入学式で隣に座っていた少女はアリサと言い、ルーレ市出身らしい。
苗字はRと言って伏せていたが、自分が偽名を使っているように彼女も事情があるのだろう。
さっき会ったばかりなのだ、とあまり気にはならない。
鋭い目つきでキツい印象を受けそうになるが話してみるとそんなことは無く、優しい子だと思う。
女性教官に連れられてたどり着いた場所は、学院の裏手にある古い建物。
彼女は鼻歌を歌いながら扉を開け、中へ入っていく。
訳も分からず着いてきたが、講堂からここまで来るだけならよかった。
この古い建物の中へ入るのには抵抗があり、また様々な反応が起こる。
考えても仕方あるまい、という青髪の女子の言葉を皮切りに、赤い制服の生徒たちが歩き出すのでティアとアリサもそれに続く。
「ここ、何か出そうですよね・・・?」
「やめてよ!」
同じことを思っていたのかアリサにすぐ否定された。
・・・
中に入ると外観と同じく不気味な空間が広がっていた。
女性教官は全員が中に入るのを確認して、ステージへ上がるのでティアたちもステージ前に移動する。
「サラ・バレスタインよ。今日から君たち《Ⅶ組》の担任を務めさせてもらうわ。よろしくお願いするわね」
「な、《Ⅶ組》・・・!?」
ハートマークが飛んでいそうな声色で自己紹介をしたサラに、最初に驚きの声を上げたのは眼鏡の男子。
サラが何かする度になんらかのリアクションをしていたように思うのは気のせいではないだろう。
理知的な見た目とは裏腹に、案外抜けているところがあるのかもしれない。
「あ、あの・・・サラ教官?この学院の1学年のクラス数は5つだったと記憶していますが。それも各自の身分や、出身に応じたクラス分けで・・・」
「お、さすが主席入学者。よく調べているじゃない。そう、5つのクラスがあって貴族と平民で区別されていたわ。――あくまで、"去年"まではね。今年から新しくもう1つのクラスが立ち上げられたのよね~。すなわち君たち――
聞いたこともないクラスの名前に、身分に関係なく選ばれたという言葉。
学院の理事長であるオリビエがこのことを知らないわけがない。
兄がなにか企んでいるという予想は的中し、教えてくれればよかったのにと内心ごちる。
昨年なにかと忙しそうにしていたのはこれか、と納得していると、冗談じゃない!と眼鏡の男子が声を荒げた。
「身分に関係ない!?そんな話は聞いていませんよ!?」
「えっと、たしか君は・・・」
「マキアス・レーグニッツです!」
レーグニッツというとオズボーン宰相の盟友と名高いレーグニッツ知事がいるが、おそらくマキアスは彼の息子だろう。
知事には一度会ったことがあるけれど、清廉潔白という言葉の似合う穏やかな人だった。
そんな彼の息子が、先ほどまでの可愛らしいリアクションとは違い、"貴族風情"と罵りながら同じクラスではやっていけない、と声を荒げていることに少し驚く。
「"平民風情"が騒がしいと思ってな」
彼の言い分を鼻で笑い、煽るような態度をとる金髪の男子は四大名門の一つ、《アルバレア公爵家》の子息であるユーシス。
マキアスに続き、赤毛の少年やリィン、アリサなど、この場に居るほとんどの者が驚いている。
家名など関係ないとマキアスは更に突っかかっていくが、しびれを切らしたのかサラが手を叩きながら口を挟む。
「色々あるとは思うけど、文句は後で聞かせてもらうわ。そろそろオリエンテーリングを始めないといけないしねー」
マキアスは不承不承といった様子でサラへと向き直る。
アリサと眼鏡の少女がオリエンテーリングについて質問しても、サラはなにも答えない。
そもそも教える気はないのだろう。
「もしかして・・・門の所で預けたものと関係が?」
「あら、いいカンしてるわね」
何かに気付いたらしいリィンを褒めながら、サラはステージの後ろへ下がる。
「――それじゃ、さっそく始めましょうか」
その言葉と同時に、サが柱に埋め込まれているスイッチを押す。
何かが動き出したような音と共に、床が傾き始める。
為す術もなく、一人の少女を除き全員が地下に落ちていった。
・・・
「いたた・・・・・・」
滑り落ちて横に倒れたままだった体を起こす。
固い床に落ちたにしては意外と衝撃は少なく、怪我も無い。
一緒に落ちた人たちも無事なようで次々と起き上がっている。
その様子を見回していると、隣に銀髪の少女が降りてきた。
皆より明らかに遅い登場だが、彼女は滑り落ちなかったのだろうか。
「アリサさんは大丈夫でした・・・か・・・・・・・・・」
なかなか声の聞こえないアリサはどうしたのだろうと思い、周りを見渡す。
その姿はすぐ隣にあったが、安心するよりも先に言葉を失ってしまう。
「ううん・・・何なのよ、まったく・・・・・・・・・・・・あら」
抱きしめるかのように中途半端に腕をまわしているリィンと、顔に胸を押し付けるようにうつぶせでリィンに体を預けているアリサ。
見ているこっちまで赤面してしまいそうな光景である。
自分の体勢に気付いたアリサはすぐに起き上がり、リィンから離れる。
その顔は真っ赤だが、それも当然だろう。
何と言っていいのか分からなそうなリィンが、申し訳なさそうに頭をかきながらアリサの前に立つ。
「えっと・・・とりあえず申し訳ない・・・。でも良かった。無事で何よりだった――」
「・・・・・・っ!!!!!」
謝るリィンに、アリサはわなわなと震えている体から平手打ちを繰り出した。
「えっと・・・・・・その、お気の毒でしたね・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
何と言っていいのか分からず、ありきたりな言葉をかけてしまうが返事は返ってこない。
後ろでは赤毛の少年がリィンを気遣っていた。
「それにしても、ここは一体・・・?」
「うん・・・何か置かれてるみたいだけど」
厄日だ、とげんなりした顔でもらしたリィンが気を取り直して部屋を見回していると、どこかから音が聞こえてくる。
音の出所は入学案内書と一緒に送られてきた
『それは特注の《戦術オーブメント》よ』
取り出した導力器からはサラの声がきこえてきた。
この導力器は、どうやら通信機能を内蔵しているらしい。
こんな小型で通信機能を持っている機械など、兄が持っていた
技術の進歩は早いなと感心させられる。
「ま、まさかこれって・・・!」
通信機能に驚いている他のメンバーとは違い、アリサは何かに気付いたような反応だった。
『ええ、エプスタイン財団とラインフォルト社が共同で開発した次世代の戦術オーブメントの1つ。第5世代戦術オーブメント、《
そこまで言った後、部屋が明るくなる。
暗くて見えていなかったが、壁に沿うようにいくつも台座があり、奥には扉もあるようだ。
台座には校門で預けた荷物と小さな箱が置いてある。
『君たちから預かっていた武具と特別なクオーツを用意したわ。それぞれ確認したうえで、クオーツをARCUSにセットしなさい』
「ふむ・・・とにかくやってみるか」
真っ先に動き出すのは青髪の女子。
それに倣い各自、自分の武器が置いてある台座に移動を始める。
「リィン君」
「ん・・・ああ、ティアか・・・」
「さっきのこと、あまり気にしないで下さい。アリサさんも怒っているわけではないと思いますから」
落ち着いてみれば、偶然が重なった結果だろうし、リィンがアリサを助けようとしたようにも見える。
少し話しただけではあるが、彼女の纏う雰囲気なのか、それが分からないとは思えない。
先程の事故には気が動転してしまっただけだろうと思う。
彼のありがとうという言葉を聞き、余計なお世話だったかなと思いながら自分も武器の置いてある台座へ向かう。
導力銃の入ったトランクケースの前に置かれていた小さな箱。
中には従来のクオーツよりも大きい水色のクオーツが入っていた。
蒼耀石で出来ているらしいそれは、双葉のような模様が刻まれている。
「普通のクオーツより大きい・・・?」
『それは《マスタークオーツ》よ。ARCUSの中心に嵌めれば魔法が使えるようになるわ。さあ、セットしてみなさい』
どこかから見ているかのようなタイミングで出された指示に従い、マスタークオーツをセットする。
直後、ARCUSと自分の胸元が光りだした。
『それは君たち自身とARCUSが共鳴・同期した証拠よ。これでめでたく魔法が使用可能になったわ。他にも面白い機能が隠されているんだけど・・・それは追々教えてあげる。――それじゃあさっそく始めましょうか』
奥の扉が音を立てながら開いていく。
『そこから先のエリアはダンジョン区画になってるわ。割と広めで、入り組んでいるから少し迷うかもしれないけど・・・無事終点までたどり着ければ旧校舎1階に戻ることが出来るわ。ま、ちょっとした魔獣なんかも徘徊してるけど。――それではこれより、士官学院・特科クラス《Ⅶ組》の特別オリエンテーリングを開始する。各自ダンジョン区画を抜けて旧校舎1階まで戻ってくること。文句があったらその後に受け付けてあげるわ。何だったら、ご褒美にホッペにチューしてあげてもいいわよ』
それじゃっ、頑張ってちょうだい、と言葉を残し通信は途絶えた。
緊迫した場面でもネコが喋ると驚いてくれる心のオアシス。
リアクション芸人マキアスさん大好きです!
ティアがアリサに気付かなかったのは、右方向を見ていたからです。
落ちた位置的には斜め左方向にリィンとアリサ、距離はあるけど正面にエリオットくらいです。
セルフ解説なんて恥ずかしいことこの上ないですね。
アリサそんなに悪い子じゃないよ!が書きたいだけなのに余計なお世話になっていくジレンマ・・・。