様子で部屋に足を踏み入れた。
紅茶でも淹れようかと聞くと、すぐに出て行くからと断られる。
部屋に入ってもユーシスは扉の前に立ち尽くしている。
ティアは、ユーシスが話し出すのを静かに待っていた。
「・・・半信半疑、だったんだが・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「皇女殿下が士官学院に、それも身分を隠して入学しているなんて思わ・・・思いませんでした」
国を上げて祝われる皇帝陛下の誕生日。
四大名門を初めとした貴族が集まり、皇帝に祝いの言葉を伝え、あとは世間話に花を咲かせる・・・。
社交界のような華やかな場所が好きでは無かったが、皇帝である父の誕生を祝う席に参加しないわけにもいかず、ティアにとって唯一と言ってもいい顔を出すパーティーだった。
話かけられると軽く言葉を返し愛想笑いを浮かべる。
普段は自分と同じように、あまり社交界には出ないオリビエと食事をしながら会場の様子を眺め、時間が過ぎるのを待っていた。
ある年のパーティーで、ティアは他の貴族の子息とは違った雰囲気の少年を見かけた。
親に連れられ、堂々とした子息達の姿とは対称的に、兄らしき青年の傍で緊張した面持ちを崩さない10歳くらいの少年。
青年が女性に囲まれると、少年は申し訳なさそうな顔でその場を離れて壁際に移動する。
『わたしはティア。あなた、お名前は?』
そんな風にティアが幼いユーシスに話しかけたのは偶然だった。
ティアという少女がアルティアナ皇女だったいうことは、女性達と話し終えてユーシスの元にやって来たルーファスがそう呼んだ時に気付いた。
どういうことだと戸惑っていると、皇女がいたずらっぽい笑みで口に手を当てたので、結局聞けずじまいで。
その後、ユーシスは社交界での振る舞いを覚えたが、皇女に話しかける機会にも恵まれず、2人が話すことはなかった。
「まさかあの時のことを覚えていてくれたなんて」
「では、本当に――」
「ええ。・・・内緒にしてくれるとありがたいんですが」
「・・・殿下のお望みとあらば、そう致しましょう」
「ありがとうございます。でも、今の私はただの士官学院生ティア・レンハイムです。そのような態度は止めていただけますか?」
「わ、分かった・・・」
「再会は少し険悪になってしまいましたが、改めてよろしくお願いしますね」
これで序章は終了ですが、本編とほとんど変わらないところまで書いててやたらと長くなってしまいました・・・
1章からは、ゲームと変わらない展開はさくっと流していこうと思います。
ユーシスはさっそく正体に気付きましたが、他の貴族生徒とはあまり絡ませず、すれ違う程度にしたり口八丁で誤魔化せないかな・・・なんて考えています。
まあその内自分からばらしそうですけど。
こうした方がいいんじゃないか?というご意見があればぜひ教えてくださると嬉しいです。