5月26日
4月同様、実技テストの日を迎え、2チームに別れて戦術殻との模擬戦が行われた。
最初にリィン、ガイウス、アリサ、ラウラ、ティアの5人が戦い、4月の実習や先日の旧校舎探索での経験を活かし、サラも満足する成果を出した。
次にマキアス、ユーシス、エリオット、エマ、フィーの5人が戦ったのだが、結果は惨憺足るものだった。
「・・・分かってたけど、ちょっと酷すぎるわねぇ。ま、そっちの男子2名はせいぜい反省しなさい。この体たらくは君たちの責任よ」
名前は伏せていたが、誰のことを指しているかは明らかで、指摘された2人――マキアスとユーシスは返す言葉も無く、悔しげにサラを睨んだ。
個々の能力を考えれば苦戦する相手では無い筈なのに、戦術リンクが機能せず、マキアスとユーシスが突っ走り、チームの足を引っ張っていたのだから当然の評価とも言えるが。
続けて今週末に迫った《特別実習》の発表が行われる。
受け取ったプリントは、こちらも先月同様班分けと目的地しか書かれていなかった。
【5月特別実習】
A班:リィン、エマ、マキアス、ユーシス、フィー、ティア
(実習地:公都バリアハート)
B班:アリサ、ラウラ、エリオット、ガイウス
(実習地:旧都セントアーク)
「・・・サラ教官・・・」
プリントを見た直後、ティアは思わずため息を零した。もちろん、悪い意味で。
東部クロイツェン州の州都に、南部サザーラント州の州都。
目的地という意味では釣り合いは取れている筈なのだが、問題はそこではない。
「(こうもわざとらしいと、逆に感心しちゃうなあ・・・)」
「――冗談じゃない!」
マキアスとユーシス、サラを除いた全員が呆れたような、困ったような顔で様子を窺っていたところに、マキアスの怒鳴り声が飛び込んでくる。
「茶番だな。こんな班分けは認めない。再検討をしてもらおうか」
声を荒げて班分けを拒否するマキアスと対称的に、ユーシスは静かに撥ね付ける。
「うーん、あたし的にはこれがベストなのよね~。ユーシスは故郷ってことで、A班からは外せないし」
「だったら僕を外せばいいでしょう!セントアークも気が進まないが誰かさんの故郷より遙かにマシだ!《翡翠の公都》・・・貴族主義に凝り固まった連中の巣窟っていう話じゃないですか!?」
「確かにそう言えるかもね。――だからこそ君もA班に入れてるんじゃない」
サラは軽い口調だが、それ以上の拒絶を許さない力強い眼差しマキアスに向けた。
――Ⅶ組の担任として、生徒達を適切に導く使命がある
昼間から酒を飲んだり、だらしない面が目立つが、今のサラは誰が見ても教師の顔をしていた。
「・・・だが、この班分けはどう考えても不公平だろう。前回のように5人ずつにするべきではないのか」
「あらぁ、先月の実習は同じ人数なのに評価はAとEだったじゃない。人数は関係ないと思うけど」
別の切り口から攻めるユーシスだったが、先月の評価を引き合いにされ、言葉に詰まる。
「まだ文句があるって言うんなら――2人がかりでもいいから、力ずくで言うことを聞かせてみる?」
サラは笑っているが笑っていない、異様な空気と底知れぬ威圧感をを漂わせ、マキアスとユーシスを挑発した。
マキアスは一瞬怯むが、ユーシスと目配せをした後、制止する声にも耳を貸さず2人揃って前に出る。
アイコンタクトなんて、実は仲が良いんじゃないかと誰とはなしに思ってしまうが、言えば集中砲火を喰らってしまうのは火を見るより明らかで、口に出す者はいない。
「フフ、そこまで言われたら男の子なら引き下がれないか。そういうのは嫌いじゃないわ――」
言い終わると同時に、サラは動力銃と剣を構える。
彼女の髪と同じ色のそれは凶悪そうで、なんとも禍々しい。
マキアスとユーシスと、なぜか巻き込まれたリィンもそれぞれ得物を構える。
「それじゃあ《実技テスト》の補習と行きましょうか・・・」
サラの周りを紫色のオーラのようなものが包み込み、他のメンバーが固唾を呑んで見守る中、リィン達は開始の合図を待つ。
「トールズ士官学院・戦術教官、サラ・バレスタイン――参る!」
・・・
ユーシスが華麗な宮廷剣術でサラ教官に迫るもなんなくかわされ、マキアスの撃ったショットガンの弾は避けられるどころか斬り落とされている。
アーツを発動させても完璧に避けるか、発動前に阻止される。
見学しているメンバーに、対峙している3人・・・その誰もがサラの圧倒的な実力を思い知らされていた。
「――四の型・・・紅葉切り!」
「へえ・・・いい技じゃない」
ユーシスとマキアスが瞬く間に膝を突かされ、残ったリィンがサラに一撃を喰らわせようと八葉の剣技を繰り出した。
しかし、サラはリィンの動きを見切った上でかわさずに受け止め、鍔迫り合いの状態になる。
「でも、まだまだよ!」
サラが腕に力を込めてリィンを押し返した。
いくら圧倒的な強さを持っていてもやはり女性で、リィンに比べると華奢だ。
彼女の細腕のどこにそんな力が隠されていたのだろうかと驚きを隠せない。
「・・・参りました」
後ろへよろめき、膝をつくと額に銃口を押し付けられ、リィンが降参の意を示すとサラはにんまりと笑った。
"補習"はサラの途轍もない猛攻により、呆気なく終わった。
「それじゃあA班・B班共に週末は頑張ってきなさい。お土産、期待してるからね」
・・・
5月29日
特別実習当日の列車に、窓際からユーシス・ティア・エマ、向かいの席にリィン、フィー、マキアスが座っていた。
対角線上の席で醸し出される険悪な雰囲気は、まるで冷戦状態。
息苦しい沈黙を破ろうとエマが声をかけると、ユーシスがマキアスを挑発し、売り言葉に買い言葉のような喧嘩が始まりかけた。
「・・・そうやって、いつまでもお互いに足を引っ張り合うつもりですか?」
「な、なんだと・・・!」
マキアスが驚きと怒りがない交ぜになった瞳で睨むが、ティアは澄まし顔で見つめ返す。
ユーシスは無言のままだがその目つきは普段よりも鋭い。
「実技テストでサラ教官に言われたことをもうお忘れですか?それとも、最初から反省する気は無かったか・・・」
「・・・っ、それは・・・」
マキアスが口ごもり、ユーシスは何も発しないため、再び妙な沈黙に満たされた。
喧嘩で列車内の注目を集めてしまうという自体は回避できたが、これでは振り出しだ。
どうしたものかと、ティアが再び口を開こうとするよりも早く、二度目の沈黙を破ったのはリィンだった。
「仲良くしろとまでは言わないけどさ。あんな経緯で選ばれた俺達は、立場も違えば考え方も違う。それでも数日間、俺たちは紛れも無く"仲間"だ」
「冗談じゃない!誰がこんなヤツと――」
「"友人"じゃない、同じ時間と目的を共有する"仲間"だ。さらに露骨に言うと、アリサたちB班に負けないための"仲間"だろう」
聞き捨てならないとばかりにマキアスが声を荒げたが、リィンは静かに言葉を続けた。
「・・・勝敗にこだわるタイプだとは思わなかったが」
「生憎、勝ち負けが気にならないほど達観しているわけじゃないからな」
ユーシスの疑問はリィン以外の誰もが抱いたものだったが、勝とうとする意思を見せられ、ユーシスは得心がいったようだ。
腕を組み、眉を顰めながらではあるが、リィンの提案を了承した。
「負け犬に成り下がる趣味は持ち合わせていないからな」
「・・・いいだろう。今回の実習が終わるまでは、少なくとも休戦する・・・!」
続いてマキアスも了解し、行動を共に出来るくらいには話がまとまった。
エマとフィーが先月の実習を思い出したのか、安心した素振りを見せるので、どのくらい酷かったのかとティアとリィンは顔を見合わせて首を傾げた。
「しかし、下手な演技だな・・・」
「・・・・・・あはは・・・」
窓の外を眺めながら呟くユーシスの声は、列車の走行音にかき消されてしまいそうな程だったが、決して聞き取れないほどではなく、一拍置いてティアが居心地悪そうに肩を窄めて答えた。
しかしその表情は態度とは正反対で、それに気付いていたのはきっと、隣から生暖かい視線を送っているエマだけだった。
ユーシスってマキアスと喧嘩するときにやたらと煽っていきますけど、やっぱり余裕があるように見えます。
余裕がありそうだからこそわざわざ煽っていくのが不思議なんですよね・・・若いからか。
列車でユーシスとマキアスを言いくるめる素晴らしきリィンのお株を奪う形になるのは嫌だけど、ティアはこういう場面では止めるキャラ・・・という考えを両方満たそうとした結果、煽っていくスタイルになりました。
これはこれでありだと思い、新たな一面を切り開けた気分です(笑)