彩の軌跡   作:sumeragi

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実習の終わりに

「取り囲む相手を間違えているのではないか?」

 

 

銃を構えティア達を取り囲む領邦軍兵士に、ラウラは厳しい視線を向けながら問う。

しかし、兵士は聞く耳持たずといった様子で、それを見た窃盗犯達が勝ち誇ったような表情を見せた。

 

 

「か、完全にグルじゃないか・・・」

 

「・・・呆れ果てたわね」

 

 

エリオットとアリサの声色には、先ほどまでの戦闘での疲れと共に領邦軍への呆れが含まれていた。

口には出さないものの、ティアやリィン、ラウラも胡乱な目で見ている。

その視線に気付いているのかいないのか、領邦軍隊長は後ろでへたり込んでいる男達だけではなく、ティア達が窃盗犯の可能性だってあると言ってのけた。

 

 

「・・・そこまで我らを愚弄するか」

 

「本気でそんな事がまかり通るとでも・・・?」

 

「弁えろと言っている。ここは公爵家が治めるクロイツェン州の領内だ。これ以上、学生ごときに引っ掻き回されるわけにはいかんのでな」

 

 

手を引かないのなら拘束し、バリアハートに連行する・・・。

領邦軍隊長は、大市での商人同士の争いの時とは違い、はっきりと言葉にした。

リィン達は黙るしかなくなり、アリサは悔しげに眉を顰めながら最悪、と呟く。

 

 

「――弁えるべきはどちらでしょうね」

 

「・・・なに?」

 

 

今まで黙っていたティアが、凛とした眼差しで隊長を見つめながら口を開く。

隊長はぎろりとした視線を返すが、ティアが目を背けることはない。

 

 

「公爵家は・・・領主は、領民を守るべき存在でしょう?貴方達が蔑ろにしてきたケルディックの人達こそ、真に"守るべきもの"のはずです。主の意向が最優先だとしても、主の間違いを正すことだって、ときには必要なのではありませんか?」

 

「・・・小娘が。利いた風な口をきくなよ・・・」

 

 

隊長はティアににじり寄る。

捕らえろ、とでも言い出しそうな雰囲気に、リィン達の足がじりりと動いた瞬間。

 

 

「――そこまでです」

 

 

と、涼しげな声が届く。

4人の軍人が駆け寄ってきて、その後ろから水色の髪の女性が現れた。

 

 

「(間違いない・・・!《鉄道憲兵隊(T・M・P)》だ!)」

 

 

軍人たちの正体は、帝国正規軍の中でも最新鋭と言われている鉄道憲兵隊だと気付き、領邦軍兵士達はあからさまにうろたえている。

エリオットを中心に、アリサ達も鉄道憲兵隊の登場に驚きを隠せない中。

 

 

「(クレア大尉・・・!)」

 

 

ティアは自身の護衛を勤めたこともあるクレアの登場に驚き、それと同時に得心が行った。

鉄道網の中継地点で事件が起これば、鉄道憲兵隊にも捜査権は発生するのだ。

 

今回の介入を咎める領邦軍隊長に、クレアはティアが思ったのと同様のことを伝えた。

返す言葉がなく悔しげに歯を食いしばる領邦軍隊長に、クレアは更に言葉を続ける。

――関係者の証言から判断するに、彼ら(リィン達)が犯人である可能性はあり得ない・・・。

彼ら、という時にクレアは、領邦軍隊長に向ける凛としたものとは違う優しげな笑みを浮かべ、ティアへ視線を送った。

そして最後に、何か異議はあるかと領邦軍隊長に問うが、反論できるはずもなく隊長は撤退命令を下した。

 

窃盗犯達は話が違う、と焦りの声を漏らすが領邦軍がこれ以上彼らを庇い立てすることはなく、鉄道憲兵隊に拘束された。

 

 

「・・・・・・鉄血の(イヌ)が」

 

 

領邦軍兵士達が駆け足で撤退していき、隊長もそれに続こうと歩き出すが、クレアの横を通り過ぎる際に一言忌々しげに呟いた。

クレアが言い返すことはなく、隊長がその場を去ると、クレアはティア達の下へ歩き寄る。

 

 

「ふふ、お疲れ様でした。――帝国軍・鉄道憲兵隊所属、クレア・リーヴェルト大尉です。トールズ士官学院の方々ですね?調書を取りたいので、少々お付き合い願えませんか?」

 

 

 

 

          ・・・

 

 

 

 

事情聴取を終えたティア達が元締めとクレアと共に駅舎の前で立ち話をしていると、B班のいるパルム市に行っていたはずのサラが現れた。

クレアと何やら思わせぶりな会話をしていたが、詳しく教えるつもりはないようで、関係について尋ねてもはぐらかされる。

 

そして、ケルディックの駅へ入っていくクレアを見送り、ティア達もまた、元締めに見送られながらトリスタへ向かう列車へ乗り、ケルディックを後にした。

 

 

 

「また寝てるし・・・」

 

「B班の方が散々だったみたいからな。そちらをフォローしつつ、1日でこっちに戻ってきたら疲れて当然かもしれない」

 

「なるほど・・・お疲れ様だったみたいね」

 

 

普段の飄々とした態度からは想像できないが、サラは自分の生徒達のことをちゃんと気にかけているのだろう。

ティアとアリサとラウラ、リィンとエリオットが向かい合うようにボックス席に座っており、サラは1人、通路を挟んだ隣のボックス席に座っている。

リィン達は完全に眠っているらしいサラを横目に、起こさないように若干抑えた声で話していた。

 

それから、特別実習の目的についての話に変わる。

リィン達が各々意見を出し合っていると、途中で起きたサラが混ざってきた。

 

 

「君たちの指摘どおり、現地の生の情報を知っておくことは軍の士官にとっても非常に有益よ。そして、いざ問題が起こった時に命令がなくても動ける判断力と決断力、問題解決能力――。そうしたものを養わせるために《特別実習》は計画されているわ」

 

 

サラの言葉に、エリオットやアリサ、ラウラは納得した様子になる。

しかし、リィンは何か考え込んでいるようで、サラがどうしたのかと尋ねると、少し遅れて口を開いた。

 

 

「・・・そういった理念や実習内容を改めて考えると、《遊撃士》に似ている気がして」

 

「・・・!」

 

 

リィンがそう言うと、サラは目を見開き、アリサ達はサラを見る。

 

 

「てへ――バレたか。ぐー、ぐー。すぴー、スヤスヤ・・・」

 

 

サラはわざとらしくいびきをたてて狸寝入りをはじめた。

リィン達は呆れる他なく、教官へと向けていた視線を戻し、先ほどから黙って窓の外を眺めているティアへ向ける。

 

 

「ティア・・・もしかして、気分でも悪いの・・・?」

 

「まさかヌシとの戦いで怪我を・・・?」

 

「い、いえ。・・・少し、疲れただけです」

 

 

アリサとラウラが声をかけても、ティアはいつもと変わらぬ笑みを浮かべる。

 

 

「そっか~・・・。確かに、今日だけでも色々あったもんね」

 

「ああ。・・・鉄道憲兵隊が来てくれなかったら、今頃どうなっていただろうな」

 

「・・・鉄道憲兵隊・・・特に、クレア大尉には助けられましたね」

 

 

領邦軍に囲まれたとき、鉄道憲兵隊が来なくても助かる方法があった。

ティアが身分を明かせば、領邦軍は冤罪での逮捕を強行することは出来なかっただろう。

あの場を切り抜けるには、それが一番確実な方法だった。

 

――言い出せなかったのは、ただ、怖かったからだ。

ティア・レンハイムではなく、アルティアナ・ライゼ・アルノールとして見られることが。

共に学ぶクラスメイトではなく、皇女として見られるようになることが。

 

身分を明かすか明かさないか、という選択を強いられる前にクレアが来てくれたのは偶然だったのだろうか。

彼女が現れたおかげで、身分を明かす必要はなくなったが、同時にあのような場面でも自分は即座に正体を明かす選択が取れないことが明らかになった。

きっとまた、貴族派と革新派の対立に巻き込まれることはある。

その時、自分は何が出来るのだろう・・・。

彼女の浮かべる笑みに、その迷いを全て見透かされている気がして、ティアは思わず目を逸らしたくなった。

 

 

「クレア大尉か・・・。すごく綺麗な人だったわね」

 

「あの人が鉄道憲兵隊の将校だなんて驚いたよ。・・・そういえば聞きたかったんだけど、ティアってクレア大尉と知り合いなの?」

 

「我らを見る目とは少し違っていたようだが」

 

「クレア大尉とはちょっとした知り合い、ですね」

 

 

氷の乙女(アイスメイデン)とは、別だけれど。

その言葉はティアの心の中に留められた。

その話題には触れてほしくなさそうなティアの雰囲気に、更にクレアとの関係を言及する者はいなかった。

 

 

「・・・まだ何か気になることがありますか?」

 

 

何か考えている様子のリィンに、ティアが声をかける。

 

 

「いや、ティアのことじゃないんだ。・・・入学して《Ⅶ組》に入って一月がたって・・・考えれば、みんなにはずっと不義理をしていたと思ってさ」

 

 

困ったような、触れるなと懇願するような表情に、リィンは慌てて否定し、話を切り替える。

八葉一刀流のこととは別に、1つ黙っていたことがあるらしい。

しかし、リィンのしていた不義理に心当たりはなく、リィン以外の全員が頭に疑問符を浮かべる。

――正確には、リィンとティア以外の全員、だ。

皇女であるティアには、リィンのシュバルツァーという姓に心当たりがあった。

 

 

「――俺の"身分"について、話がしたいんだ」

 

「もしかして、貴方の家って・・・」

 

「ああ、マキアスの問いにははぐらかす形で答えたけど・・・俺の身分は一応《貴族》になる」

 

 

帝国北部の山岳地《ユミル》の領主《シュバルツァー男爵家》。

当主が山で拾った子供を養子として迎え入れた、という話は一時期、貴族の間で格好の噂の的になった。

噂の内容は、どれも聞いて気分のよくなるものではなかったが。

 

 

「・・・どうして、話そうと思ったんですか?」

 

「みんなには黙っていられなくなったんだ。共に今回の試練を潜り抜けた仲間として・・・。これからも同じ時を過ごす、《Ⅶ組》のメンバーとして」

 

「リィン・・・」

 

「同じ時を過ごす仲間か・・・」

 

「・・・まったく。生真面目すぎる性格ね。その話、帰ったら他の人にもちゃんと伝えなさいよ?」

 

 

エリオットとラウラがまず反応し、続いて反応したアリサの声はとても優しいものだった。

 

 

「ああ――そのつもりさ」

 

 

リィンは告白しようとした時のように言いよどむ事は無く、吹っ切れたかのような清々しい顔で告げた。

 

 

「仲間・・・」

 

 

"仲間"というリィンの言葉は、ティアの胸に突き刺さった。

 

兄の異国の仲間達は、兄が帝国の皇子だと知っても、『オリビエはオリビエだ』と態度を変えることは無かったらしい。

その仲間を兄がとても大事に思っていることも知っている。

 

リィン達はもう、紛れも無く"仲間"だ。

身分を明かしたとしても、態度を変えることは無いだろう。

自分は何を怖がっているのか。

 

 

「明かしてくれて、ありがとうございます」

 

 

その言葉とは裏腹に、ティアの心はさざなみだっていた。

 

 




ケルディック領邦軍の隊長に死亡フラグが立ちまくりですが、1章以降彼らは出ないんですよね・・・2章の別の領邦軍の隊長に受け継いでもらいましょうか(笑)


リィンも身分を隠していたけれど、仲間だからと明かしました。
ティアが明かせる日はいつなのでしょう・・・(明後日の方向を見る)
早く閃の軌跡Ⅱをやりたいです。

そして、先日はたくさんの方からクラフトのネーミングについてアドバイスをいただきまして、誠にありがとうございました!
クラフトの名前(の候補)がたくさん浮かんできて、技のイメージも固まりつつあります。
2章からはオリジナルクラフトを出せそうなので、お付き合いいただけると嬉しいです。

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