彩の軌跡   作:sumeragi

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蒼穹の大地

6月26日

 

 

「ああもうっ!私のバカぁっ!!」

 

 

6月の実習地、ノルド高原へ向かう為ルーレ駅を出発した貨物列車の中でアリサが叫んだ。

貨物列車というだけあり、当然ながらティア達以外に乗客の姿は見えない。

心配そうな、苦笑交じりのメンバーに見つめられながら、アリサは項垂れている。

 

事の始まりは列車乗り換えの為にルーレ駅に立ち寄ったことだった。

ノルド高原までの直通列車がない為、終点であるルーレからノルド行きの貨物列車に乗り換えなくてはならないのだが、ホームを移動している際に、アリサの母イリーナに出会ったのだ。

 

 

「まさかあの人の掌の上だったなんて・・・!うぅ、もっとちゃんと調べておくんだったわ・・・」

 

 

家を飛び出して全寮制の士官学院に入学したアリサだが、その学院の理事の1人が彼女の母親だった。

メイドのシャロンだけでなく、学院からも毎月イリーナに報告されている事を知り、ショックを隠せていない。

 

 

「そこまで嫌がる事なのか?」

 

「・・・何と言うか、昔から折り合いが悪くてね」

 

 

母に干渉されるを良しとしないアリサにガイウスが不思議そうに尋ねると、アリサは罰の悪そうな顔をしてぽつりぽつりと話し出す。

イリーナが言っていたあの人(・・・)が誰の事かは分からないままだが、好きに生きろと言いつつ度々手を回してくるのは昔からの事で、アリサが最も辟易している部分らしい。

学費も知らぬ間にイリーナに払われていたようで、それが更にダメージに拍車をかけている。

 

 

「――フン、その程度の干渉など、むしろありがたく思うべきだろう」

 

「なっ!?」

 

 

今の話を聞いて、何故そんな事を。

信じられないと目を丸くしてユーシスを見つめるアリサの表情にそう書いてある。

 

 

「あの場に現れて俺達に挨拶しただけマシというものだ。・・・完全な無視よりはな」

 

 

先月のユーシスとアルバレア公爵のやり取りを見ていたリィンとエマや、薄々ではあるが冷え切った親子関係に気付いたアリサ、実際に会話したティアに複雑な表情を向けられると、ユーシスは鼻を鳴らしなんでもない風を装った。

ガイウスだけはアリサの苦々しい表情や、ユーシスの自嘲ともとれる言葉に未だ実感が湧かないようだったが。

 

列車はトンネルに入り、車窓から見えていた景色は途絶え、外が薄暗くなった。

明かりは車内のライトだけで、昼とは思えない。

 

 

「そういえば、もうお昼でしたね」

 

「そうだな。冷えないうちに、シャロンさんから貰った弁当を戴くとしよう」

 

「・・・フン。慣れない飛行船の厨房で、もし味付けに失敗してたら後で文句を言ってやるんだから」

 

 

アリサは不満気にしているが、特製弁当を一口食べると満足そうに口を緩める。

それは彼女に限らず、全員がシャロンの弁当に舌鼓を打ち、満足気に笑みを浮かべた。

 

 

 

 

          ・・・

 

 

 

 

近郊都市トリスタから帝都ヘイムダルまでは列車で30分程度。

帝都から黒銀の鋼都ルーレまで4時間。

ルーレ駅から貨物列車に乗り換えて更に4時間の列車旅を経て、16時過ぎに、今回の実習先である北方の地ノルド高原にようやく辿り着いた。

 

エレボニア帝国中興の祖ドライケルス大帝挙兵の地。

アイゼンガルド連峰を越えた先にあるノルドは、歴史的にも帝国と縁が深い。

高原の南端、帝国の国境にはゼンダー門がある。

この帝国軍の拠点を除いて人が住んでいるのはノルドの集落のみで、人よりも羊が多いくらいな小規模のものらしい。

 

 

「おお、やっと着いたか」

 

 

ゼンダー門へ降り立ったティア達を迎えたのは、右目に眼帯を付けた男性、ゼクス中将だった。

ガイウスは彼と知り合いらしく、挨拶をしている。

ゼクスはガイウスと共にやって来たA班のメンバーをぐるりと見渡すと、ティアに目を止めた。

 

 

「お久しぶりです、ゼクス中将」

 

「ティア君も久しいな。・・・士官学院の制服も、良く似合っておる」

 

 

ゼクスは《Ⅶ組》を象徴する深紅の制服をものめずらしそうに、感慨深げに見遣る。

そして、この門の責任者だろうかと、後ろで密かに予測を立てあうリィン達の疑問に答えるべく、ゼクスは己の名を名乗った。

 

 

「帝国軍、第三機甲師団長、ゼクス・ヴァンダールだ。以後、よろしく頼む」

 

 

ゼクス・ヴァンダール中将は、エレボニア皇族アルノール家の守護者、ヴァンダール家の人間であり、アルゼイド流と双璧をなすヴァンダール流の使い手。

"隻眼のゼクス"と呼ばれ、帝国では5本の指に入る名将として帝国内外でも有名だ。

剣の道を志すものとして、リィンとユーシスもその名は知っていたようで、恐縮しながらも出会えた事を光栄に思うと口にすると、ゼクスは謙遜した。

 

その後も少し言葉を交わしながら、ゼクスに案内されゼンダー門の外へ出ると、淡い薄紫に染められた空にオレンジ色が溶け込んだ夕焼けと、遥かなる山々に囲まれた広大な高地に出迎えられた。

 

 

「・・・これは・・・・・・」

 

「なんて・・・・・・なんて雄大な・・・」

 

 

鉄路の果てに広がる蒼穹の大地を言葉にするのは野暮というものだ。

しかし、目の前に広がる光景に、意識せずとも口から言葉が零れていた。

感嘆の声を漏らすリィン達を、ガイウスが満足そうに見ている。

 

その後、2人の兵士が馬を引いてティア達の前に現れた。

高原での移動は馬がいないと成り立たないほど広いようで、ノルドでの実習の間は馬に乗って移動することになる。

 

 

「一応人数分馬を用意してもらったが、乗れない者はいるか?」

 

 

ガイウスが尋ねると、馬術部のユーシスは当然として、リィンとアリサも経験があると答え、乗れないのはティアとエマの2人だけだった。

 

 

「委員長とティアは誰かの後ろに乗ってほしい。馬の負担を考えるとアリサと・・・リィンかユーシスのどちらかに頼みたいが」

 

「そうね。エマ、私の後ろでいい?」

 

「は、はい。ちょっと緊張しますけど」

 

 

ガイウスの言葉を聞き終えるか終えないかのタイミングで、アリサは隣に立つエマに声をかけた。

あまりのスピードに戸惑いを隠せない瞳でアリサを見るティアに、アリサは瞳で何かを訴えるようにじっと見とめ返す。

握りこぶしを振ろうがやはりよく分からないし伝わらなかったけれど。

 

出来れば女子同士が良かったが、この場に居る女子は3人。

自分か、エマか。どちらかは確実に男子と相乗りになるのだから、仕方ないといえば仕方ないのだが。

正直な話、Ⅶ組のメンバーであれば誰と相乗りになろうが抵抗はないので、そう拘る事でもない。

 

 

「じゃあ、ティアは俺の後ろに乗るか?」

 

 

残る一枠をどうするか。

微妙な沈黙に包まれたが、すぐにリィンの声によって鳴りを潜める。

 

 

「いいですか?」

 

「ああ。ユミルでもたまに妹や街の子を乗せていたから、相乗りなら慣れてるし」

 

「そうなんですか・・・って。(後ろのアリサさんが、怖い・・・!)」

 

 

リィンの後ろ、ティアからすると正面で、エマの眼鏡が逆光し、アリサがなんとも言えないオーラを放っていた。

気配には聡いのに、何故気付かないのかと純粋に疑問に思う。

 

 

「・・・えっと、リィン君。よろしくお願いします」

 

 

リィンはティア先に馬に乗せると、自分も乗った。

エマも無事アリサの後ろに乗れたようで、全員が馬に乗った事を確認すると、ゼクスはノルド高原の詳細な地図を手渡した。

 

 

「風と女神の加護を。長老とラカン殿にもよろしく伝えてくれ」

 

 

その言葉を最後に、ガイウスを先頭にして一行は馬を走らせ、ゼンダー門を出発した。

 

広大な台地を馬で駆け抜け、風が体をすり抜けていく感覚。

とんびの泣き声、馬の蹄が地を蹴る音、風のさざめき。

そのどれもが普段は感じる事のないもので、かつてないほどの解放感に包まれる。

 

 

「凄いですね・・・!」

 

 

声が弾む。

前に座るリィンの表情は見えないが、声の調子からして彼も同じような表情をしているのだろう。

横を走るアリサは子供のように目を輝かせ、やっほーと山に向かって叫んでいた。

エマも楽しむ余裕が出てきたようで、笑顔が見える。

 

 

「乗馬は初めてなのか?」

 

「小さい頃に何度か乗った事はありますよ。ただ、こんなに広々とした場所を走ったのは初めてです」

 

「はは、それなら俺もだ。ノルドの民は、こんな雄大な土地で暮らしているんだな。羨ましいよ」

 

 

前を走るガイウスと、その隣のユーシスも何かを話しているようだ。

馬術部のユーシスにとっても、またとない経験だろう。

楽しんでいるだろうか、とふと考えていた。

 

 

「アリサ!」

 

「へっ?きゃあっ!?」

 

 

突然アリサとエマの乗る馬が大きく揺れる。

それを避けるようにしてリィンも馬を操った。

 

 

「び、びっくりしたあ」

 

「魔獣でしょうか・・・」

 

「大丈夫か?」

 

 

走るスピードを緩めながら呆気にとられているアリサ達にリィンが声をかけると、すぐに平気だと返事が返る。

アリサが驚いた原因は、このあたりに生息する魔獣が急に叢から飛び出してきたからのようだ。

間近で大きく響いた馬の鳴き声に驚いたのか、その魔獣もすぐに叢の中へ逃げていった。

 

 

「ティア、すまない。平気か?」

 

「だ、大丈夫です。ちょっとびっくりしただけ」

 

 

何事かと後ろを走る二頭にスピードを合わせ、ガイウスとユーシスが並んでくる。

アリサが簡単に説明すると、ガイウスはすぐに魔獣の正体に思い当たったらしい。

 

 

「グラスホッパーだな。あまり襲っては来ないが、よく砂を投げてくる」

 

「それは襲われていないのか・・・?」

 

 

ガイウスの解説にユーシスがすかさず突っ込む。

畑を荒らしそうな風貌の可愛い魔獣。

強く凶暴な魔獣でもなく、たまに現れては悪戯のようにちょっかいをかけ、すぐに逃げていくのだとガイウスは語る。

それを聞きながら相槌を打っていると、リィンが奥歯に物でも挟まったかのように、唸りながら後ろのティアに声をかけた。

 

 

「・・・もう少し離れてくれないか?・・・その、当たってるっていうか」

 

「・・・・・・・・・っ!?」

 

 

振り落とされないように、手はリィンの服を掴んだまま、胴体だけを手で押すようにして距離をとる。

アンゼリカが言っていたのも、もしかしてこういう事かと思い至る。

信じられない。なんて先輩だ。

 

 

「・・・すみません」

 

「いや、こちらこそ・・・」

 

 

視線を下へ左右へと動かしていると、一瞬ユーシスと目が合った気がした。

すぐに前を向き、またガイウスと並んで走り出したので、気のせいかもしれないが。

 

 

「(あんまり楽しそうじゃない・・・?)」

 

 

ちらりと見えたユーシスの表情が思っていたよりも楽しそうではなくて、妙に残念に思う。

 

 

「集落までもう少しだ!このまま飛ばすとしよう!」

 

 

ガイウスのその言葉に従い、走る事5分弱。

少しづつ見えていた集落が近付いていき、簡易な門のようなものを抜けたところで足を止め、馬から降りた。

はじめて訪れたはずなのに、どこか懐かしく、不思議と郷愁に誘われるような光景に目を奪われていると、前方から小さな少女が何かを叫びながら走ってくる。

 

 

「あんちゃあああああん!!」

 

「わっ・・・」

 

「か、可愛いっ!」

 

 

少女がガイウスに駆け寄る様はタックルと形容出来なくもないだろうが、ガイウスは軽々と受け止めていた。

久々に会った兄に駆け寄る小さな妹・・・と、なんだかデジャヴを感じる光景である。

遅れて現れた少女と少年も、ガイウスと嬉しそうに話している。

アリサ、エマの2人は一人っ子故か、仲睦まじい兄妹達を、目の毒だ、と言いながら微笑ましそうに見ている。

 

 

「初めまして。ガイウスあんちゃん・・・じゃない、ガイウスの弟のトーマです。こっちは妹のシーダとリリ」

 

「は、初めまして・・・」

 

「あんちゃんのお友達~?」

 

 

トーマがガイウスを除く兄妹達の仲では最年長らしく、しっかりと自己紹介をした。

シーダは人見知りなのか、おずおずとして、リリは天真爛漫な笑顔を向ける。

 

三者三様の姿に和むばかりでなく、ティア達も名乗る。

丁度最後のユーシスが言い終えたところで、ガイウス達の背後から2人の男女が声をかけながら歩いてくる。

男性は父のラカン、女性は母のファトマらしい。

姉にも見える美貌を持つファトマが自己紹介をしたとき、ティア、エマ、アリサの3人は驚いて聞き返してしまった。

 

用意されていた客人用のゲルに案内され荷物を置き、ガイウスの家族達の暮らすゲルで夕食をご馳走になる。

岩塩と香草で包み焼きにしたキジ肉に、羊肉を串に刺してローストしたカバブや、ノルドハーブを使ったお茶など。

体の芯から温まるような優しい味で、他の地方に行っているB班に申し訳なくなる程の美味しさだ。

帝国内ではほとんどと言って良いほど口にする機会もないであろうノルド料理を堪能した。

 

食後にはラカンの話に耳を耳を傾ける。

ノルドと帝国は確かに縁が深いが、決して帝国領ではなく、友情を誓い合った隣人同士だ。

しかし昨今カルバードという東の大国が高原南東に進出してきた。

東の住人とは親睦を深めているようだが、それが緊張を生んでいる。

現地の住民からの声は、教科書に書いてあるだけの知識と比べると学ぶところが多い。

 

話を終えると、最初に荷物を置いた、寝具の敷かれている離れに案内された。

4月の実習同様、男女一緒の空間。

最も、4月と違い布で仕切られてはいるが、当時ほど戸惑いは無いのは3ヶ月共に過ごし、人となりを知れたからだろう。

 

 

「・・・何と言うか、色々と恵まれている男だな」

 

「素敵なご両親に、可愛らしい兄妹達かぁ・・・」

 

「リリちゃんもシーダちゃんも、とっても可愛い子でしたね」

 

「ふふ、私はトーマ君も可愛いと思いますよ?」

 

 

アリサ、ティア、エマ達女子の"可愛い"が飛び交う会話に、リィンとユーシスはただ反応に困った。

寝る支度をする為、要は女子の着替えの為に2人はゲルを追い出され、する事も無くただ空を見上げる。

 

 

「全く・・・」

 

 

ユーシスが呆れたように言い、リィンが苦笑した。

ゲルからはまだ話し声が聞こえている。

リィンはリィンで、今ではよそよそしくなってしまった自身の妹の幼い頃を思い出していたのだが、ユーシスがそれを分かるはずも無く。

 

女子達は口を動かしながら手もちゃんと動かしていたようで、それほど時間もかからず着替えも済ませ、寝る準備は出来た。

 

 

「今日はすぐにでも眠れそうですね」

 

 

ベッドに入りながらエマが呟く。

横になると、思っていた以上に疲れていたようですぐに瞼が重くなった。

 

 

「おやすみなさい」

 

 

暫くすると5人分の規則正しい寝息が聞こえてくる。

特別実習初日、穏やかな星空に包まれてノルドの夜は更けていった。

 

 




やっちまった感が否めませんがこれでこそリィンさんだと思いました(作文)。

ちなみに、エマとティアは身長はほぼ同じでティアが少し低いくらいです。
一方体重はそれなりに差がついています。主に胸の分。
悔しいでしょうねぇ。

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